From the North Country

アモとの散歩の途中で… 2009年11月27日(金)

  「すみません。上野幌1条3丁目へ行くにはどうすればいいでのしょうか?」
今日の散歩中、軽自動車から降りてきたご老人が尋ねてきた。
話を伺うと、突然自分が何処にいるのか分からなくなったという。
「上野幌1条3丁目○番地の○号が自分の家だというはスラスラ言えるんですが、それ以外のことが急に分からなくなって…」
その紳士はやや取り乱しながらも状況を話してくれた。

左折した後直進すれば2キロほど(信号8つ分)で近くまで行くことができることを伝え、念のため「おいくつですか?」と私は尋ねた。
「79です」
「昭和で言えば何年ですかねぇ?」私は鎌をかけたが
「4年です」と老人は即答した。

本当なら送っていきたかったがアモがいるし、周囲にも頼める人はおらず、老人の受け答えはしっかりしていたので「気をつけて」と見送った。
左折時の安全確認、直進後の運転も安定していたのでひと安心した。

実は今日、兵庫に住む母に、先日の九州(西戸崎・志賀島)里帰りの折の写真と、散歩(徘徊)する時に首からぶら下げるカードを同封して送ったばかりだった。
母の老人性のボケは30秒も話し相手になればすぐに分かる。

この老人とは10分近く話したが気になる点は“自宅周辺にある主要なお店”をあまり知らないことだけだった。
“仕事人間で家のことは奥さん任せ”の元働きバチなら『そういうこともあるだろう』と考えた。

だが、夜になって気にかかってしまった。
昭和4年生まれなら25を足して1929年生まれ。
この老人が『79歳』というのは今日から年末までに誕生日があるのなら正しい。
でもその確率は12分の1強だし、あの年齢の人なら“数え年”で言う場合が多い。
だとすると、80とか81歳の可能性がある。

ひょっとしたらあの老人の記憶は私の母と同じようにボケ始めた時点での年齢でストップしているのではなかろうか?
もしボケ1年生だったとしたら、私はあまりにも不適切な対応をしたのかもしれない。

『私が困っていたら援助をお願いします』
今日、母に送ったカードに書いた一節であるが、『自分はどうだったかのか』を考えると居たたまれない気持ちで一杯だ。

あの老人は無事、帰宅してくれたであろうか?
 

ラブを飼うということ。今夜が最長記録?その1. 2009年11月24日(火)

  ある方からメールをいただき、真剣な相談内容からすれば大変失礼なことではあるが、私はニヤニヤとしてしまった。

要約しコメントを加えながら引用させていただく。
( )内が私のコメント

1.はじめまして。○○に住んでおります○○と申します。
とても楽しくブログを拝見させていただきました。
(ご丁寧にありがとうございます)

2.私共は、ラブの6カ月になるオスを飼っています。
夫婦で可愛がっておりますが主に朝と夕方のお散歩は主人がしております。
(6ヶ月のラブですか。台風が停滞したみたいで酷いことになっているんでしょうね。人間力を発揮しないと負けちゃいますよ。それが後にラブの魅力を引き出すことにもなるんですがね。ところで“家族の一員として暮らす”ことをお望みなら去勢の時期ですね。躊躇せずすぐに行うことを強く勧めます。)

3.食事はドッグフードを3回にわけ、現在は昼を少なめにして、徐々に2回にしていく予定です。
(食欲旺盛な犬種だからちょっと心苦しいでしょうが、そろそろその時期ですね)

4.ペットショップから購入しました。1か月で親元から離されてしまったようです。
咳がとまらなかったので、1ヶ月ほど待ち2か月目から、自宅で室内飼いをしています。
(本心を言えば、陳列型の生体販売を行うショップから購入して欲しくはなかったですね。あれは消えてなくなるべきです。咳が止まらなかったのは“ケネルコフ”という病気に感染していたからでしょう。そのショップのほぼすべての犬が感染してしまったと考えられます。)

5.本を読んだり、獣医さんから聞いたり、トレーナーのDVDを購入して、いろいろ勉強をしてきましたが。
それぞれに、違うことが書いてあるのででどうして躾たらいいのか分からなくなっています。
(ごもっともです。皆さんそれで苦労なさっています。とりわけ最近の物は妙な方法が闊歩しておりますし)

