From the North Country

ルスツリゾート 2009年02月21日(土)

  ようやく冬の嵐が収まり、春へと向かう試練を一つ越した感がある。
『何事もないまま春がやってくるはずがない』と思いつつも、『ひょっとしたら温暖化の為に北海道も小雪で穏やかな冬の時代に入ったのかも』などの期待/不安があった。
雪に埋め尽くされたカフェ周辺を見て安堵する自分を感じ、『よし、もう一山越えれば春だな』と気を引き締めた。

さて、定休日の数日前『わんこと泊まれる宿』の新たな情報が入り、早速電話を入れて予約を取った。
そこはなんとルスツリゾート!
雑誌で紹介されてもいないし、HPを見ても目を凝らして探さなければ発見できないほど控え目にチラッと書いてあるだけなのであまり公にはしたくはなさそう。
だから今夜はこっそりご報告ということで…

ルスツリゾートには過去に何度か宿泊したが、わんこと泊まれるのは残念ながら?それともラッキー?、ホテルではなくコテージだった。

駐車場までホテルマンの方がお出迎えしてくれた。
そこからチェックインするフロントを抜けてゲレンデ横にコテージがあるとのこと。
「ロビー内では抱っこ……、できませんよねぇ」とアモを見ながらホテルマンはニコッとした。
「そうですねぇ…。でもご覧の通りちゃんとしてますから」と私。
すると胸元にある無線機を通じて何やらしゃべっておられる。
「大丈夫です。そのままお入り下さい」

私がチェックインの手続きをし、Kがアモとロビーで待っていた。
手続きを終えてホテルマンの方とコテージへ向かう時、また何やら胸元の無線機で喋っている。
そして「ホテル内はどこでもご自由にわんちゃんとご一緒下さって結構です。○○○ということで…」と仰ってくれたのだ。
○○○は秘密だが、アモをこんな時の為にちゃんとしつけただけじゃなくアモがラブの姿をしててよかった!

コテージまでの移動は私の膝では大変な作業だったが、風を感じるくらいすぐ脇をスキーヤーやボーダーが通り抜けサプライズの喜びがあった。

コテージは山荘と別荘を合わせたような爽快感があって素敵な間取りと内装を備えた空間だった。
足りないものは何もなかった。
ただ、「車から老眼鏡持ってきて、ホテルで食事して、それから温泉に入って帰りに買い物しよう」と、一度移動するだけで用足しができ、疲れないように作戦を立てる必要があった。

翌日はアモと広〜い広〜いホテル内を自由に移動し、お茶を飲み、駐車場のこれまた広〜い敷地で雪まみれにながら遊びこんだ。
家族水入らずの気楽な生活は翌日から7月まで無いことになっているものだから存分に楽しむことにした。

ルスツからニセコへと移動した話はまた明日にでも書こうと思っているが、今夜の膝腰の痛みは冬の嵐に対抗して日がな除雪を続けたせいだけでなく、あのコテージへの移動が疲労の蓄積を招いていると思われる。
 

社会貢献の芽生え 2009年02月18日(水)

  2月に入って1日中雪が降る日が3回もあった。
両膝がギシギシと油の切れた歯車みたいにきしむように重く違和感がある。
グルコサミンとコンドロイチンのおかげで痛みには至ってないが、このきしみには潤滑油のような響きのあるヒアルロンサンが役立つのかな?などとすっかりテレビショッピングの影響を受けている。

日中でもマイナス5度が続くとやはり消耗した膝にはこたえるものだ。
還暦を過ぎてなお現在も北海道盲導犬協会で嘱託職員として盲導犬の訓練を40年も続けているIさんの強靭さに感心すると共に、Iさんのマイペースな訓練方法を思い出してつい微笑んでしまった。
『継続こそ力なり』
Iさんは今もマイペースで座右の銘を守り、ここぞと踏ん張ったりした私は膝も痛めリタイヤしてしまった。

