From the North Country

春近し 2011年03月01日(火)

  『あけおめ』から早や3ヶ月目に入った。
雪祭りも終わり、大掛かりな排雪作業も2回行われ、道路は走りやすく歩きやすい状態になっている。
ガロアラシ号が活躍するのもあと2回ほどであろうか?

この時期毎年頭を悩ますのが『ガーデンの雪山をいつ吹き飛ばすか』ということであり、それはすなわちガーデンのコンディション不良期間を決める作業となる。

思いはひとつ。
不良期間を最短にし、何処よりも早く春のガーデンにすること。

春なんて黙っててもやって来るのだから自然に任せたっていいじゃない、との思いも確かにある。
だけど、雪山を飛ばし、氷を割り、ゼオライトを投入する努力をすれば3週間程度不良期間を短縮できるのだから、やはり必要な作業であろう。

3月に入った満月の夜に…なんてわけにもいかないから、これからは週間天気予報を睨みながらの判断となる。

まあ、結局は4月末まで雪に振り回され一喜一憂する日々が続くのではあるが…
 

わんこの社会化 2011年02月24日(木)

  KKB(休肝日)は辛いけどTKB(定休日)はいいな。
このところの暖気で雪解けが一気に進んだ今日、平岡公園を散歩すると我が家の愛犬アモは雪を愛しむようにいつまでもゴロンゴロンと転げまわっていた。
見ているだけでこちらも嬉しくなってしまい、『ここの雪が解けたり汚くなったら次はレクの森いや原始林かな』などと算段を立てている。

さて、昨日の動物取扱責任者研修会。
三人の講師の話があったのだが、それぞれに興味深く聞かせていただき、年々研修会の質や中味が上がっていると感じられた。

講師のひとりがアモの主治医S先生だったのだが、これまでの講師とは一味違った見解を述べられていたのが印象的だった。

昨年までは『犬の社会化期は親兄弟と過ごすことが大切』との展開であったのに対し、S先生は『3週令から12週令の社会化期は感染症に留意しつつも、人間社会での様々な経験が必要』との趣旨の話をされたのだ。

それは私の経験上、当然と考えている内容であった。
イヌの生態を観察したいなら長く親兄弟と暮らすのがよいだろう。
しかし、イヌ社会ではなくペット社会、換言すれば家庭犬として暮らしたいのなら仔犬の社会化はイヌ社会ではなく人間社会で行うべきなのである。
さらに言うなら、仔犬の社会化期にそれだけの時間や手間をかける覚悟が飼い主に求められている。
盲導犬のパピーウォーカーがまさにそれであり、仔犬は生後7週令を過ぎて人間と暮らし始める。

よく『親兄弟と長く暮らした方が問題行動の少ない犬になる』と主張するブリーダーなんかがいるが、あれは彼らの勘違いである。
実は親兄弟と一緒にいるから良い子に育っているのではなく、親犬を含めた犬たちをしっかり管理監督しながら育てている人間がいるから、つまりイヌ社会ではなく人間社会で社会化されているから問題行動の少ない犬が育っているのだ。

同じ犬属のキツネやタヌキ、あるいは野良犬が長く親兄弟と暮らしていたなら人間社会でうまくやっていけますか?

仔犬の社会化期に手間ひまをかける余裕の無い人は、ちゃんと面倒を見ているブリーダーからある程度成長したわんこを買うのがいいだろう。

手間ひまと知識のある人は、いい親犬の元から早く仔犬をもらって育てれば格別の喜びを味わえるに違いない。

それにつけても、ペットショップで陳列され、ネットで売り買いされる仔犬たちの哀れさを想い、それら業界への怒りが収まらない。

私の声は大きく主張は荒っぽいが、講演したS先生は研究肌でその声は小さくマイクを通しても聞き取れなかったのが残念である。
もしかしたら先月の人間ドックで指摘された難聴のせい?
 

