From the North Country

科学すると同時に失いたくないもの 2008年09月24日(水)

  寒い寒い。
「半袖は今日まで。明日からは長袖です」
先日天気予報のキャスターがそう言っていたが本当に一気に半袖から長袖になった。

多くの気象観測機器から得られたデータを科学的に分析した結果『間違いない!』と確証を得てのコメントだったのだろう。
家庭犬を訓練する立場からすれば羨ましい限りである。

私が盲導犬をやっていた時代の後半には繁殖から訓練に至るまで『科学する』という考え方が当たり前になっていた。
例えば、昔なら年間に作出する盲導犬の数は『期待する目標は10頭』などと曖昧な計画を立てていても、その年の犬の出来次第で左右されてしまっていたのだが、それが次のように変化していった。

例えば盲導犬の年間卒業頭数を10頭と事業計画した場合、過去10年におけるデータに基づいて
1.訓練成功率は8割
2.だからそのため訓練犬には最低13頭が必要
3.訓練犬になる確率は4割だから訓練犬候補の仔犬は33頭(=パピーウォーカーの数)を出産・飼育しなければならない。

さらに
1.雌犬(Brood Bitch)の出産頭数は平均(例えば)6頭だから繁殖犬としての雌犬は5〜6頭必要
とか
2.一人の訓練士が年間に訓練できるのは4〜6頭だから最低3人の訓練士が必要
などなどの状況が明らかになる。

さらに細かく言えば
一人の盲導犬訓練士を養成するには○年かかり、育成成功確率は○パーセントだから○人の訓練候補生を雇わなければならない、となる。

くだらないところからスタートした科学ではあるが、今では
・訓練犬の成功率を高めるため適性の高いオス犬(Stud Dog)の精子を凍結保存して後に受精させたり
・優秀なメス犬(Brood Bitch)との受精卵を凍結保存し、いつでも解凍して出産させる技術を得るまでになっている。

だが、家庭犬における科学はどんなに進んだとしても現在のようにペットショップや理念のないブリーダーそれに科学の代弁者であるはずの『木を見て森を見ない獣医』が存在する限り進歩は見込めないと思う。
せいぜい動物行動学におけるくだらない理論に基づいた
・犬は褒めて育てましょう
・呼び鈴で吠える前にフードを床にばら撒いて『呼び鈴イコールいいこと』と結び付けましょう
・散歩中に前から犬が来たら、吠える前におやつを与えましょう
とか
・免疫が出来る前に外に出すのはやめましょう
・去勢は問題が顕在化したときに考えましょう
なんて、無垢の飼い主を愚弄する時代がしばらくは続くのだろうと思う。

さてその後は…

いみじくも今日のNHK『その時歴史が動いた』で神様・仏様・稲尾様と紹介された名投手稲尾は天才打者長嶋を抑えるために考えに考え抜いた結果『考えないこと』という結論を述べていた。
「捕手とのサインを決めず、投げる瞬間に球種を決めた」と。
それが読みの天才を討ち取る極意であったというのだ。

さらに今朝の朝日新聞に、佐渡の空にトキを送り出す担当獣医師が紹介されていた。
初めて赴任した時には、威嚇を繰り返すトキに対して
「生意気な奴だ」と感じたが、そのトキが命を懸けての行動に出ていたことを知り、また知識や科学ではなく動物の直接的な訴えを感じた後にこの獣医が得た結論が心打つものであった。
「考えるな。ただ感じろ」
なんと素晴らしい境地だろうか!

科学の先にあるもの…それは…
実は科学の前からあったものなのではなかろうか。
両者はうまく融合できると思う。
ただ、今の時代、どちらかに大きく針が振れ過ぎていると感じるのは私だけではないはずだ。
 

ノーリードについての考察 2008年09月21日(日)

  先日書いたノーリードのことで書き足りなかったことがある。

室内で暮らす犬を育てる際に最初(仔犬時代)に直面するのが
・排泄のしつけ
・いたずらやあま噛み、生活リズムの破壊など室内での振舞い、である。

その段階で私たちは犬の行動に驚き、あたふたと取り乱し、諦めを経験し、破壊された物々や傷つけられる家族を前に怒りを覚え、真正面から犬と向き合う決断を迫られる。

そして、まるで取り憑かれたように「これがお前の知らない人間の世界だ。」と、いい気になっている犬を社会に連れ出し、身の程を知らしめ分をわきまえさせ、次第に共に居る喜びに感謝と家族としての結びつきを体感させるようになる。

