From the North Country

奈津子/ラブラドール、11ヶ月の初冬に 2008年10月28日(火)

  ここ数日の札幌は冷え込んで冬の気配が漂っている。
そのせいもあって夕食後、暖かい服を着て一杯やりながらテレビを見るうちにそのままソファで寝込み、目が覚めると夜中という生活が続いてしまった。
今夜も同じような状況だったが、東京に単身腐?任中のOさんから頂いたメールを読んで『書かなくちゃ』という気になった。

さて、お泊り犬ラブラドールの奈津子/11ヶ月が明日帰宅する。
カフェに通うようになって半年以上経ち、明るい将来が展望できる基礎ができたと感じている。
まだ“ガキんちょ”だからフリーにするとすぐにスイッチが入って、原子力の代替エネルギーになり得るのではないかと思わせる底知れぬパワーを発散し続けるが、原子力よりずっと制御が容易だし、危険性がないどころか存在そのものが歓迎されるのは何よりの魅力であろう。

何回かのお泊りの中で
・居間の壁を破壊すること2回
・水の入った食器をひっくり返すこと2回
・粗相0回
・自分の食糞3回(ガーデンにて)
・散歩中の引っ張り・臭い取り
・他犬への無礼で一方的な挨拶(挑発暴走危険行為)
・叱ると逃げる防衛行動(人を小バカにするとも言う)
…等々、いろいろあったが今ではそのほとんどを克服している。

破壊された居間の壁を発見した朝には、お泊りで飼い主が見てないからこそできるような叱りを与えたし、ガーデンで悪さをした時に、逃げるような態度をとればさらに叱責の度合いが高まることを体験させ『ここは一番、叱られに行った方が得策!』という観念を植え付けた。
『窮鳥懐に入れば猟師これを撃たず』
なかなかの名言だが、犬(とりわけラブラドール)の場合そこでさらに上手に叱らなければならない難しさがある。
それを『嗚呼!可哀想に、よく私の胸に飛び込んできたね』などと抱きしめている飼い主がいるけど、その胸の中で舌を出しながらほくそ笑んでる犬の姿を何度も見てきた。

散歩中の引っ張りは尋常な力ではないし放置しておくと特にこれからの雪道では危険な状況になる。
だからと言って多くの訓練士がやるような脚側歩行や後ろからトボトボついて歩くような散歩じゃつまらない。
何故なら散歩の時は、前を見ながら愛犬と楽しさを共有したいのに、脚側歩行では横下を見ないと愛犬の表情が見えず、しつけのための散歩になっちまっているから…。
犬は前方を引っ張らずに歩くのがいい。

まあ、そんなこんなで将来を楽しく過ごすためには随分とエネルギーを消費するものだ。
見返りと救いは“可愛い仔犬”だからこその愛らしさと真っ白いキャンバスかな。
ただし、イヌが描いた絵を眺めるのも楽しいけど、それだと見たくない絵の方がずっと多いから、短い自分の人生では“育てた愛犬との時間”を描きたいと思う。

因みに奈津子とは、(人間の)男の子ばかりを育て上げたNさんが『女の子を育ててみたかった』という想いが高じての命名らしい。
本当に人間の女の子なら、黙って彼女が描く人生を鑑賞したことだろう。
 

ちょっと堅い話だけど、心は温かい。ご協力を! 2008年10月23日(木)

  先日Kが書いた『最新情報』(北海道盲導犬協会に寄付しようDCNワンコバザール)を読んで「ちょっとマズイな」と私はKに苦言を呈した。

個人や団体がたとえ善意であったとしてもその団体の許可を得ることもなく『○○に寄付します』と言って勝手に慈善活動を行うことは、寄付しようとする相手方にかえって迷惑をかけることがあるからだ。
とりわけ盲導犬事業に関する“虚偽の慈善活動”は全国で後を絶たず、勝手にお金を集めては着服したり、ごくごく一部を寄付してほとんどを自分たちの収益としている団体が存在しているのが現状だ。

