From the North Country

まだまだ未熟な私 2010年02月10日(水)

  私にとっては犬を育てたりしつけるのは、大変ではあるが困難なことではない。
だけどその方法を人に伝えるのは本当に難しい。

相手が弟子であったり、収入を得ながらの教育プログラムを組めるのであれば何ら問題はないけど、一般の飼い主相手だとそうはいかない。

例えば、暮らせるだけの年収を得ながら3年をかけ、5人の中から3人の優れた盲導犬訓練士を育て上げれたならそれは優れた指導者であるといえる。
だが、この5人は当初から盲導犬訓練士を目指していた志し豊かな人間達であり、現在の私が直面している方々は普通に社会生活を営まれ、その中で“愛犬と暮らす”というオプションを取り入れておられる人々なのだ。
モチベーションも違えば、犬に費やせる時間も違う。

『訓練士は訓練法を修得し・提供し、一般の飼い主はお金を払って訓練された犬と暮らす』などと考えておられるなら、それは違うと思う。
訓練士は犬の意識改革とある程度の訓練を施し、飼い主に対して適切なアドバイスと技術提供を行い、両者がそこそこ時間を費やしながらも結果的に良い関係を構築することができるよう導くコーディネーターではないかと思っている。

であるのに、それを伝えるのが難しいと嘆いているのだ。
同じ日本人で言葉は通じるし、それなりに説明しているのに伝えきれない未熟さを恥じるばかりだ。

願わくば言葉ではなく、犬の諸問題に対応する日々の私の姿を見て、何かを見つけていただければありがたい。
 

幼なじみ 2010年02月09日(火)

  「おお!長崎やろ?どないしてんねん」
40年ぶりに再会した仲間たちの中で、ひときわ旧交を温めた男がいた。

知床あたりでコーヒーショップのマスターかあるいは鹿肉・トド肉の旨いのを提供する飲み屋の親父というイメージがピッタリくる風貌になったUだ。

「25年間盲導犬の世界にいて、今はドッグカフェをやって7年目になる」
Uは『じっくり話が聞きたい』という風に身体を少しのり出してみせた。

私は一般的なドッグカフェというのがどういうものであり、一般的なペットがどうであるのかを語り、ちょっと自慢げに私のカフェと顧客それに愛犬たちの話を続けた。
髭が似合うUの眼がとても澄んでいることに“彼の今”の仕事と人柄を感じ取りながら、『もっと詳しく』という表情に促されてさらに話を進めた。

「イヌはイヌのままでも幸せに生きることができる。きっとヒトも同じだろう。だけどイヌを犬として育てれば人も犬ももっと楽しく生きることができ、驚くようなコミュニケーションと意思疎通が生まれる。要するに」とまで言った時に
「飼い主次第ということやな」と初めてUが言葉を引きとった。
「そのとおり。どういうスタンスで暮らしたいかというこっちゃ」

Uが塾で講師をしていたことは風の便りで聞いていたが、今は私塾を営みぐっと大きくなって生きている姿に喜びを感じた。
そういえばあの風貌と澄んだ目それに聞き上手な物腰はマスターや飲み屋の親父もさることながら教育者として相応しい。
きっと勉強だけじゃなく、そっと生き方を子供達に伝えているんだろうな。
 

ちょいと40年前にタイムスリップしてきます 2010年02月05日(金)

  明日6日(土)と7日の14時頃まで私だけ留守にします。
カフェは通常どおりの営業です。(大雪が降った場合は、除雪機ガロアラシ号の運転手である私がいないのでご迷惑をおかけすることになるやも知れません。悪しからず…)

ご来店の皆様は、自己責任で愛犬の管理を行い、鬼のいないカフェでごゆっくり羽を伸ばしてくださいませ。
 

いわく付きの今月のパスタ 2010年01月31日(日)

