From the North Country

丁度良いって難しい 2009年03月03日(火)

  「ニッパチといって2月と8月がヒマな会社って多いんですよね」
先月ひなたの父さんがそう言ったのを聞いて『ほう、うちも世間並みなんだ』と感心していたが、よく考えてみると1年を通して大体がヒマな月を送っているカフェであった。

「やっぱり折り込みチラシを入れておけばよかったね…」
Kが言うとおりこの折り込みチラシというのは即効性があって広告費を充分に賄ってくれるだけでなく、新たな市場開拓に役立つのもカフェにおいては実証済みである。
だが、いつも私は二の足を踏む。
いろんな思いが入り混じってしまうのだ。

繁盛させるだけなら様々なタイプのアイデアや犬についての知識・技術的特徴をカフェは持っているけど、働く者がほどほどに忙しくそして楽しくてお客様にも喜ばれる“丁度良い”お店を作るのはとても難しいことだと思う。
根底には今のカフェの規模を変えるつもりは無いということもある。

まず、キャパを超えるとすべてが台無しになる不安がある。
・スタッフの顔がカフェから消え、キッチンとトリミング室に埋もれる不安
・Kの姿が見えなくなり、『疲れたよ』という声を聞く不安
・犬たちの管理と飼い主へのアドバイスが行き届かなくなり、トラブルが起きる不安
・近隣からの苦情が出る不安
・ゆっくりと世間話や愛犬相談を受けれなくなりカフェの特徴が消え行く不安

じゃあ、そんなことが過去に現実になったのか?とか、
そこまで繁盛してるカフェを一度でいいから見せてみろ!
などと言われたら顔を赤くするしかないし、起きてからでは遅すぎるというさらなる不安が昨今の経営状態に表れているのも現実である。

歯科の国家試験をKの息子が受験した。
どんなに合格点に達していても、ある問題だけは間違ってはならぬ踏んではならない地雷問題があるそうだ。
私にとってはこの課題がそういうことかもしれないと思った。

人生、儲けを考えるもよし。そこそこを探るもよし。
まあなんとか無借金経営を続けているしお客様のおかげで自己主張もできており、何と言っても幸せな今を大切にしていきたい。

微妙なやりとりの広告や口コミで“丁度良い”を探求していきたいと思っているので今後ともご理解とカフェのご利用をよろしくお願いいたします。
 

その先を考えて欲しい 2009年03月01日(日)

  日常の何気ない生活の中で私たちは必ずと言っていいほど愛犬の得意技を発見し有頂天になる。

1.二本足で立ち上がり両手を擦りつけるお願いポーズ
2.逆立ちするような姿勢でのマーキング(糞尿)
3.愛おしさを全身で表現するような擦り付け
4.ごはんやおやつを要求する発語
5.ボールやディスクに夢中になる姿とそれに伴うジャンプや爆走…等々

そして飼い主は先ず間違いなくその行動に驚きと喜びを感じて、それらの行動を強化する行動を起こすようになる。
犬にとってもそれは喜びであるから、さらに夢中に行動を繰り返す。

だが私は『のんびりと愛犬と暮らしたい』という思いに加えこれまでの経験から、予期せぬ愛犬の“得意技”が披瀝された次の瞬間には取捨選択を行い、取を選択したものについては程度の仕分けと利用できる行動への転用を考え、捨を選択した行動に対して徐々に消去するという回路が働くようにできている。

例えば上記
1.の場合は小型犬種によく見られる行動であるが、犬が積極的に行う場合には膝や腰にも悪いし、落ちつきのない性格を助長することにもなるので控えさせる。
『こんなこともできるよ』と地味に行う犬に対しては基礎訓練に応用することもある。

2.の場合は自分の犬なら絶対にその行動は消去する。
見た目には面白いし話題性もあるが…品が無い。
なによりその行動そのものが“ちゃんとしつけられてない証”のように思える。
ペンションに宿泊してもベッドでシッコしてしまうようなとんでもないイヌの代表格みたいに。

