From the North Country

アリの一穴 2010年03月23日(火)

  例えば盲導犬ユーザー100人が集まった会議があったとしよう。
すると盲導犬は主人の足元で寝てしまうか、リードの長さの範囲内でぼーっとしているのが普通であり、会場内を勝手にうろつき、気に入ったわんこと遊び始める犬などまずいない。

多くの人はその理由を『ちゃんと訓練された盲導犬だから』と思うだろうが、それは違う。
視覚障害者であるユーザーがそれを許さないからだ。

『自分達が何処へでも出かけられるのは、盲導犬をきちんと管理しているから』であり、『そうしなければ排除される不安』と『それが自分だけの問題ではなく、他のユーザーにも及び』『そうなれば自分達の生活が大変なことになる』ということを考えているからである。

土日のカフェでは盲導犬と同じレトリーバー密度がとても濃い。
彼らは一般の顧客達が驚くほどに静かだし、楽しい遊び方の中にもちゃんとしたわきまえを示すから『このお店のわんこたちはみんなお利口さんね』と対外的には素晴らしい広告塔にもなっている。

だけど彼らは盲導犬とは違い、飼い主から離れ、自由にカフェ内とガーデンを行き来し、お気に入りのわんこと遊んでいる。

それは犬としての使命が違うから、何処にも問題はない。

だが、当然ながら何もせずにそうなったわけではなく、飼い主の意思に応じた私の働きかけが、時に犬たちをコントロールし、飼い主としての接し方の方向性を誘導し、飼い主自身がちょっと変化し行動していることを知っておかねばならない。
そして、それを受け入れて下さった方が顧客としてカフェを支えておられるのだ。

犬を飼うということはその犬に対しては勿論、社会に対しても責任を負うということである。
ありがたいことに我々が盲導犬ユーザーのような深刻さを普段感じる必要性はないけれど、だからと言っていい加減な愛犬との暮らしが許されているわけでもない。

盲導犬ユーザーは自分の足元にいるべき犬が仮に離れるようなことがあれば、そこからお互いの関係が崩れ、自分だけじゃなく他のユーザーにとんでもない迷惑を及ぼす可能性があることを考えている。

あなたが多くの中途視覚障害者と同じように『なぜ自分が見えなくなったのか!』と嘆き、その壁を乗り越え盲導犬と暮らした時に、その真の意味が分かると思う。

で、今は健常者でいられるあなた。
愛犬と暮らしながら、『これを見逃せば、ガタガタと生活が音を立てて崩れていく』とポイントになるような懸念はお持ちですか?

私は持っていますよ。

だからちゃんと育ててますし、そうすればそれはそれは素晴らしい生活があることを知っていますから。
まあ、盲導犬ユーザーの感動には到底及ばないですけどね。
 

決め込むという危険性とつまらなさもある 2010年03月22日(月)

  わんこのフードについて飼い主が関心を寄せる時代になっている。
大変結構なことだと思う。

人間の食材を作る過程で生じる産業廃棄物を原料とし、そこに犬に必要な栄養素を添加して作り出されたのがドッグフード。
合理的だし無駄を省くという“エコ思想”にも合致するし、なにより犬の飼育がとてもし易くなり、それなりの評価に値するものである。
だが、良くない物質を含んでいたり、嗜好性や保存性を高めるために様々な怪しげな添加物を含んだ商品が並び消費されるようになった。

結果、同じドッグフードを食べさせられ続け、繁殖を繰り返された子孫に様々な病気や障害が報告されるようになり、ある種の病気においては“犬種特性”などといった言葉に置き換えられてしまっているのが現状だ。

さらに、それを改善させるためのフードが同じメーカーから、しかも動物病院などで販売されていることに“?”との疑念を私はずっと抱いている。

まあ、ここまでは以前から指摘していることだから近頃の愛犬家がフードにこだわりを示すことを歓迎していたのであるが、逆に最近は過剰反応を示す飼い主が増えていることに懸念を抱いてもいる。

