From the North Country

愛犬との旅その5 2008年09月10日(水)

  テレビ番組なんかで『田舎暮らし』を夢見て都会での仕事を早期退職いわゆる脱サラした方々が紹介される。
北海道でもそのような方が多く、それだけの夢を充分に描く価値がある自然豊かな大地だと私も思っている。

動物的な繊細な感性を持っていないと自然の中では生きてはいけないし、かといって細々したことより『大雑把で大体』というゆとりを持たないと自然や地域に溶け込めない。
そんなことすら魅力に感じるものである。

ただ、『ちょっと勘違いしてませんか?』と思われるのが犬との暮らし方で、広大な敷地を有している人がその範囲において愛犬を自然に帰しのびのびと放牧するのなら羨ましくもあるが、そうではなく只単に周囲が空き地であったり『田舎では犬も自由に野放し』なんて感覚でいるなら、それは脱サラ組の期待と誤解に基づく誤ったイメージである。
もしできるなら都会に過去のすべてを置いてきてもいいから、犬との暮らし方の基本(周囲に迷惑を及ぼさない)だけは北海道や沖縄に持ってきて、その上でも充分に楽しめることを知って欲しい。

札幌なんかの公園には必ずと言っていいほど
・犬は放さないでください
と書かれた看板があるけれど、地方に行けば
・ウンチは持ち帰りましょう
に続いて
・犬は必ず連れて帰りましょう
なんて書いてあったりする。
別に公園で犬を捨てていく人が多いわけでなく
『好きなだけ遊んだら、どうせ自分で帰ってくるべ』と考えている飼い主が多いということだ。
だが、そんな街を歩いてみるとあちこちに似たような犬がいて、どうやら帰り際にオス犬がこの世の春を謳歌した痕跡が見られたりする。

今回の旅先の宿でも北海道に移り住んだオーナーの中に、「うちの犬は自然のまま。それが一番だ。2ヶ月も帰ってこないこともあったけど、ちゃんとバスに乗って自分で帰ってきた」と誇らしげに語るご主人がいた。
「へぇー、地域の人はみんなこの犬が誰の犬か知っててバスに乗せてあげたんでしょうね」とKが言うと
「いや、自分で乗ってきたんだ」と言い張るご主人。
まるでそれが自然との共存であるかのような考えに、Kは『これ以上のことは言っても無駄だよね』とため息をついた。
「歩けなくなった数日後に死んだ。(それが自然と暮らすのを象徴した結果だ)」とご主人はさらに自慢そうに話した。
「普通に暮らしてれば事前に飼い主が異常を知ることができただろうにね…」
後でKが淋しそうに言った。

その宿ではペットを受け入れる部屋を設けて、館内もオンリードであれば自由に動けていたのが今年から室内のみになった。
「“自然なままの犬”を受け入れていた宿の方針を転換させるほどの“モンスター飼い主とモンスター愛犬”が増えてしまって、さすがのオーナーも困ったんだろうね」と私はつぶやいた。

医療を含めた高等な管理をされた愛犬とその飼い主の意識については『おいおい!それって行き過ぎてないか?』とその過剰さを感じることもあるが、あまりにもいい加減で旧態依然とした田舎の良さに、都会の人間が的外れな拍車をかけることに疑問を感じた瞬間があった今回の旅であった。
犬と暮らす上での『地域ごとのフツウ』というのを再認識し再定義しなければならないと感じた。
 

ちょっとこの欄をお借りして 2008年09月08日(月)

  本日(8日)『長崎塾』の件でお電話いただきましたフジイ様。
メールでのお申し込みとのことで再チェックいたしましたが、メールが届いておらずアドレスが分からないため全文の添付が出来ない状況です。
誠に申し訳ありませんが、もしこの欄をお読みでしたらもう一度お電話くださるか改めてメールを送っていただけませんでしょうか?
よろしくお願いします。

今夜の欄は後ほど書ければ書きます。
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あれから数時間が経ち体内のアルコール濃度もこの欄を書ける程度にまで満たされてきた。

