From the North Country

お盆に 2009年08月13日(木)

  逝きし時代や人それに愛するものを回顧するお盆が今年もまた巡ってきた。

「Tさんが亡くなったのは何月だったっけ?」
夜更けになって私は急にTさんの事を思い出し『初盆だね』とつぶやいた。
昨年11月に亡くなったヨーキーのトム・ハナの飼い主Tさん。
しばらく会ってないが今でも普通に生活しているような気がしてならない。

Kは今日7年前に亡くなった父親の墓参りに出かけた。
Kの父は日本で最初に大病院や保健所以外で血液などの臨床検査を専門とするセンターを立ち上げ、叙勲の誉も受けた偉人だった。

私はカフェでお泊り犬と過ごし、生前の父が「ここが新しい墓だ」と兵庫に建てた墓石とそこから見える風景それに赤文字で書かれた父の墓標を思い出していた。

「お母ちゃんがね、(故郷の)博多に行ってみたいって何回も言うねん」
痴呆症の母をひとりで介護している小姉が先日電話をした際ポツリと言った。
『親孝行』と『心残り』という言葉が頭を巡り、夏が過ぎた頃にあるプランを決行しようと思っている。

今夜のお泊り犬のご家族も様々な思いを描いてのお預けであろう。
日々流されがちな生活にふと歩みを止めて先人を偲び、ご無沙汰している人々との交流を深める“盆と正月”の風習に感謝すると共に、終戦記念日がそこにあるのは日本人として平和を守る使命を先人が与えたものと肝に銘じておきたい。
 

幾つになっても分からんことは分からん 2009年08月09日(日)

  ようやく暑い夏が続き、トマトがいっぺんに色づき始めている。
それでも夕方からは涼風が吹き、これぞ北海道!満開の趣が感じられて嬉しい。

さて、6月に始めた月火限定無料お散歩チェックは8月になった今も継続している。
皆さんに喜ばれているというのもあるし、本来の目的であったヒマな月火のお客様を増やしたいというのもある。
だが、実は自分の新境地を感じ取っているという喜びがある。

高々10数分の歩きなのだが、まるで霊媒師のようにその犬と家族の暮らしが見えてきて『こうすればもっとお互いに良くなる』というアドバイスが自然に出てくるのだ。

『これって何かヤバクない?危険な兆候?』という不安もないではないが、今のところ流れに任せている状況だ。

たぶん物差しが自分に傾斜している懸念がある。
つまり思い込みでしかないのだろう。
が、感じたままを伝える自分を信じたい気持ちもある。

いろんな思いが交錯し、この歳になってなお考えている。
だから自分を信じるしかないのだと思う。
否定されてもやり直せる時間はもう取り戻せないのだから。

こうして人間は頑固になっていくのだろうか?

基本を学びいろんなことを経験し、吸収しながら成長する時代を終えた今、感じることを放出するのは誤りであろうか?
人と犬との暮らしというのは科学的発見によって変化するような範疇のものではないはずだ。

戦中戦後の愛犬家が犬に理不尽な接し方をし、現代の訓練士がおやつや褒め言葉を用いて正しく接しているなんて考えるのは馬鹿げている。
当時の愛犬家ほど“犬に対し正しいことは”と科学しようと腐心していた人々はいなかったと私は尊敬の念を抱いて言える。

いつものようにアルコールが回り文章として成立しているのか判断できない状況になりつつある。
正気なうちに書き留めるなら…ZZZZZZZZZ
 

長崎節炸裂 2009年08月03日(月)

  「あのわんこが口につけているのは何ですか?」
今日初めて来店のカーリーコーティッドレトリーバーを見てYさんが尋ねられた。

何故だか自分でもよく分からないが、途端に長崎節が炸裂した。

「あれはジェン●ルリーダーといって犬の動きをコントロールしやすくするための道具です。
目の下辺りの付け根から口先の部分までをマズルって言うのですが、動物はそこを制御されるとたとえ馬や牛のような大動物でも割と容易に制御が可能になります。
馬の口に装着するハミなんていうのがその代表例です。」

