From the North Country

今夜はお知らせとお願い 2010年11月19日(金)

  1.カフェのメニュー表が明日から新しくなる。
その筋のプロであるYさんが「あとしばらくヒマな時間があるから」と無償支援を引き受けてくれたおかげだ。
Yさんありがとうございました。これから他所でどんどん稼げよ。

2.年末のカフェの営業は28日(火)までで、新年は4日(火)からの営業となります。
ただし、愛犬の美容室は30日(木)まで行いますので多くの方のご要望にお応えできるかと存じます。
お早目のご予約をお願いいたします。
なお、愛犬の美容室は新年は8日(土)から営業いたします。

3.年末年始カフェ休業中でもお泊まり犬はお受けしております。
ただし、一見のお客様はお断りいたしておりますのでご了承下さい。
こちらもご予約はお早めにお願いいたします。

4.大変お待たせいたしました。
温麺を23日(火)の勤労感謝の日から始めます。
雨の予報ですが多くの方のご来店をお待ちしております。

5.お泊り犬の飼い主の方へお願い
お迎えに来られる10分程度前にカフェにお電話くだされば、排泄を済ませたり、お帰りの準備が出来ますので大変ありがたいです。
いつもはご予定の30分前からカフェでお待ちすることにしていますので、結構待ちぼうけが多かったりしています。
 

ただのお散歩チェックが思わぬ発想に… 2010年11月15日(月)

  いつものようにおヒマな月曜日だったが、午後になって4頭のお散歩チェックの依頼があった。

1.車内にいる時に外の人間に対し吠えるシェルティに困っているとのこと。
お散歩してみるととても穏やかなわんこ。
年齢は10歳。
ちょっとしたコントロールに反応し感受性は高い。

つまり彼女が吠えるのは、車は飼い主と彼女のテリトリーであって、それを他者に対して具体的に知らしめるのが彼女の役割だと認識しているということである。
飼い主にとっては、彼女が吠えることが不満だったようだが、その飼い主は『うるさい!黙れ!』を伝えきれず、結果として愛犬の振る舞いを容認していたのだろうと思われる。

『だめ!吠えちゃダメよ。』と、言葉や口先だけで注意する飼い主はとても多い。
言葉で必死に頑張って注意を促すことでわんこがいうことを聞くのなら、この国のわんこはギネス登録されるはずだ。
要はその思いを具体的な実力行使によって愛犬に伝えていないことが問題なのである。

たまには物分りの良いふうに見えるわんこがいるものだから、みんなそれが“イヌ”だと思ってわんこと暮らし始め、『こんなはずじゃなかった』と苦悩し妥協し時に放棄する。

『良いわんこは運によってもたらされるのではなく、自ら自分色に育て上げるものだ』という認識はこの国の人々には乏しい。
善意と愛があれば“鶴の恩返し”みたいにわんこは育つという夢を壊したくないが、『幻想もほどほどに』と甘さをはっきりと指摘する人間が必要な時代になっている。

悪意あるブリーダーやペットショプは『飼い主の育て方が悪い』という“切り札”を出しているが、私の考えはそれに加担するものではない。
彼らはただ“金(かね)”という欲望に自らの魂と人間性を売っぱらって、善意の人間をたぶらかすことに心を痛めない努力をしているに過ぎない。

一言で言えば“人間性と人間力のバランス”が問われている時代なのだろう。
今は圧倒的に“人間力”が弱いと思う。

人々は日常的にサルやイノシシ・クマと対峙した方がいいのではないか、ということをニュースを見て教えられている気がする。

飛躍して恐縮だが、動物に対する明確なメッセージを発する術を知らない人間が、かの国とかの国へ強い意志を伝えることなどできるはずもない。
『遺憾』という言葉の発信で相手との関係がうまくいくなら我が国のイヌたちは誰一人殺処分されずに暮らせたはずだ。

