From the North Country

爽快! 2010年09月07日(火)

  今夕の散歩、最高!
どんな動きをしても汗ばむことないし肌は常にサラサラだ。
爽やかな風が吹き抜け『気持ちいいね』と我が家の愛犬アモが何度も振り返る。
何ヶ月ぶりかの爽快な散歩が楽しめた。

明日の天気は晴れ一色。
なのに最低気温が16度で最高気温が23度!
なんて素晴らしい明日が待っているんだろう!

猛暑に苦しむ地域の皆様、私どもは一足先に秋を楽しませていただきますが、『もう少しの辛抱です』、何とか凌いでください。
きっと爽やかな秋はすぐそこですよ。

さて、今日のレッスンは4ヶ月のゴールデン。
2回目であるが、飼い主さん同行のレッスンを行った。
理由というかその目的は『この1年が大切なわけ』を知っていただき、『飼い主として何をすべきか』を実地の中で感じて欲しかったからだ。

恐らく目的は達成できたし長崎マジックをお見せすることもできたはずだ。
夫婦同伴であったからその理解はより深まったことだろう。

私のレッスンは、テレビに出られるような芸を教えるわけでもないし、基本的な服従訓練をするわけでもない。
ただただ、飼い主と平穏な生活ができることと、何処へ連れて行っても誰にも迷惑をかけず、みんなから好かれる愛犬育てに主眼を置いている。

その飼い主がカフェに通われることで、飼い主としてのマナーも身につけてくださる。
鉄壁なのだ。

今日のレッスンで、また素晴らしい愛犬仲間が増えたことを願う。

『6ヶ月を過ぎた頃に去勢ですね』と、私がかけた言葉にご主人の顔がこわばった。
気持ちはよく分かる。
健康で無垢な愛犬に麻酔をかけメスを入れることは、オスの人間としてそう簡単には受け入れられない感情だろう。
まあそんなとこから出発するのも悪くない。

ともあれ爽快であることは素晴らしいよね。
 

中年の星 2010年09月04日(土)

  プロ野球中日ドラゴンズの山本投手が45歳という年齢で完封勝利をあげたというニュースを見た。
凄いことだと思う。
怪我や故障を克服し、日々節制し、やるべきことに照準を合わせて肉体の衰えを巧みな老獪さでカバーし完封勝利を手にした。
まさに中年の星である。

目を転じて我が家の愛犬アモ。
9歳4ヶ月にしてなお草原を駆け巡り一日中でもボールを追って泳ぎまくる休日を過ごしてきた。

4歳で両後肢靭帯断裂のため手術を受けたにも関わらず、以後リハビリに努めて運動機能を回復。
普段はカフェで無駄な体力を使うことなく節制して(寝てばかり)いるが、いざ休日となればラブの血が騒ぎ、身を粉にして走り泳ぐ。

これまでは身体を省みることなく遊ぶので、ぼろぼろになった足腰の回復に1週間ほど要した。
が、今回は違った。

駆ける喜び・泳ぐ心地よさ・ボールを追う楽しさを確かめるように感じながら、芝の上でごろんごろんと転げまわる時間が増えた。
一日中でも遊びまわることに変わりはないのだが、がむしゃらではなく老練な姿が印象的であった。

いつもなら帰宅後には足を引きずりながらトイレに出るのがやっとの状態なのに今回はへっちゃら。
今日のカフェでも何事もなかったようにお客様を迎えていた。

アモの完封勝利!中年犬の星である。
ひょっとしたら来年もやれそうな…
 

♪言い訳ばかりの毎日にさよならしたいね今日限り♪ 2010年08月29日(日)

  カフェの夏休みは火曜日からなのに、この欄はもう2週間ちかく休んでしまった。

3日目…そろそろ書かなきゃな
5日目…やばいぞ、ちゃんと書かないと
7日目以降…まあ、いいっか。
あとはずるずるで、子供の頃の夏休みの宿題みたいな感じだった。
ただ、ひとつ言い訳をするなら、『書くったって何を書くのよ!いつまでもいつまでも蒸し風呂みたいな夏が続いてるっていうのに。愚痴以外に書けるわけないじゃん!それならやめたほうがマシってものよ。』

でも、そんな日々なのにカフェに足を運んでくださってる皆様を思い起こし、なんとかカフェの夏休みまでには一回書いとこうと奮起した次第である。(バレバレ?)