さて、冒頭にある『長崎塾』とはこのページの左側にある緑色の帯の下から4番目の項目のことで、そこには盲導犬の仔犬を1年間育てる“パピーウォーカー”というボランティア家庭のために私が書き下ろしたノウハウが収められていて、現在では一般家庭犬向けに改編途上の未完の状態となっている。

盲導犬はともかく家庭犬についてはまだまだ未熟な私なので、時折手を加えているがなかなか完成できないでいる。
盲導犬の用途はある程度ハッキリしているので、使用者の個性やニーズそれと施設側の改革に対応していけば良いのだが、家庭犬となると犬種や飼い主の多様性それに社会のいい加減さを考えなければならないから、そういう意味で家庭犬のセミプロの私には苦労が多いのだ。

それでも時々いただく愛犬家の方々からの声援メールに勇気付けられる毎日である。

ところが私と同じようなプロやセミプロの方々が私と同じような主張をしたためにネット上で叩かれたりしているというメールをいただき『一体どうなってるの?』と戸惑うことがある。

私はこれまでに一度もそのような論戦を挑まれたことがなく、且つ、現在は札幌の天候も抜群で気分は最高だから『ちょっとつきあってもいいかな』と思っている。

だから私はすべてを公開して待っています。

問い合わせではなくあなたの主張を聞かせてください。

きっとそのことが私の頭を混乱させ、ひいては整理させてくれて、未完の『長崎塾』を完成へと導いてくれると信じているのです。
お互い感情的になって論戦し、磨き合いませんか?
新しきを知るためにチャレンジをお待ちしております。
メールアドレスはnagasaki@sapporo-dogscafe.comです。

ここまで書き終えた時、冒頭のフジイ様からメールが届いた。
よかったよかった。
なんと私と同姓の長崎県の方でした。
一件落着!
私は福岡生まれ、長崎生まれのさだまさしが大好きです。
ご迷惑をおかけしましたがすぐに全文を添付いたしますね藤井様。
 

愛犬との旅その4 2008年09月07日(日)

  今回の旅の初日、十勝の美味しい牛乳を普段よりやや多目に与えすぎたため我が家の愛犬アモの夜のウンチはやや緩めになっていた。
案の定、夜中の3時頃「ねえ、ねえ、」とアモは私を起こした。
そして「トイレに行きたい」と彼は明確に伝えた。
「そうか、わかったよ」
アモと宿の玄関まで行った私は大いに焦った。
何と玄関は施錠されていてどこを探しても開けようがなかったのだ。
「すまん、悪いけど我慢しろ」と言って私たちは部屋に戻り、
「5時には開くべ」と二人して横になった。
(もしアモがさらに訴えたなら宿の方を起こすつもりでいた)

それはそれは健気なアモには辛い2時間だったことだろう。
こらえながら身体をもぞもぞさせ様々な工夫をしているのがわかった。

5時前に玄関の開く音がしたので私はすぐに着替えてアモと外に飛び出した。

年のせいか最近の私は若い頃のように便意を催してから我慢できるまでの時間が極端に短くなっているのだが、アモはその我慢を見事にやってのけてくれたのだ。
あの便の状態なら私は我慢できずに・・・

ともあれその日は『スマンかったなぁ、アモ。』という思いと『よぉ我慢したなぁ』と感謝の気持ちでいっぱいだった。

ところで、自宅におけるアモの排尿行動には明らかにテリトリーを意識したマーキングが見られる。
それは彼の去勢時期が遅かったことに起因している。

盲導犬候補生だったアモはその適性を判断しきるために、本来(盲導犬の場合)なら生後6〜7ヶ月での去勢が適切なのだが、様々な事情があって1歳を過ぎてからの去勢となっていたのだろう。
そしてそのことがアモにオスとしての痕跡を強く残し、テリトリーにおけるマーキングに繋がっていると思われる。

例えば、散歩コースを少し変えてあげると大抵の犬は喜ぶのにアモは日常の散歩コースにはこだわりを持ち、チェックすべきところではマーキングを欠かさないでいる。(勿論私が許可した空き地や草むらであって、人が住む玄関や塀は不許可となっている)
タマツキシーズーのゴンタでさえ途中からのマーキングは格好だけでオシッコは何も出てないのに、アモは最後までしっかり出ていることに驚かされる。

