From the North Country

ブームが終わった時に見えるものを見ておきたいな 2012年01月15日(日)

  どうやらペットブームは明らかに下降線をたどり始めているようだ。

今日の朝日(新聞)の別版には『動物病院、厳しい競争』の小見出しがあり、世代数では最も多い団塊の世代の高齢化に伴い『わんこはこの子で最後』という流れになっているらしい。
そうなると当然、飼育件数が減少することになる。

今の若者世代は夫婦二人で生きていくのが精一杯で子供すら作れない状況である。
ひょっとしたら『人間の子供が作れないから、せめて犬でも…』と第2次ペットブームが到来するかもしれないけどそれは悲しい社会のシグナルでしかない。

そもそも『ブーム』という背景が気に入らなかった私だから、ファッションのように犬を飼う人間が減ることは好ましく思うし、結果的に工場で仔犬が生産されるようなシステムが崩壊するのは大歓迎だ。

ドッグカフェナガサキにとっては顧客減少に繋がるけど、『少数精鋭』で理想のペット社会を構築するには今後20年はチャンスでもある。

犬を調教するのにおやつをばらまき、食い物の報酬でしか犬の気持ちを手繰り寄せないでいる情けない観念から脱し、世界を再構築できる人間力が求められる。

この時代までに改良が進められてきた犬たちは、人の一声で我に返り、ちゃんと教えられさえすれば的確な行動をとってくれますよ。
あなたが人間力さえ持っていればね。
きっと私たちが想像する以上に。
だから犬は人を育ててくれているのです。
 

ありがとうゴンタ、安らかに。 2012年01月13日(金)

  カフェのワンブロックを散歩するのに20分もかかるわんこなんて見たことがない。
1メートルごとのマーキングで大きく足を上げ過ぎて、こてんとひっくり返りそうな瞬間立ち直る愛らしいシーズーのゴンタ。

前からわんこが歩いてきたら肩を怒らせるのに、相手が近づいてきたら後ろに飛び退くチンピラオヤヂ丸出しのゴンタ。
臭い取りばかりして下しか見てないから、通り過ぎてから他犬に気づき『貴様、今度会ったら勝負してやる!』と、酔った時の私の死んだ親父みたいに空威張りするゴンタ。

公園のど真ん中で降ろして走り回らせてあげようと思ったのに、そそくさとヘリまで戻り、木立1本1本にシッコをかけ『ああ忙しい忙しい』。
夏の支笏湖では水辺に一切目もくれず、草むらに鼻を埋めたまま何処までも我が道を行く。何処へ連れて行ってもやることにブレはなかったが値もなかったゴンタ。

それでも室内では彼なりの美学と我が家のルールが一致し、お泊り犬で唯一私のベッドを定宿とすることを許されたゴンタだった。
寝相の悪い私を観察し、左足元が安全であることをいち早く見抜いていた。

自分のおならのくせに、その都度1メートルぶっ飛んで驚いていたゴンタ。2〜3の連発の時がとりわけ見ものだったよな。

ベッドから降りられない時、抱っこしてほしい時『ゴンゴン、ゴンゴン』と吠えて私に指図したゴンタ。
とにかくブレない、ゼンマイ仕掛けのような分かりやすい頑固なわんこだった。

抱っこされた時には脱力し、軟体動物のようにすべてを人に委ねたゴンタ。
育てられたままの絶対的信頼と安心の中で、もうじき17歳という時間を奔放に生き抜いたね。

君と暮らしたお母さんとお父さんには感謝するんだよ。
どれだけ献身的に尽くしてくれたか…
こら!ゴンタ。
今だけは臭い取りと足を高く上げるのをやめて君の思い出話を聞きなさい!

