From the North Country

勝手にファーガス基金 2012年09月20日(木)

  初めて来店された方が私に愛犬の相談をされる。
カフェでは普通の光景としてご覧になっている方も多いかと思います。
『ああ、また長崎劇場が始まった』と。

実は、あの多くが無料で行われているのです。

「長崎さん、それはあり得ないわ。先生のあのお話と対処なら東京では…」
先日、介助犬ファーガスを訓練した施設の長/Pさんがカフェで対応する私を見て驚くように言った。

Pさんとは古くからの付き合いだから、お世辞を言いあうような相手ではない。

無料の相談については、前から私も『お人よしにも限度がある』と感じてはいた。

話は変わるが、3年前に追突されて“普通の生活”から車椅子生活になり、二人の子供を抱えて苦しむNさんと昨年出会った。

障害が顕著になったのが事故直後でなかった為、相手方の保険会社は『事故とは無関係』と支払いを拒み、精神的にも落ち込んでいたNさんは訴訟すら継続する余裕もなく、心理的に危険な状態に陥っていた。

ひょんなことから巡り合った私は、そんな彼女に心理的リハビリを行い、いつの間にかKも絡み合い、時を経て介助犬ファーガスと結びつけてしまった。

強引ではあったかも知れないが、ともあれ私とKそれにカフェの仲間たちの庭に花が咲き、Nさんとその子供たちのキャラそれにファーガスが花を育てる喜びを与えてくれ、Nさんの心理状態も危機を脱した。

だが、Nさんはそんな支援を“あわれみ=屈辱”と感じ、素直に受け入れてはくれてません。
その気持ちは痛いほど分かりますがね。

でも目が見える私たちは日常の移動は無料でできる。
落とした物も無料で拾えるし、靴下だって無料で脱げる。
私たちに当たり前にできることが『できるはずの障害者』に有料であるのは不平等だと私は考える。
Nさんはファーガスと一緒なら当たり前のことが事故以前のように当たり前にできる場面が増えた。

だからそんなことが有料にならないために私たちは『ファーガス基金』を今日立ち上げた。
ファーガスにかかる一切のNさんの負担をファーガスが役目を終えるまで支援し、Nさんには私たちが通常経験する二人の子供の成長と日々の生活を営んでいただきたい。

で、遠回りになったけど、今後私に“愛犬相談”を持ちかけられたご来店者様には最低500円の募金をお願いすることにした。

ファーガスの維持費なんだからせいぜい月に1万円程度なんだけど、この夏の暑さですでに予想外の医療費も生じている。

泥酔状態だから書き方は粗末だけど、ぜひ良心的なご理解をお願い申し上げたい。
ドッグカフェナガサキは、オーストラリアで生まれ育ち、日本で訓練を受け、Nさんの家庭で暮らすファーガスの一生を応援します。
 

その時代っていう積み重ね 2012年09月16日(日)

  「ちゃんとせぇんかい!痛いべ!」
「おお、ありがとな、助かったよ。」
「おめぇ、何やってんだ!」

どちらかと言えば文句の方が多い状況からスタートし、徐々に一心同体に向けて絆を深めていくのが盲導犬とユーザーの関係である。
表現の違いはあろうが、我々は仕事や人間・家族関係での結びつきが深まるプロセスとしてそんな経験をする。

2か月ほど前に4頭目となる盲導犬を持った“秋田の力”から今夜、力ない電話があった。
「先週な、1メートルを超える深さの側溝に落ちてしまってよ。人間って面白いもんだな。痛いのに俺、外れた眼鏡を水の中で探してたんだよな。こんな経験初めてだ。薬局に行って見てもらったら耳が何か所も切れて首の回りまで血だらけだから病院さ行けって。日曜だったから職場の看護師に手当てしてもらった。」

力はショックを受けていたようだ。
これまでどの盲導犬も最初からうまく歩けたわけではなかったが、小さなミスに対して『てめぇ!ちゃんとせい!おお、そうだ。』と喝と感謝を入れることで安全に歩ける喜びを手にしてきた。

「だけどよ、最近の盲導犬は昔と違ってお利口なんだ。なんも悪さはしないし、言われたように仕事をする。だどもその分俺たちが状況判断して命令しなきゃならねぇ。それじゃ杖と同じでねぇか。昔の盲導犬はきかなかったけど、いざという時には『私/俺に任せろ』っていう気概があった。今の盲導犬は草食系・癒し系なんだよな。」

