From the North Country

分からないこと。 2009年12月07日(月)

  『分からないこと』が私にはたくさんある。

1.企業はなぜ増収増益を図らなければならないのか?

資本主義経済を何十年も続けていれば、年功序列のシステムにおいて主要経費である人件費はほぼ計算できるし、売り上げは時の経済情勢によって変化するものの、堅調な事業を展開すれば企業は存続できるはずなのに、増収増益でなければ経営者として失格の烙印を押されている。
どっかおかしくないですか?
株主や投機筋それに銀行を後ろ盾にして事業を展開するからそんなおかしなことになっているのだと思う。
自動車など国家を支える輸出産業ならそこそこ分からなくもないが、スーパーやそこらの食品産業までが血眼となっているのがちゃんちゃらおかしい。
そこそこ儲けて暮らせればそれでいいではないか、と思ってしまう。

2.デフレって事業者が加担する自殺競争でしょ?

不景気になって消費者の購買意欲が減少すると、企業は低価格競争に走って自社の商品の購入を促す方向に舵を取る。
バカじゃないかと思う。
『安ければありがたい』なんてことはどんな時代にだって消費者は思っているのだ。
不景気な時に安くするのは『それまで過分な利益を上乗せしていた証明』と感じるし『勤労者に対する過酷な負担の裏返し』ということを身をもって感じてもいる。
商品やサービスに見合う価格に自信があれば『これがわが社の値段です』と貫くべきだと思う。

3.株式は買っていただいたのではなく、買うことを自ら決断した相手の行為である。

株式の重みはとても重要だがそれに振り回されるなんて本末転倒である。
あなたがやろうとしていることに相手が『乗った!』との具体的な意思表示であるという原点は変わらないのだ。
アドバイスは貴重だが、つべこべ言われる筋合いは元来ないはずだ。
経営者諸氏、元気を出して欲しい!と願う。

さて、愛犬家諸氏、あなたは元気ですか?
1.あなたは愛犬の為に“増収増益に腐心していませんか?”

普通の生活の中で暮らせていることがわんこたちには幸せなのです。

2.デフレ社会だからといってわんこの価値は下がりましたか?

大切なものとどうでもいい物を見分ける目があることを知ったでしょうが、その値段が最重要ではなかったことと信じています。

3.愛犬と暮らし始めることを決断したのは他でもないあなたです。

あなたの振る舞いすべてがあなたの愛犬に関わっています。
あなたが決めるのです。
ただただ、そこからスタートするのです。
株式を募ったのはあなた自身。
あなたの自覚はどうあれ、あなたが選んだわんこはすべてをあなたに依存しているのです。

あなたがユニ○ロのような“社長の中の社長?”ではなく、普通の社長人間でいることを心から願っています。
 

Yちゃん、その2 2009年12月02日(水)

  夕べの続き…

日付けが変わるまで飲み続け、書くことをためらわないほどに酔ってからパソコンに向かったが、やはり遠慮がちに簡易にまとめておくことにしよう。

KさんとT子さんが盲導犬ユーザーの会合などを経て急接近していったことは、お互いをよく知る私にははっきりと感じ取れていた。
ベストカップル!
その言葉を私は信じて疑わなかったし、中途失明という途方もない試練はこのふたりを結びつけるためにあったのだろうと今でも思っている。

当時は勿論今もそうかもしれないが、盲導犬を伴った男女が密会するなんてことは不可能に近い。
だからKさんが「今度の日曜日、協会に泊めて欲しい」と切り出したとき、私は何の問いかけもせず離れた場所にあるプレハブに部屋を用意した。

世間的には連れ子と一括りにされるYちゃんが、その後どう感じていたのか知らないが、少なくとも私の目には最高の幸せを手に入れた少女に思えた。

Yちゃんはとても利発な子だった。
明るく素直でとても気が利く子だった。
心から二人の結晶のように思えた。
最後に会ったのは、同じ地域で盲導犬を取得した方の歓迎会であり、彼女が小学生の頃だったと記憶している。

そのYちゃんが○○教育大学で盲教育を学び、国内の盲導犬協会に就職して盲導犬の普及活動を進めている事をメールで知った。

だから昨日のこの欄で棺に収められた私の胸にそっと置かれた手紙だと表現したのだ。
それほど嬉しかった。

だが、そのYちゃんが心の病を抱えて休職していることをあわせて知らされた。
同じ盲導犬事業に携わってきた私にはその心労が痛いほど分かる。

実際は動物相手ではなく人間相手であることのギャップ。
両親のように有能な視覚障害者ばかりではない現実。
ひょっとしたらYちゃんは両親を受け入れる過程においても無理をしてきたのかもしれない。

