From the North Country

アモ8歳の誕生日に 2009年04月18日(土)

  今日は我が家の愛犬アモ8歳の誕生日。

3歳9ヶ月で我が家にやって来て以来4年3ヶ月が経ち、『よくぞ元気に過ごしてくれた』というのが正直な感想だ。
先週の血液検査でも総コレステロールがやや高い以外問題はなかった。
コレステロールだって里塚温泉のお土産である若鶏の半身揚げの影響だと原因がはっきりしている。
自分の血液検査はしばらくしてないが、きっと私よりいい成績に違いない。

なにより両後肢前十字靭帯断裂の手術を乗り越え、全力ダッシュを何本もこなす現在に心から安堵している。

カフェ常連犬の最高齢はラブラドールのももでまもなく14歳になる。
この1年ですっかり老け込んでしまい、後肢のナックルや起立時の尿漏れなどがあり『そのうち綺麗にポックリと』と私は茶化すこともあるけど、ももの存在はカフェのお客様に犬の老化についての貴重な教材となっている。

ご存知のように私が在籍していた北海道盲導犬協会には老犬ホームという施設があり、そこで多くの老犬と暮らし医療・介護・工夫そして最期を看取ってきた。
その内容に特筆すべきことも多いのだが、最も重視してきたことは介護する側の自己満足ではなく、物言えぬ老犬の要求を察することと共に暮らしたユーザーの心情に沿ったケアができているかということであった。

だがそれ以前の基本3原則というのがあり、ももの飼い主であるMさんは見事にそれを実践されている。
原則1.老犬の獣医学的状態を把握しておくこと
原則2.やれるはずの動作を補助しつつ、理解できる指示にはしっかり従わせること
原則3.全身を清潔に綺麗に保つこと

言葉では簡単かもしれないが大型犬では大変な労力が要求される。
ももはいつもとても綺麗な姿でカフェを訪ねてくれているが、そこにはMさんの労を厭わない優しさが輝いている。
 

『4しく』のうちの『3しく』を堪能した定休日 2009年04月17日(金)

  昨日今日の定休日は天気もよくお気楽な時間を過ごすことができた。

丁度テレビでも紹介されていたが、カフェ近辺には隠れた名店が散在していて、自分で見つけたり口コミ情報を頼りに訪ねてみたりとなかなか面白い。

ほとんどがラーメン・そば・和食・イタリアン・ケーキ屋さんなど食べ物のお店で、新し物好きなKと一緒だから私も恥らうことなく同伴し、いろんな味を堪能させてもらっている。

スタッフMもまたこのような情報には敏感で、あちこちに出かけては『ああだ、こうだ』とカフェの厨房で賑やかに解説している。

紹介されたテレビの中で「美味しいですよ。こんな味、主婦にはそう簡単には出せませんからね。」とお客の主婦がコメントを寄せていたが、KとMは主婦なのにパスタやカレーにせよ温麺にせよケーキやデザートまで、おかげさまで口の肥えてきた私でも『イケテル』と思う料理を提供していることに気づかされ『凄いな』と感心させられる。

もっと広い厨房と機材を揃え、雰囲気のあるカフェに改装すればドッグカフェでなくてもやっていけそうな悪夢がよぎる。
何故“悪夢”か?
私の居所はないし、お客とワイワイせずにはいられないKとスタッフだから雰囲気といっても…

私にできること発見!
今日のように釣りに行って、新鮮な魚を提供すること!

アモ・ジェニー・チビ。
『つまんないよ。ずっと奥に引っ込んでろってこと?』

“名店”といわれる“その日”まで地道な努力を重ねてまいりましょう。
続ける限り“美味しく楽しく優しく厳しく”の『4しく』をモットーに。
 

仲間たちよ、発信してくだされ。 2009年04月13日(月)

  今日の札幌は今年初めて20度を超えたらしい。
それでも年のせいかハイネックを着込みカフェのストーブを点けて平気でいる自分に『大丈夫か?』と声をかけたくなる。

いよいよこれからが行楽シーズンを迎え、愛犬と暮らす私たちにとって『○○ではワンちゃんもOKだし、とっても良かったよ』という情報が楽しみになる季節でもある。
一方で、『○○ではもうワンちゃん連れはダメなんだって』という話を聞くと、とても残念で『きっとヘンな飼い主がトラブル起こしたんだよ』と、いらぬ詮索に走ってしまう。