長年盲導犬を使用してきた男が語る、時代を反映した貴重な証言である。

もし私が盲導犬訓練士を今もやっていたら、ある意味同じような犬を目指していただろうし、後輩はその一部を実現させてくれたのだろうと思う。

多様な人々がいる。
多様な盲導犬を訓練し、見事にマッチングさせることで幸せになれる人々がいる。
頑張ってください。

力には私なりのアドバイスをしておいた。
「丁寧にな。小さなミスを訴え、小さな当たり前を褒めよ。おめぇにとっては4頭目でも、今の犬は2か月前に初めて盲導犬になったばかりなんだぞ」
 

どうかひとつ 2012年09月14日(金)

  今夜は箇条書き

1.いつの世も殺しあう結果を生み続ける宗教なんてクソ喰らえだ。
あいつら何教えてんだろう?
自分の親兄弟が殺されてなお、赦しあい平和を求める人間に対して…
ちょっと昔、軍部は国土を測量するために必要な三角点を未踏の剣岳周辺に作ろうと奮闘し、山岳会は軍に負けじと初登頂を目指した。
果たした登頂の先にあったのは、修行の山伏が残した小さな祠(ほこら)であったという。
宗教とは厳かにかくあるべきなのだ。

2.領土問題でとりわけ日中は振り上げたこぶしの落としどころがなく、地域限定的な戦争状態になっている。
韓・ロとの関係もしかり。
どんな結果に終わろうとも、短期的な決着しか得られないはずだ。
戦勝国は直近の戦果を後ろ盾に要求をしてくるし、敗戦国は法的・歴史的な言い分がある。
どちらも維持するのに金がかかる小さな島に魅力があるのではなく、そこから広がる領海の資源と国際法それに軍事において譲れない側面があるのだろう。
ならば一時的だが少なくとも次の紛争まで継続し得る解決法が見えてくるはずだ。
例えば漁業権の共有化など。
争うことなく数百年継続できることを切に望みたい。

3.そったら小難しい問題より、カフェには16日(日)のゆうまりシェフ夫妻不在問題の方が現実的である。
あのバービーズ(婆美)が一日限り復活したとしても、その慌てふためき様は想像するだに気が滅入る。
もし、仮に、万が一、ご来店されたなら、黙って出されたものを大人しくお召し上がりいただければ幸いである。
『今日のスムージーは?』なんて野暮なご質問など無きようお願い申し上げます。
もちろん、その分私が愛想よく接するよう心掛ける所存で御座いますの、存分にご活用くださいませ。
どうかひとつお察しください。
 

人間らしく犬を育ててほしいというのが主意 2012年09月10日(月)

  犬は悪さの限りを尽くしているのに、飼い主は人道的な範疇での振る舞いしかできない。
そんな手かせ足かせを課せられた時代の中で『どうしたらいいかわからない』と戸惑う飼い主が多い。

すがる飼い主の思いに対し、中途半端な理論を後ろ盾にした商業雑誌はなおも“お犬様至上主義”の屁理屈を構築して飼い主をないがしろにし、『お犬様を奉って我慢し工夫しながら暮らす私はいい飼い主なんだ』という虚構世界を構築しているように思えてならない。

彼らは枝豆の育て方や亀の飼育方法をイヌに置き換えて書いているのだ。
『こうすれば、こうなる』と理論は明快だし、『科学的』とか『行動心理学』というような冠をかぶせればもっともらしく聞こえるから、自分を納得させる動機にもなっていよう。

でも、実際は『理論通りにしてもうまくいかない』ケースが多いことを知っており、『だから商売になる』との思いと『真実は何処に?』との思いが葛藤しているのが現状だろう。

だからといって、私のような対処法が“将来的な真実”であってはならないし、それが“真実”と感じられるうちはこの国の犬の繁殖がうまくできていない証左にもなる。

ああ、今夜は最後まで書こうと思っていたのに酔いが回った今、何度読み返しても意味が分からないし、着地点も見えない。
明日にでも読み返して削除するか残すか判断しますね。おやすみなさい
 

イヌは教育してこそ犬になる 2012年09月04日(火)

  この30年の間に犬との暮らしは劇的に変化した。
外飼いから室内飼育というのが筆頭にあげられる。
人と犬との結びつきを考えると、これは革命である。

北海道はとりわけ古くから室内飼育が定着した地域だ。
広いリビングと少ない和室、固定観念が少なく進取の気質などが幸いし、昭和50年頃には好感と共に一般家庭で室内飼育は広がり始めていた。