そんな風に思われたり迷惑をかけることは本意ではない。

「じゃあ、どうすればいいの?教えて」とKが私に振った。
「本来なら協会に出向いて趣意書なんかを提出して許可と正式な依頼を得ることになるけど、そんな大々的な行事じゃないし、内輪でやろうとしてるんだから…」
そこまで言って私はしばし考えた。

「そうだ。うちには協会のミーナの募金箱があるんだから、売り上げの全部をそこに入れてすぐに回収して貰えば?僕らがやるのは告知と販売コーディネートと両替それに場所の提供ってのはどうかな。それなら問題は無いかも知れない。」
「うん、それでいこう!」とKは喜んでいた。

本当にKがやれるのかどうか、私はまだ深みに引き込まれていないから何とも言えないが、『新しい服なのにうちの犬は着ないから』とか『使わないものでも誰かのお役に立てば嬉しいよね』という声は仕事柄多く聞いている。
そしてそれらが“盲導犬普及のため”となればより多くの方が賛同してくれるだろうとも思っている。

Kの気持ちに応えて、とりあえず品物集めの協力を私も開始しよう。

そんな趣旨に賛同しご協力いただける方は
1.犬に関する物限定商品を提供し、且つ一切の金銭的見返りを求めない
2.送料、持ち込み費用全額自己負担(着払いは認めない)
3.『せめてこの値段で売りたい』と価格を表示(表示無き物は叩き売りを了承のこと)
4.売れ残った物の処分先はドッグカフェナガサキに一任
5.集計については個別単位の報告は無理なので、ミーナの募金箱を回収してもらって、後日協会から送られてくる総額領収書の金額をこの欄もしくは最新情報の欄で報告
6.会計責任者および監査は私とKそれにスタッフ以外の協力者2名に委任
という条件を改めてご理解のうえ、『バザール』とご記入して11月12日までにお届け下さい。
宛先は
〒004−0805
札幌市清田区里塚緑ヶ丘11丁目10−33
ドッグカフェナガサキ
電話011−889−3456
メッセージなんか添えていただければ嬉しく思います。

売り上げ目標額は3万〜5万円かな。
少ないとお思いでしょ?
だけど僕は協会に長い間在籍していたから、そのありがたみを心底知っています。
協会の運営費はこうやって地道にコツコツ寄せられた小さな積み上げによって賄われているのです。

イギリスには『モーニングカフェ』という数多くの人々の取り組みがあって、そこでは盲導犬事業に賛同する奥様たちが持ち回りのようにして、モーニングティーやコーヒーそれに手作りケーキやクッキーを仲間たちを自宅に招いて振る舞い、そこで集められた浄財を僅かながらでも寄付し続けているのだ。
そして総計されたその金額が盲導犬の育成費のどのくらいを占めたかが毎年フィードバックされている。

私が盲導犬事業から引退した今、ドッグカフェナガサキとしてその小さな一翼を担うことになんら躊躇することはない。
皆様のご理解とご協力を…(金銭的な寄付はできれば直接協会へ。ちょっとした隙間を私たちは支えているだけのことだ)
 

イヌは育つが愛犬は育てるものだと思う 2008年10月21日(火)

  今日まだ3ヶ月のポメラニアンがカフェにやって来た。

飼い主の方は過去に通算5頭の小型犬と暮らしておられたベテランの初老男性だったが「しつけについてお話を伺いたい」とのことだった。
カフェはとっても暇な状態だったので、私もサービスしていろいろな角度からお話と実際の動きを見ながらアドバイスさせていただいた。

「生後6ヶ月までは外に出さないように言われてましたが、毎日散歩させてます。」
さすがベテラン。
ペットショップや一部の獣医のたわ言を無視して、社会経験に勤しんでおられるのがうれしい。
だって生後6ヶ月といえば歯もほとんど生え変わり肉体的には人間の小学中高学年ですぞ。
その時期まで社会と触れ合わず箱入りで育てるなんぞ変に決まっている。

