From the North Country

忍ちゃん 2011年02月07日(月)

  今週金曜日(11日)は祝日なので、本来なら定休日(木金)を返上して営業するはずですが、当分の間、定休日に祝日が重なってもカフェはお休みとさせていただきます。
知らずにご来店くださるかもしれない方々、本当にごめんなさい、です。

さて、昨日カフェの閉店後いつも通りアモと散歩に出かけ、1時間ほどして戻ると誰かがいる。

Kはニコニコし、カフェには営業時間と同じ明かりが灯されていた。
見ると、盲導犬と女性ユーザーそれにお二人のおばさまがおられた。

「あーら忍ちゃん、久しぶり!」と私は驚き、「なかなかお店を見つけられなくて…」と道に迷った挙句、閉店後にお邪魔したことを忍ちゃんは侘びた。

近くの大型ショッピングセンターまでお二人の車に同乗させてもらって来たものだから、ついでにカフェを訪ねようとしたものの迷ってしまって遅くに到着したということだった。

そんなことより、私達にはカフェを訪ねてくれたことが嬉しく、Kの笑顔がそれを物語っていた。

「修さんの通夜の時はごめんね。」と今度は私が侘びた。
「ほんとだよ、恥ずかしかった。だっていきなり『長崎だよ。おしっこ出てるかい?』って久しぶりに会ったのに、通夜の席で私に言うんだよ。」と忍ちゃん。

私にしてみれば、糖尿病で失明し長年人工透析を受けていた忍ちゃんが腎臓移植を受けていたことを知っているものだから、『元気かい?』の意味で『おしっこ出てるかい?』と正直な言葉を発したのだが、通夜で静まり返っている会場では相応しくはなかったかもしれない。

実はね、あれは通夜の当事者である“故”修さんにも聞こえるように大き目の声で言ったんだよ。
修さんも生前から忍さんのこと心配してたからね。

忍さんと私が出会ったのは彼女が29歳の時。
失明してまもない時期だった。

失意のどん底にいた17年前、彼女とお姉さんと二人暮らしの部屋に私は出向き、“中途視覚障害が何たるか”を私はとうとうと喋ったらしい。

「あの時、長崎さんが言ったんだよね。『人生は終わったんじゃなくて、変わったんだってことをこれからどう受け止めるかが大切なんだ』って。」と忍さん。
そう言った記憶はおぼろげながら確かに私にもあった。

正直に言えば、技術的にも制度的にもチャレンジできる体制が私が勤めていた北海道盲導犬協会には確かに“潜在的に”あった時期なのに、具体的に発揮できていない時期と重なっていた。

「でもね」と忍さんは続け「あの時、長崎さんは『目が見えなくてもいろんなことができるんだよ』って熱弁をふるってたけど、私が心の奥で感じていたのは『私は死ななくてもいいんだ。生き続けていいんだ』って思えたことなんですよ。ありがとうね、長崎さん。」という感動的な言葉を吐露してくれた。

技術や制度が確立していなくても補えるのは、いつの時代もそこに生きる人たちの心なのだろう。
少しは人のお役に立てた過去があったことをボケる前に聞けたことがちょっと嬉しかった。
 

変わりつつ変わらぬ主張 2011年02月02日(水)

  「美味しいって評判のシチュー屋さんに行ってきました。昼時なんて予約しないと入れないって聞いていたのに、今日は3組しかいなかったんですよ」
大雪が降った昨日、Nさんがカフェでそう話してくれた。
うちのカフェはお陰様でNさんで4組目でした。
厳しい状況の中、ちょっとだけ強がりを言ってしまった。

「先生、大丈夫ですか?」
私の左手を心配して今日皆さんが声をかけてくださった。
「リハビリが痛いけど大丈夫」と返事をし、術後のレントゲン写真のコピーを私は見せる。

それにはわずか3センチ程度の骨折部位に1枚のプレートと7本もの釘が打ち込まれている。
『えっ!こんなに打ち込むんですか?」と皆さんは驚かれた。
素人目に見れば骨折部位が砕け散ってもおかしくないような仰々しい接合写真が白く浮き上がっている。

「あの病院は若手を育てるために真剣に向き合っているのでしょう。私の手術の時にはきっと7人の研修医がいてひとり1本ずつ打ち込んだのかもしれないですね。」と茶化してみせた。

