From the North Country

回顧2009 2009年12月21日(月)

  『1週間のご無沙汰でした…ロッテ歌のアルバム!』
こんなフレーズを覚えている方も少なくなったんでしょうね。(40年以上前だっけ?)

ご無沙汰していましたが、毎晩この辺りまでは書いておりました。
その先が書けなかった。
既に書いてきたことばかりが去来する毎夜だったので…

さて、本格的な雪が降り今朝はガロアラシ号に頑張ってもらうなかで『今年もあと少しになったなあ』との感慨が巡った。
新しいわんこが増え世代交代が進んだ今年のカフェだったように思う。
『長崎さんがみていてくれるから』
そんな安心感を皆さんもっておられるのが私にはプレッシャーになったが、仔犬たちの成長を見ることができた楽しい一年だった。

小さな小さなチワワの銀次郎はすぐに壊れてしまいそうで手を出せないでいたが、ようやくビシッと叱れるまでに成長した。

ひょっとしたら他犬とひと悶着起こし、叱責した人間に逆切れするやも、との懸念を持ちながらレッスンを進めてきたダルメシアンのビートはすっかり信頼できる青年に育った。

内弁慶でカフェではおどおどビクビクし、いつも尾を巻いて逃げ隠れしていたバーニーズのラブが最近では犬の群れの中で尾を振って楽しそうにしている。

同じく他犬の接近に対し悲鳴と失禁でパニックを起こしていたゴールデンのあむだったが、こちらも順調に育っている。前犬のゴールデンは他犬との関係がうまくいかなかったという経緯があったようで、当初飼い主のKさんの表情が硬いのが気になっていたが、あむの成長につれ朗らかになったのがうれしい。

『一度ぶっ壊す』と宣言し、妙にしつけられたゴールデンのあんこの心を解放することから始めたレッスンだったが、なあもなあも私が頑張らなくても飼い主のNさんの朗らかでのほほんとした性格があんこを包み込み、甘くて美味しそうなわんこに育っているのが可笑しい。

デビュー1ヶ月のラブのペロスケは依然正体不明。
一緒に暮らしているわけではないので仕方ないのだが、どうにも読みきれない。
こちらは越年だ。

気分は10年近く前にやっていた盲導犬パピーウォーカー担当/スーパーバイザーである。
『努力して何としても盲導犬になれるようちゃんと育てなきゃ!』
『合格しなかったのは自分達の育て方が悪かったから』
そんな意気込みと落胆が交錯するパピーウォーカーに対し私は宣言していた。
『盲導犬になるかどうかより、一緒に暮らして楽しい犬を共に育てましょう!』と。

今ほど長年積み重ねてきた経験と理念と自分の感性を素直に表現している時間はないと思う。
そしてこれから出会うであろう新たな感性に門戸を開いてもいる。
来年、『おお、そうか!』と膝を打つような極意のヒントに巡り会えるかもしれない。

ともあれカフェ育ちのわんこはいい奴ばかりなのが私に希望を持続させてくれている。
 

厳しい環境が絆を深めるかも 2009年12月13日(日)

  昨日まであんなにぬかるんでいたガーデンが今日はずっと凍ったまま乾燥していた。
ぬかるみを駆けたひときわ大きな足跡がそのまま凍っていたものだから「昨日ジェニーが来てたんですね」とMさんはレオンベルガー/ジェニーの来店を見事推理してみせた。
雪こそないものの凍れる冬が到来したようだ。

『氷らないようにビールは冷蔵庫に入れておかねばな』
30数年前、移住してきた時に聞かされた言葉が懐かしく思い出される。
今夜ビールを外に放置したら本当に破裂してしまうに違いない。

それにしても『北海道はいいなぁ』とつくづく思う。
今日のカフェなんて大型犬がごろごろだったのに、外が寒いものだからガーデンに出てもすぐに中に入ってしまい、まるで家畜と家族が同じ屋根の下で一緒に暮らしていた田舎の風情が漂っていた。

人間たちの会話が盛り上がるものだから、犬たちは圧倒されてそこそこの振る舞いしかやらない。
自宅では天狗になってわがままな振る舞いをしているわんこでもちゃんと自制して人間社会の凄さを観察している。

イギリスの片田舎でThe Oakという数百年の歴史があるパブに連れてってもらったことがあるが、ふと、そこの雰囲気を思い出してニンマリした。
やっぱ我らがカフェは犬たちがいいなぁ。

冬は愛犬をお利口にするチャンスかもしれない。
 

あ〜あ 2009年12月12日(土)

