From the North Country

愛犬との旅その3 2008年09月05日(金)

  すべての未去勢のオス犬が排泄行動に問題があるわけではないし、自宅で暮らす分には気にも留めていない飼い主もおられることだろう。
実際カフェのお泊り犬で私のベッドで寝ることが許されているシーズーのゴンタも未去勢である。

しかしその安心感が油断となるから愛犬と泊まれる宿では絶対的な注意が必要となる。
否、そもそも私はタマツキわんこのほとんどはこのような宿泊施設を利用すべきではないとさえ思っている。
理由はいくつかある。
1.繁殖目的であること自体が“どこにでも連れて行ける”ということへの欠格事項であるから。
2.それでも“しつけ”ができていたり、性格的にそのような行動を取らないタマツキわんこもいるだろう。
だが、そのようなわんこも残念なことだし本人の責任でもないのだが“現役のオス”という臭いを室内に残し、後続のわんこたちのマーキングを誘発させる原因になっていることに配慮しなければならない。

『生まれながらについてる物を手術で取ることのほうがおかしい』と考えるのは自由だが、そのような飼い主は同時に“制限”というものを受け入れるべきであろう。
根源には本能に基づく行動や生物臭というのがあるのだから。

何度も書くが、盲導犬を社会参加させられるのはオス犬には去勢がなされているからであり、仮にどんなに優れた盲導犬の繁殖犬(stud dog)と旅行する場合があったとしても私たちは決して彼らを宿に入れることはせず車内に留め置くか特別な配慮をするであろう。

最近小型犬にはマナーベルトというのが広がっているが、敢えて小型犬の飼い主に伝えたい。
あれは万が一の備えであってマーキングを許容するものであってはならないのですよ。
私はずっと盲導犬をやってきたから『小型犬というのはある程度排泄問題があっても仕方ないのかな?』なんて思っていたが、カフェで5年勉強したら『そんなことはない』という確信が得られた。
小型犬には多少排泄間隔が短い犬がいるのと、飼い主が甘く考える傾向があるだけで、しつけなどの生活習慣に大きな差異はないのだ。
『ペットシーツで排泄させる』という観念がやはりすべてをおかしくさせているのだと思う。
小型犬の排泄にいい加減な飼い主は、まるでよく出来たモルモットを飼育している気分なのだろう。

一般客がほとんどで一部わんこ連れを認めた宿に、モルモット感覚で犬を連れ込んでおきながら、好き勝手に“愛犬との旅”を満喫する感性なんておかしいでしょう。
ケージに入れっぱなしなら昆虫と同じだからいいけど、マナーベルトをしていてもチェックインの手続きの最中に足元でわんこが足を上げてオシッコしているなんて、その姿を見た一般客はどう感じることか。
おまけにマナーベルト内でさせっぱなしの犬たちの放つ臭いを飼い主はどう感じておられるのか?
私には『鈍感』としか言いようがない。
せめて『ちゃんとするんだよ』という言葉を責任を持ってかけられるように“家族の一員”として暮らしたいなら去勢というものは絶対条件である。

ところで我が家の愛犬アモ…
彼に『お前はマーキング王子だ。』と言ってやりたい。
この話はまた。
 

愛犬との旅その2 2008年09月03日(水)

  前回の続き…

結局ガイドブックの内容とは違い『犬は室内だけに』と変更された宿が1軒あった。
部屋に入るとアモがいろいろ教えてくれた。
「ここ、ここにオシッコの痕跡があるよ」
「あ、ここもだね」
私はアモに教えられた場所にカフェで使用しているバイオチャレンジをスプレーし「他には無いかい?」と尋ねた。
アモは一仕事終えるとすぐに持参した敷物の上で横になっていた。

愛犬と泊まれる宿を利用したいなら排泄マナーは最低限のはず。
宿の方は「ご自宅ではきちんとできるんでしょうけど、環境が変わるといろいろありますので…」と精一杯の配慮をしながら注意事項を述べられていた。
それだけ粗相をする犬が多いということで、過去にこの欄で私が述べてきたように“犬が勝手にペットシーツで排泄するのはトイレのしつけなんかではない”ということの証明である。

