From the North Country

4ヶ月のダルメシアン 2009年06月22日(月)

  6年半前カフェを始める前にプータローをしていた頃、黒ラブとダルメシアンのクロス犬の訓練をしたことがあった。
ラブにはない頑固さと猜疑心が強いのに接し方によって単純な一面を感じ取った経験がある。
犬を訓練する際に先入観は禁物であるが、それなりに犬種特性を知っておくと理解に役立つ場合もある。
なぜならいくつかの面で寛容になれるから…

でも考えてみれば犬種特性なんてものは後付けの都合よい分析であって、大切なことは個々の犬を見て判断できる能力ではなかろうかとも思う。

今日からレッスンに入ったダルメシアン君。
生後4ヶ月で愛らしく、普通の方なら振る舞いは及第点のように思えるのだろうが私の感触はちと違っている。
『うむ、厄介な奴かも』
そう感じているのだ。
たぶん、だからこそ一緒に暮らしている飼い主の方はレッスンの依頼をされたのだろうとも思っている。

私の悪癖はまるで刑事のように一瞥をくれるだけで犬を分析する癖というか能力にある。
犬のちょっとした振る舞いを見て将来の大事を感じ取ってしまうことだ。
だからレッスンを依頼されると飼い主が『えっ?』っと思われるような愛犬の意外な一面をさらけ出すこともあれば、普段の愛犬とは全く違う従順さを見せて、愛犬育てに飼い主が関わることの大切さを認識していただくようにもしている。

今日、生後4ヶ月のダル君の飼い主にアドバイスしたことを紹介しておこう。

※この時期飼い主が留意すべきこと
1.日々の散歩は運動だけでなく、社会経験を積ませることこそが最大の目的であるということ。
つまり人間社会に出てまもない犬に『おや、なんだ?』という反応から『ああ、あれか』という方向に導くこと。

2.拾い食い・臭い取り・引っ張りなど仔犬の自然な行動に対して、リードコントロールを的確に行って“どういう歩きをすればいのか”を飼い主の責任において提示することの重要性

3.そして何よりも、共に暮らす中で人間に対しての絶対的な信頼と愛着を育むこと

以上であり、それ以前というか同時進行で食べ物と排泄の管理が必須の項目となる。

今、激しく窓を叩く雨。
この1ヶ月も続いている。
その鬱憤が根底にあるし酔ってしまっているものだから今夜正しく書けたかどうかは分からない。
だけど生後4ヶ月の仔犬だからちゃんとカフェに通い続けてくれれば普通の家庭犬程度には育つはずだと信じている。
 

アモの知能 2009年06月20日(土)

  定休日は家族水入らずでキャンプを満喫してきた。
札幌は今日で5週連続悪天候の週末となったが洞爺湖でのキャンプは最高に恵まれた2日間だった。

普段当たり前のように家族として付き合っているアモだがキャンプでの振る舞いを見ていると『一体こいつはどこまで分かっているんだ』と能力の高さを改めて感じさせてくれる。

1.出発前夜から明日出かけることを感じ取っているが、おかしな振る舞いは一切せずただ目で私たちの荷造りを観察し、明日がどんなタイプのお出かけなのかを見極めようとしている。

2.たぶん、フードを一食ずつ袋に入れるのを見て『お泊りの外出だな』と理解しているはずである。

3.朝になるといち早くスタンバイして私たちがキャンプ道具を積むのかそれとも旅行セットなのかを確かめ、その目的を把握している。

4.車内では修学旅行の小学生並みの浮き浮き感が顕著となり、現地に着くと青春真っ只中の若者のように自らを楽しむ。

5.排泄に関しては5歳児のようにその辺で勝手に済ませ、一通りの自分遊びが終われば小学生のようにお気に入りの遊びを親にせがむ。

6.仮に他犬や他人の接近があれば自我の芽生えで人見知りをする中学生のように見てみぬ振りをし、それでも相対することになれば“おっさん”のように仕方なく明らかに面倒臭そうに振る舞う。

7.夕食が終わってから翌朝までが自分の世界に入った犬となり、ひたすら睡眠によって疲労回復に努めている。

犬の知能は3歳児並みとか何とか言われるけど、実際は小学低学年の子供のように目が離せなくはないし、生活に必要な記憶力や観察力は人並み以上だから、個人的には人間の子供と行動するより気を遣わなくて済み、会話も多くなる。

