From the North Country

ガーデン情報、とりわけ馴染のお客様へ 2012年03月30日(金)

  残念ですがガーデンは使用不能状態となっております。

この二日間の暖気で雪解けが一気に進み、ガーデンは使用できません。
排泄だけなら一部可能かと思われます。
早期回復のため排泄以外のご利用はお控えください。
ご協力をお願い申し上げます。

雪が解けた後も凍土が解け、水が引くまでしばらくかかりますので逐次コンディションをお知らせいたします。

なお駐車場は意外とまずまずの状況で利用は十分可能です。
ご了承のうえご来店ください。
 

2012。今年は遅い春になりそうだ 2012年03月26日(月)

  先週一気に進むかと思われた雪解けは、週末の雪でチャラになり冬景色に戻ってしまった。
ガーデン液状化は例年より2週間ほど遅くなるのだろうか?

春が楽しみだし夏だって待ち遠しいと今は思うけど、いざそうなれば、我が家の愛犬アモにとってはダニの心配があり、私にしてみればヘビとスズメバチを恐れる季節になり、クマの心配をしながら山に入ることになる。
何より暑いのは勤労意欲と理性を保つのが難しくなるから好きじゃない。

だからと言って冬は寒くて雪が降るから除雪もしなきゃならないし、滑って転ばないよう気も使わなきゃならず、ドライブに出かけるのも命がけで生活自体が大変だ。

暖かいとキャンプにも行けるし美味しいものがたくさん食べられる。
でも冬は森に入っても夏のように草木が鬱蒼としてないから何処までも見通せるし道なき道を歩く楽しみがあり、何といってもわんこが汚れないのがいい。

ああ、どっちだ?どっちの季節がいい?

『皆それぞれに…いえローマです』なんて風に言えるロマンスと危険はどちらにもありそうだ。
冬のさ中は夏が恋しく、夏になれば雪が恋しい“欲長けた人間”の永遠のテーマであろう。

だから今の時期は春が恋しい。
日付が変わる今しがたガーデンに出ると雪が降っていた。
あな恨めしや。
 

イヌと触れ合うことが犬を育てる原点 2012年03月21日(水)

  24日(土)は臨時休業いたします。

さて、いつもわんこのしつけのことでやかましいことを言う私だが、原点をご存じでない方がこの欄を読まれ混乱されたら申し訳ないので補足しておこう。

1.外飼いのわんこ
これはもう日本人の伝統である本来の犬の飼い方だから私からはほぼ何も言うことはない。
番犬であり家族の癒し犬であり猟犬だったりもしよう。

住んでる環境によっては『ほれ、散歩に行ってこい』と鎖を外されて、ひとしきり飼い主にじゃれついた後、どっかで勝手に排泄を済ませ、日がな自由に獲物を追ったり冒険を楽しみ、家族の誰かが帰宅する頃や自分の晩飯の時間には犬小屋近くに戻るという原風景には今でも自然と笑顔がこぼれる。

ただ、都会や住宅街で暮らす外犬の飼い主さんには一言言いたいことがある。
与えるべきものを与えてますか?と。
ふれあい・散歩・身体のケアが最低条件かな?

近くに外飼いの黒ラブがいる。
狭い箱に入れられ、少なくとも私は散歩している姿を見たことがない。西向きで夏は直射日光が当たるから最近ようやく夏場に移動されることもあるようになった。
日中飼い主はいないのか、夕方になると排泄か食事かふれあいを求めてか吠え続けている。

辛い気持ちになるけどあの犬は脳が解発されていないイヌだから悲しむことなく自分を懸命に生きているはずだ。
私は知らないけど『家族と触れ合ってる楽しい時がきっとあるんだろうな』と願わずにはいられない。

ただ、あれが人の子なら迷わず児童相談所に通報すると思う。
外飼いの街イヌにはもうちょっと待遇改善を望みたい。

2.子供がいる家庭のわんこ
はしゃぎまわる子供とわんこを前に「レッスンをお願いします」という依頼を受けることがある。
犬にはそれなりの社会性を持たせるレッスン(情操教育)を数回行った後、飼い主さんには「もう、これでいいでしょう。まともな訓練なんて無用です。いくら訓練しても子供たちが台無しにしてしまいますし、それでいいんですよ。子供たちと暮らせばいいんです。きっと子供たちの記憶に残り続けるでしょう。もちろんいい思い出として」
本当にそう思うし、社会に迷惑をかけ子供に経験させればいい。この世は人間社会なのだから。

