From the North Country

便利にした責任ってあるでしょ。 2011年12月09日(金)

  今回の定休日はお泊り犬がいるにもかかわらず、Kに託して久しぶりの釣行に出かけてきた。
冬の積丹。平日で誰もいない港。
爽快感・解放感、日が沈むにつれての孤独感・不安感。
最高だったね。

そういえば15年近く前、子供とこの港に来た時、警察が遭難者の捜索のため警戒線を張って立ち入りできなかったことを思い出した。
行方不明になった釣り人は名探偵コナンと同じ名前の工藤新一さんで、その名前が張られた車が駐車場にあったのを子供の驚きから記憶していた。

そんな港での釣りは、波の高さや風の強さを自然と意識させてくれるので、荒天時の“引き時”を否応なく教えてくれるものだ。
だから私はKに電話を入れて安全を知らせようと思ったのだが、携帯は最初から“圏外”の表示。

日が暮れてこれから釣果が上がる時間帯に入ったのに、音信不通となればKは何をしでかすか分からない。
だってこれまでのAU携帯では通話できていたのだし…
繋がらないことで余計に心配しているかもしれない、という不安が走った。

結局私は途中で釣りを諦め、電話が通じる町まで車を走らせることになった。

「捜索願を出すとこだったよ」というKの言葉に、Sバンクさんどう答えてくれますか?
積丹は人口が少ない地域だけど、たくさんの釣り人が出かける町なんですよ。

何とかしてください。お願いしますよ。
このままじゃ、のんびり釣りもできゃしない。
 

興奮に潜む危険信号を知りなさい。 2011年12月05日(月)

  我が家の愛犬アモと暮らしたこの6年、私はいくつかの身勝手なアモの興奮を許さなかった。

1.車内での興奮
我が家に来た当時のアモ(3歳)は車に乗るとハーハーと荒い息をし落ち着かなかった。喜びというより過去に車内で不安を感じた経験があるような息遣いだった。
私は急発進急ブレーキ急ハンドルを絶対に避けたうえで、「うるさい!!静かに!」と怒鳴りつけた。
それはしつこいまでに繰り返し、許容範囲になるまで4カ月はかかったかも知れない。
今となっては懐かしい状況だ。

2.来客への興奮
同じく当時、インターホンが鳴るとアモはワンワンと吠えながら階段を駆け下りて行った。
警戒意識半分弱・歓迎気分半分強という割合だったが、それも私は許さなかった。
吠えながら階下に降りた当時42キロもあったアモの首根っこと尻をつかみ、私は火事場の馬鹿力で2階まで引き吊り上げ「2度と勝手なマネはするな!」と、どやしつけた。(決してマネをしないでください。普通に育てたつもりのわんこだったら噛まれますよ!)

その後のアモは身勝手な行動はしないけど、来客を誰よりも早く自分が察知しないと気が済まない性格なので、私は最初の一声で知らせることだけは容認するようにした。
カフェのアモが縫いぐるみを咥えているのは、察知した時大きな声が出ないように自ら工夫しているのです。

3.他犬への興奮
アモは普通の人が飼えば“とんでもないわんこ”の部類に属す。
全く危険でないどころか、すこぶる頭も性格も良いのだが、他犬意識が強い。
だから散歩中には外飼いのわんこにハーハーと、わざと息遣いを荒くして刺激するし、途中で出会ったわんこには『お前俺に吠えかかるつもりだろう』と余計なことを言う。
好きにさせればカフェのアモでは想像もつかない振る舞いをするのだ。

よからぬ興奮を戒め・抑えるのは飼い主の役目である。

興奮させたり興奮を許すのは『制御できる』という前提の上で許されることなのだが、あなたは愛犬の振る舞いを許しすぎてはいませんか?
 

育てるということ 2011年11月29日(火)

  いいわんこと巡り合えば幸せで、そうじゃなければ『こんなはずじゃなかった』と博打みたいなことにチャレンジしたいですか?