ところで、2週間も溜め込んでいたから書くことが一杯あるって勘違いされてるかも知れないがそれは断じて大きな間違い。
私の休みはいつも、充電ではなく放電である。
だから2週間も書かなきゃ頭にはそれなりの空きができた状態なのだ。

つまり、過去のある部分は消去され今から吸収の余地が生まれる。

・明日は4ヶ月のゴールデン/デュークのレッスンがある。ちゃんと通ってさえくれれば同じくゴールデンのムーやエクルみたいに暮らしやすい家庭犬に育ってくれるはずだ。

・アトピーだかアレルギーだか知らないが、ダルメシアンのビート・ラブのさくらや奈津子・柴犬の宗一郎・Aコッカーのチャーミー・トイプーのベルなど本当にたくさんの犬たちと飼い主が苦しんでいる。
治療法に苦慮している獣医師もたくさんおられようが、フードメーカーの担当者はその原因を少なからず把握しているはずだ。
確かではないにしても『怪しい』くらいの内部告発を望みたい。
また、『うちの犬たちはこのフードで健康に育っている』と何世代にもわたる繁殖を繰り返しているブリーダーには、劣悪だったり仮に高品質であったとしても同じドッグフードを使い続けることの弊害について真剣に考えていただきたい。

・獣医さん。かゆみは止まってもその薬を飲むと猛烈な下痢をし続ける薬しかないのですか?
愛犬は勿論、共に暮らし世話をする家族のためにもなんとか頑張っていい薬や対処方を研究してください。
みんなが応援し願っています。

最後に飼い主の皆さん
あなたの愛犬は家庭犬として問題なく暮らしていますか?
私の見立てでは、8割くらいの愛犬が『暮らしやすい家庭犬』としての稟性に問題はないのに、9割以上の飼い主に『暮らしにくく不健康にする』何らかの問題点があると認識しています。

変えるべきは“犬”の場合もあるけど、ほとんどが“人”であるという私の考えに少しは思いを馳せていただければ嬉しく思うし、どうかそのようにカフェを活用してください。
あなたが本気と感じたなら私は辛口の意見をズバズバと言うかも知れません。
勿論私は愛犬との暮らしの多様性をいつも見ております。

私には2週間分の空白を受け入れるスペースができております。
 

カフェの夏休み 2010年08月17日(火)

  毎週木金と二日の定休日をいただくようになってから、それ以外の臨時休業はあまり必要ではなくなったし、生活のためにも休める状況ではなかった。
でも、昨夜この欄を書き終えてから無性に休みたくなり、今日になってカレンダーを眺めお泊り犬とトリミングの予約をチェックしてみた。

「申し訳ありません。31日のトリミングを1週間遅らせていただけませんでしょうか?」
すでに予約が入っていたsさんに本当に申し訳ない気持ちで電話をしたら
「いいですよ。」と、快く承諾を頂いた。
で、決まり!

という訳で急ではございますが、カフェは今月31日(火)から定休日を含めた9月3日(金)まで夏休みを取らせていただくこととなりました。

だってねぇ、『3家族でキャンプに行ってきました』とか
『これから屈斜路湖からカヌー下りです。楽しい!』なんてメールがこのところ毎日届くと、うずうずするに決まってるでしょう。

皆さんが働き始めた頃の我が家の夏休みは、kと私のための時間としてルスツリゾートで一泊し、あとはアモのために洞爺湖キャンプとなる予定。

しかしながらルスツでは当然アモも同伴だから、すべてはアモの為の休暇になりそうなのが、ちと悔しい。

ともあれ、そんな臨時休業を設けましたので、くれぐれもお休みの日に間違って御来店なさらぬようご注意くださいませ。
 

これが今の札幌の夏 2010年08月16日(月)

  眞知子の命日でもある送り盆(16日)を終える頃が、札幌では『涼しくなる時期』の代名詞にもなっている。
海水浴をするには寒過ぎるし、夜には1枚羽織って丁度心地よいという時期のはずだ。

