From the North Country

民度の低すぎる知識人・有名人に呆れるばかり 2010年01月18日(月)

  今夜の『TVタックル』、ペット産業の闇を電波に乗せるということなのでどんな告発をするのかと思って見た。

最初から期待するのが間違っていたようだ。
『どうせたけしの番組だから』と感じてはいたが、出演者のほとんどが馬鹿らしいコメントしかしていないことに呆れるばかりだった。
天才が人間的に優れているわけではない、という当たり前の結論ということか。

番組の冒頭や新聞のテレビ欄に『この放送は茶化し番組です』と明記すべきだと思った。

「介護犬は神経すり減らしてるから寿命は8年くらいしかない。人間のためだから仕方ないのかなぁ」
地位と財を成してあとは名誉の為に金を使いたがる人間ほど、このようなたけしのコメントになる。
何も知らないくせに『一歩先の問題点に自分は関心を持ってるんだよ』とウソと知らずに公言してしまう。

昔(今でもやってるのかな)安藤なんとかという女性のニュースキャスターがいて、その番組の取材陣が北海道盲導犬協会にやってきたことがある。
『老犬ホームが知りたい』という取材依頼だったので、私が担当して説明を始めた。
ディレクターは『そんな話しはどうでもいいから早く現場を見せろ』とばかりに私をせかせ、老犬の映像を撮って1時間ほどでさっさと帰っていった。

後日放送された番組では、とりわけ高齢になり横になった老犬の映像が流れ「盲導犬は神経を使って人間に尽くすから寿命が短いんですね。頑張って欲しいですね。」と安藤キャスターがコメントしていた。(実際の盲導犬の寿命は一般の同じ犬種よりも管理が行き届き、どうみても私には長いと判断できた。)
最初から筋書きが決まっていて、それに信憑性を持たせるために無理やり結びつける部分的な映像が欲しかっただけである。

以後私はマスコミ嫌いになった。
盲導犬事業に対して社会的批判も受けたし、他協会の職員から取材対応についての非難もされた。
“どうぶつ奇想天外!”のKディレクターと出会わなければ今でもその状況は続いていたことだろう。
Kディレクターのおかげで『マスコミの中にもたまにはまともな人間がいる』ことを今の私は知っている。

ところで今夜のその番組で、忌々しいけど共感しもっと話を聞きたいと思ったのは、顔をテレビに出し告発していた業者である。
彼の発言だけが私には日本語に聞こえた。

それにしてもペットショップでの身の毛もよだつ生体販売を不法行為となぜ発想できないのだろう?
『生後何日なら売りに出してもいい』なんてナンセンスなことだ。

無理だと思う。
なにより、日本人の『犬』ではなく『イヌ』としか考えれられない根底意識は私の想像を絶するほど根付いていて、これはどうにもならん。
カフェの仲間たちと地底人みたいに暮らしていくしかないのだろうか。
 

カフェ埋没! 2010年01月17日(日)

  予告なしの大雪でせっかくの日曜日だったのにカフェは沈没いや埋没。

7時半から始めた除雪作業はカフェの開店時間頃にはとりあえず支障なく使えるようにはした。
しかし、スタッフMからは通常出勤は無理との連絡があり、トリマーのさおちゃんもどうなることかと思っていたら、いつもより早くニコニコしながら顔を出した。
「回送中のバスの運転手さんが乗せてくれました」とのこと。

「若くて綺麗なさおちゃんだから運転手さんが乗せてくれたんだよ」
数少なかったお客さんのMさんが言い、私たちもある程度同意したが、そのあとの言葉に私はちょっと緊張した。
「さおちゃん背が高いからね。○○さんみたいに低かったら雪山に隠れて見えなかったよね」…

ちびっ子のKが傷つかないかと心配したのだが、Kが笑い飛ばしてくれたのは幸いだった。
ちびっ子って書いたからあとで怒られるかも…

除雪中に天気が回復し、青空が広がったので屋根の雪も下ろし結局作業が終わったのは13時半だった。
6時間の除雪作業が明日いや明後日それとも明々後日にどんな影響を私の体に与えるのか想像できない。

ゆっくり風呂に入り、まだ痛くもない身体のあちこちに湿布を貼って予防している。

ともあれこんな日にご来店いただいた7組のお客様に心から感謝申し上げます。
 

信じられないけど… 2010年01月15日(金)

  アウトドアの達人であり、イングリッシュセターの(故)六花と氷河それにゴールデン吹雪の飼い主Yさん夫婦の心の太陽だった吹雪/ゴールデンが昨日14日に亡くなったという報告を今ブログで拝見した。

