From the North Country

オオジシギを見かけた3日間 2010年05月18日(火)

  ジュージーギャージャーーージュジュジュジュギシギシーーー
昨日までの3日間、夕方の散歩の時に聞こえる声と羽音は大空高く、まるで戦闘機みたいな飛行を繰り返す鳥から放たれる音響であった。

最後にギシギシって聞こえたので反射的に私はシギの仲間か?と直感した。

見上げると、初日は1羽で水平飛行から急降下を繰り返していたので『空中の昆虫でも捕獲しているのか?』と思っていた。
二日目に2羽が飛行している姿を見て、『これはオスがメスに求愛しているな』と感じ、三日目の2羽の飛行を見てメロメロになった一羽と自信に満ち溢れたもう一羽の雄姿を感じた。

『北海道野鳥図鑑』で調べようと毎日思っていたのに帰宅するたび忘れてしまい、最終日にようやくチェックした。
迷わず探した“シギ”の項目には“水辺の鳥”が並び、ここは水辺がない地域なので『私の直感が外れた』と落胆しかけた時に見つけたのが“オオジシギ”
原野や草地でも過ごし激しいディスプレイフライトの羽音から『雷シギ』の異名をとる、とありその姿や急降下した時に見えた長い嘴から間違いなかった。

「無料お散歩チェックは予約が必要でしょうか?」
そんな電話の翌日にやって来たのが、1歳のハスキーだった。
「とにかくハイパーで大変なんです」
相談どおり、カフェに入ってきたハスキーはアドレナリン全開状態で、オオジシギの急降下を思わせるディスプレイウォーキングをしていた。

例によってちょこちょこっと私と歩き、歩行チェックと制御反応を確かめてカフェに戻った頃には、恋が成就したオオジシギのように落ちつき静かになっていた。

札幌では温暖な日が数日続き、桜が散り始め梅が満開を迎えている。
 

託されたテナーサックス 2010年05月15日(土)

  12日付の朝日で気になる記事を見つけた。

3年前に財政破綻し再建途上にある夕張で、市内3中学校を統合した夕張中学校が今年開校した。
東京23区より広い市域にただ1校の中学としてスタートしたのである。
カフェからは車で1時間ほどの距離だ。

そこの生徒達が『吹奏楽をやりたい!』と10数人集まったのに『楽器が全然足りない』と訴えていた。
当然夕張市に頼ることはできない、という。

中学に入ったらテニスラケットを握るはずだった私はひょんなことから入学式の日にアルトサックスを抱えさせられた。
以後10年間ひたすら吹奏楽にのめり込んだ過去が私にはある。

話が展開し過ぎて恐縮だが、4年前に死んだ眞知子(我が家の愛犬アモのパピーウォーカーでもあった友人)から私はテナーサックスを託されていた。
眞知子の旦那Y(女系家族の中で愛されたほんと優しい男。私の酒飲み仲間)はその前年に倒れ、今なお意識がないまま眠り続けているのだが、託されたテナーサックスは彼の愛器であった。

「長崎さんに吹いてもらったら絶対喜ぶよ」
眞知子からそう言われて託された楽器である。
だが、私の寝室に置いたものの、奏でるのは年に1〜2回しかなかった。

新聞を読んだ夜、私は久しぶりにテナーサックスに息を通した。
音程は完璧だったが低音のCがうまく出ない。
タンポ(重要な一部品)のチェックをしたが問題は無さそうで、そのまま吹き続けると問題は解決され、終いにはその音色がとても気に入ってしまった。

『吹き続けてこそ、この音が出る』
『このテナーサックスに再び命が宿るチャンスが来たのだ』と私は感じた。

中学生だから初めてサックスに出会うはずだ。
ろくな音も出せないに違いない。
雑な扱いをしてリード(音を出すための吹き口の竹の一種)を割ってしまうことだろう。

『40年以上前に私がやったあの頃と同じことを、この楽器と格闘する生徒が現れるかもしれない』
そう考えたら、私はニカーッとした顔になり、眞知子から託されたこのテナーは夕張中学校へ届けるべきだと心に決めた。

「すっごい!ピッカピカに光ってますね。ありがとうございます。で、これは貸して?それともいただけるんですか?」と興奮気味の先生。

差し上げますよ。存分に使ってくださいね。

夢みたいなことをひとつ言わせていただければ、意識のないまま今も眠り続けているYが、このテナーサックスの音色を聞いていつの日か目覚めてくれる奇跡が起きること、かな。
 

怠け者 2010年05月08日(土)

