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軽いぎっくり腰と高をくくって「鍼しなさい」という助言を遮り、マッサージ治療だけで済ませようとしたのがいけなかった。 その夜中はベッドの中で身動きがとれず、少しの咳払いでも激痛が走り、救急車を呼ぼうかとまで考える悲惨な状況になった。 空が白み始めた4時頃からの2時間がとても長く感じられ、6時を過ぎた時点で枕もとの携帯をようやく手に持ちS治療院に電話を入れた。
「起きてるか?救急車呼ぶかそっちに行くか、どうすればいい?」 「おお、来れるんならすぐ来い!」 そんなやりとりがあって、決死の思いで起き上がった私はS治療院に向かった。
すると問答無用の鍼治療が始まった。 生来、そのような治療が苦手な私は懇願するように 「痛くする前に痛くならないような鍼麻酔をかければいいべや。プロだべ!」とわめき その必死の叫びに応えるようにS先生は笑いながら治療を進めた。
ご存知だろうか? 現代医学ではぎっくり腰の治療など見た目では簡単なことを。 痛みを止め、筋肉を弛緩させる薬液を投与し、安静にすればそのうち治るというものである。
だが、S先生の考え方は違う。 『そもそもなぜぎっくり腰は起きるのか』に発し、そのきっかけは ・重いものを持った ・くしゃみをした ・ある時突然 であろうけど、その前に腰や背中に負担がかかり過ぎ、ぎっくり腰になる状況は整っていたと考えるべきであって、その身体の状態をそこそこ健全に立て直すのが治療である、というものである。
対症療法と根本治療において犬の訓練と相通じるものがあるではないか。
ともあれ私はS先生の治療法を選択したが。 「まだ、痛いべや。ちゃんと治せ!」と 私の訴えは痛烈である。
仮に犬の訓練を開始した数日後にそんなことを言われたら、私はキレてしまうかもしれないのに、S先生の鍼と揉みを体験すると身体全体が浄化されているように感じてしまうのがちょっと悔しくもあった。
人生いろんなことがある。 何を選択し、しないのかはそれまでの人間関係と経験によることが多い。
おかげさまで私は後悔しない人間関係を結ばせていただいており、ちょっと長引いたかもしれないけど腰の状態は回復へと向かっている。
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