亡くなる4日前にニセコの雪原で撮ったという心持ち痩せたように見えるものの全く元気そうな吹雪の写真が掲載されていて、その後急激な変化があっての死であったことが伺われる。

『ふぶちゃん、もうすぐ12歳の誕生日だね。元気で頑張ろうね。』
昨年の大手術以来、吹雪にも自分にもそう言い聞かせてこられたのだろう。

私の長男と同じ12月7日の誕生日を元気に過ごし、せめてもの目標を達成した後の死であったことが、意図的に動揺を抑えたYさんの文面になり、その深い悲しみが私にはじわじわと伝わって仕方がない。

Yさんの報告を読んでKと私の愛犬だった初代看板犬スーを思い出した。
『ひとりで死んじゃダメだよ』
Kはいつも病に冒されたスーに言い聞かせていた。
そのスーはカフェの最後のお客様を私共と元気にお見送りして、カフェに戻り横になった直後に私の横で倒れ、Kの胸に抱かれて息を引き取った。

偶然ではあろうが、ある意味での約束を果たし願いを叶え逝ってしまった愛犬の飼い主同士である。
心からのお悔やみを申し上げたい。

吹雪のレッスンでは盲導犬の訓練に用いたエスカレーターの昇降という課題を私は取り入れた。
『社会の一員であれ』という私からのメッセージであり
『こんなとこにも私は加わっていいのですね』と吹雪は戸惑いながらもチャレンジし会得したことが今では思い出となった。

よくやった。えらかったね。
たくさんの思い出、それにYさん夫婦と私達を繋いでくれたことに感謝しているよ。
君は先に逝った六花がいるから大丈夫だよね。
父さん母さんを支えてあげるんだよ。
 

幸あれと願う 2010年01月13日(水)

  札幌市民の皆様、23時頃の外をご覧になっていますよね。
来ましたねえ。
冬の嵐。
街路灯に照らされた雪は横から下から暴れまわり、凄いことになっております。

今夜はカフェスタッフの歓送迎会だった。
名寄に旅立つまりとらむ、新たにスタッフとなった黒柴蜜柑のMさんの人事異動を飲み食いしながら楽しんだ。

21時頃まではたいした状況ではなかったのだが、わんこたちの排泄時間となった23時に外を見ると酷いことになっていた。
明日が定休日でよかったと思うと同時に、名寄まで行かなければならないまりをKは気遣っている。

新たな旅立ちには相応しいと思う私は、外の嵐を見てニコニコしてしまうのを抑えきれないでいた。

若いふたりの新たな人生が明日から始まる。
すんなり名寄まで到着できる状況ではないのだが、ふたりは深く考えずに寝てしまったようだ。

これでも幸あれと心から願う親心であることを申し添えておこう。
 

しっこをたらすようになったごんた 2010年01月12日(火)

  おなじみシーズーのごんたが高齢となり心臓病も患って、暮らす側にとっては介護負担の問題が持ち上がっている。
具体的な二大問題は
・心臓病による咳を抑制する薬の副作用のせいか、排尿のコントロールが利かなくなり、一緒に寝ている布団を濡らすようになった。
・抱き上げるとうんちがころんとこぼれたりする。

つまり暮らす側にとっては放置できない実質的な課題に直面することになった。
今後、例えば訳もなく(ごんたには訳がある)吠え続けたり、薬の副作用によって理性を失って介護する側に威嚇的になることもあり得るだろう。

飼い主であるW夫妻が今日カフェを訪ね、ごんたの近況と薬が大きく変わったことを報告してくださった。

年末からのお泊りで、私の布団には3箇所にごんたのおねしょの染みができており、そのまま大型のコインランドリーで洗ってきた。
これまでにはなかったことなので、当然ごんたの変化には気づいていた。

介護を前提にした暮らしを自覚せねばならない時がきたようだ。

ここからが大事。
聞きかじりの介護の苦労を鵜呑みにして覚悟を決めるのではなく、される側もする側もより快適な方法を模索しそれを楽しむ余裕が持てたら最高である。

おねしょについては、いわゆるマナーベルトを活用しよう。
『マナーベルトはカフェやペンションで迷惑をかけない必需品]などと馬鹿げた考えをお持ちの飼い主が多いと私は批判してきた。
そんなもんなくてもオス犬ならちゃんと去勢し、初めての場所でもマーキングするなどという原始的な行為をさせないのが普通の飼い主であるのだから。
そのいわゆるマナーベルトが介護の時には役に立つのであり、あれは本来介護の為に作られたものだと私は思っている。