それなのに日中は30度を平気で超え、深夜になっても室内は暑苦しい。
何年も前から『もう、これが札幌の夏だよ』と頭では分かっていても、なかなか受け入れられない。
暑さだけではなく、湿度の高さ・日照不足・エゾ梅雨・集中豪雨…
ああ、やだやだ!
冬は酷寒と豪雪なのに、春はあっという間に過ぎ、夏がこれじゃ一年中が試練の街になってしまう。
せめてこの秋だけは豊かな恵みと澄み切った爽やかな気候をもたらして欲しい。

カフェで遊ぶ若い犬たちの体温上昇を気にせず、また落ち着いた犬たちが日向ぼっこする様をのんびり楽しみながら世間話ができる日々が長く続いて欲しい。

あ、その前にカフェの遅い夏休みをちょっと頂くかもしれません。
来月辺りの『臨時休業のお知らせ』にご注意下さい。
 

ブッ飛ばせ! 2010年08月10日(火)

  タバコを吸う人間は、朝目覚めた時から吐き気を催し、歯磨きをする時点で『オエ』っとなる。
酒を飲む人間は、夜中になって秋を思わせる涼しい風が吹いているのに『あじいー!』と叫ぶ。

両方をたしなむ私なんぞ、『オエ』と『あじいー』の連発で、自虐の人生を駆け抜けている。

そんな今日、『育犬ノイローゼになりそう』と、カフェを訪ねてくださった親子がおられた。
・犬を叱っちゃいけないんですよね。
・今を耐えればいい子になるんですよね。

周囲の人からそう言われるものだから、耐え続けているのだけど、『もう自分がどうにかなりそう!』
と心が悲鳴をあげている訴えであった。

「ブッ飛ばせばいいんですよ。ご自分の子供なら見兼ねた時にはそんなこともあったでしょう?あなたは仕事で犬と暮らしているんじゃなくて、好きで飼い始めたのだから根底には揺るぎない愛情がある。だからブッ飛ばす権利と責任があるのです。」

犬を育てる基礎知識を部分的に説明した後で、私はそうアドバイスした。
極端な表現もした。
「あなたの子供が仮に噛まれたとして、子供が血を流しているのに犬は無傷でいるなんておかしいでしょ。ヒステリックではなく絶対二度としないためにグーの音も出ない制裁を加えるべきです」

当然、その家族には適切な助言だと思ったからそう言ったのであり、すべての飼い主に対する助言ではない。
こんなことを書くとすぐに国家間の紛争や人間同士の確執と同様なイメージを抱く飼い主が多いけど、ことは飼い主と愛犬の問題である本筋からずれてはいけないのだ。
イヌを暮らしやすい家庭犬にするために多くの選択肢が人間にはある。

誤解を与えやすいし批判をしやすい文章を今夜は書いてしまった。
でも、ひとつはっきりと分かったことがある。
今夜のテレビ番組でも有名なイヌの専門家が出ていてアドバイスしていたが、
・いわゆる専門家はイヌをイヌとしたままうまく社会になじませるというスタンスでアドバイスしているのに対し
・ゲストに出ていた著名人や多くの飼い主は、イヌを犬として暮らしたいと考えており、それなのにちゃんと育ててないから結局はイヌと暮らしている事に気付いていない。
・私の考えや手法は、イヌを犬に育てるためのものであり、だからそれは犬よりも飼い主に働きかける要素が多いのである。

アルコールが発熱しIPADで全体が見えない中で書いてしまった。
意味が通じる文章になっているか今夜もわからん。
 

親がついていながらアホすんでねぇど 2010年08月09日(月)

  この2年、散歩の際に時々出会う黒柴がいる。
その都度、私とアモは不愉快になる。
犬に対してというよりその飼い主に…

一本道の100メートル先であっても、その黒柴は私達を発見すると伏せたままじっと見つめ、私達が接近し通り過ぎるのを待っている。
飼い主もまた根気良くリードを持ったままじっとしている。

通りすがりに飛びつこうとすれば飼い主はリードを抑える。
「じっとだよ。だめだよ。まってだよ。」
そんな声が聞こえることもある。

『ええ、ある種の犬にはよくある光景ですよね』
そんなふうに同調される読者には『渇っ!』を今夜与えよう。

冗談じゃない!