  この欄の更新が滞っている理由は二つ。

ひとつは春眠。
とにかくよく寝る。
いくら寝てもまだ眠る。
そのうち永遠に眠れるのだから、残された時間を少しでも多く起きてた方がいいはずなのに寝てしまう。

今日、駐車場のエゾヤマザクラが一輪開花し、カフェにも遅い春が来た。
若い犬たちは黄色い胃液を吐きながら躍動しているのに、その自然の摂理に反比例するように私は寝る。

この時期の犬たちの胃液嘔吐は『毎日同じパターンで食事を与えることが、よい飼い主の努めだと思っていたら大間違いですぞ!』という警鐘である。
年がら年中同じ食べ物を同じ量だけ与える『統計的管理飼育』を念頭においている業者や獣医のアドバイスに従うより、時にはバラつきがあっても平均して体調を整えてあげる食事を提供するのがよいのだ。

つまりこの季節は旨いものをいつもより多く食わせる時期なのだ。

ただ、旨い酒をいつもと同じように飲んでいる私が『春眠』と言い訳をして眠り続け、実は酒に弱くなっている事実(つまりは老化)を隠そうとしているケースもあるので、愛犬の年齢によってはそこら辺りを意識した管理が飼い主には求められる。

“春眠”が次へのステップの眠りだとしたら、差し詰め今の私の眠りは“惰眠”ということだろうか。
幸いにもひどく飲みすぎた翌朝、吐く胃液は今のところどす黒くはなく、時折血が混じっているものの綺麗な黄色をしている。

二つ目の理由は
ああ、今夜はやめとこ。
あんなに寝たのにまた眠くなってきた。
 

『来い!出せ!』っていう叫びより自然な振る舞いができるように 2010年05月01日(土)

  春の到来が遅かった北海道も今日の午後遅くになってからようやくそれらしくなってきた。

レトリーバーみたいに活動的なカフェの常連さんは待ち焦がれたキャンプに出かけており、今日のカフェではのんびりとした時間が流れた。

そんな午後、生後半年になったばかりのテンテン(サモエド×オーシー)と飼い主の家族が遊んでいる。
投げてもらったロープを咥えてテンテンは上機嫌なのだが、よく見ると飼い主のそばまで行ってはUターンする動きばかりで、ちっとも身体を擦り付けたりしていない。
つまり『捕まえるつもりだろうがそうはいかないぞ!』とテンテンは経験上のアピールをしている。

遊びの中で“決め事”を教えるチャンスなのに見逃してしまっているのが残念。
『どうせ呼んでも捕まらないし、咥えたものを盗られまいと逃げ回るだけ』
『人が追いかけ犬が逃げ回ること、それこそが犬の遊び』っておかしな転化をしてしまっている飼い主はかなり多い。

『いつでも呼び戻せて咥えたものを取り出せる』という関係なら“他愛もない遊び”であるが、もし『そうじゃない』としたら“ひどくまずい行為”と言わなければならない。
なぜなら『おまえには敵わないよ』と飼い主が宣言し、尚且つその意識を犬に対して強化しているからである。

小さなことだけど“根源を成す標本”みたいな生活習慣であり、愛犬との関係におけるバロメーターとも言える。

じゃぁロープを投げて犬が咥えた途端『来い!出せ!』って躍起になって教え込もうとするのがいいかと言えば、そっちの光景を見ているほうが気の毒になってしまう。
『来い!出せ!って叫びながら犬を追い回す飼い主の姿を見ると、最初から投げるなよな』って思ってしまうからだ。

『ニワトリが先か卵が先か』みたいな発想でいえば『犬は生来咥えたものを盗られまいとする』けど、本来『呼んだら来る』ものである。
だけど、どうでもいい時に呼ばれたり、呼ばれた時に行った意義を感じない結果が積み重なって“行かない”という行動が形成されるのだ。
勿論、訓練を行う人間は『おまえの意見を聞いているのではなく呼ばれたら来い』を教えることはできるが、犬の意識というのはそういう経験において形成されたものだ。

愛犬の様子をちゃんと見たうえで『おいで』って言う。『ええ?なになに?』と注目する愛犬に“呼ばれた意義”がちゃんと伝わる結果を残す。
咥えたものは『それはダメ!』と一喝するか『いいねぇ』と喜びを共有するふりをする。

愛犬が咥えてもよい物を持ってきたら、最初は捕まえることも取り出すこともせず、ニコニコするか身体をタッチする程度に留めておくと、咥えたままの愛犬と遊べるようになるのが普通だ。

自然な振る舞いが身についた犬は『ちょっとちょうだい』って言えば咥えたものを出すし、その後にポンと放り投げてさらに咥えさせたままにしておけば以後の執着と主従ゲーム感も薄れていく。

そんな基本的な育て方をして素直に育てから『お前の事情はともかく呼ばれた時はすぐに来い。』という段階へと発展していけるのである。

難しいことだろうが私にしてみれば当たり前のこと。
要は、犬のことをとやかく言う前に自分のスタンスを見つめ直すことのほうが大切だし簡単なことなのだ。

はてさてキャンプに出かけた犬たちと飼い主はどんなエピソードを持ち帰ってくれることだろうか?
 