愛犬を巡る受け入れ側とのトラブルは、恐らく犬の問題というより飼い主の配慮の無さと横柄さに起因しているのだろうとカフェを経営していてそう思う。

いろいろに解釈していただいて差し支えないが、個人的に思うところを記してみよう。

前提として、『外飼いで手入れもせず、未去勢で他人に咬みつかんばかりの犬をカフェやドッグランあるいは宿泊施設に同伴する飼い主はまずいない』というのを一応挙げておく。

なのにトラブルが起きるのは

1.『うちの犬は問題犬だけど、犬を受け入れるという施設だから、何をしてもきっと大目に見てもらえるのだろう』という飼い主の甘い考え

2.自分の家で排泄の失敗がないから他所でも大丈夫と安易に考える浅はかさ

3.がさつな動きをしたり吠えそうになった時など、他人への迷惑を即座に解消あるいは抑止する配慮と行動のなさ

4.周囲へ気配りと、問題が起きた時の対応能力のなさ

主にこの4点に起因し、つまりは犬の問題ではなく飼い主の人間性が問われているのだと思っている。

具体的には
・犬は清潔にしておくべきだし、自信がなければ繋留を継続すべきである。

・外での排泄ができなければ、長いドライブの後、施設の床に下ろすことなど絶対的に禁物だから、何かしらの方法で排泄を済ませ、なおかつ、その後は自宅で暮らすより三分の一の短さで排泄に関する注意を払う必要がある。(オス犬は特別な場合を除き当然去勢済みであること)

・リードでのコントロールや、事前に抱っこしたりなど愛犬への注意喚起を怠ってはならないし、同時に楽しめる雰囲気を犬に伝えれる関係が普段から築かれていることが重要である。

・愛犬自慢をたっぷり行うのも微笑ましいが、『すみませんね。ごめんなさいね。あ、うちの子アモと言います。何もしませんので…ヘヘヘ』という卑屈なまでの気構えも今の時代には持ち合わせておいた方が良い。
(盲導犬を普及させるのにもこれには苦労した)

前回の旅行でアモと宿泊した定山渓の宿が犬の受け入れを(一時的かどうか?)止めたらしい。
その話を聞きながら悲しく思っていたら
「アモがなんかやらかしてきたんでないの?」
「そうだそうだ!だから犬を受け入れなくなったんだ!」
カフェの常連さんたちがツッコミを入れた。
確かにこの連中と愛犬ならば何処に出しても問題なく過ごせたことだろう。

我がカフェはオピニオンリーダーの自負があり実践面において二歩も三歩も抜きん出ているけど、日本での愛犬との暮らしはまだ過渡期にあるから、カフェ育ちの愛犬家をどんどん外へ送り出して意識改革を進めなければならない。

さあ、アモと私たちに責任を振ったみなさん。
出番ですぞ!
私たちとアモにではなく外に発信して下さい。
 

単身“腐”任とこぼしていたOさんの愛犬 2009年04月11日(土)

  このところの春の陽気に心弾むものの「やっぱ風が吹くと寒いねぇ」との会話にほっとする。
それが北海道の春の走りであり、本州のように汗ばむようだとその年の夏が怖くなってしまうものだ。
はて、今年はどんな夏がやってくるのやら。
望むのは30度超えが5日以内という昔ながらの気候である。

今夜のお泊りはカフェの常連でありながら初めてのお泊りとなったMダックスのキクちゃん。
息子さんの結婚式が名古屋でありお留守番となった。

いつもカフェ内をフリーに動くことが当たり前になってるキクだが今日は勝手が違う。
私たちの目が届かない時にはリードでの係留である。
何故ならヤバイ前歴があるから。

好天の日などお客様とわんこたちが一斉にガーデンで遊び始めることがあるのだが、以前、皆さんがガーデンに出て行き、最後のお客様が出てドアを閉める直前にスルスルとキクがカフェに滑り込んできた。
たまたまカフェでその様子を見ていた私は、キクの計算された無駄の無い動きに唖然とさせられたのだ。

まっしぐらに誰もいなくなったカフェのソファに飛び乗った次の瞬間、事前にチェックしておいたお客様が食べ置きのデザートのケーキにあっという間に喰らいついたのだ。
あの動きはたまたま発見したケーキに対する動きではなく、準備のうえの千載一遇を逃さなかった見事な戦略であった。

