From the North Country

諦めないで! 2011年03月16日(水)

  「Hさんとアランの安否がつかめないんです。どこにも問い合わせようが無いから長崎さんに電話しました。」

震災から5日目の昨日、アランのパピーウォーカー(仔犬時代の育ての親)Nさんから涙に咽ぶ電話がかかってきた。
アランは私が現役時代のパピー犬で、担当者だった私はNさんに様々な仔犬育てのアドバイスを提供していた。
我が家の愛犬アモはアランと同胎児、つまり同じ時に同じ母親から生まれた兄弟でもある。

1年後、アモに盲導犬の素質は無かったが、アランは盲導犬への道を歩んだ。
同じ頃、岩手県釜石市のHさんと私は連絡を取り合っていた。
彼女が盲導犬を希望していたからである。
とても前向きで明るい女性だった。

私が退職したこともあって、その後Hさんがアランという盲導犬を取得したことを私は知らなかった。

そのHさんとアランの消息がこの震災で不明となり5日が経っていた昨日の電話である。
しかも被災したHさんは釜石市在住なのだ。

『大丈夫だよ、きっと何処かの避難所にいるよ』という励ましの言葉すら5日目では空しく感じて言えなかった。

電話を切ってすぐに私は避難所の名簿を検索し、Hさんの安否を各所に問い合わせた。が、どこにもその名前は無く情報も入っていなかった。

来月で10歳を迎えるアモとアラン。
道はそれぞれ違っていたが、たくさんの愛情を受けながら育った愛犬だ。

ヤッター!
重い気持ちで過ごした時間が晴れる瞬間がとうとうやってきた。
つい先ほど(16日20時頃)Hさんとアランの無事が分かったというのだ。
Nさんから電話があった。
「生きてた!無事でしたよ!Hさんもアランも!自宅で生き延びてたそうです。近所の方たちがちゃんとお世話をしてくれていたそうです。ライフラインが繋がらず連絡もできなかったそうです」
その声は昨日とは違う歓喜の涙声だった。

Nさんは震災以来毎日、カレンダーに『Hさんとアランが無事でいますように』と祈りながら書き続けておられたという。
今夜、その言葉を書いている時に無事を知らせる連絡が入ったというのだ。

電話しながら肩を抱き合い喜ぶ感覚を経験した。

すぐに私は、私がこれまで情報提供を求めていた盲導犬ユーザーの会事務局長のYさんに電話を入れた。
「え!そうかい。よかった、よかった。」と今度はYさんが喜んでくれた。
電話なのに肩を抱き合う喜びを再び体験できた。

Hさんとアランは近所の方々に支えられながら無事に生きています。
嬉しい報告を今夜この欄で発信できることを誇りに思います。
アラン、君の体温でHさんを温めておくれ。
 

やりきれない 2011年03月13日(日)

  死んだ人がいる。
「助けて」と叫ぶ人がいる。
探す人がいる。
安否すら確認できない人がいる。
祈る我らがいる。

何がどうあっても、想いが届かない現実が目の前にある。

私たちは彼らを被災者と総称するけど、すべての人々は○○さんという個々人である。
何よりも現地の方々はその痛みを感じておられるはずだ。

だからと言って私たちは当事者にはなれないし、呆然としてもいられない。

でき得るすべてのことを冷静に考えよう。
今はなお救援・救助の時期である。
沖合いや地上のどこかで生きている人は必ずいるはずだ。
彼らを見捨ててはいけない。探そう、助けよう。

その次の復興は、日本人のお家芸だ!
世界に冠たる実績は戦後から阪神大震災に至るまで証明されている。

生きてるかもしれない人々を捜索し、涙を呑みながら希望を抱き、国民総力で復興の力を世界に示そう。

夕べからようやく携帯がたまに使えるようになった。
私が危惧している東北の盲導犬ユーザーの安否情報が把握できつつある。

各社がいろんな携帯を販売している。
だけど、ゲームやテレビ電話・その他の機能は入らない。
“非常時にでも確実に伝わる携帯電話”があれば私は迷わずその電話会社と契約するだろう。