そんな積み重ねがYちゃんを苦しめているとしたら、棺の中の私は飛び起きて、知る限りの過去と年寄りの知恵を授けてあげなければならないはずだ。

Yちゃんから届いたメールは私を奮い立たせる天からの贈り物だったと受け止めている。

Yちゃん。そこそこ頑張った自分を褒めてあげようよ。
僕はね、忘れたのか覚えていないのか…そんな今を繰り返しながら楽しく生きているよ。
メールありがとうね。
 

Yちゃん 2009年12月01日(火)

  今日、時空を経たようなメールが届いた。
それはまるで棺に納められた私の胸にそっと置かれた手紙のように感じられた。
私の記憶では幼児だったYちゃんが24歳になって届けてくれたメールだった。

今夜はかなりプライベートなことを書くことになろう。
もしかしたらYちゃん自身が知らないことや知りたくないこと、何より知られたくないことを書くかもしれない。
ネットを辿るうちにカフェのHPに出会ったというから、Yちゃんもこの欄を読むに違いないし、狭い世界だから個人の特定も可能だろう。
どうしよう。

Yちゃん、ごめんね。
年を取ると昔のことを思い出し整理したくなるものなんだ。
それに何と言っても、あなたの両親はとても素晴らしい人で、僕は彼らの人生のある時期に関われたことを誇りに思っているんだ。

(以下、私の記憶では…)
T子さんが大学生だった正月、彼氏が運転する車で初詣の際その事故は起こり、彼女は失明した。
失意のどん底を体験した彼女だったが、持ち前の明るさと知性それに飄々とした性格を前面に打ち出すことで苦難を乗り切ろうとしていた。
家族や彼氏の支えもあり彼女は前に進み始めた。

盲導犬を使用するにあたり、彼女を担当できたことは私にとって本当に幸運だった。
『苦労して盲導犬訓練士になってよかった!新たに進み始めようとする人間と共にいる!』
そんな感動と意欲が後々私を支え続けてくれたのだった。

訓練での苦労や努力は盲導犬を伴った結婚式に結実し、その様子は当時人気番組だった『ムツゴロウと愉快な仲間たち』で特集として放映された。

まもなくYちゃんが生まれT子さんは子育てに奮闘した。
経緯を知る由もないが数年後私は離婚を知らされた。

Kさんは盲人のプロフェッショナルだ。
小学生の時、ポケットに入れた花火の火薬が原因で失明したと聞いていたが、彼はまるで『私は視覚障害ですが、それが何か?』と、見える人と区別することの愚かしさを証明するために神が送り出した人間の一人である。

知識は私の及ぶところではないし、感覚は一般に分かりやすくいえば座頭市だし、歩き出せばカーナビ以上のデータや判断力・想像力・洞察力・対応力を持っているし、社会常識は私が恥ずかしくなるほどの持ち主だし、趣味の範囲や好奇心も飛びぬけており、やること成すこと凡人には到底敵わないし、「富士山に登ってくる」と言って登頂し疲れ果てた盲導犬を抱きかかえて下山したり、鍼治療は一流だし、話は面白いし、心優しいし…

ともあれ、そんな二人と幼児一人が新たに暮らし始めるのである。
二人がご存知かどうか知らないが、私もちょっとだけその結びつきに貢献したのですぞ。

酔っちまってべらべら、マズイかなあ…
 

なぜかカフェの周辺だけ冬 2009年11月30日(月)

  「こんなに雪があるんですねぇ、この辺は」
来る方来る方がカフェの田舎度をからかって口にされる。
「ええ、ここは豪雪地帯ですから…」
私達は負け惜しみを言いながら『長沼も西区も石狩でさえ雪がないんだ』と、置かれた状況を認識するしかなかった。
我が家の除雪機ガロアラシ号は既に1回出動していたのだから受け入れるしかない。

そんな雪のない石狩から、Mシュナウザー/ムックの飼い主Sさんがお友達のMダックスの飼い主さんを誘ってカフェに来てくれた。
「お散歩チェックお願いできますか?」との依頼に私は二つ返事でお受けし、皆さんと一緒に歩いた。