思わぬときにうんちが落ちるのもやむを得ないどころか、『出た!出た!』と喜ぶべきことである。
食事の管理をきちんとして排泄しやすく処理のしやすいウンチが出るよう食事管理をするべきである。

薬の副作用なんかで理性をなくし、時に凶暴になることがある。
そんな薬が必要になるまで介護しなさんな。(ただし救急のことを考え強烈な痛み止め・鎮静の薬はあったほうがいい。)
愛犬が痛み・苦しみの初期症状を訴えたときは、傍に寄り添い、蒸したタオルを身体にあてがいさすってあげなさい。
しばらくはそれで対応できるはず。
それでもダメなら救急の薬を使い、安楽死の手はずを私なら準備する。

いろんな意見があることを知っている。
そのうえで私はそう選択する。

介護が長引くとその犬の記憶は老後に集中し、『大変だった』との思いが飼い主に残り、過去の楽しかった思い出を凌駕する。
その結果『もう、犬は飼うまい』と飼い主に思わせたならば、亡くなった犬はどれほど自分を責めることだろう!
だから犬は老後、死に様を見られぬよう逃亡し徘徊して死に場所を探すのだ、などと勝手な空想を今でも描いている。

ごんたは老犬介護の入り口に立った。
切羽詰った状況ではない。
医療による回復を期待しつつ、知恵を出して新たな介護があることを検証し、最後は『よかったね。ありがとう、そこそこお疲れ』で送ってあげたい。

まだまだ先の最終章であるが、そこを押さえておくだけでこれからの介護がとても幅広いものになる。
それまでにこっちが先に死ぬかもしれないのだから、死生観だけは考えていた方がよろしい。
 

寒中見舞い 2010年01月10日(日)

  外飼いのわんこたち、寒中お見舞い申し上げます。

『なんか寒いな』と感じて夕方外の温度計を見るとマイナス6度だった。
今夜は冷え込みそうだから外で暮らすわんこたちにはくれぐれも無事に朝を迎えてもらいたいと祈る。

散歩中に通りかかるといつも吠えるわんこが静かなものだから、覗いてみると犬小屋で丸くなっている。
そんな時は寒い日だ。
人や他犬の姿を見れば、番犬として吠えなければならないから、小屋の奥の方で寝たりお尻をこっちに向けて見なくてもいいように彼らなりの筋を通している。

『可笑しい』と思いつつ刺激しないよう通り過ぎていたら、数日後犬小屋がなくなってその犬の死を知ることになったりする。
犬にとってはサバイバルな冬の毎日である。

寒冷地でわんこの外飼いをされている方、犬小屋の内側(床も)には断熱材を入れ、寒風が直接吹き込まないよう出入り口にはムシロなどでカバーしてあげてください。
秋口から食事を多目にして皮下脂肪を付けてあげてください。
いつも以上に愛犬に声をかけ様子を見てあげてください。

だけど寒波が来るからといって、ストーブや床暖等を設置しないで下さい。
それで焼け死んだり感電した例はたくさんあるし、一時的にぬくぬくとした状況はかえって体調を崩してしまいます。
犬小屋に毛布を入れておけばわんこが自分で使い勝手を考えます。

外飼いを選択した飼い主だからこその無頓着も過保護もいけないことがある。

いつもはうるさいと感じる犬たちの安否を確かめながらアモと散歩する冬の日々である。
 

プラハ交響楽団 2010年01月06日(水)

  年末からのお泊り犬がいなくなった今夜、私達はようやく新年を迎えた。

「なにか新年らしいことしたいよね」
昨年12月にKがポツリとつぶやいた時、ちょうどテレビでプラハ交響楽団が奏でるモルダウが流れ、札幌でニューイヤーコンサートがあることを知った。
「これにしよう!」と膝を打った私はすぐにネットでチケットを手に入れ、今夜チェコの音を楽しんできた。

モルダウはやはりプラハ交響楽団だなと実感した。
あの旋律は民族の誇りだろうと思うし、プラハ響の決して派手ではなくまとまった魂の力のような演奏が、聞こえなくなった耳でありながら“我が祖国”を作曲したスメタナの心境を見事に演じていたように思う。

