From the North Country

お盆2012 2012年08月14日(火)

  オリンピックが終わり生活から不規則さは消えたものの、ジェニーが逝ってしまった現実が脱力を生み、何にも書く気にはなれないでいる。

1.去年まで夏の薄着になると『おなか出過ぎじゃない?』と、お客様から散々言われていたけど、今年はまだ言われていない。
少し引っ込んだのか単に皆さんが見慣れてきたのかは定かではない。

2.秋田の力が無事4頭目の盲導犬を取得して新しい生活を始めた。
「時代と共に盲導犬の資質も変わるんだな。俺もちょっとは品よくならねぇとな…」と、出来もしないことをほざいていたから、まあ気に入って順調に歩き始めたのだろう。

3.夏にぴったりのスムージー。
もし作るとしても“スムージーの素”みたいなのがあるのだろうと思っていたけど、Kが作るスムージーは本物素材でびっくりした、というのがこの夏の記憶となろう。

4.この夏2件の取材あり。
財界さっぽろのわんこ版と朝日新聞の折り込みフリーペーパーで、共に9月の発刊発行予定。
30年前、その多くが外飼いだったわんこが現在室内で暮らしている。
今、室内で暮らしているというだけで、まともな育て方やしつけも受けていないわんこと飼い主が社会に出ている。
それでいいのか?…という問いかけである。

お盆も通常の営業を続けているカフェには、いつもと違うお客様が来店される。
今日のシェルティーは『吠えて迷惑をかける』という理由でガーデン裏口から入店された。

お困りのようだったので相談にのるとレッスンにまで発展した。
徐々に大人しく穏やかになる愛犬を、まるでマジックを見るかのように飼い主さんは驚き喜んでくださった。

私もお盆に人様に喜ばれることができて良かったです。
ジェニーへの弔いと思って頑張りました。
 

幸せになれたジェニー 2012年08月07日(火)

  2003年の秋、レオンベルガーのジェニーと初めて出会った。

かなりの広さがある広場の片隅に目をやると、軽トラックの荷台から降ろされたやせ細った犬が訓練を受けていた。
数回そんな光景を目にしたが残念ながら進歩しているようには映らなかった。
ある日、別の犬を訓練していた私にHさんが『この犬を見てもらえませんか?』とジェニーを連れてきた。
Hさんもまた、遠くから私の訓練を見て望みを託してくれたのだろう。

・訓練初日の逃亡
・人間への不信感を取り除く日々
・ちょっとした物や音を怖がり、パニックになるジェニー
・初めて海岸でノーリードにした瞬間、あっという間に疾走し、“点”になったジェニーがきびすを返して戻り、「ジェニー、まって」と声をかけるとその場で止まった。あの時のジェニーの笑顔と私とKの喜びは今でも忘れることはない。
・仲間と出かけた1泊旅行。草原を駆けるジェニーの顔には信頼感があった。
・『ジェニーと旅に出てごらん』。私のアドバイスを受けたHさんは旅から戻ると『あの言葉の意味が分かりました』とうれしそうだった。
・ニセコの旅は楽しさの絶頂期だった。酔っ払って床に寝転んだ私に記憶はないが、目が覚めたとき顔中がジェニー臭くなっていた。

カフェ1期生のジェニーとはどの犬よりも深く関わったようである。
多くのお客様はカフェの看板犬だと思ったに違いない。

ペットショップの裏舞台で6ヶ月になるまでケージに入れられ、処分を待つだけの身だったレオンベルガーをHさんはトラックを手配して自宅に連れ帰った。
隔絶された社会でただ生かされていただけの犬はHさんを翻弄し続けた。
だが、Hさんはジェニーと深く関わり、事あるごとに自分で決断し、『ジェニーに幸せになって欲しい』と惜しみない努力をされた。

「一昨日(5日)にジェニーが亡くなりました。血管肉腫という癌でした」
今朝泣きながらKがHさんからの知らせを伝えに来た。

『どうしてもっと早くに…』
でも、そんな想いはすぐに消えていった。
Hさんらしいよね。ヘルニアの治療なんて言って
最後の最後まで自分でジェニーを見てあげたかったんだよね。
お見舞いとか煩わしいこと抜きに
私とKには知らせたかっただろうけど、知らせると今度は私たちがカフェのみんなに隠さなきゃならないしね。

昨日、無事火葬を済ませたそうだ。
「みんなでニセコに行った時の動画を今観ています」涙声のHさんが電話口で教えてくれた。
ジェニー、幸せだったね。ありがとう。
 

暑中お見舞い申し上げます 2012年08月05日(日)