30年という長い年月を経て、次の革命が起きて欲しいと私は願っている。

なぜなら、室内で共に暮らし、犬を可愛がるだけでは楽しい生活が送れるわけでないことに人々は気付いているからだ。
前の犬とはうまく楽しく暮らせていたのに今度の犬は…とか
こんなに可愛がっているのに言うことを聞かない…などなど。

次の革命、それは室内飼育と教育はセットであるという認識を人々が持つということである。
愛情を持って飼育すればいいという考え方との決別であり、人の子育てと相通じるものである。
人を傷つけてはいけない、盗んではいけない、年寄りやいわゆる弱者への配慮を忘れてはいけない…つまりは『我が家で暮らすならこれだけは守りなさい』というルールを本気で教えなければ家庭犬は育たないということを常識にするという革命である。

吠える・引っ張る・噛む・飛びつく・拾い食いをする…
どれも犬として『あってもおかしくない振る舞い』であり、犬たちは心の赴くままの行動をとる。
ならば、飼い主である人は『おお、それはよし!あ、それはダメ』との規範をきっちりと示すべきなのだ。

叱らない・虐待だ・イヌの行動心理学に基づいて…なんぞのくだらない説に振り回されて、どうしてよいか分からないまま困り果てた生活をおくるより、『おうおう、そうか、おまえはイヌとしての正当な振る舞いで窓の外を見て吠えまくってるんだな?分かった。それじぁ、今日から俺は正当な飼い主としてお前が吠えまくるのを禁止する。いいか!分かったか!』と宣言すればよい。

闘うには、イヌが窓の外を見て吠える気概というかエネルギーを凌駕する気持ちとちょっとしたテクニックが必要だから安易に考えてはいけない。

愛犬をこよなく愛してるはずだから言えるのだ。
犬を可愛い人と感じるようになるには、可愛い姿をしたオオカミというレベルから交際するのが正しい。

イヌは教育してこそ犬になる。
さあ、元祖北海道から広げよう!
 

それでも夢で会いたいよぉ 2012年09月03日(月)

  ジェニーのお骨と今夜も一緒にいる。
枕元に置いて寝ても、いつもの居間にずっと鎮座させていても夢に現れてはくれない。

そんなことを考え、夜中にこの欄を書き始めていたら、天気予報にはなかった突然の豪雨と雷が轟き、一瞬の停電が数回おき、今も続いている。

『さようなら、もう行きますからね』
そんなジェニーからの挨拶かと思えた頃、外は静かになった。

人にはそれぞれ愛犬に対しての思い入れがある。
私の場合は、いろんなわんこに対して勝手な思い入れの機会が多い。
だからヘコむ回数も人より多い。

愛犬との距離を正しく意識していないと亡くした時のダメージは大きい。
そのダメージは自分自身を陥れるし他人に負担を強いる。

悲しむことが弔いであり愛情の証であることのように感じるのは理解できるが時に過ちである。

あの時の今を共に生きたのなら別離が必然なのは分かっていたはず。
だから今をそれぞれに生きていたはずだ。

充実があり繋がりがあるほど喪失感に伴う感情は多かろう…

ああ!まだ、私は自分を整える言葉を探している。
 

昨夜の続きだけど、酔いどれのたわごとに変わりない 2012年08月27日(月)

  程よく酔いが回ったから昨夜の続きを書く気になれた。

英国式なんたらかんたらの続きである。

日本ではアメリカンコッカーを飼って家族まで噛まれる被害は、イングリッシュコッカーの飼育者より格段に多いと思う。
理由は明快。
英国では排他的な攻撃性はもちろん、家族に牙を剥くなど許される範疇ではないのだ。
そのための繁殖や淘汰は徹底して行われている。(アメリカは自由の国で人を噛む自由まで犬には与えられている?)