「へー!そんな便利なものがあるんだ」
「便利かもしれないけど、あれはハーネスやフレキシブルリードと同じように多くの場合訓練を放棄した象徴のような使われ方をされてます。
確かに犬の動きは制御しやすくなりますが、それだけで訓練できるなんてことはないのです。私から見れば犬を牛馬並みにしか扱ってないとっても失礼な道具で、有用性があるとすれば高齢者のように『暮らしやすい家庭犬』より『我が身の安全』を優先しなければならない人に対してであって、『ちゃんと育てよう』と考えている人には食わせ物でしかありません。
アメリカかぶれの訓練士や、叱らないしつけを実践してる人間が『ピンポーンで吠える前に餌を床にばら撒いて喜ぶようにしましょう』などと言ってるのと同列のアホな道具です。」(もちろん、今日の飼い主さんに対して言ってるのではない。ちゃんとした意識のもとで一時的に利用すれば効果もあるし、そのような過程であったものと理解している)

みんなが熱心に聞いているので私の主張はさらにエスカレートしてしまった。

「犬育ては子育てと同じようにあるべきです。ダメはダメでもどうでもいいダメがあれば『冗談じゃない!それは絶対にダメだ!』と身体を張ってでも叱りつけるダメがある。叩くとか暴力とか愛のムチとか言葉の問題じゃなく『以後絶対許さん!』という意思表示態度表明です。
『ゲームを買ってあげるから、あるいは運転手さんに怒られるから、やめなさい』みたいな馬鹿げた育て方をしてるから、犬は飼い主を咬み、おもんばかるを知らないで育った人間が平気と狂気で人を刺すんじゃないですか?」

飛躍させ過ぎたことが幸いして、皆さん笑いで流してくださった。

つい数週間前までいい気になって吠えていた白シュナの六花が妙に落ち着き、静かにカフェの雰囲気に溶け込んでいた。
「テーブルに上っていたずらすることもなくなりました」と飼い主のYさん。
「あれをやったのですか?」と私。
「はい。ビシッと鬼の形相で…」

餌をばら撒いたり、身体の自由を束縛するような方法では得られない、根本解決の極意を体感しYさんは逞しくなり、六花の目は柔らかくなっていた。
 

お礼と謝罪は遅れると言いづらくなる 2009年08月02日(日)

  まだ毎夜雨が降ってんじゃん。
こっちだって予報に合わせて予定立ててんだぞ!
「ようやく晴れ渡った夏空がやってきます!」って言ってただろ?
せめて『ごめん』くらい言えよ天気予報。

せっかく先日ちょっと晴れて白く乾いたガーデンのゼオライトなのにまたまた緑色に苔むしてしまった。
でもまあ、ちょっと良かったこともある。
晴れてれば注文の多いラーメンサラダが小雨の今日はさっぱり出ず、みなさん『今月のパスタ』。
素揚げした野菜が残っても困るということで、私の昼食には具沢山のラーメンサラダをKが作ってくれたのだ。
旨いんだなこれが。
ってなわけで、予定が狂った分ささやかないい思いをさせてもらった。
ありがとうね。

「散歩に行ってくるよ。フォーチュンにごはんあげといてね」
最後のお客さんが相次いで帰られた後、私は2階にいたKに大声で伝えた。
フォーチュンとは6時にお迎えがあるお泊り犬である。
「ええ?もうあげていいのぉ?」というKの声が遠くで聞こえたが私はスタッフに「お疲れさーん」と言い残してアモとサモエドの雪を連れて出かけた。

1時間ほどして戻ってくるとスタッフMが帰り支度を済ませたままテレビを見ていた。
ゴルフの遼クンが優勝をかけた最終ホールを戦っていた。
ネットで結果を知っていた私だったがその優勝シーンを見たくて私も椅子に座った。
「凄いね、よかったね。」
結果を見届けたスタッフMが機嫌よく帰っていった。

ふとカフェの時計を見ると5時のままだった。
「あれ?電池が切れてんだな」
そう私がつぶやくと「だって今5時だよ」と傍にいたKが答えた。

「うひゃー!」
なんと私はお客さんが相次いで帰られた4時を5時だと勘違いしてしまって、看板をクローズにし「お疲れさーん」と散歩に出かけてしまったのだ。

「なんでこんなに早くフォーチュンにごはんあげろって言うのかなって思ってたんだ」とK。
私のうっかりミスでフォーチュンはいい思いをしただろうが、散歩から戻ってもごはんを作ってくれないアモと雪はじれったい気持ちだっただろう。
スタッフにも少ない時給なのにさらに減らしてしまった。

『ごめんなさい』
しくじった時はすぐに謝りましょう。
それにしても夕暮れが早くなったと感じたのは曇天だったからかなぁ?
 