6.ラブはやんちゃで、あっという間に20キロ以上になりゲージも2カ月で大型のものに買い替えました。
(将来30キロ前後にまで成長しそうですね。それと余計なことですが正しくはゲージではなくケージといいます。スペルがCAGEですから。)

7.お座りもできます。おしっこも吠えて教えますので、ベランダにだしてさせています。ですからゲージは清潔です。
(いいじゃないですか!でも、おしっことかは吠えて教える前に『シーシー』とか『ベンベン』と時間を見計らってさせ、その指示を覚えさせた方が、将来一緒に外出・外泊する時に役立ちますよ)

今夜のこの欄は長すぎて分割して表示することとなりました。
このまま下の欄へお進みください。
 

ラブを飼うということ。今夜が最長記録?その2 2009年11月24日(火)

  8.無駄吠えもしませんし、主人が叱ると静かにします。
(『それだけでも羨ましい』という飼い主がたくさんおられますよ)

9.ただ、散歩のときの、引っ張りが半端ではなく、よその犬が商店街も、静かに飼い主とお散歩をしているのを見かけると、羨ましいかぎりで、うちの犬には考えられません。
なるべく、人の通らない静かな裏道を選んで散歩をしています。
(さあ勝負です。あなたは本州の都会暮らしでしょうが、これから冬を迎える北海道の飼い主にとっては死活問題なのです。『いい加減にせー!おめぇ命賭けてでもご主人様を引き倒すつもりか!』本当にそんな季節を迎えるのです。大声を出す必要はありませんが愛犬を引きずり倒すくらいの気迫は見せるべきでしょう。
『ラブと暮らすようになって、あの夫婦逞しくなったねぇ』と、ご近所で陰口を叩かれても凹んではいけません。
なあに、相手がまだ20キロ程度ならやれますって。
その練習のためにも散歩の時は裏道ではなく表通りを犬や人を探しながら歩きましょう!切迫感があなたを強くし、その気迫に愛犬は遠い記憶にある母犬を思い出してあなたを慕うようになります。
一応、念のため、器物損壊および傷害保険(年間2000円程度)に加入しておきましょう)

10.甘がみもひどく、なんでも噛み切ってしまいますのでゲージにベッド用としての毛布もいれられません。
リードも散歩中に噛み切ってしまい、2度も買い換えました。
現在、ハーフチェーンを購入して躾をするしかないのではと悩んでおります。
(甘咬みはいずれなくなります。敷物は休みの日などじっくり付き合える時にケージの外に敷いてあげて、もし破壊活動に入ったときにはぶっ飛ばすか蝿叩きか4リットルの空のペットボトルでゴキブリを潰すくらいの絶対的意思を体験させればいいでしょう。
散歩中にリードを咥えたら遠慮なく引っ張れば口の中を火傷するか歯茎から血が出る程度で、以後噛まなくなります。
若くはじけたラブのようですから通常の首輪では対処できません。チョークチェーンは素人が使うと百害あって一利なしだから、短めに調整したハーフチェーンが適当でしょう。
願わくばカフェでのレッスンを受けてから使用するのがよいのですが)

11.大型犬ですので、他人やよその犬に怪我をさせてしまっては大変だと心配しています。
(そうですよ。そんなことになったら人生が変わってしまいますぞ。なりふり構わず、気持ちをリードを通して伝えてみては?
怒っちゃダメですよ、叱るのです。血圧が上がっても叱ってる自分を客観的に感じながら、ラブがマジ顔で叱られていることを受け入れているかで強度を調節するのです。
中途半端ではいけませんぞ。
追い詰めて逃げ場所がない叱りの域にまで達してもいけませんぞ。
どちらも逆切れを招くことになりまするぞ。
母犬の愛情があることが前提ですよ。
それと、さっきの保険にも入っておいたほうがいいですよ)

12.人懐っこく、自宅にくる人には全くほえませんし、無駄吠えも一切しません。
要求のある時だけで、わたしたちにも理解できる吠えかたです。
(甘い!“吠えてよい吠え”なぞないのです。もしあるとしたら“飼い主が吠えさせた時”だけです。
それと、もともと吠えない犬が警戒心で吠えるようになるのは生後6ヶ月を過ぎてからです。今の対応じゃセコム犬としてそのうち呼び鈴で吠える可能性があります)