政治家はせめてイヌを制御できる人間であれ!
相手は知性や理性を駆使した結果、野生を出すことで支持を受けようとしているのだから。

2.ショードックを目指すトイプードル
3.性格は良いけど、しつけられてないMダックス
4.現時点ではいい性格なのに、聞く耳を持ってない盲導犬候補のパピー
そんな今日のわんこたちを紹介し、コメントしたかったけど酔いの方が上回ってきた。
これ以上書くと私の人間性が問われかねないから、潔く名誉ある撤退を選択し寝ることにしよう。
 

ああ、ナガサキは今日も雨だった。 2010年11月12日(金)

  毎日毎日が雨の札幌だ。

3週連続で月火水が雨か雪解けでぐちゃぐちゃと嘆いていたら、今週なんぞ今日金曜まで雨が続いている。
月の前半だというのに既に例年同月の1.5倍の降雨量らしい。
土中の水が飽和状態で息苦しくなったのか、道路のあちこちに白くふやけたミミズが死んでいる。
明日は少し持ち直すらしいが予報では来週もまた雨か雪だそうな。

雨が降るとトイレにも出たがらないというわんこの飼い主は大変な思いをされていることだろう。
でも、もっと大変な思いをしているのが、外での排泄習慣がある当のわんこであるはずだから、ここは『シーシーシーシー!ベンベンベンベン!濡れたくなけりゃさっさとしなさい。』と教える絶好の長雨と考えた方がよさそうだ。

『雨?それがなにか?』と意に介さないわんこがいる我が家もそれなりに大変である。
いつもの散歩時間はもとより、昨日今日の定休日は私が椅子に座ると、離れた場所から切ないほどの視線を浴びせ続け、時には身体を摺り寄せにくる。

『ねえねえ、今日は何処に出かけるの?』
『僕たちまだ散歩に行ってないよね』
『僕の飼い主だよね…。』
『犬ってすべてを飼い主に依存してるんだよね。』
『ねえってば。“犬の十戒”って知ってる?』
あの手この手で人の心の弱みを突いてくる。

おまけにお泊りゴールデンもガーデンの水溜りを選ぶようにして走り回る奴で、ついに合羽を着てでも毎日出かける羽目になってしまった。

吠えるとか引っ張るとか、そんな人を馬鹿にしたような振る舞いをするわんこには毅然と対応できるのに、こういうのにはなぜか滅法弱い私であった。

でも実は、びしょ濡れになったわんこは帰宅後にKが嫌な顔もせず綺麗に洗って拭いてくれるからできることなのである。
感謝しいや!アモ。
 

痛くない傷 2010年11月07日(日)

  柴犬には基本水嫌いお風呂嫌いなところがある。

カフェスタッフの愛犬黒柴の蜜柑やお客様の愛犬で同じく黒柴の宗一郎は一歩踏み出したわんこで、夏のプール遊びは好きなのだがやはりシャンプーの時には悲鳴を上げている。
とりわけ顔辺りを濡らされるのが嫌いなようだ。

一般的にはシャンプー嫌いが高じて攻撃的になる柴犬も多いのではなかろうか。
当然攻撃的なわんこのシャンプーをカフェでお受けすることはできないが、『やめてくれー!助けてくれー!』と叫び暴れるだけの憎めないわんこもいて、そんな子は時に私が補助しながらトリマーのさおちゃんに頑張ってもらっている。

で今日、近所の柴犬ももちゃんのシャンプーがあった。
若い時に何度か社会性のレッスンを行ったことがあり、悲鳴を上げ暴れるけど安全なわんこだからいつもご利用いただいている。

爪切り・足裏カット・肛門腺絞りの時は補助が要らないくらいお利口さんだ。
だがシャンプーとなると話は別。
補助役の私は腕を引っ掻かれないように長袖の防水服を着て臨むことになる。

「あーら、えらいねー。おー気持ちいい!!」
私とさおちゃんの精一杯の声かけに、ももちゃんも『え?そういうもんなの?』と戸惑いつつ身体を硬くして耐えている。
でも、いよいよ首筋辺りにシャワーが及ぶと『無理!無理!ダメ!きゃー!!やめてー!!!』と悲鳴が炸裂。

