From the North Country

自己嫌悪 2011年11月02日(水)

  飼い主の気持ちや事情に思いやらず、犬だけを見て評価を下す自分が嫌でたまらない。

1.生後2〜3週令の捨て犬を保健所から受け入れ、5か月になった頃に飼育としつけに悩んだ末、相談に訪れた方にお散歩チェックの後、私は冷たく言い放った。

「『この犬は可哀そうな犬。私が守ってあげなければ…』そんなあなたの想いが優しさがこの犬をダメにしてるのですよ。
犬は自分の不遇を悲嘆したり誰かのせいにして憎むこともありません。
あなたは勝手に犬の気持ちを擬人化して、自分を優しい人間にし、犬の良き理解者になろうとしている。
もしこの犬をちゃんと育てたければ、今後『保健所から保護した犬です』という事実を安易に言葉にしないで目の前の犬と向き合ってください」と私は口にしたのだ。

なにもそんな言い方しなくてもいいでしょ。
もちろん飼い主は涙を流されていた。

2.2歳のホワイトシェパードの飼い主は「散歩中引っ張るし、他犬やバイクに吠えるんです」と言いながら、自分によじ登ってくる愛犬を受け入れていた。

「この犬の問題行動を完全に治すのは無理です。すでに半分程度分離不安になっています。
シェパードですし頭もいいから犬の振る舞いを治すことはできますが、根本原因は飼い主であるあなたにありますから。
あなたは2歳にもなった愛犬が飛びついてくることに喜びを感じ、それを愛情だと思っています。
そこに原因があり、私は犬の行動は変えられますが人間を変えるのはとても難しいと感じています」と言った。

シーザーミランのように自宅に通いながら、飼い主を訓練する人はいないかと真剣に考えた。
いくら治療しても、病原体のある自宅に戻せば再発してしまうから。

それにしても初対面で『あなたに原因があるとか、無理ですあなたを変えれないから』とはひどすぎる。

本当に普通にやってたら無理だと感じるから発する“罵倒”なのだろうし、飼い主の本気度を確かめる“試金石”の意図があるのかもしれないが、発している私はそんなこと深く考えていない。

つい、感じたまま思いの丈を口走っている。
本当にごめんなさい。
わんこを制御するときはすこぶる冷静なのに、人に対するとき我を忘れてしまう私を制御する機能が備わっていない未熟さを恥じ入っております。

でもまあ、この年になって人格はなかなか変えれないので、お含みおきを。
 

素朴な疑問と聞きたい宣言がある 2011年11月01日(火)

  1.原発人災による放射性物質の拡散で、果物や食品の風評被害を防ぐために○○ベクレルと検査数値を表示し『国の基準値500ベクレルを下回っている』というような形で安全性を示そうとする手法がとられている。

私は相応の年齢だし、今年に入ってからレントゲンだのCTだのと、覚悟の上の被爆を相当しているから別に気にはならないけど、本当に国民が知りたいのはそんな数値じゃないように思う。

『3.11以前は何ベクレルだったの?』ということではなかろうか。

『東京からニューヨークまで飛行機に乗れば○○の被爆量です』なんて専門家が言ってたから、普通に生活していても私たちは日々被爆しているらしい。
ならば、去年まで食べていた物のベクレル数値を教えてくれた方が参考になるし状況がとても理解しやすくなる。
何故公表しないんでしょうかねえ。

2.“寄らば大樹の陰”という言葉がある。
この言葉の引用が相応しいか分からないけど、生き物には安心・安定を求める心理があるようだ。

今の時点でいえば“除染”という言葉がそれのように思えてならない。
『へえ、放射性物質って洗い流したり表面を剥ぎ取れば片付くんだ』
そう思いたくなるしそうであってほしい。

でも、流した水・剥ぎ取った土はどこに行くの?
これから流れ出てくる水・土に含まれているものは?
そもそも気の遠くなるような“半減期”というのを我々は教育されてきたのですよ。