13.リビングを自由に歩きまわれるように何時頃なるのでしょうか?・・・
ゲージの外にだして、餌をあげますが、「ハウス」と言っていれると諦めます。
静かにしてくれるのであれば、室内で一緒に過ごしたいのですが現在は、とても無理そうです。
(ラブですからいずれは夢を叶えてくれるでしょう。それを黙って待つか、その様に育てるかは飼い主次第もしくは“よい犬に恵まれる”かの運にかかっています)

14.興奮するとまったく手がつけられなくなってしまい夫婦でため息をつている状態です。
(いいぞ、いいぞ!小癪なラブ真っ盛り)

15.雨の日の散歩もしていますが、レインコートなど絶対着てくれそうもありません。
犬は、濡れるのは一向に気にしていないようですが、冬などは風邪をひかないかと心配で、短時間で戻ってきますから、犬のストレスがあるようです。
(本州のラブが雨に濡れたからといって病気になるはずはない。)

16.とにかく、タオルでもなんでも噛みます。
体もふかせません。
体をなでたり、触ることは喜んでさせますし体を洗うのは嫌いではありませんし、水も大好きです。
(興奮度が高く身体を触ると余計にハイテンションになるラブの姿が目に浮かびます。と同時に興奮させた愛犬を我に返すことができず身体も拭けない飼い主の軟弱さに腹が立ちます。このタオルを噛み切られたらダイナマイトが爆発すると仮定しても同じ行動しか人間にはできないものでしょうか?)

17.とりとめもなくいろいろ書きましたが6か月たちましたので、きちんと躾をしないと将来大変なことになるかと心配をしておりますが、どのように躾をしていくことがよいのかがわかりません。
トレーナーさんに躾をお願いした方がよろしいのでしょうか?
他のラブと比較して、我が家のラブは、成長が遅いのでしょうか?
どうかアドバイスをよろしくお願いいたします。

以上。
長げー!
でも、この飼い主さんの見事な観察力・分析力には脱帽だ。
とても感動し同時にラブを暮らし始めた人々が歩むプロセスを明快に表現しておられることに敬意を表さずにはいられない。

Mさん。あなたのラブは成長が遅いわけではないと思いますよ。
あなた方がラブとの生活に足を踏み入れただけのことではないのでしょうか?
同じ道に苦悩されているあなたのメールを見てニヤニヤした私の気持ちがお分かりでしょうか?
いつの日か私達レトリーバーの愛好家と同じ感動をあなた方が体験されることを心から願っております。
 

自分流に育てよう 2009年11月22日(日)

  2泊3日の美術館巡りとシルク・ド・ソレイユの公演を楽しんできたKが昨夜帰札した。
アモを連れて空港まで迎えに行ったが『よぉ!お帰り!』と至って淡白なお出迎えである。
先日、私が6日間留守にした時だって、「アモただいま!」と私が騒いでいるうちは尾を振って応えていたが、その目はすぐに『それで、何処に連れてってくれるのさ』と、感激の乏しいわんこである。

まあ、飼い主に執着してぎゃーぎゃー・びーびーとわめかれるよりはずっと暮らしやすいが、もうちょい感動を素直に表現し継続してもらえたら『嬉しいかな』と思う。

さて、カフェでは新しい仲間がちょこちょこと増えている。
若いわんこが多く、徐々に世代交代が進んでいるのは経営的には嬉しく、心情的には寂しくもある。
なにせ昨日(21日)なんかは10数頭いるわんこの中で、アモを除けばあのやんちゃなさくら(4歳)が年長さんになった時間帯があった位である。

サプライズもあった。
Mダックス/モカ・モナカのNさんがゴールデンのあんこを迎え入れたことは既に紹介したが、黒ラブ/ふたばとMダックス/キムチ・マルコのO夫妻があろうことか6ヶ月のイエローラブを仲間に入れたのである。
その名もペロスケ。
嗚呼!まだお若い夫婦なのに“その道(犬馬鹿道)”に人生の駒を進ませる選択をなさったようだ。

