From the North Country

犬と暮らす 2012年07月14日(土)

  カフェの草創期に応援してくださった地元Aさんの愛犬が亡くなって数週間が経つ。
大型犬でありながら17歳の寿命を全うしたのだから、そろそろ気持ちも落ち着き始めたかと思い、散歩途中で出会ったご主人に声をかけた。

「どうですか?」と私。
「あんなにも落ち込むもんなんだねぇ。自分の親の時以上だよ」と、ご主人は奥さんの現状を心配しておられた。

愛犬が高齢になり次に小型犬を2頭飼ってはみたものの、初代の死の緩衝までは至らなかったようだ。

「奥さんは辛いんでしょうね。何を見てもどこを歩いても思い出ばかりが甦るんですよ」と私は応えた。
「そういうものなんですか?」とご主人。
「ええ、どう慰めても少なくとも1年という時間が必要になるみたいです。皆さんそうです。」と再び私が応じると、ご主人の顔が安堵したように見えた。

『そうですか!家内だけが異常なわけではないのですね。』みたいに。

なんの弔いにもならなかったけれど、奥さんの心情を男同志で探り合い心落ち着けるようにした。

人間の子供なら成長と共に憎まれ口をたたいて親離れ子離れを促してくれるが、わんこは一生親に依存している。
そのことが死別を一層悲しいものにしてしまうのだろう。

ただ『だからもう犬は飼うまい』という気持ちにはなりたくない。
『僕のせい?私のせい?』と昔の愛犬を悲しませたくないから…

『私/僕みたいなわんこと一緒に暮らし、日々奮闘しながら楽しそうに暮らすあなたの姿が好きだったんです。ありがとうね。』との声が聞こえる。

どんな今後があるにせよ、『お前のことは忘れないよ』という今を暮らしたい。
 

今日のレッスンから 2012年07月08日(日)

  「給餌の時、唸るんです」という電話相談から始まった生後3か月のサルーキAくん(の飼い主さん)。
普通なら電話ではちょっとしたアドバイスだけで終わるはずなのに、フードをもってご来店されたのが2週間前。
そのままレッスンを受けられ、今日2回目のご来店があった。

仔犬の成長は速く、週に1キロも体重が増えているそうで体型の変化に驚いた。

「家が近づくと引っ張るんですよねぇ。」
「枯葉や石ころを口に入れてしまって…」
おやおや、最初の悩みはどこに行ってしまったんでしょう?

レッスンを始めた当初、飼い主さんの訴えは次から次へと変化しハードルが高くなる。

ちょっと整理してみよう。
1.生後3か月で食事の時に唸るのは大問題で、遺伝的な物欲・警戒心・飼い主の不味い対応が疑われ、今のうちに解決しないと将来大事になる。
そう思うから、様々な角度からアドバイスを与え、フードを持参されたカフェで実演指導を行った。

2.肝心なのは、あの日レッスンを依頼されたことである。
レッスンを依頼されると、私は例え主訴が“給餌の時に唸る”というテーマであっても、そのわんこと歩き飼い主さんと会話する中で問題行動の根っこがどこにあるのかを探り出す習慣ができている。

いつも言うように、多くの場合問題行動の責任は飼い主にある。

食事の時に唸る・家が近づくと引っ張る・拾い食い・他犬や人への吠え等々…
それらは犬がイヌとして振る舞う行動であり、異常ではない。

それを許すか許さないかを犬に伝えるのは飼い主の責任問題であり、犬と暮らすということはそういうことなのだ。

生後4カ月になったサルーキAくんは、風に舞う葉っぱに興味を示し、路面に落ちてたカラスの羽を口に入れようとし、私はそれを制御しイエストレーニングで聞く耳を持たせた。

街頭演説と廃品回収の声がスピーカーから流れる場所に来ると、Aくんは葉っぱや拾い喰いの意識は消え、『おや?なんだ!』という緊張・不安状態になった。
仔犬としての正常な反応である。

そん時こそ『時間を費やせ!』と飼い主さんに私は叫ぶ。
散歩途中であっても、わんこが不安を示した時はじっくりと見せてやり、それが人間社会では異常なことではなく取り乱す必要もないことを経験させる社会勉強である。

回り道のように思われるかもしれないけど、サルーキの唸りは消えた。

変わったのはサルーキよりも飼い主さんの態度だったと思う。
これもまたいつも言うことだが、『うちの犬は…』と、うだうだ嘆く前に『私という人間は…』と、自問しなされ。

サルーキの飼い主さん、今日はとっても輝いて力強く見えましたよ。
 

カフェ雑感 2012年07月04日(水)