『日本国はこのような状況にあり、国民は“今すぐ健康に問題があるわけではない”が、被爆による未知なる被害で不安と今後の健康、それと子孫への影響課題に立ち向かっていかなければならない状況になった。
政府は(原発推進という)誤った政策により結果的に日本国民存亡の危機を招いてしまった。
繁栄と引き換えという言い訳があったにせよ今となれば過ちを認めざるを得ない。
だが、我らは今を生き明日を生きようとしている。
汚染された祖国ではあるが、我らが祖国であり故郷である。
例え今後我らの観念や身体に何が起きようとも、子孫の繁栄のために自らへの罰として甘受し、同じ過ちを繰り返さない社会を築かなければ、それこそ“あの日に亡くなった方々と、その後に歯を食いしばった方々”へ申し訳が立たない。
この国に生まれ、この国で暮らすという覚悟が今求められている。』

酔い潰れそうになる妄想の中で、真実が知りたいと思った。
 

決してマネをしないでください 2011年10月29日(土)

  先日27日、いよいよ1月に骨折の治療を受けた指からちょうど9か月ぶりにプレートとスクリューを取り出すための手術を受けた。
私が入院するといろんなエピソードがあるものだから、それを楽しみにしている方もおられよう。

もちろん今回もありましたよぉ。

老朽化のため来年6月に移転する病院に昼前に入院した私は、さっそく洗礼を浴びた。
「3番目に手術予定の方が今オペ室に入りましたから次は長崎さんですよ。点滴を始めますね」と看護婦は作業を始めた。
「4番目が私ですか?」
「そうです。4番目ですよ」
「病院では4という番号は使いませんよね。この病室は313号だけどお隣は315号室ですよねぇ」
「…、大丈夫ですよ。ちょっとチクッとしますよ。」と言いながら看護婦は私の左腕の静脈に留置針(カテーテル)を挿入し入念にテープで固定した。

次の瞬間「あ!」と看護婦が声を出した。
「バカだねえ、あたし。手術するの左手でしたね。ごめんごめん。右手に点滴しなきゃね」
テープとともに左腕の毛をむしられる痛みが辛いと感じた後、再び右腕にチクリと痛みが走った。

たぶん私の記憶の最後に残る記念すべき8人部屋だったろうに、老朽化していたのは建物だけではなかったようだ。

ふと、ベッドの頭にある『主治医:井畑先生』という札が気になった。
『誰?この人。』私の主治医は別のI先生で『オペは私が行いますから』と言われていたし信頼も寄せていたのに…

オペ室に移動するエレベーターの中で「執刀医もこの先生なの?」と看護婦にその不安を口にした。
「伝えておきますね」とだけ看護婦は応えた。

「I先生とともに長崎さんの手術を行う井畑です。よろしく」
麻酔が回る前に井畑先生が挨拶された。
なんかカッコいい雰囲気を感じ「お願いします」とだけ答えて私は眠りに落ちた。

病棟で意識が戻り、退屈になった私が待合所でKに電話をしているところに井畑先生がやってきた。
「どうですか?」と尋ねる先生。

あの時はボーっとしてベッドに横たわっていたからはっきりしなかったけど、話をしじかに見ると『カッコいい!』
まるで救命病棟24時の江口洋介、そのものであった。

「僕は室蘭に帰るから明後日29日、傷を見せてくれますか?」と言われたのに、私は「土曜日は仕事があるので無理です」と答えていた。

今思えばもう一度会いたかった。
それほどカッコいい医者だった。
翌日、「わかりました。明日から傷口をハンドソープでいいですからよーく洗ってください。血が出ても痛くても指を動かし続けてください。治りは遅くなるけど機能は回復しやすくなりますから。約束ですよ。」と言いながら傷口を消毒し包帯を巻いてくれた。

もう一回、指を折ってもいいなと思えるような医者に出会ったのは初めての体験だった。
カッコいい医者ってやっぱいるんだ!
 

めったなことでは死なないしくみがある 2011年10月24日(月)

  先週の火曜だか水曜日、ガーデンからカフェに戻ったMさんが「テンテン、たまご飲んじゃった」と言い出した。
事務所から出てきたばかりの私は「はあ?」と事情が呑み込めなかった。

話を伺うと、我が家の愛犬アモがいつも咥えているカモノハシの縫いぐるみのお腹に入っている3個のたまご(ピーピーと音の出るたまご型の代物)の一つをテンテンが横取りしたらしい。
それを取り返そうとしたMさんが執拗に追いかけたものだから、テンテンは慌てて腹の中に納めてしまった、ということのようだった。