私の膝にピッタリの補助食品に出合ったらIさんにも送ってあげようと思っている。
だっていつまでも盲導犬の訓練させておかないと彼のマイペースが狂ってしまうから。

ところで、“去年亡くなった黒ラブ/レオ”の飼い主Kさんがついに今日カフェにやって来られた。
車には黒ラブが乗っている。
スタッフ一同ワクワクしながら見守っていた。

でもカフェに入ってきたのはKさんだけ。
「どうして入れないんですか?」と私。
「だって長崎さんの許可を得てないし…」とKさんは神妙である。

『盲導犬の繁殖犬である種オスは最高に優秀な犬だけど、交配が目的の犬だから不特定多数の犬が集まるカフェなんかに連れてきたらヒンシュクを買いますよ』
私は昨年そんな釘を刺した。
するとKさんは既に何度も考えたうえでのことのように「社会の役に立つ犬を飼いたいんだ」とハッキリした言葉で言われたのである。
それでも私は『レオのようにどこへでもというわけにはいかないし、種オスの大変さがあるのですよ』と追い討ちをかけつつKさんの優しさに心からの感銘を受けていた。

そして今日。
過去に私がKさんに何を言ったかは既に問題ではなくなった。
Kさんとボギー君との生活が始まっているのだ。
私だけでなくカフェの顧客それぞれがどう思おうとも全面的な応援をする同志となったのである。

「何を言ってるんですか。遠慮せず連れてきてください」と私。
Kさんは急にニコッとして「やっぱ違うもんな。本当に頭がいいんだよな」とボギー君をカフェに連れてきた。

物静かな黒ラブがカフェに入ってきた。
が、我が家の愛犬アモを見るなり…、乗っかろうと両手をかけた。
アモは『無礼者!』と一喝し『レオじゃない!こいつ何者だ!』と目を丸くしていた。

はてさて、今後どのような展開があるのか予想するだけで真顔になったり笑い顔になってしまう。

ボギーが産ませた仔犬を“マイペース”のIさんが訓練して盲導犬にまで育てられたら面白そうだ。
今後の経過に乞うご期待!
 

冬はたまに本州で暮らすのもいいよなぁ 2009年02月16日(月)

  やや酔いが冷めだした夜中の1時近くになってこの欄を書き始めると、2メートルほど先のベッドで丸くなってるトイプーのクロが『まだ寝ないんですか?』という目をしてため息をついている。
初めてのお泊りだった夕べは電気を消すとキューンキューンと数回鼻声を出していたくせに、今夜はもう『早く寝ろ!』かいな。

「2月に本州へ引っ越すのですがこのままじゃ心配で…」
そんな緊急の相談を受けてこれまで4〜5回程度のレッスンを行ったのだが、最初は拾い食いと聞く耳を持たないクロがすぐに変化を見せ、2回目のレッスンを終えた頃には「拾い食いは無くなって楽しく歩けるようになりました」と喜んでいただけた。
さらに3回目を終えた頃には「先日、よそのドッグカフェに行って来たんです。周りのワンちゃんはうるさくしてたのにクロは静かでとてもおりこうだったんですよ」との報告もあった。

悪い報告には耳を塞ぎ、良い結果にはニンマリする私であった。

で、引越し準備の今回のお泊りで感じたのは
・クロはいい子。どこでも誰とでもちゃんと暮らしていける
・でも、トイプーの特徴でもある飛びつきによる意思表示に応じすぎないで、活発な行動を控え目にするよう心がけることも飼い主には必要(飼い主は穏やかな普通の家庭犬を望んでおられるから)
・歩行中の『マテ』はできているが、室内や外でフリーの状態での『マテ』こそ意義あるものだから、いい加減にせず今後しっかり身に付けさせること
・室内小型犬はとりわけ人にべったりになる傾向があるので、それを予め踏まえて、たまに係留したり距離を置く習慣を飼い主の方が心がけるようにしておく

