From the North Country

身近な自然を憂う 2008年12月12日(金)

  定休日の昨日11日、久しぶりにレクの森に出かけると、間伐作業でもやっていたのだろうかその山道はトラックやキャタピラ付きの車両が通行した痕跡でドロドロになっていた。

がっかりしたがすっかりその気になっているアモとジェニーに『帰ろう』とは言えず、僅かに残っている雪の上をしばらく歩き続けた。

途中から森の中に分け入る散策コースがあったので入っていった。
道幅は60センチほどで笹薮を切り開くように続き、落葉の上に薄く積もった雪が心地よい感触だった。

10メートルほど先を歩いていたアモが突然何かを発見して駆け出すと、右手の笹薮が数秒カサカサと揺れた。
キタキツネだったのだろう。
森の中を歩くと小動物の気配を感じアモはワクワクしながら尾を振る。
一方のジェニーは私の後ろについて歩き、私が道を譲ると一旦は駆け出すもののすぐに戻ってまた後ろを歩く。

しばらくするとアモが再び笹薮に飛び込んだ。
次の瞬間、木を駆け上がるように見えた黒い物体が目に入った。
エゾリスかな?と見上げた私は「おっ」と一瞬息を呑んだ。
それは見事なクマゲラだった。
40センチほどでカラスより一回り小さく全身が黒く額から後頭部にかけてだけが見事に赤いオスのクマゲラだった。

そんなに警戒心は強く無さそうで、下から見上げる私と愛犬2頭の存在を知っているのに10分ほども私たちから離れなかった。
こんなに間近でじっくりと野生のクマゲラを見たのは初めてのことだと思う。
数メートル先のトドマツに飛び移っては『クィーーーン』とラッパ型のホイッスルのような鳴き声を上げて私たちを誘っているようだった。
何故かこの森でいつもついてくるカラスもエスコートしていた。

遠くへ飛び立つ時の声を聞いて「はぁーん。あの声がクマゲラの声だったのか」と過去に何度も遠くで聞いていた鳴き声を思い出した。

定休日二日目の今日は大いなる期待を持って原始林へ出かけた。
昨日から降った雪と落葉した木々が水墨画のような見事な景観を醸しだしていた。
アモもジェニーも泥まみれになることもなかった。
が、見渡すとここの散策路は幅も広く、それなりに整備されていることに気づいた。
シジュウカラやアカゲラはたくさんいるがレクの森のような笹薮を歩く雰囲気とは違う。
キツネを見かけることもあるが、それは突然でもないのでアモも耳を立てて眺める程度だ。

そういえば昨年、レクの森(実際は立ち入り禁止の原始林まで迷い込んだ)で私とKが(結果的に)楽しい遭難気分を味わった際には、無事道路に出た時に自分たちが彷徨った山を見るとエゾシカの群れが駆けていたのを思い出す。

昨日クマゲラに出会い、去年エゾシカの群れを見たあの狭い森にトラックやキャタピラの生々しい跡が残っていたのだ。
今これを書きながら震えるような想いが身体を支配しているのを感じている。
 

場違いな意思表示でごめんなさい 2008年12月09日(火)

  20年程前のある時『どこかおかしいよな』と感じていたことが、現実に社会をおかしくしてしまっている。

まずは欧米感覚の『能力・成果主義』
その頃の私は実力的にも充実していたから恐れはしなかったが、『そりゃないだろう。』と感じていた。
年功序列と給与体系の見直しは確かに必要だったとは思う。
だが、時代が大きな変化をもたらしたとはいえ、先代を築き上げてきた先輩たちをないがしろにして窓際族に追いやるとかの能力評価には大いなる反感を感じていた。

会社における給与体系は、若造が自分だけで獲得したと自惚れている利益の正当配分という短絡的な能力主義でなく、実践・経験を踏まえた中で培われた人間と、その時期に同期する子育てや人生設計における年代に対して手厚く賄われるものであり、さらに言うなら、子育てを終えた世代には就業は保障しつつ給与は下がるのがまともな体系であろうと思っていた。

そういう意味で、年を重ねるたび役職が変わり給与が上がる制度はおかしかったと思うし、能力・成果主義だけで人生を振り回され躍起にならざるを得ない社会もおかしいと思った。