よくある話である。
そういう時は、慌てて追いかけ『出せ!出せ!』と迫るのが一番よろしくない。

呼んでも逃げ回るわんこに対し、心は怒りに満ち『もしかして呑み込むのでは?』という不安があるときこそ、『あら、いいねえ。何持ってるの?』と最大の演技をして相手を油断させ、別のおもちゃなんかを見せながら近寄ってきたわんこの隙をついてさりげなく捕獲し、口から取り出したのち、怒りと安堵にまかせてぼこぼこにしてやるのが一般的な飼い主のベストである。

もちろん、その場に私がいたら『これ!テンテン。』と言っただけで彼女はペッとたまごを出したと思う。
だってぼこぼこにされることだけは避けたいと思うでしょ。(ちなみに過去において私がテンテンをぼこぼこにしたことはありません。名誉にかけて。でも『あ!本気なんだ』と感じさせたことはあります。)

ともあれテンテンはたまごを呑み込んでしまった。

あの時Mさんがあたふたしていたら、私は動物病院に行くことを勧めただろう。
そうじゃなかったから私は別のたまごを持ってきて、ナイフで切り開き『これならたぶん3日から5日で便に出るでしょう』と予想した。

同時に「(誰でも普通に買える)常備品で吐かせるなら方法もあるけど、前の犬は吐き戻したのはいいけど、分量が分からずに飲ませたものだから胃が荒れちゃってね…』と付け加えた。
そばにいたKさんがすぐにネットで調べて「23キロなら5tくらいが適量だって」と教えてくれた。
「あの時はその10倍は飲ませたかも」と私が言う話も聞かず、Kさんは『これまでいたずらで食べた物からしたらたいしたことない』と、様子を見ることになった。

「便が出なかったり、水を飲んだ後すぐに吐くようなことがあれば腸閉塞の可能性がある」とだけ伝えておいた。

「無事、昨日の夜出産しました。たまごが出てきました」
Mさんが今日うれしそうに報告してくれた。
胃から腸に移るまでやはり数日かかったようだ。

それにしても生体というのは良くできているな。
サバイバルな数日であった。
これだけの反応があれば、荒れた内臓もそのうちよくなるはずだ。
 

明日を信じている 2011年10月18日(火)

  今朝の朝日の天声人語を読んで『なるほどな』と深く考えさせられた。

人間は様々な発明により現代文明を築きあげてきた。
凸版印刷であり近いところではエジソンの電球であり自動車・通信技術でもあろう。
必要が発明を生み人々の暮らしは格段に進歩した。

そして今、発明から生まれた原発が私たちを苦しめている。

単純に思う。
発明というのは素晴らしいことなのだが、そこから派生する科学と権力者の思惑には警戒の意識を持たなければならないと…

例えばダイナマイト。
ノーベルは殺人兵器としてダイナマイトを発明したわけではない。が、現実にそれと結びついた。
『人殺しのために発明したんじゃない!』というノーベルの叫びと結果責任の罪滅ぼしがノーベル賞を生んだと聞く。

以後、様々な発明が一つになり、派生し、原子爆弾と原発を20世紀の人間に作らせた。

その便利さと快適さが故に私たちの頭は混乱させられた。
昔は『必要は発明の母』であり、『こうなればもっと楽になるのに』という発想から頼もしい発明が生まれた。

が、今は違う。
発明のほうが先行し、その恩恵に浴した人間たちの『必要とする観念(中毒症状)』が後から続いている。
『無ければ無くていいのに気持ちいいからやめられない』という麻薬の蔓延と同じ構造だ。

さて、今、改めて問うてみよう。
原発は
1.必要だからあるのですか?
それとも
2.あるから必要なのですか?

答えがだんだんと明快になってきたはずだ。
1.の答えならば、原発以外に安全で環境にやさしい科学があるのならそちらを推進すべきだと考えるのが自然であり、
2.の答えは地元住民の一部や利益供与を受けている人々の苦悩を表していると考えられる。

まさかこの期に及んで『原発こそが最終的な発明』と思っている人間はいないはずだ。
平穏な生活をしている人々に、今の生活を変えることを求めるのはいつの世も過酷である。
でもそれ以上に過酷な暮らしをしている人を互助する精神が日本人にはあるはず。

そんな強い気持ちをもって明日に立ち向かいたい。
すべては子供たちの未来のために。
 

昨日の続き 2011年10月15日(土)