しかしその後、身体だけは立派に成長しリードに繋がれ保護されてはいるものの、犬としての欲望や成犬としての独立心との狭間でどのような行動までが許されるのかと、犬たちは時にわがままで許されざる振る舞いをしながらその限界線を探ろうとする。
多くのケースでは犬が飼い主を引っ張ることがあれば、普段の散歩ではまともに歩く犬が興奮する状況になると我を忘れたように走り出すことがあったりする。

私たちと愛犬との生活の偏差値は社会に出た時に、リードで繋ぎそこで表れる犬たちの振る舞いをみることで測れる。
『いや、そうは思わない。犬はもっと自由であってよい』と考えるのは一部同感であるが、そのような飼い主と犬は現代社会に出てはならず、ひっそりと別世界で暮らす覚悟もしておかなければなるまい。

ところで子供の頃、どうしても出来なかった小学校の算数の問題だったのに学年が上がってから『あの時なんでこんなことが分からなかったのだろう?』と感じた経験はないだろうか。

犬のしつけも実は同じなのだ。
私は愛犬を現代における反社会的なノーリードにして暮らすことを勧めているのではない。
ここまでに書いたように仔犬の頃からの様々な試練を乗り越えるなかで、私たちは犬たちと対峙し共に育ち、結果的に深い絆で結ばれてしまっているのだ。

その思いと自分の育て方の成績表を客観的に知り、満足することもあろうし足りなかった部分を補充して完結させるのがノーリード歩行であり、解放された自然空間においての最終結びつき度チェックであると私が考えることに異論があるだろうか。

つまり愛犬と共に高等数学に密かにチャレンジし、克服したりさらに勉強していれば、社会生活を平穏に営むレベルの“算数”なんかはお手の物という生活ができるはずと思うのだ。

仔犬育ての中で多くの方はいろんな苦労をしてきたに違いない。
でも考えてみればそれは家庭内という小さな社会での問題解決程度のもの。
ノーリードをイメージしてみよう。
ひとつ間違えれば家庭崩壊という社会的な制裁を受ける可能性がある
ひとつ間違えれば愛犬の命をなくす可能性がある

だけどその危険性は冬山登山より低く、いい加減な起業ビジネスや株による一攫千金精神よりは高い程度だ。
なにより数少ない現代のアドベンチャーであり、ノーリードは冬山登山と同様に『失敗してはならず、慎重であるべきだし、勇気ある撤退(出直し)』が求められるが成功したときの喜びはひとしおである。

つまり真剣度が違うということの意味とそれによる愛犬の成長を今一度考えてみるべきである、ということを伝えたかった。
 

人の行動心理 2008年09月19日(金)

  年のせいか毎日の時間が過ぎるのは早く、腰を上げるのと疲労回復は遅く感じられる。
道東の旅から既に3週間が経ち、洞爺湖キャンプから1週間が過ぎた。
疲れが残っている私たちに『ねぇ、今日定休日だよね。どうする?』
という眼差しを向ける奴がいる。

6年ほど前まで私は時間があればパチンコを打っていて、とりわけ無職だった最後の年は時間がたっぷりあったのでそれまでのマイナス分を取り戻せたんじゃないかと思うほど毎日儲けていた。
だが、Kとの新しい生活を踏み出しカフェを始めることになったことともうひとつパチンコをしながらいつも頭をよぎっていたことがきっかけとなってピタリと止めた。

・景品と引き換えにお金を手にしても『釧路まで往復できた時間なのに、またここで無駄に過ごしてしまった』
・たまに負けた時には『2泊3日の旅行ができたなぁ』
・『いくら何でもこんなにタバコを吸ってたら・・・』

