From the North Country

無題 2010年03月12日(金)

  3月も中旬というのに寒い日々が続いている。
先週まで夜はマイナス10度を下回る日も珍しくなかったし、今日の最高気温がプラス5度と言われても強風で体感温度は相当低く感じられた。
例年ならガーデンの雪山を吹き飛ばす時期であるのに、この調子だとまだまだ先になりそうだ。
確か長期予報では今年の春は早いって言ってたはずだが…

雪がたくさん残っているのはカフェにとっても犬たちにとっても大変ありがたいことである。
どんなに遊んでも汚れないし、散歩から戻っても足を拭かずに部屋に入れる。
でもぽかぽか陽気も捨てがたい。
ああ、北海道民のジレンマだ。

解けたり降ったりじゃなくて、一気に解け一気に乾くように暖かくなれ!というのが身勝手だが叶わぬ理想である。

春が近づくと涙や目やにが出るわんちゃんが多くなる。
背が低いから道路の細かなほこりが眼に入ってしまうようだ。
近々カフェで手頃な量の洗眼液を用意いたしますのでご利用下され。

話は変わるが、『レトリーバー』という雑誌の今月号(4月号)に私どものカフェがちょこっと紹介されている。
広告料を払っての掲載ではなく、電話とメールでの取材依頼があって向こう様が自主的に掲載してくださったことを述べつつ感謝申し上げたいと思う。

依頼主はきっとこのホームページをご覧になっておられたのだろう。
で、毒舌の多いことを承知の上で選んでくださったことに感謝の念と愛犬家への将来への期待を込めてひとつ書いておこう。

『暮らしやすい家庭犬』を標榜する諸氏へ。
愛犬がどのレベルにあるかのバロメーターとなる振る舞いの一例。
※他犬が排尿したとしよう
1.またぐらに首を突っ込んで相手の排尿の邪魔をし、またはオシッコをかけられるようじゃ警戒レベル。
2.せめて相手の用足しが済むまで順番待ちをさりげなくしているわんこに育てよう。

つまり、デリカシー・common sense(常識)は必需品であってdecent(上品な)を愛犬に対して求め続けていただきたいとうこと。
深く酒に酔ってしまったが、長い冬を犬たちと乗り越えた経験のある人間の一言であることに変わりはない。
 

犬を育てるって? 2010年03月07日(日)

  『犬を育てる』という言葉をこの欄では幾度となく使っている。

どんな風に育てるかは『どう犬と暮らしたいか』という飼い主の考えに基づくけれど、カフェに来られる方の殆どが初期の段階においては『特技が欲しいわけではなく、ただ暮らしやすく、どこへでも一緒に連れていけて、周囲に迷惑をかけない犬』という曖昧ながらの思いを持っておられるようだ。

カフェに通い、それなりの成果を得た以後、そこから犬との暮らしをどう発展させていくか多様であり私にとって気にはなるし話を聞くことが楽しいけれど、正直なところ“凄く興味深い”というものではない。
普通に暮らすもよし、アジリティーをやるもよし、アウトドアもよしである。

そんなことよりカフェでの『犬を育てる』お手伝いにおいて、私が一番満足し、犬たちを見ていて安らげるのは“平穏”であるということだ。

飼い主や人を威嚇し攻撃する犬を見ることほど辛いものはない。
他犬に対し吠えたて攻撃的になる犬を放置している飼い主には憤りと情けなさを感じる。
それらを悲しみ何とかしたいと願う飼い主には心からの同情を禁じえない。

『散歩で引っ張るんです』『呼び鈴で吠えるんです』
いろんな問題で愛犬のレッスンの依頼を受けたとしても、私が最重要視するのは“反抗的・攻撃的な犬に(なって/育てて)はいないだろうか?”ということだ。

飼い主には犬が反抗することなくそれでも実感する叱り方を学んで欲しい。
『凄いね!えらいね!』で暮らせるようになるために、まずはイエローカードで済ませることができる日常であって欲しい。
そのためにはレッドカードの存在と意味を分からせなければならない犬もいるし、どう対応してよいか苦しむ飼い主もいる。
『2試合出場停止』で犬に通じるはずはなかろう。
『噛むしかない』と犬に思わせるような安易な制裁を加える飼い主では元も子もない。