ひとりごと 2010年04月28日(水)

  北海道は冬が終わってからも酷い天候が続いている。
せっかく天下一品の米である“おぼろづき”や“ゆめぴりか”などの道産米が生産されるようになったのに、このままでは2年連続で収量が危うい。

困るのは農家だけでなく我々消費者だから、気候は身近なことなのだ。

北極で雨が降っているという。
素人ながら『ヤバイなあ、そこまできたか』と感じる。

『じゃぁ、どうするか』という際の具体的な策はあるのに、世界レベルでは実施できず、先進各国は個人の危機感を頼りにエコを叫び、景気のいい途上国は『このチャンスを逃してなるものか』とばかりに環境から目を背けている。

総論賛成各論反対における解決策はとても難しい。
形のうえで二国間問題である普天間もそのひとつだ。
仮に米軍の世界戦略を“あちらの都合”と切り捨てたとしても、日本は国内での基地問題を解決できないでいる。
日本全国『わが地域への基地の移設は反対!』で一致するからだ。

ある決断をすることの重さを周知したうえで日本国民の究極の意思を確認する国民投票をすべきだと思う。
つまり、悪意ある国からの侵略があったとしても、米国の安全保障に頼らず、国際社会と自国民において対処しその結果を受け入れるかを問えばよい。

総論の覚悟ができれば各論の展開がしやすくなると思う。
『米軍基地は日本の何処にも要らない。出て行け!』ってことになるかもしれないし『じゃあお国のため、うちで受け入れましょう』ということになるかもしれない。

でも、まずいなぁ。これって状況は違えど世界大戦前夜の空気に似てしまうよな。
国民の意思なんて、権力によるマスコミの誘導でどうにでもなっちゃうからなぁ。

世の中ってハッキリしないことが多いけど、雨が続けばカフェは経営難に陥り、ちゃんと育てないと愛犬のことで苦労する人間が増えるっていうのは明白ですな。

明日29日は木曜(定休日)だけど祝日だから営業するのも明白であり、天気予報は雨だからカフェは当然苦戦する?
 

再びの訃報 2010年04月26日(月)

  いい顔してましたよ、チェス君。

最後のお見舞いのつもりでバナナを携えて訪ねたY宅。
呼び鈴を押しても返答はなく、電話をしても留守電になってしまった。
仕方なく車を出して角を曲がるとYさんの車が戻ってきた。

後部ドアを開けると、まだ暖かいチェス/ハスキーが穏やかな顔をして横たわっていた。
赤く目を腫らしたYご夫妻だったが、本当なら先月の27日に愛犬の突然の死を迎えていたはずだったのが1ヶ月の介護を全うし、死を受け入れる準備が整った末の現実に直面したご夫妻は立派な姿を示してくれた。
お見舞いのバナナがお供えになってしまったのが切ない。

あんなに安全で安心できるハスキーを私は知らない。
暖かで柔らかなチェスの身体を撫ぜながら『おまえは本当に純真なわんこだったな』と私は祈りを捧げた。

色こそ違えどチェスにそっくりな縫いぐるみをYさんから頂いた。
明日からカフェのどこかに置いて時々ニコッと思い出したいと思う。

先週もサリー/ゴールデンが逝ってしまった。

カフェが開業して7年を迎えているのだから仕方のない葬送である。

君達を忘れない。

私の人生において、逝ってしまった犬たちがあまりにも多いからいつもというわけにはいかないけれど、飼い主との会話をする都度、君達が蘇り具体的な思い出が蘇る。
飼い主の想いはどれほどであるかは推し量るしかない。

ただただ冥福をお祈りし、実のところいろんな場面で出会っている過去の犬たちとの喜びをこれからも密かに大切にしていきたい。

君達を忘れない。
 

訃報 2010年04月21日(水)

  先ほど連絡があり13時過ぎにYご夫妻の愛犬サリーちゃん(ゴールデン)が永眠したとのことです。
昨年から病気療養中でしたが、静かな最期を迎えたようです。
ご夫婦で看取られたことがせめてもの慰めであり、サリーにとってもなによりだったと思います。