例えば、『あのフードを使い始めてから毛の艶が良くなった』とか『同じ量を与えてもダイエットできた』などという話がフツウにまかり通っているということである。

『え?どこがおかしいの』と思われた方は要注意だ。

私が言いたいのは、当たり前の食べ物を与えた結果、毛づやが良くなったり、健康状態が良くなったのならそれでいいけど、ひょっとしたらそれはつまり飼い主の希望に沿うためにフードメーカーが添加物を工夫したことを知らずに喜んでいるだけで、結局は昔のまま“将来的な弊害”を考えず、“踊らされる飼い主”を演じているに過ぎないということで、さらに弱い犬たちを生み出すことに加担しているということだ。

犬は生き物だから、胃腸が弱い子もいれば規格外にデブなわんこもいるのが正常な社会である。
それが『このフードを食べたら良くなった』なんていうのはある面において恐ろしいことである。

それを言い換えれば、自分が労力を費やさずとも良い犬に育てるという安易な方法を見つけたがる飼い主に似ている。

最近は手作り食を実践している方も多い。
こちらも夢中になってしまうと危うさを含んでいると思う。
『前犬がそうだったから』とか、『あの犬がうまくいってるから』なんて範疇で考えず、『この犬に関しては』との視点で捉えて欲しいし、それ以上を求めるなら徹底的に犬の遺伝と栄養学を学ぶのがいい。

カフェのドッグフードは症状を改善する目的で販売しているのではなく、人間が食べる食材で余計な物質を安易に添加していない素朴なフードを置いているだけである。
カフェのフードは遺伝的な弊害をもたらすことがない当たり前の食材が使われていると信じているが、それでも私はフードのローテーションと季節の食材のトッピングを愛犬アモには行っている。
だって、どんなに優れた食べ物でも毎日同じじゃさしもの犬だって変化の方を選ぶでしょ。

こだわり続けるだけがベストじゃない。
清濁併せ持つと本質が見えてくることもある。
 

季節の変化と命のリレー 2010年03月21日(日)

  『午後から』という予報には遅刻してしまったが、夜半に入って外は冬景色。
それも結構な量。
明朝の除雪作業確定!
っていうか、せっかく駐車場が綺麗に乾いていたのに残念!
っていうか明日のガーデンはベストコンディション?

春は本当に来るのか!?

さて、今日の話題2点。
1.ゴールデンのあんこが今日1歳の誕生日を迎えた。

『ちょっと小さ目かな』なんて言われてたあんこだったが、気がつけばいつのまにかデカくなっていた。
誕生日のお祝いというか、生け贄として捧げられたというか、自らを献納したのが盟友(迷友)黒柴の宗一郎だった。

1ヶ月前までは対等に遊べていたのが、今では体格差に勝るあんこにやられっぱなしの宗一郎。
押さえ込まれ、頭ごと咥えられても、隙を見てはあんこの耳や垂れた上唇を咥えて一矢報いようと奮闘する宗一郎の姿は感動ものだった。

“Mダックス/モカ・モナカの飼い主Nさん”というイメージは今やすっかり払拭され、カフェの女帝あんこの飼い主Nさんとの呼び声も高い。

「あんこを迎え入れたのはいつでしたっけ?」と私。
「ちょうど半年前の今日でしたね。買い取って車に乗せたら主人が『まず、長崎さんとこへ行け、長崎さんとこへ行け』ってうわ言のようにいうからそのままここに来たんですよね」と、いつもののんびり口調が心地よい。
あの時の驚きは今でもはっきり覚えている。
まさかNさんがゴールデンを飼うとは…

まあ、息子二人を育て上げつつあるNさんには3人目との暮らしを存分に楽しんでいただきたい。
あんこは順調に育っており、私は密かに次のステップを考えている。

2.こぐ家が東京から帰ってきた!
2年間お国の為に東京に出向していたこぐ家/I夫妻が今夕カフェに戻ってこられた。
グロネンダール/はやてを失い3人家族になってしまったけれど、過ぎ行く時間とたくさんの仲間たちの想いがちょっとでも慰めになったならいいかな思う。

そして、命のリレーを感じさせるように、4月には1月10日生まれの小熊ちゃんの姿を披露してもらえるかも…

若い犬たちと飼い主のエネルギーを少し分けてもらいながら、私とKが元気でいられるなんてまるでドラキュラカフェみたいだけど、いろんな犬たちをしっかり見守りながらあとしばらく暮らしていこうと思う。
 