わんこと暮らす生活を宝くじのような当たり外れでとらえるのはよろしくない。
だけど実際はそんなことが繰り返されている。

『わんこは育つのではなく、育てるものだ』という観念と知識と努力が希薄だということをまずは申し上げておこう。

『よくわかんないけど、わんこのことで困っている』という飼い主の方はカフェの“無料お散歩チェック”を受けてみてはいかがだろう。

月火限定のサービスではあるが、私にとっては商売と社会貢献を両立させる提案でもある。

そんな今日は、5か月のゴールデンのチェックを行った。
評価はよろしくなかった。

脅しているわけではなく、今のままでの将来像を評価しただけのことだ。
悪徳占い師と思われれば致し方ない。

あのままではゴールデンは世間知らずで人の話も聞かず、興奮度が高いまま人に飛びつき、つまりは感情に任せたKYな振る舞いをし、拾い食いで体調を崩しての病院通いが続くことになってしまうとの評価だ。

今からならなんとでもなるが、どうするかは飼い主の判断である。

犬との暮らし方は多様であっていいし、飼い主の家庭事情や意識・経済的な側面もあろう。
それに加えて例えば私が実践するわんことの暮らし方だと、万が一自宅が火事になった時にも、吠えたてケージを破ってでも火災を知らせるわんこにはならず、共に焼け死ぬわんこを育てているように思うこともある。

悲しい予測だが、そんなわんこと今暮らしている。
普段から吠えたてる犬との違いが分かりますか?
 

アントキノイノチ 2011年11月26日(土)

  昨日の定休日、映画『アントキノイノチ』を観てきた。
原作さだまさし、というのが前から気になっていたし…

私はグレープ時代からのファンだから、さだまさしの唄は大好きだし、カラオケで『何か歌え』と言われれば彼の唄がほとばしり出てくるくらいだ。

さだまさし=マザコンとか少女趣味とか言われるので照らいはあるけど、どうしようもなく彼の感性と洞察に共感し心打たれ続けている。

そんな彼の原作の映画だからある程度覚悟はしていたけれど、想像以上の想定範囲を取り繕うのにえらく苦労し、それでも涙を抑えきれなかった。

人々の感性と涙管の刺激を知りつくし、見事なまでに心を奪ったうえでクライマックスに登り詰め、エンドロールの間に心を静めさせ涙をぬぐう時間を与えたかと思うと、直後に映し出された“優しさの焼き付け”で観る者をおろおろさせる設定に『作家さだまし』を改めて見せてもらった。

処女作『精霊流し』や『解夏』なんかも彼にしか書けない作品だとファンの一人として思う。

いい映画を見た後は、しばらくの日々気持ちがよい。

これでもか!これでもか!
と、私もわんこの世界でいい作品を作る努力を続けたいと力をもらった。
だって“アントキノイノチ”以上に短いスパンで犬たちとの命のやり取りは繰り返されているのだから。
 

受け継がれることを考えてみる 2011年11月23日(水)

  好天に恵まれた勤労感謝の今日だったが、夜になってごうごうと風雨が襲っている。
これが雪だったらえらいことになっていたと思うし、北海道のどこかでそんな状況になっているのではないかと心配もしている。

だけど異常気象みたいな状況になった時でも『自分たちの地域は大丈夫だろう』という心理が働いていることも正直感じている。

だってその確率というか“これまでの現実”がそうだったから、今もこうしていられるのだし…

そんな前提が崩れた今年だった。

未だなお私たちは被曝者になった現実を否定しようともがいているように思う。
被曝量が高い低いというレベルで同胞を差別化し、自らはより低いレベルの人間であり家系であり、またそういう地域に住んでいると、そんな形で安堵を得ようとしていないだろうか。
だからこそ“福島の物が食べられない”のだ。

もう一度言う。
私たちは、世界に地球に迷惑をかけた被曝国の一員なのだ。
被曝したらどうなるのかさえ知らされていない悲しい生命体であるが、この国に生まれ結果的に原発を容認し、場合によってはその恩恵を受け入れてきた“主権在民国家”のひとりひとりである。
原発に反対した科学者と市民がいたなかで、その発言に耳を閉ざした当事者である。

バブルに踊り、札びらで頬を叩かれることを喜びと感じた道化師だ。
そんな享楽が子供たちの世代と自分たちの老後に一体何を残したのか!

私たちはすでに被曝者である。
そのことが何を意味するのか?

体と命そして生き様を後世に残し、検証してもらうしかないではないか。
もはや、宣告とか告知という段階を超え、受容の中での闘いが始まっているのではないかと思う。

私服を脱ぎ病衣に着替えた途端私たちは患者になる。
そうやって世界の中で長寿社会を築いてきた。
今後は丸裸になって被曝者の検体となろう。

国の借金ばかり増やし、被曝による恐怖を子供に残してしまった。
一体私たちは何をやってきたのだろう!
 