これが人間の子供ならそれを聞きつけた近所の方は児童相談書へ通報の義務があるというものだ。

暴れるももちゃんに声をかけながら動きを封じ、さおちゃんが手早く綺麗に洗う。
ふと見ると私の手首に血が滲んでいた。
『やめてー!』と頑張るももちゃんの前足で引っ掻かれたようだ。

どうってことはなかった。
だってももちゃんは全然攻撃的ではなく、押さえている私も洗っているさおちゃんも笑顔でいられたし、ももちゃんは必死さの中にも人間に対して牙をむかない信頼みたいなものを持っていると感じられたからだ。

夜、お酒が回って気持ちよくなり始めた頃『ピンポーン』とインターホンが鳴った。
「今日は怪我をさせてしまって本当に申し訳ありませんでした。これからももものことよろしくお願いします」
飼い主さんがご丁寧にも訪ねてくださったのである。
いやいや恐縮してしまった。

大丈夫ですよ。ただの引っ掻き傷です。
今度は手首辺りも保護するよう工夫しますから。
 

日本シリーズ第6戦の夜 2010年11月06日(土)

  夜の11時を過ぎ、なお日本シリーズ第6戦が続いている。
なんて素晴らしいゲームだろう。

『ま、いいっか』とか『もういいよ』という甘い生活に入って8年も経つ私だから、今夜の中日/ロッテ両チームの選手やベンチの執念には喝采の嵐を送りたくなる。
ピリッとするのも時にはいいもんだ。

でも、もうそろそろお泊り犬をオシッコに出す時間だ。
それを察したのかわんこがそわそわし始めている。
「悪いな、我慢しろ。こんな名ゲーム滅多に見れるもんじゃないからな」
すると、23時半になってわんこたちは諦めたように寝始めた。

そのままもうちょっと待ってくれ。
日付けが変わる頃までには何とかできると思うよ。

規定上の延長最終回の15回に入った。
わんこたちが再びそわそわし始めた。
果たしてどんな結末を迎えるのか?

…で、引き分けでした。

深夜のガーデンは爽やかな空気。
夜空には星もいくつか見えていた。
わんこたちはさっさと排尿を終え、するべきわんこはうんちも出してくれた。
みんないい子たち。
カフェのわんこはお泊りでもみんなおりこうさん。

足を拭いて2階に上がると、ちゃんと自分の寝床へ一直線だ。
おやつをあげた2分後にはみんな就寝モードに入っている。

今夜は遅くまでつきあってくれてありがとう。
12時30分消灯。
こうしてカフェの一日が終わる。
 

いくら酔ってもぶれないぞ。 2010年11月02日(火)

  どう書いてよいか戸惑ってしまうし、多くのドッグカフェではごくありがちなのだろうが、我らがカフェでは滅多に見られないお客様が雨にもかかわらず今日ご来店くださった。

カフェで販売しているおやつの袋を開けて愛犬にむしゃむしゃと食べさせている。
他犬がどんな誘惑を受けるのかなんてお構いなしで、誘惑に負けたわんこがいようものなら、『ほれ、お前も食べろ』と、まるで何処かの公園のパンやりおばさんみたい。

“鳩に餌付けしている”って感じの古風さが何故か懐かしく感じられた。

日本人のイヌ文化はこの辺りから変革あるいは住み分けをしなければならないのでしょうな。

当の御仁を責めるつもりは毛頭ない。
愛犬とどのような暮らし方を楽しもうがご自由だし、何よりイヌは適応能力がずば抜けているから問題は無い。
こちらとしては誘惑に負けそうになるわんこたちを叱ることで、当人の自覚を促すのみである。

問題なのはもうちょっと犬との暮らしのことを分かったつもりでいる業者さんや専門職の方々にある。

ドッグカフェって
人間が飲食をするお店?
わんこが飲食をするお店?
その両方?