気候不順があるのは承知の上 2009年07月29日(水)

  不順な天候も明日木曜日までと予報は伝えている。
7月に入ってからトマトや枝豆それに花壇の植物に一度も水を与えていない。
その必要がないどころか雨量は平年月の3倍もあったという。

幸いしたことと言えばわんこたちのレッスンが気温を気にせず行えたことで、例年なら開店直後と閉店前くらいじゃないと犬も私もノビてしまう暑さなのだが、今日なんぞは真昼から3件を軽くこなすことができた。
ありがたいことである。

とりわけ黒ラブのふたばにとっては1ヶ月ぶりのレッスンだったが陽射しによる負担を感じることはなかったことだろう。

そのふたばは飼い主のOさんはともかく私の中ではレッスンも終盤に差し掛かっていて、今日は歩行中にふたばが大好きなボールを突然目の前に転がしたり、空き地で遠くに投げて呼び戻しの状態を確認した。

普通なら予期せぬ時に大好きなボールを転がせればグイっとリードを引っ張って追っかけるところだ。
当然そうなることを予期して私はボールを投げた。
だが、ふたばは反応しなかった。
『いずれそんなこともあるんじゃないかと予期してましたよ』と涼しげである。

その後空き地でボールを投げてレトリーブを数回行い、ふたばの気分が高まった辺りで私はボールを投げると同時に「マテ!」と指示した。
それまでの過程で興奮していたふたばはまんまと罠にはまりその指示に従わなかった。
今日のレッスンの狙いはそこにあった。
ふたばはミスを犯し、叱る理由を私に与えた。

『しまった!また罠にはまった!』
ふたばは黙って叱りを受け入れ、次のミスは犯さなかった。

私が以前からふたばに課し、多くの方がやっていないであろう“ある項目”もふたばは今日クリアした。
歩道を歩いている時に決して“指示なく車道に出てはいけない”という安全確保の訓練である。
例えば盲導犬の場合、視覚障害者が間違った判断をして駅のプラットホームから線路へ転落する方向に歩みを進めた時、盲導犬はホーム端と視覚障害者の間に割り込むように横に入って軌道修正する訓練を受けている。

それを応用して『横断するとき以外、車道へは出てはいけない』ことを2度ほど教えていたのだが、そのことをふたばは理解していた。

・リードが伸びきるほど引っ張ったり我を忘れるような興奮には、即座にそれに応じた強烈なショックがある
・イエストレーニングで聞く耳を持つ犬に変化する
・他人が見れば『あいつはバカか?』と思うかもしれないけど、愛犬に対して話しかけが多くなり、実は犬も徐々にそれを理解し始めている
・カフェでの許されない振る舞いに対しては断固とした制裁があった
・どう振る舞えばいいのかを明快に伝えた

レッスンをそばで見ていた飼い主のOさんなら分かるかもしれないが、私が行ったのはそんな程度のことである。
ふたばはそこそこ成長した。
あとはOさんが成長することである。

私がふたばにやり残しているのは“叱られにやって来る”という項目だ。
叱られる(生半可ではないのですぞ)のが分かっていながら、逃げることを選択せず叱られにやって来る犬になった時、私はその犬を心から信頼し、犬は以後大きな喜びを得られるようになり、実は犬もそのことを期待できる飼い主になって欲しいと願っているのだと思っている。

犬と暮らすなんてことは気候不順から始まるものだ。
 

長崎は今日も雨だった 2009年07月27日(月)

  (ドッグカフェ)ナガサキは今日も雨だった。

ヤホー!の地域予報では午後から晴れ間が見えるはずだったのにだんだんと雲行きが怪しくなり、結局はこのザマーだ。
北海道なのに冷房でもなく除湿の為にエアコンをかけるなんて屈辱以外の何物でもない。

