From the North Country

人間力に圧倒された犬は幸せになれる 2009年03月21日(土)

  ヘルニアで下半身不随となり手術を受けてから1ヵ月半のMダックス/はいじが今日カフェを訪ねてくれた。

リハビリが順調に進みかなり歩けるようになっていた。
歩行補助具にもなるハーネスのようなコルセットを移動中は装着していたけど、カフェ内ではそれをはずし外見上は障害犬だが不自由なく歩く姿に心から安堵した。

飼い主のMさんの周りにはお友達が一杯で、その中には昨年くも膜下出血で一度はあの世に行ったYさんもおられたた。
全く何の後遺症も残らずあの世の記憶すら残っていないYさんと、リハビリに頑張るはいじの姿が窓から差し込む春の陽光に照らし出されていた。

あきらめるな、という標本のようである。

ガーデンはまだ悪い状態であるが、カフェ内では10数頭の犬たちがいたにもかかわらず声ひとつ聞こえず、大音量で飛び交うのは飼い主たちの話し声と笑い声ばかりでカフェは絶好調である。
まあ、あれだけ迫力ある会話の中では犬たちもだんまりを決め込むしかなかったのだろう。

はいじの顔に不安は無くいつものような笑顔に包まれていたのは、手術の成功だけでなく逞しい人間たちに護られているという安心感によるものなのだと思う。

昼間の喧騒から解放されたお泊り犬とアモは今夜は特にぐっすりと眠っている。
 

今年の雪山飛ばしの記録 2009年03月20日(金)

  今日思い切ってガーデンの雪山を吹き飛ばした。
去年より10日遅かったようだ。
今年の私はぎっくり腰で動けなかったこともあり気候面において去年と比較するのは無理がある。

ハッキリしているのはガーデンが現在とんでもない状況になっており、除雪機であるべきガロアラシ号は雪だけでなく地面の土まで掘り起こして吹き飛ばす耕運機と化しているということ。

なのにゴールデンのサンタはその泥沼を見た途端、まるでハワイの楽園にやってきた人間のように大喜びして泥だらけになってはしゃぎまわっていた。

数日間は環境面においてご満足いただける状況にはないカフェでありまする。
ただ、それだけに、それでもお越しいただいたお客様にはセットメニューのデザートにK特製の味をご提供しております。
素朴なチョコレートケーキにマーマレードジャムというのも美味しいですぞ。
カフェの特徴としてデザートは七変化するのでそれがすべての方に当たるかどうかは分かりませんが…

今夜特筆する項目は無い。
雪山を飛ばした日を個人的に記録したかっただけである。
 

ふと、何度も考えること 2009年03月19日(木)

  予想以上のスピードでガーデンの雪解けが進み、せっかくの明日からの3日間はひどいコンディションでお客様をお迎えすることになりそうだ。
だがこれも春を迎える儀式とご容赦願いたい。
玄関先のシャワーと戴き物のタオル類を存分にご活用下され。
因みに明日のカフェはオープン前からWBC一色で、熱く熱くなっておりますぞ。


時々『アモ、ジェニー、チビ、ハグ。お前たちは幸せか?』と、帰って来るはずもない返事を前に自問自答する。
『犬たちの幸せってなんだろう』と思う。
これまで何万回も重ねて生きてきたのに、経験豊富といわれる今でさえ同じ質問を何度も自分に課している。

厳しさゆえの懺悔から?
いや違う。
無力感から?
それも違う。

これまで何度も書いてきた言葉に『脳を解発された犬』というのがある。

犬というのは(ひょっとしたら類人猿もそうなのかもしれないが)イヌとして扱い・暮らせばイヌとして育つものである。
だから、私は外に繋がれて吠えまくるイヌを見ても可愛いと思えこそ気の毒だとは思わないし、いつまで経っても制御が利かない散歩中のイヌを見てもそう感じるし、イヌが食用に肥育されてもそれは文化だと受け入れることができる。
だが、一度でも『脳を解発された犬』がそのような境遇になった時には、その辛さを有事に巻き込まれた人間とダブらせて混乱してしまうひ弱さを捨てきれないでいる。