日々楽し 2010年03月20日(土)

  ガーデンの雪解けが進んでいる。
地面が出てぬかるんだ場所に雪山の雪を飛ばして補修するという悪あがきも明日辺りでおしまいになりそう。雪山が消滅しつつあるからだ。

今夜が雨で明日午後から猛吹雪らしいから、予定としては、明日の午前中に最後の雪山を吹き飛ばしてガーデンを補修し、午後からの雪で月曜までの3連休を乗り越え、火曜か水曜日にガーデンに残った雪を今度は外に吹き飛ばそうかと思っている。

で、そうなれば以後しばらくガーデンは例年のごときぬかるみとなって使用不能(若しくは覚悟のうえでの使用)となる。
これらの点をお含みおきのうえご来店計画をお考え下さい。(ただし天気予報があってればの話)
ガーデンの様子はKが最新情報でしばらくの間お届けするとのこと。

さて、今日の話題2点。
1.お泊り犬ゴールデンのドラゴンはとても律儀なわんこだ。
『ウンチは1日2回です』と伺っていたが、5回でも6回でもする。
というのも、もう一頭のキャバリア君がウンチが遠いので私が「ベンベンベンベン」としつこく促すのだが、それを聞いているドラゴンが『はいはい、ウンチですね』とトイレに出すたびに排泄するのだ。
午前中に3度もしたのに、午後キャバリア君と一緒に出して声をかけるとまたウンチングスタイルをしたので慌てて「君はもうしなくていい」と止めさせたほどだ。
言葉が分かって義理堅いとこうなっちゃうんだな。
もちろん下痢便じゃなく良好な義理便だった。

2.初めて来店のチワワ君
抱っこされた状態でワンワンと吠える。
すると飼い主は口を押さえて懐にしまい込むように抱き寄せる。
よく見かけるパターンだけど、それじゃいつまで経っても同じことの繰り返しで100%治らない。
「口を押さえるのは逆切れさせる訓練をしてるようなものですよ」と私。
「でも、本にそうしろと書いてありました」と飼い主さん。
ここにも悪書の被害者と被害犬がいた。

おまけにハーネスとフレキシブルリードという最悪の組み合わせだったので首輪とリードを装着してもらい、ちょこちょこっといじらせてもらった。
『なかなかいい子じゃん』と密かに思った。
そして『もったいないなあ。ちゃんとやれば輝く物持ってるのに』との言葉は飲み込んだ。

さあ、明日は何が待ってるかな。
 

イヌ社会と犬社会を履き違えないこと 2010年03月16日(火)

  『散歩中に出会うわんこたちと上手に挨拶できるようにしなきゃいけないんですよね』
『公園デビューしたときは先輩犬の洗礼を我慢してでも受ければその後うまくいくんですよね』
『そんなことをちゃんとやっていくことが犬の社会化に繋がり、飼い主の責任でもあるんですよね』

まさかあなたはこんなデタラメな言い分を真に受けて悩んでいないでしょうな?

ご自分の愛犬が他犬との関わりを快く思っていないと感じる飼い主が心配して相談されることがある。
『いいんですよ、それで。』と私はにこやかに主張する。

・他犬にさほど興味がない
・他犬が接近してきても『どうぞお構いなく』と振る舞える犬
・人間社会の中で普通に過ごせる犬
この3点があればあなたの愛犬は上出来であり、飼い主の制御によってそう振る舞えるのであればより上出来なのである。

多くの獣医師や公的機関の職員までが『犬の社会化』というキーワードを用いて
・仔犬はできるだけ長く親兄弟と一緒に、とか
・他犬と上手に挨拶できるように、とか
・時にはその中での試練も必要
なんて言っているけど、彼らは実のところ何にも分かっちゃいないのだということを私は知っている。

一言で言えば彼らが言う『犬の社会化』は『イヌとしての社会化』であって、私共のカフェに集う仲間たちと暮らす愛犬とは全く違うイヌという動物との付き合い方を伝授しようとしているに過ぎない。
“野生のトキは素晴らしい!”みたいな感覚なのだ。
愛犬との暮らしは種の保存ではなく、“心理面での確かな存在”みたいなものである。