そんなことを根底に置きながらカフェを6年続けていたら、周りを取り囲んでいる犬たちは実に平穏にカフェライフを作り上げてくれていた。
初めて来店の吠えるわんこがいても、刺激しないよう振る舞うし、遊びの中でも店内でも私や飼い主がイエローカードを出す前の『ファウル』のホイッスルだけで反応し、今やレッドカードはまず見ることはなくなった。

カフェの皆さんとその愛犬はそれでいいだろう。
だが、私はいつ訪れるとも知れないレッドカード対象の犬/飼い主の存在を捨て去ることはできない緊張感を片隅に持っている。

犬を育てることの基本には、人にとっての“安全”と犬にとっての“安心・信頼”が忘れがちだけど厳然とあること、そして『そんなのは無用』との考えに至る“犬の育て方”があることが分かったとき、人は次の愛犬を安心して寛大に受け入れられるのでしょう。
 

野生って凄いな 2010年03月05日(金)

  視線を感じ、落葉した木立の斜面を見上げると、焦げ過ぎたキツネ色をしたキタキツネがオスワリをして私達を見下ろしていた。
『長い冬を乗り越えた』というより『優雅に過ごした』との表現の方が相応しい肉付きと毛づやだった。

野生のキツネにとって実際のところはどうなのだろう?
落葉し見通しが良くなった森は彼らの狩に適しているのだろうか?
雪上にネズミやウサギの足跡が残る冬は獲物を捕らえやすいのだろうか?
冬眠した蛇や越冬中のスズメバチみたいな、ご馳走の貯蔵庫でもあるのだろうか?
身体からダニが消える冬は快適なのだろうか?

繁殖期が近いということはきっとそれなりの暮らしができているということだろう。

しばらく私と一緒にキツネを見つめていたアモだったが、「いいよ」との一言でキツネに向かって走り出した。
雪深い急斜面を登ろうとして1メートルで滑り落ちてくるアモ。
すばやく移動してアモのぶざまな動きに一瞥をくれ優雅に去っていくキツネ。

大雑把に書けば、脊椎動物門・羊膜亜門(四足動物亜門)・哺乳類網・食肉目・イヌ科・イヌ属。
そんな分類より野生の逞しさとアモの不甲斐なさを目の当たりにした休日の原生林だった。

アモ、君の事は私達がちゃんとみてあげるよ。
 

決してマネをしてはいけません。 2010年03月02日(火)

  3月に入ってから毎朝積雪があり、まだ春は遠い。
夕方の散歩コースは荒れたスケートリンクのような箇所がいくつもあるが、こちらは滑らない靴のおかげで楽々クリアできるのがありがたい。

そんな気持ちの余裕もあり、途中の大きな公園で見渡す限り誰もいないことを確認して秋田犬のももを放牧する。
あっという間に50メートルほど疾走し、次に反対方向に実に楽しそうに駆けて行く。

勿論『呼べば戻る』との勝算あってのことであるが、安易に呼び戻すつもりはない。
犬というのは相手の意図を推し量る名人である。
誰にも迷惑がかからない状況で放してあげたのだし、万が一遠くに人や他犬が現れても落ち着いて呼び戻せる自信というか関係ができているはずだから、『もも!いいねえ!』と言いつつもそっけなく先へ歩いていく。

当然のごとくももには『このまま逃げちゃおかな』という考えも働くとは思うが、決してそんな行動はとらない関係ができつつあることを私は知っている。
そこが面白く、犬との関係をさらに確実な一歩先に進める正念場でもある。

・リードが付いてないがための不安が実はももにはある。
・『楽しいねえ』と共感している人間がいて『もっと走れ!』と促している。
・『信頼されている』とももは感じている。
・捕獲するために自分を追いかけるどころか人間は道の先へ進んでいる。