さてアモ君。私たちがテントをたたみ帰り支度を始めると植え込みの下に身を伏せて無言のアピールを始めた。
『ボクはここで暮らします。ずっと泳いでいたいんです。ごはんはきっと誰かが届けてくれると思います。ねえ、だから一緒にいてください』

この時ばかりは駄々をこねる幼児になる。
 

年は分からないけど我が家に来た日が誕生日 2009年06月16日(火)

  札幌はこの1ヶ月梅雨入り状態。
おまけに肌寒く、カフェでは今日もストーブを焚いていた。

さて、そんな中初めて来店してくれたポメラニアンのふう君は元気一杯。
伺うと、この春にお隣の北広島市で卑劣なブリーダーが飼育放棄した犬たちの一匹だった。
聞きつけたボランティアの方々が世話をしながら譲渡先を探し、残り80頭程になった頃テレビが取り上げてくれたこともあって一気に譲渡先が決まったという話を聞いていた。(生体販売をしているショップの人間が仔犬だけを手当たり次第持っていったとの噂もあるが…)

先月もその時引き取ったMダックスをカフェに連れて来られた方がいてトリミングをさせていただいた。
現場が車で10数分ほどのとこだから、近所で引き取った方も多いのかもしれない。

ふう君もいい家庭に引き取られたようだが、あま噛みや排泄のことでいろいろ問題があるらしい。
そこで今月のサービス『月火お散歩無料チェック』のご利用となった。

歩くなかでわんこの様々な稟性と現実の暮らしぶりが見えてくる。
健康状態・感受性の度合・攻撃性の度合・神経質さ・おおらかさ・猜疑心・排泄習慣・臭いや動物に対する意識・興奮度・従順度・自制心・しつけられている内容…
そこから得られた評価を元に飼い主へのアドバイスができるというわけだ。

ふう君は芯の強い陽気なわんこだが未去勢であることがとりわけ歩行中の我を強くし、室内での排泄の失敗に繋がっていると思われた。
「動物病院の先生はワクチンを打ってフィラリアの薬を飲ませて狂犬病ワクチンを打って、去勢するなら来年にでも」という話をされたらしい。

獣医学の進歩のおかげで犬たちは健康を保ち長生き出来るようになったが、どうも先生の中には昔ながらの『外飼い意識』が残っている方が多いように感じる。
外飼いなら去勢しなくても、あるいは遅れても問題を認識することもなかろうが、現代社会のように『わんこと室内で暮らし』『いろんなところへ出かける』なら、オス犬の去勢は生後5〜6ヶ月以降できるだけ早く行うようアドバイスするのが“室内犬と暮らす人々の家庭医”であると思う。

ともあれ、他犬の臭いを嗅ぎまくり『無礼者!ワン!』と一喝されてもめげることなく陽気に振る舞っていたふう君。
いい家庭で暮らせるようになってよかったね。
 

ちょこちょこっと動き疲れた定休日 2009年06月12日(金)

  駐車場の花壇整備を今日5時間かけてやってのけた。

まず、ブロックと用土をホームセンターが開店間もない時間帯に出かけて調達した。
14年前の製造ながら故障ひとつないまま来月には廃車の運命を辿ることになった愛車の荷台に用土とブロックを積み込むと、タイヤが破裂するのではないかというほどの量と重感があった。
ともあれ材料の調達と運搬は1時間ほどで完了。

手元にタコ糸がなかったので釣り糸を代用してブロックを並べる筋を決め、小さな水平器とショベルそれにテント袋からアクリル製の金槌を拝借して土留めとなるブロックを2時間かけて設置した。

その間にKは元々植えられていた植物(中には枯れそうになっていたものもある)を掘り返して再生の準備をしてくれていた。

さあ、それから40袋の用土を表土と成す作業が始まり、潅水させてから枯れかけていた苗の植え直しを完遂するまでにトータルで4時間を過ぎていた。

出来上がった駐車場の花壇を眺め、「ブロックがちょっと曲がったけど素人にしてはまずまずだ。」と一杯やり終えた頃で5時間が過ぎていたという次第である。

昨日の定休日は終日のひどい雨。
せっかく晴れた今日だというのに、私とKは重労働。
そんなことも理解せずにアモとジェニーそれにチビは不満タラタラの一日だった。

ふと目をやると枝豆横丁では先週植えなおした種が発芽し、3種のミニトマトがプランターで黄色い花を咲かせていた。

それなりの駐車場の体裁は整ったはずだが、明日土曜日の仕事がまともにできるかどうかが問題だ。
私もKも今夜は身体中がシップだらけ…
整備にかかった費用は1万4000円也だったが皆さんの評価や如何に?

