From the North Country

キャバリアのクゥちゃん 2013年02月18日(月)

  降り続く雪にちょっとした覚悟と警戒が交錯しはじめている。
いつもの冬より何かちょっとおかしい。
去年は降雪量こそ少なかったものの、低温で降った雪が解けず結果的に積雪量が多かった。
今年は降雪も積雪も多いようだ。

そんな人間の心配とは関係なく、とりわけ中・大型のわんこたちが冬を満喫している姿を見て癒される。

お泊り犬キャバリアのクゥちゃんが面白い。
最初はシッコとベンベンの意思疎通がうまくいかなかったから心配していたが、一度も失敗したり室内のペットシーツですることもなく要するにマイペースであることが分かった。

お互いを理解しあってから、クゥちゃんはちょっと無理してガーデンで排泄する回数が増え、私は無理してまで排泄を促さなくなった。
おっとりしているから普通のわんこよりもともと回数が少ないんですね。

数日はリードをつけて2階の居間からガーデンまでの往復をしていたけど、リード無しにしても、居間からゆっくりと階段を下りガーデンで排泄を済ませ、再びゆっくりと階段を上り寄り道することなく自分のベッドへ向かう。
そして数分のうちに『ビーブー、ビーブー』といびきをかいて寝ている。

朝夕の食事の準備をしている時も『ビーブービーブー』。
「ごはんだよ」と起こして、出来た食事を伏せたままのクゥちゃんの両手の間に置くと、そのままの姿勢できれいに完食。

食べた食器を洗ってお水を入れる間に、再び『ビーブービーブー』といびきをかいて寝てしまっている。

なんとも手のかからないお泊り犬だ。

大雪が降れば除雪作業に汗を流し、明日の天候を心配する私とは大違い。
クゥちゃんは食べて寝て排泄し、時々遊んで満足している。
その姿が私たちに喜びというか癒しをもたらしてくれるのだからキャバリアは高齢者にはうってつけの飼いやすい犬種と言えよう。

隣のベッドで寝ていた我が家の愛犬アモが『おめぇのいびき、うるせいな』と一瞥して寝返りを打った。
因みにアモは、いびきではなく“寝言派”のわんこであり、マイペースというより自己主張をさりげなく巧みに行う切れ者である。
 

人である前にヒトであれ。そののちに見えてくる人をこれから考えようじゃないか。 2013年02月10日(日)

  「私ね身体が悪くなってさぁ、一日おきに通院してるんだよね。でも留守の間にうちのマルチーズが吠えまくっているらしくて近所から苦情がきてるのさ。何とかならないものだろうかねぇ」

地域のフリーペーパーで私のことが紹介されたものだから、そんな電話相談が今日も舞い込んだ。

『なんでそんなことも想定せずに犬を育ててきてんだ!』との思いをグッと飲み込み、「マンションではよくあることなんですよ」と応対した。
すると「市営住宅なのさ。あんまり騒がれるとよくないんだよね」
「あれ?わんこを飼える市営住宅ってあるんですか?」と私。
「飼えないのさ。だから困っているんだけど、周りの人も結構飼ってるんだよね」と電話の向こう。

はて、皆さんならなんと対応しますか?

「獣医さんに相談したら薬出してくれてたんだ。でも、もう効かなくなってねぇ」と相手。
たぶん、軽い鎮静剤から徐々に強くしたんだろうけど限界がきたのだろう。
根本を解決せずに目先の対症療法だけで済ませる獣医は結構多い。
不安や興奮がつのればそんな薬は効かないし害になることだってあるのに。

「他犬を見ては吠えたて、車内でも外の人や犬を見れば吠えるものですから…」
昨日そんな電話相談を受けた飼い主とわんこが今日カフェにやって来られた。

「吠えるものだから、散歩中に他犬がいたら避けるように道を曲がり、車内では外が見えないようにクレートに入れています。」
そんな飼い主はゴミ箱をいたずらされないように高い所に上げるだろうと思って聞くと、やはりそうしておられる。一流の愛犬雑誌にもそんな対応が薦められている。

ひょっとしてあなたたち、『犬ってバカ』だと思っていませんか?

