From the North Country

ご近所のレオン 2008年08月09日(土)

  お泊りだったシェルティのレオン君を無事お返しすることができた。
カフェから100メートルもないご近所のワンちゃんでカフェのお客様ではなく私たちが散歩する時、窓越しに吠え声を聞く程度の見知りしかなかったが、今回お泊りすることになり事前に何度かカフェに来ていただいて顔見知りになっていた。

初日はお互いどんな相手なのかを観察することで過ぎていったが、ガーデンで排泄ができないわんこだということがわかった。
というより『シーシー・ベンベン』などの指示で排泄をする習慣がない、つまりトイレのしつけを教えられておらず、“したくなったら犬が勝手にペットシーツで用を足す”という多くの小型犬の飼い主が『それがトイレのしつけ』と誤解している状態にあった。

でもそうやって7年を過ごしてきたワンちゃんであるから今更敢えて教え込む努力を私たちはせず、せめて外を歩けば排泄してくれるだろうと、トイレタイムの都度散歩に出かけるようにした。
オシッコはしてくれたがウンチはどうしてもしなかった。
いくらペットシーツの上とはいえ室内でウンチをされるのは私たちには受け入れがたいので、それだけは“おまじない”をしてガーデンでさせるようにした。

二日目には排泄の方法もそんな感じで確定し、お互い快適に過ごせるようになると、レオンも馴染み始め身体を摺り寄せて甘える姿が可愛らしく、結局今日お返しするまで飼い主の方が心配されていたオシッコの失敗は一度もなかった。

3日目からそれまで避けていた自宅方向への散歩コースをとり、自宅前では急に駆け出さないかと緊張していたのだが、チラッと目をやっただけで素通りしたのが可笑しく『さすが7歳。よくわかっている。』と感心した。

5日目の今日、お母さんがお迎えに来られると『じゃぁね』を言うでもなくニコニコ顔で帰っていった。
今度散歩でカフェの前を通るときレオンはチラッと目をやるだけで素通りするんだろうな。
『まぁ、ごはんは美味かったよな』と思ってくれたらありがたい。

黙想
黒ラブのレオが旅立ったとの一報がSさんから入っている。
飼い主のKさんからのご報告があるまで受け入れられない。
 

真っ向勝負!でいたい。 2008年08月05日(火)

  いよいよ札幌も30度越え。
窓を開けたまま寝ていたKが、昨日の朝は目覚めと同時に私に苦情を申し立てた。
「うるさくて目が覚め、眠れなかったよぉ」
佳境に入り始めた隣家の住宅工事で重機の搬入が朝の5時前から続けられたというのだ。
迫った工期を前に元受が下請け業者にそうせざるを得ない要求をしていたのだと思われる。
迷惑なのは近隣住民、恐縮していたのは現場の職人たちで、元凶の元受たちはその時間グーグーと寝ていたことだろう。

他人に迷惑をかけずに一生を送れる人間はそういるはずもないが、かけずに済む迷惑にまで鈍感になって平気でいたり、かけてはいけない迷惑を楽しむ人間もいるからこの世は厄介だ。

一方で、子供や愛犬が他人に迷惑をかけないように口うるさく言う親を見ると『あんたの方がうるさい!』と怒鳴りたくなるし、他人に対する迷惑に気づいているのに煙草をふかしたり世間話に夢中になって放任している親を見るとぶん殴りたくなるし、『ごめんなさい。ごめんなさい。』と子供や愛犬の尻拭いをしたり謝ってばかりの親を見ると気の毒になってしまう。

そこそこの迷惑を認め、許し、お互いが受け入れるって難しいことなんだと思う。

ある程度の迷惑を認めることについてはそれなりの共通した範囲が設定されるだろうけど、“許す・受け入れる”についてはそれまでの社会的な関係や相手方のキャラというものまで影響して個人差が大きい。

西田敏行が上半身裸で腹を出しながら子供たちと大騒ぎしていたら見物人が増えて喝采を送るだろうが、私がそんなことしたらすぐに110番されてしまう。
そんな私でもカフェで他人の愛犬を制御し始めると周囲は110番もせず、“長崎劇場”を楽しみに観察しておられる。
他人にされたらムカッとすることでも私なら許されるという社会的要素やキャラというようなものを実は誰しも持っているのだ。