そんなアドバイスを飼い主にはしておこうと思っている。
数日後には雪が無く暖かい冬を過ごせるクロが羨ましい。
そうそう、北海道で育った全身黒のクロだから熱射病には特に注意を払うようにも伝えておかなければならない。

『もう、やってられないよ』とクロは爆酔状態に入っているから私も寝ることにしよう。
 

奇妙かも知れない私の快感 2009年02月14日(土)

  犬と本格的に付き合うようになって30数年。今でもわくわくドキドキする瞬間がある。
それは柵も何もない場所で犬を解き放した数秒後に見られる犬の反応である。

ここでいう犬とは勿論自分の犬ではなくお客様からの預かり犬。
だからフリーにするというのは、いつでも呼び戻してリードに繋ぐことができるそれなりの根拠というか必然性、あるいは『ダメでも何とかなる』という曖昧な自信が根底になければならない。

そもそも『預り犬をフリーにして』という依頼をされたわけでもなく、そんな危険を冒す必要もないのだが、何度も預っているわんこだと一緒に出かける機会が多くなり必然的に一緒に楽しみたくなる。
まるで我が家の愛犬のように。

でも、どんな犬でもというわけでなく、なんか『ピピット』心に響くわんこというのがいるのだ。
それは割と短期間で感じる場合もあれば、長い付き合いの中で相手が変化してサインを出してくる場合もある。

いずれにせよ『フリーにしてみるか』と感じてからさらに何日か過ぎてからのことになり、それは日々の散歩や柵のあるガーデンで私の呼びかけに対する犬の反応によって決断される。

Aコッカーのクリン、ラブラドールのバービー、ハスキーのチェス、レオンベルガーのジェニー、チワワのチビ・らむ……その数は枚挙にいとまはないが、最初の瞬間は私にとってのアドベンチャーであり、次に訪れる犬たちの適切な行動は私の快感へと変わっている。

そんなわけで先日は秋田犬のももちゃんを原始林で解き放した。
足の長いももはあっという間に50メートルを走り、100メートル後戻りしてさらに私たちに戻ってその楽しさを表現していたが、その間に様々な感情がももの態度に流れていたのを私は観察していた。
・ヤッホー!
・私、逃げたの?どうなっちゃたの?
・え?このままフリーでも大丈夫なの?許してもらえるの?
・あ、呼んでる。捕まえられちゃうの?でもあの人も楽しそう!
・イェーイ!そばに戻っても慌てて捕獲する様子もないし、私って許されてるんだ!
・あ、また呼んでる。今度はちょっと真剣みたい。
・なんだ、やっぱり嬉しそう。
・そうか、時々繋がれちゃうけど、走れそうな場所ではまた「いいよ」って放してくれるんだ。
・あ、また呼ばれてる。なにあれ?遠くに動くものがある。ちょっと警戒しちゃうな。
・そうか、なんかあった時には呼ばれて繋がれてみんなで安心を共有し、そしてまたフリーになれるんだ。
・私があれこれ警戒しなくても、あの人の指示に従ってれば楽しめるんだ。これって楽チンだよね。
・あ、今度は強く呼ばれてる。きっとまた何か特別な理由があるんだ。
・ああ、楽しかった。「おいで」ってこういうことだったんだね。でも、前からこんな風に教えてくれたら“おいで→逃げろ”と思わなかったのに。
・そういえば柵のあったガーデンでは結構厳しく『おいで』を命令されてたな。そうか!あれがなきゃ『おいで』の意味すら知らないことになっちゃってたな。
・今まで無頓着だったけど“人の言う言葉にはそれなりの意味があるってことなのかな”

このように犬たちの成長が目に見えるから私はしつけの項目に“フリー”を取り入れている。
素人はそれの失敗を積み重ねて痛い目に遭うから犬を繋ぎ続けるが、私はその前段階を積み重ねたうえでフリーにするから成功を導き出すことが出きているともいえる。