バカだと思ってるから、吠えて迷惑かけないように散歩コースを変更し、悪戯されては困るゴミ箱を高い所に隠してるんじゃないですか?

一生そうやって犬に振り回され犬の尻拭い的な生き方をするつもりなんですか?

彼らは動物です。
私たち人もまたヒトであることを忘れてはなりません。自覚を失わずに動物同士として対応し、さらにヒトではなく人として人間社会の息吹を吹き込むことで彼らは素晴らしく社会化された相棒になるのです。

私たちの多くはイヌの生態を楽しむためにわんこと暮らし始めたわけじゃない。
愛犬との暮らしに対して魅力を持ち暮らしているはず。
だけどそのために必要なのが、ヒトとイヌの差を知ることであり、私たちは明らかに神のごとく彼らの優位に立ち彼らを導く資格と責任を負っている。

酔い潰れそうな私の叫びの先に何か見えて来るものを感じていただければ幸いである。
50数年前、九州で暮らしていた時、何が原因か覚えてはいないが『おかあちゃんのバカ!』と叫んだ記憶がある。
母は『あんたがバカたい!』と返してきた。
そのエネルギーの凄さに私はたじたじとなった。
なに、昭和の古い話だ。
だけど私は今でも覚えている。
 

滅多にない白魔も長い人生では織り込み済み 2013年02月08日(金)

  ひと冬にたまにある“白魔”の世界が今夜幅を利かせている。
ゴーゴーと唸りを上げる風の中では、まともに目を開けて歩いていられないし、降りしきる雪が均等に積もるわけでなく、どこかにとんでもない“吹き溜まり”を築き上げる。

日中の天候は穏やかで、雪まつり期間に合わせるようにカフェ周辺では『パートナーシップ排雪』が行われていた。
パートナー…というのは、町内会と札幌市が費用を分担して一冬に一度行われる排雪作業のことである。
『こんなに丁寧に作業して大丈夫なの?』と感心させられるほど、本格的で地域密着の仕事をしてくれる。

カフェの定休日だから私たちは全く困らることはない。
きっと事前に定休日まで確認してあるのだろうと毎年感謝している。

その作業車がカフェ前で仕事を始めた。
昨夏、周囲を石積みの枠に囲まれた駐車場に造成したのだが、冬はその場所を雪捨て場にしたものだから雪に覆われてその姿は見えない。

積み上げた石を重機で破壊されては困ると考えた私は、現場責任者に声をかけた。
すると「大丈夫ですよ。去年の工事の後こういう形で石が積み上げられてますよね」と的確に把握していることを伝えてくれたのだ。

凄いですね。
プロフェッショナルな地域密着だと感心いたしました。

ただ、嫌なジンクスが続いている。

この排雪作業の後には大雪が降り、結局、道路は元の埋もれ雪に戻ってありがたさが半減するというものである。
こればかりはプロと言えどもどうしようもない。

今年も大当たり!
おまけに大雪よりひどい白魔の世界で、明朝の除雪には気合が必要なようだ。

明日からの3連休、孫を授かった爺婆は今ではプロの木っ端だろうけど昔の自負を持ってそれなりに頑張ります。
どんなに悪い運勢や占いやジンクスがあろうとも。
 

人生が変わる日なんだろうか。 2013年02月07日(木)

  クジラ山は苦難の連続だった。

風雪でルートが消え、アモが痕跡を見つけて歩いた上を私が歩いて道をつける作業が続いていた。

定休日の今日、横殴りの雪だったけど山に出かけた。

新雪の上でゴロンゴロンとのた打ち回って喜びを示していたアモだったが、道なき道の途中でついにギブアップ。
先頭を私に譲り、後ろからとぼとぼついてくるようになったその時、『生まれたよ!』とKからメールが入った。