言いたいことはそれぞれにあろうが、今は休戦。
涙する人々が欲することすべてを叶えてあげたいし、生きている人々の声を聞き漏らさずにいたい。
 

何と申しましょうか 2011年03月08日(火)

  日曜日の朝、右半身が固まった。
首から背中が痛く、下を向くのが辛かった。
『あたったのかな?』と、一瞬不安がよぎったが、しびれはなく発語にも異常は無かった。
原因を理解するのにしばらくかかったが『あ!そうか』と膝を打った瞬間、切なくなった。

先週、木金の大雪による除雪作業の疲労が二日遅れでやってきただけのことだった。
二日もかかったんじゃ、ただでさえ物忘れが多くなってる私にピンとくるはずはない。
年を取るってこういうことなんだ。

追い討ちがあった。
昨日の明け方、骨折した左手の指がずきーんと痛んで目が覚めたけど、すぐにまた浅い眠りに入り、夢を見た。
サッカーボールをドリブルしながら迫ってくる人がいる。
正対した私は腰を低くして身構え、相手が左にフェイントをかけたのを見逃さず、左足で思いっきり蹴った。

ドリブルする相手は夢だったのに、思いっきり蹴ったのだけは現実で、私は痛さのあまり悲鳴をあげ壁に穴が空いたのではないかと心配した。

手を骨折した挙句、夢で足を折ったとしたら末代までの語り草である。

その話を今日カフェでしたら「ストレスで情緒不安定になってるんじゃないですか」と宗一郎のTさんに言われ、Kからは「なんでシュートじゃなかったの」と嫌味が返る。

う゛−ん?!
 

いつもの3月の大雪 2011年03月04日(金)

  『春近し』なんて書かなきゃよかった。

この冬最高の吹雪が2日間続き、辺りはすっかり真冬に戻ってしまった。
『積雪○○センチ』って気象情報なんかでは発表しているけど、その場で生活してると???と思わざるを得ない。

だって雪が止み、晴れ間が見えたら私たちは除雪に励むでしょ。
その時点で25センチ位の雪をかき、一息入れてるとまた雪が降り始める。
また25センチ位で一旦雪が止むから除雪する。
そんな作業を二日間で5回は繰り返した。

私の中では合計1メートル以上の雪をかいたことになって、その疲れを正当化するには充分の効果があるはずである。
なのにだ!
この二日間、全く除雪せずに放置した場合、降り積もる雪はその重みで圧縮され、実際には1メートルも降ったはずなのに“30センチ弱”と公表されているのだ。

悔しくて仕方が無いし、必死で除雪し続けた住民の心を踏みにじる報道であるとしか言いようがない!

そこで提案がある。
10センチ積もるごとに一旦計測し、その後同じような手順を繰り返した結果を“降雪量”として公表していただきたい。

除雪作業をした人間は『そんなに降ったんだ。大変だったね』と認めてくれるだけで疲れが癒されるのである。
なのに現状では『あんなに頑張ったのに、それだけかい!』との不満が強く、余計に疲れてしまっているのだ。

科学的な計測は100年先の貴重な資料になるから同じ基準で続けるべきだろうが、たかがマスコミの気象情報なんだから民衆の正直な気持ちを反映させる独自の視点で報道してもらいたい。

やいや、それにしてもひっでぇー雪だったねぇ。
 

春近し 2011年03月01日(火)

  『あけおめ』から早や3ヶ月目に入った。
雪祭りも終わり、大掛かりな排雪作業も2回行われ、道路は走りやすく歩きやすい状態になっている。
ガロアラシ号が活躍するのもあと2回ほどであろうか?