どんな時もブレないゴンタが今日逝った。
 

2012年。1年の計・軽? 2012年01月11日(水)

  10日の日付を超えたばかりの夜、ぞろ目の1が並ぶってことは、あの『あけおめ』からもう11日目ってことか。

『何事もなく平穏だった』ことに感謝?
じゃなくて、

・Yさんが正月早々ぎっくり腰になり病院もやってないので寝込んでいたら風邪までひいてえらい目になったことを心配し、
・R君が成人式を迎えたことにひとしおの感慨と喜びを共感し、
・「いろんな物を飲み込んじゃうんです」というわんこのレッスンを行う私は『なんか変。ぎっくり腰の前兆がある』とコルセットで防御し
・今夜Kが作ってくれたハンバーグをうまいうまいと食べて、残り少なくなった時に切なさを感じる。

大それたことはないけど、生きていることでの日々の変化がすでに10日間積み重なっている。

そんな日常がただただありがたく思える。

さて、今年はどんな年にしようか。
時には政治や自然現象で左右されるけど、自分で決めておかないと身近な物事は動かないからね。

・酒タバコは加減しながらも続けるとして、Kから受けるストレッチなどのアドバイスを素直に受け入れる努力しよう。
・温泉でのリラクゼーション、折を見てのキャンプや旅、これらは継続しよう。
・4月で11歳になる我が家の愛犬アモの変化に気を配りながら楽しみを再発見し思い出作りを意識しよう。
・わんこの素人であるKの娘夫婦が働くドッグカフェの展望を考えてみよう。
・カフェのわんこと飼い主さんにもっと私の想いとテクニックを伝えておこう。

もうちょっとあるけど欲張っちゃいけませんね。
ともあれ、老いを受け入れながらも老いに反発し、そもそも想定外なんていう屈辱のないように準備したいと思っている。
繋がっていましょうね。
繋がりましょう。
 

気の置けない友 2012年01月07日(土)

  秋田の盲導犬ユーザー“力(ちから)”から新年恒例の電話が先ほど入った。

「おお、俺だ。おめでとう!」
「おう、おめでとう。母ちゃん元気か?」(力の奥さんは2年前から癌に侵され体中に転移しているのに奇跡のように動いている)
「おお、生きてる。俺と息子残して死ねねえんだろうな。今年も旨いおせち食わせてもらった。感謝だぁ。」とうれしい言葉が返ってきた。

「セナ(盲導犬)の首輪まだ光ってるか?」と私。

去年、力から『夜歩くの怖いんだよな。駐車場から車が急にバックしてぶつかったり、セナと歩いていても真横を猛スピードで走り抜けたりするんだよな。『てめぇ気をつけろ』と怒鳴ると、『すみませーん。見えませんでしたぁ』って目開きのドライバーが謝るんだけど、いつか俺殺されるぞ』という悩みを打ち明けられていた。

「おめえが死ぬのはお国のためになるけど、盲導犬と歩いてる時に死なれたんじゃいろいろ問題が多くなる」
そう言って私はLEDで光る首輪を送ってやった。
実際はセナの首ではなくハーネスに装着しているのだが…

「おお、光ってる。相当目立つんだべな。あれからおっかない目に合ってねえけど、『力、おめえこの間の夜、赤信号で横断してたべ!』って余計なことまで言われるようになった。」と、目立ち過ぎの弊害を口にしてくれたのは何よりである。

「今年、セナも引退だぁ。アンビー(アビー)・マップ・セナそして次はもう4頭目だぁ。」
しみじみと力は言う。
「そっかぁ。また最初のうちは苦労するなあ」と私は覚悟を確かめた。
「んだ。タクシーに乗る時や飲み屋でまた言われる。」と力。
「え?まだ盲導犬のことでなんか言われるんか?」と私が尋ねると
「おお。」と力は言った後、少し間を置き
「タクシーも飲み屋も『犬はいいんだども、おめえは入れたくねぇな』って言うんだ」

大爆笑で今年が始まった。

5月か6月。力がセナとお別れし4頭目の盲導犬を取得するという複雑な心境で北海道に来た時、みんなで飲み会でもやりますか。

だってちょっとはいい年になって欲しいから…
 

ともあれ、新年です。 2012年01月03日(火)

  淡々と過ぎていく時の流れに、ご先祖たちは“1年ずつ”という区切りをつけてくださった。
現実は昨日からの流れを引きずっているのだけれど、大震災があったあの日に『一旦の区切り』をつけて新たな年を迎え、次に進む気持ちが芽生えることを思えば、正月は人類最大の発明と思えてくる。

『気持ちは前へ。だけどあの日のことは永遠に忘れない。そして今も被災者は被災している』
この現実を正面から受け止めて今年も生きていきましょう!