大雪の日の12時半、娘のまりが男の子を出産した。

Kはついにバビー(婆ちゃん)になり、私はギジー(義理の爺さん)となった。

母子共々それぞれに元気だったのが何よりだった。

ただ、他者からの影響で日常生活を変化させるのが何より苦手な私である。
言い換えれば自分本位で身勝手な男である。
めでたいのは分かるけれど、どう考えても自分の生活が変わることは明白となった。

まりがチワワのらむを連れてきたときも悪寒が走った記憶がある。
どうしようもない血を受け継いで、野生動物のように振舞うらむをそれなりの家庭犬に育ててきたけど、もう一度あの頃を繰り返すのか?

こんなひどい書き方をするのは、普段から私は人間の子供には『甘ちゃん』であることを自覚しているからである。

わんこには毅然と接していた私がこれから崩れていくかもしれない。
ああ、これまで偉そうに言ってきたことの土台が崩壊するかもしれない。

生まれたばかりの赤ちゃんと対面してきたら、なんか自分の人生を伝えるより、どんな人生を歩むのかを見てみたくなった。

生まれてきてくれてありがとう。
素直にそう思った。
 

ドッグカフェは“はけ口”じゃなくて社会の入り口 2013年02月04日(月)

  初めて来店された方が多かった先日のカフェ。

この雰囲気を『どう受けとめるべきか?』
初めてのわんこたちは戸惑っていたことだろう。
慣れるまでしばらくは静かだったわんこが、時間と共に他犬や人の動きに反応して吠え始める。

静かで穏やかなカフェにおいて、人や他犬の動きに反応し吠えるようになったわんこの飼い主さんはさぞかし困惑されたことだろう。

『あのう、こんな風にいつも吠えるんですけど、どうしたもんでしょうか』と相談される方はカフェにとって決して迷惑な存在ではないことを、まずはお知りおきください。(ショップコンセプトをお読みいただければ、ご理解いただけると思います)

商売上こんなこと書いていいのか分からないけど、迷惑なのは『ここはわんこのためのドッグカフェだから…』と、自宅同様の悪い振る舞いをする愛犬に対して無頓着なお客さんである。

私はドッグカフェというのを『社会が広くわんこを受け入れるための“入口”』と考えており、決して『社会から受け入れられないわんことその飼い主のための“はけ口”』とは思ってはいない。

“わんこもOK!”という店やホテルがどんどん増えていくための足掛かりがドッグカフェなのだと思っている。

だからそんなドッグカフェとして一つの流儀がある。

わんこの行儀が良いか悪いかではなく、飼い主さんがそれをどう感じどうなって欲しいかを考え、自らが関わることを受け入れてくださる飼い主さんを応援する、ということ。

吠えたり行儀の悪いわんこと暮らしていると、いつの間にかそれに慣れてしまう。
それが良くない。
吠えられる相手の不快さを感じなければいけないのに、吠える我が子の立場に立って同情的な対応をしてしまう飼い主は多い。
それが良くない。

同様に良くないのは、家庭犬としてではなくただの“イヌ”としてしつけもせず(できず)オス犬の去勢もせず飼っているのに、そんなことに配慮が及ばず社会参加させようとする無知な飼い主である。

酔いが回りこれ以上の判断がつかなくなりかけてきた。失礼すぎることを書いていたらごめんなさいです。
ちゃんと私なりの犬育てのこともう一度書いてみようかな。
ブログじゃなくてマニュアルを
長くかかるだろうな。
ただ、今夜はもう寝ます。
 

あの日あの時 2013年02月01日(金)

  あなたと愛犬との暮らしはもうどのくらいになりますか?