『免疫の弱い仔犬を感染症から守る』
そんな理屈はまるで死滅させないことに至上課題をおく発想であり、どんな風に家族の一員として育てるかを無視した本末転倒の主張である。
『じゃあ病気になったり死んだ時の責任を取れるのですか?』
不測の事態をおもんばかるあまり健全な心身の発育と人間社会で生きていくうえでの(犬社会ではない)社会化期を犠牲にするのはやはりおかしい。

ともあれこの男性は穏やかに愛犬の成長を見守り、自分にできるより良い方法を真摯に模索されておられるようだった。

で、その愛犬のポメ。
3ヶ月だというのに大型犬に対して物怖じせずハイパーなのがちょっと心配。
幸い今日は出会わなかったけど小型犬を怖がらせたり、逆に『無礼者!』と一撃を喰らう可能性が高いし、何より落ちつきとのバランスに配慮する必要がある。
また、見知らぬ人の動きに対してやや引き気味なのはこれから慣れさせることも大切だと感じた。

駆け回るポメちゃんを見たり時には抱っこしながら「可愛い!」を連発していたスタッフや他のお客様であったが、私はあと1年ほどで性格形成されるポメちゃんの姿を追いながら『この子にどのような刺激と経験それに接し方が必要か』を考えていた。

愛らしい!って浸っている間に成熟するのを知っているし、この1年間の大切さを思った。
勿論失敗してもやり直しというか育てなおしもできなくはないが、それにはそれまで以上の時間と飼い主の意識改革が必要だし、捨てられたりして飼い主が代わるなど強烈な刺激があったことを想像するくらいのエネルギーが要る。

まあ愛犬との生活にどこまでを望むかによってその度合いは違うけれど、最低限“人への絶対的信頼を育む”ことが重要で、それは『わあ、可愛い!』がなければ始まらないし、それだけで終わることもない。
 

また敗北。思うようにはいかないですね 2008年10月20日(月)

  阪神タイガース選手諸君お疲れ様。
楽しませてくれたこの1年に心から感謝する。

いつもなら『ほんまに大丈夫やろか?』と慎重になり過ぎる阪神ファンも、今年のゲーム差と地力の違いを体感して、既に8月の段階で祝杯を挙げていたはずである。
選手諸君もきっとどこかで喜びを発散していたに違いない。
それほど余裕ある今年の戦いぶりであった。

そうなると『もう、ええやないか。ペナントレースで降参してる相手をそんなケチョンケチョンに打ちのめさんでも。』という武士道精神が阪神を愛する者には芽生えてくるものだ。
盗塁や牽制球を控え目にしたり、追い討ちをかけるようなダメ押し点に執着しなくなったりと…

実際、中日の落合監督は天王山で敗退してからは潔くペナンとレースでの優勝を諦め、クライマックスシリーズへとシフトチェンジした。
なのにあの巨人という金満チームは、そんな阪神の武士道精神を踏みにじったのである。

ああ、どのように書こうとも書き進めるほどに私に分が悪くなる。
油断といわれればその通りだろうし、巨人の諦めない執念を賛美されれば返す言葉もない。
だが、どう思われようと私は今年の阪神の人間臭い結末を責めることはないし選手にはねぎらいの言葉をかけてあげたいと思う。

さあ、今度は中日の応援だ。
巨人を叩きのめし、我らが日ハムと日本シリーズで戦ってもらいたい。
もしそうなればペナントレース3位同士での優勝争いになって波紋を広げるだろうし、去年のリベンジという意気込みでしばらく楽しめる。

いつもマイナーな方を応援してしまうので、私が予想するとハズレの場合が多いのが心配ではある。

ところでカフェの今月のパスタ『北海道日本ハムファイターズ応援パスタ』は今年で3年目だ。
先月の終わり頃Kが心配していた。
「応援パスタにするのはいいけど、4位だったら終わってるじゃん」と。

その後日ハムの勢いはパスタ効果?で上々となり、3年連続優勝も夢ではなくなってきた。
いけない、いけない。
私が夢を追うと虹のように離れてしまう。
さて、どうやって応援すればいいのだろう?
 