野獣が獲物を捕獲する前の体勢を何故一本道で取らせ続けるのだ!
しかも見ず知らずの人と犬に対して。(注。遊び心を持った犬が既知の犬同士で行うことは問題ない)

通り過ぎるまでの100メートルもの間、相手がどれだけの緊張を強いられているのか思いやる感性すらない人間だ。
おおよそ『自分の犬はいつもこんなんで、実は遊びたいだけの友好的な奴なんですよ』とでも言いたいのだろう。

『うちの犬は大丈夫ですから』と、ノーリードだったりフレキシブルリードを伸ばして、見知らぬ他人の犬に平気で接近させる“アホ飼い主”と同じだ。

相手の犬の性格やその飼い主の不安など意に介さず、自分と自分の犬のことしか考えていない“偽者の良心的な飼い主”が、この社会から犬が排除される大きな要因となっていることに気づきもしちゃいない。

反論もあろう。大歓迎だ。

じゃあ、あなたの“おりこうさんなわんこ”がノーリードで尻尾を振り振りして、ちゃんとリードに繋がれていた見知らぬわんこに接近した途端噛み殺されることが仮にあったとしても受け入れられるのですね?

じゃあ、あなたの息子さんが、一本道で飛びつかんばかりの体勢をとり100メートル先の女性をじっと見つめて待っていたら一体どういうことになるのですか?
『自分の息子はいつもこんなんで、実は遊びたいだけの友好的な奴なんですよ』と法廷で証言するのですか?

伏せて相手が来るのをじっと待つなんて、例え愛犬がそんな振る舞いをしたとしても『やめろ!無礼だぞ!』と、たしなめるのが普通の人間でしょ。

多くの場合、たまたま暮らしやすく言うことをよく聞く愛犬と出合った人間に問題が多いように感じる。
大変なわんこを一生懸命育ている立派な人々を日々見ているからかもしれない。
このことへの反論には勝てる準備がない。

古い人間だとお思いでしょうが、私は犬よりもちゃんとした人々をこれからも応援させていただきます。
 

シーザー・ミラン 2010年08月06日(金)

  過去の仕事の性質上、何カ国数十人に及ぶ盲導犬訓練士たちと議論してきたし、何かの役に立つかもしれないと数多くの家庭犬の訓練士たちのビデオやTV番組も見てきた。
今でも“○○のきもち”とかいう月刊誌を反面教師として定期購入しているし、“○○チャンピョン”という番組に登場するイヌの訓練士の手法なんかも見させてもらっている。
インターネットで犬関係の項目を開けば、魔法使いのような訓練士の広告があって次第に誘導されてDVDを購入する仕掛けがあることも知っている。

だからつまるところ私はうんざりしていた。

そんな状況の中で“シーザー・ミラン”という男の訓練を、先月からKが録画してくれたDVDを通じて見ることができ、『仲間発見!』という喜びを感じている。

不信を抱いていた長い期間の中で、初めて共感できる訓練士を発見することができたととても嬉しく思っている。

彼はアメリカでは既にとっても有名になっているようだし、それなりの地位を得ているようだから私が評価するのはお門違いなのかもしれないが、彼の考えの8割以上が私のそれと一致していることに驚きと賛同の意を禁じえない。
若いのに『真理を掴んだな』という賞賛の念を感じる。

同時に抜け落ちた部分を補完したくなる面があったり、表には出せない場面が編集されていることが気になったりもしている。

ともあれ、同じようなことをやってる人間を知ったことに勇気付けられている。
人生の先輩から言わせればちょっと甘い部分があるけど若いシーザーは凄いしとても彼には敵わない。

初めて笑顔で討論できる犬の訓練士に出会った気分だ。
 

縁(えにし) 2010年08月05日(木)

  「もしもし、長崎さんですか? ○○さんと一緒に2〜3度カフェを訪ねたことがあるコーギーの○○ですが、覚えていらっしゃいますか?」

私が一番苦手とする“記憶力問題”で、その電話は始まった。

心苦しく思いながらも正直に「ごめんなさい。」と言うしかなかった。

それでも相手はひるまず、「実は、ハスキーだかマラミュートだかそのクロスだか分からないのですが、生後3ヶ月ほどの仔犬を保護しています。交番にも動物管理センターにも地域の回覧板にも出したのですが未だに飼い主が見つかりません。今のところ仲間たちで保護していますが、それぞれ大型犬を飼っているものですから新たに飼う訳にはいかず困っています。引き取っていただける方の心当たりはないでしょうか?」