九州地方は熱帯雨林に変化し、関西から関東にかけてはヒートアイランドという人工的熱帯となり、東北のりんごが徐々に北海道の名産となり、お米すら昔から道産子の多くが内地米を食していたのに、今では道産米のほうが明らかに美味しいものだから殆どの道民は“米チェン”してしまっている。

その旨い米を今作っているのが3年前の8月に死んだ眞知子の次女が嫁いだ農家だ。
奇遇にも洞爺湖のいつも私達がキャンプを張っている場所から数分のところに住んでいる。

「『ななつぼし』が美味しいよ」と言うからお願いして買い求めた。
旨かった。
そのことをKも『最新情報』で紹介している。

それを読んだ方から今日もご注文を頂いた。
ありがとうございました。
心からのお礼を申し上げます。
私はただ、“眞知子の形見である娘をいつまでも見守ってあげたい一心”なのだが、そんな柔な想いではなく農家で働く二人は米そのものの旨さで勝負をかけているようである。
頼もしいではないか!

生後4ヶ月にならんとするバーニーズを今日レッスンした。
「先日、同じバーニーズを連れた飼い主さんに出会ったんですよね」と飼い主さん。
「可愛いなぁ!触りたくて仕方がないんだけど出来ないんだよ!」と相手のおじさんが叫んだとのこと。
「どうしたんですかぁ?触ってもいいんですよぉ!」と言うと、その答えが洒落ていた。
「触ろうとしてこれ以上かがむと『私がバーニーズに引きずられてしまうんです!』」
全く、面白く可笑しな話である。

チャレンジする人間と、振り回される人間。
『自然と闘う』なんてことじゃなくて…

もう無理。酔っちまった。この先どう発展させればいいかは皆さんに委ねる。
おやすみなさい。
 

年を重ねると肩の力が抜けるんだなあ 2009年07月22日(水)

  今日のカフェで二度目の来店のお客様から「フセはどうやって教えればいいのですか?」という質問を受けた。
一瞬ドキッとした。
そういえばもう何年も犬に『フセ』なんて教えたことがなかったし、その必要性を感じてもいなかったからである。
技術的なことはお手の物だから一応は説明しておいた。

『フセ』というのは服従訓練において重要な意味を成す。
お手やお座りのように犬にとって遊び感覚で違和感なく受け入れられる項目とは違い、ある意味で“絶対服従”を求められる姿勢であるからだ。
だから多くの訓練士は『フセ』を重要視する。

もし私が今も盲導犬なり使役犬の訓練士であったら、日々の基礎訓練において『フセイ!』と指示することを日課にしていたことだろう。

だが幸いにも私は健常者で我が家の愛犬アモは単なる家族である。
社会的に『きちっとした訓練』が必要なわんこではない。
別に『しつけなんてどうでもいい』という意味ではなく、1歳や2歳の段階から『型にはまった服従行動』を飼い主の命令で行う厳格性を求められているわけではないということだ。

今の私の仕事は『暮らしやすい家庭犬を育てるお手伝い』である。
この仕事に慣れてから違和感を感じ、時にはザワッと鳥肌が立つ瞬間があることを告白しておこう。

それは訓練士や使役犬でもない犬の飼い主が『スワレ(シット)』『フセイ(ダウン)』『マテ(ステイ)』と厳格に命令する時である。

『普通の犬なのに…なぜ?』と、犬に命令したり飼い主が無理する理由が分からないのだ。

私のレッスンに服従訓練は殆どないか、あってもそれほど重要視はされていないことに今になって気づく。
なのに犬たちは飼い主がカフェで椅子に座れば犬も座りそのうち自発的に伏せてじっとしている。

実はそこに私なりの深〜い考えがあってのことであることを家庭犬の飼い主は折を見て考えていただければありがたい。
 

理屈っぽく思われるかもしれないけど・・・ 2009年07月21日(火)