  先月一旦降った雪もすっかり解け、今日は一日中雨となってガーデンは昔懐かしいぬかるみ状態だ。
12月中旬になっても根雪がないというのがもはや札幌の常識なって久しい。
クリスマス頃には銀世界というのが昨今の市民感覚といったところか。

定休日だった金曜日に久しぶりの釣行に出かけた。
結果は散々…
一投目から小さなアタリがあって期待を寄せたが、それはなんと小さなフグ!
冗談じゃない、フグなんて北海道では夏場の邪魔者で、釣りにおいては単なる餌取り。
あの鋭い歯でちょこちょこと餌のサンマを食いちぎり、三本の竿も5分で餌だけなくなってしまう。
積丹の海も水温が上がって魚種交代が着実に進んでいるようだ。

前日の朝から釣り始めたという隣客は、陽が昇る前からフグの活性が始まるや、さっさと竿をたたんでしまった。
「こいつらが出始めたらもうどうもならん」
そう言って、夜の間に釣ったホッケを持って帰っていった。

いつもなら『よっしゃ!ならば何とかして釣ってやろう』
と、様々な工夫をする私なのだが、途中のコンビニで用を足した際に腰を少し痛めていた。
和式のトイレがいけなかった。もうあれは使えない身体に成り果てたようだ。
それでも以前までは『ままよ、いよいよとなったら紀夫さんがいる』と、身体のメンテナンスをまかせていたS治療院を後ろ盾に頑張れたが、その紀夫さんも9月に逝ってしまったことを思い出すと無理ができなくなった。

『おーい!紀夫さ〜ん!』

で、私もさっさと引き上げ、帰宅後アモと散歩し、里塚温泉でゆったりと身体をほぐし、慎重にヨガをしてから湿布を貼って今日の営業に備えたのでありまする。
そして今日、まあなんとかなった。

朝の食卓には大きなマガレイの煮付けがあったことを釣り人の意地として付け加えておこう。
 

最後まで頼っちゃいけないよ 2009年12月08日(火)

  夕べは酔ったままに自分でも分けのわからないことを書いてしまい失礼。
今夜はまともなことが書ければラッキー!(既に酔ってる)

『吠えるんです』
そんな相談は日常茶飯である。
私にしてみれば『結果的に吠えるのをあなたは潜在意識の中で認めてるんでしょ』と直感し、相談者の対応を見て『やっぱりね』と感じる連続である。

私がそんな犬を吠えなくするのは一瞬でできるが、それは飼い主と切り離したうえでの現実であることをはかなく思う。

『どんだけ野蛮なことを私はやっているのだろう』と、自責の念に駆られるのも日常茶飯だけど『どんだけいい加減な気持ちで犬と暮らしているのだろう』と、飼い主に対して呆れた思いを感じることのほうが多い。

愛犬家は優しいんですね。
経営上私はそう書くしかないけど、それは同時に『ご自分でなんとかしなはれ』という意味合いがあることを知って欲しい。

昔、悪事を働いた男を裁く法廷で「裁判長様、どうか息子を懲らしめてやって下さい!」と叫んだ母親がいた。
彼女の足元には盲導犬がいて、当時その言葉に私は感動を覚えたものだ。

だが、それを犬に当てはめ『懲らしめてやって下さい』というのはいささか的外れではないかと思う。
ちゃんとした責任者であるという自覚を犬の飼い主はそれなりに持った方がいい。
 

分からないこと。 2009年12月07日(月)

  『分からないこと』が私にはたくさんある。

1.企業はなぜ増収増益を図らなければならないのか?

資本主義経済を何十年も続けていれば、年功序列のシステムにおいて主要経費である人件費はほぼ計算できるし、売り上げは時の経済情勢によって変化するものの、堅調な事業を展開すれば企業は存続できるはずなのに、増収増益でなければ経営者として失格の烙印を押されている。
どっかおかしくないですか?
株主や投機筋それに銀行を後ろ盾にして事業を展開するからそんなおかしなことになっているのだと思う。
自動車など国家を支える輸出産業ならそこそこ分からなくもないが、スーパーやそこらの食品産業までが血眼となっているのがちゃんちゃらおかしい。
そこそこ儲けて暮らせればそれでいいではないか、と思ってしまう。

2.デフレって事業者が加担する自殺競争でしょ?