個性豊かで繋がりがあり社会的な地位や評価とは関係なく人間として認め合え、問題を指摘できあるいは受け止めれる寛容さが今の社会には欠落している。

朝の5時前から重機を搬入している騒音は迷惑だが、そこの職人たちに怒声を浴びせることはできなかった。
なんか今の社会の凝縮された姿があり、ずるい奴らは陰や後ろに控え、まるでマネーローンダリングを下請けにやらせているようだったから。
それが人間の知恵だとしたら情けない。
ずるさもみんなひっくるめた上で真っ向勝負じゃなきゃ自分を後悔するよ。
 

本格的な夏の境目の日に 2008年08月03日(日)

  昨日に続いて今日も雨。
全国的に猛暑が続く中、涼しいのはありがたいけど今日の雨は降り過ぎ。
道南や道東では集中豪雨の被害もあるようだし、カフェの駐車場も夜の9時頃には半分位が水没状態だった。
それでも10時を過ぎて草むらからキリギリスの羽音が聞こえ始めた。
天気は回復に向かい、いよいよ明日から札幌にも本格的な短い(そう願いたい)夏がやってくる。

子供が苦手なハスキー犬チェスのお宅に東京からお孫さんが遊びにやってきた。
この二日間は自宅で緊張の連続だったそうで、今朝からお預かりのチェスにはその疲れが色濃く出ていた。
夕食後から爆睡状態となり先程ようやく大あくびをして顔が穏やかになった。
自宅ではなくお泊りで疲れを癒せる犬も珍しいがそれができるドッグカフェというのも珍しい。

振り向けば我が家の愛犬アモも“ヘソ天”状態である。
先日のキャンプ疲れがとれ、リラックスモードに入ったようだ。
真夏のキャンプを楽しめるほど私たちは若くはないので、涼しくなるまでしばらくお預けとなる。

さあ、明日からは本業のカフェ仕事に精を出し枝豆横丁に生えた雑草を抜いたり、ミニトマトの試食をしたり、綺麗な感じではなくなったけどまだ咲いているビオラのフラワーポットを手入れして咲きたいだけ咲かせてあげようと思う。
もし30度に届くようなら犬たちのプールの準備もしなければならない。

夏場のカフェは比較的暇な日が多く、愛犬相談やレッスンなどゆっくり時間が取れると思うのでご活用下さい。

それとKのパソコンは今日入院しましたので無事退院できることを少なくとも私は心より祈っております。
 

やっぱ北海道だね 2008年08月02日(土)

  何もせず外に5分ほどいると鳥肌が立ってしまうくらい今日は寒い一日だった。
明日は蒸し暑くなりそうだし明後日からは猛暑の予報だが、今年の夏は時々今日みたいな日があるのがうれしい。

さて、今日からカフェは8月の営業に入った。
昨日までの定休日は洞爺湖にキャンプに出かけていたので、今朝になって急遽“今月のパスタ”の試食会が行われた。

うめぇー!!
キャンプでの陽射しで火照った体には染み込むような酸味の効いた梅パスタはもう絶品だった。
明日から毎日のようにこのパスタを1ヶ月間食べれるのかと思うだけで勤労意欲が湧いてくる私であった。(余談だが、キャンプでは初めてお好み焼きを炭火で焼いてみた。遠赤外線効果なのかふんわりと仕上がりこれも逸品でありましたぞ。)

そんな食の喜びを感じていたら「これたくさん送ってきたから食べてね」と、一丁先の町内に住むSさんが毛ガニをカフェに届けてくださった。
届いたばかりの新鮮な毛ガニに調理の必要はない。
たださばいて口にするだけで美味しいのだから何と幸せなことだろう。
お腹が一杯になってちょっと変化をつけたければ、酢にだし醤油を一滴垂らすだけで毛ガニをたっぷり最後まで堪能できる。

この他にもMダックス飼い主のKさん手打ちのそば・シーズーNさんの実家がある浦臼町のメロン・今評判の花畑牧場の生キャラメル・白くて生でも食べれるとうもろこしの甘さは凄すぎるし黄色いスイートコーンも風味豊か。

暑くて食欲が落ちるはずの夏なのに、今年は違うぞ。

本州以南でこの欄をご覧の方々、パソコンで『ルヒエル』を検索し、ニセコのジェラートを見つけたらインターネット注文をしてみてはいかがだろう。
美味しいだけでなく北海道の涼しさを体験できると思いますよ。

乳製品・肉などの酪農、ウニ・昆布・魚などの水産業、野菜・果物・米の農業、この他にも石炭・水・材木・温泉など自然の豊かさに加え加工業からハイテク事業に至るまで様々な資源を北海道は内在しているし、我がカフェのような特徴あるサービス業だっていたるところに存在している。

消費や観光を呼び込むことも大切だが、もっと自信を持ってもいいのではなかろうか?
『モナリザに会いたければルーブルへ来い』と
そんな魅力が北海道には満ち溢れている。

それにしても今年の北海道は最高だ!
 