  今日は膝の調子もまあまあで4件のレッスンをこなした。

初来店の生後4ヶ月のクロス犬は無料お散歩チェックで対応したが、飼い主へのアドバイスはかなり充実した内容だった。

「毎日散歩していますか?」
「いえ、そんなには…」
「ここは静かな住宅街なのにこの子はおろおろしています。『え!何?これ何?あれ何?怖いよう!」の繰り返しです。」
「どうすればいいのでしょう?」
「1回に10分でもいいんです。これから社会勉強をさせてください。この子は今4ヶ月、乳歯が抜け始めていますよね。人間でいえば就学前辺りですか。でもあと2〜3ヶ月ほどで生理がきてもおかしくない年齢にまで成長します。犬の1年は人間の身体で言えば18年にも相当し、心はそれなりに肉体年齢に応じて変化していくものです。自我が芽生え自立心やそれに伴う反抗期もあるかもしれません。可愛いだけで過ごすにはちょっと無理があります。人間のように国語や算数を教える必要はありませんし、お座りやフセなんかも後でどうにでも教えることができます。『教える』なんてことは何歳になっても後から出来ることなんです。でも、『育てること』は今が重要で、毎日が社会科の勉強時間と考えるべきです。勿論、あなたは犬を自ら飼ったわけですから愛情に育まれているなんてことは当然だからここでは省いています。あなたの犬はまだ4ヶ月なのに吠えることがあれば遊びではない唸り声を出すこともあります。通常、その様な反応は生後6ヶ月前からで、現時点でそのような振る舞いがあるということは両親から受け継いだつまり遺伝的な要素が絡んでいると思われます。あなたを脅すつもりは全くありません。ただ、後になって『困った』と思うより、犬育てというのはややネガティブに捉えて、マイナス面をある程度把握して育て方に生かす意図的な刺激が必要なのです。氏より育ちの実践です。そのために必要なのが社会科と道徳の授業なのです。静かな住宅街を慣れるまで歩き、次は人通り車通りのあるところ。さらに商店街や通学通勤の時間帯。目標は札幌駅からススキノまで平然と歩けるようになることです。『教える』ことなんか後回しでいいんです。いいですか、2〜3歳以降の愛犬というのがあなたの作品なのです。」
長々と私は持論を展開した。

「あのぉ、室内でオシッコしたりゴミ箱イタズラしたり咬みつきが酷いんですが…」
「生後4ヶ月でなんにも分かっちゃいない犬をフリーにしてるんでしょ?人間ってなんて馬鹿なこと当たり前のようにするんでしょうね?『明日無事に生きてたらラッキー!』っていう飼い方なのに。』

ああ、話が長くなる。
その後の長い話を今日はカフェで行ったけど…

私は心理学も多少学んだから『記憶』についても理解しているつもりだ。
印象に残る喋り方や理解しやすい具体的引用も多用して脳に残りやすい配慮をしている。
だが、その時にどんなに人々が感心し印象的と感じたとしても、多くのことを伝え過ぎると何も伝えなかったのに近い結果しか残らず、具体的な記憶より『勉強になった』という意味のないものになる事実を恐れている。

いいですか。一度にたくさん質問しないこと。
それでなくとも火がついたら止まらない人間なのですから。
 

自然を受け入れた上で・・・ 2009年07月20日(月)

  これまでのところ今年は冷夏である。
「昨日はとうとうストーブ焚いちゃいました」そんな声もカフェでは聞かれた。
寒いほどに涼しいのはありがたいが、昨日までのような長雨が続くのは勘弁して欲しい。
北海道が最高!と思える6・7月が台無しだ。
なんて、自然を相手に苦情を言っても仕方がない。
あるがままを受け入れ、工夫し、適応し、ちょっとした喜びを見つけるのが小さな人間の営みなのだろう。

雨続きで散歩も儘ならなかった黒ラブのボギーは皮革のリードを綺麗に食べてしまい、ナスカンや金属部分だけが残っていたそうだ。
ひょんなことからたいした喜びを見つけてしまったみたいだ。

ミックスの緋梅は昨日カフェにやって来て、それまで溜め込んでいたウンチをガーデンでたっぷり出しスッキリしたはずだ。
自宅だと雨が降ってたら、ちょっとしてさっと部屋に戻りたがるものだから。

そうかと思えばハスキーのチェスは昨日の雨の中、庭に出したらたいそう気持ちよかったらしく、ずぶ濡れになってもなお家に入りたがらなかったという。
そういえばそんな奴もいる。