なぜかふと過去を知りたくて、2006年辺りに戻るうち7月6日と1日のこの欄に出会い読み返してみた。

あの日があったから今があると思える記載があった。

あの頃、年だ年だと言いながらも36キロのアモを2階まで吊り上げ、叱りつけたというエネルギーに驚いた。
おそらくその時は首と腰の皮を持っていたはずから、アモにとってもひどく痛く辛かったはず。

普通のわんこなら噛みついてくるに決まっている。

『そんなことはない』という信頼はもちろん私にはあったが、万が一を承知の上での心構えもしていた。

2階まで黙って吊り上げられるアモに、私にとって絶対的な信頼が確立され、アモには私の真剣さが伝わった時間が生まれた。

あの日あの時があったから“今”っていう記憶は誰しもが持っていますよね。

今夜、ちょっと思い出したから書いてみました。
それだけ。
 

今年もファーガス基金をよろしく! 2013年01月28日(月)

  【ファーガス基金】2013年が始まりました!

'12年9月20日開設:目標額150万円

【入金報告】
1月10日オオ○ユ○コ様1,000円
1月28日:カフェ募金15,664円
      
1月28日までの中計:339,511円
目標額まであと:1,160,489円

これからもたくさんの方々の月々のご支援をお願い申し上げます。
振込先
※ゆうちょ銀行(郵便局・郵便口座)からは
記号;19050 番号;33999621
※他金融機関からは
【店名】九〇八(読み キュウゼロハチ)
【店番】908
【種目】普通預金
【口座番号】3399962
名義は郵貯銀行の規定上、介助犬ファーガスで開設できないため、ナガサキフミアキとなってしまいますが間違いなくファーガス基金として管理いたしております。
なお、この基金について詳しいことをご存じない方は、このページ上部にある『タイトル一覧』をクリックし’12年9月20日・29日付のこの欄をご覧のうえご支援くだされば嬉しく思います。
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今日そのファーガスとNさんがカフェにやってきた。

追突事故の後遺症で現在もなお動けなくなってしまうことがあるNさんの日々の生活をフォローし、買い物にも同行し、雪で動けない車椅子を引き上げるなど大活躍のファーガスだが、カフェに来るときはどちらかといえば“自由時間”で息抜きとしての大切なひとときである。

そして私はファーガスが卒業した日本補助犬協会からその時間の管理を任されている。

今日、初めて来店の5.5か月のグレートデンがガーデンを駆けていた。
ファーガスも童心に帰って駆けてみたが相手の方がちょっとパワフル。
このままだとテンションが上がり過ぎてたじたじになってしまいそうだったのでファーガスは名誉の退却とした。

でも、使役犬って立派なんですよ。
こうやって遊んでいても、ご主人がいざ『ヘルプ!』となればさっと我に返って果たすべき仕事に喜びを感じるのですから。

Nさんは私たちと同じように生活していた。
そのNさんが追突事故に遭い生活は一変し、子供二人と母子で暮らすようになった。
事故による車椅子生活なのに保険会社は『症状が出たのは直後ではない』と因果関係を否定し、保険金の支払いを拒んだ。

障害者となったNさんは受障のショックと裁判を継続する過程で保険会社を相手にする恐ろしさで小さな小さな自分を感じるしかなかった。

実際のところは私には分からない。

ただN家を今は知り、介助犬ファーガスが来てからの生活を知っている。
そして応援を決めた。
介助犬との生活がNさんの経済的負担にはなって苦しめてはいけないのだ。

制度がないならそれが整うまで私たちはできることを継続します。
大きな声ではなく小さなことをとにかく続けます。

カフェに通うお客様はHさんとファーガスを目にしているから、いつも地道に応援してくださっていますが、この欄をお読みの全国の皆様にも遠くから趣旨をご理解して、『カフェに咲いた花』を支援していただきたいとお願い申し上げます。

ってなわけで、今年も1月が終わろうとしていますがファーガス基金の目標達成まで頑張るつもりでおりますのでよろしくです。
 

いい加減から始まる覚悟って面白い 2013年01月26日(土)

  今日はわんこ無しのお客様が数組おられた。

将来は“わんこもOKのカフェ”にするしかない当店にとってはありがたいことである。
だって犬好きだけの素人若夫婦が“ドッグカフェ”なんて継続できるはずもないし、やったところで妥協の日々を送るか後悔するだけだ。