夜になってキクは2階の居間で丸くなって寝ていた。
『今日は疲れたのかな』と案じていたら、私たちの夕食が始まるとキューンキューン言い出した。
ちょっといさめると静かになったが、先ほど酒の肴の袋がガサガサなった途端に飛び起きて大いなる期待を瞳に秘めている。

Oさん宅での暮らしぶりが如実に現れ可笑しくなる一方で、ダメとなった時の引き際も潔く、その辺りのしつけもちゃんとされていてなおさら可笑しくなってしまう。
家庭犬として適度に甘やかされ、抑えるべきところはちゃんと教えてあるのが素晴らしい。

育つがままに育て、後になって『困った』というのではなく、育ちの段階からまるで“お釈迦様の手のひらで自由奔放に育てた孫悟空”との印象だ。

『君の事はすべてお見通しで、やることなすこと織り込み済みだよ』
犬っていうのは本来そんな風にして育てるものなんだよなぁ。
 

今を生きる 2009年04月07日(火)

  四月の平日ってこんなにヒマだったっけ?

この欄の過去ログやお店の伝票を見ながら経営状態をチェックしてみたら黄信号が灯っているみたい。
青や赤の時間は結構長いけど黄色の時間は短いからすばやい決断が迫られているようだ。
平日対策を考えねば!

とりわけ月火が課題の曜日である。
『月火集客作戦』を展開せねばカフェの未来は無い!

と、まあ今夜は課題となる曜日を明確にできたことに乾杯し、“明日”からでも『月火対策』を考えてみよう。
今夜(いつも?)のように酔った状態で考えても、理美容室で働く方の愛犬相談を無料で受けるとか、美術館の定休日なんかも使えるかも…程度のアイデアしか浮かばないからね。

ところで、普通に生きる一人の中年男がフーッとため息をつく瞬間を紹介しておこう。という気になってしまった。

そのひとつは手の甲の自分のしわを見たときで、女性で言えば鏡に映る顔のしわを自覚した時に近いのかもかもしれない。

今の自分を確かめたい時、男は何気なく手のひらを広げじっと見る。
そこには若さと活力があり経験に裏打ちされた自信がある。
ぎゅっと握った拳の手の甲にも張りがあってそれはさらに自信を深めさせてくれる。

だが、5本の指をピンと伸ばした時、手のひらにあるつややかさとは違った老いを手の甲に見て愕然とする。
浮き出た血管、油分の少ない細かく刻まれたしわ…

見えることで老化を自覚し、だからこそ加速される瞬間である。
同環境においては視覚障害者の老化の方が遅いと経験上信じている私には何よりの証左である。

そんなことを感じている人間が犬と暮らしカフェを開いている。
『わあ、可愛い!』とショップで仔犬を買い、『困ったことがあるんです』と相談に訪れる顧客がいる。

平和と人間の営みの継続、それにちょっとした刺激を与えることが私の今の使命なのかもしれない。

じっと手を見る。
 

映画になったマーリー 2009年04月06日(月)

  映画『マーリー』を今夜観てきた。

「ちょっと出かけてくるからね」と3頭の愛犬に留守を任せ、久しぶりの映画館行きとなって帰宅したのは11時を過ぎていた。
ジェニーとチビは階下にいたらしく私たちを大喜びで迎えてくれたが、アモは大声で呼んでようやく気づいたのか階段をひとつずつ慎重に降りてきた。

来週末で8歳になるアモだがおかげさまでマーリー気質を持っていながらも全うに暮らしてくれている。

映画における犬としてのマーリーの評論はいずれ機会があれば書くことにしたいが、それぞれにキャリアを持つ男女が結婚し、将来に向けての理想とするプランを持っていても、出産・子育ての過程の中でそのキャリアを停止し、新たな価値観のもとで苦悩し奮闘しそれでも協力し合う描写に共感を覚えた。

『こんな大変なことなのに何故誰も教えてくれなかったの?』という子育てに疲れた奥さんの言葉に
『みんな言ってたんだけど、ちゃんと聞いてなかったんだよ』という趣旨の会話が特に印象に残った。

『犬物語』というようなコマーシャルがなされているし、上映前の予告編では子供向けアニメが流されているから“その範疇の映画”のような誤解を与えているのが残念といえば残念である。