  1月もあっという間におしまい。
「2月のパスタ何にしようか…」

今は亡きKの父さんはとっても面倒見がいい人だった。
自宅近くの中島公園なんかで野営している若者を見つけては自宅に招いたりしていたという。

30年近く前のある年、青函連絡船で貧相に見えた若者達に出会い、声をかけると台湾からの留学生だったという。
札幌の自宅に招き、ススキノのあちこちで酒を振る舞ったらしいが、彼らにはそれが大層感銘を受けることとなった。

後になって分かったのだが、留学生だった若者達は実は台湾の財閥のご子息だったようだ。
以後、Kの一家が台湾を訪問する都度、驚くべき歓待を受けることになった。

あれから30年近くも過ぎてた先週にも、Kの母さんが仲間8名と共に台南に出かけたのだが、行く先々で大変な歓待を受け、その都度たくさんのお土産を頂いたらしい。
(くだんの若者達は齢を重ね、美青年だった学生達も“見違えるほどの”おやじさんになっていたとのことではあるが…。)

そのお土産の中に“からすみ”がたくさんあり、「カフェでなんとかならないか」ということになった。

ちょうど先週、私たちは近くに開店したイタリアンの店に食事に行き、Kは“からすみのパスタ”を注文した。
「おいしい」とKは言ったが、私には臭さが鼻をつき『やっぱりからすみは苦手』という印象が残った。

さだまさしの『朝刊』という曲をご存知だろうか?
『♪前に親父が来たときも
 僕の好物のカラスミを
 手土産にとくれたのに
 わざわざまた煮て駄目にして
 ごめんなさいっていいながら
 一番笑いこけたのは君♪』

過去に私が食べたからすみは羊羹みたいな色をしてて、
しょっぱくて生臭いものばかりだった。

だが、柴犬/宗一郎のTさんとの意見交換があったり、
「熱を通しちゃダメよ」とゴールデン/あんこのNさんのアドバイスにKは頷いたり、私はさだまさしの歌に共通することに共感を覚えた。

して、今夜の夕食は明日からのパスタの試食会となったなったのだが、一食目で私とKは満足し『来月のパスタ』が決まった。

からすみに偏見すら感じていた私が『旨い!』と思えたパスタである。(正直に言えば今月のたらこパスタのほうが個人的には好きだが…)

ともあれ、Kの父さんの人柄が産んだ人と人とのつながりで手に入った“からすみ”をふんだんに使ったパスタを提供することとなった。
きっと、からすみ好きの方にはたまりませんぞ。
お楽しみに。
 

今度のスタッフもM。おまけにその愛犬もM。 2010年01月30日(土)

  東の空から昇った今夕の満月を見たでしょ。
『でっけぇー!!』
アモと散歩しながらそんな言葉を何度も口にしていた。

“ブルームーン(蒼い月)”って言うんだっけ?
1ヶ月の間に2回も満月があってその2度目のやつ。
今月今夜のこの月がそれだったんですね。
それにしても見事な満月だった。

さて、今日のカフェはというとお陰様で大変賑わっておりました。
紹介が遅くなってしまったが、まりちゃんが退職後のカフェスタッフとして、元々カフェの常連だった黒柴/蜜柑のMさんが働いてくださっている。

「こんなカフェでもいいんですか」との私の言葉に
「とんでもない!こんな私でも…」と、すぐに話がまとまった。

カフェのスタッフには開業以来“M”のイニシャルが多いのだが、今回のMさんの名前は香織。
開業時からのおなじみスタッフMの名前は香で、トリマーのさおちゃんの名は沙織。
つまり今回のスタッフMの名前はふたりの名前を併せた香織で…
単なる偶然だろうがちょっと可笑しい…

どうぞよろしくお引き立てくださいませ。(指名制度はございませんが)

そのM香織は働きづめだった今日の夕方、賑やかで笑い声が沸き起こるカフェのお客様の声を厨房で聞きながら「いいなぁ…」とつぶやいたらしい。
わかる、わかる。
ほんの数週間前まであなたはあの輪の中におられたのだから。