パチンコを止めたら毎日の時間がたっぷりできて、最初の頃はあちこちへ出かけたりそれまでにやりたいと思っていた日曜大工仕事や身の回りの細々とした整理ができたし実際カフェの準備に入るとパチンコどころでもなくなって、多いとはいえタバコの本数もあの頃とは比べ物にならないくらい減った。
何より家にいることがとても楽しくなり、今では
「たまに出かけてきたら?」
「人付き合いが良かったのに…大丈夫なの?」
「釣りには行かなくていいの?」
とKに心配をかけている(Kの本音が別のところにあるのかどうかは知らないが)

『ねぇ、今日定休日だよね。どうする?』
という我が家の愛犬アモの眼差しを受けた私は、実は昔『パチンコしたい!』『釣りに行きたい!』と私の脳が欲求していたものと心理学的には変わらない刺激を受けているのだと思う。
パチンコや釣りは面白いし“たまに大儲け(大漁)する”という心理学における強化の法則の代表格であり、アモと出かけるのは“毎度のこと”だから定率強化と呼ばれて心理的効果はパチンコや釣りなどより低いはずなのだが、実際は行き先は変わるし行く度に面白い発見があるという点においてより強い作用を受けているのかもしれない。

つまり結局、アモの眼差しを受けた私たちは昨日の定休日に愛犬も同伴できる“ぶどう・なし・プルーン狩り”の果樹園を目指して余市方向に出かけた。

「小樽運河もいいね。しばらくぶりにちょっと歩いてみるか」
途中の小樽で私とKは合意した。
小樽は前回、運河沿いの散策途中で美味しそうな焼き煎餅を売っていて私たちは美味しく食べたのだが、おすそ分けにアモにあげたら修学旅行生の前でペッと吐き出して笑われてしまった街である。

オルゴール堂などいろんなお店を覗き、テラス席のある店で食事をし、ソフトクリームを3人で食べていたら、もう果樹園まで行って『フルーツ食べ放題』でも絶対に損をするお腹の状態になってしまった。

年を重ねるというのは一遍にいろんなものをたくさん食べられないということでもある。
というわけで「アモ、悪いね」と帰路についたものの、存分に遊べなかったアモに対して申し訳なさもあり結局私たちは銭函の砂浜でアモを泳がせることにした。

帰宅後砂だらけのアモをKが水洗いし私が外で乾燥させた。
『いろいろ経験してみると海水より淡水の川や湖の方がいいなぁ』
というのが海辺の町、瀬棚で暮らしたアモの感想であった。
犬を泳がせるだけなら私も同感である。
次に時間が取れたらまた洞爺湖に行こう。

この欄さえなければタバコはパチンコをしてた時よりも減ったはずだし、酒がこんなに多くなることもなかっただろうに…
さてどうしたものか。
 

それぞれの個性に乾杯 2008年09月16日(火)

  夕べの『最新情報』ご覧になりましたか?
私だっていろんなブログやHPを見ることがあるけど、大体は人間の顔にはボカシが入ってるのに、Kの『最新情報』は修正もなく“まんま”です。
怖いですねぇー。
お気をつけ下さい。
特別な申し出のない限りは、そんなカフェですので…

さて、JRのカシオペアで盲導犬使用者のAさんは無事帰京されただろうか?

以前に私は、盲導犬には10数年前から建物内でも排泄できるベルトと凝固剤を開発し、盲導犬候補生にはそこに排泄するトレーニングを行っていることをこの欄に書いたが、先日、愛犬の10歳記念の旅でカフェを訪ねてくださったAさんは、その必要性を感じておられてなく通常の外でのワンツー(シーシーベンベン)で生活をされていた。

ところが初めての長旅。

Aさんは帰路に当たる札幌〜東京の長距離列車カシオペアでの排泄をどうするか自分なりに考えておられたようだ。

その方法とは、『ホテルの空き地の草むらで排泄したので、その草をむしって列車内でペットシーツを広げた上にその草を撒いてさせる』という理論的には頷けるものだった。
だが、それですんなり解決できなかった場合を想定した私は、
「こんな方法だってあるよ」とアドバイスを与えた。