殆どのペット関連従事者・獣医師・訓練士が“犬が自発的にペットシーツで用を足す”ことをトイレのしつけと思い込んでいるのがすべての過ちの始まりである。

犬の排泄意識は人間と変わりなくできるんですよ。
さらに詳しく言うなら、管理する人間がちゃんと愛犬の排泄行動に関わっていたなら
・自宅でのマーキング
・自宅以外のホテルなど環境が変わろうとも人が暮らす建物内での排泄など人間がお漏らしする確率程度の失敗しかないはずである。
でなきゃ盲導犬がホテルなど公共施設を自由に利用できるはずはないでしょう。

盲導犬は厳しい訓練を受けたから?
冗談じゃない。
私は25年間盲導犬の訓練をしてきたが、こんな基本的なトイレのしつけなどはパピーウォーカーと暮らす1年のうちに既に犬たちが学んでいた。
逆に難しかったのは、10数年前から特殊なベルトと凝固剤を用いることで盲導犬の排泄物が自動的に袋に収められるようになり、盲導犬使用者はわざわざ建物の外に出て排泄させる手間をかけなくて済むようになったのだが、例えば身体障害者用のトイレなどで盲導犬に「ここで排泄しろ」と納得させるのに苦労した。
「ウソでしょ?ここは室内ですよ。やっちゃマズイでしょ」と彼らは主張していた。

室内犬のトイレのしつけとは、外の指示された場所で排泄を行うことであり、飼い主は愛犬に我慢させることなく適切な時間に排泄をさせ、それでも予定外に催した犬は飼い主にそれを告げることができ、飼い主が留守がちの犬の場合は緊急避難として室内のペットシーツでもできるようにすることである。
日常的にそのようにしていると、旅行先だろうがなんだろうが室内で粗相することなどまずあり得ない。
仔犬や小型犬の排泄間隔が短いことは飼い主が把握しておくべきである。

因みにカフェのお泊り小型犬の寝床近くにはペットシーツを敷くこともあるが、そこに排泄する犬などまずいない。
みんなガーデンに出した時に済ませているから。

排泄で問題なのは未去勢のオス犬である…

長くなったのでこの話はまた次回。
 

愛犬との旅 2008年09月01日(月)

  無事4泊5日道東の旅を楽しんできた。

今回宿に選んだのは“主にワンちゃんと飼い主のための宿”ではなく“ワンちゃんも泊まれる宿”であった。
その理由は
1.メインは一般客だから、そこに泊まるワンちゃんも飼い主もそれなりのマナーやしつけに自信を持っているはずと期待してのこと。
2.同じく一般客がメインだから温泉や部屋の設備もそれなりに綺麗で充実していると思われたこと、であった。

で、結論はというと
充分に満足できたのが1軒で、結構満足だったのが1軒、あとの2軒は「うーん、いろいろ大変なんだろうなぁ」という思いが残った。

断っておくが、どこの宿も皆さん親切で食事も美味しかったしおもてなしも良かった。
おまけに予想通り温泉はすばらしく日ごとに身体がつるつるするのが実感できた。

『うーん…』と私が唸る意味にはとても深いものがある。
どの宿も犬好きの人々がいてとても好意的なのだが、良かれと思って宿の一部を愛犬家に開放した結果、自分たちの好意や想像とはかけ離れた犬と飼い主に遭遇し、苦労した過去と現在の表情をお持ちなのだ。
つまり『愛犬と泊まれる部屋を準備したけど、予約の入った今度のワンちゃんと飼い主はまともな方たちだろうか?』という不安が自然と湧き起こっているのである。

だからガイドブックには犬を受け入れる条件として
・トイレなど最低限のしつけが出来ていること
・無駄吠えして他のお客様の迷惑になるようなことがないこと
などが明記されてもいる。

しかし実際に宿泊してみると
1.隣室のMダックスは家族が食事や温泉に出かけると吠えっぱなしで、それなのに飼い主は交代で出かける配慮もせず、在室中に吠えても止めさせる意思がないのか危機感がないのか・・・、大勢の一般客や宿側に迷惑をかけていることに無神経であると断言せざるを得なかった。
嫌味な表現だが、ああいう飼い主ほど『叱ってはいるんですけどねぇ』と言い訳をし、『犬と泊まれる宿っていうのはそんなことを理解したうえで受け入れてるんじゃないですか?』などと開き直っているのだろうと思われた。

2.宿泊室に入るとお香や芳香剤の香りがする。
室内生活をしている犬の体臭が染み付いて部屋が臭くなることなど滅多に無いから、これらの香りは明らかに過去の排泄臭の消去の為に施されている。
つまり粗相やマーキングをする犬たちとそんなことすら解決も出来ない飼い主が過去に宿泊していたということである。
毎日毎日、宿の方々は日々清掃する部屋に入り心砕いておられたのだろうと思う。
抜け毛の掃除だけなら想定範囲内だっただろうに。