黒柴の宗一郎、ラブのさくらやふたば、パピヨンのほのか、クロスのイチ、Aコッカーのオーサー、Mダックスのくれあとれおんetc.達は久しぶりの晴れ間となった今日ガーデンを走り回って蓄積したエネルギーを発散していた。

私はと言えば、雨だろうがなんだろうが『行くぞ』というアモの目力に押されて日々の散歩を続け、晴れた今日の閉店後はより長い散歩にお付き合いし、戻ってからは枝豆横丁・トマト・ビオラ・駐車場のKの気まぐれ花壇の手入れに勤しんだ。

勿論、それ以外の時間も『あるがままを受け入れ、工夫し、適応し、ちょっとした喜びを見つけ』結果的にいつものように酔い潰れそうになっている。
ただ、犬はやらない『今度の定休日の予定』を考えているあたりが修行不足の人間臭いところか。
 

それぞれに旅の思い出が・・・ 2009年07月18日(土)

  定休日に丸瀬布(まるせっぷ・北海道遠軽町・オホーツクのサロマ湖のちょっと手前辺りの森林地帯の町)にあるお気に入りの温泉宿に出かけてきた。

一昔前なら、そこまで5〜6時間はかかる行程だが高速道路が整備中の今なら3時間ほどで行ける。
おかげで途中、岩見沢公園のバラ園を散策し、きむら屋の高遠そばと闇そばをご馳走になり、駅前の岩見沢名物天狗まんじゅうまで味わう時間を作ることができた。

実は今回の旅はKの母とおばさんへの感謝と長寿を祝って計画したもので、宿泊先のマウレ山荘本館はわんこNG(別棟のコテージ3棟はOK)である。
Kの母は喘息もあり、よって愛犬アモは我が家に来て初めてのお泊り留守番となった。

アモは娘のまりちゃんに託した。
アモにはそれとなく伝えてあったので出発するときも『仕方ないなあ』という顔だったのがありがたかった。

アモは私たちが出発した後にカフェに迎えに来た娘と家へ向かったようだ。
いろいろあったらしい。

・マンションのオートロックを過ぎた後、娘の部屋の前で座ったという。『なんで部屋が分かるの?』(そんなの臭いですぐに分かる)

・長い散歩に出て、道が分からなくなって「アモ、どうしよう」って言うと、グイッとリードを曳くからついて行ったらいつもの道に出たと感心していた。(運がよかった。いつもなら知らない道だとどんどん歩いていく)

・朝6時半にカモノハシの縫いぐるみをピーピー鳴らして起こすから「オシッコなの?行こう」と声をかけても動かない。「そうか、ごはんね」って作ってあげたという。(普段6時半に私たちが起きるはずがない。『こいつは使えるかも』と前日から分かっていて試しにピーピーやったら『うひゃー!メシがもらえたぞ』とほくそ笑んでいたに違いない)

『帰りは美瑛の丘にでも寄っていくか』
そう考えていた私たちに「海が見たい」というキンさんギンさん。
「そういえば子供の頃(留萌の北にある)鬼鹿のおじさん家によく遊びに行ったよねぇ」
「そうそう、すぐ前が海でねぇ。遊んだよねぇ。網元だったから時季には大勢の男たちが住んでてさあ。」
ふたりの会話は70年前に飛んでいた。

「よし!その家を探しに行こう!」と私たちは予定を変更し車を日本海へと走らせた。

家はあったが誰も住んではいなかった。
近所の人に消息を尋ねるふたり。
亡くなった事やそれまでの状況・身寄りの現況など親切に説明されてたようだ。
その様子に車の中でKは涙ぐんでいた。

「いい旅だったね」
ふたりにとって思い出の海や親戚の孫が経営するお店を車窓から確認しながら、私は予定時刻を過ぎたアモを迎えに札幌へ飛ばした。

マンションから出てきたアモはそれなりの喜びを見せたものの、2日間の殿様生活に満更でもなさそうな顔をして車に乗り込んだ。

それぞれに旅の思い出が残った二日間だった。
 


- Web Diary ver 1.26 -