これもひとつの“やりがい”かな 2008年10月18日(土)

  このところむやみに吠えまくる小型犬たちの制御をする機会が増えている。
カフェで静かにするよう犬に働きかけるだけなら簡単なことだけど、犬自身に『吠えてはならないのだ』という深部までを教えようとしたり、制御の方法を飼い主に“見て覚えていただこう”と意図したりすると、とても疲れるようになってきた。

教え叱るエネルギーというのは半端なものじゃないと感じる。
そりゃそうだろう。
『あたしゃね、今まで飼い主と一緒にこうやって生きてきてんだい!それを見ず知らずのあんたなんかに…』と主張するわんこ相手に“理由の説明もせず”(日本語で説明しても通じないし…)吠える行為を否定し、傷つけず、パニックに陥れず、逆切れもさせずそれでいて絶対的に受け入れさせなければならないのだから。
代行業者として、しかもお客様をもてなす立場において。

吠える犬の事情ややむなき理由についてはこれまでも書いてきたが、
『ああ、それなら仕方がない』と飼い主が理解はしても、『この状況が続くことを受け入れたくない』とも思っている。
つまり、愛犬と暮らす上で『吠え続けることを許容し難く、何とかしたい』との気持ちがいつも根底にあり、結局は『犬が吠える理由に関わらず、むやみに吠えないわんこでいて欲しい』との思いがあるわけだ。

なのになお飼い主というものは“吠える理由”を求め『理由や原因を知り、それらを満たしあるいは工夫しさえすれば吠えは止まる』という幻想を抱いている。
とりわけ、仔犬時代に社会性を身につけさせてもらえなかった結果において“身の程を知らず、分をわきまえず、いい気になって吠え続ける犬”に対して…

先月だっただろうか、そんなことを説明して吠えまくるチワワの飼い主に具体的な対処法と、それ以上に重要な“飼い主としての考え方”のレッスンを行った。

吠え方があまりにもひどかったし血統的な問題もあると思われたから、素人の飼い主では多くの改善の期待はできないだろうと思っていた。
ところが先日来店された様子を拝見して私は嬉しくなった。

チワワたちは見事に飼い主の意図を感じ取り、血統的に沸き起こる感情を自制して、なお楽しみを覚えていてくれていた。
さらに現段階でのしつけレベルを超えて本能的な反射による威嚇が出た際、ご主人が見事な制御をされていたことに私は感動してしまった。
その時のチワワは『しまった!ごめんなさい』と謝り、ご主人は決して追い詰めることなくそれでも『それは絶対にダメだ!』と二人だけに分かるようなやりとりをされたのだった。

あんな瞬間を見られるのならもう少し頑張れるかな、なんて思った。
 

ふと思い出した。−いっしょに歩こうー 2008年10月14日(火)

  この欄もいつの間にか1000話を超えてしまっている。

なんとなく懐かしくなって過去ログを読み返しているうち夜中の1時半を過ぎてしまった。
去年の秋は短く、寒暖の差や不安定な気候が続いていたことに『へー、そうだったっけ』と思い、今年の秋は時折集中的な雨があったものの概ね温暖で天気の良い日が続いていることを記録しておこう。

『記憶というのは本当に薄れてしまうものだな』と、つくづく思うこの頃だ。
だが、何かがきっかけとなって“ふと”思い出し、無性に懐かしくなるから日々の展開は楽しいこともあるものだ。

先月の定休日、私はお泊り犬とくつろぎながらカフェに出したサマーベッドに寝転んで、Mダックス/モカ・モナカの飼い主NさんからKが借りたという“かもめ食堂”というDVDを観た。
面白かったしロケ地がフィンランドというのもくすぐられたし好きなタイプの映画だった。
批判を受けても構わないが、その時何故か“ラジオの時間”という作品を思い出し、さらに“ふと”盲導犬協会在籍時に大勢の盲導犬ユーザーを前に協会職員みんなで演じた“社長さんはタバコを買いに”というストーリーがよみがえった。