人間っていろいろ 2008年07月30日(水)

  お知らせがふたつ。
ひとつは8月27日から月末までの5日間カフェは夏休みで臨時休業させていただくこと。
ふたつめはさっきKのパソコンが壊れ、スイッチを入れたにもかかわらず画面が真っ黒という要修理状態にあり、Kが私のパソコンで彼女の欄を更新する意欲があるかどうか疑わしいこと。

以上二点であります。

で、今夜はちょっと気の利いた話題でも書こうかと思ったが、明日からが定休日となるとどうも勤労意欲が減退してしまう。
そこで軽い話を。

札幌の奥座敷である定山渓温泉を過ぎたところに豊平峡(ダム・温泉・キャンプ場・電気自動車・インドカレー?…)という自然豊かなスポットがある。
『ほうへいきょう』と読むのだが、Aさんがそこの温泉帰りに外に出ると、うら若き女性が携帯電話で話す内容が聞こえてきた。
「あ、私ね、今“とよひらきょう”」
Aさんはふき出しそうになったそうだ。

有名になった旭山動物園でカピバラを見ていたら、私たちもふき出しそうになった経験がある。
げっ歯類(げっしるい)のカピバラを前に
「へぇー!これも“げっぱるい”なんだ!」というおばさん。
あんな大きな声で言わなくてもいいのに…

別に馬鹿にしている訳でなく、私たちも日常の中で人に笑われるような読み間違いを普段からしてるんだろうなと問い直してみたくなる気分なのだ。
犬のハウスである“ケージ”を“ゲージ”と言う人なんてのが身近なところで、“ゲージ”の方が一般化してるかの勢いだ。

ところで、さっきの豊平峡(ほうへいきょう)にキャンピングカーを買ったばかりのYさんがキャンプに出かけた時のこと。
愛犬のハスキーと外に出ると、山から一頭の柴犬が現れてきて身体を摺り寄せるように甘えてきたらしい。
しばらくして人の声が聞こえ
「すみませーん!その犬を捕まえてくださーい!」
話を聞くと3日前から逃亡している柴犬で、飼い主ですら捕まえられない状況だったとのこと。

3日も逃亡している見知らぬ犬を捕まえようとして怪我をするのも嫌だし、飼い主の責任で何とかすべきだろうから積極的な行動をしなかったYさんの判断は正しかったと言える。

それにしても散歩中ハスキーに付きまとう逃亡犬の柴犬が、飼い主が近寄ると逃げてしまう行動を3日も続けていることって凄いなと思うし、飼い主も愛犬を捕まえようと努力しているらしいことが哀れでほのぼのとさせられる。

人間っていろいろあって面白い。
 

愛犬をフリーにする意義について 2008年07月28日(月)

  ある日突然、愛犬を外でフリーにしてみる。

条例違反を勧めているのではなく、愛犬と暮らすうえでの基点を考えてみたいのだ。

私が過去に暮らしてきた愛犬たちは勿論、現在の我が家の愛犬アモも“ある日突然外でフリー”にされた経験を持っている。
それは私にとって犬との暮らしを満足させるプロセスの半ば辺りでの儀式であり、絶対必要なチャレンジである。
そしてそれは幼犬の頃からちゃんとやっていれば自然と教えられるものだけど、私の場合は成犬になって暮らし始めた犬が多いからより意識して教える必要性があった。

愛犬をフリーにする。
その瞬間すべてのことが変わる。
社会に迷惑をかける状況になることもあれば、犬自身の命に関わる危険性もあるし、飼い主が重大な責任を問われ人生を棒に振る可能性もあり、可愛がっていたはずの愛犬が言うことを聞かないことで愛情が怒りに変わる瞬間だってあるかもしれない。

それでも愛犬をフリーにするプロセスが重要だとしたら?