子供がいる家庭では難しいこと考えずにわんこを飼うことをお勧めします。
理由は二つ
1.子供の冒険心と情操教育を培うため
2.『こら!何やってんだ!』と子供を守るためにわんこをしつける必死な形相の親の姿を子供の脳裏に焼き付けるため

学習塾に通うより立派な人間教育ができますよ。
そのわんこはカフェに来れるようなわんこではないにしても…
私もそうして大人になり、今ではわんこまみれの世界で幸せに暮らしております。
 

原始の森で 2012年03月17日(土)

  わずか6回の月刊誌オトンへの投稿だったのになかなか書けなくて気持ちの上で余裕がなくなってしまった。
今夜、最後の第1稿を書き終え『あとは野となれ山となれ』という安堵感がある。

好き勝手にこの欄を書いている方がずっと楽しいってことが分かった半年間だった。
そんなことが分かっただけでも…といういい経験でした。

さて、昨日ダルメシアン/ビート君の雪中行軍第1回を実施した私だったが、今日はいつものリラックス気分で原始の森へアモと出かけてきた。

『これがたまらん』と雪の上で何度も転げまわるアモの姿に癒されていた頃、前方の木陰の向こうに人影を発見。
何事もないようにリードを付けようとした私だったけど、『あの姿と雰囲気はもしかして?』と目を凝らした。

とっても意外だったけど、やはりチワワのココアちゃんと母娘さんだった。
雪中行軍ならぬ冬の終わりの散策を愛犬と楽しんでおられたようだ。
去年の秋、偶然レクの森で出会い、戸惑う中でノーリードでの接し方を教えながら散歩したのだが、それが気に入ったらしい。

最高のコンディションの中、チワワと飼い主さんが普通に森の中を散策できるっていいですよね。

すれ違う相手を先に発見し、即座に対応できるしつけができていなければこんなことはできない。
暮らしやすい家庭犬の何たるかが分かる勇気あるチャレンジである。

散歩中に出会うわんこと飼い主たちもみんなあんな風であればいいのにな、と原始の森で思った。
 

あれから1年の3.11 2012年03月11日(日)

  あの日を含めしばらくはテレビや新聞に釘付けになり、ニュースをむさぼった。
私にできる支援は限られたが、それでも小さな支援を重ねた。

だが、気持ちとは裏腹にテレビを見ると次第に吐き気を催すようになった。
同じCMの洪水に押しつぶされそうになった。
被災地の人たちはさらに『ガンバレ!』と毎日何百回も聞かされているのに、と自分を責め続けた。
マスコミや政治家は口先では非常事態下での団結を言ったが、実際は菅総理と政府をののしり、(正しかったかどうかは後に検証されることを覚悟の上で)良心のもとで行動しようとした人々に足かせをし、その裾を踏んづけていた。

だから本当にあの頃私は、良心が人を傷つけ、人が人をけなすテレビを見て吐くようになった。

1年が経ち『回復できたかな?』と思ってはいたのに、3.11が近づいてからまたテレビのニュースが見れなくなった。

今日のカフェ。
「叱り方を教えて欲しいって言うけど、どんな叱り方を教えたにしてもこの子をあなたが制御するのは無理です。だってお互いの関係の構築ができていないのだから」と私は手厳しく言った。
するとトイプー(7カ月)の飼い主さんの母娘のお母さんが「この娘は甘いんですよ」と同意し、娘さんはしみじみと言った。
「私、犬にも人にも本気で怒れないんです。姉とは8歳も離れているから喧嘩をしたこともないし…」
その言葉の優しさが私の脳を突き抜けた。

「いつまでも人に優しくあり続けてください。でも犬には…」というところで私は言葉を飲み、話を続けた。
「いい、それでいい。大丈夫、犬にも優しくしていいよ。この子はまだ7カ月。ちゃんと私が教えてあげるから」と無責任な言葉を吐いてしまったが後悔はしていない。
そのかわり底抜けに優しい人間になってください。

大勢の方が亡くなったのは間違いなく大震災による大津波のせいである。
だが、今なおがれきの山が高く積まれ、復興に至らないのは紛れもなく私たちが結果的に容認してきた原発による放射性物質のせいである。

“脱原発”
これを実行しようとすれば、いろんな人や組織と闘わなくてはなりません。
私たちの生活にも大きな変化が求められるでしょう。
難しいことは分かっているし、争いが好きなわけでもありません。
でも、この大震災で亡くなり遺された多くの人々の想いを受け継ぐのが生き延びた私たちの使命とするなら、私たちが進むべき方向はクリアーなはず。