「普段はもっと臭い取りをしてうまく歩けないんです」と飼い主さん。
「そうでしょう、そうでしょう。ここは豪雪地帯だから、わんちゃんも足元を気にして一生懸命歩くことに集中しているんです。いろんなことに気をとられて上手に歩けないのなら、飼い主が猛吹雪のようなつまり『それに集中するしかない』存在になればうまく歩けるようになるんですよ』
やはり私は精一杯の負け惜しみを口にしながら、犬育てのひとつの方法を伝えた。
日向ぼっこのような散歩を将来楽しむには、嵐の経験もしておいた方がいい。

さて、明日から師走。
カフェでは芯から温まる温麺が始まります。
雪があると一層美味しく感じるはずです。
お楽しみに。
 

アモとの散歩の途中で… 2009年11月27日(金)

  「すみません。上野幌1条3丁目へ行くにはどうすればいいでのしょうか?」
今日の散歩中、軽自動車から降りてきたご老人が尋ねてきた。
話を伺うと、突然自分が何処にいるのか分からなくなったという。
「上野幌1条3丁目○番地の○号が自分の家だというはスラスラ言えるんですが、それ以外のことが急に分からなくなって…」
その紳士はやや取り乱しながらも状況を話してくれた。

左折した後直進すれば2キロほど(信号8つ分)で近くまで行くことができることを伝え、念のため「おいくつですか?」と私は尋ねた。
「79です」
「昭和で言えば何年ですかねぇ?」私は鎌をかけたが
「4年です」と老人は即答した。

本当なら送っていきたかったがアモがいるし、周囲にも頼める人はおらず、老人の受け答えはしっかりしていたので「気をつけて」と見送った。
左折時の安全確認、直進後の運転も安定していたのでひと安心した。

実は今日、兵庫に住む母に、先日の九州(西戸崎・志賀島)里帰りの折の写真と、散歩(徘徊)する時に首からぶら下げるカードを同封して送ったばかりだった。
母の老人性のボケは30秒も話し相手になればすぐに分かる。

この老人とは10分近く話したが気になる点は“自宅周辺にある主要なお店”をあまり知らないことだけだった。
“仕事人間で家のことは奥さん任せ”の元働きバチなら『そういうこともあるだろう』と考えた。

だが、夜になって気にかかってしまった。
昭和4年生まれなら25を足して1929年生まれ。
この老人が『79歳』というのは今日から年末までに誕生日があるのなら正しい。
でもその確率は12分の1強だし、あの年齢の人なら“数え年”で言う場合が多い。
だとすると、80とか81歳の可能性がある。

ひょっとしたらあの老人の記憶は私の母と同じようにボケ始めた時点での年齢でストップしているのではなかろうか?
もしボケ1年生だったとしたら、私はあまりにも不適切な対応をしたのかもしれない。

『私が困っていたら援助をお願いします』
今日、母に送ったカードに書いた一節であるが、『自分はどうだったかのか』を考えると居たたまれない気持ちで一杯だ。

あの老人は無事、帰宅してくれたであろうか?
 

ラブを飼うということ。今夜が最長記録?その1. 2009年11月24日(火)

  ある方からメールをいただき、真剣な相談内容からすれば大変失礼なことではあるが、私はニヤニヤとしてしまった。

要約しコメントを加えながら引用させていただく。
( )内が私のコメント

1.はじめまして。○○に住んでおります○○と申します。
とても楽しくブログを拝見させていただきました。
(ご丁寧にありがとうございます)

2.私共は、ラブの6カ月になるオスを飼っています。
夫婦で可愛がっておりますが主に朝と夕方のお散歩は主人がしております。
(6ヶ月のラブですか。台風が停滞したみたいで酷いことになっているんでしょうね。人間力を発揮しないと負けちゃいますよ。それが後にラブの魅力を引き出すことにもなるんですがね。ところで“家族の一員として暮らす”ことをお望みなら去勢の時期ですね。躊躇せずすぐに行うことを強く勧めます。)

3.食事はドッグフードを3回にわけ、現在は昼を少なめにして、徐々に2回にしていく予定です。
(食欲旺盛な犬種だからちょっと心苦しいでしょうが、そろそろその時期ですね)