  雨が降らず涼しい夏が続く今年の札幌だ。
自宅のエアコンは去年の秋からコンセントが抜かれたまままだ一度も使っていない。
広くなった駐車場(園芸家曰くロックガーデン)の草花には水やりの仕事が増えた。
ちょっとへこたれ始めた草花に水をやると翌日シャキッとしていて命を実感させてもらえる。

1組程度ではあるが日々初めてご来店の方がおられるのはうれしい。
人見知りの私だから愛想は無いが心ではそう思っており、不足分はKと娘夫婦たちがカバーしてくれている。
おまけに良いお客様とそれなりのわんこたちであることに心から感謝している。

「美味しいね」
それぞれ別メニューを注文され、分け合って味を確かめてくださるお客様には親近感を覚える。
私とKは他所でいつもそうだから…

「あのぉー、ちょっとわんこのことでご相談が…」っていうのがカフェでは普通なのに、お食事と楽しい会話だけをされて帰られるお客様を見ると『こっちの方が普通なんだよな。』と将来の目標が見えたりもする。

心地よい気候の中、趣あるロックガーデンに車を止め、カフェでは美味しいお食事と会話を楽しみ、足元にはわんこがいても違和感はなく勿論わんこ達は穏やかである…
そんなカフェが増えていって欲しい。

だから現役でいる限り私はカフェのわんこ達に振る舞いを教え続け、その姿が当たり前と感じる飼い主さんを増殖したいと思っている。

犬じゃなく人間の意識を変えるために今、犬と関わっているような気がする。
どうぞご遠慮なく私を活用してください。
共感される方々は。
 

今、腹の底に溜まっていること 2012年07月01日(日)

  今朝の新聞の折り込みチラシを見て驚いた。

北海道の電力を独占する企業が、緊急時の計画停電のスケジュールをばらまいていたのだ。

私には『どうだ!泊原発を再稼働しないとおまえたちはこんな目に合うのだぞ!』という強迫文書にしか思えなかったが皆さんは如何だったでしょうか?

節電は大切なこと。
家計を助けてくれるし、無駄を省くことで地球温暖化を少しでも遅らせることができるから…
だが、企業と国家の利益のために故郷を失い生活基盤と家族を解体させられる現実を見せられては、騙されたふりをすることが罪悪であることを多くの国民は知らされている。

企業が懸命に努力した結果が“脅し”に辿り着いたのだろう。
安易だが悲しい現実である。

あの3.11を経てなお、この国は原発依存へ舵を切っている。

電力の独占・送電網の独占・複雑に絡み合ったムラ社会が結論ありきの構造を生み出しているように思えてならない。

『市場経済』は世界に富と合理主義をもたらしてきた。
大義は、『能力あるもの・理あるものがもっと自由に活動できてこそ経済の持続的発展が期待でき民主主義経済が維持できる』からというものであろう。

『市場経済』までは許容されたが、それがいつの間にか『市場社会』となって食い込むようになり、人々の社会観や道徳ひいては地域の生活までを侵食するようになった。

私たちは気が付くのが遅かったのかも知れない。
だけど、今回のような電力会社の脅しにまで屈してしまったのなら子孫に申し訳のしようもあるまい。

以前、この欄で私は書いた。
拓銀が見せしめに遭い、夕張もどん底に落とされた。
次の停電は北海道であってもおかしくはない、と。

オール電化を推奨し『電力をもっと使って儲けさせてください』と言っていた企業が、原発が止まった途端『計画停電』で脅しをかけている。

ドッグカフェが近くにできたら、我がカフェはもっともっと経費を削減しサービスを拡充し、さらに根源的なことに目を向けるはずでしょうに…
 

今一度スピードダウンをお願いします。 2012年06月25日(月)

  今日カフェの閉店間際にミニパトが止まり、警察官が降りてきた。
「実は近所の方から、こちらに来られるお客さんの中で、車の速度が速くて危険という苦情がありました」

カフェ前は西からの車が一時停止する三叉路だし、南北の道は通学路にもなっているから皆さん特に慎重に安全確認をされており、私が誘導に立つこともある。
「え?ここですか?」と私が尋ねると「いや、そうじゃなくてここに来るまでの速度が速いということです」と警察官。
「なるほど。で、ここに来るまでの速度が速いどなたかもわからないお客様に対し私にどうしろと?」
「ですからお客様皆さんにスピードダウンの呼びかけをお願いしたいのです」