そう。
その瞬間をイメージしながらのそれまでの犬育てが必要なのであり、状況的には突然であるのだけれど実は緻密に考えられたうえでのフリーであるべきなのだ。
そのために信頼関係を築き、必要な指示を教え、少なくとも社会現象に動揺することのない経験とマテができるようにしておかなければならない。

Good!で育てる大切さを基本に、究極のNo!を伝えることで愛犬は一皮もふた皮も剥けて成長できるのである。

壮大な目標である犬との暮らしを構築する過程においての引っ張る・吠える・言葉が通じないなどは誠に些細な問題であり、それを解決できずに愛犬との高い暮らしを求めることは、例えば宇宙に出れば無重力になるというような当たり前のことを無視して次の段階を望むことでしかないように思う。

どうしようもなく当たり前の現象にはそれなりの対策が必要であり、それはお金をかけて解決できることもあれば昔の夏休みの宿題みたいに自分自身で解決し乗り越えなければならないことだってある。

もし将来像をきちんと描けていれば、何故今自分がこれに取り組まなければならないのかが分かり、その努力の意義を理解して今を頑張る動機がハッキリするのだけど、人生っていろいろあってそううまくはいかないものだ。

だから普通に犬と暮らす人たちもいれば、私のように犬との暮らしにアドベンチャーのような喜びを感じて生きている人間もいるのだ。

問題なのは普通に犬と暮らしている人たちが手軽な高望みをしていることにあるのかもしれない。
私は愛犬に全身全霊をかけて向かい合っている。
愛犬ためではなくそれも含めた私たちの為に。
 

悔し紛れに書いてみた 2008年07月26日(土)

  4ヶ月前(だったかな?)胆石の手術を受けたフレブル武蔵の飼い主Kさんが、今日は涼しげでとっても洒脱な絽の着物を粋に着こなしてカフェではなくガーデンでコーヒーを飲まれていた。
しばらくして様子を見に行くと灰皿に吸殻が全く入っていない。

「あれ?!まだ続いてたんですか?」
あの時に禁煙されたことを思い出し、私は声をかけた。
「あれから1本も吸ってません。嫌だねぇ、煙草飲みは。迷惑だよね。へへへ、実は命根性が汚いからなんだけど…」

よく言うよ、あんなヘビースモーカーだったくせに!

世の中には吸ってる時には様々な論理を駆使して愛煙家の権利や税制上の社会貢献を主張し、健康に悪いとか受動喫煙などの不当な扱いにはほぞを咬む思いで付属的な有用性を説いている愛煙家もいるのに、いざ禁煙した途端、細々と同志を見つけできるだけ社会に迷惑をかけないように静かに暮らしている愛煙家に対し、反旗を翻すだけでなく急先鋒となって嫌煙を述べるヤカラがいる。

Kさんには言われたくない!

おまけに「これでニューヨークにも行けるようになった」と言われれば悔しくて仕方がない。

Kさん、
・以前より太ったんじゃありませんか?
・強迫観念に駆られたのか健康の為に禁煙したのに、1年以内に事故等の別件で死んだ友人が何人かいますよ。
・落語のオチで『どうせ死ぬんだったら全部食っときゃ良かった』というのもあれば、フグを食べて死んじまった粋な歌舞伎役者もいましたよね。

いつもカフェのテーブルにおいてあった灰皿を撤去し、ガーデンにだけ置いてみた。
ランチタイム以外や申し出があった時だけ出すようにしようかなぁ。

そういえば同じくヘビースモーカーの黒ラブ/レオの飼い主Kさんも
「レオが手術で辛い思いをしている間、禁煙して辛さを共有しようかなぁ」
と先日は禁煙パイポを口にされていた。

状況によってのプカプカは困るけど『禁煙!』の宣言はいたしません。
禁煙なんて身体に悪いし、人に言われて止めることほど癪に障ることもないし、する時はどんなヘビースモーカーだってスパッとやるものだし、嫌煙を言うなら香水の中にも嫌なものもあるし尻出しファッションを見せられ不快な思いをする私の気持ちはどう守ってくれるのだ!と叫びたい。
今の時代は心のケアも大切にしてくれるんでしょ。

愛煙家諸氏、心の片隅にあるKさんのような今日の言葉と無菌室至上主義社会の今の社会に屈服したくないので、それなりのご協力を。
 

驚きの二つの話題 2008年07月23日(水)

  道外の皆さんには暑中お見舞い申し上げます。
今年の札幌はこれまでのところ過ごしやすく、昨日などは日中でも肌寒くて半袖を着たことを後悔させられるほどだった。

さて今日のカフェでは驚くべき話題がふたつあった。

事務室で所用を済ませてカフェに顔を出すと黒ラブ/レオの飼い主であるKさんが立っておられた。
私はてっきり3日前に脾臓摘出手術を受けたレオの術後経過を報告しに来られたのだと思い「で、どうでしたか?」と声をかけた。
すると壁の横で水を飲み終えた黒い犬がのそりのそりと歩いてくるではないか。
「えー!!レオ〜!!!」
やいや驚いた。
お腹の毛を大きく刈られ10数針縫った生々しい姿のレオがニコニコしながら歩いていた。