4.ペットショップから購入しました。1か月で親元から離されてしまったようです。
咳がとまらなかったので、1ヶ月ほど待ち2か月目から、自宅で室内飼いをしています。
(本心を言えば、陳列型の生体販売を行うショップから購入して欲しくはなかったですね。あれは消えてなくなるべきです。咳が止まらなかったのは“ケネルコフ”という病気に感染していたからでしょう。そのショップのほぼすべての犬が感染してしまったと考えられます。)

5.本を読んだり、獣医さんから聞いたり、トレーナーのDVDを購入して、いろいろ勉強をしてきましたが。
それぞれに、違うことが書いてあるのででどうして躾たらいいのか分からなくなっています。
(ごもっともです。皆さんそれで苦労なさっています。とりわけ最近の物は妙な方法が闊歩しておりますし)

6.ラブはやんちゃで、あっという間に20キロ以上になりゲージも2カ月で大型のものに買い替えました。
(将来30キロ前後にまで成長しそうですね。それと余計なことですが正しくはゲージではなくケージといいます。スペルがCAGEですから。)

7.お座りもできます。おしっこも吠えて教えますので、ベランダにだしてさせています。ですからゲージは清潔です。
(いいじゃないですか!でも、おしっことかは吠えて教える前に『シーシー』とか『ベンベン』と時間を見計らってさせ、その指示を覚えさせた方が、将来一緒に外出・外泊する時に役立ちますよ)

今夜のこの欄は長すぎて分割して表示することとなりました。
このまま下の欄へお進みください。
 

ラブを飼うということ。今夜が最長記録?その2 2009年11月24日(火)

  8.無駄吠えもしませんし、主人が叱ると静かにします。
(『それだけでも羨ましい』という飼い主がたくさんおられますよ)

9.ただ、散歩のときの、引っ張りが半端ではなく、よその犬が商店街も、静かに飼い主とお散歩をしているのを見かけると、羨ましいかぎりで、うちの犬には考えられません。
なるべく、人の通らない静かな裏道を選んで散歩をしています。
(さあ勝負です。あなたは本州の都会暮らしでしょうが、これから冬を迎える北海道の飼い主にとっては死活問題なのです。『いい加減にせー!おめぇ命賭けてでもご主人様を引き倒すつもりか!』本当にそんな季節を迎えるのです。大声を出す必要はありませんが愛犬を引きずり倒すくらいの気迫は見せるべきでしょう。
『ラブと暮らすようになって、あの夫婦逞しくなったねぇ』と、ご近所で陰口を叩かれても凹んではいけません。
なあに、相手がまだ20キロ程度ならやれますって。
その練習のためにも散歩の時は裏道ではなく表通りを犬や人を探しながら歩きましょう!切迫感があなたを強くし、その気迫に愛犬は遠い記憶にある母犬を思い出してあなたを慕うようになります。
一応、念のため、器物損壊および傷害保険(年間2000円程度)に加入しておきましょう)

10.甘がみもひどく、なんでも噛み切ってしまいますのでゲージにベッド用としての毛布もいれられません。
リードも散歩中に噛み切ってしまい、2度も買い換えました。
現在、ハーフチェーンを購入して躾をするしかないのではと悩んでおります。
(甘咬みはいずれなくなります。敷物は休みの日などじっくり付き合える時にケージの外に敷いてあげて、もし破壊活動に入ったときにはぶっ飛ばすか蝿叩きか4リットルの空のペットボトルでゴキブリを潰すくらいの絶対的意思を体験させればいいでしょう。
散歩中にリードを咥えたら遠慮なく引っ張れば口の中を火傷するか歯茎から血が出る程度で、以後噛まなくなります。
若くはじけたラブのようですから通常の首輪では対処できません。チョークチェーンは素人が使うと百害あって一利なしだから、短めに調整したハーフチェーンが適当でしょう。
願わくばカフェでのレッスンを受けてから使用するのがよいのですが)

11.大型犬ですので、他人やよその犬に怪我をさせてしまっては大変だと心配しています。
(そうですよ。そんなことになったら人生が変わってしまいますぞ。なりふり構わず、気持ちをリードを通して伝えてみては?
怒っちゃダメですよ、叱るのです。血圧が上がっても叱ってる自分を客観的に感じながら、ラブがマジ顔で叱られていることを受け入れているかで強度を調節するのです。
中途半端ではいけませんぞ。
追い詰めて逃げ場所がない叱りの域にまで達してもいけませんぞ。
どちらも逆切れを招くことになりまするぞ。
母犬の愛情があることが前提ですよ。
それと、さっきの保険にも入っておいたほうがいいですよ)