ある日、当時(今は分からないけど)無名の漫画家だった“たなかしんこ”さんという旭川出身の駆け出し漫画家が協会にやってきて、「私、盲導犬のことを描いてみたいんです」と宣言した。
その情熱を感じた私たちが協力したこともあって、『いっしょに歩こう』という漫画本が出版されたのだが、その本の第1話が“社長さんは・・・”だった。

実によくできていて、中途視覚障害者の気持ちや社会の現実それに現場で働く我々の心配りなどが網羅されていた。
私は盲導犬ユーザーが年に一度集まる研修会の出し物のひとつにこの漫画を職員で演じることを決め、台本を書き、配役を決め、BGMを選曲した。
数回しか練習できなかったし下手な芝居だったがユーザーや参加していたボランティアの評価は上々で多くの感銘を共有することができた。

だが、年老いた私はそんなことすらも忘れてしまっていた。

そんなとき“かもめ食堂”のDVDが私に昔の記憶を想い起こさせてくれたのだ。

私は早速、ネットでアマゾンとセブンアンドアイを通じこの漫画本を探し当てた。
既に絶版となっていたが中古本は数冊存在していた。

忘れていた過去の宝にめぐり合った気分である。

カフェに続編の“いっしょに歩こう2”と共に2冊揃えました。
是非一度ご覧になってください。
涙が出そうになるけど『お涙ちょうだい』の意図的なものではなく、知ることで自然に流れる涙の味を思い出させてくれる“懐かしい本”と感じてくれればありがたい。

時計は既に3時を指しているが今日も書いた記録が残り、数年後に読み返す私に何らかの刺激と示唆を与えてくれるはずだと、酔いと疲労で薄れ逝く意識を保ち、眠い目を擦りながら書いておいた。
 

失意の中で 2008年10月12日(日)

  阪神ファンなら誰もが確信していた今年の優勝を逃してから一晩経ち、悔しさと無念さそれに『またあの時のように今後二十数年優勝から遠ざかるのではなかろうか』という一抹の不安と恐怖が込み上げている。
それはつまり私にとって“生きてるうちに阪神の優勝シーンを見ることができない”ことを意味する。

『この欄はしばらく書けないな』
あの夜、そんな風に私が思ったのは失意の深さの裏返しであり、まるで愛犬を亡くした時のような喪失と空白・空虚が心の奥を支配していた。

今夜こうしてこの欄に向き合えるのは、溺愛した1頭目の愛犬(阪神タイガース)が健在なうちに飼い始めた2頭目の愛犬(日本ハムファイターズ)の影響がないとは言えない。

「愛犬が年老いた時に2頭目を飼うと元気になるって本当ですか?」
そんな質問を今日のカフェで頂いたが、いわゆる“励み”になることは無いだろうと思う。
が、やんちゃな仔犬が老犬にちょっかいをかけると『うるさい!無礼者!あっちへ行け!』と精一杯頑張る姿が飼い主には『元気になった!』と誤解されることはあるといえるだろう。

まあ少なくとも第一ステージを2勝0敗で日ハムは通過し、飼い主の私には少しの励みを与えてくれたようだ。

さて、落ち込んでいる私に側面から刺激を与えて“現実からの一時避難”(冷却期間)を促してくれる犬がいた。
車で6時間以上もかかる釧路から、わざわざカフェにやって来たジャックラッセル/クッキー♀だ。
飼い主のSさんは知人を通じてネットで我がカフェを知り、時期を見計らい満を持して訪ねて下さった。

そんな意気を感じない訳にはいくまい。
私はタイガースをしばし忘れ、クッキーのチェックとお泊り中の問題点にメスを入れていた。
いろいろとクッキーに刺激を与え二晩目の今夜は昨夜とは打って変わって死んだように寝ている。