あなたの愛犬がどんなに弱くてもそれはあなたの愛犬である。
他犬との関わりの中で上手に挨拶もできず、『できればお構いなく』と振る舞っているのに、他犬からイヌとしての干渉をうけなければならない筋合いはないのだ。

私の意に反するイヌの飼い方をしておられる飼い主に一言申し添えよう。
・ご心配なく、あなた方のイヌの飼い方は間違っていません。ひとつの方法として大いにありです。
・幸いなことにイヌというのはどのような環境の中でも満足し、その飼い主を喜びに導く不思議な力を宿しております。
ただし、暮らし方によって脳が解発された犬がいて、そんな犬たちとの生活を満喫している人々がいることを知っていただきたい。


散歩中に前方から他犬がやってきたら
『ごめんなさい、あなたがどんな犬か知らないから無用なことがないよう、お互いフツウにすれ違いましょうね。どこかでゆっくりお会いすることがあればまたその時にでも』と発想する飼い主と犬があってもいいのだ。

『どれどれ、どんな匂いをあんたは持ってるの』
『おめぇ誰よ!すっこんでろ!』

何ていうか、普段お付き合いもないのに道で出会っただけでそんなことをする下品なわんこにはしたくないんだよな。
 

疑いの目を持たなきゃならない存在にはなりたくない 2010年03月13日(土)

  おいおい!
札幌市民の皆さん、夜半の外をご覧になりました?

今日の日中は寒いといわれていたのにどんどん雪解けが進んで、『この調子じゃガーデンの泥沼も近いぞ』と慌てさせられた。
明日の予報では大きな変化はないとのことだけど、知恵を働かせて『もっと解けるんじゃないか』と心の準備をしてもいた。
ところが、さっき外に出てみると『ひっでぇ積もってんじゃん』
解けた以上どころの積雪じゃないよな。
明日からまた冬営業だね。

明朝は早起きしての除雪作業が既に確定。
除雪というのは雪国で暮らす人間にとってはいたって自然な行為であり、人々は素直に受け入れる器を持っているはずなのに、予報によって騙されたような腹立たしさを感じるのは何故?
ここまで外す予報はせぬほうが人民のためであり、お宅らの生活を守る為にも深く反省した方がよろしい。

私なんぞ『明日は晴!』なんていう予報を仔犬育てに悩んでおられる飼い主に滅多に出したくない。
『放っておくと大変なことになりますよ』と脅し文句を入れつつ言っておいた方が商売になるし、結果的に良い愛犬になれば『私がレッスンしたからです』と自慢できるし、ダメ犬になったとしても『やっぱり当初の懸念が現実になりましたね。血は争えないですから』と占い師みたいな適当な説明でいくらでも繕える。

世の中そんな事柄が氾濫している。
『払いすぎた借金の利息を取り戻すことができます』っていうコマーシャルが突然増えてきたけど、戻ってきた過払金が100万あったのに弁護士費用で130万請求されたなんていう現実がある。
莫大なテレビ広告費を払ってでも弁護士が儲かるから急にコマーシャルが増えたのであり、悪徳であることを過去の歴史から判断できる我々でありたい。

生きること・近々の気候・愛犬のこと、そんな情報を疑い深い視点で観るのは耐え難いことだ。
だから自らの感性を日々磨くことを私達は忘れてはならないのだ。
人々が主張した結果、自らが選択した結果責任が我々に課され始めている。

だけど、素直に信じてくれた人々に信頼され後悔させないよう、正直に生き信頼され共感され、そのうえで商売として成り立つカフェであるためのしたたかさをこれから勉強していきたい。
 

無題 2010年03月12日(金)

  3月も中旬というのに寒い日々が続いている。
先週まで夜はマイナス10度を下回る日も珍しくなかったし、今日の最高気温がプラス5度と言われても強風で体感温度は相当低く感じられた。
例年ならガーデンの雪山を吹き飛ばす時期であるのに、この調子だとまだまだ先になりそうだ。
確か長期予報では今年の春は早いって言ってたはずだが…