それが現実であったとしても私は一向に構わないと思っている。
1年365日24時間あいてる病院を維持する中で私が標本や実験台になることを拒否する理由などない。

事務員、看護師、研修医、麻酔科医、担当医それぞれの経験に役立てていただけるなら本望である。
ただ、ちょっと気になるのは担当医の横柄さと自信の過剰さであろうか。
若い医師にはそれも必要なプロセスであろう。

人生を振り返るといろんなことが見えてくるものだ。
高齢者の知恵はそんなことを格言に代えて代弁することもあるようだが、失敗のテツを踏むこと自体が大切なことだってある。
医者で言うなら、死なせてみて初めてその重さに気づくこともあろう。

私の場合、指の骨折程度で幸いであるが、担当するわんこと飼い主の想いを共有する基本姿勢だけは忘れてはいけない、そんな原則を再び意識し、そのうえでこれからも正当に接することの誓いを立てた体験だった。

つまりは、これまで通り誠実に破天荒と思われかねない接し方に必要があれば修正を加えながら実践していくのみということである。

『何が必要か』ということを感じる感性が大切なのだろうが、人間ドックや病院ではそこまで教えてはくれない。
自らがその事態になることを含め、日頃から共感する姿勢こそが重要なのである。
 

気持ちを書いたはずなのに、酔い潰れて読み返しができない 2011年01月31日(月)

  まあ、いってみれば踏んだり蹴ったりの1年が始まり、早くもその12分の1が今日で終わる。

指の治療と、思った以上に苦痛を伴うリハビリ。
人間ドックで精密検査を指摘されたヤバイ部位を治療するか受け入れてそれなりに生きるか。
取捨選択するのは医者ではなく自分なのだ。との現実に直面している。

だから患者として私もあれやこれやと医者に情報を求めたがっている。

「9歳にもなったわんこの無駄吠えをやめさせるには、どうすれば?」
先日の講習会に参加したNさんが今日もしつこく私に問い質した。
私は指のリハビリをしながら聞こえないふりをしていたのに、Kが『何とか言いなさいよ』と背中を突っつく。

あと半年で57になる私と9歳のわんこは換算すれば同じほどの年齢で、人生の酸いも甘いも知り尽くしており、今更とやかく言われても『はいはい、そうですか』なんて一筋縄ではいかない、言わば同志である。

その同志に対して私に意見を求められることに深いためらいがあったのだ。
『今更言うな!』
それが私の本音である。

だけど、質問があまりにもしつこいので、私は「吠えた時に『あの位の雑誌を』と指差して、あれを2冊重ねて犬に放り投げなさい。そして次にわんこが吠えそうな時に睨みつけてやりなさい」と言い放った。

そしてその効果は雑誌の重さもさることながら、それを放り投げる人間の意志の重さこそが大切なのだと付け加えた。

56年もの間、人間ドックを拒否し続けた私が今回渋々であれ受けることにし、予期せぬ骨折によるリハビリに歯を食いしばっているのは、他でもない、Kの気迫に圧倒されているからだと振り返る。
『ここがポイント!』とKは読んだのだろう。

犬を相手に『ここがポイント』を知り尽くしている私のツボにズバリ入り込んだKの見事なコントロールであった。

『Kのことは俺が絶対守る』
なんて意気込んでいたのに、2冊の本が私に投げつけられた気分だ。
犬で言えば『無駄吠え』を一時的に止め、Kの意図を確認している段階といえよう。
 

老いの狭間で 2011年01月30日(日)

  手術翌朝、担当医が私のベッドにやって来て術後の手を触るや否やぐうっと痛い指を手のひらに曲げた。
「うぎゃー」と叫ぶ私。
「今日から2週間が勝負ですよ。リハビリしないと腱が癒着しますよ」
そう言い残してすぐにいなくなった。

術後で腫れた指はさらに腫れあがり、気持ちとは反対に思うようには動かなくなったまま私は退院してきた。

その日たまたまお預かりだったラブラドール/バービーの飼い主Mさんが整形外科のお医者さんだったこともあり、引取りの際私は尋ねてみた。

「手術翌日からリハビリした方がいいのですか?」と。
Mさんは「詳しい状況が分からないから確かなことは言えないけど、腫れてると曲がらないでしょ?今日は無理しない方がいいんじゃないですか。まあいろんな考え方がありますからね…」との助言。