大丈夫。共感する私みたいな人々が泥臭く頑張るから、人に優しい心を持っている人々はその心に自信をもって大事に育ててください。
それがまた力になるんですよ。だって原点だから。

あの日とその後すべての人と生き物のご冥福をお祈り申し上げます。
アーメン/合掌/黙祷
 

市営プール 2012年03月09日(金)

  ぎっくり腰の前兆というような生易しい状況ではなく、腰全体が痛くてコルセットで防御する日々を2日過ごしていたら、Kが「プール行くよ。絶対プール行く!」と騒ぎ出した。
Kが騒ぎ出した時は『何人(なんびと)も逆らってはならない』という法則を知っている私は、昨日黙ってKとプールへ出かけた。

実に10年ぶりである。
なぜか財布の小物入れに残っていた10年前の利用券2枚を差し出し「これ、まだ使えますか?」と低姿勢で伺うと「大丈夫です」と窓口の女性は判を捺してくれた。
印刷のほとんどはかすれて消えていたのに…

気をよくした私は50円のロッカーに着替えを入れてプールサイドに出た。
予洗いのシャワーの暖かいことに驚き、おばさんばかりがいるプールにちょっと緊張した。

10年ぶりのプールでの水泳だったが、まるで羊水に浸る赤ん坊のように懐かしく私は泳いだ。
「ビックリするほどお腹がへこんでたよ!」
平泳ぎで泳ぐ私の横をクロールで通り過ぎたKが褒めてくれた。

100メートルを数回平泳ぎで泳いだ後、リラックスしたかった私の身体が自然と背泳の姿勢に変わった。
でも正確には背泳ではなく“ヘソを天に向け”でプカプカ漂っている状態であった。
試しに足を動かすと結構なスピードで背泳になっていた。

思わず私は想像してしまった。
ぷっくりと出た私のお腹が浮きになって浮いているだけで、その姿を端から見ればまるでラッコのように見えたに違いないと…

そしたら笑いが止まらなくなった。
プールの中央で私はKに向かって笑い始め、ラッコのマネをしようとお腹のあたりで貝を割るしぐさをしたら沈んでしまう、そんなことを繰り返した。

「周りの人が笑ってたよ」と後になってKが教えてくれた。
それほど楽しく私には可笑しかった。
だって沈まないんですよ。私の身体。

平泳ぎならいつまでも泳いでいられる。
中学の時、5000メートル泳ぐことが疲れの問題ではなく、プールの閉鎖時間の問題だったし、背泳を含めれば今だって胎児のように生活空間と受け入れられる。

水中で水にまみれた時、私の身体は自由になった。

震災の時、波に飲まれた人たちは次から次へと押し寄せる障害物に押しつぶされたんでしょうね。

泳げると思うことの無力さを10年ぶりのプールで感じていた。
明後日あの日から1年を迎える。
 

最初の1年と自律 2012年03月06日(火)

  大人げない話だし経営者として不適格だが自分の想いを抑えきれず、今日(も?)お客さんに説教してしまった。

「4カ月の仔犬になに命令ばっかりしてるの!」
お相手はロットワイラーの飼い主さんである。

自宅に侵入したコソ泥を床に組み伏せ、飼い主が帰宅するまで“ステイ”させるなど勇ましい逸話が豊富な犬種だから、飼い主さんなりに『しっかりしつけておかなければ、問題犬になったらエライことになる』と思われていたに違いない。

『ドーベルマンいますか?じゃあ9頭ください』
コマーシャルに使われているあの類の印象である。

カフェ内で「スワレ!お座り!ダメ、ダメ!」を繰り返し、ガーデンでも同じような光景が私の目に入った。

思い余ってガーデンに出た私は「命令魔になっちゃいかん。スワレやフセなんていつでも教えられるんですよ。でも4カ月の子供の時間は今しかないんです。『お前が大好き!一緒に楽しく暮らそうね』って伝え、『いろんなことを経験させてあげるね』って接すればいいんです。『人間大好き!』って思え信頼しあえる情操教育が大切な時期なんです。」と熱弁をふるった。

飼い主さんは素直だった。
「わかりました。ありがとうございます。」と応じてくれた。

なのに私はまだしつこく忠告を与え続けた。
「ボールを投げて戻って来た時に、すぐに口から取り上げちゃだめだ。体をタッチして『いいねぇ』って一緒に喜ぶの。すぐ取り上げたら意地悪されたと思って戻らなくなったり、『う”−』って唸るのを誘発する訓練をしてるようなものなんだよ」