3.の場合については例えば純粋に気持ち良い草とか雪であれば『ゴロンゴロン』で受け入れることができるが、他犬の排泄痕やミミズなんかにもするような犬であれば“ブー!”であり徹底的にその行動を排除する。

4.については、とても興味深いし面白くもあるが私はこれを絶対的に排除する。
犬に言われて(せかされて)食事の準備をするのは真っ平だし、これを受け入れているとドッグカフェや宿泊施設に同伴させることなどできなくなる。

5.については程度とのバランスが非常に非常に重要だ。
物を投げる度にその行動は強化され、犬は本能と理性的な振る舞いの間を行ったり来たりするのだが、結局は本能が勝ち興奮が精神を支配する。
それだけで済めばまだいいが、肉体の一部に壊滅的なダメージを与えることを飼い主は知らねばならない。

愛犬が喜ぶし自分も楽しいからと考えもなく継続していると、飼い主の心もさることながら犬の身体はいつしか麻薬のように蝕まれて大きなダメージを受けてしまう。
ディスクドッグやボール投げに夢中になる飼い主の陰にどれだけの犬が障害を背負っているかを少しでも知ったほうが良く、『それは一部の犬において』という観念よりもっと上の確率を想像してみるべきだろう。

酒やタバコによる害も参考値だろうが、イラクやアフガニスタンでの米兵の致死率、大げさに言えばガザ地区でのパレスチナ人の生存率に匹敵するのではなかろうか。
飼い主が前米大統領や現イスラエル政権をどう評価しているかが問われているようなものだ、と言ったら誤解を受けそうだけど…。

半身不随になり飼い主には意に反した心の痛みと100万近い出費がありそんな中で懸命にリハビリを続ける身近な犬たちを見たものだから今夜は書いてみた。
 

セコムしてますか? 2009年02月28日(土)

  昨日(木)から6月16日までの期間限定ではあるが我が家にセコムが入った。

せっかくの定休日なので迷惑な側面もあったが、その設置と取扱説明それに注意事項をじっくりと伺った。
最近は地域に限らず物騒なことが多いのでしばらくは安全・安心が確保される。

このシステムは一般のものと違った特別仕様で、警報の感知が早いだけでなく、撃退、場合によっては捕捉能力を備えた優れものと聞いている。

ただ、誤作動が多くその点についての配慮が必要とのことだが、幸いにも警察や警備会社に自動通報する機能は備えていないから迷惑が及ぶのは我々だけらしい。

というわけで我が家にレオンベルガーのジェニーとチワワのチビの居候犬が戻ってきたので、皆さんよろしゅうお頼う申し上げます。

早速、今日は我が家5人で原始林を散策してきた。
なんとも最高の天気だし、まるで定休日のようにほとんど人に出会うことも無かった。
ヤマガラのオレンジ色が綺麗で、雪原のウサギとキツネの足跡に想像を膨らませた。

処分寸前までの月齢に成長し、社会化期がペットショップでの幽閉生活だったジェニーだが、飼い主であるHさんの努力で最低限の原語と人間社会での充分な生活習慣を身に付けるまでに進歩しているので、共に暮らすのは私たちにとっては楽しいものである。

おかげさまでセコムしてもらって今夜は里塚温泉で念入りに温泉ヨガができた。
心配してメールを下さった方もおられたが、私の気力と足腰は大丈夫。
あと1ヶ月先の春のはしりに向けて準備は出来ている。

朝の5時にKがジェニーにつっつかれ、その気配でチビが私のベッドで暴れるのももう少しの辛抱で解消されるはずだ。
その先には寝坊するほど静かな生活が待っている。

なーに、生活に変化がありそれに対応することが私たちのボケと老いに対する最大のセコムだと心得ている。
 

本当は、これがいけないんだな 2009年02月25日(水)