私は愛犬を同伴していても人間が普通に飲食できるお店だと信じて疑わない。

あ、それなら愛犬同伴可のお店にしたらっていう声が聞こえてくる。

きっとドッグカフェやわんこと泊まれる宿は未だ草創期であり過渡期であるのだろう。
草創期の連中はカフェで犬に食べ物を提供し、飼い主が喜ぶ姿と犬のマナーの悪さを天秤にかけつつ『これがドッグカフェ』と折り合いをつけているのだろうし、宿のご主人はマーキングや粗相それに他犬とのトラブルに『こんなはずじゃなかった』と苛立ちを感じ将来への不安を感じておられるはずだ。

おまけにペットショップや多くの獣医さんはあたかも常識のように『ワクチネーションが完了するまで下界との接触を避けよ』とか、イヌの社会化と人間社会での犬の社会化を混同してしまって、大切な時期に愛犬になるためのプログラムの存在を知らないでいる。

改めて告知しておこう。
ドッグカフェナガサキは愛犬を伴った飼い主が普通に飲食できるお店であり、今はそうでなくともそんなわんことの暮らしを求めておられる方に開かれたお店であることを。
極端に言えば、どんなわんちゃんでもOK。
大切に感じているのはわんこの現状ではなく飼い主の心の奥だということである。

ところで、ドッグカフェではなく愛犬同伴可の看板に変えれば、おかしなわんことおかしな飼い主の多くを排除できるという“業界の法則”ができつつあるのをご存知だろうか。

ある種の飼い主に、これが何を示唆しているのか今一度考えて欲しい。

これだもんな。
カフェの敷居が高くなって寄り付くお客様を減らしていると言われても仕方がない。

だけどね、お陰様でカフェのお客様が極上なのが私の自慢と誇りなんだよな。
 

悪あがき 2010年10月30日(土)

  今月のお小遣いにちょっと余裕を感じた御仁。
きっと先月のやり繰りは大変だったでしょうね。

『何のこと?』と思われる方もおられようが、ある種の人間にはこれだけで通じる。

値上がり前のタバコをしこたま買い込んだ先月は、へそくりまで吐き出しつつ『これが潮時か』と人生の岐路すら感じていた。
が、この1ヶ月タバコ関連の支出はなくちょっと得した気分になっている、というタバコのみのたわいない話である。

その買いだめが底をつき始めた。
あと20箱。
1週間も持たない状況となった。
どうしよう。

カフェでは驚く程に次々と多くの方が禁煙生活を始めている。
「凄いねぇ。たいしたもんだ。ところで、目の前でタバコを吸う以外いにお役に立てることはある?」
なんて茶化す自分が恥ずかしくなる。

禁煙外来、離煙パイプ、決別の意志力とその方法は様々だ。
禁煙外来には身体に作用するニコチンパッチ式と脳に働きかけるドーパミン式のものがあるらしいことも分かった。

意志の弱い私は過去において禁煙に失敗するたび、一日20本だったのが40本になり60本になっている。
その私が心からの叫びを言うなら『もう、やめたい!!』

ではなく『可能なら1日20本で満足できる自分に戻したい!!!』と、心から思っている。
喫煙というこれまでの生活を否定されたくはないけど、『ちょいと吸いすぎかな』と躊躇し思考する自分。
そんな喫煙者の不安を解消する事業を立ち上げる会社はないのだろうか。

薬中やアル中ならそうはいかないことを理論的に知っているがタバコも本当にそうなのだろうか?
禁煙ではなく減煙という発想の転換は本当にタバコには通じないものだろうか。

だとしたらやはりタバコは法律で栽培・製造・加工・販売・所持・使用を禁ずるべきだと主張したい。
私は何十年も犬とつきあっている。国や社会が本気度を見せない限り彼らと同じようにどこまでもつけあがってみせる。

『月々107円プラスで先進医療が受けられます』というCMがテレビから流れている。
先日、保険の更新の時に担当者にその説明を求めた。
詳しく頼もしく説明する担当者の言葉を遮って私は質問した。
「どんな治療が受けられるかを知りたいんじゃなくて、107円プラスすれば、余計な延命治療を受けず安楽に死ねる処置をしてくれる“先進医療”がその保険には含まれているのですか?」と。

なんたって死亡率100%の人間が今を生きているのだから、いろんな主張があっていいはずだ。
 

教訓 2010年10月25日(月)