『はい、おしまい。もも、おいで』とタイミングを見計らって声をかけると、安堵したように、『楽しかったよ』というようにももはリードに繋がれる。
それを翌日も繰り返す。

『こら!もも!!』
本気で叱られるけど、認められているという関係を事前に構築してあるのは当然。
私が特定の犬に行うこれらの行為は、さらに暮らしやすさを深めるプロセスとしての訓練であり、犬と暮らすうえで通らなければならない“信頼構築のための検定”である。

条例違反であろうし素人が安易に試すべきではない。

だが、私の中ではこれが愛犬と暮らす登竜門のさらに入り口であり、犬たちにはワクワクしながら先に進める能力が備わっているのだ。
カフェで飼い主の皆さんに伝えているのはほんの一部に過ぎない。
頑張って!そこからまだまだ先があるのですよ。
 

動物取扱責任者講習会 2010年02月27日(土)

  つい先日、年に一度以上の受講が義務付けられている“動物取扱責任者講習会”に参加してきた。
毎度の内容だったが、2点の話に心の中で拍手した。

1.「皆さんは法律で配置が義務付けられた動物取扱責任者です。この講習会で学んだ内容を職場の方にも伝えてください。そして仮に皆さんの職場に不備があれば社長やオーナーに毅然として改善を求めてください」

そうだそうだその通り!
動物好きでこの仕事に就いたんだから初心を忘れないようにしよう!
くれぐれも、経営者の屁理屈を代弁したり、利益第一・雇用確保第二で『自分達の生活は犬の犠牲によって成り立っている』なんてことにならないよう戒めていただきたい。

2.「ショップに置かれている仔犬たちの給餌回数は2回でいいと思っていませんか?とんでもない話ですよ。最低でも4〜5回は必要なんですよ」と講師の獣医さん。

そうだそうだその通り!
何も知らずに雇われたショップ店員は上司から言われたままの給餌しかしていない。
ショップの狙いはとにかく経費を抑え早く高く売ることであり、買い手が躊躇する項目をひとつでも消したいのだ。
だから日中仕事で留守にする顧客に『餌を4回に分けて与えてください』という当たり前のことすら言えない。
せめてショップの段階から給餌を2回として、仔犬をそれに慣れさせようとしているのだろうが、無理無理、ネグレクトだよ。
子供の胃袋の大きさと新陳代謝を考えてごらん。
母犬なら自らがやせ細ってでも嘔吐物を仔犬に与えるだろう。

せめて仔犬が6ヶ月になるまでの間すら家を空けなければならない人に仔犬を売ってはならないと思う。
一方で共働きで子供がいる家庭ならば子供に責任を持たせて飼うことは素晴らしいとも思う。

飼い主は犬の一生を見る責任だけではなく、幼児期に適切な飼育ができねばならないのだ。

少なくともこの2点だけをみても、ペットショップでの生体販売は違法とすべきである。
いつも言うようにショップでは様々な犬種のビデオを放映し、犬種特性や飼育方法をきちんと広報したうえで飼育希望者を審査し、適合者に対しては『では1年以内に仔犬が生まれましたらご連絡いたします』という仕事をすればいいと思っている。
儲けを増やしたいならその時にいろんな物を売りつければいい。
犬を犠牲にして欲しくない。

地味ではあったが3回目にして“主張”をみせたという点において良い講習会だったと思う。
 

ゆっくりでいいのにね。 2010年02月26日(金)

  驚くべきばかりの雪解けが進んだ暖かな一日だった。
災害に匹敵する程の雪解け水が昨日今日と集中したはずなのに、洪水が起こらない排水システムという基盤整備を築き上げた先達に心からの感謝の気持ちを抱かざるを得ない。

微力ながら、目には見えなかったけれど氷の下にあるはずの雨水マスを周囲の目標物との位置関係で割り出し、ツルハシを振り下ろして排水を促した。
そして掘り出した雨水枡が溢れて逆流することなく、流れ込む水を吸い込む力に安堵し感動した次第である。