12.人懐っこく、自宅にくる人には全くほえませんし、無駄吠えも一切しません。
要求のある時だけで、わたしたちにも理解できる吠えかたです。
(甘い!“吠えてよい吠え”なぞないのです。もしあるとしたら“飼い主が吠えさせた時”だけです。
それと、もともと吠えない犬が警戒心で吠えるようになるのは生後6ヶ月を過ぎてからです。今の対応じゃセコム犬としてそのうち呼び鈴で吠える可能性があります)

13.リビングを自由に歩きまわれるように何時頃なるのでしょうか?・・・
ゲージの外にだして、餌をあげますが、「ハウス」と言っていれると諦めます。
静かにしてくれるのであれば、室内で一緒に過ごしたいのですが現在は、とても無理そうです。
(ラブですからいずれは夢を叶えてくれるでしょう。それを黙って待つか、その様に育てるかは飼い主次第もしくは“よい犬に恵まれる”かの運にかかっています)

14.興奮するとまったく手がつけられなくなってしまい夫婦でため息をつている状態です。
(いいぞ、いいぞ!小癪なラブ真っ盛り)

15.雨の日の散歩もしていますが、レインコートなど絶対着てくれそうもありません。
犬は、濡れるのは一向に気にしていないようですが、冬などは風邪をひかないかと心配で、短時間で戻ってきますから、犬のストレスがあるようです。
(本州のラブが雨に濡れたからといって病気になるはずはない。)

16.とにかく、タオルでもなんでも噛みます。
体もふかせません。
体をなでたり、触ることは喜んでさせますし体を洗うのは嫌いではありませんし、水も大好きです。
(興奮度が高く身体を触ると余計にハイテンションになるラブの姿が目に浮かびます。と同時に興奮させた愛犬を我に返すことができず身体も拭けない飼い主の軟弱さに腹が立ちます。このタオルを噛み切られたらダイナマイトが爆発すると仮定しても同じ行動しか人間にはできないものでしょうか?)

17.とりとめもなくいろいろ書きましたが6か月たちましたので、きちんと躾をしないと将来大変なことになるかと心配をしておりますが、どのように躾をしていくことがよいのかがわかりません。
トレーナーさんに躾をお願いした方がよろしいのでしょうか?
他のラブと比較して、我が家のラブは、成長が遅いのでしょうか?
どうかアドバイスをよろしくお願いいたします。

以上。
長げー!
でも、この飼い主さんの見事な観察力・分析力には脱帽だ。
とても感動し同時にラブを暮らし始めた人々が歩むプロセスを明快に表現しておられることに敬意を表さずにはいられない。

Mさん。あなたのラブは成長が遅いわけではないと思いますよ。
あなた方がラブとの生活に足を踏み入れただけのことではないのでしょうか?
同じ道に苦悩されているあなたのメールを見てニヤニヤした私の気持ちがお分かりでしょうか?
いつの日か私達レトリーバーの愛好家と同じ感動をあなた方が体験されることを心から願っております。
 

自分流に育てよう 2009年11月22日(日)

  2泊3日の美術館巡りとシルク・ド・ソレイユの公演を楽しんできたKが昨夜帰札した。
アモを連れて空港まで迎えに行ったが『よぉ!お帰り!』と至って淡白なお出迎えである。
先日、私が6日間留守にした時だって、「アモただいま!」と私が騒いでいるうちは尾を振って応えていたが、その目はすぐに『それで、何処に連れてってくれるのさ』と、感激の乏しいわんこである。

まあ、飼い主に執着してぎゃーぎゃー・びーびーとわめかれるよりはずっと暮らしやすいが、もうちょい感動を素直に表現し継続してもらえたら『嬉しいかな』と思う。

さて、カフェでは新しい仲間がちょこちょこと増えている。
若いわんこが多く、徐々に世代交代が進んでいるのは経営的には嬉しく、心情的には寂しくもある。
なにせ昨日(21日)なんかは10数頭いるわんこの中で、アモを除けばあのやんちゃなさくら(4歳)が年長さんになった時間帯があった位である。