まあ、お互いの感想はカフェでゆっくり話しましょ。
 

過ぎたるは… 2009年04月04日(土)

  先日のエイプリルフールに反応してくださった方はごく僅か。
人を騙すわけであるから、害にならないテーマであることも大切だが、この“僅か”という数値も同様に大切であり、みんなが信じてしまったら洒落にもならないし後にヒンシュクものになってしまう。
そこら辺の微妙さに醍醐味がありおまけに面白いからやめられない。
まんまと騙されてくださった方に感謝いたします。

さて、今日も種オスボギー君が夕方のカフェを訪ねてくれた。
「もうこの時間なら空いているかなって思って来たんだけど…」
Kさんは本当に謙虚な方である。

ところがどっこい、週末のカフェにはボギーを待つ空気が漂っていた。
盲導犬の繁殖犬たるボギーに対しては甚だ失礼だし不謹慎なのだが、先週の『変態1号・2号』に続く犬は現れるのか?という興味本位な思いがあった。

ボギーがガーデンに出ている時に、誰が勇気を持ってそこに飛び出すか?
まるでバンジージャンプのようなスリルがあり、闘牛士やロデオの見せ場が待ち構えているのだ。
そして今日のチャレンジャーはラブのさくらとなった。

ボギーの反応には凄まじいものがある。
相手が誰かを確認することも、自分をアピールすることも無く、まるで野生のライオンがトムソンガゼルを襲う時のように瞬時に後ろから抱え込むのである。

さくらの反応…『これって新手のゲーム?』

凛・クロ坊・さくらと2週に渡って続いたボギーへの冷やかしは今日で終了。
実はこの3頭なら何があっても争いごとにはならないという確信があり、3頭の犬徳を借りて交尾行動を制する際のボギーの反応を知っておきたかったのだ。

ボギーは種オスとしての行動を躊躇無くこなし、制御によって気性が荒くなることもなくスーッと我に返らせることができるいい奴であった。

今後カフェで迎えるうえで配慮すべき項目が大方分かった。
争いが起きそうな相手がいる場合にはカフェで大人しくしておいてもらおう。
『試しに…』なんて遊び心もないではないが、ボギーは大事なわんこということを忘れないでおこう。
 

さて、どうしたものか? 2009年04月01日(水)

  10日ほど前から駐車場のトドマツにカラスが巣作りを始めた。
昨年もガーデン沿いにあるニセアカシアに枝を運び始めたので長い槍を作って枝を落とそうと苦労したものだ。
卵を産んでからでは凶暴になるのでカラスには悪いけど仕方が無かった。

だが、今年のカラスはしつこい。
これまでに5回ほど作りかけの巣の枝を落としたのに、今日もまた同じところに枝を運んでいる。

ガムテープで3本の棒をつなぎ、高いところにある枝を引っ掻くように払い落とすと、今日はとんでもないものが一緒に落ちてきた。
なんとそれはグリ−ンジャンボ宝くじだった。

第777回自治宝くじ
まさかと思って調べてみると、なんとなんと驚くことに1等2億円の当たりくじであった。

さぁてどうしたものか?

カラスの巣はこのまま作らせてあげてよいものか?
 

種オス/ボギーが変態犬を産んだ? 2009年03月30日(月)

  地表の雪が解け、現在はゆっくりと凍土が緩み始めている。
ガーデンを見ていると凹凸が徐々に消えて平らになってゆくから、地中のそんな動きまでがとてもよく分かる昨今である。

さて、昨日の日曜日にKさんが盲導犬の種オス/ボギー号とカフェにやって来られた。
「平日のお客さんが少なそうな時には連れてきてもいいかい?」
少し前までKさんは遠慮がちにそう言っておられたのに、とうとう日曜日の大型犬で混みあっている時に連れてこられたのである。

「ヤッター!初めてボギーを見れる!」
大騒ぎして喜んでいるのは、黒ラブ/レオの時代からKさんをよく知っている常連の皆さんだった。

そのボギーは入店直後に野次馬根性で出迎えた黒ラブ/凛にあっという間に乗っかりヒンシュクをかってしまったが、それ以上にオスである凛が満更でも無さそうな顔をして『変態1号』と称されるようになった。