予報によると春の訪れが早いそうだ。
当然あと数回の大雪があるのが分かっていてもちょっと嬉しくなる予報だ。

ただ散歩コースの選び方が難しくなる季節でもある。
これまで足を拭く手間が省けていましたからね。
で、今回の定休日は当然レクの森に出かけて汚れない選択をした。
スノーシューを履いた私はスイスイと歩けたが、同じコースを長靴で歩いた方がおられたようで、足跡から判断するとその方の散歩は悲惨なものだったようだ。

数メートルおきに50センチほど沈み込んだ靴跡が残り、酷いところでは一歩ごとの4つの沈み込みが残っていて『よく這い上がったものだ』と感心するほどだった。

そこからが面白かった。
我が家の愛犬アモは先導したがる犬なのに、スーッと私の後ろに回り『お先にどうぞ。僕はあなたの足跡の上を歩きますから』と観念したのだ。
ちゃんと考えているんですね。

楽しい休日だった。
途中のコースには一頭のエゾシカの足跡があったが彼/彼女の足も沈み込んだみたい。

春を迎えるのにみんなそれなりの苦労があるようだ。
 

書いてるうちに妙な展開になってしまった。 2010年02月23日(火)

  背が高い生き物から『○※×▼!』との声が発せられる。
その口調が非日常・威圧的と感じた犬は『え?何?』と意図を確かめようと背が高い生き物を見上げる。

結果的に四足動物の犬は“おすわり”の姿勢をとる確率が高くなる。
人間が犬に“座れ(おすわり)”を教えたつもりなる第一歩である。

人間とは身勝手なもので、たまたま犬が反応しただけなのに『犬が言葉を覚えた』と思い込み、次から次に『○※×▼!』を繰り返す。

最初は非日常・威圧的と感じて反応していた犬は、やがて『大したことではなかった』と悟り、とりわけ強い調子で言われたときや食べ物を交換条件に出されたときだけ『○※×▼』に反応し、人間も『まあ、いいっか』とそれに満足するようになる。

実はその頃になって犬は『○※×▼』が『お※×り』と聞き取れるようになり、次第に『おす×り』『おすわり』との響きを覚えるのだが、身勝手な人間は言葉を変え『座れ』とか、何を思ったか『シット!』などと言うようになる。

『知らんぷり』をシット・ダウン・プリーズと自分達が理解するまでどれだけの時間がかかったかは棚に上げて、犬に対しては後に知った自らの恥ずかしさの溜飲を下げるように言葉をもてあそんでいる。

そもそも『座れ(おすわり)』の定義すらできていない人間と暮らしている犬なのに、求められることが理不尽であっても忍耐強く付き添っていることに彼らのしたたかな生命力を感じ、ただただ敬意の念を抱かざるを得ない。

だって、あなたの『座れ(おすわり)』の指示は、訓練のためであるとか本当に必要な時の確かな命令ですか?
それなら絶対性若しくはそのための働きかけが求められますよね。
それとも、どうでもいい時の遊び(自己満足)であったり動作確認ですか?

『座れ(おすわり)』の指示はいつ・何故解除されているのですか?
犬が勝手に判断し、人間は“犬が一時的に座った”ことに満足しているだけではありませんか?

それなのに、写真撮影をする時に動いてしまう犬に不満を感じている。
『マテ!』と叫んだのに逃げていく犬に腹立たしさを覚え、他人から怒られて謝る時には自分なりの屁理屈を考えてしまう。

そう、『座れ(おすわり)』とは“座ってマテ”のこと。
犬に対して順を追って丁寧に根気強く教え、理解した段階で強化すればよい。
そして命令した人間にはその意図なり事情を犬に分からせる必要と、解除するまでの責任がある。

それを教えられてもいない犬に過失を問うのは、過去の大戦で捕虜となった人間が、背が高く武器を持った外国人に『○※×▼!』と言われるようなものだ。

言葉や意思を理解する前に一方的にやられてしまった生き物は、相手を観察してから慎重に相手の出方を伺い自らの振る舞いを決めるようになる。

犬を飼い主の指示に従わせるのは、安全に・社会に迷惑かけることなく・お互いが楽しく暮らすためであるのだが、日本人が過去の歴史によって抱いてしまった観念と犬たちの振る舞いが妙に共通していることに、ふと、興味が湧いてきた。
 