冬こそ外へ 2011年11月21日(月)

  夜11時半の外気は氷点下6度。
昨日から軽く降った雪は解けることなく銀世界を守り続けている。

これからの季節、カフェでは小型犬の来店が減る傾向にある。
『寒がって歩かない』とか『雪玉が身体について』なんていうのが主な理由である。

そんな中でもチワワのらむとチビは、今夕大好きな散歩に長々と出かけていた。
冬だろうが雪だろうが、暑さに慣れたメキシコ産のチワワであっても、外に出かけるのが大好きなふたりなのだ。

商売柄わんこのTシャツを販売しているけど、犬の防寒対策など考える必要はないと私は思っている。

外飼いのわんこなら防寒対策をとってあげたほうがよいけど、室内暮らしのわんこのために服を着せたり夜通しストーブをつけておくなんていうのは過剰対応だと申し上げたい。
ここは南極じゃなく北海道ですぞ。
日本のどこの寒冷地よりも暖かい室内が備わっているじゃないですか。

北海道の人なら冬の内地に行けば、みんな寒い思いしてるでしょ。
わんこの寒さを案じるあまりひ弱なわんこを育て、揚句に半年も社会から隔絶して内弁慶なわんこを育てていませんか?

旭山動物園の素晴らしさは、それぞれの生態にあった環境を整えたうえで展示しているところにある。

私たちの愛犬はペット社会で暮らすわんこだから、それなりのしつけやマナーが求められているけど、その見返りとして“快適すぎる”処遇の中では虚弱で世間知らずなわんこに育てる懸念があることも知らねばならない。

冬の間に引きこもりで排他的なわんこにならぬよう、小型犬の飼い主は注意しよう。
 

きちんと向き合う 2011年11月20日(日)

  『ダメよ!ダメ』

愛犬が吠えたり、良からぬ振る舞いをした時に多くの飼い主が口にする言葉だ。
その指示がきちんとわんこに伝わり、自制するわんこの姿を見るときは清々しい気持ちになる。

駄々をこねる人の子供にも言い分があろうけど、『それは絶対ダメ!』と毅然とした母親の言葉に対し、『ここはひとまず、お母さんの言うことだから…』と反応する姿を見ると、日頃のしつけを伴った愛情が目に見えるようで気持ちいい。

子育てやわんこ育ての過程では『それはダメ!』という場面に必ず出くわす。というか、日々何度も直面する。

『ダメダメダメダメ!』
いつもそう叫んでいる自分が悪人に思われて、悲しく苦しくなるものだ。

いろんな“ダメ!”があるなかで、『それは絶対ダメ』と、ただの『ダメ』が混在していることに気づく。
それは人の子もわんこも同じだ。

文脈通じてます?
夜中の1時を過ぎ、かなり酔ってるので不安です。

子供がストーブに触って熱い経験をした時、最初は親に『熱いよおぉ!何とかして!』と泣き付いてくる。
親はストーブガードを設置して子供を守る。

そのうち子供も親も、触れば火傷する絶対的な現象と、駄々をこねれば許される社会的事情の境界線が曖昧になってくる。

さて、なんとしよう。

問われているのは子供やわんこの行動ではなく、経験であり親や飼い主としての規範であろう。

火傷を経験させる場面も必要だし、言い聞かせて納得させることも必要だ。

言い聞かせる時は何が必要だろう?
直接の火傷でなく、『こうすればこうなる。だからダメ』を人為的に示す行動が今、多くの飼い主に欠落しているのではなかろうか?

『それは絶対ダメ』
そう言い切れる課題があった時には、きちんと対峙しよう。
 

DCN48 2011年11月15日(火)

  今日発売の札幌の月刊誌『O.tone」(オトン)に短いけれど私のエッセイが掲載されている。
6回の連載を依頼されているから、なんとか頑張って思いの丈を書こうと思う。

AKB48のようにメジャーになることはないが、私にはカフェの仲間DCN48が後ろについてくれているから、とにかく心強い。

ちなみにDCNというのはDogs Cafe Nagasakiの略であり、48というのは48人じゃなくて平均年齢…?
あ"−!!書いちまった。
明日からぶっ飛ばされる〜!!