  結局今朝までのこの一週間(カフェ営業日の土〜水まで)毎日除雪だった。
皆さん大変お疲れ様でした。

除雪後の晴れ間をみてガロアラシ号の点検をしたらシャフトとオーガの片方のボルトが少し緩んでいたので締め直しておいた。
機械の点検・修理は注意さえすれば意外と容易なのに、人間のケアーはなかなかうまくできないものだ。

治療院に電話したら東京に出張中だとか、仕事の関係で病院に行く暇がないとか、結局シップを貼って数日後の自然治癒に期待することになってしまう。

今夜の私は1週間ぶりの里塚温泉で傷めた箇所をケアするつもりだったのだが、出かける直前になってWBC日本代表の強化試合が放送されるのを思い出し、Kに頭を下げてキャンセルした。
どっかのボルトが緩んだままの状態で過ごすことになったけど、
人間だからそのうちおいおいと治ってくれるだろうと、つまりはオイルならぬアルコールを注入するいつものパターンとなった。

そんな私自身は、首輪をつけられてリードでピピッと制御される対象であるはずなのに、実際は制御放棄の象徴である“身体にハーネスをつけ伸縮自在のフレキシブルリードを付けた犬”のように身勝手極まりない生活ができる状態となっている。

もっと自制せねば…。人間だもの

明日明後日(木・金)は定休日。
疲労回復のため、今夜はこれでおしまい。
どんなに雪が降っても除雪はしない。
 

削除すべきか? 2009年02月23日(月)

  今日こそは晴れの天気予報を信じていたが…

降雪量こそ少なかったものの除雪が必要なだけの雪が降り『今年の冬は意外と手強いかも』と、うず高く積まれ既に排雪の余地が少なくなった周囲を見てため息をついた。

さて、今日も何件かのしつけ相談があった。
それぞれに共通しているのが愛犬育ての方法における知識・情報の消化不良と、不思議なことに強迫観念に近い固定観念、それに弱さと言える優しさである。

知識・情報については本屋に行けば溢れんばかりの『犬育ての本』があり、多くの方がその何冊かに目を通しているはずなのにうまくいかない現実がある。
その理由のひとつに“犬をどう見るか”というのが挙げられよう。
極端な話をすれば、この熱帯魚を飼うには
・水槽の大きさはこれ位で
・水温はこの温度を維持し
・エサはこれくらい与え
・水の取替えは…
などという知識は犬の場合は二の次であってよいのであり
・成長度合いに応じてイヌはこのような行動をとり
・それぞれのイヌの気質や飼い主の接し方によってはこのようになり
・要するに犬は育つのではなく育てるものなんですよ
という意識をしっかり持つことが大切なのだ。
犬の餌を与える方法が分からず真剣に相談してくる飼い主などいないし、そんなことは途中でいくらでも改善できる。
むしろ悪質なブリーダーやペットショップに対してきちんとした給餌の責任を説く方が必要かもしれない。

強迫観念に近い固定観念とは
・生後4ヶ月まで犬は外に出してはいけないんですよね
・トイレはペットシートでさせるんですよね
・いけないことは叱ったりしないでおやつをうまく使ってしつけるんですよね
・犬同士の挨拶はこうさせるんですよね
・犬の気持ちを理解し、言い聞かせることが大切なんですよね
犬を知ることは大切だし、健康に気を配り、普通なら力関係で従属させる必要も無いけど、ワクチンによる免疫強化と同時期にある社会化期を無為にすることなく、『これからこの犬とこんな風に生活したい』と明確なスタンスを持ち、『そのためにこう育てる』という“自分で考える”ことがより大切なのだ。