幸いにも私が見る限り『脳を解発された犬』はまだまだ少数であるが、カフェの顧客のほとんどがその方向性をつかんでおり、あと一歩という方もおられる。

厳しいとか甘いというレベルの話ではない。

今夜、一方的に私が書いていること、すなわち『犬の脳を解発する』ことが正しいのか誤りなのか?そのことが私には確信できないのだろうと思う。

同じように愛犬を愛した人間に対してはとても失礼な言い方だが、家庭犬を亡くした飼い主と盲導犬を亡くした視覚障害者のそれまでの比重の違いが私の気持ちを代弁しているような気がしている。
ふと、また考えるテーマなのだろう。
 

身勝手な私だけど… 2009年03月16日(月)

  『朝の7時からお預かりお願いできますか?』
そんなご依頼には『無理無理、まだ寝てますから』とお断りを入れるのに、WBC対キューバ戦の今朝はきっかり5時に起きて「がんばれー!」と声援を送っている。

10日前、ぎっくり腰の痛みが最高潮だった時には、あんなに恐ろしかった鍼治療をすんなり受け入れたのに、今日の治療前には全身から汗が滲み出ていた。
幸いにも鍼はなく按摩治療の叫び声をあげるだけで済んだが、かくも身勝手なことばかりやってる私であった。

今夕チワワのチビが珍しく『散歩に行く』という態度を示したので二人で出かけた。
コートのポケットに手を入れると小銭がジャラジャラあった。
目的地を近くのケーキ屋さんにし、食後のデザートにと2個のケーキを買った。
チビは過去の経験から臭いだけでケーキ屋さんに立ち寄ったことを察知している。

夕食後、私たちがそれを食べ始めたがチビの姿は無かった。
たぶん隣の部屋で聞き耳を立てていたことだろう。
飼い主のHさんのもとでは何とか手立てして盗むとかご相伴に預る努力をしただろうが、私たちの前では物欲しそうに見てるだけで『行儀が悪い!』と叱られることを知っているから姿を現さなかったのだと思う。

一緒に買い物したものなのにチビには与えなかったが、これは決して私の身勝手ではない。
わんこたちに対するそんな不平等さは日常の中に一杯あり、多くの場合意図的である。

因みに今夜のチビの夕食はフィルムキャップ1杯のドライフード、食パン1センチ四方、3センチのきびなご2本、ラム肉とキャベツちびっと、それに低脂肪牛乳数CCだった。
手心は与えるべき食事の際に加えている。
 

つれづれな思いの中にも 2009年03月14日(土)

  「ここの雪はまだまだ凄いですね。」なんて、来る人来る人に言われているが、それでも確実に春の雪解けに向かっているのが住んでる人間には分かる。

今夜は箇条書き

1.ガーデンの雪山は表面がザクザクになっているからそろそろぶっ飛ばす時期に差しかかっているし、お泊り犬の散歩をこの1週間Kに任せたのでKの股関節が悲鳴を上げ始めている。
でも私の足腰はガロアラシ号にへばりつくのが精一杯だし、シーズーのサスケと歩くだけでもまだ違和感がある状態が続いている。
あと1日か2日で何としても復帰したい。

2.定額給付金の使い道が決まった。
Kは料理用のバーナーを手に入れ、私はヘルニア人間用の座椅子を通販生活に注文した。
残金があれば盲導犬事業(カフェの募金箱)に寄付する予定。

3.1年前に椎間板ヘルニアで下半身不随となっていたMダックス/ゆきねちゃんが2週間ぶりに訪ねてくれた。
2週間前の来店が良い刺激になったらしく、なんとその後から四足で立てる時間が増え、前回とは見違えるばかりの今日の姿に私は感動を覚えてしまった。
プールもアロマも無いけどリハビリテーションができるカフェっていうのもいいね。