  隣の患者がおむつ交換のたび、臭いが抜けるまでラウンジで1時間を過ごした。
『犬の介護だったらなんでもないのになぁ』と感じた途端、犬だったら換気をしながらすぐに清潔にし消臭もするからどうってことはないことを思い出した。

『患者の尊厳を考えると、仕方がない』という“許容の精神”が改善を遅らせ、介護を我慢と忍耐という辛い世界に閉じ込めているような気がした。
あれじゃ気持ちよく付き合えないし長続きが苦痛になってしまう。
介護こそバイオチャレンジやベッド用ウォシュレットなんかが必需品だね。

家族もマヒしていた。
面会に来た奥さんが昼前におむつ交換を始めたらしく、部屋に戻った私は昼食に箸を付けることもできずラウンジに逆戻りした。
3日絶食の後の楽しみにしていた食事だったのに…

いよいよタバコが吸いたくなった私は秘密の場所があると聞き、点滴のスタンドを引きずって1階まで下りた。
でもなぜか視線を感じる。いや実際じろじろ見られていた。
ふと自分の点滴に目をやると血液が逆流し管と袋が真っ赤になっていたのでその時は諦めた。

その日つまり入院3日目の夕方にチャンスは訪れた。
次の点滴までの30分ほど一旦管が外されたのだ。
駐車場に出て警備員に恐る恐る「タバコが吸える場所があると聞いたんですが…」と尋ねた。
「あっち、あの角…」
警備員は目を合わせずひそひそと小声で言い、お腹のあたりで指差してくれた。
「立場上言えないんですよ。分かってください」と、ささやき
私も誰にというふりもせずぺこりと頭を下げ、角を曲がったところで一服しくらりとしながら病室へ戻った。

4日目若い看護婦がやってきて「カテーテルの入った血管の場所を変えますね」と、新たな血管に針を刺した。
「痛いよ」と私が言うと「でしょ、私もなんか感じでわかるんですよ。うまく入った時と血管壁に当たるときの違いが。あはは、ごめんなさいね、もう一度やりますね、あはは」
そう言って看護婦は止血のゴムバンドをもう一度締め直した。
「痛ててて!」私がより強く言うと
「え?まだ刺してませんよ」と看護婦。
「ゴムバンドのクリップが肉挟んでるべ!」と私。
「あははは、ごめんなさいね、あははは」と屈託がない。

3日の禁煙、4日の断酒、そしていろんな方のお世話のおかげでお医者様もビックリするほどの速さで回復しました。
13日(木)の朝5時半に採血し、8時過ぎにその結果を見た主治医が「もう退院できますよ。明日でも明後日でも」
驚いた私はとっさに「今日でもいいんですか?」と畳み掛け、すぐに退院手続きを済ませた。

11時頃カフェに戻った私は洞爺のあちこちの宿に電話を入れ、断られるうちに『そうだ、一度行ってみたかったペンションがある。』と、ニセコのフライパンさんに問い合わせた。
ラッキー!
いろいろ誤解やうがった見方もあろうが、もちろん、まだ静養が必要な私の退院祝いではなく、入院中苦労を掛けたKへの慰労のためであった。

フランス料理のフルコースでもてなされ、ワインを少々飲んだ私は入浴中に入院疲れがどっと出て、ようやくたどり着いたベッドで本当に本当に爆睡した。

命の洗濯ができた2011年秋だった。
次は27日。骨折治療した指から金属を取り出す手術で1泊入院。
今度はおいしい給食が食べ(ら)れそうだ。
 

嗚呼、入院。−憩室炎ー 2011年10月14日(金)

  9月にひいた風邪が3週目に入ろうとした9日の朝、8度3分の熱が出た。
「やっべー!ダブル風邪?インフルエンザ?」
不安がよぎったが意外と体にだるさがない。

レッスンが入り、躊躇したけど歩いてみた。
戻って検温すると36度8分に下がっていたことでインフルエンザの不安は消えた。
が、昼前に再び具合が悪くなり右わき腹がいつもより痛んだ。