英国では、攻撃性や強い警戒性をを示すわんこは繁殖に用いられないのが不文律であり、処分されるのでなく去勢/避妊してその代でシャットアウトする。
それでもなお攻撃性の強い犬種は飼育自体を禁止している。

アメリカンピットブルが代表例であろう。

シーザーミランは『ピットブルだって正しく育てれば何の問題も起こさないどころか、素晴らしい伴侶になる』というだろうが、その点において私は彼の意見に賛同しかねる。

無知で無垢な飼い主にあのような犬種が手に届く環境を整えてはならないと思うからだ。
マニアックな魅力を残したいなら、吸血鬼のごとくいつまでもアンダーグランドであるべきなのだ。

で、最近の英国のわんちゃんたち。
犬のスタンダードがほぼ出来上がり、その中に攻撃性や伴侶としての振る舞いが重視された結果の仔犬たちであるから、取り扱いやすいことこの上ない。
おまけに英国人のわんこと関わる長い歴史には、容易に継承しがたい文化がある。

例えばラブラドールの仔犬の話をしよう。
日本の生後5か月のラブなら、他犬や他人の迷惑も顧みずフリーにされた喜びを爆発させ『思いっきり発散するぜー!』とばかりに愚かな振る舞いをしばらくは繰り返すだろう。
だが、少なくとも私が知っている英国のラブは、冷静に飼い主の意図を図ろうとし、床に下されてもその場に寝そべっている。
なぜなら、そのような親から生まれた仔犬であり、尚且つ毎日あちこち抱っこされて連れまわされていたから、床に下された時はほっと一息つける時間であって、周囲に興味など示す余裕すらなく、自分と飼い主との世界を楽しんでいるのだ。
その飼い主から『Good』なんて言われようものなら、深い安堵と次への意欲が芽生えても不思議ではないでしょう?

言うのをちょっとためらうけど、日本は英国の環境とは現時点でちと違うのだ。

英国では、人に合わせることを犬に求め繁殖してきた結果の延長線上に今があるのに対し、日本では英国流に合わせるために人がどう接するかを問うている。

ね、おかしいでしょ。
まずはちゃんとした繁殖のシステムとブリーダーを育てなきゃ。
 

少数だから扇動的に反旗を翻す無礼を赦せ 2012年08月26日(日)

  今、はやりというか売り上げを伸ばしている“犬の○○○”なんていう愛犬雑誌や、『英国流犬のしつけ方』の資格を現地で取得したという方々が、その資格や経験をカンムリに掲げた“しつけ本”を読んで感心したり参考にされてる方は結構多いんでしょうな。

あれ、ウソですよ。

いやいや『ウソ』と断言してはある意味『ウソ』だし失礼な話だけど、少なくともマヤカシの域を出ることはないと私は思っている。
ネガティブキャンペーンを繰り広げるつもりはないけれど、勢力図でみると相手が1枚どころか何千枚も上手なご時世だから、これ以上無垢な愛犬家の犠牲者を増やさないために今夜はちょっとだけセンセーショナルな表現になることをお許し・お含み置きいただきながら読んで欲しい。

まずは愛犬雑誌
・インターフォンで吠えるなら、その音と同時にフードを床にばらまくと『いいことがある』と感じて吠えなくなる
・散歩中他犬に吠えるなら、他犬が見えなくなるようにして通り過ぎるまでおやつを与える
・自宅の窓から外の犬を見て吠えるなら、目隠しをして外が見えなくなるようにし、外の音が聞こえなくなるようにラジオの音を大きくする。

これで成功した読者はどれほどだろう?
雑誌には『ありがとう!うそみたいに解決しました』みたいなことが書かれているが、1年後の今はどうなのかと知りたくありませんか?

上記の項目は決して愛犬の異常行動ではない。
イヌの振る舞いとしての範疇に収まる行動であり、彼らは本能的に込み上げる衝動を素直に表現しているだけのことである。
つまり彼らは課された仕事を普通に行っているだけのことなのだ。
ならば次に必要なのは、飼い主がイヌではなく愛犬として『その振る舞いはよし!他人や他犬に吠えたりするのはなし!』ということをしっかり伝える仕事をしなければならないはずだ。

エサで誤魔化すなんて、そんな甘っちょろい振る舞い野良犬でも見透かしておりますぞ!

次は英国式なんたらかんたら
イギリスの犬たちをそんなにたくさん見てきたなら、日本とのブリーディングから子育てに対しての違い、それに犬に対する国民性の誤差を嫌というほど感じてこられたはずだ。
その答えが『あの、英国流…』ですか?

物事には段階がある。
先取気取りでたまたまうまく育てられた実績を後ろ盾にうんちくを並べても、今の日本社会ではマイナスに働く傾向がある。

英国式というか西欧北欧傾向の愛犬に対する感性については大いに同意するが、書物を読む限りあなた方はまだ消化しきれていない。

Jリーグができて日本サッカーの今があり、香川が最高峰のクラブチーム/マンUで活躍するまでになった。
素晴らしいことだ。

大きな流れに向かっているはずの日本の愛犬家に立ちはだかる“商業愛犬雑誌”がある。
表立ってはいないが、彼らは現在のペット関連企業、つまりは仔犬の人身売買を黙認のうえで事業を進めている。

英国式犬育てと過去と決別したJリーグ。
うまく言葉では言い表せないけど、今は小さい、だけど将来は大きい、そんな違いを私は感じるし、リージェントパークでのんびり過ごしたであろうあの感性を忘れないでほしい。

主張の方向が飛び過ぎちゃいませんか?