ガキ大将のテンテン 2010年02月21日(日)

  仔犬の段階から将来を見据えた犬育てをするという意識を持つのはなかなかできるものではない。

とりわけ小型犬の飼い主や過去にそれなりの飼育経験を持っている方には、小さな大変さは最初から織り込み済みであって、生活に支障を及ぼさない限り大事と意識することはなく、実際に大きな問題と感じ始めた頃に犬の性格を意識し自らの育て方を振り返るのではないかと思う。

『可愛いから』とか『犬が好き』というだけで暮らし始め、現在の愛犬との暮らしに満足しておられる方は幸いである。

『もし、そうじゃない暮らしになったら…』と、私は懸念してしまう。
将来的に愛犬との暮らしが楽しいものであることが必然であればいいが、実際はそうでもないから…

生後3ヶ月弱だったサモエド×オーストラリアンシープドッグのテンテンが知り合いの獣医師の紹介でカフェにやって来たのは今年になってからだ。
リード歩行ではちょこちょこと好き勝手に動き回り、飼い主の足をおもちゃ代わりにかじり、叱ると唸り声を上げて興奮はエスカレートしていた。

仔犬の行動としては想定内であろうが、暮らしやすさを求める飼い主としては専門家に意見を求める分岐点でもある。
放置し手を加えなければ図体ばかりがでかくなって、身勝手で手に負えない大型犬になる可能性がある。
なぜならこの犬は3ヶ月弱なのに威嚇し制御に対して反抗しており、そこに遺伝的な気質があることが認められるからである。

紹介してくれた獣医師と行動した飼い主の決断は正しかったと思っている。

受け継いだ私は、生後4ヶ月になったばかりのこの仔犬に様々な刺激と基礎的なレッスンを行っているが、きちんとしたしつけや訓練を今行うつもりはない。
今の彼女に必要なのは社会経験であり、身の丈にあった道徳と振る舞いの醸成であり、なによりその中で成長を重ねる時間である。

できる限り飼い主と私の負担を軽減しながらレッスンを行い、テンテンの脳の解発に繋がるきっかけを与え続ければと思う。

テンテンは生後4ヶ月になり、標準的な柴犬よりずっと大きくなっている。

大きいから飼い主は問題意識を抱きやすいのだけど、小さいからといって小型犬の問題点が許されるのではないという自覚が必要であることも知っておこう。
様々な愛犬との暮らし方を認めたうえで平穏な社会参加を求めるのなら、むしろ小型犬の飼い主にこそ将来を見据えた意識が必要なのだがそれを知る人が少ないことも今夜指摘しておこう。
 

札幌は春へと向かう冬の折り返し時点 2010年02月19日(金)

  地区にもよるが、雪国ではパートナーシップ排雪といって一冬に1回程度の大掛かりな排雪作業が行われる。

10センチ以上の降雪時に入る公的除雪とは違い、町内会費など住民負担分を加算した予算で行われる作業で、道幅が狭くなり圧雪で盛り上がった生活道路の雪をグレーダーで削り取り、それらの雪や道路脇に堆積した雪山を根こそぎロータリー車でダンプの荷台に移し変え、次々と公設の雪捨て場へと運ぶというものだ。

前日には日頃から違法駐車をしている車両に『排雪の邪魔になるから移動するよう』にとのチラシが張られ、ゴミの収集もこの日だけは9時までに完了するという連携が図られている。

例年、雪祭りが終わった頃にカフェ周辺地域の排雪作業が始まり、今年も昨日から行われた。
まるでカフェの定休日に配慮してもらったようでありがたい。
駐車場前や車庫前には削り取った氷というか圧雪が1メートル以上の高さに積み上がっていたから昼過ぎまでは出入り不能状態だった。