異なる見解 2011年02月22日(火)

  KKB(休肝日)を実践するようになるとこの欄の更新が滞る。
やれ禁煙だ、やれ禁酒だ、やれ健康だと周りが騒ぐほどに個性が失われ、結果的に周囲に迷惑をかけ不本意な状態での寿命ばかりが延びている。

酒に酔い紫煙の中で毒舌を吐いた老人と、ワッハッハと囃したてた人々がそれなりに生き死にできた古き良き時代を今は懐かしく思い出す。

ともあれ、生かされている今だから飲んだくれた夜くらい毒舌を吐いてみようか。

さてと…
今朝の朝日の社会面に『ペット悪質ネット販売』の大きな文字が躍っていた。
『ネットで買った動物が2日で死んだ、とかのトラブルが急増している』なんて今更驚くことも無い記事なのだが、私が快哉したのは記事の最後にあった業者同士の言い分である。

私は常々『身の毛もよだつ』という枕詞をつけて“生体販売を行うペットショップ”を批判している。

今日の朝日では両者がお互いを批判していた。

いわく、『生体販売をするペットショップ』の全国団体である『全国ペット協会』は、「購入後のフォローが充分にできない」とネット販売を批判しているのに対し、ネット販売サイトからは「そもそも禁止すべきはペットショップの陳列販売」との反論である。

やれ!やれ!もっとやれ!

てめぇら同じ穴のムジナだろ!
言い争ってどちらも滅びてしまえ!
朝日よ、朝日なんだからちゃんと最後まで突っ込めよ!
というのが率直な感想である。

今から1万5〜6千年ほど前、人とイヌはある契約を交わした。
『人に遣える代わりに一生の面倒を見てください』との契約だった。

なのに悪人は人々の善意に付け込み、イヌの心を踏みにじる商売を行い平然と生き延びている。

明日(23日)、動物取扱責任者研修会に参加してくる。
毎年講演をする獣医や行政の担当者の話に私は疑問を感じている。
『イヌは社会化期を親兄弟のもとでちゃんと過ごした方がよく、生後4ヶ月くらいは感染症の危険がある外に出さない方が良い』と先生はのたまう。

あんなのは嘘っぱちだ。
嘘っぱちの講習を受けなければならない辛さがあるけど受けなければカフェは営業できない。

ウソをウソとちゃんと説明できる自分を誇りに思うし、その結果としての素晴らしいわんこに囲まれている今を楽しいと思う。
しらふの時に書けたらいいのだろうが、そうはうまくいかないのが人生なんだな。
 

ああ酔い潰れそう。通じるかな? 2011年02月14日(月)

  Kのブログ『最新情報』では2回の講習会の評価がそのまま映し出されている。

講演した私はというと、『1回目の講習は指の手術のことで情緒が安定しない中での講習であり、2回目の方がマシだった』と率直に思い、『スタート部分の第1章の話は基本中の基本なんだけど、理屈っぽくて好きじゃない』と正直感じている。

もうちょっと掘り下げることができれば、盲導犬のパピーウォーカーに対する講習のように、成長月に応じたアドバイスや具体的指導が可能なのだが、カフェのお客様のわんこたちの年齢は様々なのだ。

ちょっと待てよ。
論文や講習の際の発表の時の項目ってどんなんだったっけ?
大項目があって、第1部とかあって、第1章…次は第1項?でその下は?

年を経ても忘れないことを、金八先生は『教育』とよぶ。
だから私は、忘れてなお残るものを『訓練』と定義している。

愛犬にも子供にも私達にも教育と訓練は必要なのだろうな。

となると、第2章の講習の中味はパピーウォーキングの次の段階である、盲導犬訓練士養成過程となる。

盲導犬育成のプログラムは大別して
1.繁殖
2.パピーウォーキング
3.訓練
4. 指導
5.フォロー
に分けることができる。

私はカフェのお客様を3の『訓練』まで導きたいと思っているし、その中で4の『指導』までを違和感無くできる飼い主さんが生まれたら嬉しく思っている。

KKB(休肝日)の反動で飲みすぎた私には自分が何を書いているかすら分からなくなってしまった。
とにかくここまで書いたので、消去せずアップしてみよう。
 

転ばぬ先の靴 2011年02月12日(土)