甘い助言はすぐに受け入れるのが私の流儀だからその日は無理をせず、痛みが引いた今日から指を動かし始めた。

折りしも1週間ぶりの降雪で今夜さらっと除雪したのだが、ガロアラシ号の扱いに不便は無かった。
『いいんでないかい』
おかげさまでひとまず順調な回復をしております。

そんな時に先日受けた人間ドックの正式な評価が郵送されてきた。

即、命に関わるものはなかったことに安堵しつつ、その評価がCだEだという警告的な表現であったにも関わらず、昔の自分宛の通信簿のようで親しみ深く感じてしまった。

順調にそれなりに老いているということだろう。

内臓系のことは別にして、モスキート音など高音域での難聴が顕著らしい。
美しい音楽を正確に聴けなくなった寂しさはあるが、美しいと感じる感性だけはいつまでも残ると信じていたいな。
 

つい先ほど意識が戻った 2011年01月27日(木)

  昨日からKKB(休肝日)。って、全然短かくなってないし、日本語だし。

今日の午後に骨折部分の手術のため入院することになっていた。
そのため夕べから断酒生活。
マルクの父さんは昨年から禁煙したらしいが禁酒は無理と言ってた。
私の場合、どちらかといえば断酒は簡単で酒の代わりにウーロン茶をがぶ飲みすれば我慢できる。

ともあれ、13時に入院し14時半には手術室で意識を失い、16時半に麻酔が覚めた。
気がつくと左手は包帯に巻かれて宙吊り状態だったが、これまでのところ激しい痛みはない。

夕べからなにも食べてないので腹が減った。
食べますか?と看護師がきくので頷くと18時に夕食が運ばれ完食。
ともあれ手術は無事終わり、今夜はここで一泊し明日午前中に帰宅する。

左手は宙吊り、右手には点滴のチューブ、口には酸素マスクの状態で、IPADを使い病室から長崎が実況でお伝えしました。
 

初めての人間ドックと、初めての完全骨折 2011年01月22日(土)

  1ヶ月遅れのKからのクリスマスプレゼントはとんでもない贈り物だった。

「何があっても、どうしても!」との迫力に押され、とうとう私は先日の定休日に1泊2日の人間ドックに送り込まれることになった。
もちろん生まれて初めての体験である。

50歳以上(だったかな)の札幌市民が無料で受けられる『やわらぎ健診?やすらぎ健診?あ、健やか健診』ですら、4〜5年前に「一緒に受けるなら」と渋々受けたことがあるが、お金を払ってしかも一人で1泊するなんてもったいないし不安でしょうがなかった。

「もし病気が見つかったらどうするのよ?たばこは一箱減ったとはいえ40本、焼酎4合だぞ!それも何十年。何かあるに決まってるべや」

かくして私は1泊してきた。

木村カエラそっくりの看護師が担当で、しかも患者扱いではなくお客様待遇。
部屋はビジネスホテル程度でまあまあ。ってなわけでちょっといい感じ。

だがそれも束の間。測定だ、採血だ、レントゲンだ、CT(初体験)だ、終いにはカエラに○○までされてしまった。
「出したくなるでしょうが、できるだけ我慢してください」
二人っきりの個室での会話と行為にどれだけの含みを持たせることができようぞ。
「できるだけって大体どれくらい?」
「3分っていわれてますけど、もつかなあ?」
これが精一杯でつまりは浣腸の話とは情けない。

翌日、血糖値の負荷テストの採血中「長崎さん、この保健婦さんがドッグカフェに興味あるんですって」と、メタボ健診では絶対引っかかる体型の女性を見ながらカエラが紹介した。
「ドッグカフェってどんなお店なんですか?」とメタボ保健婦。
「わんこが遊べて、飼い主さんが食事できたりするところ」
「え?美味しいホットドックのお店じゃないんですか?」と再び保健婦。
「それじゃ、ここの人間ドックは俺をコッペパンに挟むつもりか?」
血糖値も上がるはずだ。

で、次に胃カメラを飲むことになった。
「口からにしますか、それとも鼻から?」
ロンジュリちゃんの飼い主であるK夫妻から「鼻の方が楽だと言われて検査したらひどい目に遭いました」という話を聞いていた私は「どう思う?」とカエラに相談した。
「私は鼻からしましたけど、うんと楽でしたよ」とカエラ。

信じて挑戦した結果を知りたければカフェでお尋ねあれ。
ともあれ、2日間の検査を終え安住の家に戻ることができた。
帰る際には人間ドックならでは?の、にこやかな挨拶をカエラから受けた。
「長崎さーん、またお待ちしてまーす!」って、『ここ本当に病院だよな』と新たな体験ではあった。