同じチェコ出身のドボルザークだが『新世界』はあまりにも有名になり、子供の頃から様々なオーケストラの演奏を聴いていたが為にプラハ響の演奏には物足りなさを感じてしまった。
勝手にイメージを固定させている自分を恥じ、素直に祖国の人々による演奏を受け入れようとしたが、違和感を感じる自分をどうしようもできなかったのが不思議だった。

勿論、「すげぇー!」と感動の連続だったのは言うまでもない。

残念なことを最後に書くのが辛く、指揮者のマーカルさんがとても気の毒だった。
『新世界から』は全楽章にポピュラーとなった旋律があり、それはそれは美しく素晴らしいものである。
だが、このシンフォニーの最高の感動は第4楽章の最後の音がデクレシェンドで消えた後の静寂であるはずだ。
その時間こそが名演であればあるほど聴衆とオーケストラが息を呑み声も出せない至極の境地なのである。

なのに驚くことにマーカルさんの指揮棒がその境地へと誘う前に多くの聴衆が『ブラボー!』と叫び拍手を始めたのである。
私はガッカリし、マーカルさんは指揮棒ですぐに空を切って笑顔を演じていた。
悔しかったことだろう。
プロだし場数を踏んでいるから容赦してくれたのだろう。
ひょっとしたら聴衆をしばらく黙らせる演奏ができなかった自分を恥じたかもしれない。

料理の最後に皆が感動する手はずを整えていたのに、その前に褒め殺されメインを出せなくなった主婦の気分であろう。

ほろ苦い後味のニューイヤーコンサートだった。

「アモ、ただいまー!」
自宅に戻って留守番させていたアモに声をかけたKだったが、アモはぐっすり眠っていたらしくKが期待していたほどの反応がなかったようだ。

人生って難しいものですね。
 

真っ当に生きよ! 2010年01月05日(火)

  “真っ当に生きるんだぞ!”

私が犬たちに追い求めていたことへのキーワードが今見つかったような気がする。

これまでに犬と暮らす飼い主からの相談をたくさん受けてきた。
・吠えるんです
・噛むんです
・引っ張るんです
・いたずらするんです
・トイレのしつけが…
・興奮すると…

切実な問題を抱えた飼い主の訴えに対処する私の方法は一般的なプロの訓練士が行うカリキュラムとは根源を異にしていた。

具体的な愛犬に対する個別の行動についての対処法ではなく、育て方・接し方・そもそも犬に対しての根源的な考え方を機軸としたスタンスで解決を試みてきたのである。

水を含んだボールに圧力を加えると弱い部分から水が噴出してくる。
ただのイヌにとってはそれが吠えであり噛みである。

だが彼らは“考える生き物”であるが故に、自らの行動を摂理ではなく教育による道徳や生育過程による信頼によって自制し、そこから無限に発展することができるし、なにより言葉を理解することができる生き物であることを忘れてはならないと思うのだ。

したがって私のレッスンは個別行動に対する補修ではなく、育て方であったり育て直しが基本となり、当然それは飼い主への指導となっていた。

Kの娘、まりがソファーで膝を抱えて泣いていたのは数年前のことだった。
自分の将来が見えず、知識や技能もないと勝手に決めてかかっていたようだった。
まりがカフェで働くようになってからの2年、Kとまりの母娘の姿を見続けてきた私は“人間力”という力をはっきり知ることができた。

日々成長するまりに涙ぐむK。
『よかった』と安堵する私だったのに、Kは何故かまりに試練を与えるようにもなったりして私があたふたする瞬間もあった。
母が娘に伝えたいことをカフェの厨房で実践していたのだろう
『包丁の使い方が上手くなった』
そんな言葉でKはポツリと褒め、まりはニコッとしていた。
支えてくれたのがカフェのお客様だったと思う。
事情を知らない第三者であるお客様がまりを正当に評価してくれたことが彼女の自信を生み出してくれたのだとと心から感謝している。

揺らぐまりの気持ちの一助にチワワのらむの存在もあったことだろう。

私は野生動物のように過剰反応をするらむを心から受け入れ叱り続けた。
その様をまりがどう受け止めるか考えながらも自分の信念に従って叱ることが多かった。

ともあれ、そのまりが彼氏を射とめカフェを離れることになった。
喜び悲しむK。
皆様への御報告と御礼をまずは申し上げます。
さて私はKに対しどうすればいいのだろうか?
あたふたする日々である。
 

徘徊につきあう楽しさから始まった2010年 2010年01月01日(金)