3.畳やドアに引っかき傷が・・・
排泄臭に悩まされた挙句、畳やドアなど室内を荒らされおまけに吠え声で他の宿泊客に迷惑を及ぼしたなら多くの受け入れ業者には警戒感が芽生えて当然である。

長くなるのでこの続きはまた明日。

大型犬宿泊費2100円
中型犬1575円
小型犬1050円
そんな規定のあった宿なのに私たちの大型犬アモが請求されたのは1050円であった。
『あなたの愛犬ならいつでもまたいらしてください』
そんなメッセージだと私は受け取った。
 

異種間交流 2008年08月26日(火)

  明日27日から31日までカフェは夏休みを頂き、9月1日(月)から通常営業いたします。

『気候が丁度良い時期に夏休みを』と思っていたのに今年の北海道は寒い!
おまけに明日から4日間全道的に雨模様の予報…
普通なら『せっかくの休みなのに』と残念がるところだが我々は違った。
「キャンプにしなくて正解だったね」とKは喜び、「これでミニトマトと枝豆横丁の水遣りの心配をしなくて済んだ」と私。

もう一人我が家の愛犬アモは、夜になって旅支度を始める私を見ながら大きな期待にあれこれと想像を膨らませている。
これは私の勝手な解釈ではなく、アモがあれこれ考え脳を活性化している時には、アモの眉間から前頭葉付近を触ると熱くなっているのが分かるのである。

普段は自ら上がることのないソファーに私と並び、『何か説明があるはずだ』とさりげなく待っている。
いつもなら私は悪ふざけをして「父さんと母さんで出かけてくるからね。アモは留守番だよ」と言ってアモが猛然と抗議してくるのを楽しんでいたのだが今夜は趣向を変えてみた。
「明日からね、父さんと母さんとアモと三人で旅行に行くよ。あれ?母さんは留守番かなぁ?母さんも行くのかなぁ?」
言い終わらないうちにアモはソファーから飛び降り、Kを探しに出かけていった。

「母さんも行くよ!」
Kのその一言にアモは飛びついて喜んでいた。

犬の理解度は私たちが期待するほど高くはないが、動物行動学者が論理的に述べるほど低くはないと経験上秘かに思っている。
だから先日のニュースにあった“イルカと会話が出来る”という科学的検証に驚きはしなかった。

すべてのイルカや飼い犬が会話を理解するわけではないし、頭の良い個体だけが理解するわけでもない。
彼らの脳を解発できる人間と暮らした時に彼らは会話を理解するようになるのである。

まあ今夜のアモの振る舞いは行動学的には単純に説明できるが、毎日一緒に暮らしていると『おやっ?』と感じることが多々ある。

ともあれ明日から異種間交流を深める旅に出てこよう。
 

情報収集の旅計画 2008年08月23日(土)

  カフェは今度の水曜日(27日)から月末まで初めての5連休とさせていただき9月1日からの営業となります。

5連休の使い道について当初私の頭を支配していたのはキャンプ・キャンプ・キャンプであった。
子供の頃からキャンプが好きで、それはまさに秘密基地の延長線上にある私のアドベンチャーだった。
きっと誰かの影響を受けていたのだろうが、テントという寝床に魅力を感じ、暗がりの中での様々な遊びに夢中になり、砂浜で星空を独り占めにして空想し、食パンにカレーの缶詰を塗りたくって「貧しくても何とかなる」なんてよだれをこぼしながらその美味さにのめりこんでいた頃が懐かしい。

だが去年から始めた我が家のキャンプはやや趣きを異にしている。
キャンプ地に到着後の設営はすべて私自身が行い、その間Kはアモと戯れ・散策し現地の空気を楽しむ。(実際には1年後からKが設営を手助けしてくれている)

朝食は近所のお気に入りのホテルに予約を入れて優雅に楽しむ(朝食の値段など後のトラブルから考えれば知れたものだ)
昼食は地元の店で世界にひとつだけの料理を堪能し、夜は地元の食材を焼いて食べる。
北海道ならその前後に地元の温泉にゆっくり浸かるのが相応しいだろう。

現代におけるキャンプとはアウトドアでの楽しみ方であってサバイバルではないという選択肢もあっていいはずだ。

そんなキャンプをイメージしながら5連休のスケジュールを考えていたのだが、Kの顔色がいまいちパッとしないのが気になっていた。
そこで自分の考えを一旦チャラにして、全行程を犬と泊まれる宿に設定してみるとKの顔が輝き始めたではないか!