Y夫妻には心からのお悔やみを申し上げますとともにサリーちゃんの冥福をカフェスタッフそして仲間たちみんながお祈りしております。
 

想像してみよう 2010年04月12日(月)

  ベリーグッドな天気。
最新情報に写っているレオンベルガー/ジェニーは、まるで雪上に立っているように見えるが、違いますぞ。
完璧なコンディションのガーデンである。
4ヶ月ぶりに雪のない世界が戻ってきた。

この時期、どういうわけだか浮き浮きするんだよなぁ。
今日から10月中旬までの半年間に愛犬と共に体験するであろういろんなことを頭に思い浮かべるだけで…

ドライブ・ペンションなんかでのお泊り・キャンプ…
ただのお出かけだって楽しいし、野菜・果物・海産物の直売所を巡って食べ歩くのもいい。

とりわけわくわくするのはキャンプかなぁ。
我が家のはちょっと変わっているけど…

朝はできれば近くのホテルの朝食を予約し、昼は地元の食堂で地域の味を発見し、夕暮れ時に温泉に浸かり、その後の夕食はやっぱ現地の新鮮な食材を焼いて食べるキャンプがいい。(ニンニクたっぷりの餃子やすき焼きなんかもするけど)

それ以外の時間は、陽光の中で我が家の愛犬アモが嬉々として駆け回り、それに付き合いながらもKは寝そべって本を読み、白鳥と戯れ、私はスケッチしたり釣りをしたり今年は安物だけどちょっとは頑丈そうなビニールボートを買って沖にも出てみたい。
もちろん夕暮れ前には3人で長い散歩に出かける。

今日、カフェ仲間が持参した2010年版のアウトドアのカタログを見て、語り合っただけでそんなこと想像をし、酔いが回った夜にはすでに1回目のキャンプを体験した気分になっている。

日本海に沈む夕日
燃えるような紅葉
頭を垂れる黄金色の稲穂
人はいつでも安上がりに幸せになれるものだ。
過去の体験による映像を様々に加工しながら空想と現実の間を行き来できるのである。

見る・体験するって大切なことだと思う。
ランタンの灯りの下で逝ってしまった愛犬や仲間とも普通に出会い会話できるなんて想像したらたまらないね。
夢見心地って秋の夜長だけじゃないようだ。
 

若鶏の半身揚げ 2010年04月08日(木)

  12日前に『今夜が峠で仮に超えても数日』という告知を聞き、『あの世で会おう』と惜別の言葉を贈ったはずのハスキー/チェスが昨日カフェにやって来た。
どれほどみんな嬉しかったことか!

実はあの翌日カフェの閉店後に、私達は何も食べないというチェスに秘策を携えて見舞っていた。

若鶏の半身揚げ。
私の膝・腰を維持するために通っている(旧名)里塚温泉の名物でKの好物の一品である。
訳あって鶏肉を食べない私なのだが、Kによると『本来の味をひきだし、あっさりしてとても美味』との評だし、その香りは確かにいいものだった。

私達が訪ねた際のチェスは伏せたまま表情をこわばらせていた。
何日も食べてないのに一切れの半身揚げにも目を背けた。
その姿は死を迎える準備を整えつつある動物のようだった。
Kが身体をさすり、何やら語り始めてしばらくするとチェスは仕方無さそうに一口食べ、自らの具合をチェックするように間を置いた。

ところが、もう一切れ与えると今度は美味しそうに食べ、ついには立ち上がって私のところにやって来て『もっと食わせろ』とせがむようになった。

今度は私達が間を置き、具合が悪くならないか、嘔吐する気配はないか、を確かめるようになった。

普通なら決して良いことではないと思うし、健康な愛犬の飼い主にはマネをして欲しくないのだが、今生の別れとなるはずだったチェスとY夫妻にはこれが効いたようだ。

チェスに生気が蘇り、Y夫妻は“犬に与えて良い物・良くない物”という枠から解放され、チェスが食べる物を次々と発見するようになった。
「焼き芋の皮を喜んで食べるんですから」とか
「ケン○ッキーはスパイシー過ぎるから、中のほうのほんのちょっとだけしかダメですね」などなど…

幼犬用の高カロリーフードにトッピングしながら食事管理をした結果、一時は末期時にありがちなタール状の便だったチェスのウンチは良好な状態に戻ったという。

先週、私達が再び若鶏の半身揚げを差し入れた時、チェスの表情はちょっとやつれてはいたが明るかった。
「天気もいいんだし、外に出たがっているようだから散歩しなさい。」と、また危険で変なアドバイスをした。