ともあれ二人だけはそれなりに満足した定休日だった。
 

オートマチックとマニュアル 2009年06月09日(火)

  今ではすっかりカフェの看板犬となっている居候犬ジェニーとチビの飼い主であるHさんが来週帰国予定だ。
別に手がかかるわけではないが、あと1週間無事にそして楽しく過ごしたいと思っている。
『是非ともジェニーとチビに会いたい』、あるいは『お別れを言いたい』という方は17日までにカフェにお越し下され。
まあ、その後も週に1〜2回はカフェにいるとは思いますが…

さて、「初めて自分で主人の車を運転してきたんですよ。オートマの運転に慣れてなくて…」
黒ラブふたばとMダックス/キムチとマルコの3頭を連れてOさんがにこやかに挨拶してくれた。
確かに慣れない車の運転は最初緊張するものだ。

そのOさんが「排泄は外でさせたほうがいいんですよね?どうすればいいんでしょうか?」と意外な質問をされた。
伺うと、最初にMダックスを飼っていたので室内での排泄のしつけが当たり前と考え、ラブのふたばにも室内排泄を覚えさせたようだ。

ふたばは夕方の散歩やカフェなどでは勿論外での排泄もできるので「どちらでもできるようにしておくと便利だとMさんが言ってましたよ」と前置きして、外での排泄方法やスケジュールなどをアドバイスした。

Mさんは2頭のラブと暮らし、日中は仕事で留守にするので室内でもペットシーツでできるように育てた。
まだ若い頃はシートを濡らしていたが大人になってからは滅多にしなくなったこと。また、1頭が老犬になってトイレが近くなった時に我慢することなくシートでできるので安心できている、という利点を話しておられた。

我が家ではいつもアモやお泊り犬と一緒にいられるし、老犬になっても対処できるので必要はないが、一般家庭では両方でできるというのもいいのかもしれない。

「来月からゴミの有料化が始まるでしょう。シート代や処理費用の節約にもなりますよね」とOさん。
言われてみればラブのシッコの量なら人間並みで、要介護者をひとり抱えるようなものだ。
人間の介護ならオムツ処理にも補助があるようだが犬ならそうもいかない。

オートマもマニュアルも運転できると便利だが、エコを考えると犬の排泄はマニュアルすなわち面倒でも外でさせる方がやっぱりお得だし犬の習性にも相応しいし、そちらを主体にすべきなのだろう。
 

ダニエル 2009年06月05日(金)

  定休日の昨日いつもの原始林(森林公園)に出かけてきた。
エゾハルゼミなどハルゼミ数種類の蝉時雨で会話もまま成らぬ賑やかさで、まさにシャワーのように降り注ぎ野鳥の声もかき消されるほどだった。

2時間ほど歩いて駐車場に戻り、定番となっているダニチェックを始めた。
綺麗なクリーム色のアモは発見しやすく、すぐに数匹を発見し除去。
ジェニーにも目を凝らし数匹除去。
チビのチェックもしたがこちらは発見されなかった。

ダニというのはしばらく毛に潜み、移動する時は表面に出てくるという性質があるのか、ある程度時間が経った帰宅時に再度チェックしなければならない。

室内に入れる前にチェックすると、いるわいるわ、アモから5匹ほど、見えづらいためノミ取り櫛をかけたジェニーからはなんと10数匹が次から次へと櫛に引っかかってきた。

ジェニーは藪に入ることはしないが首だけを草むらに突っ込んで長いこと草を食べていたから、ほとんどが首から上に集中していた。
その内の2匹は目の周りに食いついたばかりの状態だった。