次に変と感じたのが『前年同月比』という尺度というか観念。
何故その数字は伸びなければならないのか?
しかもここ20数年に限って特に。

私は大学で経済学を学んできたが資本主義社会の根幹が『成長し続けること』にあるとはどうしても思えなかった。
だから個人消費とか株式投資とか政府が奨励してきた政策施策には懐疑的な立場をとっている。

不相応な文明を享受するより、身近な文化に目を向けて応分の人生を送りたい、というのが願いだ。

若者が夢を抱き、経済的な問題を抱えて断念する者もいれば突き進み幸運に恵まれる者もいる。
何が良いとか悪いとかの話ではなく、やってみるだけの意気込みを表現でき、その結果としての責任を補える繋がりのある社会であって欲しいと思う。
 

おりこうさん症候群 2008年12月08日(月)

  2頭のポメラニアンをお預かりしている。
どちらも同じ家庭で暮らしているわんこだ。

先輩犬のココは家族の優しさに育まれつつも、様々な失敗や問題事を繰り返した挙句、家庭内でのルールをしっかり教えられてきたと思われる振る舞いをしている。
一方、後輩犬のリリーはココの行動を観察し、物まねをすることで褒められ可愛がられて育ってきたのだろう。

両者には結果として大きな違いが生じていた。

ココは人間を観察する能力に優れているのに対し、リリーはココを観察することに基点を置き人間は二の次になってしまっていたのだ。

例えば今回のように見知らぬ場所に宿泊した時、ココは私が排泄を促しているのを察して排泄するが、リリーは私の言葉に意味があることすら考えようともせず、ココがどんな振る舞いをするのかを観察し、“ココが排泄したからそこに排泄する”行動をとっているだけだった。

リリーは可愛いけど残念ながら犬属のイヌとして育っていた。

飼い主が陥りやすい『多頭飼い』における犬育ての典型的な失敗例だと思う。
つまりこの欄で何度か提起した、2頭目以降の『おりこうさん症候群』の患者となっているのだ。

飼い主は、一頭目であれだけ苦労した排泄のしつけが2頭目ではすんなりとできたかのような錯覚を起こし、散歩も仲良くできているように思い込んでしまう。
『今度の犬はおりこうさんね』と。
実はそれが人間社会の犬ではなく、イヌ社会のイヌの振る舞いであることを知らずに…

そして愛犬が成長すると、自宅や散歩中に排他的な吠え方をするようになり、よくよく観察してみると後輩犬は自発的な思考に基づいた行動ではなく、先輩犬を絶えず気にした振る舞いを行っていることに気づくことになる。

まあ、今回のお泊りではその習性を私は利用させてもらった。
つまり、人間の言葉が分かるココはさっさと排泄を済ませると、ガーデンからカフェに入りたがった。
リリーはまだ排泄してないのにココに続こうと後を追って結局いつまでも排泄ができない。

そこでココをリードで繋ぎ、排泄をした後もその付近から離れないようにした。
すると、それまでどんな言葉をかけても反応しなかったリリーがココの痕跡に排泄をするのだった。

犬をイヌとして扱うことも商売柄必要な時もある。
だけど心は寂しいものだ。
『はい、シッコしなさい。そうそう、ベンベンもね。よーし偉かったね』
そんな言葉すら通じない愛犬との暮らしは私たちにはとても切なく感じてしまう。
 

一旦チャラにする 2008年12月07日(日)

  『もうこのまま根雪かなぁ?』
雪が降り、気温もマイナスの日が続くとそんな風に思ってしまうのだが、数日後には突然プラス10度近くになって雪が解けてしまう。
そんな繰り返しが12月に入ってからも続いている。
昨日今日の僅かな積雪と厳しい寒さも明後日からの暖気でまたチャラになるそうだ。

さて、昨日からお泊りのMダックス/ちょこちゃん。
男の子だが、控え目で犬が苦手で『どうぞお構いなく』の典型的なわんこだ。

お母さんと既に立派に成長された姉妹の3人で時々カフェを訪ねてくださっていたのだが、「娘が結婚することになりまして、内地での式のために2日ほど預っていただけませんか」とのこと。

話を伺うと、ちょこはその娘さんが飼い始めた犬だったのに「結局はこうやって親が面倒をみることになるんですよね」と、こぼしておられたが表情は満更でもなさそうだった。(世の子供たちよ。自分が子供であるうちに犬の一生をみよ。大人の手前あたりから興味本位で犬を飼うなら、人生設計の軸を“with dog”に置けよ)