で、今日のカフェ。
ガーデンの雪山にトンネルが開通し、わんこと遊びながらトンネルくぐりをさせようとした瞬間、首輪を持っていたわんこが雪山にジャンプ。
予想していた行動だったのに、首輪のリングに私の指が絡んで“ボキッ”という音がした。

私の不注意で飼い主やカフェの皆様にご心配をおかけしました。
レントゲンを診ると左手薬指は、犬が食べるとお腹に刺さる鳥の骨のように、綺麗に斜めに尖って折れてました。
私を食べるような行為をすると危険であることがはっきりした。

とにかく、ご迷惑かけて本当にごめんなさい。
でも、おかげで夕食には美味しいとんかつを差し入れていただき大満足です。

今日、私からの1ヶ月遅れのクリスマスプレゼントの服がKに届いた。
人生っていろいろあって面白い。
だから人間やめたくないんだよね。
 

大雪は北国の精霊流し 2011年01月17日(月)

  3が日が明けてからの2週間、連日のように雪が降り積もり客足は遠のいている。
高速は通行止め、JRの時刻表はあってないような状態、一般道は渋滞続き。ってことは皆さん毎日除雪作業の日々ということらしい。
まあ、こんな情報は役に立たないかもしれないが『カフェは日々ちゃんと除雪され、定刻どおり営業しております』

なんて書きながら念のため外を見てぎょっとした。
今夜は相当ヤバイことになっているぞ。
今月はカフェを閉鎖して、長い休暇を取ればよかった。

さて、今日(17日)の朝刊・社会面をご覧いただきたい。
きっとどこかに『全盲男性線路転落死亡』の記事があると思う。
最寄の駅を乗り過ごした全盲夫婦が、逆方向の電車に乗り換えるため下車した駅で、ホームを移動中にご主人が線路に転落し轢かれて死亡した、という記事である。

故人のことを私は存じ上げないが、2つのことが頭から離れずにいる。

ひとつは専門的なこと。
・駅のホームの形状をイメージしていただきたい。
(1番線のように)線路があり、背中が壁になっているホームを思い浮かべた方がおられよう。
一方で、線路と線路に挟まれたプラットホームをイメージされた方もおられただろう。

前者を『壁型』後者を『島型』という。
目を閉じてごらんなさい。
その違いを把握しなかった場合の怖さが分かると思う。

さらに、この事故において仮に故人が『島型』と把握していたとして想像して欲しい。

『乗り過ごした!』と慌てた全盲夫婦が下車し、向かいの電車に乗って戻ろうと『島型』のホームに降り立った。
その時、向かいに電車が停車しドアの開く音が聞こえたとしよう。
きっと私でも一瞬、『向かいの電車に乗り遅れたくない』という心理が働き、急いでホームを横切ることだろう。

だが、その音が実は向かいのホームではなく、さらにその先のホームに到着した電車だったら…?

事実関係はこの先明らかになるだろうが、慌てた時にそのような錯覚によってホームから転落し、その後にやって来た電車に轢かれて視覚障害者が死亡するケースは稀ではない。

頭から離れないふたつめのことは情緒的なことであり、記事に書かれたことから想像された。

転落して轢かれ、亡くなったのはご主人でありその奥さんは彼が背負ったリュックに手を添えて従いながら歩いていたという。

視覚障害となった人間同士が心引かれ、これからの人生を共に歩んでゆく決心をしたご夫婦を私はたくさん知っている。
暮らすだけでも大変な苦労があるはずだし、子育てともなると想像をはるかに超える現実も知っている。

そんな強い夫婦は決まって行動力があり、外出の時両手を使いやすいようにリュックを背負う。
そして妻は亭主の背中に手を沿え、会話をしながら安心と危険な現実を共有しているのだ。

その亭主が線路に落ち、死んだ。
気が狂いそうになる妻と故人の叫びが頭から離れない。
『目が見えない私達が夫婦となり、懸命に生きているのに何故、何故こんな仕打ちを受けなければならないのだ!』

14日に修さんが死んだ。
大雪でJRが混乱していた夜だったが、ようやく通夜に間に合った。
そして朝刊を読んでこの事故を知り、昼ごろさらに函館の力冶さんの訃報が舞い込んできた。
力冶さんは盲導犬ユーザーの会の会長を長らく努められた視覚障害の名人・国宝のような存在だった。

私はその死が信じられない方の悲報ばかりこのところ受けている。

雪でカフェが埋没してしまえ!