この時期毎年頭を悩ますのが『ガーデンの雪山をいつ吹き飛ばすか』ということであり、それはすなわちガーデンのコンディション不良期間を決める作業となる。

思いはひとつ。
不良期間を最短にし、何処よりも早く春のガーデンにすること。

春なんて黙っててもやって来るのだから自然に任せたっていいじゃない、との思いも確かにある。
だけど、雪山を飛ばし、氷を割り、ゼオライトを投入する努力をすれば3週間程度不良期間を短縮できるのだから、やはり必要な作業であろう。

3月に入った満月の夜に…なんてわけにもいかないから、これからは週間天気予報を睨みながらの判断となる。

まあ、結局は4月末まで雪に振り回され一喜一憂する日々が続くのではあるが…
 

わんこの社会化 2011年02月24日(木)

  KKB(休肝日)は辛いけどTKB(定休日)はいいな。
このところの暖気で雪解けが一気に進んだ今日、平岡公園を散歩すると我が家の愛犬アモは雪を愛しむようにいつまでもゴロンゴロンと転げまわっていた。
見ているだけでこちらも嬉しくなってしまい、『ここの雪が解けたり汚くなったら次はレクの森いや原始林かな』などと算段を立てている。

さて、昨日の動物取扱責任者研修会。
三人の講師の話があったのだが、それぞれに興味深く聞かせていただき、年々研修会の質や中味が上がっていると感じられた。

講師のひとりがアモの主治医S先生だったのだが、これまでの講師とは一味違った見解を述べられていたのが印象的だった。

昨年までは『犬の社会化期は親兄弟と過ごすことが大切』との展開であったのに対し、S先生は『3週令から12週令の社会化期は感染症に留意しつつも、人間社会での様々な経験が必要』との趣旨の話をされたのだ。

それは私の経験上、当然と考えている内容であった。
イヌの生態を観察したいなら長く親兄弟と暮らすのがよいだろう。
しかし、イヌ社会ではなくペット社会、換言すれば家庭犬として暮らしたいのなら仔犬の社会化はイヌ社会ではなく人間社会で行うべきなのである。
さらに言うなら、仔犬の社会化期にそれだけの時間や手間をかける覚悟が飼い主に求められている。
盲導犬のパピーウォーカーがまさにそれであり、仔犬は生後7週令を過ぎて人間と暮らし始める。

よく『親兄弟と長く暮らした方が問題行動の少ない犬になる』と主張するブリーダーなんかがいるが、あれは彼らの勘違いである。
実は親兄弟と一緒にいるから良い子に育っているのではなく、親犬を含めた犬たちをしっかり管理監督しながら育てている人間がいるから、つまりイヌ社会ではなく人間社会で社会化されているから問題行動の少ない犬が育っているのだ。

同じ犬属のキツネやタヌキ、あるいは野良犬が長く親兄弟と暮らしていたなら人間社会でうまくやっていけますか?

仔犬の社会化期に手間ひまをかける余裕の無い人は、ちゃんと面倒を見ているブリーダーからある程度成長したわんこを買うのがいいだろう。

手間ひまと知識のある人は、いい親犬の元から早く仔犬をもらって育てれば格別の喜びを味わえるに違いない。

それにつけても、ペットショップで陳列され、ネットで売り買いされる仔犬たちの哀れさを想い、それら業界への怒りが収まらない。

私の声は大きく主張は荒っぽいが、講演したS先生は研究肌でその声は小さくマイクを通しても聞き取れなかったのが残念である。
もしかしたら先月の人間ドックで指摘された難聴のせい?
 

異なる見解 2011年02月22日(火)

  KKB(休肝日)を実践するようになるとこの欄の更新が滞る。
やれ禁煙だ、やれ禁酒だ、やれ健康だと周りが騒ぐほどに個性が失われ、結果的に周囲に迷惑をかけ不本意な状態での寿命ばかりが延びている。

酒に酔い紫煙の中で毒舌を吐いた老人と、ワッハッハと囃したてた人々がそれなりに生き死にできた古き良き時代を今は懐かしく思い出す。

ともあれ、生かされている今だから飲んだくれた夜くらい毒舌を吐いてみようか。

さてと…
今朝の朝日の社会面に『ペット悪質ネット販売』の大きな文字が躍っていた。
『ネットで買った動物が2日で死んだ、とかのトラブルが急増している』なんて今更驚くことも無い記事なのだが、私が快哉したのは記事の最後にあった業者同士の言い分である。

私は常々『身の毛もよだつ』という枕詞をつけて“生体販売を行うペットショップ”を批判している。

今日の朝日では両者がお互いを批判していた。

いわく、『生体販売をするペットショップ』の全国団体である『全国ペット協会』は、「購入後のフォローが充分にできない」とネット販売を批判しているのに対し、ネット販売サイトからは「そもそも禁止すべきはペットショップの陳列販売」との反論である。

やれ!やれ!もっとやれ!