Kさんの話を総合すると、私が想像していたとおり脾臓は癌に侵されとんでもないほど肥大し転移しおまけに肝臓と癒着していたそうである。
2003年9月4日に逝ってしまったKの愛犬ケンピーとほぼ同じ状態だった。

「なんとか脾臓は摘出しました」とあの時の獣医は説明したがケンピーには負担が大き過ぎ、元気になることなく亡くなった。
『手術する前の方がまだ元気だったじゃないか』
そんな悔しさが残った。
犬の場合は人間以上に、とりわけ“静かな臓器”などでは病気の発見が遅れて手遅れの状態になりがちなのだ。
だから今回のレオの手術にも私は懐疑的な思いを持っていた。

だがレオの獣医は開腹し、確認しただけで摘出することなく閉じたそうである。
ベストとは思わないが良い判断だったと思う。

「まだ3日目なのにカフェなんかに来て」と私がKさんに言うと
「なぁもだ。人間だって今の時代は手術の翌日から歩かされるんだから。」と笑っておられた。
「こいつ、病院から戻ってきたもんだからすっかり治ったと思ってるんだよなぁ」というKさんの言葉にジーンときた。

二つ目の驚きは午後からだった。
5月19日にくも膜下出血で倒れ、心肺停止のままドクターヘリで病院に搬送されたYさんが、なんと愛犬のチワワさくたろうと貫太郎を抱っこし仲間たちと姿を現したのであった。

私たちは驚きと喜びのあまり拍手で迎えるしかなかった。
『やったー!バンザーイ!奇跡を起こしたぞぉ!!!』

Yさんはあまりにも普通で元気だった。
「あの世は見てきたかい」との私の問いに
「みんなから聞かれるけど三途の川もなんも見なかったよ」と明るく答えてくれた。
意識が戻った時に最初に発した言葉が「さく…」と愛犬の名前だったらしく、そういうことは私自身過去にもいろんな人から聞いていたので驚きはなかったが、すぐに発見し見事な手配をして奥さんの命を救った消防署員のご主人にしてみれば不満が残るかもしれない。

気道確保の為に装着した器具が喉に多少の違和感を感じさせるらしいが、それも今後半年ほどで外せるとのこと。
左手には僅かなしびれが残っているとのことだが、とにかくYさんの笑顔と姿が目の前にあるだけでうれしくて仕方なかった。

心配してくださっていた皆さんにまずは私から報告させていただきます。
 

特技は酔拳と吸拳? 2008年07月21日(月)

  夕べのちょこの飼い主さんに遅ればせながらメールをした。

○○様
大変でしたね、ビックリしました。
スタッフやお客様は怒り心頭でした。
一日も早い傷の回復を願い、心よりお見舞い申し上げます。
事後報告で申し訳ありませんが、いただいたメールと私なりの意見をホームページに書かせていただきました。
まだ1週間ですから気持ちは落ち着かないとお察しいたします。
カフェでみんなに話せば少しは楽になるかも、なんてことしか言えないのが残念です。

お客様が来られたのでこれで失礼します。

(以上私が送ったメール)

そしたら先程返信が届いたので、再び無断転載させていただく。

返信を読ませていただき、ちょこがこんなことになってから、涙はでることがなかったのに、号泣してしまいました・・・。
張り詰めていた糸が切れたと言うか、ちょこのこれからを一緒に見つめてくれる人がいることへの安心感からか・・・。

いままで長年犬とともに過ごしてきた長崎さんだからこそのアドバイス、路頭に迷っていた私に進むべき道をはっきりとさせてくれました。
ほんとうにありがたく感謝しています。
飼い主として、毅然とした態度でちょこに接して行こうと思います。
早くカフェに行って愚痴りたいです。ちょこも五箇所の傷のためバリカンで刈られ、はげになってしまた所と毛の伸びてる足のバランスの悪さをなんとかしたいので、カットしに行きたいです。

とりあえず明日、抜糸に行ってきます!