4.居候犬のレオンベルガーとチワワ。
まるで違和感の無い空気みたい。

5.初めてのお泊り犬タマツキシーズーのサスケ。
持参のフードは食べ飽きてるみたいでトッピングの副食とカフェで用意したフードばかり食べていたが、3日目の今日は持参のフードも完食。
要求のたびに吠えていたのも我が家では吠えなくさせた。
あとは飼い主さん次第。

6.外飼いでマジ咬みするという北海道犬の訓練依頼のメールがあったが丁重にお断りし、別の訓練士を紹介した。
用件のみで飼い主の名前すら書かれていなかったし…

7.「他犬と遊べないんですけど何とかならないかと思いまして」
そんな電話も入った。
「他犬と遊ばないで『どうぞお構いなく』というわんこほどカフェにとってありがたいわんこはいないのですよ。自信を持っておいで下さい。」と私は答えた。
でも、『他犬と遊ばない』という言葉の裏には『他犬を見ると吠え掛かり攻撃的になる』という意味合いがあったりして戸惑うこともある。
愛犬の状態を表現するのは難しいのかも。

私が見た『愛犬のディプロマ』という評価表を作ろうかと思っている。
飼い主でなく受け入れる側から見た“あなたの愛犬の評価”という類のものだ。

ニセコにあった愛犬を受け入れていた宿が次々に閉鎖された理由を知った人間として、その理由を伝えておく意義があるように思えるから。
この話は気が充実した時にでも…。
 

さあ頑張るぞラッセル! 2009年03月11日(水)

  ラッセル君はカフェを始める1年前の2002年秋頃にレッスンを依頼された現在8歳のゴールデンである。
オープンしてからは主にお泊りでのお付き合いが多かった。
「てんかんの発作を起こしたんです。初めてのことだったのでビックリしました」と数週間前飼い主のTさんがカフェにやってきた。

てんかんの確定診断は難しいので「もし、てんかんなら薬が合うまでTさんが発作に慣れて冷静に対応しなけりゃね。ラッセルの個性だと思ってうまく付き合うしかないよ。」
と、発作時の対処法などをアドバイスした。
そして「脳腫瘍じゃなけりゃいいのにね」とポツリと漏らした。

今日Tさんとラッセルがカフェを訪ねてくれた。
「脳腫瘍(髄膜腫)でした。余命2〜3ヶ月の宣告を受けました。」
告知を受けたのがいつだったか聞くのは忘れたけど、Tさんは落ちつきをもって気丈に報告してくれた。
その姿にある種の覚悟を感じた私も「なあも大丈夫だ。こうなったら余計な治療さえしなければ、こんなに元気なんだからそこそこ普通に生活できる。その時間を大事にするんだよ」と答えた。

既に家族で充分に話し合ったのだろう「ええ、そのつもりです」とTさんはしっかり頷いた。
緊張が解けたTさんは続けた。「大学病院で大勢の学生を前に、先生は画像を見ながら『これが腫瘍でこの部位と大きさなら2〜3ヶ月』とあっさり言うんですよ。だから私もふんふんって聞いてたんですけど、最後に会計を済ませる段になって身体中が震え始めて支払いができないほどでした」
そして「治療からは離れますが、この子の負担にならない範囲で薬膳だとか漢方なんかできるだけのことをしようと思っています」と決意を述べられた。

痙攣など発作の繰り返し、ふらつき、ひょっとしたら視覚障害や異常行動が今後現れるかもしれない。
どこかの段階で安楽死を視野に入れることにもなるだろう。
そこまでの覚悟と準備を考慮に入れたうえで、これからを精一杯悔いなくある意味楽しく充実しながら過ごして欲しい。
事故無く生きてきた愛犬とその飼い主が必ずや迎えるであろう最後のステージの幕が上がったのだ。
 

信頼するという言葉の重さ 2009年03月09日(月)