不景気になって消費者の購買意欲が減少すると、企業は低価格競争に走って自社の商品の購入を促す方向に舵を取る。
バカじゃないかと思う。
『安ければありがたい』なんてことはどんな時代にだって消費者は思っているのだ。
不景気な時に安くするのは『それまで過分な利益を上乗せしていた証明』と感じるし『勤労者に対する過酷な負担の裏返し』ということを身をもって感じてもいる。
商品やサービスに見合う価格に自信があれば『これがわが社の値段です』と貫くべきだと思う。

3.株式は買っていただいたのではなく、買うことを自ら決断した相手の行為である。

株式の重みはとても重要だがそれに振り回されるなんて本末転倒である。
あなたがやろうとしていることに相手が『乗った!』との具体的な意思表示であるという原点は変わらないのだ。
アドバイスは貴重だが、つべこべ言われる筋合いは元来ないはずだ。
経営者諸氏、元気を出して欲しい!と願う。

さて、愛犬家諸氏、あなたは元気ですか?
1.あなたは愛犬の為に“増収増益に腐心していませんか?”

普通の生活の中で暮らせていることがわんこたちには幸せなのです。

2.デフレ社会だからといってわんこの価値は下がりましたか?

大切なものとどうでもいい物を見分ける目があることを知ったでしょうが、その値段が最重要ではなかったことと信じています。

3.愛犬と暮らし始めることを決断したのは他でもないあなたです。

あなたの振る舞いすべてがあなたの愛犬に関わっています。
あなたが決めるのです。
ただただ、そこからスタートするのです。
株式を募ったのはあなた自身。
あなたの自覚はどうあれ、あなたが選んだわんこはすべてをあなたに依存しているのです。

あなたがユニ○ロのような“社長の中の社長?”ではなく、普通の社長人間でいることを心から願っています。
 

Yちゃん、その2 2009年12月02日(水)

  夕べの続き…

日付けが変わるまで飲み続け、書くことをためらわないほどに酔ってからパソコンに向かったが、やはり遠慮がちに簡易にまとめておくことにしよう。

KさんとT子さんが盲導犬ユーザーの会合などを経て急接近していったことは、お互いをよく知る私にははっきりと感じ取れていた。
ベストカップル!
その言葉を私は信じて疑わなかったし、中途失明という途方もない試練はこのふたりを結びつけるためにあったのだろうと今でも思っている。

当時は勿論今もそうかもしれないが、盲導犬を伴った男女が密会するなんてことは不可能に近い。
だからKさんが「今度の日曜日、協会に泊めて欲しい」と切り出したとき、私は何の問いかけもせず離れた場所にあるプレハブに部屋を用意した。

世間的には連れ子と一括りにされるYちゃんが、その後どう感じていたのか知らないが、少なくとも私の目には最高の幸せを手に入れた少女に思えた。

Yちゃんはとても利発な子だった。
明るく素直でとても気が利く子だった。
心から二人の結晶のように思えた。
最後に会ったのは、同じ地域で盲導犬を取得した方の歓迎会であり、彼女が小学生の頃だったと記憶している。

そのYちゃんが○○教育大学で盲教育を学び、国内の盲導犬協会に就職して盲導犬の普及活動を進めている事をメールで知った。

だから昨日のこの欄で棺に収められた私の胸にそっと置かれた手紙だと表現したのだ。
それほど嬉しかった。

だが、そのYちゃんが心の病を抱えて休職していることをあわせて知らされた。
同じ盲導犬事業に携わってきた私にはその心労が痛いほど分かる。

実際は動物相手ではなく人間相手であることのギャップ。
両親のように有能な視覚障害者ばかりではない現実。
ひょっとしたらYちゃんは両親を受け入れる過程においても無理をしてきたのかもしれない。

そんな積み重ねがYちゃんを苦しめているとしたら、棺の中の私は飛び起きて、知る限りの過去と年寄りの知恵を授けてあげなければならないはずだ。

Yちゃんから届いたメールは私を奮い立たせる天からの贈り物だったと受け止めている。

Yちゃん。そこそこ頑張った自分を褒めてあげようよ。
僕はね、忘れたのか覚えていないのか…そんな今を繰り返しながら楽しく生きているよ。
メールありがとうね。
 

Yちゃん 2009年12月01日(火)

  今日、時空を経たようなメールが届いた。
それはまるで棺に納められた私の胸にそっと置かれた手紙のように感じられた。
私の記憶では幼児だったYちゃんが24歳になって届けてくれたメールだった。