てめぇら同じ穴のムジナだろ!
言い争ってどちらも滅びてしまえ!
朝日よ、朝日なんだからちゃんと最後まで突っ込めよ!
というのが率直な感想である。

今から1万5〜6千年ほど前、人とイヌはある契約を交わした。
『人に遣える代わりに一生の面倒を見てください』との契約だった。

なのに悪人は人々の善意に付け込み、イヌの心を踏みにじる商売を行い平然と生き延びている。

明日(23日)、動物取扱責任者研修会に参加してくる。
毎年講演をする獣医や行政の担当者の話に私は疑問を感じている。
『イヌは社会化期を親兄弟のもとでちゃんと過ごした方がよく、生後4ヶ月くらいは感染症の危険がある外に出さない方が良い』と先生はのたまう。

あんなのは嘘っぱちだ。
嘘っぱちの講習を受けなければならない辛さがあるけど受けなければカフェは営業できない。

ウソをウソとちゃんと説明できる自分を誇りに思うし、その結果としての素晴らしいわんこに囲まれている今を楽しいと思う。
しらふの時に書けたらいいのだろうが、そうはうまくいかないのが人生なんだな。
 

ああ酔い潰れそう。通じるかな? 2011年02月14日(月)

  Kのブログ『最新情報』では2回の講習会の評価がそのまま映し出されている。

講演した私はというと、『1回目の講習は指の手術のことで情緒が安定しない中での講習であり、2回目の方がマシだった』と率直に思い、『スタート部分の第1章の話は基本中の基本なんだけど、理屈っぽくて好きじゃない』と正直感じている。

もうちょっと掘り下げることができれば、盲導犬のパピーウォーカーに対する講習のように、成長月に応じたアドバイスや具体的指導が可能なのだが、カフェのお客様のわんこたちの年齢は様々なのだ。

ちょっと待てよ。
論文や講習の際の発表の時の項目ってどんなんだったっけ?
大項目があって、第1部とかあって、第1章…次は第1項?でその下は?

年を経ても忘れないことを、金八先生は『教育』とよぶ。
だから私は、忘れてなお残るものを『訓練』と定義している。

愛犬にも子供にも私達にも教育と訓練は必要なのだろうな。

となると、第2章の講習の中味はパピーウォーキングの次の段階である、盲導犬訓練士養成過程となる。

盲導犬育成のプログラムは大別して
1.繁殖
2.パピーウォーキング
3.訓練
4. 指導
5.フォロー
に分けることができる。

私はカフェのお客様を3の『訓練』まで導きたいと思っているし、その中で4の『指導』までを違和感無くできる飼い主さんが生まれたら嬉しく思っている。

KKB(休肝日)の反動で飲みすぎた私には自分が何を書いているかすら分からなくなってしまった。
とにかくここまで書いたので、消去せずアップしてみよう。
 

転ばぬ先の靴 2011年02月12日(土)

  年が明けてから1週間降り続いた大雪には驚かされたが、以後は散発的で、総じて今年の雪はこの地域では少ない気がする。
代わってツルツル路面が出現し、日当たりの良いところではスケートリンクのようになっている。

骨折リハビリ中の私にとって転倒は是非避けたいところだ。
そんな私に強い見方となっているのが昨年買ったアイスバグ。
スウェーデン製のスパイクシューズなのだが、これが実に滑らない。
長持ちさせるためアスファルトを避けてわざわざアイスバーンを選んで歩いてるほど。
難点は建物内で床を傷つけることは無いもののちょっと歩きづらいこと。