それは実際に盲導犬ユーザーが過去に行った腹を抱えて笑いたくなるような手法でもあった。

・長距離列車でも必ずどっかの駅で数分間停車することがある。
・その前に車掌が車両を巡回してくるから、その時に盲導犬と一緒であることを伝え、適切な駅で排泄させたいことを伝え、そこに到着したら手助けして欲しいと頼んでおく。
・停車駅で車掌が来たら、列車内やプラットホームでさせてもいいけど、あまりにあからさまだと他の人たちに迷惑だから『線路上の方がいいんでないかい?』とわがままを言う。
・その後は線路に下りて排泄させようが、どこで排泄させようが、“車掌”という人質を取ってるわけだからどんなに遅くなっても列車が勝手に発車することはない。
というわけだ。

Aさんも笑いながら「それは使えるかも」と現在の軟弱な社会福祉を逆手に取った手法に納得されていた。

軟弱といったのには訳がある。
人には障害や加齢などによって行動できる範疇に様々な個性的な違いがあるのだが、社会や行政はそれを『ひとくくり』にしないと対処できない性癖というか制度を作ってしまう。
つまり人はそれぞれに違うのに、“社会的弱者”でくくれば救済対象になるし、そうでなければ門前払いか『お気の毒』で済まされてしまうというわけだ。

今夜はこれ以上の難しい話はよそう。
盲導犬を伴っている以上、障害者なのだから、公的機関で働くものは配慮する意識を高めて当然となるのだ。

批判はともかく、障害を持つ人間(=いつそうなってもおかしくない私たち)が編み出した“遊び心”に快哉を叫びたい。
 

愛犬との旅ひとまず終了 2008年09月14日(日)

  酔った老体では今にも息が切れそうだった。

今夜のお泊り犬ラブのマックス(10ヶ月)は夕方スマートに2階に上がったものの、お休み前のトイレタイムで階段を下りることができないでいた。
仕方なく私が抱っこして1段ずつ転落しないように慎重に降りることになったのだ。
どんなに飲んでいてもまだ肝心な時は身体がちゃんと反応してくれるありがたさと、加齢に伴う呼吸の乱れに戸惑ってしまう。
無事ガーデンに出て深呼吸を繰り返し、見上げた空には見事なほどに眩い中秋の名月が輝いていた。

さて、『愛犬との旅』もそろそろ核心を書いてひとまず終わりにしようと思う。

今の日本では破天荒であり常識ハズレであり多くの場合法律・条例違反なのだが、ノーリードでのしつけというか訓練を認め、それをクリアした犬が常識的な場所でノーリードにしていても許される社会と飼い主になって欲しいというものだ。

叶わぬ夢だがそれが究極の家庭犬との暮らしだと私たちは思っており、それに必要な項目のほとんどを私はアモに教え込んだ。
今では“アモが存在するが故の迷惑”しか他人や社会にかけてはいないつもりだ。
つまり
1.そこにアモという犬がいて、リードに繋がれていようがいまいが犬アレルギーだったり恐怖や嫌悪を感じる人がいたり、犬がリードに繋がれてると安心感を得る人がいるということ。
2.排泄するし、敏感な人には臭いもあろうし、抜け毛もある。

以上であり、それ以外に正当な指摘を受けたならすぐに改善する気持ちも持ち合わせている。

アモをノーリードにしても
1.室内で暮らす大人が一人増えたようなもので、それ以外の何もない。
2.外では人に声をかけられても自ら勝手に近づかないし、興味ある動物がいても許可なく行動を起こすことはない。
3.仮に通行人や動物を見つけたなら立ち止まって『マテ』なのか『おいで』なのかの指示を待つ。
4.仮に人や動物がアモに向かってきても無視するか立ち止まって指示を待ち、例え犬に咬みつかれたとしても反撃せず鳴き声をあげて私が何とかしてくれると信じているだろう。
5.交差点や道路を勝手に安全確認もせず渡ることはないし、歩道を歩いている時に例えば突然大きな音がしたり、猫が飛び出したり、犬に吠えかかられてもあたふたせず「マテ」の指示に従うだろう。

そのうえで遊び心があり、自己主張もし、冗談も通じ、多くの言葉を理解し、叱られることの意味とその時の振る舞いを知っている愛犬と旅することがどれほど素晴らしいかを是非想像していただきたい。