さらに数十分ほどして再々チェック。
アモ・ジェニーから数匹ずつ発見し『ダニ恐るべし!』を再認識するとともに、このチェック体制の重要性とダニが出てくる間合いを勉強させてもらった。

「ダニエル、ダニエル」と念じながら、アモとジェニーの顔をまじまじ見ると、ふたりとも神妙な顔をしてじっとしているのがおかしかった。

結局その後の室内チェックで1匹見つけたのが最後になった。

ダニというのはどんな予防方法をとっていても、現れた犬には反射的にしがみつくものである。
対処するために
1.殺虫成分を犬の身体にまぶして殺すか
2.同様の効果がある薬品を犬の体内に染み込ませて吸血したダニを落とすか
3.ダニは嫌うが犬には無害なハーブなどで吸血を遅らせたり躊躇させるか
などの方法がある。

私が選択しているのは3.の方法であり、たぶん大きな害はないのだろうけど1.2.の方法は『気持ち悪い』という生理的感覚で拒んでいる。

長野県や北海道などはダニが媒介となるライム病の危険性が高いと聞いている。
一方で吸血してから30数時間以内に除去すれば仮にキャリーのダニであっても感染は防げるとの情報もある。
年間に10頭程度が感染しているらしいが、詳しい毎年の発表は知らされていないし、その危険度も同様だ。

大変じゃない病気などありっこない。
花粉症だろうが風邪だろうが水虫だろうが虫歯だろうがある確率で重篤になるはずである。
だからといって製薬会社の『危険だ危険だ』を鵜呑みにしていたら食事以上の薬やサプリを飲みワクチンの投与を受けることになってしまいかねない。

獣医師が予防を勧める訳だからある一定のレベルにはあるのだろう。
だがそのレベルにある病気の危険予防をすべてしただけで大変なことになってしまうという懸念を持っている。

ダニは状況が整えばどんな対策をとっている犬にもしがみつく。
飼い主が利口になって『ダニエル、ダニエル』と呪文を唱えながら、愛犬と共に過ごす時間を持つことが病気予防にも愛犬との繋がりにも副作用なくお役に立つのではなかろうか?

今朝になってチビの顎を歩いているダニを見つけたKが悲鳴を上げて私を呼んだ。
「こんなわんこと一緒に寝てたなんて!」
吸血してなかったのはシダースプレーのおかげだったのだろうか?
ともあれ、この時期笹薮などに入ればダニはつくものだ。
ご自分の意思に沿ってしっかりした管理を!
 

志を同じくする人たちと共にありたい 2009年06月03日(水)

  10数頭の小型犬から大型犬が同じ空間に居ながら吠える声がひとつも聞こえない。
今日のカフェもそうだった。

そんなカフェでは『みんな静かでお利口さんなんですね』と初めて来店される方々の声が聞こえる。
何もしないでそうなるはずはないのに。

まあ、実際は一声も吠えないわけではない。
ドアの開く音に一声吠えるわんこもいれば、遊びに夢中になって興奮し一声あげるわんこもいたはずだ。

正確に言うなら意味なく吠えたり無駄な吠え声をするわんこがいない、否、それを放置する飼い主が私どものカフェにはほとんど存在しないということであり、さらに付け加えるなら、『何とかしたい!』という飼い主にそれなりのアドバイスを与えた結果、多くの方が同意してそのアドバイスを実践している結果のことであろうと思う。
勿論、最初からアドバイスなど不要なわんこや飼い主もおられる。

言えることは、人間の意図や振る舞いによって犬たちが自らの振る舞いを変化させる能力を持っているということであり、残念に思うのは“犬のやるがままに”を容認することを“犬と暮らす”と勘違いしている飼い主が今なお多くおられることである。

『それって普通でしょ』ということに温度差があると表現することもできる。
つまり、愛犬との生活すべての段階において『うちの子は…』と犬の性癖を口にして結果的に受け入れている飼い主と、『だからそれを辞めさせている』という飼い主との違いのことで、どちらも普通のことをしている意識でいる。

私たちは当然後者の飼い主を支援しており、その結果としてのカフェが存在している。

ペンションに行って排泄の失敗(マーキングを含む)をするなどもってのほかであり、少なくとも繰り返さないことが進歩の証で、それを見越した去勢などは一般の方においては常識中の常識であろう。