だが、「月火はヒマなんだから」とK。
「そうだそうだ、たまには働け!」と私が言えば、厨房内でも大笑いとなった。

Mさんの愛犬/蜜柑はとまどいながらも無難に看板犬を務めていてくれている。
いろいろ苦難はあるだろうけど頑張ってもらいたい。

ともあれ、カフェを支えていただいてくれていることに心から感謝している。

満月が月に2回もあるなんて滅多に無いことだから。
 

○○式犬のしつけ方というDVDを見てしまった 2010年01月27日(水)

  とってもおヒマな昨日今日。
一生懸命働いているのはトリマーのさおちゃんだけで、今年のカフェも月火対策を考えなきゃならないようだ。
とは言っても無料お散歩チェックは継続しているし、有料ではあるがゆっくりご相談を受ける曜日を確保していることは方向性としては間違っていない。

「何これ?」
カフェの本棚に置かれていたDVDを見つけ、Kとスタッフがヒマの徒然に再生して見始めたようだ。
しばらくして「ちょっと来て」と事務室にいた私に声がかかったので一緒に映像を見ると、怪しげなおじさんが『よーしよしよし、よーしよしよし、よーしよしよし・・・・・・・・・・』
延々と戸惑う表情をした犬を撫ぜまわしている。

なんで撫ぜまわしているのかと巻き戻して(DVDでも巻き戻す?)みれば、興奮した犬に強烈なリードショックを行い、恐怖に駆られた犬から不安を取り除く作業をしていることが分かった。

『はーん、強制による訓練ね』と
特に驚きもしなかった私だが、延々と続き再生時間の殆どを占める『よーしよしよし…』の場面を見ながら『はーん、この人は来世において神に言い訳ができるように、強制による訓練に念仏を取り入れているんだな』と同情するようになった。

たまたまカフェの外を見ると、飼い主を引っ張りながら吠え続けているわんこが散歩していた。
『いい気になって馬鹿げた振る舞いをしているあのわんこになら、私もその興奮の程度に応じたリードショックを加えるだろうが、5分間もよーしよしよしと撫ぜまわすことはないな』と自分を振り返り、『アホたん、いい加減にせい!』と一喝して次の行動に移ると思った。

次の行動とは散歩の継続であり、それは犬にとって『よーしよしよし』に匹敵する快であり、“さらに吠える”ような人間にとって不快な振る舞いがあれば、それを不快と明確に犬に伝える行動を起こすだろう。
心にもない『よーしよしよし…』を5分間も続ける気はなく、単に自分の本気度を伝え、変化した犬との時間を楽しみ、どう振る舞えばより楽しい散歩になるのかは犬が考えるはずである。

犬の行動を過度なレベルで強制的に消去した結果におけるお互いの心の傷を癒す時間など本来必要でない対処法もあるということだ。

遠慮深くサークルから出た直後のMダックスに強烈なリードショックを加えていた場面にもショックを受けた。
落ち度もないのに初対面の相手からビンタを喰らった心境だろう。
相手を舐める気にはならないかも知れないが、決して心許さない関係が出来上がった瞬間である。
凶暴で身勝手の極みを露呈している犬ならまだしも、我が家の愛犬として育てる犬に対してはあり得ない対処法である。
犬を自分の装飾品としか考えていない横暴な人間の振る舞いであり、以後彼の発する言葉に私は意味を感じなくなった。

もし彼の訓練が、育て方すら誤った飼い主に対する結果の披瀝であり、犠牲者をさらしたうえでの戒めであるとするなら同調する部分もあるが、それなら最初にあるいは逐一ことわりを明確にすべきだ。
斟酌せずDVDを見た私は、この人はなぜ犬と関わりたいのだろう?と思わずにはいられなかった。

ところでこのDVD誰が何故カフェの棚に置き去りにしていったの?
 