そんな中、苫小牧では面白いシューズが話題になっている。
“ブルームボール”というアイスホッケーのようなスポーツがあるのだが、このスポーツはスケートで滑走するのではなくて『走る』。
そのための専用シューズがお年寄りの間で人気となって品薄状態になっているらしい。

先日テレビで見たが絶対に滑らない。わざと滑ろうとしてもつまずいてしまうほど。
靴底全面に柔らかいゴムのような材質の突起があって本当に絶対滑らないようになっている。

あまりの人気に、耐久性に難点があるこの専用シューズを改良し、1万円以上という値段も大量生産によって改善できないか研究されているという。

ブルームボールというスポーツが人気になるかどうかは分からないけど、改良がうまくいけば来冬あたりこのシューズだけはブームになると確信している。

本体がさほど認知されず、その部品や装飾が人気を呼ぶっていう皮肉なことを何て言うんでしたっけ?
今夜KKB(休肝日)の私だから思い出せずにいる。
飲んでさえいれば頭が冴えるのになぁ。
 

忍ちゃん 2011年02月07日(月)

  今週金曜日(11日)は祝日なので、本来なら定休日(木金)を返上して営業するはずですが、当分の間、定休日に祝日が重なってもカフェはお休みとさせていただきます。
知らずにご来店くださるかもしれない方々、本当にごめんなさい、です。

さて、昨日カフェの閉店後いつも通りアモと散歩に出かけ、1時間ほどして戻ると誰かがいる。

Kはニコニコし、カフェには営業時間と同じ明かりが灯されていた。
見ると、盲導犬と女性ユーザーそれにお二人のおばさまがおられた。

「あーら忍ちゃん、久しぶり!」と私は驚き、「なかなかお店を見つけられなくて…」と道に迷った挙句、閉店後にお邪魔したことを忍ちゃんは侘びた。

近くの大型ショッピングセンターまでお二人の車に同乗させてもらって来たものだから、ついでにカフェを訪ねようとしたものの迷ってしまって遅くに到着したということだった。

そんなことより、私達にはカフェを訪ねてくれたことが嬉しく、Kの笑顔がそれを物語っていた。

「修さんの通夜の時はごめんね。」と今度は私が侘びた。
「ほんとだよ、恥ずかしかった。だっていきなり『長崎だよ。おしっこ出てるかい?』って久しぶりに会ったのに、通夜の席で私に言うんだよ。」と忍ちゃん。

私にしてみれば、糖尿病で失明し長年人工透析を受けていた忍ちゃんが腎臓移植を受けていたことを知っているものだから、『元気かい?』の意味で『おしっこ出てるかい?』と正直な言葉を発したのだが、通夜で静まり返っている会場では相応しくはなかったかもしれない。

実はね、あれは通夜の当事者である“故”修さんにも聞こえるように大き目の声で言ったんだよ。
修さんも生前から忍さんのこと心配してたからね。

忍さんと私が出会ったのは彼女が29歳の時。
失明してまもない時期だった。

失意のどん底にいた17年前、彼女とお姉さんと二人暮らしの部屋に私は出向き、“中途視覚障害が何たるか”を私はとうとうと喋ったらしい。

「あの時、長崎さんが言ったんだよね。『人生は終わったんじゃなくて、変わったんだってことをこれからどう受け止めるかが大切なんだ』って。」と忍さん。
そう言った記憶はおぼろげながら確かに私にもあった。

正直に言えば、技術的にも制度的にもチャレンジできる体制が私が勤めていた北海道盲導犬協会には確かに“潜在的に”あった時期なのに、具体的に発揮できていない時期と重なっていた。

「でもね」と忍さんは続け「あの時、長崎さんは『目が見えなくてもいろんなことができるんだよ』って熱弁をふるってたけど、私が心の奥で感じていたのは『私は死ななくてもいいんだ。生き続けていいんだ』って思えたことなんですよ。ありがとうね、長崎さん。」という感動的な言葉を吐露してくれた。

技術や制度が確立していなくても補えるのは、いつの時代もそこに生きる人たちの心なのだろう。
少しは人のお役に立てた過去があったことをボケる前に聞けたことがちょっと嬉しかった。
 


- Web Diary ver 1.26 -