日頃から“多頭飼い”の弊害というか難しさを説いている私に対する挑戦であるのに、『そこを踏まえたうえで教育をよろしく!』と、私までもが引きずり込まれている。

そのペロスケがやけに大人しく暮らしやすそうだ。
「黒ラブ/ふたばを育てた苦労はなんだったのかって思うでしょう」
私の問いかけに昨日Oさんは大きく頷いておられた。
「要は繁殖なのです。暮らしやすい犬とめぐり会えれば苦労せずに暮らせるのです」
私はそう話して盲導犬事業における繁殖が如何に重要視されているかの説明を続け、最後に『それでも我々は“よい犬にめぐり会えたから楽しく暮らせた”なんていうような博打みたいな生活はできない。自らが育てる術を持つことが大切』であることを伝えた。

“氏より育ち”を実践する最低限の知恵と技術を我々は持っておかねばならない、ということだ。

さて今日、そのペロスケのレッスンを行って私はぶったまげた。
カフェでお利口さんに振る舞うわんこが実は・・・
同行したOさんも『やはり、おかしいのか』との不安を共有されたに違いない。

話が長くなってしまうし、もう2時を過ぎてもいる。
まだ1回の歩行だから断定はできないが、曖昧ながら核心を突いたコメントをするなら
『犬社会での社会化が行われたのかもしれない。人間社会での社会化を行わなければ…』というものだ。

ペロスケのことについてはまたいずれ紹介しよう。
ともあれヤバイ状態からのスタートだ。
Oさん、今日の歩行をご覧になった通りです。
でもOさんの家庭に迎え入れたばかりだから、ちゃんと育て直しをし、後は良くなっていくだけと信じて共に頑張りましょう!
 

契約 2009年11月17日(火)

  深夜の外の空気はすっかり冬のそれのように感じられた。
だが、ハーっと白い息を吹くとその帯は4〜50センチで消えてしまう。
本当に冬なら1メートル以上は続くはずだからまだ入り口みたい。

「本格的な雪道になったら…」
生後7ヶ月になるバーニーズ/ラブちゃんの飼い主であるMさんが、今のままでは転ばされたり、結果として周囲の人に迷惑をかけるという心配をされている。
ごもっともな心配事である。

バーニーズの一生につき合った経験は私にはなく、ラブちゃんの成長はとても興味深いものがある。
とにかく肉体的・精神的成長が遅く感じられていたのだが、前犬もバーニーズだったMさんも不安になっていた今月に入ってラブちゃんの成長が一気に動き始めた。
縫いぐるみ状態を経て幼年期が長かったのが、一気に青年期の中間辺りまで達したような変化である。

久しぶりに昨日レッスンをしてみると、あの弱虫だったラブが精神的にも私が繰り出す刺激に耐えうるまでになっていた。
これだとラブが甘く見ているMさんを転ばせるくらいのことはやりかねないというMさんの不安に共感できた。

でも私が実際歩いてみると、図体は急にでかくなったし精神的にも強くなっているのだが、ラブはラブちゃんであり、仔犬の頃レッスンを行った時のラブちゃんの振る舞いをしていた。

犬は毎日人間を観察している。
人間の子が“おやじの背中”を後になって語るような速度から比べれば、ジェット機と光速の差があるほどにとにかく観察し次の行動に応用している。

それはまさに人の寿命と犬の寿命の違いから派生してくるものなのではなかろうか。
『あなたから見れば私は落ち着きがなく、先を急ぐように引っ張ると感じるでしょう。でも私はあなたみたいに悠長にはやってられないのです。短い犬生を駆け抜けているのですから。』
これが犬たちの言い分だとしたら
『まあまあ落ち着け。本来おまえが犬生の中でエネルギーと時間の90%を消費する食住と医療は保証するから、その分本能とはちょっと違った生き方を一緒に過ごさないか。楽しいぜ。』
というのが、人間が犬と交わした契約ではなかろうかと思う。

そしてそれは団体契約ではなく個人契約であり、人間が犬対して『保証します』という誓いであり、契約条項を破れば犬からのしっぺ返しを受けるし、犬に対しては『人が教育する権利と義務を負う』という条項が含まれる。

カフェに集う人と犬との契約には“特約”というのがあり、よりハイレベルなお互いの暮らしを信じ・求めている方々が加入されている。
その特約条項には
・犬にばかり要求しないで、人が成長すること
・正当な理由なく人をないがしろにしたら、どんな処罰でも受けること
の2項目が燦然と掲げられ、その先には愛犬との待ち望んだ生活が待ち受けているのである。