それと愛情の履き違いについては、現代社会の日本人の生命観や子育ての倫理が犬育てにまで及んでいるようで空しい。
そもそも乳児は池に転落し、遊具の使い方を知らず、道路に飛び出すものである。
だから親や周囲の目が必要で、成長するにつれその危険性を教え、時に目をつぶって痛みを体験させることで危険認知と自己防衛意識が育まれるはずである。
だが、子供が悪人や動物などのようにこちらが意図せず相手から理不尽な危害を加えられるような場合には身体を張ってでも守る本能が大人には本来備わっているはず。
なのに例えば家族を噛んだ犬はしょぼんとさせられる程度の叱責で免罪され、人は血を流して痛みをこらえている。
なにもその犬を処分しろというのではない。
失禁しようが脱糞しようが目から恐怖による防御的攻撃性の光が失せ、罪の大きさと身の程を知らせる気概…

ちょっと飲み過ぎ書き過ぎか?

仔犬が柱を齧っているのと電気コードを齧っているのでは飼い主の反応は大違いのはず。
仮に育て方を誤り、成長した犬が『気に食わないから』と家族を噛むなどというあってはならないことが起きれば、犬には電気コード以上のしびれがあってもおかしくない。
相手が病気で無い限りは。
 

この冬の旅の記録に 2009年02月22日(日)

  マジッすか?
今日もまた午後まで降り続いた雪にくじけそうになった。
二日で10リッターのガソリンを食いつつも除雪機ガロアラシ号は頑張ってくれた。
東京からは『梅が咲き誇り来月には桜が満開でなんだか悪いね」とMダックス/キクちゃんの父さんからメールが届く。
なんとも歯がゆい一日だった。

さて先日定休日の二日目。
私たちはルスツからニセコへと移動した。
ランチの予約ができるワンちゃん専用ペンションへと向かったのである。

冬のニセコはわんこ連れにとって物足りない側面がある。
・定休日にいつもアモと通っている原始林のような、自然散策できるコースが無いこと。
・わんこと遊べるそれなりにでも除雪された自然のエリアが無いこと。
・室内でわんこ連れでお茶や食事ができるお店が知らされてないこと。

で、今回は辺り一面に広がる雪原でも遊べるように黒ラブ/クロのMさんから借りていたスノーシューを履いてみた。
とても快適だったが、他人の土地であろう雪原を無許可で歩き回ることの罪悪感が楽しさを半減させてしまい長くは遊べなかった。
公有地と思われる地域は車で近づくこともできない雪に覆われていた。

そんな中、昨年の7月にオーストラリア人などの宿泊客で一杯のヒラフ地区から移転し、周囲に迷惑がかからない環境の地でわんこ飼い主専用のペンションを仮オープンしているオーナーの心意気を知りたくてランチを予約し訪ねてみたのだ。

「年寄り二人なので量は少なめでお願いします」
ルスツでそれなりに食べた私たちだったから…
それでも出された料理を前に『食べきれるかなぁ』と思ったのだが、美味しくてペロリと平らげてしまった。

「客室をご覧になっていただけませんか?」
食後のコーヒーを飲んでる時にかけられたオーナーの優しい言葉が嬉しかった。

僅か3室ではあるが立派な客室と設備があり、広い敷地を有した未完成ながら夢のあるペンションだった。
昨年7月に建物は完成しているのに、外部のわんこスペースなど付帯環境が未だ納得できる整備ができていないらしく、“仮オープン”というオーナーの意図を察して名前は伏せておこう。

ともあれニセコの地に気軽に立ち寄れるポイントを得られたことが嬉しかったし、スノーシューで気儘にアモと歩き回れる場所にめぐり合えたのも収穫だった。

カフェのお客様のように、ちゃんと愛犬と暮らしておられる方にはご紹介いたしますのでご希望の方はお尋ね下さい。

さあ、愛犬アモとの旅は7月までしばらくお休み。
明日から仕事モードで頑張るぞ!
 