そして大切なことは『そういう犬にめぐり合えたから』というのではなく『そのために愛犬を育てる』ということに思いを馳せて欲しい。
アモが我が家にやってきて彼の生活習慣は大きな転換を求められたことだろう。
きっと今アモはその意義を理解し、いつでもどこへでも私たちと一緒に出かけられる喜びと自らの振る舞いの意味を感じていると思う。

初代看板犬で亡くなったスーとも何処へでも出かけたし、今のアモも何処へでもノーリードで出かけられる状況だ。
『あの犬はよかった』なんて思わない。
どんな犬に育てるのか、それぞれの個性を楽しみながらも基本は基本であり、飼い主がしっかり関わって育て上げる苦労を喜びに変えてくれるのが犬の素晴らしさでもある。

私とアモは状況を見ながらノーリードの散歩を人目につかないように日々繰り返し、その問題点と効果を考えている。
2ヶ月ほど前、誰もいない(と思われた)道路をノーリードで歩いていたら交通取締りの警察官が物陰に隠れていて「犬はリードで繋ぎなさい」と注意を受けた。
私とアモは足早に通り過ぎたが、イギリスで愛犬をノーリードで歩かせるために、いろんな指示と褒め言葉をかけながら練習していた少年の姿が思い出されていた。

やっぱ、今の日本じゃ無理ですよね。
私が悪い。
もっとこっそりアングラでやります。
 

塩屋先生のこと 2008年09月13日(土)

  「夕べのこの欄は誰が書いたの?」
今朝になって『北の国から』がアップされているのを見て、私はてっきり酔い潰れた私に代わってKが最後を書いてくれたものと思い
「あのccccって何?どういう意味?」と尋ねてみたら
「知らないよ、そんなこと。私も知りたかったのに」とK。

私は酔ったことを言い訳にして生きてきたつもりはないが、昨夜の後半は正直全く記憶にない。
酩酊状態になっても徘徊して人殺しをせず、ちゃんと戸締りをして自分でパジャマに着替えて自分のベッドで朝まで寝ていられる遺伝子をくれた両親に心からの感謝を伝えたい。

さて、今夜のテレビ番組『日本初の盲導犬誕生物語…』ご覧になりましたか?
よく出来ていましたね。
私にはとても懐かしかった。
昭和50年に大阪のお好み焼き屋さんで読んだ少年サンデーだかマガジンに掲載された『僕は盲導犬チャンピー』のドラマ化はこれまでにも何本かあった。
だが、あの漫画こそが私を盲導犬の世界へ送り出したのだ。

ある程度の経験を経て盲導犬の訓練に自信を持ち始めた頃、塩屋先生が当時の札幌盲導犬協会(現北海道盲導犬協会)を訪ねてくださった。
私にとってはその頃から“怖いおじいちゃん”だったのだが、先生は当時としては新たな訓練手法を取り入れた札幌の盲導犬協会に理解と興味を示してくださり、私の訓練を後方から見学された後、そこそこの討論をさせていただき先生の協会に私が伺った際には丁重なおもてなしを受けた。

残念ながら塩屋先生との訓練方法には大きな差異があった。

だが、それは時代を経た進歩であり、先生も心の底では喜んでおられたに違いのないことでもある。
当然、私は直接的な議論を控え、日本に盲導犬を導入された当時の苦労話に耳を傾け、当時の先生の気概を学ばせてもらい、その後も何度か行き来をさせていただいた経緯がある。

息子の隆男君とは年齢も違わないこともあって、イギリスでの国際会議後には飲みながら親交を深め合った。
違うのは彼は親/塩屋先生のあとを継ぎ、私は別の世界で生計を立てるようになったぐらいのことだろうか。

ともあれ今日の番組の最後で塩屋先生が健在であることを見られたのがうれしかった。
奥様の和子さんと隆男君にも現在の私を報告できればと思い始めている。

盲導犬事業に関わった人間は塩屋先生の後にも続き、バトンを渡しながらこれからも脈々と続いていくことだろう。
その人々が塩屋先生の初期の志を引き継いでいるのは確かなことである。