育てた喜びとその途中経過を垣間見ることが力になる 2010年01月24日(日)

  レトリーバー密度の濃かった週末だった。
みんな凄いなと思う。

カフェに入りきれないほどのレトリーバーと飼い主にご来店いただいたのに、それぞれに交代しながら着席して食事をしておられたし、犬をまたぎながらもカフェ内を不自由なく移動することができていた。

たまたまやって来た私の娘と次男夫婦は『凄げぇ!』と驚き、「さすがおとうのカフェだね、犬の間を縫うような状態なのにみんな大人しいし、普通だったらちょっと引いちゃうけど全然だもんね」と2階の自宅に上がった娘は感心していた。

凄いことは他にもたくさんあった。
レトリーバーに埋没するようにMダックスや柴犬・シーズー・チワワ・ビションがいたが、誰も不安を抱くことなくガーデンの風景に溶け込んでいて、さらに犬たちの吠え声など殆どなく、近隣に迷惑をかけることがあるとするなら飼い主達の喜びに満ちた会話のボリュームだったかも知れない。

久しぶりの我が子の訪問に嬉しくなって私が仕事を放棄していたら、ガーデンではレトリーバー15頭を整列させての撮影会が始まっていた。
飼い主と一緒の撮影ならいとも簡単だろうが、犬だけの整列となると結構難しいはずだ。
それを見事にやっておられたことが嬉しかった。
中には椅子の上に上がってプロカメラマン張りの一瞬を狙う方もいた。

『座ってマテ!』と犬たちを制御する飼い主。
『ちょっとさがって!人間が映っちゃう』と注文をつけながら撮影する飼い主。
実は、このような行為の中に“飼い主として必要な愛犬コントロールの極意”があることを知って欲しいと私は思い、それを楽しそうにやってる皆さんの姿に感動を覚えた。

犬たちを見れば、過去にレッスンをし時にはカフェにおいて飼い主の了承のもとに鉄拳を加えた愛犬が勢ぞろいしていた。
やはり犬は育つものではなく育てるものである。
その喜びを知った飼い主も育つのだ、と私は自分を含めて今でもまじめにそう思っている。
 

民度の低すぎる知識人・有名人に呆れるばかり 2010年01月18日(月)

  今夜の『TVタックル』、ペット産業の闇を電波に乗せるということなのでどんな告発をするのかと思って見た。

最初から期待するのが間違っていたようだ。
『どうせたけしの番組だから』と感じてはいたが、出演者のほとんどが馬鹿らしいコメントしかしていないことに呆れるばかりだった。
天才が人間的に優れているわけではない、という当たり前の結論ということか。

番組の冒頭や新聞のテレビ欄に『この放送は茶化し番組です』と明記すべきだと思った。

「介護犬は神経すり減らしてるから寿命は8年くらいしかない。人間のためだから仕方ないのかなぁ」
地位と財を成してあとは名誉の為に金を使いたがる人間ほど、このようなたけしのコメントになる。
何も知らないくせに『一歩先の問題点に自分は関心を持ってるんだよ』とウソと知らずに公言してしまう。

昔(今でもやってるのかな)安藤なんとかという女性のニュースキャスターがいて、その番組の取材陣が北海道盲導犬協会にやってきたことがある。
『老犬ホームが知りたい』という取材依頼だったので、私が担当して説明を始めた。
ディレクターは『そんな話しはどうでもいいから早く現場を見せろ』とばかりに私をせかせ、老犬の映像を撮って1時間ほどでさっさと帰っていった。

後日放送された番組では、とりわけ高齢になり横になった老犬の映像が流れ「盲導犬は神経を使って人間に尽くすから寿命が短いんですね。頑張って欲しいですね。」と安藤キャスターがコメントしていた。(実際の盲導犬の寿命は一般の同じ犬種よりも管理が行き届き、どうみても私には長いと判断できた。)
最初から筋書きが決まっていて、それに信憑性を持たせるために無理やり結びつける部分的な映像が欲しかっただけである。

以後私はマスコミ嫌いになった。
盲導犬事業に対して社会的批判も受けたし、他協会の職員から取材対応についての非難もされた。
“どうぶつ奇想天外!”のKディレクターと出会わなければ今でもその状況は続いていたことだろう。
Kディレクターのおかげで『マスコミの中にもたまにはまともな人間がいる』ことを今の私は知っている。