だけど適度な刺激と共に、癒しや未来への可能性を教えてもらったのは私のほうだ。
まるで2頭目の愛犬にペットロスを和らげてもらったような感覚がある。

日本ハムは西武との決戦に挑むことになるが、シーズンの成績を見ると分が悪い。
阪神は1年を通じ堂々の成績だったが私を含め選手たちは失意のどん底にあり、どこまで切り換えれるかが問われている。

酔っ払った私が書いた今夜の文章は成立してるのだろうか?
10月10日に止めたはずの酒は翌日から復活し、おかげでかろうじて精神の均衡を保つことができている状態なのだ。

2頭目の犬が1頭目を元気にするかどうか?
それは阪神タイガースのクライマックスシリーズでの闘い方を見れば分かると思う。
せめてもの反骨心として記しておきたい。
 

なんも言えねぇ 2008年10月08日(水)

  この秋最後ではないかと思わせるような穏やかで暖かな一日だった。

だが今夜の私は到底心穏やかではいられない状況にある。
なんとなれば、どら(トラ)息子が金満球団に決戦を挑んでいるのだから。

2点を先制された。
ようやく1点を返したが、その後のチャンスにどうしても同点に追いつけない状況だ。
苦しい。とても苦しい。

不安が現実になり1点を追加されてしまった。
その後も続くピンチ。
今、そのピンチを何とか切り抜けてくれた。
が、2点差。
残りは8回9回のあと2回しかない。

8回ノーアウト2塁のチャンスだったが見事に討ち取られ2アウトになってしまった。
もはやここまでかとの思いとバッターに寄せる期待が交錯する。
・・・
・・・
試合終了
なんも言えねぇ。

90分後。
落ち込み過ぎた私の気持ちが一段落した頃を見計らって、Kが慰めというか私に『気持ちの吐露』を促しにやって来た。
「どういうことなの?聞かせて」と尋ねるKに対して
「7月の段階で13ゲーム差というのは、仮に首位の阪神が13連敗、下位の巨人が13連勝しても同率であり、さらにその上を巨人が行くというのはプロ野球の世界ではあり得ないことなのに…」
と私がため息をつこうとしたその瞬間

「何!?どうしたのこの爪の色?」
Kは彼女の親指と私の親指の爪を並べた。
ピンク色のKに対し私の爪は死骸そのもののどす黒い色を呈していた。
名優緒形拳さんが肝臓を患って亡くなったばかりだったので、Kは私の肝臓の状態を疑い、即座に1ヶ月の禁酒令を発した。

首位転落の落ち込みと同時にあまりにもどす黒い指を見せられた私も同意せざるを得なくなった。

10.8は私に不運な日なのかそれとも奇跡をもたらすラッキーな日になるのか。
やはり、なんも言えねぇ!
 

拾い食いだろうが何だろうがしつけの基本は同じこと 2008年10月06日(月)

  「この子の拾い食いがいつになっても直らないんですよ。どうすればいいんでしょうね?」
今日、カフェのお客様同士の会話にそんな話が出ていた。
「私はね、引っ叩いて『ダメ!』ってやったらピタッと直ったよ。だってひとつ間違えば大変なことになるでしょ。でも叩いちゃダメだったのかな?先生」とYさんは話を私に振った。