だから、明けましておめでとうございます。

今までの自分を継続するもよし、ちょっと変えるもよし、リセットするもよし。

あの日を思えば、もともと自分が願ってた自分になれるはず。
今年を良い年にしたいですね。
特別な思いを込めて『頑張るじょ!おー!』
 

良いお年を 2011年12月31日(土)

  生まれて初めての人間ドックで戸惑い、その翌日の骨折で始まった2011年だった。

カエラ似の看護師がどうしたこうしたのと悠長なことを書いていたら、あの大震災と大津波に第一原発の放射能で頭は大混乱。

ポポポポーンに耐えられなくなった時期もあった。

『自分たちができることを』と呼びかけて、岩手県大槌町の吉祥寺にピアノを届ける活動もし、たくさんのお客様のご支援をいただいた。

その後もそれぞれの支援を継続しておられると思うが、私は原点に帰って『盲導犬』と『北海道に避難されている方々』への組織に募金という形で支援を今なお継続している。

熱が出て腹が痛くなったと感じたら、即、入院という事態も経験した。
「大腸は穴(憩室)だらけです」との評価を『耐え難きを耐え』受け入れた。

「骨折した指の手術は平均点以下の失敗でした」という医師の言葉にも『東北の人たちに比べたら…』という気持ちで耐えた。

それでも、Kの娘夫婦がカフェで働き始めてくれてから気持ちは前向きになった。
私の娘が独立し、思い通りのカフェのリーフレットを作ってくれたのも心強く感じた。

できることを一つずつ積み上げていくことしか私たちには出来ない。

その繰り返しを明日からも重ねていきたい。

2011年
その年がどんな年だったかを忘れたくない。
忘れるのが怖い。
だから今年いろんなわんこ達との出会いと結びつけて、記憶に残したいとの想いがある。

今年、巡り会えたすべての皆様に心からの感謝を捧げます。

ありがとう。良いお年を!
 

心に届け! 2011年12月27日(火)

  大震災のあった年の瀬を前にしてこんなこと書くのははばかられるけど、気になっていることを飲み込んだまま年を越したくもない。
だから正直な気持ちを書いてみる。

あの震災から立ち直ろうと様々な活動が行われる中、 
『報道の日』と題する昨日のテレビに感動しつつ決定的な違和感を感じてしまった。

それは以前から感じていたことの結集でもあったように思う。

“ある曲”が被災者の心に響き、『明日へ』という想いに添えたことは素晴らしいことだと思う。

その曲を被災地の吹奏楽部・合唱団・和太鼓サークルが一つになって演奏していることには感銘したのだが、合唱団のあの表情(笑顔)をどうしても受け入れることができなかった。

昔から気になっていたことである。
私は学生時代の10年を吹奏楽部で過ごしてきたし、様々な楽曲に思いを込め演奏してきたけど、思い出と写真に残る演奏中の姿にはあんな笑顔は一つもない。

和太鼓も好きだけど、イメージしたワンショットと言えば振り下ろすバチと共にほとばしる汗である。

なのに、合唱団はまるで1週間前に逝去したかの国の代表の死を悼む国民のような演技(表情)をずっとずっと昔からコンクールの中で演じており今も続いている。

『歌は心よ』
そんな想いは分かるが、同じ音楽をやってた人間でも大いなる違和感がある。ちょっと違わないか?と

長い歴史のあるこの国の“合唱”というものに、ミッチーミラー合唱団やサウンドオブミュージックのトラップ家のような自然な姿での歌声を求めるのは酷なのだろうか。

合唱コンクールの最終評価は視覚障害のあるプロフェッショナルに審査してもらいたい。
大切なことは目には見えないんだよ。
 

メリークリスマス! 2011年12月25日(日)

  『クリスマス寒波で60センチの大雪!』

そんな気象予報だったが、幸いにもカフェ周辺は寒かったものの青空に恵まれ降雪すらない2日間だった。

感謝の気持ちに加え、岩見沢・小樽後志地区の皆様には心より豪雪のお見舞いを申し上げます。

ただ、今夜から降り始めた雪と夜空の色を見ると、明日の朝ここら辺りはとんでもない状況になっている予感がする。
目覚ましは6時半にセットして、明朝からの除雪を覚悟している。

ところで、クリスマスランチいかがでしたか?
お褒めの言葉にあぐらをかくつもりはありませんが、ゆうちゃんシェフとパティシエMそれに前菜その他諸々担当のKとまりは笑顔で疲れ果てておりました。
もちろんトリマーのさおちゃんは忍耐と肉体労働の連続でした。