今夜はかなりプライベートなことを書くことになろう。
もしかしたらYちゃん自身が知らないことや知りたくないこと、何より知られたくないことを書くかもしれない。
ネットを辿るうちにカフェのHPに出会ったというから、Yちゃんもこの欄を読むに違いないし、狭い世界だから個人の特定も可能だろう。
どうしよう。

Yちゃん、ごめんね。
年を取ると昔のことを思い出し整理したくなるものなんだ。
それに何と言っても、あなたの両親はとても素晴らしい人で、僕は彼らの人生のある時期に関われたことを誇りに思っているんだ。

(以下、私の記憶では…)
T子さんが大学生だった正月、彼氏が運転する車で初詣の際その事故は起こり、彼女は失明した。
失意のどん底を体験した彼女だったが、持ち前の明るさと知性それに飄々とした性格を前面に打ち出すことで苦難を乗り切ろうとしていた。
家族や彼氏の支えもあり彼女は前に進み始めた。

盲導犬を使用するにあたり、彼女を担当できたことは私にとって本当に幸運だった。
『苦労して盲導犬訓練士になってよかった!新たに進み始めようとする人間と共にいる!』
そんな感動と意欲が後々私を支え続けてくれたのだった。

訓練での苦労や努力は盲導犬を伴った結婚式に結実し、その様子は当時人気番組だった『ムツゴロウと愉快な仲間たち』で特集として放映された。

まもなくYちゃんが生まれT子さんは子育てに奮闘した。
経緯を知る由もないが数年後私は離婚を知らされた。

Kさんは盲人のプロフェッショナルだ。
小学生の時、ポケットに入れた花火の火薬が原因で失明したと聞いていたが、彼はまるで『私は視覚障害ですが、それが何か?』と、見える人と区別することの愚かしさを証明するために神が送り出した人間の一人である。

知識は私の及ぶところではないし、感覚は一般に分かりやすくいえば座頭市だし、歩き出せばカーナビ以上のデータや判断力・想像力・洞察力・対応力を持っているし、社会常識は私が恥ずかしくなるほどの持ち主だし、趣味の範囲や好奇心も飛びぬけており、やること成すこと凡人には到底敵わないし、「富士山に登ってくる」と言って登頂し疲れ果てた盲導犬を抱きかかえて下山したり、鍼治療は一流だし、話は面白いし、心優しいし…

ともあれ、そんな二人と幼児一人が新たに暮らし始めるのである。
二人がご存知かどうか知らないが、私もちょっとだけその結びつきに貢献したのですぞ。

酔っちまってべらべら、マズイかなあ…
 

なぜかカフェの周辺だけ冬 2009年11月30日(月)

  「こんなに雪があるんですねぇ、この辺は」
来る方来る方がカフェの田舎度をからかって口にされる。
「ええ、ここは豪雪地帯ですから…」
私達は負け惜しみを言いながら『長沼も西区も石狩でさえ雪がないんだ』と、置かれた状況を認識するしかなかった。
我が家の除雪機ガロアラシ号は既に1回出動していたのだから受け入れるしかない。

そんな雪のない石狩から、Mシュナウザー/ムックの飼い主Sさんがお友達のMダックスの飼い主さんを誘ってカフェに来てくれた。
「お散歩チェックお願いできますか?」との依頼に私は二つ返事でお受けし、皆さんと一緒に歩いた。

「普段はもっと臭い取りをしてうまく歩けないんです」と飼い主さん。
「そうでしょう、そうでしょう。ここは豪雪地帯だから、わんちゃんも足元を気にして一生懸命歩くことに集中しているんです。いろんなことに気をとられて上手に歩けないのなら、飼い主が猛吹雪のようなつまり『それに集中するしかない』存在になればうまく歩けるようになるんですよ』
やはり私は精一杯の負け惜しみを口にしながら、犬育てのひとつの方法を伝えた。
日向ぼっこのような散歩を将来楽しむには、嵐の経験もしておいた方がいい。

さて、明日から師走。
カフェでは芯から温まる温麺が始まります。
雪があると一層美味しく感じるはずです。
お楽しみに。
 

アモとの散歩の途中で… 2009年11月27日(金)

  「すみません。上野幌1条3丁目へ行くにはどうすればいいでのしょうか?」
今日の散歩中、軽自動車から降りてきたご老人が尋ねてきた。
話を伺うと、突然自分が何処にいるのか分からなくなったという。
「上野幌1条3丁目○番地の○号が自分の家だというはスラスラ言えるんですが、それ以外のことが急に分からなくなって…」
その紳士はやや取り乱しながらも状況を話してくれた。

