From the North Country

誤審でもジャッジはジャッジ 2008年08月18日(月)

  北海道の夏はもう終わったのかな?
少なくとも夜まで暑いということはなさそうだし、総括するには早いかもしれないけど「今年の北海道は最高!」だったと言えよう。
ミニトマトも豊作だし駐車場の片隅に作った枝豆横丁では大小様々なさやがたくさんぶら下がっている。
萩の花は1ヶ月も前から咲いており、ススキの穂も満開で先日の満月は天高く美しかった。
気がかりなのはセミの声。
今年はまだ時雨れてないし、聞いたのはいつだったっけ?
確か6月初め頃のエゾハルゼミの時期じゃなかっただろうか?

さて、今夜女子サッカーのなでしこジャパンはアメリカに敗れてしまったが、サッカーの試合を見ていると時折理不尽なファールを取られることがあるのにお気づきだろう。
選手の配慮に満ちたプレーや意思とは関係なく、それは主審の判断であり時に誤審であることさえある。

話題が飛躍して恐縮だが、お泊り犬の散歩をしている時に私は周囲の視線を気にすることがある。
例えば秋田犬のももちゃんは散歩途中で草むらで排尿をするのだが、その時間がとても長いことが頻繁にあって、『ひょっとしたら見ている人はウンチをしていると思ってるかもしれない』などと考える。

ウンチならちゃんと始末するが空き地でのオシッコだからどうしようもなく、大地に浸透して乾くかバクテリアが処理してくれるのを待つしかない。

ところが同じように長いオシッコを済ませたゴールデンのモナと飼い主に対し、たまたまジョギングで通りかかった年配の男性は
「ウンチの始末をしろ!」と怒鳴りつけ
「ウンチはしてません」と飼い主が釈明すると、足元で鷲掴みにした石をモナと飼い主に投げつけてきたという。

投げつけた男にはそこに至るまでの悔しい思いが過去にあったのかも知れないし、単なる異常者あるいはモンスタークレーマーなのかも知れないが、私が日頃から気にしていた“周囲の目”による誤審が現実になった瞬間でもあった。

「ウンチはしてません」という飼い主に対し石を投げつけたのは明らかな犯罪なのだが、その後も怒りを抑えられない飼い主は「どうすればよかったんでしょう?」と今日私に尋ねられた。

確かに放置便は住民をイライラさせてしまうし、『現場を見つけたら只じゃ済ませない』との思いが残るはずだ。
その気持ちがこの男の誤審を招いたとも言えるし、異常者とも考えられる。

「ウンチはしてません」ではなく
「長いオシッコをしてたんです。見てください、どこにウンチがありますか?」と言えば通用しただろうか?

犬と暮らす上での配慮はどこまで行えばいいのでしょうね。
 

監督はあなた自身 2008年08月17日(日)

  ナイスゲーム!
今夜の野球の韓国戦は残念ながら負けてしまったけれど、先発和田は見事な投球だったし、打線も流れから見て後半勝負をしっかり認識してその結果を出してくれた。
敗因は星野監督の采配ミスだったから、『こりゃ、しゃあないぞ』という次に繋がる爽快な気持ちだ。

日頃からいろんなことに怒り狂う傾向が強い私であるが、いつも感情的に行動しているわけではない。
むしろ多くのことを冷静に見ているのだけれど、『ここぞ』という時には、普通の人が唖然とするような行動をすばやく取っているものだから時に過激な人間と見られているに過ぎないと思っている。

『ここぞ!』という場面はすべての人間に与えられた瞬間であり転機であり放棄であり維持でもあると思う。

愛犬と暮らす中でその分岐点というかどちらに転ぶか分からない分水嶺の結果を飼い主に見いだすことは頻繁にある。
例えば訓練士が傍にいるだけで置物のようにおりこうな振る舞いができるのに、飼い主だけだと吠え立ててしまう犬は其処此処にいるはずだ。

そんな風に飼い主の厳しさの度合いによって愛犬の行動が左右されず、どんな犬でもそれなりのしつけができるようにと考えた上で現在流行しているのがオペラント学習理論に基づくだけの甘っちょろい訓練教室である。

始めにはっきり断っておく。
愛犬とそれなりに楽しく現代における『おりこうなワンちゃん』と暮らせるチャンスはいくらでもある。
・いい犬にめぐり合うこと
・愛犬との暮らしを深く追求せず、オスワリやフセがいつでもできるように教えること
・社会的な経験をグループレッスンで体験させること…

だが、犬との暮らしはそんなものではない。
『ちゃんと訓練に出したのですけど…』
『どんなことがあっても褒める方向に意識を向けさせて育ててきたのですが…』
『こうすればこうなるの理論を信じていたのに…』

そんな経緯などどうでもいいことで、『あなたはどんな人』で『犬をどうしようとして、どう思っているのか』が大切なのだ。
つまり“うまく犬と暮らせない人がいっぱいいる”のが前提で、それでも犬と暮らしたければ変えるのは犬の行動ではなく“あなた自身なのだ”というのが現代社会の課題であると思っている。

今夜の星野監督。
あなたの采配は見事だったし共感を覚えた。
後半の僅かな見込み違いが結果を左右させてしまったけれど、あれは誤りではなく結果的な判断ミスであった。
犬たちとつき合う上でそんなことはしょっちゅうある。

あの采配は選手たちに反感を覚えさせるミスではなく、『この人の指示についていこう』と思わせる見事な采配であったと私は感じている。

間違っててもいい。
あなたの明確な意思を相手に伝わる方法で表現できるかが愛犬家には求められているのだと日々の暮らしの中で模索していて欲しい。
 

日本は女性に任せたほうがいい 2008年08月12日(火)