あんなに素晴らしい人たちが逝ってしまうなんて悔しくて仕方が無い。
大雪の除雪が弔いになるならもっと降れ。
私にはあなた方から貰った恩を返しきれない申し訳なさばかりが残っている。
 

修さん 2011年01月14日(金)

  今日、あちこちから修(おさむ)さんの訃報を知らせる連絡が入った。
「眞知子さんが逝き、修さんまで逝ってしまったよぉ」

改めて修さんの人柄の良さと交流の広さが偲ばれる。

盲導犬ユーザーであり、指笛奏者であり、アコーディオン奏者であり、理学療法士であり、歌の名人であり、駄洒落の達人であり、笑いの天才であり…とにかく感性豊かで才能に恵まれた方だった。

盲導犬の先駆者として、協会発足まもなく砂川市第1号の盲導犬ユーザーとなり、小樽に移り住んでから活動はどんどん広がった。
私が知り合ったのは36年前。
1頭目の盲導犬ルルは逆さまつげの手術で垂れ目となり、とても愛嬌のある顔をしていた。

ユーモアに溢れ、誰からも愛され、ユーザー仲間との会話やため口のかけあいはいつも笑いの渦となり周囲の人々を明るくしてくれた。
目が見えなくなって落ち込んでいる時期の人々はどれだけ彼に勇気付けられたことだろう。

ルルが引退し協会の犬舎でお別れする時の号泣の光景は、『どんな想いでユーザーが盲導犬と暮らしているのか』をストレートに私の心にぶち込んだ。
以後、私の人生に大きな影響を与え、今でも大きな力となっている。

20年も前だったろうか、音楽談義をしながらふたりでへべれけになるまで飲んだことがあった。
「死ぬなよ」と言いながら私はベッドまで糖尿病の修さんを連れて行った記憶があるが、あれで寿命が縮まったのは間違いない。
ごめんね修さん、奥さん。
でも今でも楽しかったことを覚えているよ。

札幌(現、北海道)盲導犬協会の時代からテレビなどの取材依頼があると『修さん、受けてくれない?』とお願いしていたものだから、修さんはいろんな場面に登場していた。
草原で『アニーローリー』を指笛で奏でる姿が『どうぶつ奇想天外!』で流れたのを忘れることはできない。

「カフェで盲導犬チャリティーをやる」って言ったら、すべてをセッティングしてくれたのは眞知子であり、快くやってきたのは修さんだった。
マンドリンチームをバックに響かせてくれた指笛の音色は、多くのカフェのお客様に感動を与えてくれた。

修さん、あなたと知り合えて本当に良かった。

目を閉じて『最期は辛かったでしょう。やすらかに』って祈ったら
『いやぁ、死ぬかと思ったさ』という修さんの声が聞こえた。

そっちの世界の方が面白い仲間が増えてきたね。
長い間ありがとう。
やすらかに。いずれ、またね。
 

私にとっての犬育てですが、皆さんはどうお考えでしょう? 2011年01月11日(火)

  子供を育てるというのは大変なこと。

・礼儀正しく明るく素直に育って欲しいし健康であって欲しい
・感性豊かで思いやりがあり、友達から慕われ、夢に向かって伸び伸びと一歩ずつ進む努力家でもあって欲しい。
・できればちょっと見栄えがよく、頭もよかったら最高

『で、どうすればそんな風に育てられるだろう?』なんて考えるのは最初のうちだけ。
育児に追われ生活にまみれるうちに、どうでもよくなってしまうのが普通。
それほど人の子の成長は遅く、モチベーションの継続が難しく確実なメソッドも明らかではない。

犬育てに目を転じてみよう。

・鼻鳴らしを止めさせることは出来ますか?
・引っ張りを何とかできますか?…云々

日々、既にそう育てられたわんこの相談を受けるが、私の心拍数は上がらないどころか、まなじりを下げて『犬というよりは、飼い主の問題ですね』と茶化したようで本音を話すことが多い。

そのわけは、育てたようにわんこは育つからであり、何より飼い主の生活に重大な障害が生じ、結果的に犬の生存(放棄したり安楽死させるの意)にまで及ぶ問題ではないことが多いからだ。

犬育ての最低目標は
・飼い主や家族を噛まない
・他人や他犬に攻撃的ではない
・普通に社会生活が営める
これが基準になると私は考えているし、皆さんにも是非おさえていて欲しい項目だ。

それ以外の“大変さ”は飼い主が許容し助長してきたものに他ならない『些細なこと』と思っている。

一方で多くの飼い主は、『わんこと暮らす上での安全保障』に危機感すら持たずに飼い始め、一部の不運な人は後悔することになる。
その他極端ではあるが“車酔い”でさえ飼い主のアプローチに多くの場合問題があるのだ。

いずれにせよ、犬育ての基本は僅か1年〜2年で大筋が決まる。
渦中にいれば『大変なことになった』と感じられるだろうが、子育てと比較すれば本当に短い時間である。
この程度の期間なら対処できると思いませんか?