だがそんなアモと未去勢犬のしつけられていない犬との違いは、旅行先や休日などに車で移動する原始林などを歩いていてもアモは滅多にマーキングというか排尿行動をとらず、たくさん溜まってから一気に排尿をするし、カフェや宿など人の生活空間ではたとえ下痢をしていても絶対に我慢するのだ。

アモは去勢時期が遅れオスとしてのホルモンが回った犬である。
それでもちゃんと育てることで申し分のない家庭犬になってくれている。
ただ飼い主はプロの私たちである。
普通の方たちに家庭犬として失敗しないためのアドバイスを与えるなら
・オス犬が四つ足で排尿している生後5〜8ヶ月の時期に去勢しなさい
・それに異議を唱える獣医師がいたら説明をよく聞き、愛犬の病的なことに起因するのでなければ改めて手術を依頼するか他の獣医師を探して去勢しなさい
と言うだろう。

昨日のカフェに去勢して3日目のシーズー/そうじろうが遊びに来てくれた。
「最近始まっていたペットシーツ以外の場所でのマーキングがピタッとなくなりました」
「こんなに変わるなんて驚きです」

それがしつけだとは思わないがスタートラインに立てた事だけは間違いない。
何故なら、本能の一部分を切り離すことができたのだから、これからは面と向かって育てることができ、以後の犬はあなたたちの作品となるのだ。

さてこれまで愛犬を受け入れてくれる数少ない宿に感謝の気持ちを込めて書いてきたが、実は受け入れ側の人間たちにも根本的な問題があることを改めて気づかされた今回の旅でもあった。

この続きはまた。
 

愛犬との旅その3 2008年09月05日(金)

  すべての未去勢のオス犬が排泄行動に問題があるわけではないし、自宅で暮らす分には気にも留めていない飼い主もおられることだろう。
実際カフェのお泊り犬で私のベッドで寝ることが許されているシーズーのゴンタも未去勢である。

しかしその安心感が油断となるから愛犬と泊まれる宿では絶対的な注意が必要となる。
否、そもそも私はタマツキわんこのほとんどはこのような宿泊施設を利用すべきではないとさえ思っている。
理由はいくつかある。
1.繁殖目的であること自体が“どこにでも連れて行ける”ということへの欠格事項であるから。
2.それでも“しつけ”ができていたり、性格的にそのような行動を取らないタマツキわんこもいるだろう。
だが、そのようなわんこも残念なことだし本人の責任でもないのだが“現役のオス”という臭いを室内に残し、後続のわんこたちのマーキングを誘発させる原因になっていることに配慮しなければならない。

『生まれながらについてる物を手術で取ることのほうがおかしい』と考えるのは自由だが、そのような飼い主は同時に“制限”というものを受け入れるべきであろう。
根源には本能に基づく行動や生物臭というのがあるのだから。

何度も書くが、盲導犬を社会参加させられるのはオス犬には去勢がなされているからであり、仮にどんなに優れた盲導犬の繁殖犬(stud dog)と旅行する場合があったとしても私たちは決して彼らを宿に入れることはせず車内に留め置くか特別な配慮をするであろう。

最近小型犬にはマナーベルトというのが広がっているが、敢えて小型犬の飼い主に伝えたい。
あれは万が一の備えであってマーキングを許容するものであってはならないのですよ。
私はずっと盲導犬をやってきたから『小型犬というのはある程度排泄問題があっても仕方ないのかな?』なんて思っていたが、カフェで5年勉強したら『そんなことはない』という確信が得られた。
小型犬には多少排泄間隔が短い犬がいるのと、飼い主が甘く考える傾向があるだけで、しつけなどの生活習慣に大きな差異はないのだ。
『ペットシーツで排泄させる』という観念がやはりすべてをおかしくさせているのだと思う。
小型犬の排泄にいい加減な飼い主は、まるでよく出来たモルモットを飼育している気分なのだろう。