お忙しい中、本当にありがとうございました。奥様、スタッフの皆様によろしくお伝えください。

なんだか元気の出てきたちょこの飼い主○○より
(以上が返信)

何よりだ。酔っ払いにも役立つことがあるんだね。

だけどこれでも相当疲れるんだよ。
内弁慶だから酒を飲まないと書けないしタバコの本数も当然増えるから。
これも酔拳とか吸拳って言えるんじゃなかろうか?
今夜はもう深く考えずに寝かせてもらうことにする。
 

逃亡したシェパードに襲われたちょこ 2008年07月20日(日)

  二部作の1.

衝撃的なメールが届き言葉をなくしてしまった。
みんなで共有すべき問題であると受け止め、無断で転載させていただいた。

以下転載(人名は○○に変更)

こんばんは。カフェでお世話になっています「ちょこ」の飼い主○○です。

じつは、ちょうど1週間前の土曜の朝、散歩中にちょこが檻から脱走したシェパードに5箇所もかまれ全箇所縫うという、あってはならないことが起きてしまいました・・・。

そのときちょうど、ちょこはうんちをしようとかがんだ姿勢になったところで、私は散歩仲間の奥さんと話をしていて背後からやってきたシェパードの気配には気づきませんでした。

そしてちょこの肩と後方にいきなり噛み付きました。
殺される!瞬間的にそう思い夢中でシェパードからちょこを引き離しました。私の悲鳴で自分のところの犬が逃げたことに初めて気がついた飼い主が10メートル先の家からでてきました。

私は急いで病院に連れて行き、処置をしてもらいました。あまりの衝撃で病院で私まで貧血で立っていられなくなりました。はずかしながら・・・。

でも自分の子供が目の前で通り魔に突然刺されたような心情でした。
傷の付きが悪かったら、外科的手術になるかも・・・と言われましたが、幸い傷の治りは順調で、22日に抜糸することになりました。

相手の飼い主には本当に腹をたてています。家はうちの数件先で以前にも小型犬の耳を噛んだという噂は聞いたことがありました。しょっちゅう吠え声は聞こえていましたし、普段天気が良い日は玄関横の5×4メートルぐらいの広さの柵の中で放されていました。その日は鼻で柵の鍵をあけてでてきたらしいのです。飼い主が言うには。「どうやら鼻で上に鍵を押してでてきているみたいなんです」

「私は直接見てないのですが・・・」そんなのんきなことを飼い主は言ってるんです。
そんな凶暴な犬なら柵の中でもリードが必要だったはずです。ただでさえ前科もあるのですから・・・。

これが人間の子供だったらどうだったのでしょうか・・・。ちょこはもちろん私たちにとって子供同然なので相手が何の罪にも問われないことが理不尽でなりません。相手の誠意がいまいち見えないのも憤慨しています。ことの重大さをわかっているのでしょうか???
今ものうのうと近所を散歩しているようで、私は恐ろしくてしょうがありません。

一番問題なのはちょこが受けた心の傷です。
ちょっとした物音や人の声にも過剰に反応して、玄関チャイムや窓から犬の姿が見えるとものすごく吠えています。以前はウーと唸るくらいだったのに・・・。動物病院でも以前は、がたがた震えて声も出せないでいたのに、今は入ってくる犬ぜんぶに吠えています。

ちょこにはどの犬も全部敵に見えるのでしょうね。ただでさえ臆病だったのに、こんなことがあって散歩に出れるのか不安を感じています。一体今後、どのようにして心のケアをしていったらよいか途方にくれて、メールにて大変失礼とは思いましたが、何かアドバイスいただけないかと思いご相談させていただきました。せっかく2度のお泊りで少しはカフェにもなれて、安心して預けられる場所ができて私たちも安堵していた矢先にこんなことになり、お泊りどころかカフェにもいつになったら連れて行けるのか?先の見えない霧の中にいるようです。

今後、傷が落ち着いたら散歩に連れて行くべきでしょうか?
ほかの犬に会うことがプラスなのか、マイナスなのか?少しづつ慣らすべきか、しばらく接触しないべきなのか・・・。

すみません、私の頭の中もぐちゃぐちゃに混乱していて、おかしな文章お許しください。
どうぞよろしくおねがいします。

わらをもつかみたい状況のちょこ飼い主の○○より

以上までが転載

驚き・怒り・慰め、諸々の言葉は省略させていただき、全く私の経験と知識それにちょこの性格分析を含め独断による意見を述べさせていただこう。

記述容量が多すぎてこの欄に一回では書き込めないようだ。
今夜のこの欄は同じ日付けに二つの欄(下のページ)を設けることにしたのでよろしく。
 


- Web Diary ver 1.26 -