なんてね。
偉そうに、『俺がいなくなったら平穏なドッグカフェの維持はできない』って脅しをかけて、だから『俺のこと大事にしろよ』ってなことを本気で私が思っていたら大馬鹿もんである。

『お前がいなくなったらどうにもならなくなる』
『あの人がいなくなったらおしまいだ』
人生の中で人は本当にそう思うことが度々ある。

家族や近しい友人の関係においては確かにそうだろう。
大きな痛手ということ以上に精神的なダメージがぬぐいきれず、本当にダメになってしまうことだってある。

だが、こと組織や仕事においては違う。
部活の重要人物が退部したいと申し出るってな経験や、退部でなくともその人が卒業した後の不安を昔感じた方はたくさんおられるだろう。
職場のキーマンが転職したり急逝することの経験をされた方もおられよう。

でも、外部からは必要とされ内部では有意義で楽しいと感じられる活動の多くはその後も脈々と続いている。

変化はあろうが何とかなるものなのだ。

例えばドッグカフェ。
わんこを社会が受け入れ、しつけについても必要性が認識されつつあってから30年は経つ。
つまり当時の現役訓練士が引退し、老後をつまらなく送っていることだって考えられる。
その方たちを発掘しタッグを組めば、給料なんて二の次で生きがいとして熱い想いと的確なサービスを現代の愛犬家に提供できることもあるはずである。

『これから犬を飼おうと思っています。その前にいろんなわんこを見ておきたかったのです。』
わんこ無しでご来店の皆様。
本当にありがとうございます。

でも、カフェのわんこ達だけを見て飼う決心をされる前に注意点をひとつ。
わんこだけを見ていませんか?
是非、飼い主さんたちの言動をよ〜く観察してください。

おりこうとか、そうでもないということではなく、作品なのです。
完成形は滅多に見られませんが、カフェでは制作途上の意図が様々に見えると思います。
皆さんがどう感じるか分かりませんが、犬任せで暮らしている方より私にはずっと輝いて見える。

誰も『私がいなくなったらこの子たちは…』なんてことを考えてはいない。
だけど、無意識のうちにカフェのお客様はそれでもなんとかなるわんこを育てようとしておられる。

わんこを見て感じることもあるでしょうが、飼い主を見て“わんこと暮らす覚悟”を知っていただければ嬉しく思います。
 

これが『北の国から』です 2013年01月24日(木)

  『年末辺りからブログの更新が滞りがちですね。お身体は大丈夫ですか?』
ご心配ともやんわりした催促とも取れるメールが届いていた。

一方、どうしたことかここ数日HPへの訪問者数がちょっと増えている。
はて、このふたつをどう解釈したらよいものか。

ともあれ、定休日の夜に書かなきゃならんのか、と考えながら23時にガーデンに出ると、冬の嵐で雪に埋まりエライことになっていてなお進行中であった。
明日の朝が見ものだ。

そんな光景を伝えるなら写真一枚掲載した方がリアルだし多言無用なのだろうが、この欄の多くはわんこ育て関連だからそうもいかず、結構疲れが出たりさぼり癖が甘い言葉をささやく。
『もう書きたいことは書いただろ。今でも来る問い合わせには、この欄を最初から読んでからにしてくださいって言えばいい』っていうのが一番甘いささやき。

たぶんこの欄は2000回ほどの更新が行われているから、ご質問に対する答えはどこかにあるはずである。

それでもうまくいかず伝わらないのが文字である。
どんなに立派な文学者でも評論家の意見は分かれてしまうのだから、私には最初から分がない。
感情を含めた言葉を物理や数学で表現しようというのが科学なら、もっと勉強しておけばよかったと後悔する。

厄介なのはわんことの暮らしはいわゆる科学だけじゃなく違った分野との複合であるというところだろうか。

イヌの行動心理は科学され、病気や治療・食生活といった健康面も科学されて今の時代結構幅を利かせている。
一方で科学されていないのは、
・一軒家を持ったら犬を飼いたかった
・いつか自分の仔犬を抱きたかった
・共働きでわんこを飼ったのですが
・ドッグカフェでわんこが喜ぶ美味しい物を食べさせたい
・わんこにどんな服を着せたら可愛いかなetc.