ルスツリゾート 2009年02月21日(土)

  ようやく冬の嵐が収まり、春へと向かう試練を一つ越した感がある。
『何事もないまま春がやってくるはずがない』と思いつつも、『ひょっとしたら温暖化の為に北海道も小雪で穏やかな冬の時代に入ったのかも』などの期待/不安があった。
雪に埋め尽くされたカフェ周辺を見て安堵する自分を感じ、『よし、もう一山越えれば春だな』と気を引き締めた。

さて、定休日の数日前『わんこと泊まれる宿』の新たな情報が入り、早速電話を入れて予約を取った。
そこはなんとルスツリゾート!
雑誌で紹介されてもいないし、HPを見ても目を凝らして探さなければ発見できないほど控え目にチラッと書いてあるだけなのであまり公にはしたくはなさそう。
だから今夜はこっそりご報告ということで…

ルスツリゾートには過去に何度か宿泊したが、わんこと泊まれるのは残念ながら?それともラッキー?、ホテルではなくコテージだった。

駐車場までホテルマンの方がお出迎えしてくれた。
そこからチェックインするフロントを抜けてゲレンデ横にコテージがあるとのこと。
「ロビー内では抱っこ……、できませんよねぇ」とアモを見ながらホテルマンはニコッとした。
「そうですねぇ…。でもご覧の通りちゃんとしてますから」と私。
すると胸元にある無線機を通じて何やらしゃべっておられる。
「大丈夫です。そのままお入り下さい」

私がチェックインの手続きをし、Kがアモとロビーで待っていた。
手続きを終えてホテルマンの方とコテージへ向かう時、また何やら胸元の無線機で喋っている。
そして「ホテル内はどこでもご自由にわんちゃんとご一緒下さって結構です。○○○ということで…」と仰ってくれたのだ。
○○○は秘密だが、アモをこんな時の為にちゃんとしつけただけじゃなくアモがラブの姿をしててよかった!

コテージまでの移動は私の膝では大変な作業だったが、風を感じるくらいすぐ脇をスキーヤーやボーダーが通り抜けサプライズの喜びがあった。

コテージは山荘と別荘を合わせたような爽快感があって素敵な間取りと内装を備えた空間だった。
足りないものは何もなかった。
ただ、「車から老眼鏡持ってきて、ホテルで食事して、それから温泉に入って帰りに買い物しよう」と、一度移動するだけで用足しができ、疲れないように作戦を立てる必要があった。

翌日はアモと広〜い広〜いホテル内を自由に移動し、お茶を飲み、駐車場のこれまた広〜い敷地で雪まみれにながら遊びこんだ。
家族水入らずの気楽な生活は翌日から7月まで無いことになっているものだから存分に楽しむことにした。

ルスツからニセコへと移動した話はまた明日にでも書こうと思っているが、今夜の膝腰の痛みは冬の嵐に対抗して日がな除雪を続けたせいだけでなく、あのコテージへの移動が疲労の蓄積を招いていると思われる。
 

社会貢献の芽生え 2009年02月18日(水)

  2月に入って1日中雪が降る日が3回もあった。
両膝がギシギシと油の切れた歯車みたいにきしむように重く違和感がある。
グルコサミンとコンドロイチンのおかげで痛みには至ってないが、このきしみには潤滑油のような響きのあるヒアルロンサンが役立つのかな?などとすっかりテレビショッピングの影響を受けている。

日中でもマイナス5度が続くとやはり消耗した膝にはこたえるものだ。
還暦を過ぎてなお現在も北海道盲導犬協会で嘱託職員として盲導犬の訓練を40年も続けているIさんの強靭さに感心すると共に、Iさんのマイペースな訓練方法を思い出してつい微笑んでしまった。
『継続こそ力なり』
Iさんは今もマイペースで座右の銘を守り、ここぞと踏ん張ったりした私は膝も痛めリタイヤしてしまった。

私の膝にピッタリの補助食品に出合ったらIさんにも送ってあげようと思っている。
だっていつまでも盲導犬の訓練させておかないと彼のマイペースが狂ってしまうから。

ところで、“去年亡くなった黒ラブ/レオ”の飼い主Kさんがついに今日カフェにやって来られた。
車には黒ラブが乗っている。
スタッフ一同ワクワクしながら見守っていた。