  軽いぎっくり腰と高をくくって「鍼しなさい」という助言を遮り、マッサージ治療だけで済ませようとしたのがいけなかった。
その夜中はベッドの中で身動きがとれず、少しの咳払いでも激痛が走り、救急車を呼ぼうかとまで考える悲惨な状況になった。
空が白み始めた4時頃からの2時間がとても長く感じられ、6時を過ぎた時点で枕もとの携帯をようやく手に持ちS治療院に電話を入れた。

「起きてるか?救急車呼ぶかそっちに行くか、どうすればいい?」
「おお、来れるんならすぐ来い!」
そんなやりとりがあって、決死の思いで起き上がった私はS治療院に向かった。

すると問答無用の鍼治療が始まった。
生来、そのような治療が苦手な私は懇願するように
「痛くする前に痛くならないような鍼麻酔をかければいいべや。プロだべ!」とわめき
その必死の叫びに応えるようにS先生は笑いながら治療を進めた。

ご存知だろうか?
現代医学ではぎっくり腰の治療など見た目では簡単なことを。
痛みを止め、筋肉を弛緩させる薬液を投与し、安静にすればそのうち治るというものである。

だが、S先生の考え方は違う。
『そもそもなぜぎっくり腰は起きるのか』に発し、そのきっかけは
・重いものを持った
・くしゃみをした
・ある時突然
であろうけど、その前に腰や背中に負担がかかり過ぎ、ぎっくり腰になる状況は整っていたと考えるべきであって、その身体の状態をそこそこ健全に立て直すのが治療である、というものである。

対症療法と根本治療において犬の訓練と相通じるものがあるではないか。

ともあれ私はS先生の治療法を選択したが。
「まだ、痛いべや。ちゃんと治せ!」と
私の訴えは痛烈である。

仮に犬の訓練を開始した数日後にそんなことを言われたら、私はキレてしまうかもしれないのに、S先生の鍼と揉みを体験すると身体全体が浄化されているように感じてしまうのがちょっと悔しくもあった。

人生いろんなことがある。
何を選択し、しないのかはそれまでの人間関係と経験によることが多い。

おかげさまで私は後悔しない人間関係を結ばせていただいており、ちょっと長引いたかもしれないけど腰の状態は回復へと向かっている。
 

ぎっくり腰 2009年03月06日(金)

  あ゛ー!やっちゃいました。
皆さんからあんなに気をつけるよう言われてたのに…

ぎっくり腰
寝坊して朝一のわんこたちのトイレをKにさせてしまった天罰が下ったようだ。
膝の痛みもあったので注意深く着替えようと右足をゆっくりあげたのだが、ギーっとゆっくり痛みが走った。

すぐにS治療院に電話を入れ2時から治療を受けた。
「ガキッとはきてないから大丈夫そう?」と私
「いや、しっかりきてるぞ」と院長

しばらくはKと皆様にご迷惑をおかけしますがご理解くださいませ。

それにしても凄い風雨となり、…
と、外を見ようとしたら腰が痛くて動けなくなった。

明日はガーデンや駐車場のコンディションが悪いと思います。
申し訳ありません。
 

あの夏のキャンプを覚えてますか? 2009年03月04日(水)

  これまで我が家を含めカフェ育ちの“優秀な”愛犬たちが宿泊したりお出かけしたペンションやホテル・カフェなどの情報は、一部口コミもあったがそのほとんどがゴールデン/ジェイのYさんが企画から取材・編集に関わった出版社から発行された書籍によるものだった。

そのYさんが昨年「会社を辞める」と突然言い出した時には「おいおい、このご時勢にそれはないだろ。大丈夫なの?」と不安を抱き、再考を促した。
私たちの心配をよそにYさんは2ヶ月の自由時間を過ごした後、先月から新しい職場でキャリアアップした仕事を始めている。

同じくゴールデン/ムーンとトムのKさんが勤める事業所が今回の経済不況で閉鎖されることになったものの、業績の良い部門で有能な派遣社員として働いていたKさんには、地域こそ違うもののほんの少し離れた同じ事業所で働いて欲しいという打診があったという。