Kの恫喝もあったものだから、カフェをこっそり抜け出して休日の当番病院で診てもらうと、若い先生は検査結果を見ながら意外なことを話し始めた。
「入院が必要です。もしかしたら手術になるかもしれません。憩室ってご存知ですか?」
「ああ、それなら知っています。過去3回ほど連日便器が真っ赤になるような出血がありましたから。あれ以来わき腹が慢性的に痛んでいますが、これまで診てもらった2つの病院では憩室からの出血だから心配ないといわれてました」
「治療しなかったのですか?」
「ええ。心配ないといわれましたから」
「どういうことでしょうかね。ともあれ今そこが炎症を起こしていて、休日だから簡易検査しかできないのですが最高の炎症反応を示しています。本当に大丈夫ですか?当番病院なので入院も詳しい検査もできませんから救急対応の病院を紹介します。ご自分で運転できますか、それとも…」

いつもなら御託を並べる私だが『救急車』の言葉が先生から出そうになったのと腹の痛みでさっさと身支度を整えて入院先に向かった。

CT・エコー・レントゲン・血液検査・心電図・触診…ふぁー
「幸い手術は必要ありませんが少なくとも1週間から10日の入院になると思われます」

頭を巡ったのは『お泊り犬いなかったっけ?』ということと、骨折した指から金属を取り除く手術が27日で、術前検査が20日だったということ。

かくして夜8時から消化器内科病棟での入院生活が始まったのだが、すぐに洗礼を浴びることになった。

4人部屋(昔は6人部屋が主流だったのに今は4人部屋なんですね)の隣の方がナースコールを押した。
看護師がやって来て何やら始めたかと思うと、途端に部屋中に強烈な異臭が漂った。
すぐに“それ”と分かった私はマスクをし布団を頭からかぶると、1日の疲れもあって眠りに落ちてしまった。

思えば入院してぐっすり眠れたのはこの夜だけだった。
                         つづく
 

誤解のないように! 2011年10月07日(金)

  良しにつけ悪しきにつけ犬にはそれぞれ個別の性格がある。
『そりゃそうだ』とみんな思っている。

なのに自分が仔犬を飼い始めた時『犬っていうのは…』という“固定観念”つまりたぶん『犬というのは愛らしく、飼い主になつくものだ』という観念で疑いなく接してしまう。
その結果として
・ビクつく犬
・恐怖のあまり失禁したり、噛みつく犬
なんかと出会っても、“普通に”接してしまうものだからお互い深い溝ができることがある。

人間に言わせれば『こいつ、なに?!』だろうが、戸惑い恐怖に駆られるわんこは、仰天し本能むき出しで反応するのが『普通』である。

昨日からお泊りのチワワがそのタイプである。

わたしにとっては『ああ、そういうことね』という範疇であり、根っからの病的で攻撃的な反応を示す犬かどうかだけを判定すればよいのだが、そんなわんこのお泊りを引き受けるはずはない。

そのチワワは過敏であり、過剰反応を噛む動作で示しやすいが、野性的・病的ではないことは最初から分かっていた。

いわゆる『話せば分かる』チワワであり、その環境がまだ整えられていない状況下にあったというだけである。

のんびりするだけが目的だった定休日の今日、じっくり“話し合った”。
『挨拶というのは胸襟を開くこと』という意味だと昔教わったことがある。
そこに大人になってから覚えた愛撫の手法を加えると、チワワは胸襟を開いた。
別にいやらしいことではないし、チワワが胸を開いてもチワワでしかないし…。

私の腕の中であれほどお腹を見せることを拒んでいたチワワの力が抜け、すべてを委ねるようになった。

プロセスを紹介しておこう。
1.病的なイヌはひとりにされても隅っこでハーハーと息遣いをし、他者を寄せ付けないが、過敏だけな犬はそのうち人を頼るように接触してくる。
2.自然に体に触れ、抱っこできる大きさなら抱っこし、しばらく時間を費やす。
3.魔法の愛撫“もじょもじょ”を繰り返しつつ、相手が過敏に反応する個所を見定め、敵意や悪気がないことを示しながらもゆっくり時間をかけて刺激する。
4.何度かわんこと離れ、また寄ってきたわんこを抱き上げ同じことを繰り返す。
5.最初は嫌がっていた個所を普通に刺激できるように繰り返す。
6.心を許して来たら、徐々に仰向けにして、その姿勢つまりお腹を見せるという犬にとって無防御な体制に徐々に移行する。

ちょっとまて!
読み返して吹き出しそうになった。

これは人に慣れない過敏なわんこを徐々に慣れさせるためのことを書いているのであって、決して男女のことを書いているのではありませんぞ。
 

秋はアドベンチャー 2011年10月04日(火)