吠えるなど犬が声を出すことにおいても、反射的な吠えはその犬の稟性であるから仕方ないにしても、その後も吠えるのは明らかにその犬の意思だからそれは飼い主がすぐに止めさせることができてしかるべきである。

なのに、そんなことすらできず、『犬の問題で困っている』と主張する飼い主は実は他にもたくさんの困りごとを抱えていて、本当は自分の問題であるのに『うちの犬は…』と本質の所在を自覚しないでいる場合が多い。

だから私はいつも主張している。
犬を育てているつもりが実は自分が育っているのだということを実感するのだと。

私どものカフェは決しておりこうなわんこが集まる店ではない。
そうなることの想いを胸を開いて打ち明け、受け入れようとする飼い主の皆さんとともに存在している稀有なカフェだとも思っている。

厳しい言葉は顧客を失うことに繋がる。
だが私たちはそのことを躊躇しない。
何故なら、真の仲間には通じると信じているから。
 

気の置けない奴 2009年06月01日(月)

  数ヶ月ぶりに秋田の力から電話がかかってきた。
力は私と同い年の盲導犬ユーザーで元大工。
交通事故で失明し、盲導犬を持つ際に私が担当した男で、現在は3頭目の盲導犬を使用している。

2頭目の訓練の時にはちょうど盲導犬協会の新築工事が行われていて、力は毎朝現場の若い連中を集めては工事の進捗状況を聞き「今日も事故無く手も抜かぬよう一生懸命働け!」と檄を飛ばしていた。

「どうだ、元気か?」と今日も電話の向こうの力は昔のまま威勢が良い。
「おお、おめえは?」と聞くと
「ああ、給料が何千円上がった。」と、職を得た喜びに満ちた以前よりは喜びが少ないトーンだった。

ほとんど寝たきりか認知症のじいさんばあさんの慰安マッサージが仕事のため、治療師としてのモチベーションが低下しているようだった。
上司からも『幅広く無難にやってくれ』と指示されているらしい。

「おめえは無年金障害者なんだから死んでも今の仕事大事にしろ。ところで最近面白いことなかったか?」と言うと
「おお、こないだ歩いてる時に人にぶつかってよぉ。『どうもぉ、悪かったなぁ』って頭下げたんだよ。だば翌日友達が『力、おめえ昨日電信柱に頭下げて謝ってたぞ。』と笑われたぁ。それでもめげずによぉ、次の日人の気配がしたから『おはよう!』って声かけたんだ。したら草むらから『ニャオー』だと。笑っちゃうよな」

「まあ、65まで働いたら仕事辞めて好きなことしたいなぁ」と力は言う。
「おめえ65まで生きてられるつもりか?」と私。
「おお。だってよぉ、俺はお前が死んだ時の弔辞を読まねばなんねぇから」とほざく。

力の2頭目の盲導犬/マップが死に、数ヵ月後の合同慰霊式で力が弔辞を読んだことがある。
出始めから皆笑いをこらえてしまった。
「ちょんず」と秋田の標ずん語でやったものだから…

すかさず同じ秋田の盲導犬ユーザーMさんがささやいた。
「力は本当にバカだよなぁ。『ちょんず(弔辞)』を『ちょんず』と発音しとる」と。
もう私は笑いをこらえることができなくなった思い出がある。

まあ、力のちょんずで私の葬式を明るく楽しくしてもらうのも悪くはないが、私が力の葬式で秋田の人々に違和感なく『ちょんず』とやるのもいいかもしれない。
 

ちゃんとしたものって言われても… 2009年05月30日(土)

  初めて犬を飼う人にも、犬育てに失敗して困っている人にも、誰にでも解るような長崎流の解説書を書けとKは言う。

犬小屋の設計図ならまだしも、生き物を育てるということは、それぞれに癖のある材木を用い、その材木と会話し知識と経験を織り交ぜながらお互いに居心地が良い家を建てるようなものだ。
神社のように宮大工が必要なほど仰々しいものではないから素人でも熱意と素養があれば立派に建てることはできる。
が、誰にでも建てれるというものでもない。

なのに多くの人が家を建てようとし、中には途中で失敗している人がいる。
そして、その失敗だってその人の人生にとっては、良いあるいは苦い思い出になったり、少なくとも経験になって人生を彩る程度のことでしかない場合が多い。
犬を飼うという事はその程度であったりする。