私の呼び戻しが通用せず、私自身が諦め、だからといって他人に迷惑をかけるわけでもなく無難に愉快に生きているシーズーのゴンタもいるから今夜の話は絶対的なことを書いているのではない。
多様な愛犬との暮らし方の一部に過ぎないことをお忘れなく。
 

お客様カード 2009年02月10日(火)

  月明かりに照らし出された夜更けのガーデンが青く輝いて幻想的だった。
人工的な照明は無しにしてアモのトイレを済ませ、静寂の中で冷たい空気を一杯に吸い込んだ。
明日の朝は随分と冷え込みそうだ。

さて、カフェではこれまでの5年間、初めてご来店される方に『お客様カード』なるものをお渡ししてワンちゃん情報などを記入していただいていた。
それを6年目に入った昨年末からぷつりとやめたのは、最初からちょっとした抵抗感があったからだ。
だって“ちょっと立ち寄ったカフェで個人情報を書かされるのは不快”と誰だって(?)感じますよね。

そもそも『お客様カード』を書いていただこうと考えたのにはいくつかの理由があった。
1.飼い主とワンちゃんの特徴をカードの余白にメモって、次の来店時に声をかけやすくするため。
2.『常連の方には情報発信や年賀状でのご挨拶ができればいいな』と考えてのこと
3.『どんな犬種が来店したとか、名前の傾向はどうなのか』といった情報収集
4.去勢してるか未去勢かで他犬との関わりや排泄行動に配慮するため
5.これは大変失礼なのだが、『万が一他犬とのトラブルや犬の放置があった場合でも連絡が取れるように』という自衛的発想であった。
すべては店側の都合によるもので、5以外は確かに役に立った。
否、5だって無言の抑止力になっていたかも知れない。

その後、犬情報だけにして飼い主情報は自由記入にするなど配慮を重ねたが、ともあれ6年目からカード自体に記入していただくのをやめた。

それから3ヶ月程度が過ぎて感じることは
『不便だよね、だって分かんないもん』ということである。
新規のお客様がその後繰り返し来店されても、記憶だけが頼りになってサービスというか配慮が行き届かないし、相手の方が「こんにちわ」と親しくされても記憶力が絶望的な私は愛想笑いで戸惑うしかないのである。
それほど我がカフェはリピーターに支えられているということに気づかされる。

で、無い知恵を絞った。
『よろしければご記入下さい』とメモを添えてメニューに挟み込むことにした。
カフェ側の都合だけでなくお客様の意思を反映させることにしてみた。
常識で考えれば最初からそうすべきだったのに、ドッグカフェ経営という初めての世界に飛び込む不安と意気込みが『お客様カード』を産み、それを変えるのに5年もかかってしまったのである。

「へー!鹿児島からですか」
「ええ、愛犬との北海道旅行なんですが、HPを見て是非ここへ寄ってみたいと思いまして…」
カードを書いていただくことでそんな会話が弾むこともあった。
でもまあ、これからは『よろしくね』との挨拶代わりのつもりで『お客様カード』があることをお知らせする程度に留めようと思う。
何回か訪ねていただいた後に『書いておこうかな』なんて思っていただけても嬉しい。

ちょっと追記するなら
・法律で決められてもいないし、ひょっとしたら害の方が多いかも知れない『1年以内のワクチン接種証明書』を提示する必要など全くありません。
ワクチンに関してあなたの愛犬はあなた自身の知識と考えで護ってあげればいいのです。
 

春までなんぼ 2009年02月08日(日)

  いゃいやいゃいや、降ってますね。
ふざけてんじゃないのか!って叫びたくなるような気まぐれな雪が昨日から止んでは降り止んでは降りしている。

「今日は臨時休業にしようか」
朝の除雪もできない吹雪が続き、本気でそんな風に話していたら開店前には急に青空になって“お客様ご来店”となり、ウソのように晴れた午前中を過ぎると午後からはまたずっと雪が降り続いた。