だが、問題は他にあった。
優しいお母さんと暮らすようになったのはいいが、気の弱いちょこは頼りになる存在(長女)と別れたため散歩に出ると他犬を見ては不安にかられて吠えてばかりになったそうだ。

お泊りの昨日と今日の夕方、ちょこと歩いてみた。
昨日はカフェを出た途端、散歩中のわんこと出会い頭で驚いて一声吠えたが、一度の制御で黙々と歩き始め、今日は他犬を見ても『どうぞ、お構いなく』と無視を決め込んで最後までちゃんと歩いていた。

散歩中に愛犬が吠えて困っている皆さん。
あなたは肝心な時には愛犬から頼りにされていないのかも知れませんね。

「もう、今となってはどうしようもないですよね」
と、お母さんは嘆いておられたが「犬の問題ではなく、飼い主の意識と対応が変われるかにかかっているのだと思います」と私は答えた。

今夜の教訓。
1.『もうこのまま根雪だ』と思っていても意外とそうではないことはあるもの。
2.相手の変化を望むなら、自らを変えるという方法もある。

おやすみなさい。
 

久しぶりの釣り 2008年12月05日(金)

  昨日の定休日、Kにわがままを言って久しぶりの釣りに出かけてきた。
大きな変化が二つあった。

ひとつは、私のお気に入りの釣り場は昔は土日でも悠々と入釣することができた穴場だったのに、昨日は平日にも関わらず釣り人だらけだったことだ。

そう、その釣り人は定年退職した団塊の世代のおやじたち。
『いつかはきっと平日の釣り場でのんびり釣りをしたい!』という夢を実現している人たちだ。

だから一声かけるとみんな元気一杯喜び一杯なのである。
「どうですか、釣れましたか?」
「いやぁ、まだなーんもだぁ。ぅんだども昼間っから釣りできんのは最高だなぁや。ガッハッハ」
ババアは元気に決まってるから、元気なジジイを見たければ釣り場に足を運ぶといいのだと改めて感じた。

たまたま私の絶好のポイントが空いていたのは幸いだった。
隣の釣り人はジャーマンポインターの飼い主Kさん似の気さくなオヤジだったから世間話をしながら日が暮れるまでの時間を楽しく過ごすことができた。

二つ目の変化に気づいたのはそのオヤジさんの釣果だった。
12月だというのに釣れているのはフグばかり。
水温の高い夏の時期の魚である。
竿を振るとすぐにアタリがきて、エサを食い荒らす。
これじゃ本命のホッケなど釣れるはずがない。
釣り人はこんなところから地球環境の異変を感じ取っているのである。

「もうちょっとの辛抱だ。日が落ちればフグもいなくなる」
地元の爺さんの一言に周りのオヤジたちも頷いていた。

その言葉通り、日が落ちた途端私の竿にアタリが来て良型のホッケが釣れ、向こうのオヤジはイカをあげていた。
それからは大忙しの釣りで、私は3本の竿を1本にし、予定よりも1時間以上早く竿をしまい始めた。
「これからなのに、もう帰るのけぇ」と隣のオヤジ。
「もう食べるには充分だ」と私は答えたが、お泊り犬を今夜中に返さなければならない予定も入っていた。

たかが釣りの話だがそれなりに感じるところがあった。
帰宅した時の犬たちの喜びようは、どんな大物釣りよりもパワーと快感を感じさせてくれた。
 

カフェから見た北海道の景気外観 2008年12月03日(水)

  「いつもこんなに混んでいるんですか?」
生後4ヶ月のパピヨンを連れて初めてカフェを訪ねてくれた男性が私に尋ねた。
「はあ?あっ、いえいえ。最近はいつもガラガラなんですよ。今日はどうしたんでしょうかねぇ。」と、私は打ち消した。

好天に恵まれたお昼時で、言われて見れば一時的にせよ盛況だった平日は久しぶりのことである。

30年以上札幌で暮らしているが、バブルの時もそれがはじけた時も『バブルって何?はじけるってどうなるの?』というくらい、都会の景気が北海道の庶民に影響を与えることはなかったように思う。
大体がいつも不景気で、最初っからバブルの恩恵もなければはじけたショックも多くの道民には関係なかった。