これはカフェ周辺での事故を未然に防ぐ『ありがたい忠告』と受け止めるべきだろう。

カフェは住宅街にあります。
これまでも皆様は安全に留意されお越しいただいていると存じますが、あらためていつどこから子供や犬が飛び出しても停止できる速度でご来店/お帰りくださいますようお願い申し上げます。
 

1カ月遅れの種まき 2012年06月22日(金)

  明後日24日/日曜のカフェは臨時休業ですのでお間違えないようお願いします。

さて、駐車場というか広場というか花壇・菜園というのか、とにかく雑草だらけだった空き地に素敵な空間が生まれた。(工事の完了はちょっと遅れて25日を予定)
1個数百キロはあろうかという5段に組まれた横幅16メートルの石垣がポイントで“見てくれ”だけは満足している。

バラを植え、クレマチスでアーチを描き、いろんなハーブや愛らしい色をした花が足元を埋め尽くす…

そんな風にもできよう空間に、今夕私はそそくさと枝豆・すじなしインゲンの種を蒔き、ニタッとした。

夏は枝豆でビールでしょ!
やわらかインゲンがあれば最高じゃん!
あの広さなら祭りのやぐらだって組めるけど、枝豆とインゲンはやっぱ欠かせない。

せっかくの工事だったけど、不似合いなおつまみ畑になりそうでごめんなさいね。

ただ、ひょっとしたら5〜6年後石垣の間から新たな感動が見られるかも。
いろんな思いはあるが、ともあれ今日種を蒔いた。
 

我が家の愛犬アモの裏側 2012年06月18日(月)

  アモは私に似て分かりやすい犬だ。

普段は他犬とりわけ日本犬と初対面の時に『おまえ、突然飛びついたり吠えかかったりするつもりだろう』と用心深いのに、今日のお泊り犬である黒柴/宗一郎とは旧知の仲なものだから、先輩犬として鼻にもかけない。

遊ぶときは遊んで“あげる”けど、いよいよの時には“すんく”と立ちあがり威厳を見せる。
宗一郎もそのあたりは重々分かっており『へイ!承知しやした』と、その関係を受け入れているようだ。

今夕の散歩でも二人の関係を楽しむことができ、『イヌ社会』の決まりごとは『暮らしやすい家庭犬』の中でも脈々と受け継がれていることに安堵し、『やはり犬は飼い主が制御し、振る舞いを教えるのが基本』だとニヤリとした。

制御なんかしなくても生まれながらに暮らしやすいわんこはたくさんいるけど、そうじゃないわんこと暮らす可能性の方が今はまだ高い。
だから飼い主は『犬を飼育するのでなく、育てなければならない』という意識を持つ必要があり、そこに喜びを感じて欲しい。
アモと宗一郎はそんなわんこでもある。

夕食の時。
先に食べ終わったアモは、まだ食事中の宗一郎の前にあからさまに横たわった。
普段お泊り犬に対してそんなことはしないのに…

意を察している宗一郎は『ヘイ!分かっておりやす』と、まるで舎弟としての配慮を喜ぶようにトッピングの野菜一切れとフードを2粒残し親分に献上した。

『ようし、システムは正常に作動しているな』
今日の仕事を終え、満足したアモはベッドで眠り始めた。
 

小さなカフェには不相応な駐車場のワケ 2012年06月15日(金)

  13日から駐車場の工事が始まりご迷惑をおかけしております。

埃っぽい作業は昨日で一段落し今日からは石積み。
札幌まつりということもあり、早めに作業を切り上げた職人さんたちは社長さんの計らいでBBQだそうです。いい職場ですね。
明日からの土日も工事はお休みです。

駐車場を広げる理由は足りないからではありません。
たまに込み合うこともありますが、お客様のご協力でこれまでもやり繰りできてましたし、何といっても小さなカフェだから満席でご迷惑をかけることもありました。

1.女性のお客様がほとんどなので、より安全にゆったり駐車していただくのがひとつです。(これまでの駐車場でも駐車しているのは1〜2台ってのは頻繁にありますから、広くなるとさらにさびしく感じることになるのでしょうか?)