左折した後直進すれば2キロほど(信号8つ分)で近くまで行くことができることを伝え、念のため「おいくつですか?」と私は尋ねた。
「79です」
「昭和で言えば何年ですかねぇ?」私は鎌をかけたが
「4年です」と老人は即答した。

本当なら送っていきたかったがアモがいるし、周囲にも頼める人はおらず、老人の受け答えはしっかりしていたので「気をつけて」と見送った。
左折時の安全確認、直進後の運転も安定していたのでひと安心した。

実は今日、兵庫に住む母に、先日の九州(西戸崎・志賀島)里帰りの折の写真と、散歩(徘徊)する時に首からぶら下げるカードを同封して送ったばかりだった。
母の老人性のボケは30秒も話し相手になればすぐに分かる。

この老人とは10分近く話したが気になる点は“自宅周辺にある主要なお店”をあまり知らないことだけだった。
“仕事人間で家のことは奥さん任せ”の元働きバチなら『そういうこともあるだろう』と考えた。

だが、夜になって気にかかってしまった。
昭和4年生まれなら25を足して1929年生まれ。
この老人が『79歳』というのは今日から年末までに誕生日があるのなら正しい。
でもその確率は12分の1強だし、あの年齢の人なら“数え年”で言う場合が多い。
だとすると、80とか81歳の可能性がある。

ひょっとしたらあの老人の記憶は私の母と同じようにボケ始めた時点での年齢でストップしているのではなかろうか?
もしボケ1年生だったとしたら、私はあまりにも不適切な対応をしたのかもしれない。

『私が困っていたら援助をお願いします』
今日、母に送ったカードに書いた一節であるが、『自分はどうだったかのか』を考えると居たたまれない気持ちで一杯だ。

あの老人は無事、帰宅してくれたであろうか?
 

ラブを飼うということ。今夜が最長記録?その1. 2009年11月24日(火)

  ある方からメールをいただき、真剣な相談内容からすれば大変失礼なことではあるが、私はニヤニヤとしてしまった。

要約しコメントを加えながら引用させていただく。
( )内が私のコメント

1.はじめまして。○○に住んでおります○○と申します。
とても楽しくブログを拝見させていただきました。
(ご丁寧にありがとうございます)

2.私共は、ラブの6カ月になるオスを飼っています。
夫婦で可愛がっておりますが主に朝と夕方のお散歩は主人がしております。
(6ヶ月のラブですか。台風が停滞したみたいで酷いことになっているんでしょうね。人間力を発揮しないと負けちゃいますよ。それが後にラブの魅力を引き出すことにもなるんですがね。ところで“家族の一員として暮らす”ことをお望みなら去勢の時期ですね。躊躇せずすぐに行うことを強く勧めます。)

3.食事はドッグフードを3回にわけ、現在は昼を少なめにして、徐々に2回にしていく予定です。
(食欲旺盛な犬種だからちょっと心苦しいでしょうが、そろそろその時期ですね)

4.ペットショップから購入しました。1か月で親元から離されてしまったようです。
咳がとまらなかったので、1ヶ月ほど待ち2か月目から、自宅で室内飼いをしています。
(本心を言えば、陳列型の生体販売を行うショップから購入して欲しくはなかったですね。あれは消えてなくなるべきです。咳が止まらなかったのは“ケネルコフ”という病気に感染していたからでしょう。そのショップのほぼすべての犬が感染してしまったと考えられます。)

5.本を読んだり、獣医さんから聞いたり、トレーナーのDVDを購入して、いろいろ勉強をしてきましたが。
それぞれに、違うことが書いてあるのででどうして躾たらいいのか分からなくなっています。
(ごもっともです。皆さんそれで苦労なさっています。とりわけ最近の物は妙な方法が闊歩しておりますし)

6.ラブはやんちゃで、あっという間に20キロ以上になりゲージも2カ月で大型のものに買い替えました。
(将来30キロ前後にまで成長しそうですね。それと余計なことですが正しくはゲージではなくケージといいます。スペルがCAGEですから。)

7.お座りもできます。おしっこも吠えて教えますので、ベランダにだしてさせています。ですからゲージは清潔です。
(いいじゃないですか!でも、おしっことかは吠えて教える前に『シーシー』とか『ベンベン』と時間を見計らってさせ、その指示を覚えさせた方が、将来一緒に外出・外泊する時に役立ちますよ)

今夜のこの欄は長すぎて分割して表示することとなりました。
このまま下の欄へお進みください。
 


- Web Diary ver 1.26 -