あまりにも変数が多様だ。
相手は人間だけじゃなくてわんこも加わり、環境や文化、時には思想・時代まで対象となろう。

日々わんこと飼い主の生活に接し、わんこ育てや暮らしの相談を受け、時に奔放で時に無謀とも取れるアドバイスをする内容が科学的じゃないからと仮に批判されても、現状のちっぽけな科学に翻弄されるつもりは私にはない。

それが盲導犬という使役犬を25年に渡って科学し育ててきた私から彼らへの恩返しであり、本当に愛犬との暮らしを求める方へのメッセージであると思う。

あなたが愛犬にどれだけ尽くし何歳まで生きたかより、何をどうしてどんな暮らしがあったのかを知りたい。

そんな想いで滞りがちなこの欄を繋げていけたらいいなと思っている。
 

コギシバさくら 2013年01月21日(月)

  身内に不幸があってお泊りしているコギシバ(コーギー×柴犬)さくらはまだ生後10か月。
記録を見ると昨年11月19日(生後8か月時点)に初来店し、これまでに7回のレッスンを行っている。

レッスンの依頼を受けた時の主訴は、引っ張り・臭い取り・拾い食い・飛びつきというものだった。
だが、歩いてみた私が最も印象に残っていたのは“独立独歩・傍若無人・聞く耳持たず好き勝手”。
つまり、リードを持っている人のことなど全く意に介さず、風で飛んでくる落ち葉を見ると反射的に追いかけるなど、込み上げる衝動に誘発された振る舞いをしていた。

もう一度上記を読み返していただきたい。
飼い主さんの主訴は具体的なのに、私の評価はちょっと違っている。
歩いてみて、引っ張りも臭い取りも拾い食いも飛びつきもあったのだろうが、そんなことより『こんな感じ』というように括られている。

なぜか?
わんこが引っ張るのも臭い取りするのも拾い食いも飛びつきも、さらに吠えるなんてことも普通にあっておかしくないことで、問題となる根っこはみんな同じなのだから。

ほとんどすべての飼い主さんは、巡り合ったわんこの性格や行動によって『いい犬だ』とか『問題犬だ』とか言って生活が変わってしまっている。

そんなことで人生が変えられてしまうなんてとんでもないと私は思っている。
だって『わんこと一緒に暮らしたい』という楽しい夢からスタートしたわけだから…

コギシバさくらには、まずリードコントロールで“不快”を認識させたと思う。
何故なら、好き勝手な行動をされて引っ張られる私が“不快”だったから。

次に“聞く耳を持たない”さくらにイエストレーニングで『言葉には意味がある』ということを感じさせたはずだ。
さらに生後8か月齢に見合った接し方で社会経験を積み上げたことだろう。

記録には具体的に書かれていないが『こんな感じ』の表現で書き留められている。
たまに見られる『ラヴィとガーデンで遊ぶ』とか『ガーデンでマテの強化』という項目を見ただけでその時の状況が思い出され、あらためて進捗状況が私には理解できる。

さくらはまずまずお利口さんに育っていて、お泊りをしていても問題ないわんこである。
生後10か月ということを勘案すれば『申し分ない』ともいえよう。

・8か月の段階でレッスンを始め、継続して通ってくれたから
・最初の振る舞いは悪かったけど、稟性に大きな問題が無かったから
・うまいこと経験を積み重ねられたから
・飼い主さんが頑張ってくれたから

色々理由は挙げられるが、いい飼い主やわんこ達に恵まれたカフェの環境が支えてくれているのは間違いないことである。
 


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