日本語で言えば『盲導犬』だけど英語ならGuide dogs 『for the Blind』。
つまり誰のためのものではない『視覚障害者のための盲導犬』なのである。
 

愛犬との旅・アネックス(別録) 2008年09月12日(金)

  身体中が火照って燃えそうだ。
原因は夕べの白ワイン。

実は定休日初日の昨日朝から、先般サミットが開かれた洞爺湖畔で湖面貸切状態のキャンプを楽しんできた。
向かう途中のルスツ高原で前から走ってくるキャンピングカーにふと目をやると、運転していたのはカフェの常連ハスキー/チェス君の飼い主Yさんだった。
あっという間に通り過ぎてしまったが今年から始めたキャンピングカー生活の体験を積み重ねた帰還途中だったようだ。
早速携帯に電話してみると「今すれ違ったよね。暑かったぁ!」という言葉が返ってきた。

我々が現地に到着してみると、テント諸々を設営してる最中は汗まみれになったものの、その後は涼風が吹き始め空にはうす雲がかかって何とも快適な時間を過ごすことができた。

それからの我が家の愛犬アモは疲れ果てるまで湖畔を泳ぎ回り、夕方に私たちは快適な温泉を満喫してから夕食のすきやきに舌鼓を打った。
宴がピークに達した頃、温泉街で打ち上げられる花火を遠めに見ながら至極の時間を過ごせたのであった。

ビールで心地よくなった私はワインを飲みたくなった。
予め買ってあった『やや甘口でフルーティー』なワインのコルクを“栓抜き缶きりコルク抜き”が一体となったツールで全身全霊をかけて引っこ抜こうとしたのだが、どんなに力と気合を入れても抜けなかった。

どんなにどれだけ力を配分しても抜けなかった。

ビールだけで終わってしまった私はそこそこ心地良かったものの、結局眠れぬ夜を過ごすことになり今日の朝を迎えた。

お日様が照っていたなら日の出と共に暑さで起こされてしまうのだが、今朝の洞爺湖はうす曇がすべてを完璧にしてくれた。

アモは湖面を泳ぎ続けて疲れ果て、私たちは涼しい今日を丸一日楽しむことができた。

夕べの反動が今に来ているのだ。
自宅に帰った私は夕べ飲めなかった酒(アルコール分)を一気に取り込もうとしている。

栓が抜けなかったワインの反動によって今夜は酔い潰れてしまったのだろう。

で、火照っているのは、キャンプの陽射しのせいではなくってそこまでの経緯におけるcccccc身体の反射である。
ともあれこんやは疲れています
 

愛犬との旅その5 2008年09月10日(水)

  テレビ番組なんかで『田舎暮らし』を夢見て都会での仕事を早期退職いわゆる脱サラした方々が紹介される。
北海道でもそのような方が多く、それだけの夢を充分に描く価値がある自然豊かな大地だと私も思っている。

動物的な繊細な感性を持っていないと自然の中では生きてはいけないし、かといって細々したことより『大雑把で大体』というゆとりを持たないと自然や地域に溶け込めない。
そんなことすら魅力に感じるものである。

ただ、『ちょっと勘違いしてませんか?』と思われるのが犬との暮らし方で、広大な敷地を有している人がその範囲において愛犬を自然に帰しのびのびと放牧するのなら羨ましくもあるが、そうではなく只単に周囲が空き地であったり『田舎では犬も自由に野放し』なんて感覚でいるなら、それは脱サラ組の期待と誤解に基づく誤ったイメージである。
もしできるなら都会に過去のすべてを置いてきてもいいから、犬との暮らし方の基本(周囲に迷惑を及ぼさない)だけは北海道や沖縄に持ってきて、その上でも充分に楽しめることを知って欲しい。

札幌なんかの公園には必ずと言っていいほど
・犬は放さないでください
と書かれた看板があるけれど、地方に行けば
・ウンチは持ち帰りましょう
に続いて
・犬は必ず連れて帰りましょう
なんて書いてあったりする。
別に公園で犬を捨てていく人が多いわけでなく
『好きなだけ遊んだら、どうせ自分で帰ってくるべ』と考えている飼い主が多いということだ。
だが、そんな街を歩いてみるとあちこちに似たような犬がいて、どうやら帰り際にオス犬がこの世の春を謳歌した痕跡が見られたりする。