それが夕張の破綻以降、灯油・ガソリンの大幅値上げ、それに伴う食料品を始めとした生活必需品の値上げと続き、ついにこの度のアメリカ発の金融危機に加えて、相変わらずの政府の無策駄策とやらで、北海道の庶民には慣れていた不景気がさらなる追い討ちをかけるようになったと実感される。

「不景気なんて別の世界の話だと思ってた」
カフェ常連のKさんが働く大手の工場が閉鎖することになって思わず漏らした言葉がそれを代弁しているように思えた。

『なんとか食べていけるだけでいい。』と昨年から定休日を二日に増やし、ペット関連メディアへの露出も控えていたカフェであるが、先月、5周年の感謝を込めて折込チラシを地域の新聞に入れた。
例年ならすぐさま反応がたくさんあったのに今回は少なかったのが気になっていた。

ひょっとしたらこのままでは『食べていくだけ』のことすらままならぬようになるかもしれない。

今日たまたま新規にカフェを訪ねてくださった方の言葉を聞き、ガーデンを無邪気に駆け回る4ヶ月のパピヨンの姿を見た。
その無礼な振る舞いを一喝するわんこたち。
さらに『うちの犬は一喝するだけならいいんですけど、幼いあの子に恐怖体験をさせてしまうかもしれないので…』とリードを付けて制御する心優しき飼い主。
そんな有意義な役割も果たしているカフェだから、もうしばらくは不景気だろうと頑張らねばなるまいと感じた。

「来て良かったです。」
帰り際に言われたその男性の一言が嬉しく感じられると共に、『もうちょっと露出しといたほうがいいのかな』
などと思った。

今夜はこんなネット広告を打っておこう。
 

今日からカフェは6年目。生活が変わり始めた。 2008年12月01日(月)

  「あんなに個人情報出してもいいんですか?」
この欄をお読みの方々からそんな心配の声が聞こえてきた。
「知るかい、そんなもん!」などと大見得を切ってはいるものの、最後は信頼関係だと割り切って書いているつもりなのでご心配なく。
どうせ当人は海外だシィ〜。

そんなことよりレオンベルガーとチワワのふたりの居候は私の『犬との生活観』にいろんな妥協を与え始めているのが心配だ。

私の『犬との生活観』というのには『一緒に暮らすのが負担にならないこと。』という大前提がある。
我が家の愛犬アモに加えてこの二人が増えたことでどんな影響があるのか、この際自分でも考えてみようと思う。

1.トイレのしつけは問題ないが、レオンベルガーのジェニーは訳もなく突然下痢をすることがある。食べ物とかの問題ではなさそうで、良好便→下痢→良好便ってな具合で、薬を必要としない下痢だ。
でも考えてみれば私も同じような体質だから受け入れるしかない。
チワワのチビはちょっと油断が出来ない。
排泄には全く問題がないし、いつも良好便なのだがいつまでも外に一人で出しておくと食糞することがあるからだ。
いつもそうなら現場を押さえてしっかり教えることができるのに、油断を見せたときだけ食糞するから性質が悪い。

2.抜け毛に関してのこと。
室内の抜け毛についてはある程度仕方のないことで、日々のブラッシングをちゃんと行い、掃除機で吸い取りやすいようにカーペット類は敷いていない。
ジェニーについてはブラシをすれば抜けるけど、生活していて毛を落とすことが少ない犬種であるというのはありがたく思っている。
それに勝手に人のベッドに上がることもないから及第点だ。

最近『妥協しているな』と感じるのはチビのこと。
勝手に布団の中で寝ているし、脱いだパジャマや服の上でも寝ている。
大型犬だったら許していないはずだ。

3.散歩に関してのこと
アモとならたとえノーリードでも誰にも迷惑をかけず札幌の駅前通りを気楽に歩けるが、3頭引き連れてとなると結構気を使うことになる。
ジェニーはああ見えても弱虫だから、突然の大きな音や人の飛び出しがあるとビックリして数メートル飛び跳ねるかもしれないし、チビは時々単独行動をとり大声を出さないと直ぐには呼び戻せないことがある。
勿論1頭ずつならちょっと配慮すれば気楽に歩けるから、個別の問題というより多頭飼いの弊害である。
ちゃんとしたいならそれぞれ単独歩行の際にきっちり教えれいいのだが、そこまでのエネルギーがまだ生まれない。
Kといっしょに歩けば3頭の犬たちとの散歩は全く負担にはならず楽しい。