「引っ叩いて直ったんなら、それはそれでよかったんじゃない。でもね…」
と、それから私は持論を展開した。

1.飼い主にどの程度の問題意識があるのか
「例えば…」と私は子育てを例に挙げた。
「子供って本当に親にとって悪さばっかりしながら成長するでしょ。物を壊したり落書きしたり食べ物吐き出したりぶん投げたり、スーパー走り回ったりバスの座席で飛び跳ねたり。
それを全部一発解消しようと叩き続けていたら愚連るか死んじゃいます。
つまり親というものは『ダメよ』という中にも強弱があって『ダメよダメよも良いのうち』というのもあれば『これは絶対ダメ!』って顔を真っ赤にして訴えるものもある。
犬の拾い食いを飼い主がどう判断してるかがまずは大事なことです。
Yさんは『ひとつ間違えば大変なことになる』と判断し、叩いてでも止めさせようと反応した。
私も同感です、命に関わることもあるから。
が、仔犬の時期には風に運ばれる枯葉をパクッとやったり小砂利を口に入れるのはある程度仕方のないことでもある。
何が口に入るかを予め知った上で甘くなっても良い時期や状況もあるし、だからと言ってそれをいい加減に思っていたら1歳近くになっても拾い食いを常習とする犬の飼い主になることもある。

2.叱ることが重要なのか、相手が受け入れることが重要なのか
答えは明白。
多くの犬は飼い主が顔を真っ赤にして『それはダメ!』と叫んだり言い聞かせたりリードショックをかけたり叩いたりすることで拾い食いをやめることを受け入れ、他にも電気コードも齧らなくなったりするが、中には大声にパニックを起こしたり、反応の鈍い犬もいる。
そこで大事なのが愛犬の性格を把握することと、しつけツールボックスの引き出しを多くすることである。
だがツールボックスの中身さえ最近は誤解されて伝えられているのが残念だ。

能力の低い犬には天罰方式は反応しやすいし、バカな犬はエサやおやつをフンパツすれば誤魔化すこともできるだろう。
能力が低い犬とかバカな犬とか過激な表現をしたが、それは飼い主が犬をそのようにしか見ていないと、そういう方法があたかも正しい方法だと勘違いしてしまうという反面教師的な意味合いで書いたものだ。
馬鹿げている。
犬たちはもっと違った形の付き合い方が人間とできるのに。

わー!
酔いが急に回ってきて何書いてるのか把握できなくなった。
今夜はこれで撤退させていただきます。
 

キャンプする? 2008年10月03日(金)

  今シーズン最後のキャンプを洞爺湖で楽しんできた。

今年の初めYさんから教えていただいた曙公園は、シーズン中の土日は大変な混雑なのだそうだが、平日しか利用しない私たちにとってはいつもプライベートフィールドだった。
湖面とほぼ同じ高さに広がる緑の楽園からは洞爺湖の中央に位置する中島が美しく、白鳥が湖面を滑るように移動し、夜になると南の温泉街で打ち上げられる花火が美しい。

夜を迎える前に近くの温泉をいただくのだが、その泉質と泉温の心地よさにはただただ感服するしかない。

今回のキャンプでは日中のほとんどを湖畔の散歩に時間を費やした。
曙公園から浮き御堂を過ぎ、水の駅までゆっくりと往復し、今朝は水の駅から財田キャンプ場までの道すがらをを寄り道しながら確かめるようにのんびりと歩いた。

折りしも地元の子供たちのマラソン大会が行われており、同じコースを散歩している私たちとアモに対して引率の先生方は『この犬が子供たちの障害になるかも知れない』という警戒感を持っておられたのを敏感に感じていた。
アモは当然無反応だったが、だけれども私たちはアモをリードで繋ぎ、時には距離を置いた。
障害児の中には犬が傍にいるだけでパニックを起こすケースもあることを知っているからだ。

犬を育てる基本の中に、周囲を見てその空気と状況を把握し“どう対処すべきか”を即座に判断する能力と知性それに感性が含まれているのは間違いない。

そのうえでとにかく楽しむ。
今回のキャンプではこの環境と地元の方々の受け入れが来年もまた続くようにと、大型犬の飼い主が放置したウンチを6個も片付けた。
それが私たちのキャンプだ。

キャンプに出かける準備に1時間、キャンプから戻ってすべての片付けに1時間。
だいぶ様になってきた。
今シーズンはこれでおしまい。

次からの定休日にはお泊り犬がいるし、冬の使者である雪虫がテントの周りを飛んでいたから。
 


- Web Diary ver 1.26 -