サプライズもあった。
Mダックス/モカ・モナカのNさんがゴールデンのあんこを迎え入れたことは既に紹介したが、黒ラブ/ふたばとMダックス/キムチ・マルコのO夫妻があろうことか6ヶ月のイエローラブを仲間に入れたのである。
その名もペロスケ。
嗚呼!まだお若い夫婦なのに“その道(犬馬鹿道)”に人生の駒を進ませる選択をなさったようだ。

日頃から“多頭飼い”の弊害というか難しさを説いている私に対する挑戦であるのに、『そこを踏まえたうえで教育をよろしく!』と、私までもが引きずり込まれている。

そのペロスケがやけに大人しく暮らしやすそうだ。
「黒ラブ/ふたばを育てた苦労はなんだったのかって思うでしょう」
私の問いかけに昨日Oさんは大きく頷いておられた。
「要は繁殖なのです。暮らしやすい犬とめぐり会えれば苦労せずに暮らせるのです」
私はそう話して盲導犬事業における繁殖が如何に重要視されているかの説明を続け、最後に『それでも我々は“よい犬にめぐり会えたから楽しく暮らせた”なんていうような博打みたいな生活はできない。自らが育てる術を持つことが大切』であることを伝えた。

“氏より育ち”を実践する最低限の知恵と技術を我々は持っておかねばならない、ということだ。

さて今日、そのペロスケのレッスンを行って私はぶったまげた。
カフェでお利口さんに振る舞うわんこが実は・・・
同行したOさんも『やはり、おかしいのか』との不安を共有されたに違いない。

話が長くなってしまうし、もう2時を過ぎてもいる。
まだ1回の歩行だから断定はできないが、曖昧ながら核心を突いたコメントをするなら
『犬社会での社会化が行われたのかもしれない。人間社会での社会化を行わなければ…』というものだ。

ペロスケのことについてはまたいずれ紹介しよう。
ともあれヤバイ状態からのスタートだ。
Oさん、今日の歩行をご覧になった通りです。
でもOさんの家庭に迎え入れたばかりだから、ちゃんと育て直しをし、後は良くなっていくだけと信じて共に頑張りましょう!
 

契約 2009年11月17日(火)

  深夜の外の空気はすっかり冬のそれのように感じられた。
だが、ハーっと白い息を吹くとその帯は4〜50センチで消えてしまう。
本当に冬なら1メートル以上は続くはずだからまだ入り口みたい。

「本格的な雪道になったら…」
生後7ヶ月になるバーニーズ/ラブちゃんの飼い主であるMさんが、今のままでは転ばされたり、結果として周囲の人に迷惑をかけるという心配をされている。
ごもっともな心配事である。

バーニーズの一生につき合った経験は私にはなく、ラブちゃんの成長はとても興味深いものがある。
とにかく肉体的・精神的成長が遅く感じられていたのだが、前犬もバーニーズだったMさんも不安になっていた今月に入ってラブちゃんの成長が一気に動き始めた。
縫いぐるみ状態を経て幼年期が長かったのが、一気に青年期の中間辺りまで達したような変化である。

久しぶりに昨日レッスンをしてみると、あの弱虫だったラブが精神的にも私が繰り出す刺激に耐えうるまでになっていた。
これだとラブが甘く見ているMさんを転ばせるくらいのことはやりかねないというMさんの不安に共感できた。

でも私が実際歩いてみると、図体は急にでかくなったし精神的にも強くなっているのだが、ラブはラブちゃんであり、仔犬の頃レッスンを行った時のラブちゃんの振る舞いをしていた。

犬は毎日人間を観察している。
人間の子が“おやじの背中”を後になって語るような速度から比べれば、ジェット機と光速の差があるほどにとにかく観察し次の行動に応用している。

それはまさに人の寿命と犬の寿命の違いから派生してくるものなのではなかろうか。
『あなたから見れば私は落ち着きがなく、先を急ぐように引っ張ると感じるでしょう。でも私はあなたみたいに悠長にはやってられないのです。短い犬生を駆け抜けているのですから。』
これが犬たちの言い分だとしたら
『まあまあ落ち着け。本来おまえが犬生の中でエネルギーと時間の90%を消費する食住と医療は保証するから、その分本能とはちょっと違った生き方を一緒に過ごさないか。楽しいぜ。』
というのが、人間が犬と交わした契約ではなかろうかと思う。