というわけで、今度の休みは『わんこと泊まれる宿』を4箇所体験することとなった。
報告はいずれのんびりとさせていただき、とにかくゆったりのんびりの旅を楽しみたいと思う。
勿論すべて温泉宿である。

休みは水曜日からで26日までは営業しておりますのでお間違え無きようご来店下さいませ。
 

盆を過ぎればもう秋 2008年08月21日(木)

  夕べは寒かった。
窓を開けて寝ている私は冬の掛け布団に包まって、それでも寒さで何度か目が覚めてしまった
今日の天気予報では「今夜も冷え込みます。暖かくして寝ましょう」だと。
まだ8月だよ。
今月27日から31日まで『カフェは夏休み』とさせていただくことになっているが『カフェの秋休み』の方が相応しいかも…

定休日でお泊り犬もいない今日、我が家の愛犬アモをどんなところに連れてってやろうか思案していたら突然の不幸があったということで急遽お泊り犬ができてしまった。

昼過ぎまでその子たちと遊び、彼らの疲れを見計らって私とアモはカフェから散歩に出かけることにした。
いつもとは違ったルートに入り地域探索となった。
新鮮さを感じつつ注意も怠りなく、おまけに行く当てもなしに歩き続けた。
12時過ぎに出発した私とアモだったが、アイスを食べた辺りからアモの歩調が鈍り始め私の後方を歩くようになった。
「おまえが行きたいというから付き合ってやってるのに、もうダウンするのか」
そんな言葉にアモは少しは頑張っていたが「母さんに迎えに来てもらうか?」というと、辺りをきょろきょろしてKの車を探し始めていた。

結局、迎えを頼み、カフェに到着したのは夕方の4時になっていた。
口ほどにもなくアモの体力は知れた状態である。
しばらくカフェで休養したら『よし、また行くぞ!』などとアピールしていたが、既にゲームは終了しているルールを理解していない模様だった。

ともあれ秋の気配を感じながら4時間程の地域散策は終了した。
コスモス、ひまわり、芙蓉を楽しみ、それにトマト・きゅうり・枝豆などの家庭菜園の出来具合を確認することができた。

今夜は飲み過ぎてこれ以上頭が回らない。
風邪を引かないよう窓を閉め切って寝ることにしよう。
そうそう、Kのパソコンが今日退院してきたことも報告しておこう。
 

誤審でもジャッジはジャッジ 2008年08月18日(月)

  北海道の夏はもう終わったのかな?
少なくとも夜まで暑いということはなさそうだし、総括するには早いかもしれないけど「今年の北海道は最高!」だったと言えよう。
ミニトマトも豊作だし駐車場の片隅に作った枝豆横丁では大小様々なさやがたくさんぶら下がっている。
萩の花は1ヶ月も前から咲いており、ススキの穂も満開で先日の満月は天高く美しかった。
気がかりなのはセミの声。
今年はまだ時雨れてないし、聞いたのはいつだったっけ?
確か6月初め頃のエゾハルゼミの時期じゃなかっただろうか?

さて、今夜女子サッカーのなでしこジャパンはアメリカに敗れてしまったが、サッカーの試合を見ていると時折理不尽なファールを取られることがあるのにお気づきだろう。
選手の配慮に満ちたプレーや意思とは関係なく、それは主審の判断であり時に誤審であることさえある。

話題が飛躍して恐縮だが、お泊り犬の散歩をしている時に私は周囲の視線を気にすることがある。
例えば秋田犬のももちゃんは散歩途中で草むらで排尿をするのだが、その時間がとても長いことが頻繁にあって、『ひょっとしたら見ている人はウンチをしていると思ってるかもしれない』などと考える。

ウンチならちゃんと始末するが空き地でのオシッコだからどうしようもなく、大地に浸透して乾くかバクテリアが処理してくれるのを待つしかない。

ところが同じように長いオシッコを済ませたゴールデンのモナと飼い主に対し、たまたまジョギングで通りかかった年配の男性は
「ウンチの始末をしろ!」と怒鳴りつけ
「ウンチはしてません」と飼い主が釈明すると、足元で鷲掴みにした石をモナと飼い主に投げつけてきたという。