既にレオンベルガーのジェニーと我が家の愛犬アモからカフェでの節度をきつく知らされているボギーの振る舞いはみんなから好感を持って受け入れられた。

すると入店時こそ自分の犬をリードでしっかり繋いでボギーの様子を観察しておられた皆さんが、ボギーがいい子で憎めない顔立ちをしているのを確認すると自分たちの犬と遊ばせたくなったようだ。
その空気は読めていたが、私は構わずちょうど予約の入っていた犬の訓練に出かけた。

戻ってみるとまた空気が違っていて皆さんニヤニヤしている。
聞くと、『黒ラブ/クロ坊なら俊敏だからボギーの乗っかり攻撃があってもすり抜けることができる』という予想のもとに二人をガーデンに出したのだという。
結果はあっという間にボギーに捕まり、凄い力で手篭めにされたクロ坊は身動きすらできず何とも言えぬ顔をしていたとのこと。
『変態2号』の誕生であった。

お客様と愛犬に恵まれ、安心安全なカフェだからこそ成しえた遊び心である。

Kさん、妙な気を起こして安易にドッグランなどへは行ってはなりませぬぞ!
あなたの犬はタマツキなのをお忘れなく。
 

犬を叩いてもいいのか? 2009年03月29日(日)

  今夜は過激なテーマである。
えー!そんな問題に踏み込んでもいいの?
なんちゃない。
酔った勢いというのも時々あるものだ。

犬の専門家といわれる人間たちが踏み込まないか、あるいは語っているように見せながらも曖昧に片付け、多くの場合『叩いてはならない』と論理のすり替えをして結論付けるテーマについて今夜は書いてみようと思う。

ここでいう『叩く』とは“リードなどによるショック以外で、人からの直接的な犬の肉体への働きかけ”と一応定義しよう。
具体的には
・手で叩くあるいは払いのけること
・道具を用いて直接的に手を下すこと
・鷲掴みするように皮膚をつかむこと、振り回すこと
・蹴飛ばすこと
まあ、そんなところをご想像いただき
・手で口を押さえる
・リードでぶら下げる
A.リモコンを使って電圧ショックを加える
B.有刺鉄線のような首輪であるスパイクチェーンを使う
などの範疇の物は含まないこととしよう。

私の答えは、叩くことも張り倒すことも場合によっては殺処分することすらを含めて『あり』なのだが、上記AおよびBなどは否定するという立場だ。

例1.
・おすわりをしない
・マテと命令したのに動く(総称して『いうことを聞かない』)
・いつも吠えたり引っ張ったり飛びついたり咬みついたりする

これらについては叩くのを否定する。
何故なら、どうでもいいことが含まれているし、きっとちゃんと教えられていないのだろうから。

例2.
・食卓に手をかけて人の物を食べようとする
・我を忘れて興奮している
・既に充分分かっているのに指示を無視する

これらについて私は躊躇することなく払いのけぶっ飛ばす

例3.
・高齢者や身体の自由が利かない障害者が飼い主である場合
・飼い主が女性や子供であるから甘く見られている場合

だからと言って電圧ショックやスパイクチェーンを用いてはならない。
高齢者などの場合はプロによって完全に訓練されるべきであり、弱い女性子供の場合は犬を通じて自らが強くなるべきであると考える。

例4.
・落ち度無い人間や他犬を咬むのが常習化し、狂気を感じることすらある犬
・明らかに異常な犬

これらについては、どんなに叩こうがいわゆる体罰で制しても効果は低い。また例えば農家や牧場に引き取ってもらって外飼いし、一生を終える犬を何度も見てきたが、決していいことではない。
仮にそれで両者がうまくいったのなら最初の見立てが誤っていて、その犬はまともな犬だったというだけのことである。
狂気の犬を育てる労力はよほどの篤志家に任せ、処分を待つ管理センターにいる多くの“まともな犬”を救う方がよいと思う。
庭に咲いた花は可愛いし、自分で水をやったのならなおさらだろう。
残念なのは犬の血筋にある狂ったほどの状況を飼い主自ら助長しながら育てていることに気づかず、いよいよになって『困り果てる』現実である。

ちゃんと育てれば多くの方が想像する『叩く』(心理的に罪悪と感じる)ような行為は必要なく、自信を持って叩くか小言を言うことが時たまある、というのが私の意見である。

どこかの大臣みたいにもうろう会見になりそうなので、ここらで終えるが、これってきっと『曖昧』な部類になるんですよね。
ちょっとはみ出したつもりだけど…
 


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