  皆様あけましておめでとうございます。
それぞれに素晴らしい新年をお迎えになられたこととお慶び申し上げます。
願わくば本年もドッグカフェナガサキをごひいきくださいますようお願い申し上げます。
[前回12月30日付の欄に訂正があります。Iさんには失礼いたしました。]

さて、その辺に誰もいない朝もいいなって思えた元旦だった。
15歳になったシーズー/ごんたを駐車場において排泄させた。
黙ってみてるとそのうち斜路を下り始めて道路に向かっている。
左右の安全を確認しながら、元旦のごんたが放浪/徘徊するにまかせて後をついていった。

『僕もいいですか?』とアモが目で尋ねるので、首輪もしてないアモだったけど、私はお屠蘇をたっぷり頂いた勢いもあって3人でうろつくことになった。

リード無しのごんたはそれを着けている時より慎重に周囲の安全を確認しながら徘徊している。

フリーなのにいつものコースを歩いているのが面白い。
まるでサラリーマンみたい。
アモは私をチラ見しながら好き勝手にその辺の雪山でゴロンゴロンしながらお供している。

周回コースの第4コーナー辺りで車が来たので一度ごんたを抱きかかえてやり過ごす。
アモは道路の端によって車が通り過ぎるまでフリーズするいつものパターン。

元旦っていいな。
ここらでは普段から滅多に人をみかけないけど、今日は本当に誰もいなくなる時間帯がたくさんあって、お屠蘇と称してガブガブ飲み、酔っ払っていても朝からのんびり散歩ができた。

呑気で穏やかな新年を迎えることができました。
カフェはとりあえず3日から営業いたします。
 

さようなら。はやてっち 2009年12月30日(水)

  2008年4月、カフェの常連でありこのホームページの守護神でもある、こぐ(Wコーギー)・はや(グロネンダール)の飼い主I夫妻が東京へ出向することになった。
当時、社会保険庁の年金問題(現在も継続中)対策で優秀な人材が地方から厚労省に呼ばれたためである。(1月1日訂正;ごめんなさい。出向の理由は社保関連ではなくIさん専門分野の水道事業でした。お詫びして訂正します。何故か思い込んでしまっていました。)

「2年で帰ってきますから」
I夫妻は愛犬2頭と共に旅立っていった。
私達は『お国のため2年間頑張って来〜い!』と送り出した。

最初はねたましく思った。
だって彼らのHP『月間こぐはや』では、雪のない東京のドッグカフェ巡りや観光名所へ愛犬と出かける様が実に楽しそうに報告されていたからだ。
写真付きのブログを見ながら『Iさんは東京に居座るつもりにならないだろうか?』と、北海道にはない季節の穏やかさを羨ましく思ったのである。

しかし、1ヶ月で愛犬はやてに『多中心型リンパ腫』という致命的な病気が見つかることになる。

私はIさんのHPに釘付けになった。
それからが見事だったのだ。
お二人、さんざん悲しみ苦悩したうえで気持ちの整理をしたのだろうか、I夫妻は自らの愛犬はやての闘病記をまるで『今後の獣医学に役立て、少しでもこの病気で苦しむ犬と飼い主のお役に立てて下さい!』とばかりに、治療内容と経過を冷静に、且つ獣医にも分かりやすいデータで示しながら書き綴り、しかも、普段の生活では体調を見ながらあちこちに出かけて、はやての精神的なストレスを軽減すると共に家族の思い出作りというあたりまえの日々を過ごされていた。

札幌への帰還を希望する願いが叶ったというブログがあった。
私は嬉しかったが『なんで?東京って気に入ってたんでしょ?どうして北海道?』と聞きたくなった。
理由は分かっている。
だって私も北海道を選んだ人間の一人だから。
その答えを来年帰ってくるお二人から聞くことが私の楽しみでもあるのだ。
ジュワーッと染み出てくる愛郷心というか風土への想いを聞くことで酒がうまくなるからだ。

そのI夫妻の愛犬“はやて”が今日(30日)の13時10分に亡くなったという。
皆に看取られ“笑顔で”旅立ったという。
突然であったという。

自分達がそうであったように悲しみと後悔は巡り来るし、思い出の隙間はどうもがいても埋めることはできない。
時間の経過こそが解決の決め手なのだろう。
だが、心からの慰めの言葉は今のI夫妻を癒せるはずである。
酔った今の私はいろんなことを思い出しながらはやてに弔いの言葉を送っている。

2009年12月30日夜11頃まで降り積もった雪がいつのまにか雨となり、今は穏やかな夜更けとなっている。
 


- Web Diary ver 1.26 -