何も名犬を育てる話をしているわけではない。
『暮らしやすい家庭犬』を育てるには、わんこの成長期のことを学び時間を費やせばいいのであり、その後の生活で様々なわんこライフが展開できるのだ。

いつもいうように、目の前にいる大人のわんこはあなたの作品なのだ。
よいわんこに恵まれて楽しい暮らしをしている人より、『こうやって私はこの子を育ててきたのです』という飼い主になって欲しい。

巡り会った犬によってあなたの生活が変わることもドラマではあるけれど、私は運ではなくいつも犬との暮らしを平穏に楽しみたい。
 

除雪話が飛躍してごめんなさい 2011年01月09日(日)

  今日だけで4回の除雪。

カフェのように営業しているお店では、雪が降り続いていてもある程度積もれば除雪せざるを得ない。
たとえすぐにまた積もることが分かっていても…

今日が定休日なら積もるに任せ、晴れてきた時点での1回の除雪ですんだことだろう。

でも日曜日ということもあってか、4回の除雪をしていたのは私だけではなかった。
見ると近所のお父さん達も弱雪になるとせっせと作業をしていた。

はて、
1.ある程度積もった段階でこまめに除雪するのと
2.ずっしりと降り終えてから、重労働をするのとでは
どっちがいいのだろう?

1では
・比較的軽い段階での作業の繰り返しであること
・歩きやすくなって気分的にも生活面でもすっきりすること
などの利点がある一方で、
除雪という基礎行動を重ねる労力と時間的な無駄があるし、『せっかく除雪したのに、またこんなに積もって』という無力感を感じやすい。

2では、雪が降り続く外を気にしながら思い思いの生活をしつつ、『ひとまず雪が止んだようだ』と空を見る余裕がある。
また、重く締まった雪が相手だろうが重労働であるがゆえのすっきり感と達成感を感じることだろう。
“アリとキリギリス”の寓話には申し訳ないが『アリさんの勤勉さには敬服するけど、無駄が多くない?』という“優越した判断力”みたいな自負が幾分疲れを癒してくれることだってある。

翌日にはまた大雪が降ったりして、結局どちらも無力感を味わうことが日常であるのが『北国の暮らし』ではあるのだが…

視点を変えてみよう。
北海道の多くの生活道路では、冬になると歩道が雪捨て場になってすべてが車道になる。
歩道が消えた道を盲導犬は勿論、高齢者や障害者は歩くんですよねぇ。

『何もそんな時に歩かなくても』って言われても、冬眠するわけにもいかないし、それぞれに生活があるものですから。

で、思うのは、いろんな考えや事情がおありでしょうがせめてが生活道路に面した場所だけでも、市民としてできるこまめな除雪を心がけてもらえないだろうか?

過去の職業柄、冬道を目を閉じて何度も盲導犬と歩いた。
そんな道でもちゃんと歩けるように訓練してきたのだがやはり怖かったし、除雪された道では幾分安堵することができたのを思い出す。

今夕、アモとお泊り犬のラブラドールといつもの散歩に出た。
大雪で狭くなった道の向こうから車が走ってきた。
私は目が見える健常者だから、2頭と共に民家の空き地に寄って車が過ぎるのをしばらく待っていた。

その車は10メートル手前で曲がる直前にウィンカーを出し左折していった。
法律どおりあらかじめ指示器を出していてくれていたなら私は相手の意図が事前に分かり普通に歩けていた。

他者に対する配慮の無いドライバーが横行している。

だから盲導犬には危険を避ける訓練を施し、それを使用する視覚障害者には様々な想像力・認知力・判断力・コントロール力を要求してきた。

だけど、最後は善意のドライバーによって歩行者や盲導犬使用者の安全が保たれていることの真の意味を考えていただければありがたいのだ。

こまめに除雪するしないではなく、そこに意図する気持ちと他者の配慮への想像力が生まれることを期待したい。
 


- Web Diary ver 1.26 -