雪がたくさん残っているのはカフェにとっても犬たちにとっても大変ありがたいことである。
どんなに遊んでも汚れないし、散歩から戻っても足を拭かずに部屋に入れる。
でもぽかぽか陽気も捨てがたい。
ああ、北海道民のジレンマだ。

解けたり降ったりじゃなくて、一気に解け一気に乾くように暖かくなれ!というのが身勝手だが叶わぬ理想である。

春が近づくと涙や目やにが出るわんちゃんが多くなる。
背が低いから道路の細かなほこりが眼に入ってしまうようだ。
近々カフェで手頃な量の洗眼液を用意いたしますのでご利用下され。

話は変わるが、『レトリーバー』という雑誌の今月号(4月号)に私どものカフェがちょこっと紹介されている。
広告料を払っての掲載ではなく、電話とメールでの取材依頼があって向こう様が自主的に掲載してくださったことを述べつつ感謝申し上げたいと思う。

依頼主はきっとこのホームページをご覧になっておられたのだろう。
で、毒舌の多いことを承知の上で選んでくださったことに感謝の念と愛犬家への将来への期待を込めてひとつ書いておこう。

『暮らしやすい家庭犬』を標榜する諸氏へ。
愛犬がどのレベルにあるかのバロメーターとなる振る舞いの一例。
※他犬が排尿したとしよう
1.またぐらに首を突っ込んで相手の排尿の邪魔をし、またはオシッコをかけられるようじゃ警戒レベル。
2.せめて相手の用足しが済むまで順番待ちをさりげなくしているわんこに育てよう。

つまり、デリカシー・common sense(常識)は必需品であってdecent(上品な)を愛犬に対して求め続けていただきたいとうこと。
深く酒に酔ってしまったが、長い冬を犬たちと乗り越えた経験のある人間の一言であることに変わりはない。
 

犬を育てるって? 2010年03月07日(日)

  『犬を育てる』という言葉をこの欄では幾度となく使っている。

どんな風に育てるかは『どう犬と暮らしたいか』という飼い主の考えに基づくけれど、カフェに来られる方の殆どが初期の段階においては『特技が欲しいわけではなく、ただ暮らしやすく、どこへでも一緒に連れていけて、周囲に迷惑をかけない犬』という曖昧ながらの思いを持っておられるようだ。

カフェに通い、それなりの成果を得た以後、そこから犬との暮らしをどう発展させていくか多様であり私にとって気にはなるし話を聞くことが楽しいけれど、正直なところ“凄く興味深い”というものではない。
普通に暮らすもよし、アジリティーをやるもよし、アウトドアもよしである。

そんなことよりカフェでの『犬を育てる』お手伝いにおいて、私が一番満足し、犬たちを見ていて安らげるのは“平穏”であるということだ。

飼い主や人を威嚇し攻撃する犬を見ることほど辛いものはない。
他犬に対し吠えたて攻撃的になる犬を放置している飼い主には憤りと情けなさを感じる。
それらを悲しみ何とかしたいと願う飼い主には心からの同情を禁じえない。

『散歩で引っ張るんです』『呼び鈴で吠えるんです』
いろんな問題で愛犬のレッスンの依頼を受けたとしても、私が最重要視するのは“反抗的・攻撃的な犬に(なって/育てて)はいないだろうか?”ということだ。

飼い主には犬が反抗することなくそれでも実感する叱り方を学んで欲しい。
『凄いね!えらいね!』で暮らせるようになるために、まずはイエローカードで済ませることができる日常であって欲しい。
そのためにはレッドカードの存在と意味を分からせなければならない犬もいるし、どう対応してよいか苦しむ飼い主もいる。
『2試合出場停止』で犬に通じるはずはなかろう。
『噛むしかない』と犬に思わせるような安易な制裁を加える飼い主では元も子もない。

そんなことを根底に置きながらカフェを6年続けていたら、周りを取り囲んでいる犬たちは実に平穏にカフェライフを作り上げてくれていた。
初めて来店の吠えるわんこがいても、刺激しないよう振る舞うし、遊びの中でも店内でも私や飼い主がイエローカードを出す前の『ファウル』のホイッスルだけで反応し、今やレッドカードはまず見ることはなくなった。