でもカフェに入ってきたのはKさんだけ。
「どうして入れないんですか?」と私。
「だって長崎さんの許可を得てないし…」とKさんは神妙である。

『盲導犬の繁殖犬である種オスは最高に優秀な犬だけど、交配が目的の犬だから不特定多数の犬が集まるカフェなんかに連れてきたらヒンシュクを買いますよ』
私は昨年そんな釘を刺した。
するとKさんは既に何度も考えたうえでのことのように「社会の役に立つ犬を飼いたいんだ」とハッキリした言葉で言われたのである。
それでも私は『レオのようにどこへでもというわけにはいかないし、種オスの大変さがあるのですよ』と追い討ちをかけつつKさんの優しさに心からの感銘を受けていた。

そして今日。
過去に私がKさんに何を言ったかは既に問題ではなくなった。
Kさんとボギー君との生活が始まっているのだ。
私だけでなくカフェの顧客それぞれがどう思おうとも全面的な応援をする同志となったのである。

「何を言ってるんですか。遠慮せず連れてきてください」と私。
Kさんは急にニコッとして「やっぱ違うもんな。本当に頭がいいんだよな」とボギー君をカフェに連れてきた。

物静かな黒ラブがカフェに入ってきた。
が、我が家の愛犬アモを見るなり…、乗っかろうと両手をかけた。
アモは『無礼者!』と一喝し『レオじゃない!こいつ何者だ!』と目を丸くしていた。

はてさて、今後どのような展開があるのか予想するだけで真顔になったり笑い顔になってしまう。

ボギーが産ませた仔犬を“マイペース”のIさんが訓練して盲導犬にまで育てられたら面白そうだ。
今後の経過に乞うご期待!
 

冬はたまに本州で暮らすのもいいよなぁ 2009年02月16日(月)

  やや酔いが冷めだした夜中の1時近くになってこの欄を書き始めると、2メートルほど先のベッドで丸くなってるトイプーのクロが『まだ寝ないんですか?』という目をしてため息をついている。
初めてのお泊りだった夕べは電気を消すとキューンキューンと数回鼻声を出していたくせに、今夜はもう『早く寝ろ!』かいな。

「2月に本州へ引っ越すのですがこのままじゃ心配で…」
そんな緊急の相談を受けてこれまで4〜5回程度のレッスンを行ったのだが、最初は拾い食いと聞く耳を持たないクロがすぐに変化を見せ、2回目のレッスンを終えた頃には「拾い食いは無くなって楽しく歩けるようになりました」と喜んでいただけた。
さらに3回目を終えた頃には「先日、よそのドッグカフェに行って来たんです。周りのワンちゃんはうるさくしてたのにクロは静かでとてもおりこうだったんですよ」との報告もあった。

悪い報告には耳を塞ぎ、良い結果にはニンマリする私であった。

で、引越し準備の今回のお泊りで感じたのは
・クロはいい子。どこでも誰とでもちゃんと暮らしていける
・でも、トイプーの特徴でもある飛びつきによる意思表示に応じすぎないで、活発な行動を控え目にするよう心がけることも飼い主には必要(飼い主は穏やかな普通の家庭犬を望んでおられるから)
・歩行中の『マテ』はできているが、室内や外でフリーの状態での『マテ』こそ意義あるものだから、いい加減にせず今後しっかり身に付けさせること
・室内小型犬はとりわけ人にべったりになる傾向があるので、それを予め踏まえて、たまに係留したり距離を置く習慣を飼い主の方が心がけるようにしておく

そんなアドバイスを飼い主にはしておこうと思っている。
数日後には雪が無く暖かい冬を過ごせるクロが羨ましい。
そうそう、北海道で育った全身黒のクロだから熱射病には特に注意を払うようにも伝えておかなければならない。