ラブや最近のカフェの幼犬たちを想い、そんな空想をしているうち夜も更けてしまった。
今なら外で吐く白い息はもう少し長くなっているかも。
 

伝わらなくてもやるべきことが人にはある 2009年11月14日(土)

  口癖のように何かにつけ『由美ちゃん(小姉)』と呼ぶ母。

老人の認知障害には様々なタイプがある。
ヘビースモーカーだったKの父親がライターの使い方が分からなくなるアルツハイマーのようなケースもあれば、別世界で暮らし分けのわからないことを発語する痴呆のケースもある。

私の母は毎日何度も徘徊を繰り返し、他人の家の花を勝手に摘み取ってくるがちゃんと帰宅してくるタイプのボケだ。
会話は通常にできるがすぐにその記憶がなくなり、思い込みや妄想・こだわりが強いように感じる。

これは共通のことかもしれないが、とにかく寝ない。
寝たと思って安心したら外を徘徊しているし、依存する小姉がいなくなると、か弱く『由美ちゃんは?』と尋ねたかと思えば『由美子!バカー!貴様!』と、まるで死んだ親父の口真似をするように叫ぶこともある。

一方で、一枚の煎餅布団で添い寝をするようになった小姉に
『由美ちゃん、あんた布団におると?』と3度も尋ね、その都度『うん。ちゃんと一緒の布団におるよ』と答える小姉に『そうね。お母ちゃん、畳の上よ』と、自分が布団からはみ出していることを暗に伝えるジョークを忘れないでもいられる母である。
テキストの足し算や引き算は簡単にこなすし、漢字の書き取りも私以上にできる。

が、昔のことばかり口にし、死んだ人間や満州の博多屋のことを私達に尋ねる。
そんな母が『帰りたい』と口癖にしている九州へ、車椅子と便座まで積み込んで旅してきた。

「狭い道路だね」という私に
「なんばね。道は狭かないっとよ。車が大き過ぎるったい」
元気な母の妹(叔母)の博多弁が心地良かった。

白砂青松とはまさに私の生まれ故郷のことを指すのだと思った。
台風並みの強風と雨が吹き荒れた玄界灘なのに、北海道の日本海のような黒さ・暗さが全くないのだ。
嵐で汚れたといっても、カフェのゼオライトが雨で濡れたような緑色の美しさだった。

どうせ帰郷したことすら記憶に残らない母の状態だった。

今回の旅は4人兄妹の次女である小姉に対する私の罪滅ぼしの旅であったと思う。
未婚のまま両親の介護をし、うつ病になってまで母を介護し続けてくれている小姉への懺悔の旅である。

日に一度はわめき散らす母に『うん、うん』と道中も小姉は静かに声をかけていた。
旅が終われば私は札幌に帰り、小姉はいつものように母の介護をしながらの生活が待っているだけのことだ。

志賀島から釣り場には最適と思われた岩場が見えた。
「潮が引けばあの岩に歩いて渡れるとよ」
故郷の街並みは50年前とはすっかり変わっていたが、岩場の風景はそのままだったのだろう。
母がその言葉を発した途端、叔母が涙を流しながら「潮が引いた時ね、あの岩場で遊んだとよ。姉ちゃん、ちゃんっとわかっとっとやねー」と言った。

自己満足の何物でもないが、その瞬間『よかったあ』という思いがよぎったのは間違いないことだった。

かくして旅は終わり帰宅後に母に電話を入れた。
「眠たい。眠たいねん。あんた史ね?北海道におるっとよね?」
「西戸崎と志賀島に行ったよね。スミちゃんの家にブーゲンビリアが咲いてて、玄関にフクロウの置物があったよね」
私の言葉に母は記憶を手繰り寄せるような間合いを経て
「もう寝るから」といって電話を切った。
 

とりあえずの帰札報告 2009年11月13日(金)

  ただいま!
本日13日の金曜日に戻ってまいりました。

千歳⇔神戸空港、その後九州西戸崎・志賀島往復のレンタカーの走行距離1400キロ、5泊6日の親孝行の旅だった。はず。

結論から書こう。
両親が人生の一番いい時代を過ごし、私が生まれてから小学2年生の1学期までを過ごした生まれ故郷は驚くばかりに白砂青松の息を呑むような環境だった。
だが、肝心の母は…