「だけどね、このわんこ人の靴に噛みつく癖があるよね。そんな時はそのまま蹴り上げてぶっ飛ばせばいいの。後でどうにでも教えられる命令はせず、ダメなことだけ『それはダメ』と分からせるの。最初の1年は愛情と経験とダメはダメを教える時期なんですよ」

「ありがとうございます」と素直な飼い主さん。

またわんこ育ての極意を無料で演じてしまった私。
4カ月で15キロのロットワイラーを膝に抱き、幸せ感を代償とさせていただきました。

そうそう、どんな大型犬の仔犬でも抱っこするのはいいことですよ。
『もう無理』って思えるまで抱っこして日がな連れまわしてあげなさい。

ただし溺愛人間(バカ飼い主)はご用心を。
飼い主によじ登るイヌとそれを喜びにするヒトを見る度、そのイヌの不幸な将来が私には見えるのだ。
 

親バカ 2012年03月05日(月)

  お泊り犬がいない今夜、Kとふたりでいそいそと里塚温泉に出かけた。
食事を始めて間もなくすると、目覚まし以外に滅多に鳴ることのない私の携帯が鳴った。

「お父さん?R(私の長男)です。今日の“Qさま”観て。ようやくディレクターとしてすべてを演出した第1作です。」と晴れ晴れとした声だった。

長男はその番組のAD(アシスタントディレクター;分かりやすく言えば『使いっ走り』)として開始当時から長く関わっていた。

子供の頃から勉強もさせず、『釣り行くぞ。学校なんて休んじまえ!』と育てた子供である。
2歳の頃には目を離した隙に釣り餌のイソメを食べ、4歳の時には「お父さん、これ食べれるかい?」と釣れたばかりのカレイを口にしていたワイルドな子供だった。

新聞少年として学費を自分で工面し、ひとり東京へ旅立った息子だった。

その息子から「ディレクターとしての第1作だよ」と私は電話を受けたのだ。
嬉しかった。が、私たちは温泉に来たばかり。

「録画してもらおう」とKがアイデアを出した。
「そうだそうだ、それがいい!でも誰に?」と私。

まりと雄介の家庭は再生だけで録画機能はないはず。
トリマーのさおちゃんに電話するも留守のよう。
いろいろ考えた末、近くにいて私の携帯に登録してあるNさんに電話した。

「おめでとう。いいわよ。とりあえずハードディスクに録画しておきますね。そこからブルーレイとかDVDに移す方法は知らないけど、なんとかなるでしょ」ということになり、安堵した次第である。

ディレクターがどんな地位なのか詳しくは知らない。
でも数年前まで『どうぶつ奇想天外!』という番組があって、そのディレクターとは親密に付き合っていた。
番組は彼の意思で構成されていたから、相応な権限があるんだろうなぐらいには思っていた。

そのディレクターから2カ月ほど前に電話があって、「今度仕事で札幌に行くから、中旬ころに飲みませんか?」と私に予定を聞いてきた。
「いつでもいいよ」と私は答えたが、彼の話が過去数回実現したためしはない。

番組作りはちゃんとやるけど、プライベートでは調子のいい事ばかり言ってる。
ディレクターとはそんなものなのかというイメージである。
果たして我が息子はどんなディレクターになるのか?
はたまた、彼はそれ以上のプロデューサーを目指しているのか?

親バカとしては楽しみであるが、地震が起きるのが確実な東京に何故住み続けるのか?
それだけが心配である。

いつでも帰って来い。
仕事で失敗して東京に居られなくなるようになれ!
そんなことを祈っている。
また一緒に釣りに行こう。
 

しっかり研修してよ! 2012年03月03日(土)

  先日の定休日、法律で毎年義務付けられている『動物取扱責任者研修会』を受講してきた。

今回興味深かったのは、講師に札幌市消費者センターの相談員がおられたことで、『現実のペットショップにどんな苦情が寄せられているんだろう?』とある程度の予想をしながらも実情を聞けたことである。

ペット関連の相談は全体の0.3〜0.4%(昨年11月時点では28件)に当たるそうで、数件の事例を紹介されていた。

購入3日目にパルボウイルスに感染していたとか、トリミングに出したら骨折したとか、業者側の不手際については気を遣いながら慎重な態度でさらりとお話をされていた。

事例の中で印象に残ったのが“飼う側の問題”だったけど、あれは業者を前にした配慮の上の意図的な構成だったのかは別にしてちょっとだけ紹介しコメントしておこう。

1.電話注文して購入したMダックスの色が約束の希少色とは(ちょっと)違っていた…解約したい。

犬を飼うのに電話で注文するバカがいて、さらに苦情を言うとは筋金入りのバカであろう。コレクターの部類なら生き物は対象にするな!