今日(金曜)もその作業は続いていたが、昨夜から10センチほどの雪が降り、重機が通った後の道路はとても滑りやすくなっていた。

でも今年の冬は怖くない。
Sさんから教えてもらい購入したシューズがあるから。
スウェーデン製のこの靴、少々値は張るが滑るという不安から解放されただけでもその価値はあった。
アイスバーンを選んで歩く余裕すらできた。
いつも履けるというわけではないが散歩にはもってこいである。

で、昨日はMさんからお借りしているスノーシューでレクの森の雪原をアモと2時間ほど散策し、今日はこのスパイクシューズに履き替えて10キロほどの長い散歩を楽しんできた。

排雪作業が終わった頃に大雪が降るのが常である。
今年の冬も半分ちょっとが終わったが、アモとKそれに私の体調も良し、装備も良し、除雪機ガロアラシ号も快調。
生活道路も一時的ではあろうが見通しが良くなり、広々としている。
残り半分の冬をゆっくり楽しみたい。

そうそう、今月のパスタのからすみ。今週でネタ切れになるとKが言っておりました。
ご賞味いただきありがとうございました。
ほんと美味しかったですよね。
 

わんこ大好き! 2010年02月15日(月)

  それにしても寒い2月が続いている。
連夜マイナス10度前後でシバレがきつい。
例年なら雪祭りの頃から雪解けが始まっているのに今年の雪はしっかり締まったままだ。

知ってか知らずかカフェの大型犬たちは雪の世界が大好きで、『年中このままでいい!』と思っているに違いない。
気の合う仲間と走り回り、雪山のてっぺんから転げ落ちるように捕獲ゲームを楽しみ、息が上がってくると雪の上で寝転んでクールダウン。

見ていて面白いのは、水を飲むとき・他に用事があるときなど暗黙の了承のように犬同士が一時休戦し一息入れる仕草であり、飼い主がなかなか教えきれないルールを犬たちは見事に確立させている。

まあ、ゴールデンのあんこのようにその一服の休憩タイムに『隙あり!!』とばかりにつけこんで遊びを優先させる自己中なわんこもいるが、そんなあんこが水を飲むときに調子に乗ってつっかけるわんこは今のところいない。
最近のカフェではあんこの独壇場が続いている。

ダルメシアンのビートは遊び盛りであるものの犬見知りするわんこであり、物欲の懸念があり、遊びの中ででもヒートアップしやすい傾向がある。
今日も熱くなりかけたビートの表情を見た私はガーデンに続くドアを開け「ビート!何しとんじゃ!!ちょっと来い!」と一喝した。

するとビートは耳を後ろに曳きながらも迷うことなく私のもとにやって来たので、私はビートを叱りビートは小さくキャンとないた。

「凄いねぇ!エライねぇ!」
Kが心からの言葉を発した。
私も「うーん」と感動した。

叱られることが分かっているのだから、大概の犬は私の言葉を無視するか、逃げるのが普通であり、数ヶ月前のビートも当然その様にしていた。
私のレッスンはそこから始まり、“逃げるよりさっさと出頭することが最善の策”であることを理解させ、ルールであることを分からせるのが狙いなのだ。

ビートの振る舞いがお見事だったから感動しながら叱ったのである。
物欲についての課題がなお残っているが、順調に育っている。

1週間ほど前に意地悪な『マテ』を教えた2頭のラブに、再びその成果を試す場面が先日あった。
二人を座らせ個別の名前を呼ばれた犬だけが私の懐に来るという中級ゲームだったのだが、あの日は戸惑い、ルールの意味が分からず怖がる仕草を見せていた2頭が、私がガーデンに出た途端『ねぇねぇ、あれやって!一晩経ったら意味が分かったと自分なりに思うんだよね』とまとわりついてきた。

『じゃ、やってみるか』と私はあのゲームを始めた。
お見事!!一発OK!
2頭のラブは見事にやってのけ、その喜びを私に身体ごとぶつけてきた。

こんなことがあるからわんこの訓練は楽しい!

ヒートアップしそうな私をこの冬の寒気が冷やしてくれている。
 


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