無理無理。
長旅の疲れ、帰宅後の愛犬アモとの散歩、留守をしてくれたKの労をねぎらうために里塚温泉、安堵の想いで飲むいつもの焼酎等等が身体を駆け巡ってまともな状態ではない。

明日以降のカフェかこの欄でまた。
 

パッキンの交換じゃ利かない時代なんだな 2009年11月06日(金)

  二階の洗面所から水漏れがあって修理に取り掛かった。

まずは原因となる箇所を発見することから始めた。
メガネをかけ、懐中電灯を照らしてしばらく観察すると故障箇所が発見できた。
『ああ、ここのパッキンが劣化したんだな』
修理はとても簡単なハズだった。

が、部品を分解して修理に取り掛かった時、どうにもならない箇所が現れ、工具も素人の家庭には普通は無い特殊なものが必要になった。

やむを得ず洗面台に張られてあったシールの“故障時の連絡先”に電話を入れた。
事情を説明して有償覚悟の修理の依頼をした。

水が漏れて床が濡れているのに1時間経っても連絡が来ないので再度電話し『ところでこの電話はどこに繋がっているんですか?』と尋ねた。
『東京のコールセンターです。』という返事だった。

水漏れで床は濡れているが、水が噴出して洪水状態になっているわけではないので、さらに私は1時間連絡を待った。
そしてだんだん私は頭にきた。

アモは定休日であることを知っているし、今日はここしばらくなかった好天であり『どこに連れてってくれるの?』と目で催促している。

私はコールセンターとやらに再度電話し「2時間程前に修理を頼んだ長崎と申します。連絡先を自宅ではなく携帯電話に変更してください」と通告して、家族みんなで近所の散歩に出かけた。
休日の午前中の2時間、相手からの電話を待ち続けていた末の決断である。

私はただ『何時間後に来てくれるのか?今日なのか?明日なのか?それとも週明けの月曜以降なのか』の情報が知りたかっただけであり、その意思を伝えてもいた。

6時間後にやってきた中年の作業員は
「一万何がしかの費用がかかりますが、いいですか?」とまず通告してきた。
パッキン交換の手数料数百円と出張費5000円程度を予測していた私は倍の料金に度肝を抜かれた。

「メーカーからの規定がありますもので…」
作業員が申し訳なさそうにいうので仕方がなかった。

そしていろんなことが総合的に分かった。

ボイラーが故障し電子基盤を交換して4万円を支払ったのが2ヶ月程前。
数ヶ月前に買い換えたデジタルテレビは8年ほどの寿命と売り場の担当者が言っていた。
まさか水道の“蛇口の部品”が6年で「寿命です」なんて言われるとは思ってもいなかった。
中年夫婦二人が使っているだけの生活ですぞ。
「パッキンじゃなくこのパーツごと取り替えることになります」
担当者の言葉に唖然とし、「水抜き栓のギボシが外れているので直しておいてください」と私が言うと「それはメーカーの仕事ですので、別に頼みましょうか?」とのつれない返事が返ってきた。

仕組みを解明し1分でその水抜き栓の修理を私は行った。

『それでも技術者(プロ)か!』
そんな思いしか残らなかった一日だった。

いい物を・便利なものを提供します。ただし、保障期間を過ぎると部品が消耗するように作ってあり、その修理には2回で一台分買い換えることができるほどの費用がかかるようなシステムとなっております。

正直にそう述べてから宣伝してもらいたいものだ。
 

一旦壊す 2009年11月03日(火)

  世の中には犬に対していろんなイメージを持った愛犬家がいるし、それを誘導する専門家がいる。
私はといえば、何の芸ができるわけでもないが“暮らしやすい家庭犬”を標榜する愛犬家のお手伝いをする専門家の部類である。

相談に来られた飼い主に対して私が必ず質問する項目がある。
・ショードッグや繁殖をお考えですか?
・正規の訓練競技やアジリティーなどをお望みですか?