おかげさまで私だけは楽をさせていただいております。

言い訳は簡単。『司令塔があたふたしてちゃいかんじゃろ』ってね。

せめてもの償いとして除雪とスタッフ出勤前の掃除機かけを日頃より心がけているから明日は出番がありそうだ。

意欲満々な張り切り若夫婦と『まあ、いいんでないかい。ぼちぼちやるべ。』の老夫婦が混在した状況にようやく慣れつつある。

今年のカフェの営業は残り3日間。
いろんなものが混在し、そん中で当たり前にわんこがいる風景を皆様と共に共有することができました。
これからも当たり前を当たり前と感じれる空間を提供して参りたいと思っています。

ともあれメリークリスマス!
 

おやぢ街道まっしぐら 2011年12月23日(金)

  「またアモの言いなりになって…」そんな陰口が聞こえてくるけど、昨日今日の定休日は原始林を散策してきた。

枯死した老木では5匹のエゾリスが忙しそうに冬の晴れ間で遊び、それを見つけたアモは根元に駆け寄り悔しそうに見上げる。

先に目をやると焦げの強い茶色をしたキタキツネが私たちを発見し、そそくさと森に逃げている。
残り香でアモは異変を感じるだろうと予測していたのに全く反応なし。
そこらじゅうにある野ウサギの足跡にも興味はない。

アモは笹薮の根元辺りに生息しているヤチネズミに的を絞っているようだ。
微かな臭いも見逃さず、『絶対いる』と確信した地点では尾の振りが明らかに違う。

傍観している私の視界にヤチネズミが逃げるのが見えた。いろんなトンネルがあってゲリラ戦を熟知しているようだ。
アモは気づいていない。

以前、弱ったヤチネズミをアモが見つけたことがあった。
尾をびゅんびゅん振ったものだから私は『どうするつもりだろう?』と不安になったことがある。
舐めでもしたらエキノコックスの心配をしなきゃいけないから。

でもアモの反応は違った。
『ね、いたでしょ。』と得意気に言いつつ、じっとネズミの動きを観察していただけで、「アモ、もう行くよ」と私が言うと満足そうに次を探し始めていたのだ。

アカゲラがドラミングをするとアモはちゃんと定位して私にその方向を教えてくれる。
今日は遠くでクマゲラの声が聞こえたけど姿を見ることはできなかった。

膝のサポーターとタートルネックそれに靴下が必要だった私は帰宅後、近くのショッピングモールへ出かけて具合が悪くなった。
今日は祝日だったんですね。
あのような人ごみの中で私は生きてはいけないことを改めて感じた。

目を伏せ、小さくなることでしか過ごしようがなかった。
あの時のヤチネズミそのものだ。
別に何をされるわけでもないのに…
 

幸あれ、ブーちゃん。 2011年12月19日(月)

  「ここ数日風邪のような症状が続いて苦しかったものですから病院で診てもらったら『犬アレルギーで、ぜんそくの一歩手前です』と診断されました。残念ですけどブーちゃんを手放すことにしました。」

悲痛な電話が今日あった。

「えっ!」
今年、ぜんそくの苦しさをKを通じて知っていた私は呆然となった。

「それは大変ですね。で、ブーちゃんはどうするんですか?」

ぜんそくの苦しみを知っていたはずなのに、私は飼い主さんへ一声かけただけで、わんこの行く末を心配してしまったことを後になって恥じた。

「ブーはブリーダーさんが引き取ってくれます」との言葉に大きな安堵を覚えた。
とってもいい子だし、まだ生後5か月だから未来はいくらでもある。と思えたからだ。

ごめんなさい。
人間第一が当然なのに、私の頭は瞬間、妙な計算をしてしまった。
アレルゲンから離れる人間は回復する。
でも離されたブーちゃんはどうなるの、って。

ペットショップで購入したわんこならこうはいかなかっただろう。
やっぱわんこは良心的なブリーダーから手に入れるべきである。

途中経過としては良くない状況ではあるが、ブーちゃんに幸多かれと願う。
『あなたはここ2カ月ほどカフェにおいて貴重な体験を積んだので、飼い主にさえ恵まれれば立派なゴールデンになることを保証いたします』
そんな証書を発行したくなった。
 


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