今回の旅先の宿でも北海道に移り住んだオーナーの中に、「うちの犬は自然のまま。それが一番だ。2ヶ月も帰ってこないこともあったけど、ちゃんとバスに乗って自分で帰ってきた」と誇らしげに語るご主人がいた。
「へぇー、地域の人はみんなこの犬が誰の犬か知っててバスに乗せてあげたんでしょうね」とKが言うと
「いや、自分で乗ってきたんだ」と言い張るご主人。
まるでそれが自然との共存であるかのような考えに、Kは『これ以上のことは言っても無駄だよね』とため息をついた。
「歩けなくなった数日後に死んだ。(それが自然と暮らすのを象徴した結果だ)」とご主人はさらに自慢そうに話した。
「普通に暮らしてれば事前に飼い主が異常を知ることができただろうにね…」
後でKが淋しそうに言った。

その宿ではペットを受け入れる部屋を設けて、館内もオンリードであれば自由に動けていたのが今年から室内のみになった。
「“自然なままの犬”を受け入れていた宿の方針を転換させるほどの“モンスター飼い主とモンスター愛犬”が増えてしまって、さすがのオーナーも困ったんだろうね」と私はつぶやいた。

医療を含めた高等な管理をされた愛犬とその飼い主の意識については『おいおい!それって行き過ぎてないか?』とその過剰さを感じることもあるが、あまりにもいい加減で旧態依然とした田舎の良さに、都会の人間が的外れな拍車をかけることに疑問を感じた瞬間があった今回の旅であった。
犬と暮らす上での『地域ごとのフツウ』というのを再認識し再定義しなければならないと感じた。
 

ちょっとこの欄をお借りして 2008年09月08日(月)

  本日(8日)『長崎塾』の件でお電話いただきましたフジイ様。
メールでのお申し込みとのことで再チェックいたしましたが、メールが届いておらずアドレスが分からないため全文の添付が出来ない状況です。
誠に申し訳ありませんが、もしこの欄をお読みでしたらもう一度お電話くださるか改めてメールを送っていただけませんでしょうか?
よろしくお願いします。

今夜の欄は後ほど書ければ書きます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あれから数時間が経ち体内のアルコール濃度もこの欄を書ける程度にまで満たされてきた。

さて、冒頭にある『長崎塾』とはこのページの左側にある緑色の帯の下から4番目の項目のことで、そこには盲導犬の仔犬を1年間育てる“パピーウォーカー”というボランティア家庭のために私が書き下ろしたノウハウが収められていて、現在では一般家庭犬向けに改編途上の未完の状態となっている。

盲導犬はともかく家庭犬についてはまだまだ未熟な私なので、時折手を加えているがなかなか完成できないでいる。
盲導犬の用途はある程度ハッキリしているので、使用者の個性やニーズそれと施設側の改革に対応していけば良いのだが、家庭犬となると犬種や飼い主の多様性それに社会のいい加減さを考えなければならないから、そういう意味で家庭犬のセミプロの私には苦労が多いのだ。

それでも時々いただく愛犬家の方々からの声援メールに勇気付けられる毎日である。

ところが私と同じようなプロやセミプロの方々が私と同じような主張をしたためにネット上で叩かれたりしているというメールをいただき『一体どうなってるの?』と戸惑うことがある。

私はこれまでに一度もそのような論戦を挑まれたことがなく、且つ、現在は札幌の天候も抜群で気分は最高だから『ちょっとつきあってもいいかな』と思っている。

だから私はすべてを公開して待っています。

問い合わせではなくあなたの主張を聞かせてください。

きっとそのことが私の頭を混乱させ、ひいては整理させてくれて、未完の『長崎塾』を完成へと導いてくれると信じているのです。
お互い感情的になって論戦し、磨き合いませんか?
新しきを知るためにチャレンジをお待ちしております。
メールアドレスはnagasaki@sapporo-dogscafe.comです。