『もう、やってられないよ』とクロは爆酔状態に入っているから私も寝ることにしよう。
 

奇妙かも知れない私の快感 2009年02月14日(土)

  犬と本格的に付き合うようになって30数年。今でもわくわくドキドキする瞬間がある。
それは柵も何もない場所で犬を解き放した数秒後に見られる犬の反応である。

ここでいう犬とは勿論自分の犬ではなくお客様からの預かり犬。
だからフリーにするというのは、いつでも呼び戻してリードに繋ぐことができるそれなりの根拠というか必然性、あるいは『ダメでも何とかなる』という曖昧な自信が根底になければならない。

そもそも『預り犬をフリーにして』という依頼をされたわけでもなく、そんな危険を冒す必要もないのだが、何度も預っているわんこだと一緒に出かける機会が多くなり必然的に一緒に楽しみたくなる。
まるで我が家の愛犬のように。

でも、どんな犬でもというわけでなく、なんか『ピピット』心に響くわんこというのがいるのだ。
それは割と短期間で感じる場合もあれば、長い付き合いの中で相手が変化してサインを出してくる場合もある。

いずれにせよ『フリーにしてみるか』と感じてからさらに何日か過ぎてからのことになり、それは日々の散歩や柵のあるガーデンで私の呼びかけに対する犬の反応によって決断される。

Aコッカーのクリン、ラブラドールのバービー、ハスキーのチェス、レオンベルガーのジェニー、チワワのチビ・らむ……その数は枚挙にいとまはないが、最初の瞬間は私にとってのアドベンチャーであり、次に訪れる犬たちの適切な行動は私の快感へと変わっている。

そんなわけで先日は秋田犬のももちゃんを原始林で解き放した。
足の長いももはあっという間に50メートルを走り、100メートル後戻りしてさらに私たちに戻ってその楽しさを表現していたが、その間に様々な感情がももの態度に流れていたのを私は観察していた。
・ヤッホー!
・私、逃げたの?どうなっちゃたの?
・え?このままフリーでも大丈夫なの?許してもらえるの?
・あ、呼んでる。捕まえられちゃうの?でもあの人も楽しそう!
・イェーイ!そばに戻っても慌てて捕獲する様子もないし、私って許されてるんだ!
・あ、また呼んでる。今度はちょっと真剣みたい。
・なんだ、やっぱり嬉しそう。
・そうか、時々繋がれちゃうけど、走れそうな場所ではまた「いいよ」って放してくれるんだ。
・あ、また呼ばれてる。なにあれ?遠くに動くものがある。ちょっと警戒しちゃうな。
・そうか、なんかあった時には呼ばれて繋がれてみんなで安心を共有し、そしてまたフリーになれるんだ。
・私があれこれ警戒しなくても、あの人の指示に従ってれば楽しめるんだ。これって楽チンだよね。
・あ、今度は強く呼ばれてる。きっとまた何か特別な理由があるんだ。
・ああ、楽しかった。「おいで」ってこういうことだったんだね。でも、前からこんな風に教えてくれたら“おいで→逃げろ”と思わなかったのに。
・そういえば柵のあったガーデンでは結構厳しく『おいで』を命令されてたな。そうか!あれがなきゃ『おいで』の意味すら知らないことになっちゃってたな。
・今まで無頓着だったけど“人の言う言葉にはそれなりの意味があるってことなのかな”

このように犬たちの成長が目に見えるから私はしつけの項目に“フリー”を取り入れている。
素人はそれの失敗を積み重ねて痛い目に遭うから犬を繋ぎ続けるが、私はその前段階を積み重ねたうえでフリーにするから成功を導き出すことが出きているともいえる。

私の呼び戻しが通用せず、私自身が諦め、だからといって他人に迷惑をかけるわけでもなく無難に愉快に生きているシーズーのゴンタもいるから今夜の話は絶対的なことを書いているのではない。
多様な愛犬との暮らし方の一部に過ぎないことをお忘れなく。
 


- Web Diary ver 1.26 -