どちらも私には全く関心がなく、従ってこのような相談についてはにべも無くお断りすることになっている。

「初めてなのですが…」
カフェでは初めてご来店の方にはこのように申し出ていただくような掲示を入口にしてある。
「そうですか、いらっしゃいませ。他のわんちゃんは苦手ではないですか?」
そんなやり取りのあと、「まずは外でトイレでも?」とさりげなくお誘いして、ガーデンでの排泄についての決まりごとや『カフェに戻る際にはリードをつけて下さいね』とこうるさい注意が続く。

自分とアモがそんなカフェに行ったなら『どうぞお構いなく』と言いたくなってしまうような息苦しさがある。

野暮なことだと分かっちゃいるけどやめられない。のがカフェの経営でもあるのだ。
「大丈夫です。さっきトイレは済ませてありますから」
「うちの子は大丈夫です」
主に小型犬の若い飼い主ほどそう言い放って自分達の世界に入り込み、結果的に失敗を目の当たりにするのは我々であり『こんなこと家ではしないのに…』という言い訳を何度となく聞かされ『そうでしょう、そうでしょう。』とカバーしつつも、『自分の犬のことも分かってないんだね』と、思ったとおりの結果を見て悔しく思う。
そんな飼い主の“普通の意識”は一旦壊さなければどうにも次が始まらない。

レッスンを依頼されたわんこの中には明らかにプロの訓練を受けたわんこもいる。
訓練ではなく調教されたわんこと歩くと私は涙が出そうになる。
『おまえ。自分を素直に表現してみろ。もっと自由でいいんだよ。』
私はプロが調教した行動を消去し、個々の犬が持つ個性を見いだそうとする。
だが、植えつけられた反応はまるで刺青のように彫られ、その傷を抜くのに時間がかかりその間の葛藤が痛ましい。
『一旦壊す』のは薬物中毒から解放させるような辛さ・苦しさ・忍耐が必要なのである。

かなりの飛躍話をここでしておこう。
ロボット技術が盛んな時代である。
製品化される時には、ばかみたいに人間の指示に従うロボットではなく、相当、人が頑張らなくてはコントロールできないロボットを投入していただきたいと願う。

今夜の話題の意味が分かっていただけたら嬉しく思う。
 

もうひとつの肩の荷を降ろしてきます 2009年11月01日(日)

  今夜の日ハムの勝利は大きかった。

「ダルビッシュ投げるのかな?」
私とKは今朝からそんな話題で盛り上がっていた。
「もし投げたとして、負けでもしたら日本シリーズは終わったも同然になってしまうし、彼の身体は痛み、来シーズンも回復できるかどうか分からなくなってしまうよ。でも、投げたとしたら凄いよね。」
私の見解も揺れ動いていた。

そのダルビッシュが投げた。
後先を考えず勝負に出ることが人生の中で数回あるが、彼は今夜それを選択した。

楽天の野村監督は最後に岩隈を登板させたが、あれは最後の最後に情を見せた采配であり、真に勝負を賭けるのであれば岩隈・マー君のふたりに初回から残りの試合をすべて託すのが正解であったと思う。
それでも来期を見据え、選手のことを考えたなら普通そんなことが出来るはずもない。

だが、今夜ダルビッシュは登板した。
心揺り起こされ私達の応援が熱狂的になった。
最後に鋭いライナーがライトに飛んで肝を冷やしたが、定位置でキャッチできたのはダルビッシュとチームの熱い思いが届いてのことだったと感じる。
是非札幌ドームに戻ってきて欲しい。

さて、雨と寒さのせいなのか今日のカフェは全くおヒマな11月のスタートとなってしまった。
統計を見ると例年のことらしい。
そこで…というわけでもないが、心に残っていた計画を来週8日から実行することにした。

小姉と二人暮らしで、兵庫に住む84歳になった私の母の痴呆が進んで身体も弱っている。
その母が、故郷であり人生の一番いい時期を暮らし続けた福岡に行ってみたいと何度も言うらしい。

11年前に亡くなった親父なのに、今年から「何言うてんの。お父ちゃん生きてるよ」と言い始めている母である。
3年前は私が「史明です」って電話をしても「史って誰やったかいね?」と言っていた母である。
レンタカーで九州を目指しても、途中で何を言い出すか分からないだろう。
それでもいいと思っている。
体調を見ながら母が行きたいという街へ行き、母が見たいという海や山を見せてあげようと思う。
だから宿の予約もしていないし何処に泊まるかは母の気持ち次第である。

何があっても“織り込み済み”のおおらかな旅で、恐らく最後になるであろう親孝行をしてこようと思う。

カフェは通常通り営業しますが、8日(日)午後から定休日まで私は不在となり、レッスン・お散歩チェック等できません。
常連の皆様、Kとカフェをよろしくお願いいたします。
 


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