  3週間ぶりに(旧)里塚温泉でくつろいでいた。
湯船に浸かっていると頭の後ろの方で「大丈夫ですか?」という穏やかな声が聞こえた。

湯船から出てみると、白いビーチチェアーで横になっている老人に60過ぎと思われる男性が声をかけていた。
「お父さん、大丈夫ですか?」
てっきり息子かと思ったら違ったようだ。

教訓1.「お父さん」という呼びかけは身内だけが発するものではなく、それなりに年の離れた方へ発せられることがある。

その老人の顔を見ると白い。
目はゆっくり動き、意識はあるが反応が悪かった。
勝手知ったる温泉なので私は担架を所定の場所から持ってきて、周囲にいた4人で老人を担架に移して脱衣所まで運んだ。
最初に声をかけていた60過ぎの男性が主体となって、老人が意識を失わないように話しかけたり、バスタオルをかけた。

「ひとりで来られたんですか?」と呼びかける男性。
黙ってうなずく老人。
「救急車を呼びましょうか?」という男性だったが、まだ老人の意識があったので「お名前は?」と彼は続けた。
その反応が無いのを見て私はちょうど駆けつけたスタッフに「救急車を呼んでください」と伝えた。

念のため誰かが女性風呂に確認を求めてもらうと、しばらくして奥さんと思われる70〜80歳の女性が現れた。

奥さんが声をかけた途端、老人の意識は回復傾向を示し、顔には赤らみが見え始めたので最初の男性を残して我々は自然解散し、その頃救急隊も駆けつけた。

教訓2.「ひとりで来られたんですか?」という問いかけに老人はうなずいていたが、あのような状況でのうなずきは当てにならず、確認の必要性があることが分かった。
教訓3.奥さんが傍にいるだけで、幾つになっても男は安心を得られるんだなぁ。

それにしても今夜の救護劇、とっても静かで冷静な中で行われていたことを最後に検証しておきたい。

あの老人の顔が最初からずうっと穏やかであったことがそうさせたのだ。
私は想像した。

老人は温泉に入り、その心地よさと温かさに心から満足していたのであろう。
火照った身体をビーチチェアに横たえた時、身体と心の満足感はさらに上昇し、老人はリラックスの境地に達しその結果として血管が広がり血流がとっても緩やかになったのだ。

心地良いことが原因となり、血流が滞り死んだ知人を知っている。
いい死に方でしょ。
風呂上りの心地良さをソファで横になって感じながら死ねるなんて最高だ。

はて、今夜私は余計なおせっかいをしてしまったのだろうか?
 

吠える犬の飼い主に吠えたくなった。 2010年10月24日(日)

  発声機能を有する犬が吠えるのはごく自然なこと。

そんなこと最初から分かっているはずなのに『吠えて困るんです』という飼い主が意外と多い。
今夜はそんな飼い主さんへ一言。

犬が吠えるあるいは啼くという状況を羅列してみよう。
1.来客やインターホンに反応して吠える。
2.散歩中に他犬や他人に吠える。
3.ハウスに入れたり係留すると吠える。
4.飼い主など人がいなくなると吠える。
5.人や他犬と遊んでいる最中に吠える。
6.家族が帰宅したりすると吠える。
7.車内で吠える。
8.排泄など何かを訴えたい時に吠える。
9.痛いときや苦痛なときに吠える。
10.仲間はずれになっている時や、家族が食べ物を食べている時に吠える。
11.横取りされそうになった時に吠える…などなど

上記は思いつくままランダムに書いたけど、もうちょっと整理してみよう。

A.警戒心や攻撃性あるは物欲・縄張り意識から吠えるのに当てはまるのは、1・2・5・6・7・11
B.自己主張や要求で吠える吠えるのに当てはまるものは、2・3・4・5・6・7・8・9・10・11
C.興奮によって吠えるのは、2・5・6・7
D.不安によって吠えるのは、1・2・3・4

重複する項目がたくさんあるし、抜け落ちている吠える場面もあろうかと思う。

だけど許される吠えというのは9と飼い主が意図的に吠えさせる場合だけだということを知っておいたほうが良い。
つまり、犬は吠える機能を有しているが基本的に吠えてはならないということをきっちりと飼い主が教えるということが大切なのである。
それを考えずに多くの吠えや啼きを許していることが『吠えて困っているんです』という現状に繋がっている。