  年が明けてから1週間降り続いた大雪には驚かされたが、以後は散発的で、総じて今年の雪はこの地域では少ない気がする。
代わってツルツル路面が出現し、日当たりの良いところではスケートリンクのようになっている。

骨折リハビリ中の私にとって転倒は是非避けたいところだ。
そんな私に強い見方となっているのが昨年買ったアイスバグ。
スウェーデン製のスパイクシューズなのだが、これが実に滑らない。
長持ちさせるためアスファルトを避けてわざわざアイスバーンを選んで歩いてるほど。
難点は建物内で床を傷つけることは無いもののちょっと歩きづらいこと。

そんな中、苫小牧では面白いシューズが話題になっている。
“ブルームボール”というアイスホッケーのようなスポーツがあるのだが、このスポーツはスケートで滑走するのではなくて『走る』。
そのための専用シューズがお年寄りの間で人気となって品薄状態になっているらしい。

先日テレビで見たが絶対に滑らない。わざと滑ろうとしてもつまずいてしまうほど。
靴底全面に柔らかいゴムのような材質の突起があって本当に絶対滑らないようになっている。

あまりの人気に、耐久性に難点があるこの専用シューズを改良し、1万円以上という値段も大量生産によって改善できないか研究されているという。

ブルームボールというスポーツが人気になるかどうかは分からないけど、改良がうまくいけば来冬あたりこのシューズだけはブームになると確信している。

本体がさほど認知されず、その部品や装飾が人気を呼ぶっていう皮肉なことを何て言うんでしたっけ?
今夜KKB(休肝日)の私だから思い出せずにいる。
飲んでさえいれば頭が冴えるのになぁ。
 

忍ちゃん 2011年02月07日(月)

  今週金曜日(11日)は祝日なので、本来なら定休日(木金)を返上して営業するはずですが、当分の間、定休日に祝日が重なってもカフェはお休みとさせていただきます。
知らずにご来店くださるかもしれない方々、本当にごめんなさい、です。

さて、昨日カフェの閉店後いつも通りアモと散歩に出かけ、1時間ほどして戻ると誰かがいる。

Kはニコニコし、カフェには営業時間と同じ明かりが灯されていた。
見ると、盲導犬と女性ユーザーそれにお二人のおばさまがおられた。

「あーら忍ちゃん、久しぶり!」と私は驚き、「なかなかお店を見つけられなくて…」と道に迷った挙句、閉店後にお邪魔したことを忍ちゃんは侘びた。

近くの大型ショッピングセンターまでお二人の車に同乗させてもらって来たものだから、ついでにカフェを訪ねようとしたものの迷ってしまって遅くに到着したということだった。

そんなことより、私達にはカフェを訪ねてくれたことが嬉しく、Kの笑顔がそれを物語っていた。

「修さんの通夜の時はごめんね。」と今度は私が侘びた。
「ほんとだよ、恥ずかしかった。だっていきなり『長崎だよ。おしっこ出てるかい?』って久しぶりに会ったのに、通夜の席で私に言うんだよ。」と忍ちゃん。

私にしてみれば、糖尿病で失明し長年人工透析を受けていた忍ちゃんが腎臓移植を受けていたことを知っているものだから、『元気かい?』の意味で『おしっこ出てるかい?』と正直な言葉を発したのだが、通夜で静まり返っている会場では相応しくはなかったかもしれない。

実はね、あれは通夜の当事者である“故”修さんにも聞こえるように大き目の声で言ったんだよ。
修さんも生前から忍さんのこと心配してたからね。

忍さんと私が出会ったのは彼女が29歳の時。
失明してまもない時期だった。

失意のどん底にいた17年前、彼女とお姉さんと二人暮らしの部屋に私は出向き、“中途視覚障害が何たるか”を私はとうとうと喋ったらしい。

「あの時、長崎さんが言ったんだよね。『人生は終わったんじゃなくて、変わったんだってことをこれからどう受け止めるかが大切なんだ』って。」と忍さん。
そう言った記憶はおぼろげながら確かに私にもあった。