散歩後の足拭きはジェニーの分だけで3倍の手間がかかるようになった。

4.おやつとごはんに関してのこと
これはやはり頭数分だけ時間がかかる。
それとチビの抜け目ない視線だけは気に留めておかねばならないから、一度チャンスがあればきっちり片を付けなければと思っている。
でも、本当に抜け目がないんだよなぁ…

アモもジェニーもぐっすり寝ている夜中だというのに、今もチビは愛想を見せながら室内を巡回している。
私が寝た後に物色するものがないかどうかさりげなくチェックしているのだ。
 

振れ出した振り子は止まるのを待つか受け入れるかだ 2008年11月30日(日)

  オーストリアにある『スペイン乗馬学校』は国家としての第1級のプロ集団で、見事なまでに人馬一体となった芸術ともいえるステージを一般に公開し、乗馬の伝統を国家事業として未来へと引き継いでいる。

Kは学生時代から乗馬をやっており、私は10年近く前の正月番組でこの『スペイン乗馬学校』の映像に息を呑んだ思い出があった。
HさんはKからその話を聞くと数週間後にはレオンベルガーとチワワを私たちに託してオーストリアへ渡航してしまった。
そして1ヶ月の間、毎日毎日朝一番の練習から覗き、魅了されたかのように一日のほとんどをそこで過ごすようになった。

そのうちこの学校のプロを指導するプロ中のプロで、とても有名な男性と知り合いになり、オーストリアでも乗馬体験を積み上げていた。
Hさんがお土産にくれた『スペイン乗馬学校』というビデオは私が過去に見た正にその映像であり、そこにその男性も登場していた。

何回目かの渡航を終えたHさんがクスッと笑いながら話してくれた。
「僕の馬を一頭プレゼントしたいけど、受け取ってもらえますか、って言われたの」だと。
「ええ?!もう好きにしたら。」
私たちは呆れ果てていたがHさんの振り子は既に大きく振れてしまっていた。

これまでの渡航は一体何回だっけ?
「永住するならジェニーとチビ連れてけよ」と以前私が言うと、Hさんはとても悲しそうな顔(フリ)をして
「私の人生、なんだか一気に動き出しちゃいました。先生とKさんに巡り合ったのが発端ですよね。」
だから『よろしく』とばかりに舌をペロッと出していた。

私はてっきり今回は『大阪での仕事』でジェニーとチビを預っているのだと思っていたら、今日の夕方Kの携帯にメールが届き
『落馬して首を痛めてしまいました。でも、また明日からは馬に乗れそうです。24日には迎えに行きます。』とのこと。

「オイオイ、オーストリアにいるんじゃん。24日っていつの24日よ!」
振れ出した振り子は誰も止め様がない。

Kのベッドの足元をアモが占領していたので「どうやって寝るの?」と尋ねると「斜めに」と言ってKは器用に潜り込んだ。
そのベッドの脇にはでっかい図体のジェニーがひっくり返っている。
「おやすみ、おやすみ。ああ、幸せ。」とK。

チビは私の部屋のどこかで寝ているはずだ。
振れているのはHさんの振り子だけではないようだ。
 

自らが動くことで人生も動く 2008年11月29日(土)

  レオンベルガーとHさんが出会ったのはとあるペットショップ。
社員教育の講師として招かれたショップだったのだが、講習後にそのショップの裏側を見る羽目になった。

そこには販売期限が過ぎ、処分を待つやせ細り狭いケージに閉じ込められたレオンベルガーがいたのだ。
「お安くしておきますよ」
その冷たい言葉に矢も楯もいかなくなったHさんは運送業者に頼んでケージごと自宅まで輸送してもらったのだが、その後のことは何も考えていなかった。

とにかく外に犬舎を作り快適な寝床と食事を与えた。
が、愛犬となるには大事な時期を牢獄のようなペットショップで過ごしたこの犬は社会適応ができず、Hさんの兄を咬み、訓練士の元でも戸惑いと恐怖を示していた。

そんな折に私と出会ったということだ。

一枚の写真が今でも手元に残っている。
初めて対面した時に訓練中のバービーと並ばせて撮った写真だ。
私はレオンベルガーに近寄り、耳元で「おまえはいい子か?」とささやいてスワレ・マテの練習を少しだけ行い、バービーとの写真を撮れるまでにした。