カフェの皆さんとその愛犬はそれでいいだろう。
だが、私はいつ訪れるとも知れないレッドカード対象の犬/飼い主の存在を捨て去ることはできない緊張感を片隅に持っている。

犬を育てることの基本には、人にとっての“安全”と犬にとっての“安心・信頼”が忘れがちだけど厳然とあること、そして『そんなのは無用』との考えに至る“犬の育て方”があることが分かったとき、人は次の愛犬を安心して寛大に受け入れられるのでしょう。
 

野生って凄いな 2010年03月05日(金)

  視線を感じ、落葉した木立の斜面を見上げると、焦げ過ぎたキツネ色をしたキタキツネがオスワリをして私達を見下ろしていた。
『長い冬を乗り越えた』というより『優雅に過ごした』との表現の方が相応しい肉付きと毛づやだった。

野生のキツネにとって実際のところはどうなのだろう?
落葉し見通しが良くなった森は彼らの狩に適しているのだろうか?
雪上にネズミやウサギの足跡が残る冬は獲物を捕らえやすいのだろうか?
冬眠した蛇や越冬中のスズメバチみたいな、ご馳走の貯蔵庫でもあるのだろうか?
身体からダニが消える冬は快適なのだろうか?

繁殖期が近いということはきっとそれなりの暮らしができているということだろう。

しばらく私と一緒にキツネを見つめていたアモだったが、「いいよ」との一言でキツネに向かって走り出した。
雪深い急斜面を登ろうとして1メートルで滑り落ちてくるアモ。
すばやく移動してアモのぶざまな動きに一瞥をくれ優雅に去っていくキツネ。

大雑把に書けば、脊椎動物門・羊膜亜門(四足動物亜門)・哺乳類網・食肉目・イヌ科・イヌ属。
そんな分類より野生の逞しさとアモの不甲斐なさを目の当たりにした休日の原生林だった。

アモ、君の事は私達がちゃんとみてあげるよ。
 

決してマネをしてはいけません。 2010年03月02日(火)

  3月に入ってから毎朝積雪があり、まだ春は遠い。
夕方の散歩コースは荒れたスケートリンクのような箇所がいくつもあるが、こちらは滑らない靴のおかげで楽々クリアできるのがありがたい。

そんな気持ちの余裕もあり、途中の大きな公園で見渡す限り誰もいないことを確認して秋田犬のももを放牧する。
あっという間に50メートルほど疾走し、次に反対方向に実に楽しそうに駆けて行く。

勿論『呼べば戻る』との勝算あってのことであるが、安易に呼び戻すつもりはない。
犬というのは相手の意図を推し量る名人である。
誰にも迷惑がかからない状況で放してあげたのだし、万が一遠くに人や他犬が現れても落ち着いて呼び戻せる自信というか関係ができているはずだから、『もも!いいねえ!』と言いつつもそっけなく先へ歩いていく。

当然のごとくももには『このまま逃げちゃおかな』という考えも働くとは思うが、決してそんな行動はとらない関係ができつつあることを私は知っている。
そこが面白く、犬との関係をさらに確実な一歩先に進める正念場でもある。

・リードが付いてないがための不安が実はももにはある。
・『楽しいねえ』と共感している人間がいて『もっと走れ!』と促している。
・『信頼されている』とももは感じている。
・捕獲するために自分を追いかけるどころか人間は道の先へ進んでいる。

『はい、おしまい。もも、おいで』とタイミングを見計らって声をかけると、安堵したように、『楽しかったよ』というようにももはリードに繋がれる。
それを翌日も繰り返す。

『こら!もも!!』
本気で叱られるけど、認められているという関係を事前に構築してあるのは当然。
私が特定の犬に行うこれらの行為は、さらに暮らしやすさを深めるプロセスとしての訓練であり、犬と暮らすうえで通らなければならない“信頼構築のための検定”である。

条例違反であろうし素人が安易に試すべきではない。

だが、私の中ではこれが愛犬と暮らす登竜門のさらに入り口であり、犬たちにはワクワクしながら先に進める能力が備わっているのだ。
カフェで飼い主の皆さんに伝えているのはほんの一部に過ぎない。
頑張って!そこからまだまだ先があるのですよ。
 


- Web Diary ver 1.26 -