まあ、そんなこんなを臆せず悪びれることなくあと5回書きますのでよろしく。
途中でレッドカードが出されるかも知れませんが…

さて、初雪の降った寒い今日、ホワイトシェパードひめちゃんのレッスンが入った。
『無理です。犬の振る舞いを変えることはできますが、飼い主の意識を変えるのは難しいから』と以前、飼い主の接し方に不満を感じた私はイエローカードを出したが、めげずに通ってくださっている飼い主さんのわんこだ。

歩いてみるとひめに微妙な変化が起こっていた。
前回のレッスン後、私は「静かな散歩コースだけじゃなく、勇気を持ち胸を張ってもう少し賑やかな道路を経験させてください」とアドバイスした。

ちゃんとそれを実践してくれた姿が手に取るようにわかったのだ。
自転車にも不安を感じる弱虫で軟弱で甘えん坊のひめの反応が不確かだけど着実に?変わっていた。

飼い主の意識が変わったのだとしたら、私は全力で応援するだけだ。
きついことも言うけど今日は「一筋の光が見えてきましたよ。頑張りましょう」と励ました。

私の評価が希望を与えたならうれしいが、それ以上にDCN48の励ましの言葉が飼い主さんにモチベーションを高めてくれたに違いないと思っている。

実際のところ平均年齢はもうちょっと下かな。
 

こだわりのシープドッグ 2011年11月13日(日)

  お泊り犬ボーダーコリーのハグはこだわりが強い。

どうしても私の左側を歩きたがるし、左の建物側にへばりつきたがる。
だから左側通行をする時は、余裕があって適当に臭い取りをしたりマーキングなんかもするが、歩道がある道路で右側通行になると車道に落ちない程度にひたすらまっすぐ歩き、歩道がなければ左へ寄ろうと体重をかける。

こうした傾向はボーダーコリーはもちろんシェルティーやシェパードなどシープドッグに多く見られる。

そんなことは別にどうでもいんじゃないかと思われるかもしれないが、家庭犬として暮らしていると右手にわんこを持った時にはそちら側でじっとしてもらい時もある。
なのに強引に定位置の左側に回られると荷物を落としそうになることだってある。

あのこだわりは病的ですらある。
きっとシープドッグの何かの遺伝子がそう促しているのだろう。

シープドッグ系のわんこを飼われている方は、仔犬のうちから左手持ちと右手持ちの歩行をバランスよく組み合わせるようにした方がいいですよ、とアドバイスしておこう。
そんな風にだけ思っていたら、ハグがウンチする場所にもこだわりがあるのじゃないかと感じ始めた。
3日連続、わざわざよそ様の玄関前で踏ん張るようになっているのだ。

シープドッグ=『妙なこだわりを持ちやすい犬種』と言えるかもしれない。
 

ご心配をおかけしました 2011年11月10日(木)

  この1カ月の定休日は毎週病院通いだった。
今日の大腸検査ですべて終了。

『ひょっとしたら長引くかも』と懸念していたが、検査結果はまあまあだった。
「S状結腸辺りに1個あるポリープは4ミリですから1月から比べれば1ミリ大きくなっています。でも切除するのは5ミリ以上ですから来年まで様子を見ましょう。来年、病院の方から検査の連絡しますね。」

『1年後に病院から連絡しますね』、なんて言われた病院は初めてだったので「生きてたらよろしくお願いします」とちょっとうれしくなって答えた。

「ところで入院した原因の憩室炎の方は?」と私は尋ねた。
「炎症は完全に収まっていますが、これを見てください」と女医は腸内の映像を見せてくれた。
「わあ!穴だらけですね」
「そうです。完全に治すなら憩室部分の腸を切って繋げるのがいいのでしょうが、あちこちハチの巣みたいに憩室だらけです。腸を全部切るわけにはいかないので、うまく付き合っていきましょう。」

つまり、ひょっとしたら今回入院したようなお腹の痛みと発熱があるかもしれない。
そん時はまた4〜5日入院して治療しましょうということだった。

体質らしいから、57年間で1度の炎症でもあり、それって有珠山の噴火の確立の2倍も安全だ。
まあ、生きてる間にお目にかかることもあるまいと願う。

指の骨折も治り、お腹もそれなり。
昨日から検査食しか食べておらず、下剤を1800CCも飲み、トイレには10数回も通って空腹だった私は、今夜入念に腸内のアルコール消毒を行い、滋養をつける食事を食べる。

明後日12日(土)からバリバリ働くぞー!
 


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