それから何度かのレッスンを行ううちカフェはオープンを迎え、レオンベルガー/ジェニーとHさんは本格的にカフェに通うようになった。

余談だが、その頃になって、「Hさんはモデルでしょ」とKや周りのスタッフが言い始めていたが、申し訳ないけど私には全くピンと来なかった。
ただ、そう言われてじっくり見ると確かに、愛犬のゴールデンと活躍している有名な某モデルさんよりはソフトで輝きのある女性であることを、その時に感じた記憶がある。

さて、ある時、レッスンの途中でジェニーの首輪が外れ、ジェニーはフリーの状態になってしまった。
数メートル飛び跳ねたジェニーはその瞬間、喜びと不安が交錯し次の動作にどう踏み込めばよいのか躊躇していた。
もしあの時、私が取り乱せばあっという間に数十メートルを駆け抜け、無法者になってしまっただろうが、ジェニーは軟着陸を切望し私も冷静に対処して何事もなかったような決着をみた。

以後、ジェニーは人を信頼するようになったと私は思っている。
あれが大きな転機になった、と。

1年が過ぎ、Hさんの心に余裕ができた頃、Hさんは可愛いチワワの仔犬を抱えてカフェにやって来た。
「ショップでこの子を見初め、気がついたらカード片手にレジに立ってました」ということだった。
荒くれ者のジェニーをそれなりの愛犬に育てる過程を見てきたわけだから、チワワのチビは余裕できちんとしつけることがHさんには出来、それがさらにHさんの心に余裕をもたらした。

ある時、Kが大好きな乗馬の話を持ち出した。
話半分に聞いているのかと思っていたら、Hさんは大いなる興味を示し、ついには自分で乗馬学校に通い始めてしまった。
さらに、その後にKと私が「素晴らしい!」と絶賛したある話がきっかけとなりHさんの人生の振り子は大きく動き出してしまった。

眠い。このつづきはまた明日。
 

夢とか理想とか、成せば成るひとつの話を提供しよう。 2008年11月25日(火)

  ちゃんと整理して書いておこう。

これまで何度もこの欄に登場してきたレオンベルガーのジェニーとチワワのチビそしてその飼い主のHさんのことを。

来月1日でカフェは5周年を迎えるが、そのカフェのオープン前の1年、私は一般家庭犬を知るためにいろんなわんこのレッスンを口コミを通じて行っていた。

ある日、ラブラドールのバービーの最終段階でのレッスン、つまり『見知らぬ他犬がいる中での振る舞い』を確認するため様々なわんこ達が集まるフィールドに出かけた。
その時、広いフィールドの向こうで如何にも『犬の訓練士』という制服を着たおじさんと痩せ細り逃げ惑うようなレオンベルガーの姿を目撃していた。

元々レオンベルガーはムツゴロウさんの動物王国の友人である石川さんと暮らしているベルクと林を散歩した時から気になっていた犬種である。
大型犬種であるにも関わらずセントバーナードのように『口角泡を飛ばす』ような議論をしても現実に口から泡を飛ばさないばかりか、凛とし堂々とした姿が気に入っていた。

何度目かのバービーのレッスンを行っていた時、たまたま飼い主同士が顔を合わせ、話が弾むようになっていた。
その時点での私の印象は『あのレオンベルガー何日経っても進歩していないな』というものであった。

訓練を終えたそのレオンベルガーを間近に見たとき私と目が合い、その怯えと不信に満ちた瞳が気にかかってどうにもならなかったことを今でも覚えている。

「うちの犬を診てもらえませんか?」
バービーと自分の犬を見比べた飼い主のHさんからの言葉はとても重く感じられたし、現実に訓練をしている人間に対しておこがましさも感じた。
私は盲導犬の訓練しかしたことがないのに、その時の訓練士は家庭犬のプロなのであり、それを乗り越える仕事を要求されたのだ。

住所を尋ねてみると当時私が住んでいた部屋と200メートル程しか離れていなかったのは運命だったのかもしれない。
私はレオンベルガーの訓練を引き受けることにしたのだが、その過去と問題点を知り唖然としてしまった。

しめしめ。この話題で数回は書けそうだ。
 


- Web Diary ver 1.26 -