2.生後2か月の仔犬をクレジット契約したが、ペット不可の官舎だと親に言われたので解約したい。

どんな子育てをしてきた公務員なんでしょうかねぇ。

3.イタチ(フェレットのことか?)を買ったが、1か月後に病気になり最近は凶暴になった。事前の説明がない。

事前に勉強すべきはお前の方だろ!

4.ペットホテルに3匹の犬を8日契約で預けたら、4日目に1匹が死んだ。管理状態に納得できない。

これはちょっと複雑。
多くのペットホテルや動物病院ではペットケージに入れて夜通し無人の環境で“保管”するのが普通。
日常とのギャップに耐えかねて吠え続け、不安の中で興奮しケージに顔をぶつけ、傷だらけになったり発作で死ぬことは十分考えられる。
もし、それを『大丈夫だよ』と声をかけたり『静かにしなさい!』と身近で制御する人間がいるとするなら、動物取扱業の“保管”だけでなく“訓練”という項目にも登録しなければならない。

そもそも、犬と暮らすということは『日常生活のどこかで一時的に犬を預ける可能性が高く、そのような時でも対応できる犬に育てておかなければならない』ということだ。
死んでしまった犬こそが気の毒であり、その原因が預かる側か預けた側にあるか、あるいはその両方かをシミュレーションし、日頃から『犬育て』を考えておくのは重要である。
わんこに選択肢はない。あなたの問題である。

まもなく深夜2時。
『電燈が眩しいんだよな。タバコも煙たいし。なんたってパソコンに向かいながらため息ばかりついているのがうぜーんだよ』
我が家のお泊り犬が文句を言ってるので、今夜はこれでおしまいにしよう。

お泊り犬の名誉にかけ、彼らは声にして文句を言うのではなく、寝ぼけ眼で訴えかけているということを申し添えておく。
 

専門馬鹿になるより専門外がいい 2012年02月28日(火)

  齢(よわい)を順調に重ねているのに『あれ?ちょっと変じゃないか?』と思うことがある。

年を取るとちょっとしたことで涙もろくなるはずなのに、私の場合日々の出来事を淡々と受け止め感動が少なくなっているように感じる。

そんな自分を試すかのように先週思いっきり感動の演技をしてみた。

お相手は3歳(だったかな?)のラブラドールのえびすちゃん。
物欲が強くなんでも口にして、取り上げられると思った時には飲み込んでしまうという相談を受けた曲者のわんこだ。
すでに6回ほどの歩行レッスンを週一で行い、ある程度の関係は築けていた。

飲み込まれちゃ困るので1か月以上大好きなボール遊びから遠ざけていたのだが、進度の確認のためボールを解禁した。

・50肩の不安をこらえて遠投したボールに突進するえびす。
・次にマテをかけて投げると躊躇しながらも私の指示を無視してボールに向かうえびす。
・厳しいと“感じさせる叱責”を与え、再び『マテ』と命じボールを投げると、躊躇の末自重するえびす。
・感動の賞賛(演技)を繰り出す私。
・全身で喜びを表すえびす。

さらに、「マテ」と指示してボールを投げ、マテができたらすかさず「ゴー!」と声をかけ、ボールを追うそのさ中に再び「マテ!」を命ずる。

数回を試みるうちルールを理解したえびすは難なく私の指示に従うようになった。

そうそれでいいんだ、えらいね、凄いね、うれしいよ、と心底思え“感動”を与える私だったが、思えばそれもまた演技の一環である。

専門分野で生きる人間の笑顔は必ずしも結果オーライではなく、そのプロセスに確信が持てるものでなければならない。
つまり私はわんこが専門だからレッスンにおいて心底感動することはなく、常に疑いを持って“次のステップ”を目指してしまう習性が身についている。
だから、わんこの世界で涙もろくはなれない人間なのだ。

導き出されたいい加減な結論。
1.現役であることの強さ
2.退役するとボケやすくなる理由
3.専門外では涙もろくなれるかも(孫ができたりしたら…)

『ナガサキに来る幼児はしつけもちゃんとされるよね』とか『うちの息子はここで教育されたんですよ』という言葉を聞くことがあるが、あの言葉には寿命が縮まる思いがする。

私だって将来の孫に『じーじ』って言われて目尻を下げたいし、這った立ったで涙もろくなる自分が本当に存在するのか見届けたい気持ちがある。
そのためには専門外である必要があるのだ。
年寄りに余計なプレッシャーは与えないでいただきたい。
 


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