  7月の末に暑い日が3日ほど続いた後は爽やかな今年のカフェ周辺だ。
オリンピックのおかげですっかり生活リズムが変わり、この欄の更新もままならないでいる。

1.学校が夏休みに入ったので我が家のキャンプは当面なし。涼しくなる月末頃に再開予定。
定休日のアモは不満顔だが、お泊り犬がいてくれるおかげで『仕方ない』とあきらめてくれる。
来週以降に暑い日が来れば支笏湖で泳がせてあげよう。

2.涼しいといっても路面の照り返しがあるので、最近ほとんどレッスンは無し。
いろんなところへ出かけて経験を積ませ、必要な振る舞いを教えるのが一番のレッスンですから、皆さん愛犬とあちこち出かけてください。

3.夏の雨上がり、愛犬のトイレがプーンと臭うようなことはありませんか?
カフェでは引き続きゼオライトを格安で販売しておりますのでご活用ください。詳しくは『お知らせ』欄をご覧ください。

とりあえずは日本サッカーの結果が決まるまで、不安定な生活になりそう。
もちろん、面白いことやわんこについて語りたいことがあれば頑張って更新したいと思っている。
 

ひねくれもんの言い分 2012年07月26日(木)

  この夏最高の本格的暑さを受けて、本日エアコンを初オン!
本当は節電して『もっと電気を使ってください』と北電に本音を言わせたかったけど残念だ。

どういうわけかカフェ周辺は計画停電の枠外となっているのも心苦しい。
仮に計画停電が実施されれば、“本当に必要だったか”の検証が行われてしかるべきであろうが、昨年の関東でそれがきちんと成されたとは到底思えない。
東電の一方的申告を黙って受け入れただけではなかったのか。
まるでポーカーの『コール』ように腹の探り合であったり、仮病で駄々をこね親を心配させる子供と一緒のような気がしてならず、その延長線上に今があるように思うから今夜はひねくれてみた。

動物病院に入った途端、甲高い声で吠えつかれる。
散歩ですれ違うだけなのに吠えたてられる。
『なんで?』

飼い主の対応を見れば“たまたま”ではなく“必然”なのが私には手に取るように分かるのに、何故みんなその状況から目を背けるのだろう?

『だってイヌだもん』
そんな言葉で片付けるのなら
『“家族”って言うな!普段からイヌって言え!』と叫びたくなる。

“家族の一人”が初対面の相手に罵声を浴びせ殴りかかろうとしたらどうする?
しかも常習で、責任者はあなた。

私が真剣に考えて欲しいことはただひとつ。
『未知の相手があることを知ったうえで、あなたはそれ(愛犬の無礼)を受け入れているのですか?本当に相手に対して失礼で無礼だとは思わないのですか?それほど愛犬の凶暴さの言い訳をすべきだとでも…?』

あなたが主体的に振る舞わなくてはならいのですよ。
答えを知りたければ、ぜひカフェで声をかけてください。
 

夜行列車 2012年07月22日(日)

  今の時代であっても、もし私が若くて自由な時間があれば列車の旅を選ぶだろう。
初めて北海道を旅した時も大阪発の『急行きたぐに』だった。

座席の枠が木製で直角の背もたれ。
新潟(だったかな?)で列車の進行方向が変わり、それまで過去が見えていた車窓に未来が見えるようになる。
真っ暗な外が踏切を通過するところで一瞬明るくなる。
そんな懐かしい光景を今夜ふと思い出した。

『急行きたぐに』は時代の流れの中で消えてしまったが、同じ夜行列車『急行はまなす』が今頃札幌に向けて走っている。
その乗客の中に私と同い年の“秋田の力”が盲導犬セナと最後の旅をしているはずである。

大工だった“力”が単独事故で20代で失明し、後妻に救われて人生を再構築し、初代盲導犬マップと共に人生を歩み、障害年金など一切出ない無年金障害者として自分の稼ぎだけでこれまで生きてきた。
2代目盲導犬セナと暮らす時に新たな職を得て、僅かだけど安定した収入が入ってきた。

だが、そのやすらぎも長くは続かなかった。
自分を支え続けてくれた愛妻が癌に侵され先日余命3年の告知を受けたのだ。

そこにセナの引退時期が重なった。

“力”は秋田に妻を残し、新たな盲導犬と出会うために今頃セナと最後の時間を『急行はまなす』の中で過ごしている。
僅か4日の旅であるが、様々な思いが交錯していることだろう。

あいつのことだから今頃は若い姉ちゃんをつかまえて盛り上がっているとは思うけど、3代目盲導犬との生活がうまくいきやれるだけの人生を貫くことを願うばかりだ。
車窓の景色を見る向きはどうであれ夜行列車は未来に進んでいる。
 

お散歩エクササイズ 2012年07月18日(水)

  散歩途中でいろんな飼い主さんとわんこに出会う。
私はお泊り犬を伴っていることがあるから原則的に他犬と関わることはしない。
万が一お預かりしているわんこが噛まれでもしたら…と考えるからだ。