だから『誰にでもできる犬育ての本』なんて存在せず、仮にあったとしてもそれはまやかしで、そんな本が書店にたくさん並べられている。

Kは私が書いた『さあ始めよう!イエストレーニング』という小冊子の中味を6年後に真に理解したと言う。
理解してくれたことを私は充分に知っている。
だが自分で家を建てようとする人ならトータルすればそれぐらいの独学はしているはずだ。
「6年で理解した?結構なことじゃないか!」と賞賛したいくらいだ。

私はまた“長崎塾”において未完ではあるが『犬を育て犬と育つ』という示唆を含めたマニュアルを提供しているが、これもまた真意の理解を得るには何年かかかるだろうし誰でもというわけにはいかない。

それでもKは『ちゃんとしたものを書け』と言う。
せめて分かろうとしている人々に長崎流がもっと容易に分かるように書けと言う。

一体どうすりゃいいんだ?

座談会でも開いて疑問と問題行動が一杯の飼い主に集まってもらい、個別の質問に対して私の流儀を説明し実演し変化を示す。
『あ!それなら分かる』『うん、それならできる』と理解と評価を頂いた事柄を選んで集約する。
今流行の『選択と集中』まがいの手法だ。

ビリーズブートキャンプみたいなダイエットビデオかぁ…
・知りたいこと・伝えたいことをピックアップし
・分かりやすい言葉にして台本に落としストーリーをまとめ
・日頃行っている犬のレッスンを撮影し、その変化を時系列で示し
・基本的な考え方と技術的な要素を解説し
・注意点と問題点を具体的に洗い出し
・間違った方法とその結果を例示しながらフィードバックし正しい方法と観念を鮮明にする。

でもなぁ、千差万別十人十色の犬に対してその成果を示すには膨大な時間と映画並みの予算が必要。
やっぱ無理無理。
ちまちまとまやかしのこの欄を書くのがせいぜいだぜ。
 

共通点 2009年05月27日(水)

  高齢犬と余命僅かと告知された愛犬が重なるように来店し、医療だけではどうしようもないことについて感じさせられた。

1.カフェが第2の我が家となっているシーズーのゴンタが、昨日はシャンプーだけのために来店。
お泊りの最終日には決まってトリミングをしているので、シャンプー後にはいつものお泊りモードではなく『ゴンゴン、ゴンゴン(翻訳すると、帰ろう!帰ろう!)』と吠えていた。
第1の我が家である飼い主のW家と第2のカフェの開きには当然のことながら雲泥の差がある。
来月で14歳になるゴンタの次回のお泊りは次週の木曜から。
お泊りの受け入れだけでなく高齢者としてのケアも考えて準備している。

2.今日が14歳の誕生日だったラブラドールのももが散歩を兼ねてカフェを訪ねてくれた。
まだまだ元気だが、昔より深く物事を考えず気の趣くままカフェ内を歩き回る。
トリミングを終えたばかりのAコッカーに近づき臭いを嗅いでいると突然吠えられた。
反射的にももは『わんわん!(翻訳すると、何で急に吠えるのよ!ビックリするじゃない!)』と天井を向いて一声吠え返した。
まだまだ元気だが、天井を向いて吠えたため腰を下ろした格好のまましばらく立ち上がるのに苦労していた。

3.3月11日のこの欄で紹介した脳腫瘍で“余命2ヶ月のゴールデン”ラッセル君が今日カフェにやって来た。
ずうっと気にかかっていたが“薬を飲んでボーっとしていたあの日”からみれば、全く普通に元気でラッセルらしい姿に心から安堵した。
「漢方と薬膳は続けています」と明るく笑うTさん。
投薬によってボーっとしたまま余生を送らせるより、たとえ短命になったとしても普段通りに暮らす道を選択したTさんだったがその選択に誤りはなかったようだ。

シーズーのゴンタ、ラブラドールのもも、ゴールデンのラッセル。
『いつまでも一緒に暮らしたい』との飼い主の想いは勿論共通だが、生きとし生けるもの個々の宿命である『終わり』までの時間を自然体で受け入れようとしているところもまた似ているように思えた。
 


- Web Diary ver 1.26 -