2.駐車場に花壇と菜園を作って、暇な時間を活用し老後の趣味にも役立てよう、というのがふたつめの狙い。(長年楽しませてくれた“枝豆横丁”は今日解体されました)

3.そして最後が雪国ならではの悩みである『雪捨て場』の確保です。
空き地だったカフェ周辺に家が立ち並び、少しでも除雪でご迷惑をかけないよう配慮するつもりです。(冬は駐車台数が減ることになります)
問題は風。冬は西風が強いのに、その西に向かって雪を飛ばさなければならず…ああ、苦労は多い。

ともあれ来週末には完了予定です。
 

野性を知りつつ感性を磨く 2012年06月10日(日)

  ちょうど10年前の4月、人生をリセットすることになった私は道東のムツゴロウ牧場の石川家で数日お世話になっていた。
そして今夜、シロテテナガザルのナナちゃんを飼育していた高橋家に行った時のことをふと思い出した。

当時テレビにもたびたび登場していたナナちゃんは高橋家の居間に置かれたケージで暮らしていた。
その脇に座った私はナナちゃんに声をかけたが、初対面だったこともあり全く無視され警戒された。
『ああ、そういうことね』と、感じた私は同じ場所に座ったまま高橋夫妻と世間話を始めた。

10数分後、ナナちゃんが私に興味を示し始めたので私はさりげなくケージに手をかけ、それでもナナちゃんを無視するふりをしてご夫妻との会話を続けた。

するとナナちゃんが私の指に触れたり、身体を寄せたりしてきたので自然な指の動きをしてみせつつもご夫妻との会話を優先した。

ナナちゃんは一気に気を許し、私に更なる興味を示し始めた。
私は反応を確かめつつケージの外から触れるだけ触りまくった。

「驚きです。実はナナが触るのを許したのはムツさんと石川それに高橋だけだったんですよ。長崎さんが4人目です。」とその時聞いた。
あの時はそれなりに嬉しかったが、今は違う気持ちでいる。

『あら、可愛い!』とか『やあ、こんにちわ』とか、普段から人々は一方的に自分の感情に従った振る舞いをしやすい。
相手の心理や生態を無視した短絡的な振る舞いをするから拒否され警戒されるのだ。
『そんな基本的な感性を自覚できないのが、現代の人間社会なんだな』と、あの時気づくべきだった。

つまり、ナナちゃんは誰にでもなつくサルだったのに、それをさせない人間の性急な対応と生態を無視した失礼な振る舞いがあったのだろうと思うのだ。

話をわんこに展開させよう。
わんこはさらに先の関係を容易に人間と構築できる動物なのに、それすらもできず他犬や他人を見ては吠え“させる”あるいは吠えることを“許容”している飼い主が多いことを嘆く。

人間社会に適応することを得意とするわんこたちを深く理解すれば野生動物との関わり方が見えてきて、さらにわんこを『躾ける』という意味が理解できると私は思っている。
ごめんなさい。深夜2時。酔っぱらいました。真意はカフェで…
 

高齢者物語 2012年06月02日(土)

  11歳と1か月半になった我が家の愛犬アモ。
先週、狂犬病の予防接種と血液検査を受けてきた。

カフェでは眠ってばかりで老化が進んでいるように見えるアモだが、あれは嗜眠ではなく若い頃から身に着けた忠犬としての振る舞いだ。
3歳の盲導犬も仕事以外の時はああやって寝ているし、先月から共同訓練に入ったNさんの介助犬ファーガスだってカフェで同じように寝ている。
ま、アモの場合は少々年季が入っていますがね…

そのアモを連れ、定休日を利用して1泊2日のドライブに出かけてきた。
あの弾け様をカフェのお客様がご覧になったら驚かれるでしょうな。

ところで、アモよりも年季が入っていたのはお昼ごはんの鹿追蕎麦をご馳走になった“おふくろさん”のおばあちゃん達だ。
平均年齢75歳というけど、あの日の厨房のおばあちゃんは85は優に超えてるようだった。
おばあちゃん。注文してから随分待たされたけどその時間がとても楽しかったし、何より美味しゅうございましたよ。
お店の再開おめでとうございます。
おばあちゃん達の入れ替わりは仕方ないけど、これからも鹿追の蕎麦の味を引き継いでくださいね。

『冗談じゃねえ!』
蕎麦を食べてる間、車で待たされていたアモは不満だったようだが、それは序章であり神田日勝記念館と福原美術館ではもうちょっと我慢してもらった。

それでも時間を見ながら“放牧”すると緑の芝生でのた打ち回りながら喜びを表すアモであった。

糠平温泉郷の中村屋さんの露天風呂では目の前でエゾシカが草を食んでいたが、同じ頃アモは部屋で爆睡していた。
ともあれ、高齢者による高齢者のためのドライブを高齢者同士で楽しむことができた2日間だった。

帰宅すると郵便受けにアモの血液検査の結果が届いていた。
去年と同じく、私の検査結果よりはるかに良い数値が並んでいた。

どうやらアモは私より長生きする気らしい。

負けるもんか!
俺はお前の葬式を出せるけど、お前には俺の葬式は出せねえだろう!
 


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