「アイスバーンでスリップした車が田んぼにひっくり返っていたんだよ。そんな通勤コースは私運転できないよ。断ろうと思ってるんだ。」と言い始める。
「おいおい、このご時勢にそれはないだろう。大丈夫なの?」と不安を抱き、私は再考を促している。

レオンベルガーのジェニーとチワワのチビのHさんは、Kが話したスペイン乗馬学校にすっかり魅せられて数年前からオーストリアの虜になり、またもや先週から愛犬を私たちに託して4ヶ月ほどの予定で出かけていった。
「おいおい、このご時勢にそれはないだろう。大丈夫なの?」と不安はあるものの「元気でね」と見送るしかなかった。

さて、この3人の女性たち。
カフェで知り合い、意気投合して数年前の夏にカフェのガーデンにテントを張り、一晩を過ごさせて欲しいと願い出て、食べて飲んで喋り捲っていた連中だ。

あの晩、私たちを含めてバーベキューをし、酔った勢いで人生を語りあった。
当然、人生の先輩である私とKも話をしたと思うが、そのことが3人の女性たちを無謀な方向へと促したのなら無関係ではいられないという気持ちが起こるのを理解していただけると思う。

私とKにはそんなつもりはなかったけれど、ともかくあの夜に彼女たちが一歩を踏み出すきっかけを感じてしまったとしたらどう言い訳してよいか分からない。

今思うのは只ふたつ。
『何も3人揃ってはじけることはないだろ!』という無謀さへの不安と『面白そうじゃねえか』との変化の妙を見たいという身勝手な好奇心。

たぶん、もう一度冷静に考え、意見を述べあう場が必要なのだろう。
今年の夏、ガーデンにテントを張るべきかもしれない。
 

丁度良いって難しい 2009年03月03日(火)

  「ニッパチといって2月と8月がヒマな会社って多いんですよね」
先月ひなたの父さんがそう言ったのを聞いて『ほう、うちも世間並みなんだ』と感心していたが、よく考えてみると1年を通して大体がヒマな月を送っているカフェであった。

「やっぱり折り込みチラシを入れておけばよかったね…」
Kが言うとおりこの折り込みチラシというのは即効性があって広告費を充分に賄ってくれるだけでなく、新たな市場開拓に役立つのもカフェにおいては実証済みである。
だが、いつも私は二の足を踏む。
いろんな思いが入り混じってしまうのだ。

繁盛させるだけなら様々なタイプのアイデアや犬についての知識・技術的特徴をカフェは持っているけど、働く者がほどほどに忙しくそして楽しくてお客様にも喜ばれる“丁度良い”お店を作るのはとても難しいことだと思う。
根底には今のカフェの規模を変えるつもりは無いということもある。

まず、キャパを超えるとすべてが台無しになる不安がある。
・スタッフの顔がカフェから消え、キッチンとトリミング室に埋もれる不安
・Kの姿が見えなくなり、『疲れたよ』という声を聞く不安
・犬たちの管理と飼い主へのアドバイスが行き届かなくなり、トラブルが起きる不安
・近隣からの苦情が出る不安
・ゆっくりと世間話や愛犬相談を受けれなくなりカフェの特徴が消え行く不安

じゃあ、そんなことが過去に現実になったのか?とか、
そこまで繁盛してるカフェを一度でいいから見せてみろ!
などと言われたら顔を赤くするしかないし、起きてからでは遅すぎるというさらなる不安が昨今の経営状態に表れているのも現実である。

歯科の国家試験をKの息子が受験した。
どんなに合格点に達していても、ある問題だけは間違ってはならぬ踏んではならない地雷問題があるそうだ。
私にとってはこの課題がそういうことかもしれないと思った。

人生、儲けを考えるもよし。そこそこを探るもよし。
まあなんとか無借金経営を続けているしお客様のおかげで自己主張もできており、何と言っても幸せな今を大切にしていきたい。

微妙なやりとりの広告や口コミで“丁度良い”を探求していきたいと思っているので今後ともご理解とカフェのご利用をよろしくお願いいたします。
 


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