  10月に入りあちこちから初雪の便りが届く。
私はと言えば風邪が治らず2週目を迎えている。
幸い熱が出ない風邪なのでティッシュの山と咳き込む辛さだけで済んでいるが、そろそろ回復の兆しを感じたいものだ。

今のうちにお散歩チェックやレッスンに時間を割かないと、まだ慣れない寒さや、降っては解けるぐちゃぐちゃの雪解け道で歩きづらくなってしまう。

でも大丈夫。
急な寒さはきっと一時的なもの。
だってまだ山は紅葉が始まったばかりだし、ニシキギやナナカマドの鮮やかな赤を楽しんでないし、なにより『わんこが枯葉を追いかけるものだから転ばされてしまいました。何とかしてください!』という相談が舞い込んでいない。
あと1カ月くらいは穏やかな秋が楽しめるはずだ。

定休日に秋晴れが来たらアモとレクの森か原始林に出かけようと思う。
ダニやスズメバチそれにヘビもそろそろ冬越えの時期だからお目にかかることはないだろうし、落葉で少しは見通しがきくようになる。
場所さえ間違わなければクマに遭遇することもなかろう。

秋と冬は夏よりも安心して森や山道を散策できる時期である。
ちょっとアドベンチャーだけど、気弱なわんこなら誰もいない森に出かけフリーにしてごらん。
あなたにまとわりつくかもしれないし、何処かへ駆けていくかもしれない。
慌てず騒がず横目で見ながら適宜に声をかけ、歩き続けるとわんこにそのうち大きな変化が訪れますよ。

何が起きるかはお楽しみ…

アドベンチャーだから、そのまま森に消えていってしまったわんこには『楽しかったよぉ!元気でねぇ!』と諦めざるを得ないが、一緒に歩き通すわんこに状況によって声をかけ、リードをつけたりフリーにしたりを繰り返してごらんなさい。
“あなたが如何にわんこから頼られ、何を求められているか”が分かるはずだ。

これも長崎塾の『犬を育て犬と育つ』の基本トライアルの一部である。
 

札幌オータムフェスト 2011年09月29日(木)

  二人とも風邪をひいているものだからキャンプは諦め、大人しく定休日を過ごすことにした。
彼岸も過ぎて人影まばらな墓地の広場でアモをおもいっきり走らせ、定休日の時間を満喫させた後で札幌の大通公園で開催されている『オータムフェスト』に出かけた。

『北海道食べ歩き』が数百メートルでできちゃう秋の一大イベントである。

着くや否や、交差点の先に発見したのはカフェでおなじみのバーニーズのラブちゃん・ゴールデンのあんこ・黒シバの蜜柑。
「たった今、(ダルメシアンの)ビート君と別れたばかりなんですよ」という言葉に私は吹き出しそうになった。

というのも『犬育てというのはね、自宅を中心とした生活地域の中で徐々に人間社会に馴染ませ、商店街や繁華街を経験させ、最終的には札幌駅からススキノまで平然と歩ける犬にすることなんですよ』と言い続けてきたからだ。

その私が人でごった返す大通公園のイベント会場で、教え子に会ったのである。

出会った時の犬たちの穏やかな反応がそれはそれは素敵で、『どれ、尻の臭いを嗅がせろ』なんて下品な反応もなく、飼い主と同じような振る舞いをしていたことに心から安堵した。

会場には他にも見知らぬ小型犬がいたが、皆穏やかに振る舞ってくれた。
『吠えなかったね』と驚く小型犬の飼い主の声が聞こえた。

こっちの犬が穏やかなエネルギーに包まれていれば、神経質な小型犬でも吠えることはない。

大型犬はカフェ育ちのわんこ以外見かけなかったが、わんこたちはオータムフェストにちょっとした微笑みと彩を加えて貢献していたように感じた。

『平取(びらとり)和牛と釧路の鹿肉の味付けなし』はアモの腹に収まり、かぼちゃクレープは残り少ないアモの思い出にと少しあげてしまった。

『お利口になれば待遇が上がる』
私の敷居はかなり高いけど、そのレベルに達したわんこには最大級の評価をする。
『お利口のレベル』を勘違いをしている飼い主も多いけどね。
ともあれ短い秋のいい思い出になった。
 


- Web Diary ver 1.26 -