「今日の雪もこれで終わりだべ」と、閉店後の散歩を終えてから降り続いた雪をガロアラシ号で飛ばし終えたのは夜の7時を過ぎていた。

「ぐゃぁ〜!」(あ、に濁点)
夕食を食べ終えてふと外を見ると再び横殴りの嵐になって、景色は除雪前の姿に戻っていた。

さらに今しがた外を見ると綺麗な星空が輝いていたので、一旦この欄を書くのをやめて除雪しようと外に出たら猛吹雪に変わっていて引き返してきたところだ。

“混沌”という言葉がすんなり当てはまる今の時代を象徴しているような天候である。

いまひとつわんこの話題に欠ける日々が続いているが、手首から足先に至るまで満身創痍の状態で『春まであと2ヶ月弱』と踏ん張っている。
 

変化と原点(原点を知ってこそ変化あり) 2009年02月06日(金)

  定休日初日の昨日は札幌雪祭りの初日に出かけてみた。
目的は芦別名物のガタタン(含多湯:具沢山の塩味スープ)と子豚の丸焼き。
ガタタンはKと私があったまるためで、子豚は塩胡椒抜きでのアモ用である。

生憎の雨に近い雪にも関わらず、会場はインターナショナルな混みよう。
ガタタンを二人でフーフーやりながら食べ、子豚それに牛肉のサイコロカットをアモにプレゼントしたが総合的に感動はいまひとつ。

あんな雪祭りってないよな。
30年前からを知ってる人間にしてみれば今年の雪像を前に“国際的なイベント”と言われたら顔が赤くなってしまった。
どっかその辺の公園で、雪像作りに秀でた人たちが面白半分に作ったパフォーマンスみたい。

昔は『すげぇー!これなら世界相手にも自慢できるよなぁー』っていう圧倒される雪像があちこちにあったのに、今年のそれは見物している私たちが、誰に対してなのか申し訳なく恥ずかしく思えてしまった。

今年はこれまで制作に関わった自衛隊もほとんど撤退し、スポンサーの資金力も弱体し、かろうじて体裁を整えるのが精一杯だったのだろう。
主催者の苦労と無念さが表面化しないことだけが来年への期待と感じられて切ない。

夜のイルミネーションがロマンティックだけど、あれなら神戸でも横浜でも簡単にできてしまい札幌が輝かない。
国際的になる前の雪祭りはお金がない時代でも市民が楽しみ、中学生が主体になって想像力を形に表現するエネルギーに満ちていたという。

今の時代は娯楽が溢れ滅多なことで人々は感動しなくなっている。
だがそんな情勢に左右されるような基準で雪祭りの衰退を嘆いているのではなく、純粋に『あれじゃいかん』と感じている市民は多いと思う。

200万人の来場による経済効果は大きいだろうけど、それはこれまでの遺産によってもたらされたもので、今年の失敗が来年以降に影を落としてしまわないかと心配している。

言葉が通じなくても、期待通りの天候にならなくても、見るものを圧倒する世界に誘うような感動を与えるのが雪祭りだったと私のDNAは記憶している。

いつも誰しも心に留め置かなくてはならないこと。
それは『原点を忘れない』ことじゃないかな。
 

所変われば 2009年02月03日(火)

  正月のおせち料理から葬式に至るまで地方によって様々な習わしがあって、戸惑うことがあれば『なるほどな』と唸らされることもある。

今日は節分。
札幌では落花生を撒いて鬼退治をし福を招き入れる。
大豆でもピーナッツでもなく落花生というところに道産子の合理主義が伺われる。
撒いた後に拾い集めやすいし、大きさからして見逃すこともない。
何より殻を剥いて食べるから衛生的である。

北海道は道外各地からの移住・入植者を先祖に持つことが多いから様々な風習が今でも地域に残っている。
だが地域は違えど100数十年の間、開拓という苦労を共有してきた先人たちは、苦境の中でも過去の風習に囚われることなく、新たな方法を『やってみればいいっしょ』という観念で切り開いてきた。
ただの落花生なのに何故か私にはその象徴のように思える。
今は都会になった札幌では、他人をおおらかに受け入れる気質がかなり低下してしまった面もあるが、落花生を撒くたびに『風習に囚われない道民気質』を感じるのだ。