一般客がほとんどで一部わんこ連れを認めた宿に、モルモット感覚で犬を連れ込んでおきながら、好き勝手に“愛犬との旅”を満喫する感性なんておかしいでしょう。
ケージに入れっぱなしなら昆虫と同じだからいいけど、マナーベルトをしていてもチェックインの手続きの最中に足元でわんこが足を上げてオシッコしているなんて、その姿を見た一般客はどう感じることか。
おまけにマナーベルト内でさせっぱなしの犬たちの放つ臭いを飼い主はどう感じておられるのか?
私には『鈍感』としか言いようがない。
せめて『ちゃんとするんだよ』という言葉を責任を持ってかけられるように“家族の一員”として暮らしたいなら去勢というものは絶対条件である。

ところで我が家の愛犬アモ…
彼に『お前はマーキング王子だ。』と言ってやりたい。
この話はまた。
 

愛犬との旅その2 2008年09月03日(水)

  前回の続き…

結局ガイドブックの内容とは違い『犬は室内だけに』と変更された宿が1軒あった。
部屋に入るとアモがいろいろ教えてくれた。
「ここ、ここにオシッコの痕跡があるよ」
「あ、ここもだね」
私はアモに教えられた場所にカフェで使用しているバイオチャレンジをスプレーし「他には無いかい?」と尋ねた。
アモは一仕事終えるとすぐに持参した敷物の上で横になっていた。

愛犬と泊まれる宿を利用したいなら排泄マナーは最低限のはず。
宿の方は「ご自宅ではきちんとできるんでしょうけど、環境が変わるといろいろありますので…」と精一杯の配慮をしながら注意事項を述べられていた。
それだけ粗相をする犬が多いということで、過去にこの欄で私が述べてきたように“犬が勝手にペットシーツで排泄するのはトイレのしつけなんかではない”ということの証明である。

殆どのペット関連従事者・獣医師・訓練士が“犬が自発的にペットシーツで用を足す”ことをトイレのしつけと思い込んでいるのがすべての過ちの始まりである。

犬の排泄意識は人間と変わりなくできるんですよ。
さらに詳しく言うなら、管理する人間がちゃんと愛犬の排泄行動に関わっていたなら
・自宅でのマーキング
・自宅以外のホテルなど環境が変わろうとも人が暮らす建物内での排泄など人間がお漏らしする確率程度の失敗しかないはずである。
でなきゃ盲導犬がホテルなど公共施設を自由に利用できるはずはないでしょう。

盲導犬は厳しい訓練を受けたから?
冗談じゃない。
私は25年間盲導犬の訓練をしてきたが、こんな基本的なトイレのしつけなどはパピーウォーカーと暮らす1年のうちに既に犬たちが学んでいた。
逆に難しかったのは、10数年前から特殊なベルトと凝固剤を用いることで盲導犬の排泄物が自動的に袋に収められるようになり、盲導犬使用者はわざわざ建物の外に出て排泄させる手間をかけなくて済むようになったのだが、例えば身体障害者用のトイレなどで盲導犬に「ここで排泄しろ」と納得させるのに苦労した。
「ウソでしょ?ここは室内ですよ。やっちゃマズイでしょ」と彼らは主張していた。

室内犬のトイレのしつけとは、外の指示された場所で排泄を行うことであり、飼い主は愛犬に我慢させることなく適切な時間に排泄をさせ、それでも予定外に催した犬は飼い主にそれを告げることができ、飼い主が留守がちの犬の場合は緊急避難として室内のペットシーツでもできるようにすることである。
日常的にそのようにしていると、旅行先だろうがなんだろうが室内で粗相することなどまずあり得ない。
仔犬や小型犬の排泄間隔が短いことは飼い主が把握しておくべきである。

因みにカフェのお泊り小型犬の寝床近くにはペットシーツを敷くこともあるが、そこに排泄する犬などまずいない。
みんなガーデンに出した時に済ませているから。

排泄で問題なのは未去勢のオス犬である…

長くなったのでこの話はまた次回。
 

愛犬との旅 2008年09月01日(月)