ところで今夜のその番組で、忌々しいけど共感しもっと話を聞きたいと思ったのは、顔をテレビに出し告発していた業者である。
彼の発言だけが私には日本語に聞こえた。

それにしてもペットショップでの身の毛もよだつ生体販売を不法行為となぜ発想できないのだろう?
『生後何日なら売りに出してもいい』なんてナンセンスなことだ。

無理だと思う。
なにより、日本人の『犬』ではなく『イヌ』としか考えれられない根底意識は私の想像を絶するほど根付いていて、これはどうにもならん。
カフェの仲間たちと地底人みたいに暮らしていくしかないのだろうか。
 

カフェ埋没! 2010年01月17日(日)

  予告なしの大雪でせっかくの日曜日だったのにカフェは沈没いや埋没。

7時半から始めた除雪作業はカフェの開店時間頃にはとりあえず支障なく使えるようにはした。
しかし、スタッフMからは通常出勤は無理との連絡があり、トリマーのさおちゃんもどうなることかと思っていたら、いつもより早くニコニコしながら顔を出した。
「回送中のバスの運転手さんが乗せてくれました」とのこと。

「若くて綺麗なさおちゃんだから運転手さんが乗せてくれたんだよ」
数少なかったお客さんのMさんが言い、私たちもある程度同意したが、そのあとの言葉に私はちょっと緊張した。
「さおちゃん背が高いからね。○○さんみたいに低かったら雪山に隠れて見えなかったよね」…

ちびっ子のKが傷つかないかと心配したのだが、Kが笑い飛ばしてくれたのは幸いだった。
ちびっ子って書いたからあとで怒られるかも…

除雪中に天気が回復し、青空が広がったので屋根の雪も下ろし結局作業が終わったのは13時半だった。
6時間の除雪作業が明日いや明後日それとも明々後日にどんな影響を私の体に与えるのか想像できない。

ゆっくり風呂に入り、まだ痛くもない身体のあちこちに湿布を貼って予防している。

ともあれこんな日にご来店いただいた7組のお客様に心から感謝申し上げます。
 

信じられないけど… 2010年01月15日(金)

  アウトドアの達人であり、イングリッシュセターの(故)六花と氷河それにゴールデン吹雪の飼い主Yさん夫婦の心の太陽だった吹雪/ゴールデンが昨日14日に亡くなったという報告を今ブログで拝見した。

亡くなる4日前にニセコの雪原で撮ったという心持ち痩せたように見えるものの全く元気そうな吹雪の写真が掲載されていて、その後急激な変化があっての死であったことが伺われる。

『ふぶちゃん、もうすぐ12歳の誕生日だね。元気で頑張ろうね。』
昨年の大手術以来、吹雪にも自分にもそう言い聞かせてこられたのだろう。

私の長男と同じ12月7日の誕生日を元気に過ごし、せめてもの目標を達成した後の死であったことが、意図的に動揺を抑えたYさんの文面になり、その深い悲しみが私にはじわじわと伝わって仕方がない。

Yさんの報告を読んでKと私の愛犬だった初代看板犬スーを思い出した。
『ひとりで死んじゃダメだよ』
Kはいつも病に冒されたスーに言い聞かせていた。
そのスーはカフェの最後のお客様を私共と元気にお見送りして、カフェに戻り横になった直後に私の横で倒れ、Kの胸に抱かれて息を引き取った。

偶然ではあろうが、ある意味での約束を果たし願いを叶え逝ってしまった愛犬の飼い主同士である。
心からのお悔やみを申し上げたい。

吹雪のレッスンでは盲導犬の訓練に用いたエスカレーターの昇降という課題を私は取り入れた。
『社会の一員であれ』という私からのメッセージであり
『こんなとこにも私は加わっていいのですね』と吹雪は戸惑いながらもチャレンジし会得したことが今では思い出となった。

よくやった。えらかったね。
たくさんの思い出、それにYさん夫婦と私達を繋いでくれたことに感謝しているよ。
君は先に逝った六花がいるから大丈夫だよね。
父さん母さんを支えてあげるんだよ。
 


- Web Diary ver 1.26 -