投げつけた男にはそこに至るまでの悔しい思いが過去にあったのかも知れないし、単なる異常者あるいはモンスタークレーマーなのかも知れないが、私が日頃から気にしていた“周囲の目”による誤審が現実になった瞬間でもあった。

「ウンチはしてません」という飼い主に対し石を投げつけたのは明らかな犯罪なのだが、その後も怒りを抑えられない飼い主は「どうすればよかったんでしょう?」と今日私に尋ねられた。

確かに放置便は住民をイライラさせてしまうし、『現場を見つけたら只じゃ済ませない』との思いが残るはずだ。
その気持ちがこの男の誤審を招いたとも言えるし、異常者とも考えられる。

「ウンチはしてません」ではなく
「長いオシッコをしてたんです。見てください、どこにウンチがありますか?」と言えば通用しただろうか?

犬と暮らす上での配慮はどこまで行えばいいのでしょうね。
 

監督はあなた自身 2008年08月17日(日)

  ナイスゲーム!
今夜の野球の韓国戦は残念ながら負けてしまったけれど、先発和田は見事な投球だったし、打線も流れから見て後半勝負をしっかり認識してその結果を出してくれた。
敗因は星野監督の采配ミスだったから、『こりゃ、しゃあないぞ』という次に繋がる爽快な気持ちだ。

日頃からいろんなことに怒り狂う傾向が強い私であるが、いつも感情的に行動しているわけではない。
むしろ多くのことを冷静に見ているのだけれど、『ここぞ』という時には、普通の人が唖然とするような行動をすばやく取っているものだから時に過激な人間と見られているに過ぎないと思っている。

『ここぞ!』という場面はすべての人間に与えられた瞬間であり転機であり放棄であり維持でもあると思う。

愛犬と暮らす中でその分岐点というかどちらに転ぶか分からない分水嶺の結果を飼い主に見いだすことは頻繁にある。
例えば訓練士が傍にいるだけで置物のようにおりこうな振る舞いができるのに、飼い主だけだと吠え立ててしまう犬は其処此処にいるはずだ。

そんな風に飼い主の厳しさの度合いによって愛犬の行動が左右されず、どんな犬でもそれなりのしつけができるようにと考えた上で現在流行しているのがオペラント学習理論に基づくだけの甘っちょろい訓練教室である。

始めにはっきり断っておく。
愛犬とそれなりに楽しく現代における『おりこうなワンちゃん』と暮らせるチャンスはいくらでもある。
・いい犬にめぐり合うこと
・愛犬との暮らしを深く追求せず、オスワリやフセがいつでもできるように教えること
・社会的な経験をグループレッスンで体験させること…

だが、犬との暮らしはそんなものではない。
『ちゃんと訓練に出したのですけど…』
『どんなことがあっても褒める方向に意識を向けさせて育ててきたのですが…』
『こうすればこうなるの理論を信じていたのに…』

そんな経緯などどうでもいいことで、『あなたはどんな人』で『犬をどうしようとして、どう思っているのか』が大切なのだ。
つまり“うまく犬と暮らせない人がいっぱいいる”のが前提で、それでも犬と暮らしたければ変えるのは犬の行動ではなく“あなた自身なのだ”というのが現代社会の課題であると思っている。

今夜の星野監督。
あなたの采配は見事だったし共感を覚えた。
後半の僅かな見込み違いが結果を左右させてしまったけれど、あれは誤りではなく結果的な判断ミスであった。
犬たちとつき合う上でそんなことはしょっちゅうある。

あの采配は選手たちに反感を覚えさせるミスではなく、『この人の指示についていこう』と思わせる見事な采配であったと私は感じている。

間違っててもいい。
あなたの明確な意思を相手に伝わる方法で表現できるかが愛犬家には求められているのだと日々の暮らしの中で模索していて欲しい。
 

日本は女性に任せたほうがいい 2008年08月12日(火)

  お盆とオリンピックが重なるものだから生活のリズムが微妙にずれてしまう。
夜更かしが当たり前になるし日中だって時にテレビに釘付けになる。
お客様もその辺りは同じで昨日の北島康介が金メダルを獲得した時にはカフェでは悲鳴に近い歓声が上がってお泊り犬たちは圧倒されていた。