  無事4泊5日道東の旅を楽しんできた。

今回宿に選んだのは“主にワンちゃんと飼い主のための宿”ではなく“ワンちゃんも泊まれる宿”であった。
その理由は
1.メインは一般客だから、そこに泊まるワンちゃんも飼い主もそれなりのマナーやしつけに自信を持っているはずと期待してのこと。
2.同じく一般客がメインだから温泉や部屋の設備もそれなりに綺麗で充実していると思われたこと、であった。

で、結論はというと
充分に満足できたのが1軒で、結構満足だったのが1軒、あとの2軒は「うーん、いろいろ大変なんだろうなぁ」という思いが残った。

断っておくが、どこの宿も皆さん親切で食事も美味しかったしおもてなしも良かった。
おまけに予想通り温泉はすばらしく日ごとに身体がつるつるするのが実感できた。

『うーん…』と私が唸る意味にはとても深いものがある。
どの宿も犬好きの人々がいてとても好意的なのだが、良かれと思って宿の一部を愛犬家に開放した結果、自分たちの好意や想像とはかけ離れた犬と飼い主に遭遇し、苦労した過去と現在の表情をお持ちなのだ。
つまり『愛犬と泊まれる部屋を準備したけど、予約の入った今度のワンちゃんと飼い主はまともな方たちだろうか?』という不安が自然と湧き起こっているのである。

だからガイドブックには犬を受け入れる条件として
・トイレなど最低限のしつけが出来ていること
・無駄吠えして他のお客様の迷惑になるようなことがないこと
などが明記されてもいる。

しかし実際に宿泊してみると
1.隣室のMダックスは家族が食事や温泉に出かけると吠えっぱなしで、それなのに飼い主は交代で出かける配慮もせず、在室中に吠えても止めさせる意思がないのか危機感がないのか・・・、大勢の一般客や宿側に迷惑をかけていることに無神経であると断言せざるを得なかった。
嫌味な表現だが、ああいう飼い主ほど『叱ってはいるんですけどねぇ』と言い訳をし、『犬と泊まれる宿っていうのはそんなことを理解したうえで受け入れてるんじゃないですか?』などと開き直っているのだろうと思われた。

2.宿泊室に入るとお香や芳香剤の香りがする。
室内生活をしている犬の体臭が染み付いて部屋が臭くなることなど滅多に無いから、これらの香りは明らかに過去の排泄臭の消去の為に施されている。
つまり粗相やマーキングをする犬たちとそんなことすら解決も出来ない飼い主が過去に宿泊していたということである。
毎日毎日、宿の方々は日々清掃する部屋に入り心砕いておられたのだろうと思う。
抜け毛の掃除だけなら想定範囲内だっただろうに。

3.畳やドアに引っかき傷が・・・
排泄臭に悩まされた挙句、畳やドアなど室内を荒らされおまけに吠え声で他の宿泊客に迷惑を及ぼしたなら多くの受け入れ業者には警戒感が芽生えて当然である。

長くなるのでこの続きはまた明日。

大型犬宿泊費2100円
中型犬1575円
小型犬1050円
そんな規定のあった宿なのに私たちの大型犬アモが請求されたのは1050円であった。
『あなたの愛犬ならいつでもまたいらしてください』
そんなメッセージだと私は受け取った。
 

異種間交流 2008年08月26日(火)

  明日27日から31日までカフェは夏休みを頂き、9月1日(月)から通常営業いたします。

『気候が丁度良い時期に夏休みを』と思っていたのに今年の北海道は寒い!
おまけに明日から4日間全道的に雨模様の予報…
普通なら『せっかくの休みなのに』と残念がるところだが我々は違った。
「キャンプにしなくて正解だったね」とKは喜び、「これでミニトマトと枝豆横丁の水遣りの心配をしなくて済んだ」と私。

もう一人我が家の愛犬アモは、夜になって旅支度を始める私を見ながら大きな期待にあれこれと想像を膨らませている。
これは私の勝手な解釈ではなく、アモがあれこれ考え脳を活性化している時には、アモの眉間から前頭葉付近を触ると熱くなっているのが分かるのである。