それでも観察は欠かさない。
・リードをしっかり握り、立ち止まっているファラオハウンドの飼い主さんは『吠えなくていいんだよ。ほれ冷静に見てごらん』と愛犬に社会勉強をさせておられる。

・出会うわんこに吠えるコーギーの飼い主さんは、私たちを見つけると道路の反対側に渡ったり、道を曲がってしまわれる。

・もうすぐ吠えるぞ、ほら吠えた。明らかにそうなる目に変わったことが分かるのに、毎日暮らしていてもその都度驚いて『ダメ』という飼い主さん。

・『ダメよ、嫌がってるでしょ』と口先で言いながら、フレキシブルリードのロックを外し犬の好き勝手にやらせている飼い主さん。

・『どうぞお構いなく』というわんこや、目だけで挨拶するわんこに出会うとちょっとほっとする。

・もちろん知り合いのわんこに出会った時は犬たちに任せ、私も立ち止まって飼い主さんと会話を交わす。

自分の犬だけじゃなく、相手の犬や飼い主さんのことを観察し、考えながら散歩するといろんなことが見えてきますよ。

当然、30秒間お腹を引っ込ませる(呼吸は止めず普通に)エクササイズを繰り返しながらね。
 

犬と暮らす 2012年07月14日(土)

  カフェの草創期に応援してくださった地元Aさんの愛犬が亡くなって数週間が経つ。
大型犬でありながら17歳の寿命を全うしたのだから、そろそろ気持ちも落ち着き始めたかと思い、散歩途中で出会ったご主人に声をかけた。

「どうですか?」と私。
「あんなにも落ち込むもんなんだねぇ。自分の親の時以上だよ」と、ご主人は奥さんの現状を心配しておられた。

愛犬が高齢になり次に小型犬を2頭飼ってはみたものの、初代の死の緩衝までは至らなかったようだ。

「奥さんは辛いんでしょうね。何を見てもどこを歩いても思い出ばかりが甦るんですよ」と私は応えた。
「そういうものなんですか?」とご主人。
「ええ、どう慰めても少なくとも1年という時間が必要になるみたいです。皆さんそうです。」と再び私が応じると、ご主人の顔が安堵したように見えた。

『そうですか!家内だけが異常なわけではないのですね。』みたいに。

なんの弔いにもならなかったけれど、奥さんの心情を男同志で探り合い心落ち着けるようにした。

人間の子供なら成長と共に憎まれ口をたたいて親離れ子離れを促してくれるが、わんこは一生親に依存している。
そのことが死別を一層悲しいものにしてしまうのだろう。

ただ『だからもう犬は飼うまい』という気持ちにはなりたくない。
『僕のせい?私のせい?』と昔の愛犬を悲しませたくないから…

『私/僕みたいなわんこと一緒に暮らし、日々奮闘しながら楽しそうに暮らすあなたの姿が好きだったんです。ありがとうね。』との声が聞こえる。

どんな今後があるにせよ、『お前のことは忘れないよ』という今を暮らしたい。
 

今日のレッスンから 2012年07月08日(日)

  「給餌の時、唸るんです」という電話相談から始まった生後3か月のサルーキAくん(の飼い主さん)。
普通なら電話ではちょっとしたアドバイスだけで終わるはずなのに、フードをもってご来店されたのが2週間前。
そのままレッスンを受けられ、今日2回目のご来店があった。

仔犬の成長は速く、週に1キロも体重が増えているそうで体型の変化に驚いた。

「家が近づくと引っ張るんですよねぇ。」
「枯葉や石ころを口に入れてしまって…」
おやおや、最初の悩みはどこに行ってしまったんでしょう?

レッスンを始めた当初、飼い主さんの訴えは次から次へと変化しハードルが高くなる。

ちょっと整理してみよう。
1.生後3か月で食事の時に唸るのは大問題で、遺伝的な物欲・警戒心・飼い主の不味い対応が疑われ、今のうちに解決しないと将来大事になる。
そう思うから、様々な角度からアドバイスを与え、フードを持参されたカフェで実演指導を行った。

2.肝心なのは、あの日レッスンを依頼されたことである。
レッスンを依頼されると、私は例え主訴が“給餌の時に唸る”というテーマであっても、そのわんこと歩き飼い主さんと会話する中で問題行動の根っこがどこにあるのかを探り出す習慣ができている。

いつも言うように、多くの場合問題行動の責任は飼い主にある。

食事の時に唸る・家が近づくと引っ張る・拾い食い・他犬や人への吠え等々…
それらは犬がイヌとして振る舞う行動であり、異常ではない。

それを許すか許さないかを犬に伝えるのは飼い主の責任問題であり、犬と暮らすということはそういうことなのだ。

生後4カ月になったサルーキAくんは、風に舞う葉っぱに興味を示し、路面に落ちてたカラスの羽を口に入れようとし、私はそれを制御しイエストレーニングで聞く耳を持たせた。