ごめんごめん、酔っぱらっちまってどう話をまとめようかと苦戦したままを書き留めておきます。
ほんと、ごめん。で、おやすみなさい。
 

腹をくくってしまえば視界良好なのにね 2012年08月22日(水)

  生後56日以下のペットは販売禁止という法改正案に与野党が合意したという報道が今朝あった。

くだらんことを焦点にして5年に1度の動物愛護法見直しをしたもんだと呆れてしまう。

親から離れる時期が早すぎると、吠える・かむなどの問題行動を起こしがちで、結果的に殺処分されるペットが増えるというのが理由らしい。

バカじゃないの。その根拠やデータの出所を明らかにして欲しい。
母乳が合わず生後2日目から人工哺育した赤ちゃん犬が立派な盲導犬になった例はたくさんありますぞ!

問題行動を起こすのは、早くに母親から離したからではなく
1.犬の稟性や遺伝についての知識がない人間が、興味本位や販売目的で適性のない親犬同士を交配させた結果であり
2.仔犬生産工場で生まされた商品(仔犬)を、ペットショップという陳列棚で死なない程度に介護し、健康と脳の発達に最も大切な時期に幽閉生活を強いたからであり
3.飼い主やアドバイスすべき人々が、無知で無垢だったからにほかならない。

いずれにせよ、生後30日から取引されようが56日でペットショップに陳列されようが何も変わらない。
なぜなら、工場で生産された仔犬たちはもっと以前から母犬から隔離されているから。
工場の母犬には2か月も仔犬を育てる環境も余力もすでにないのだ!
そんな裏の常識も知らず、『56日』を決めて何となる?

私案であるが“業者およびそれに準ずる者は生後4か月齢以降のペットを有償で販売してはならない。また処分もしてはならぬ。”(罰則付き)のほうがずっとマシだ。

行政がどっちを向いているかは“動物取扱業の講習会”を毎年受講しているから肌で感じている。
でもね、リーマンショックや今のギリシャ/ヨーロッパを見れば悪質なブリーダーとペットショップの陳列販売を潰した影響ぐらい、日本経済に与える損害は屁の河童だと私は思う。
 

お盆2012 2012年08月14日(火)

  オリンピックが終わり生活から不規則さは消えたものの、ジェニーが逝ってしまった現実が脱力を生み、何にも書く気にはなれないでいる。

1.去年まで夏の薄着になると『おなか出過ぎじゃない?』と、お客様から散々言われていたけど、今年はまだ言われていない。
少し引っ込んだのか単に皆さんが見慣れてきたのかは定かではない。

2.秋田の力が無事4頭目の盲導犬を取得して新しい生活を始めた。
「時代と共に盲導犬の資質も変わるんだな。俺もちょっとは品よくならねぇとな…」と、出来もしないことをほざいていたから、まあ気に入って順調に歩き始めたのだろう。

3.夏にぴったりのスムージー。
もし作るとしても“スムージーの素”みたいなのがあるのだろうと思っていたけど、Kが作るスムージーは本物素材でびっくりした、というのがこの夏の記憶となろう。

4.この夏2件の取材あり。
財界さっぽろのわんこ版と朝日新聞の折り込みフリーペーパーで、共に9月の発刊発行予定。
30年前、その多くが外飼いだったわんこが現在室内で暮らしている。
今、室内で暮らしているというだけで、まともな育て方やしつけも受けていないわんこと飼い主が社会に出ている。
それでいいのか?…という問いかけである。

お盆も通常の営業を続けているカフェには、いつもと違うお客様が来店される。
今日のシェルティーは『吠えて迷惑をかける』という理由でガーデン裏口から入店された。

お困りのようだったので相談にのるとレッスンにまで発展した。
徐々に大人しく穏やかになる愛犬を、まるでマジックを見るかのように飼い主さんは驚き喜んでくださった。

私もお盆に人様に喜ばれることができて良かったです。
ジェニーへの弔いと思って頑張りました。
 


- Web Diary ver 1.26 -