正直に言えば、技術的にも制度的にもチャレンジできる体制が私が勤めていた北海道盲導犬協会には確かに“潜在的に”あった時期なのに、具体的に発揮できていない時期と重なっていた。

「でもね」と忍さんは続け「あの時、長崎さんは『目が見えなくてもいろんなことができるんだよ』って熱弁をふるってたけど、私が心の奥で感じていたのは『私は死ななくてもいいんだ。生き続けていいんだ』って思えたことなんですよ。ありがとうね、長崎さん。」という感動的な言葉を吐露してくれた。

技術や制度が確立していなくても補えるのは、いつの時代もそこに生きる人たちの心なのだろう。
少しは人のお役に立てた過去があったことをボケる前に聞けたことがちょっと嬉しかった。
 

変わりつつ変わらぬ主張 2011年02月02日(水)

  「美味しいって評判のシチュー屋さんに行ってきました。昼時なんて予約しないと入れないって聞いていたのに、今日は3組しかいなかったんですよ」
大雪が降った昨日、Nさんがカフェでそう話してくれた。
うちのカフェはお陰様でNさんで4組目でした。
厳しい状況の中、ちょっとだけ強がりを言ってしまった。

「先生、大丈夫ですか?」
私の左手を心配して今日皆さんが声をかけてくださった。
「リハビリが痛いけど大丈夫」と返事をし、術後のレントゲン写真のコピーを私は見せる。

それにはわずか3センチ程度の骨折部位に1枚のプレートと7本もの釘が打ち込まれている。
『えっ!こんなに打ち込むんですか?」と皆さんは驚かれた。
素人目に見れば骨折部位が砕け散ってもおかしくないような仰々しい接合写真が白く浮き上がっている。

「あの病院は若手を育てるために真剣に向き合っているのでしょう。私の手術の時にはきっと7人の研修医がいてひとり1本ずつ打ち込んだのかもしれないですね。」と茶化してみせた。

それが現実であったとしても私は一向に構わないと思っている。
1年365日24時間あいてる病院を維持する中で私が標本や実験台になることを拒否する理由などない。

事務員、看護師、研修医、麻酔科医、担当医それぞれの経験に役立てていただけるなら本望である。
ただ、ちょっと気になるのは担当医の横柄さと自信の過剰さであろうか。
若い医師にはそれも必要なプロセスであろう。

人生を振り返るといろんなことが見えてくるものだ。
高齢者の知恵はそんなことを格言に代えて代弁することもあるようだが、失敗のテツを踏むこと自体が大切なことだってある。
医者で言うなら、死なせてみて初めてその重さに気づくこともあろう。

私の場合、指の骨折程度で幸いであるが、担当するわんこと飼い主の想いを共有する基本姿勢だけは忘れてはいけない、そんな原則を再び意識し、そのうえでこれからも正当に接することの誓いを立てた体験だった。

つまりは、これまで通り誠実に破天荒と思われかねない接し方に必要があれば修正を加えながら実践していくのみということである。

『何が必要か』ということを感じる感性が大切なのだろうが、人間ドックや病院ではそこまで教えてはくれない。
自らがその事態になることを含め、日頃から共感する姿勢こそが重要なのである。
 

気持ちを書いたはずなのに、酔い潰れて読み返しができない 2011年01月31日(月)

  まあ、いってみれば踏んだり蹴ったりの1年が始まり、早くもその12分の1が今日で終わる。

指の治療と、思った以上に苦痛を伴うリハビリ。
人間ドックで精密検査を指摘されたヤバイ部位を治療するか受け入れてそれなりに生きるか。
取捨選択するのは医者ではなく自分なのだ。との現実に直面している。

だから患者として私もあれやこれやと医者に情報を求めたがっている。

「9歳にもなったわんこの無駄吠えをやめさせるには、どうすれば?」
先日の講習会に参加したNさんが今日もしつこく私に問い質した。
私は指のリハビリをしながら聞こえないふりをしていたのに、Kが『何とか言いなさいよ』と背中を突っつく。

あと半年で57になる私と9歳のわんこは換算すれば同じほどの年齢で、人生の酸いも甘いも知り尽くしており、今更とやかく言われても『はいはい、そうですか』なんて一筋縄ではいかない、言わば同志である。