風習と言えば、盲導犬事業にとって北海道は恵まれていた。
今ほどではないが30年以上前から犬を室内飼育するという習慣があって、繁殖犬や仔犬を育てるボランティアがたくさんおられたのだ。
本州の協会はその面で苦労が多く、最近でも玄関先や庭で一日の多くを過ごす犬がいるようだ。
『いずれ犬の室内飼育が当たり前になるようになる』とマスコミの取材で当時答えていたのを思い出す。

25年ほど前、秋田県に初めての盲導犬を送り出すことになった。
「この犬があなたの盲導犬で、名前はリュウと言います」
私の説明に使用者のSさんが驚いたように言った。
「へー、犬に名前があるんきゃ!」
今度は私が驚いた。
「へー、Sさんの村では犬をどう呼ぶの?」
「○○んところのイヌとか屋号を付けて言う」

所変わればいろいろですなぁ。
 

毅然と叱れる飼い主でいいんですよ 2009年02月01日(日)

  冬の嵐で始まった2月。
氷の上に積もった雪はまるで落とし穴をカムフラージュする枯葉のように私を惑わせ、何度も転びそうになりながらも、改めて犬のしつけのことを考えていた。
改めて考えるのはもう何千回を超えているのだろうに…

そしてやはり残念ながらというべきなのか、現在の私にはしつけの“究極”は今流行の『褒めてしつける』ではなく『絶対的なノー!は絶対に教えておくべき』という結論しか見いだせなかった。

これは勿論『犬とどういう暮らし方をしたいのか』の前提によって変わるのだが、私たちのように世間と同化して『普通に社会参加する家庭犬』を目指すものにおいては、どう考えても『こら!』という言葉の重さを愛犬に知らしめておかなければならないということである。

トイレのしつけや歩行の訓練、スワレ・フセ・マテなどを教える際に『ノー』が必要なのではなく、もっと違った生活場面においての必要性を述べているつもりだ。
でもだからといって遠い世界の話でもなく、身近なところでは1歳にもなった犬がゴミ箱を漁るとか、うんちを食べるとかに端を発している問題のことでもある。

例えば犬の食糞の原因には
・寄生虫がいるとか
・腸内細菌の不具合とか
・ビタミンバランスが悪いとか
いろいろ言われているが、室内生活で普通の食事を与えているならそんな可能性は限りなくゼロに近い。

食べてみたら『何らかの快を得られ、習慣化する』のが実態である。
『冗談じゃない。そんなのは絶対ダメだ!』
そんなところから犬に対する『ノー!』が本来始まるのである。
『出したての尿は綺麗なものでそれで命を繋ぐこともできるんだよ』
そんなサバイバルな話をしているのではない。

犬とはいろんな振る舞いをする動物でありそれは人間も同じだ。
成長する環境に合わせて様々な取捨選択を行いながら命を繋いでいるのだが、『それはダメ』と犬に対して人間は専制君主として君臨できる。
君主の『ダメ』によって犬は行動を自省し以後の行動に生かしていくことができる。
それは多くの場合、犬の命を守ることに繋がっている。
・毒物接種や電気コードから守り
・逃亡や道路への突然の飛び出しを防ぎ
・人を噛むなど反社会的行為による排除命令から守るなど
犬自身が知らない様々な状況から飼い主が愛犬を守る結果へと通じる。

ああ相当な酔いがまわってきた。

あとは飼い主の問題。
ダメよダメよは良いの内。そんな風になってしまうのは人間らしいが、本当にダメなときは血相を変えるか『ダメ』『イケナイ』『ノー』の言葉によって『注意』『警告』『処罰』というような処分のレベル設定という手段もある。