そしてそれは団体契約ではなく個人契約であり、人間が犬対して『保証します』という誓いであり、契約条項を破れば犬からのしっぺ返しを受けるし、犬に対しては『人が教育する権利と義務を負う』という条項が含まれる。

カフェに集う人と犬との契約には“特約”というのがあり、よりハイレベルなお互いの暮らしを信じ・求めている方々が加入されている。
その特約条項には
・犬にばかり要求しないで、人が成長すること
・正当な理由なく人をないがしろにしたら、どんな処罰でも受けること
の2項目が燦然と掲げられ、その先には愛犬との待ち望んだ生活が待ち受けているのである。

ラブや最近のカフェの幼犬たちを想い、そんな空想をしているうち夜も更けてしまった。
今なら外で吐く白い息はもう少し長くなっているかも。
 

伝わらなくてもやるべきことが人にはある 2009年11月14日(土)

  口癖のように何かにつけ『由美ちゃん(小姉)』と呼ぶ母。

老人の認知障害には様々なタイプがある。
ヘビースモーカーだったKの父親がライターの使い方が分からなくなるアルツハイマーのようなケースもあれば、別世界で暮らし分けのわからないことを発語する痴呆のケースもある。

私の母は毎日何度も徘徊を繰り返し、他人の家の花を勝手に摘み取ってくるがちゃんと帰宅してくるタイプのボケだ。
会話は通常にできるがすぐにその記憶がなくなり、思い込みや妄想・こだわりが強いように感じる。

これは共通のことかもしれないが、とにかく寝ない。
寝たと思って安心したら外を徘徊しているし、依存する小姉がいなくなると、か弱く『由美ちゃんは?』と尋ねたかと思えば『由美子!バカー!貴様!』と、まるで死んだ親父の口真似をするように叫ぶこともある。

一方で、一枚の煎餅布団で添い寝をするようになった小姉に
『由美ちゃん、あんた布団におると?』と3度も尋ね、その都度『うん。ちゃんと一緒の布団におるよ』と答える小姉に『そうね。お母ちゃん、畳の上よ』と、自分が布団からはみ出していることを暗に伝えるジョークを忘れないでもいられる母である。
テキストの足し算や引き算は簡単にこなすし、漢字の書き取りも私以上にできる。

が、昔のことばかり口にし、死んだ人間や満州の博多屋のことを私達に尋ねる。
そんな母が『帰りたい』と口癖にしている九州へ、車椅子と便座まで積み込んで旅してきた。

「狭い道路だね」という私に
「なんばね。道は狭かないっとよ。車が大き過ぎるったい」
元気な母の妹(叔母)の博多弁が心地良かった。

白砂青松とはまさに私の生まれ故郷のことを指すのだと思った。
台風並みの強風と雨が吹き荒れた玄界灘なのに、北海道の日本海のような黒さ・暗さが全くないのだ。
嵐で汚れたといっても、カフェのゼオライトが雨で濡れたような緑色の美しさだった。

どうせ帰郷したことすら記憶に残らない母の状態だった。

今回の旅は4人兄妹の次女である小姉に対する私の罪滅ぼしの旅であったと思う。
未婚のまま両親の介護をし、うつ病になってまで母を介護し続けてくれている小姉への懺悔の旅である。

日に一度はわめき散らす母に『うん、うん』と道中も小姉は静かに声をかけていた。
旅が終われば私は札幌に帰り、小姉はいつものように母の介護をしながらの生活が待っているだけのことだ。

志賀島から釣り場には最適と思われた岩場が見えた。
「潮が引けばあの岩に歩いて渡れるとよ」
故郷の街並みは50年前とはすっかり変わっていたが、岩場の風景はそのままだったのだろう。
母がその言葉を発した途端、叔母が涙を流しながら「潮が引いた時ね、あの岩場で遊んだとよ。姉ちゃん、ちゃんっとわかっとっとやねー」と言った。

自己満足の何物でもないが、その瞬間『よかったあ』という思いがよぎったのは間違いないことだった。

かくして旅は終わり帰宅後に母に電話を入れた。
「眠たい。眠たいねん。あんた史ね?北海道におるっとよね?」
「西戸崎と志賀島に行ったよね。スミちゃんの家にブーゲンビリアが咲いてて、玄関にフクロウの置物があったよね」
私の言葉に母は記憶を手繰り寄せるような間合いを経て
「もう寝るから」といって電話を切った。
 


- Web Diary ver 1.26 -