ここまで書き終えた時、冒頭のフジイ様からメールが届いた。
よかったよかった。
なんと私と同姓の長崎県の方でした。
一件落着!
私は福岡生まれ、長崎生まれのさだまさしが大好きです。
ご迷惑をおかけしましたがすぐに全文を添付いたしますね藤井様。
 

愛犬との旅その4 2008年09月07日(日)

  今回の旅の初日、十勝の美味しい牛乳を普段よりやや多目に与えすぎたため我が家の愛犬アモの夜のウンチはやや緩めになっていた。
案の定、夜中の3時頃「ねえ、ねえ、」とアモは私を起こした。
そして「トイレに行きたい」と彼は明確に伝えた。
「そうか、わかったよ」
アモと宿の玄関まで行った私は大いに焦った。
何と玄関は施錠されていてどこを探しても開けようがなかったのだ。
「すまん、悪いけど我慢しろ」と言って私たちは部屋に戻り、
「5時には開くべ」と二人して横になった。
(もしアモがさらに訴えたなら宿の方を起こすつもりでいた)

それはそれは健気なアモには辛い2時間だったことだろう。
こらえながら身体をもぞもぞさせ様々な工夫をしているのがわかった。

5時前に玄関の開く音がしたので私はすぐに着替えてアモと外に飛び出した。

年のせいか最近の私は若い頃のように便意を催してから我慢できるまでの時間が極端に短くなっているのだが、アモはその我慢を見事にやってのけてくれたのだ。
あの便の状態なら私は我慢できずに・・・

ともあれその日は『スマンかったなぁ、アモ。』という思いと『よぉ我慢したなぁ』と感謝の気持ちでいっぱいだった。

ところで、自宅におけるアモの排尿行動には明らかにテリトリーを意識したマーキングが見られる。
それは彼の去勢時期が遅かったことに起因している。

盲導犬候補生だったアモはその適性を判断しきるために、本来(盲導犬の場合)なら生後6〜7ヶ月での去勢が適切なのだが、様々な事情があって1歳を過ぎてからの去勢となっていたのだろう。
そしてそのことがアモにオスとしての痕跡を強く残し、テリトリーにおけるマーキングに繋がっていると思われる。

例えば、散歩コースを少し変えてあげると大抵の犬は喜ぶのにアモは日常の散歩コースにはこだわりを持ち、チェックすべきところではマーキングを欠かさないでいる。(勿論私が許可した空き地や草むらであって、人が住む玄関や塀は不許可となっている)
タマツキシーズーのゴンタでさえ途中からのマーキングは格好だけでオシッコは何も出てないのに、アモは最後までしっかり出ていることに驚かされる。

だがそんなアモと未去勢犬のしつけられていない犬との違いは、旅行先や休日などに車で移動する原始林などを歩いていてもアモは滅多にマーキングというか排尿行動をとらず、たくさん溜まってから一気に排尿をするし、カフェや宿など人の生活空間ではたとえ下痢をしていても絶対に我慢するのだ。

アモは去勢時期が遅れオスとしてのホルモンが回った犬である。
それでもちゃんと育てることで申し分のない家庭犬になってくれている。
ただ飼い主はプロの私たちである。
普通の方たちに家庭犬として失敗しないためのアドバイスを与えるなら
・オス犬が四つ足で排尿している生後5〜8ヶ月の時期に去勢しなさい
・それに異議を唱える獣医師がいたら説明をよく聞き、愛犬の病的なことに起因するのでなければ改めて手術を依頼するか他の獣医師を探して去勢しなさい
と言うだろう。

昨日のカフェに去勢して3日目のシーズー/そうじろうが遊びに来てくれた。
「最近始まっていたペットシーツ以外の場所でのマーキングがピタッとなくなりました」
「こんなに変わるなんて驚きです」

それがしつけだとは思わないがスタートラインに立てた事だけは間違いない。
何故なら、本能の一部分を切り離すことができたのだから、これからは面と向かって育てることができ、以後の犬はあなたたちの作品となるのだ。

さてこれまで愛犬を受け入れてくれる数少ない宿に感謝の気持ちを込めて書いてきたが、実は受け入れ側の人間たちにも根本的な問題があることを改めて気づかされた今回の旅でもあった。

この続きはまた。
 


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