普段は自ら上がることのないソファーに私と並び、『何か説明があるはずだ』とさりげなく待っている。
いつもなら私は悪ふざけをして「父さんと母さんで出かけてくるからね。アモは留守番だよ」と言ってアモが猛然と抗議してくるのを楽しんでいたのだが今夜は趣向を変えてみた。
「明日からね、父さんと母さんとアモと三人で旅行に行くよ。あれ?母さんは留守番かなぁ?母さんも行くのかなぁ?」
言い終わらないうちにアモはソファーから飛び降り、Kを探しに出かけていった。

「母さんも行くよ!」
Kのその一言にアモは飛びついて喜んでいた。

犬の理解度は私たちが期待するほど高くはないが、動物行動学者が論理的に述べるほど低くはないと経験上秘かに思っている。
だから先日のニュースにあった“イルカと会話が出来る”という科学的検証に驚きはしなかった。

すべてのイルカや飼い犬が会話を理解するわけではないし、頭の良い個体だけが理解するわけでもない。
彼らの脳を解発できる人間と暮らした時に彼らは会話を理解するようになるのである。

まあ今夜のアモの振る舞いは行動学的には単純に説明できるが、毎日一緒に暮らしていると『おやっ?』と感じることが多々ある。

ともあれ明日から異種間交流を深める旅に出てこよう。
 

情報収集の旅計画 2008年08月23日(土)

  カフェは今度の水曜日(27日)から月末まで初めての5連休とさせていただき9月1日からの営業となります。

5連休の使い道について当初私の頭を支配していたのはキャンプ・キャンプ・キャンプであった。
子供の頃からキャンプが好きで、それはまさに秘密基地の延長線上にある私のアドベンチャーだった。
きっと誰かの影響を受けていたのだろうが、テントという寝床に魅力を感じ、暗がりの中での様々な遊びに夢中になり、砂浜で星空を独り占めにして空想し、食パンにカレーの缶詰を塗りたくって「貧しくても何とかなる」なんてよだれをこぼしながらその美味さにのめりこんでいた頃が懐かしい。

だが去年から始めた我が家のキャンプはやや趣きを異にしている。
キャンプ地に到着後の設営はすべて私自身が行い、その間Kはアモと戯れ・散策し現地の空気を楽しむ。(実際には1年後からKが設営を手助けしてくれている)

朝食は近所のお気に入りのホテルに予約を入れて優雅に楽しむ(朝食の値段など後のトラブルから考えれば知れたものだ)
昼食は地元の店で世界にひとつだけの料理を堪能し、夜は地元の食材を焼いて食べる。
北海道ならその前後に地元の温泉にゆっくり浸かるのが相応しいだろう。

現代におけるキャンプとはアウトドアでの楽しみ方であってサバイバルではないという選択肢もあっていいはずだ。

そんなキャンプをイメージしながら5連休のスケジュールを考えていたのだが、Kの顔色がいまいちパッとしないのが気になっていた。
そこで自分の考えを一旦チャラにして、全行程を犬と泊まれる宿に設定してみるとKの顔が輝き始めたではないか!

というわけで、今度の休みは『わんこと泊まれる宿』を4箇所体験することとなった。
報告はいずれのんびりとさせていただき、とにかくゆったりのんびりの旅を楽しみたいと思う。
勿論すべて温泉宿である。

休みは水曜日からで26日までは営業しておりますのでお間違え無きようご来店下さいませ。
 

盆を過ぎればもう秋 2008年08月21日(木)

  夕べは寒かった。
窓を開けて寝ている私は冬の掛け布団に包まって、それでも寒さで何度か目が覚めてしまった
今日の天気予報では「今夜も冷え込みます。暖かくして寝ましょう」だと。
まだ8月だよ。
今月27日から31日まで『カフェは夏休み』とさせていただくことになっているが『カフェの秋休み』の方が相応しいかも…