その同志に対して私に意見を求められることに深いためらいがあったのだ。
『今更言うな!』
それが私の本音である。

だけど、質問があまりにもしつこいので、私は「吠えた時に『あの位の雑誌を』と指差して、あれを2冊重ねて犬に放り投げなさい。そして次にわんこが吠えそうな時に睨みつけてやりなさい」と言い放った。

そしてその効果は雑誌の重さもさることながら、それを放り投げる人間の意志の重さこそが大切なのだと付け加えた。

56年もの間、人間ドックを拒否し続けた私が今回渋々であれ受けることにし、予期せぬ骨折によるリハビリに歯を食いしばっているのは、他でもない、Kの気迫に圧倒されているからだと振り返る。
『ここがポイント!』とKは読んだのだろう。

犬を相手に『ここがポイント』を知り尽くしている私のツボにズバリ入り込んだKの見事なコントロールであった。

『Kのことは俺が絶対守る』
なんて意気込んでいたのに、2冊の本が私に投げつけられた気分だ。
犬で言えば『無駄吠え』を一時的に止め、Kの意図を確認している段階といえよう。
 

老いの狭間で 2011年01月30日(日)

  手術翌朝、担当医が私のベッドにやって来て術後の手を触るや否やぐうっと痛い指を手のひらに曲げた。
「うぎゃー」と叫ぶ私。
「今日から2週間が勝負ですよ。リハビリしないと腱が癒着しますよ」
そう言い残してすぐにいなくなった。

術後で腫れた指はさらに腫れあがり、気持ちとは反対に思うようには動かなくなったまま私は退院してきた。

その日たまたまお預かりだったラブラドール/バービーの飼い主Mさんが整形外科のお医者さんだったこともあり、引取りの際私は尋ねてみた。

「手術翌日からリハビリした方がいいのですか?」と。
Mさんは「詳しい状況が分からないから確かなことは言えないけど、腫れてると曲がらないでしょ?今日は無理しない方がいいんじゃないですか。まあいろんな考え方がありますからね…」との助言。

甘い助言はすぐに受け入れるのが私の流儀だからその日は無理をせず、痛みが引いた今日から指を動かし始めた。

折りしも1週間ぶりの降雪で今夜さらっと除雪したのだが、ガロアラシ号の扱いに不便は無かった。
『いいんでないかい』
おかげさまでひとまず順調な回復をしております。

そんな時に先日受けた人間ドックの正式な評価が郵送されてきた。

即、命に関わるものはなかったことに安堵しつつ、その評価がCだEだという警告的な表現であったにも関わらず、昔の自分宛の通信簿のようで親しみ深く感じてしまった。

順調にそれなりに老いているということだろう。

内臓系のことは別にして、モスキート音など高音域での難聴が顕著らしい。
美しい音楽を正確に聴けなくなった寂しさはあるが、美しいと感じる感性だけはいつまでも残ると信じていたいな。
 

つい先ほど意識が戻った 2011年01月27日(木)

  昨日からKKB(休肝日)。って、全然短かくなってないし、日本語だし。

今日の午後に骨折部分の手術のため入院することになっていた。
そのため夕べから断酒生活。
マルクの父さんは昨年から禁煙したらしいが禁酒は無理と言ってた。
私の場合、どちらかといえば断酒は簡単で酒の代わりにウーロン茶をがぶ飲みすれば我慢できる。

ともあれ、13時に入院し14時半には手術室で意識を失い、16時半に麻酔が覚めた。
気がつくと左手は包帯に巻かれて宙吊り状態だったが、これまでのところ激しい痛みはない。

夕べからなにも食べてないので腹が減った。
食べますか?と看護師がきくので頷くと18時に夕食が運ばれ完食。
ともあれ手術は無事終わり、今夜はここで一泊し明日午前中に帰宅する。

左手は宙吊り、右手には点滴のチューブ、口には酸素マスクの状態で、IPADを使い病室から長崎が実況でお伝えしました。
 


- Web Diary ver 1.26 -