街頭演説と廃品回収の声がスピーカーから流れる場所に来ると、Aくんは葉っぱや拾い喰いの意識は消え、『おや?なんだ!』という緊張・不安状態になった。
仔犬としての正常な反応である。

そん時こそ『時間を費やせ!』と飼い主さんに私は叫ぶ。
散歩途中であっても、わんこが不安を示した時はじっくりと見せてやり、それが人間社会では異常なことではなく取り乱す必要もないことを経験させる社会勉強である。

回り道のように思われるかもしれないけど、サルーキの唸りは消えた。

変わったのはサルーキよりも飼い主さんの態度だったと思う。
これもまたいつも言うことだが、『うちの犬は…』と、うだうだ嘆く前に『私という人間は…』と、自問しなされ。

サルーキの飼い主さん、今日はとっても輝いて力強く見えましたよ。
 

カフェ雑感 2012年07月04日(水)

  雨が降らず涼しい夏が続く今年の札幌だ。
自宅のエアコンは去年の秋からコンセントが抜かれたまままだ一度も使っていない。
広くなった駐車場(園芸家曰くロックガーデン)の草花には水やりの仕事が増えた。
ちょっとへこたれ始めた草花に水をやると翌日シャキッとしていて命を実感させてもらえる。

1組程度ではあるが日々初めてご来店の方がおられるのはうれしい。
人見知りの私だから愛想は無いが心ではそう思っており、不足分はKと娘夫婦たちがカバーしてくれている。
おまけに良いお客様とそれなりのわんこたちであることに心から感謝している。

「美味しいね」
それぞれ別メニューを注文され、分け合って味を確かめてくださるお客様には親近感を覚える。
私とKは他所でいつもそうだから…

「あのぉー、ちょっとわんこのことでご相談が…」っていうのがカフェでは普通なのに、お食事と楽しい会話だけをされて帰られるお客様を見ると『こっちの方が普通なんだよな。』と将来の目標が見えたりもする。

心地よい気候の中、趣あるロックガーデンに車を止め、カフェでは美味しいお食事と会話を楽しみ、足元にはわんこがいても違和感はなく勿論わんこ達は穏やかである…
そんなカフェが増えていって欲しい。

だから現役でいる限り私はカフェのわんこ達に振る舞いを教え続け、その姿が当たり前と感じる飼い主さんを増殖したいと思っている。

犬じゃなく人間の意識を変えるために今、犬と関わっているような気がする。
どうぞご遠慮なく私を活用してください。
共感される方々は。
 

今、腹の底に溜まっていること 2012年07月01日(日)

  今朝の新聞の折り込みチラシを見て驚いた。

北海道の電力を独占する企業が、緊急時の計画停電のスケジュールをばらまいていたのだ。

私には『どうだ!泊原発を再稼働しないとおまえたちはこんな目に合うのだぞ!』という強迫文書にしか思えなかったが皆さんは如何だったでしょうか?

節電は大切なこと。
家計を助けてくれるし、無駄を省くことで地球温暖化を少しでも遅らせることができるから…
だが、企業と国家の利益のために故郷を失い生活基盤と家族を解体させられる現実を見せられては、騙されたふりをすることが罪悪であることを多くの国民は知らされている。

企業が懸命に努力した結果が“脅し”に辿り着いたのだろう。
安易だが悲しい現実である。

あの3.11を経てなお、この国は原発依存へ舵を切っている。

電力の独占・送電網の独占・複雑に絡み合ったムラ社会が結論ありきの構造を生み出しているように思えてならない。

『市場経済』は世界に富と合理主義をもたらしてきた。
大義は、『能力あるもの・理あるものがもっと自由に活動できてこそ経済の持続的発展が期待でき民主主義経済が維持できる』からというものであろう。

『市場経済』までは許容されたが、それがいつの間にか『市場社会』となって食い込むようになり、人々の社会観や道徳ひいては地域の生活までを侵食するようになった。

私たちは気が付くのが遅かったのかも知れない。
だけど、今回のような電力会社の脅しにまで屈してしまったのなら子孫に申し訳のしようもあるまい。

以前、この欄で私は書いた。
拓銀が見せしめに遭い、夕張もどん底に落とされた。
次の停電は北海道であってもおかしくはない、と。

オール電化を推奨し『電力をもっと使って儲けさせてください』と言っていた企業が、原発が止まった途端『計画停電』で脅しをかけている。

ドッグカフェが近くにできたら、我がカフェはもっともっと経費を削減しサービスを拡充し、さらに根源的なことに目を向けるはずでしょうに…
 


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