定休日でお泊り犬もいない今日、我が家の愛犬アモをどんなところに連れてってやろうか思案していたら突然の不幸があったということで急遽お泊り犬ができてしまった。

昼過ぎまでその子たちと遊び、彼らの疲れを見計らって私とアモはカフェから散歩に出かけることにした。
いつもとは違ったルートに入り地域探索となった。
新鮮さを感じつつ注意も怠りなく、おまけに行く当てもなしに歩き続けた。
12時過ぎに出発した私とアモだったが、アイスを食べた辺りからアモの歩調が鈍り始め私の後方を歩くようになった。
「おまえが行きたいというから付き合ってやってるのに、もうダウンするのか」
そんな言葉にアモは少しは頑張っていたが「母さんに迎えに来てもらうか?」というと、辺りをきょろきょろしてKの車を探し始めていた。

結局、迎えを頼み、カフェに到着したのは夕方の4時になっていた。
口ほどにもなくアモの体力は知れた状態である。
しばらくカフェで休養したら『よし、また行くぞ!』などとアピールしていたが、既にゲームは終了しているルールを理解していない模様だった。

ともあれ秋の気配を感じながら4時間程の地域散策は終了した。
コスモス、ひまわり、芙蓉を楽しみ、それにトマト・きゅうり・枝豆などの家庭菜園の出来具合を確認することができた。

今夜は飲み過ぎてこれ以上頭が回らない。
風邪を引かないよう窓を閉め切って寝ることにしよう。
そうそう、Kのパソコンが今日退院してきたことも報告しておこう。
 

誤審でもジャッジはジャッジ 2008年08月18日(月)

  北海道の夏はもう終わったのかな?
少なくとも夜まで暑いということはなさそうだし、総括するには早いかもしれないけど「今年の北海道は最高!」だったと言えよう。
ミニトマトも豊作だし駐車場の片隅に作った枝豆横丁では大小様々なさやがたくさんぶら下がっている。
萩の花は1ヶ月も前から咲いており、ススキの穂も満開で先日の満月は天高く美しかった。
気がかりなのはセミの声。
今年はまだ時雨れてないし、聞いたのはいつだったっけ?
確か6月初め頃のエゾハルゼミの時期じゃなかっただろうか?

さて、今夜女子サッカーのなでしこジャパンはアメリカに敗れてしまったが、サッカーの試合を見ていると時折理不尽なファールを取られることがあるのにお気づきだろう。
選手の配慮に満ちたプレーや意思とは関係なく、それは主審の判断であり時に誤審であることさえある。

話題が飛躍して恐縮だが、お泊り犬の散歩をしている時に私は周囲の視線を気にすることがある。
例えば秋田犬のももちゃんは散歩途中で草むらで排尿をするのだが、その時間がとても長いことが頻繁にあって、『ひょっとしたら見ている人はウンチをしていると思ってるかもしれない』などと考える。

ウンチならちゃんと始末するが空き地でのオシッコだからどうしようもなく、大地に浸透して乾くかバクテリアが処理してくれるのを待つしかない。

ところが同じように長いオシッコを済ませたゴールデンのモナと飼い主に対し、たまたまジョギングで通りかかった年配の男性は
「ウンチの始末をしろ!」と怒鳴りつけ
「ウンチはしてません」と飼い主が釈明すると、足元で鷲掴みにした石をモナと飼い主に投げつけてきたという。

投げつけた男にはそこに至るまでの悔しい思いが過去にあったのかも知れないし、単なる異常者あるいはモンスタークレーマーなのかも知れないが、私が日頃から気にしていた“周囲の目”による誤審が現実になった瞬間でもあった。

「ウンチはしてません」という飼い主に対し石を投げつけたのは明らかな犯罪なのだが、その後も怒りを抑えられない飼い主は「どうすればよかったんでしょう?」と今日私に尋ねられた。

確かに放置便は住民をイライラさせてしまうし、『現場を見つけたら只じゃ済ませない』との思いが残るはずだ。
その気持ちがこの男の誤審を招いたとも言えるし、異常者とも考えられる。

「ウンチはしてません」ではなく
「長いオシッコをしてたんです。見てください、どこにウンチがありますか?」と言えば通用しただろうか?

犬と暮らす上での配慮はどこまで行えばいいのでしょうね。
 


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