Aの項目には『反射的に吠える』という局面が含まれている。
反射的な一声二声は遺伝的気質であり、いわば個性であるから如何ともし難いが、三声以降の吠えについては個性ではなく意図的なものである。
よって『来客中は会話もできない位にわんこが吠え続ける』というのは、わんこの身勝手を許している飼い主の問題といえる。

Dもまた然りである。
不安によって吠える犬はある日突然に吠え始めるのではなく、成長段階において不安を示す傾向があったはずである。
それを踏まえた子育て(社会経験)を積み重ねる必然性があったのである。

まあ、吠える犬として育ててしまった過去があるのだから今更何を言っても始まらない?
今夜はそんな野暮なことを書きたかったわけではない。
因みに吠えるわんこをカフェに連れてきてご覧なさい。
もしお許しをいただければ、あなたの目の前で吠えなくなったわんこの姿をお見せできるでしょう。

わんこは新たな社会に適応し、過去ではなく今を生きることができるのに対して、飼い主である人間は例えば吠えさせないわんこにするために、自らの接し方すら変化させることができないでいる。

吠える犬に対して変えるべきは、犬ではなくあなた自身であることを人間はいつ分かるようになるのだろうか。
 

わんこにはいつも「あたふたするな!」と言っている私です。 2010年10月20日(水)

  ドスン!という突然の短い地震があった。
いつもならグラグラと、揺れても震度1程度なので『今のはちょっと違うな』と速報を待っていたら、震源がすぐ近くだったようだ。

札幌に住んで33年になるが、家の外に飛び出したくなるような揺れは30年ほど前に1度経験しただけである。
今夜も異常は感じたもののソファーから身体を起こして状況に集中する程度だった。

油断はしてないつもりでも、経験が少ないから『何が』『どこまでが』“油断”なのかについて甘い部分があることだろう。

とりあえず日頃から想定していることは
・『ヤバイ!』と感じたらKとアモと共に何としてでもガーデンに出ること。
・仮にお泊り犬がいたら一緒に逃げる猶予がある地震であることを祈り、状況に応じた対処をすること。
・持ち出し物は無し(できれば携帯電話)。
の3点である。

そこには甘いかもしれないが僅かな希望がある。
・仮に家屋が倒壊しあるいは火事になったとしてもガーデンは安全であるだろうということ。
・5面がコンクリートで囲まれた1階の車庫だけは持ちこたえられるだろうということ。
・車庫にはアウトドア用品(テント・寝袋・コンロ・ラジオ・ライト・医薬品・雑貨…)があり、食料や古い防寒着・靴なんかもあるから冬でも2週間は耐えられるだろうし、焼け跡からアモの食料も調達できるかもしれない。

地震が起きると神経を集中し、揺れの度合と変化それに音に聞き耳を立てる。
揺れや変化は直接身体に伝わるから『外へ出ろ』の合図になるが、私は音を重視している。
被災者の方が『ゴォーという地響きがして』とかいうコメントをされているからだ。
恐らく揺れと音は同時進行なのだろうが、万が一妙な音が伴っていたなら揺れが小さくてもガーデンへ出る心積もりだ。

「どうかしたんですか?」
さっきの地震のやや後、のそのそとアモが居間にやって来て私の顔を見た。
来客の気配を感じた時には飛び上がって知らせに来るのに、全く呑気なものである。

普段から雷が鳴っても花火や自衛隊の大砲が轟いても私達はあたふたしない。
私個人は風船の割れる音やシャンパンのコルクを抜く音が大の苦手であるが、犬と関わるようになって余計な反応はしなくなった。

だから夏の夜、花火が打ち上げられてもお泊り犬は一瞬ビクッとして立ち上がることはあっても、私の顔を見て怪訝な表情をしながらもまた横になっている。

ともあれ、大事であっても取り乱さない日頃の修練は昨今の外交問題を見ても日本人には合っているような気がする。
まあ良し悪しがあろうけど…
 


- Web Diary ver 1.26 -