I獣医からY夫妻に告知されたチェスの状況は深刻なものである。
だからこそ最後をどう過ごすのか、と考える時間があって欲しいと私は思う。

これはこれまでに数多くの盲導犬関係の犬たちを看取ってきた私なりの結論である。

A.具合が悪い→入院・手術→死んだ
B.高齢あるいは相当悪いのに手術→犬は寝たきり・人は看護→死んだ(あるいは一時的に回復した後に死んでしまい記憶に残るのは看護のこと)
この二つが最も悔いの残る結果であると私は思う。

Aにおいては突然のことであり、自分のミスや病気の症状を事前に見つけられなかった不注意それに手術の危険性を把握していなかったことを嘆き、Bでは、自ら覚悟を決められず他者に依存した挙句、最後に至るまでの時間を有意義に過ごせなかったという後悔が付きまとうのだ。

きっと大切な話をしているのに2時を過ぎて酔いがぐるぐる回りながら書いている。

ええっと、なんだっけ?
そうそう、チェスが手術してたら仮に退院できても回復に時間がかかり寝たきりが続き、食も進まず今日という日があったか分からない。
先ず絶対に昨日カフェに来てガーデンの匂いをチェックする姿は見られなかったはずだ。
だが、手術していたら生命体として何日か長生きできる可能性もあるはずである。

我が家の愛犬アモには前十字靭帯断裂による手術を受けさせたが、あの時のアモは4歳であり、術後の未来があった。
まもなく9歳を迎えるアモがいつの日か生と死に直面した時、私達は冷静に判断するだろう。

どうもがいても、愛犬は犬である。
普通なら先に逝くし、若くして対応できない病もあろう。
それをどう認識しどのような決断を飼い主が下すかは多様であろうが、我がカフェにはそれを支える仲間がいる。
結論ではなく支えあう言葉がこれからも交差することだろうが、私とKは『チェスを散歩に連れ出しなさい』とはっきり言う。
その先で倒れたなら仕方がない。
時間が経てばお互いが納得できる結果だと思う。
 

一足先に春を迎えたガーデンと下界の放置便 2010年04月05日(月)

  いつもの散歩コースにある大きな公園は、黒いほこりまみれの残雪と雪解け水による巨大な貯水池と化していた。
見渡せば何処の空き地も同じような状態である。

で、我らがガーデン。
何処よりも綺麗に仕上がってますぞ。
ゼオライトを投入したので晴れた時にはその白さで眩しいくらいだし、冬の間に溜まった犬たちの抜け毛はカラスが巣作りの為にせっせと運んでくれている。

“暮らしやすい家庭犬”に育てたいと心から思っている飼い主の皆さんなら、たとえ今の愛犬に問題があったとしても共に解決してゆく環境がそこそこ整っております。
ご活用下さい。

さて、雪解け時期といえば“放置便”が目立ち、この欄でも散々苦言と怒りを過去にぶちまけてきたところである。
お困りの地域もあることだろう。
だが、カフェがある里塚緑ヶ丘周辺の放置便は着実に減り続けていて、そのことに少なからずカフェが貢献したと思っている。

お泊り犬と散歩をする時、便をしたら袋に手を通して拾い上げる。
その姿を誰かが見ていてマネをし『これはいい!』と続けてくれる。
それが広まり、これまでに放置したり片手にスコップを持って路端に投げ捨てる人が減るようになった。
殆どの人が便の始末をするようになると、放置する飼い主はそれまでの“無頓着”から、うしろめたさを感じるようになる。
ふと気づくと、過去にはたくさんあった放置便だったのが、『これは自分の犬の便』と識別するようになり、『他の飼い主はどうしているのか』を意識し、“袋で処理”する方法を知るようになるのだ。

今では当たり前の光景だが、実はこれは『コロンブスの卵』なのである。
1970年初頭の頃は盲導犬ですら、リードを放して『シーシーベンベンしてこい!』と犬を放して草むらで勝手に排泄をさせていた時代だ。

日本で初めての盲導犬を訓練した塩屋賢一さんから、お茶屋さんだったか豆屋さんだったか忘れたが、『商品をつかむ時に袋に手を通す姿を見て、盲導犬の便の処理方法を思いついた』と伺ったことがある。
些細なことだがそれが盲導犬を社会に認知させるひとつの要素になったと私は思っている。

『放置便』という言葉には飼い主の意識が反映されている。
便の処理を日常的にきちんと行っている飼い主の愛犬は、自分の排泄物を処理する飼い主を引っ張ることなく黙って観察している。

犬にだってわかる作法を行わない飼い主は、きっと“いい飼い主”ではない。
 


- Web Diary ver 1.26 -