今夜は柔道女子の谷本が金メダルを取り、現在はソフトボールとなでしこジャパンのサッカーを掛け持ちでテレビ観戦しながらこの欄を書いている。

チャンネルを変えるたびその経過に私は歓声を上げるのだが、今夜は犬たちも慣れと疲れが溜まってしまって反応はいまいちだ。
それにしてもソフトボール(女子)の運動神経はどこの国も素晴らしいものがあり、女性の特異な能力の一面を見せ付けられる感がある。
『女ってこんなに凄かったっけ?』
日頃から『それは僕がやる』と言ってたことは、実は楽々女性にできることであり、ひょっとしたら無礼なことを言ってたのかもしれない。
サッカーはなんと今5点目を入れたしソフトボールもかろうじて勝利を手にした。

いやはや恐れ入りました。
やはり私の経験則による『この世は女に任せておけばいい』という考えは正しいものと思われる。

そんな結論に同意してくれるように“なでしこジャパン”が勝利を収めた瞬間の私の拍手に対し『母さんはどうなの?』と冷静な反応を示すお泊り犬たちはすべてを見通しているのかもしれない。
 

追悼/黒ラブレオ 2008年08月10日(日)

  ガーデンで常連の皆さんと談笑していた今日の午後、Kの携帯に黒ラブレオのKさんから電話が入っていた。
すべてを聞き終えてからKは私にその内容を報告してくれた。

今夜のこの欄は私たちの追悼の想いをKに書いてもらうことにした。
(以下K筆)

「レオやせたんだよ。3キロ。」
「ダイエットしたんですか?」
「いや。何にも。」
黒ラブ・レオ8才の飼い主Kさんの言葉に私は不安な気持ちを抑えられなかった。
心当たりなく痩せるなんて尋常ではないから・・。

3年前に私たちのもとにやって来た時のアモの体重は42キロ。カフェを訪れる人のすべてが発する言葉と同じくKさんもアモを見て「太いなあ!」とニコニコ笑っていた。何ヶ月か経ち、アモはごく普通の食事で体重を落としていって体格が似通ったレオと同じになった。そのうちにレオの方が重くなりKさんはもうアモを太いとは言わなくなった。

レオは劣悪な環境で暮らしていたところを縁あってKさんに引き取られた。
Kさんご夫妻が引き取りに行くとレオは後ろを振り返りもせずに車に乗って来たと言う。
程なくKさんはカフェを訪れてくれるようになり穏やかで話好きのKさんとゆったりのんびりのレオはカフェの大切は常連さんとなった。
ぴったりコンビのKさんとレオはセラピーも始め、私たちはレオの定期的なトリミングを勧め、黒くつややかな被毛に似合う首輪やバンダナを選んだ。
セラピーの仕事にに出かける前、Kさんはカフェに寄り食事をして、1枚の小さなビスケットをレオの為に持って出かけた。

「こいつ、俺が道間違えるとワンワン吠えるんだ。」可笑しそうにKさんは言っていた。
そのうちカフェ近くなるとレオは車の中で吠え出すようになり、駐車場に到着すると早く下ろせと言わんばかりにKさんの白いボルボは大揺れに揺れた。
ところがここ何ヶ月か時々レオの体調が不良になることがあり、揺れている車を見るとみんなでほっとしたものだった。
体重の減少と血液検査の数値、エコー検査で脾臓の肥大が見られた。
5年前に癌で逝った私の愛犬(GR)と同じ症状だった。脾臓摘出手術後2週間で苦しんで死んでしまった苦い経験から私はレオの手術に反対した。
結局レオは開腹手術を受けたけれど癒着と癌の転移からそのまま縫合したと聞いて私はそれでいいと思った。
苦しまないで逝ってくれればKさんとレオの素晴らしい生活はそのまま良い思い出となってくれるはずだから。

今日Kさんから電話があった。
今月4日の抜糸後レオはKさんの言う「すっかり治った気になって」食欲もあり散歩もしていたという。
7日の夜は二階に上がってきてKさんと一緒に寝て、8日は5時に起きて散歩、食事もしたという。
食べ過ぎたみたいで(Kさんは言う。)体調が悪くなりお昼頃Kさんの膝を枕にして静かに息をひきとったと・・・。

人は自分の生き方を選べても死に方を選べないことが多い。望まない延命をさせられてしまうことも多い。
でも犬はその犬のQuality of Lifeを考えて人が死に方を選んであげることができると思う。
赤塚不二夫の言葉でいえば「これでいいのだ!」と。

レオ、楽しい日々をありがとう。
 


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