そんな電話が昨日(4日)あった。

4月にハスキーのチェスを亡くし、すっかりご無沙汰になっていたY夫妻が久しぶりにカフェを訪ねて近況報告の後に去っていかれた直後の電話であった。

不思議な縁を感じながらも、「お役に立てるかどうか分かりませんが、そんな仔犬がいることだけは承りました」と、私は相手に妙な期待感を抱かせないよう自制しながら電話を切り、すぐにYさんと連絡を取った。

亡くした愛犬チェスの空白を埋めるには短すぎる期間ではあるが、定年退職後の気儘な生活をより満たす手助けも必要だったY夫妻。
思惑は一致していたはずだ。

「電話では話せないから、カフェに戻ってきてくださいませんか?」というとすぐにY夫妻は来られた。

『実は…』と切り出した私の話の途中にY夫妻が見せた笑顔が今でも忘れられない。
『うちで引き取ります』
夫婦の即断は、まるでそんな巡り会いを待っていたかのようであった。

『この子は絶対幸せになれる。』と実感した一瞬であった。

かくして一夜明けた今日、Y家にコロンコロンした仔犬がやってきた。
「よろしくお願いします」と深々と頭を下げられるY夫妻。

どうしよう!
可愛いけどこの子の将来と暮らしやすい生活をすべて請け負う責任まで持てないよ。

カフェの皆さん!
まだ3ヶ月程度の仔犬です。みんなで育ててくださいね。
私なりに見守っていきますから。
そしてY夫妻に祝福と再びのウェルカムの言葉をよろしく!
なにしろすべてのことは一日で決まってしまったのですからY夫妻の人生は急展開。
今頃、シーシーベンベンやいたずらでてんやわんやの楽しいひと時を過ごしておられることでしょう。

ご対面はカフェで、ということです。よろしく。
 

地味に宣伝するって難しい。 2010年08月03日(火)

  実は先月からカフェ周辺の電柱広告のデザインを変えたのだがお気付きだろうか?

以前のオレンジ色の広告はもちろん気に入っていたのだけれど、伝えたいことを書き過ぎていたものだから、運転していて目に止まるのは文字よりも色だけであったように思う。

そこで広告会社と相談してデザインを変えることにしたのだ。

「赤地に白抜きの文字で『ドッグカフェ』とシンプルな表示にしたい」と私は希望を伝えた。

ところが、看板や広告に関しての規制が厳しくなっていて、これまでのオレンジ色の電柱広告すら審査で認められなくなっている現状を担当者は教えてくれた。

それでも「シンプルにしたい」という思いで、白地にグリーンの新しい電柱広告に差し替えた。

すると、「通り過ぎたじゃない」とか「曲がる場所間違えちゃいました」
お客様やスタッフから、そんな声が聞こえた。
予めお知らせせずに申し訳ありませんでした。

やっぱり皆さんは文字ではなく色で把握されてたんですね。

ところで、カフェでは一昨年に、札幌市内全域でバスの運転席の後ろの画面に映像広告を流し、今年は一部バス停案内の時にCMが流れる音声広告を出している。
笑えることに、それを『見て』『聞いて』来店された方はこれまでのところ皆無!
どうやら客層というか媒体が違うことに今頃気付いた。
情けない経営者である。

カフェはとっても小さいから、たくさんの方を受け入れられないけど、地味に新規の客足を伸ばして行かくてもいけない。
その辺の宣伝はとても難しい。

やっぱ思うに、私どものカフェに相応しいのはクチコミなのだろう。
2003年の12月にオープンした時だって、黙って開店したことを思い出す。
あの時は盲導犬時代の仲間たちがフル回転して支えてくれた。

よーし、今後は広告宣伝費をクチコミの方に回そう!
で、それってどうやるの?
相変わらずダメな経営者である。
 


- Web Diary ver 1.26 -