今日のようなスケートリンク状の道路は犬も経験済みで慎重に歩くし、少しでも歩きやすい場所を探してコース取りをしている。
こうすればこうなるという必然を理解しているのだ。
そしてたまにその基本を忘れてはしゃぐとスッテンコロリンと転ばされる。
『ノー』とはそんな妥協のない摂理をわが子に伝える親の責任でもある。
命を護るために。共に暮らすために。
 

リフレッシュはいつでも何度でもうれしい 2009年01月30日(金)

  3連休を利用して温泉三昧でリフレッシュしてきた。
臨時休業の水曜日にご来店された方、申し訳ありませんでした。

27日(火):カフェの閉店後、アモとの散歩を終えて里塚温泉直行
3時間たっぷりのんびり
28日(水):洞爺湖温泉山水ホテル和風(かふう)
入浴4回どっぷりまったり
29日(木):定山渓温泉ぬくもりの宿ふる川
入浴3回くつろぎほのぼのすっきり
30日(金):昼頃帰宅しKは明日からの準備、私とアモは原始林

と、まあそんな流れだった。

いつものことだが、とにかく何もしない旅。
天候に恵まれたから3人で洞爺湖畔や温泉街をのんびり散歩する。
ただそれだけ。
あとは宿にひきこもりそれぞれが自由に過ごした。

今回初めて泊まったふる川はそんなスタイルを好む私たちにピッタリの宿だった。
広いロビーのあるホテルもいいけど、そのスペースを個性的でやすらぎを感じさせる空間に仕切り、宿泊客に自由に使わせてくれるのは“宿”ならではのおもてなしだと感じた。
どうせ足元で横になるだけのアモの同伴が客室とロビーだけでなくそんな空間でも許されるなら虜になりそうな宿だった。

これもまたいつものことなのだがKの人柄というかコミュニケーション能力の賜物なのか、すぐに誰かと知り合いになりいろんな話を収集して私に教えてくれるし、次に会った時には友達のように会話をして私を紹介する。

洞爺湖のホテルでは88歳のオーナーと温泉で話し込み、部屋に戻ったときにはのぼせてしまっていたが、その情報収集量はこの女性の半生以上に及び、翌朝チェックアウトの時にはさらにまたロビーで話し込むことになった。
いくらオーナーといえど、88歳の女性が立ったままでの話をソファーに腰掛けた私たちが聞くのは忍びなかったが「いいの。このほうが楽だから」との言葉に、つい長話になってしまった。

30分ほどして『ええ加減にせいよ』というアモの寝返りで私たちは話を切り上げホテルを出たが、結核を20年も患いながら7室から始めた宿を今日のような立派なホテルに育て上げた犬好きな88歳のオーナーの人生をたっぷり聞かせていただくことができた。

翌日のふる川では私が温泉に入っている間にKは担当の仲居さんとすっかり仲良くなり、この女性も「アモちゃんは本当におりこうだねぇ」と撫ぜながら夜食のおにぎりをサービスしてくれた。
「3階にも毛の長い小さいわんこが泊まってるんだけど、吠えて吠えてうるさいのよね」って余計な話までしていた。

チェックアウトで部屋を出るときKが「ボールペン」と尋ね、「テーブルの上」と私が言った。
Kはテーブルにある宿のアンケート用紙のお部屋担当係の欄に100点と書いてニコッとした。

のんびりまったりとクリスマス以来の疲れを癒す旅で、私は人との関わりを敬遠しがちだったが、Kがいろんな人と話をして笑顔になる場面に触れながら『そんなくつろぎ方もあるのだな』とふと思い、チェックアウトの時間に出勤してきた昨夜の仲居さんが最後までお見送りしてくださり、気持ちはさらに爽快になった。

同時刻にチェックアウトしたシーズー2匹を連れた中年男女がいた。
会話することもなくそそくさと駐車場に向かっていた。
「なんかあの奥さん疲れたような顔してたね」
Kのそんな一言が昨夜からを物語っているようでちょっと気になった。
 


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