  お盆とオリンピックが重なるものだから生活のリズムが微妙にずれてしまう。
夜更かしが当たり前になるし日中だって時にテレビに釘付けになる。
お客様もその辺りは同じで昨日の北島康介が金メダルを獲得した時にはカフェでは悲鳴に近い歓声が上がってお泊り犬たちは圧倒されていた。

今夜は柔道女子の谷本が金メダルを取り、現在はソフトボールとなでしこジャパンのサッカーを掛け持ちでテレビ観戦しながらこの欄を書いている。

チャンネルを変えるたびその経過に私は歓声を上げるのだが、今夜は犬たちも慣れと疲れが溜まってしまって反応はいまいちだ。
それにしてもソフトボール(女子)の運動神経はどこの国も素晴らしいものがあり、女性の特異な能力の一面を見せ付けられる感がある。
『女ってこんなに凄かったっけ?』
日頃から『それは僕がやる』と言ってたことは、実は楽々女性にできることであり、ひょっとしたら無礼なことを言ってたのかもしれない。
サッカーはなんと今5点目を入れたしソフトボールもかろうじて勝利を手にした。

いやはや恐れ入りました。
やはり私の経験則による『この世は女に任せておけばいい』という考えは正しいものと思われる。

そんな結論に同意してくれるように“なでしこジャパン”が勝利を収めた瞬間の私の拍手に対し『母さんはどうなの?』と冷静な反応を示すお泊り犬たちはすべてを見通しているのかもしれない。
 

追悼/黒ラブレオ 2008年08月10日(日)

  ガーデンで常連の皆さんと談笑していた今日の午後、Kの携帯に黒ラブレオのKさんから電話が入っていた。
すべてを聞き終えてからKは私にその内容を報告してくれた。

今夜のこの欄は私たちの追悼の想いをKに書いてもらうことにした。
(以下K筆)

「レオやせたんだよ。3キロ。」
「ダイエットしたんですか?」
「いや。何にも。」
黒ラブ・レオ8才の飼い主Kさんの言葉に私は不安な気持ちを抑えられなかった。
心当たりなく痩せるなんて尋常ではないから・・。

3年前に私たちのもとにやって来た時のアモの体重は42キロ。カフェを訪れる人のすべてが発する言葉と同じくKさんもアモを見て「太いなあ!」とニコニコ笑っていた。何ヶ月か経ち、アモはごく普通の食事で体重を落としていって体格が似通ったレオと同じになった。そのうちにレオの方が重くなりKさんはもうアモを太いとは言わなくなった。

レオは劣悪な環境で暮らしていたところを縁あってKさんに引き取られた。
Kさんご夫妻が引き取りに行くとレオは後ろを振り返りもせずに車に乗って来たと言う。
程なくKさんはカフェを訪れてくれるようになり穏やかで話好きのKさんとゆったりのんびりのレオはカフェの大切は常連さんとなった。
ぴったりコンビのKさんとレオはセラピーも始め、私たちはレオの定期的なトリミングを勧め、黒くつややかな被毛に似合う首輪やバンダナを選んだ。
セラピーの仕事にに出かける前、Kさんはカフェに寄り食事をして、1枚の小さなビスケットをレオの為に持って出かけた。

「こいつ、俺が道間違えるとワンワン吠えるんだ。」可笑しそうにKさんは言っていた。
そのうちカフェ近くなるとレオは車の中で吠え出すようになり、駐車場に到着すると早く下ろせと言わんばかりにKさんの白いボルボは大揺れに揺れた。
ところがここ何ヶ月か時々レオの体調が不良になることがあり、揺れている車を見るとみんなでほっとしたものだった。
体重の減少と血液検査の数値、エコー検査で脾臓の肥大が見られた。
5年前に癌で逝った私の愛犬(GR)と同じ症状だった。脾臓摘出手術後2週間で苦しんで死んでしまった苦い経験から私はレオの手術に反対した。
結局レオは開腹手術を受けたけれど癒着と癌の転移からそのまま縫合したと聞いて私はそれでいいと思った。
苦しまないで逝ってくれればKさんとレオの素晴らしい生活はそのまま良い思い出となってくれるはずだから。

今日Kさんから電話があった。
今月4日の抜糸後レオはKさんの言う「すっかり治った気になって」食欲もあり散歩もしていたという。
7日の夜は二階に上がってきてKさんと一緒に寝て、8日は5時に起きて散歩、食事もしたという。
食べ過ぎたみたいで(Kさんは言う。)体調が悪くなりお昼頃Kさんの膝を枕にして静かに息をひきとったと・・・。

人は自分の生き方を選べても死に方を選べないことが多い。望まない延命をさせられてしまうことも多い。
でも犬はその犬のQuality of Lifeを考えて人が死に方を選んであげることができると思う。
赤塚不二夫の言葉でいえば「これでいいのだ!」と。

レオ、楽しい日々をありがとう。
 

ご近所のレオン 2008年08月09日(土)

  お泊りだったシェルティのレオン君を無事お返しすることができた。
カフェから100メートルもないご近所のワンちゃんでカフェのお客様ではなく私たちが散歩する時、窓越しに吠え声を聞く程度の見知りしかなかったが、今回お泊りすることになり事前に何度かカフェに来ていただいて顔見知りになっていた。

初日はお互いどんな相手なのかを観察することで過ぎていったが、ガーデンで排泄ができないわんこだということがわかった。
というより『シーシー・ベンベン』などの指示で排泄をする習慣がない、つまりトイレのしつけを教えられておらず、“したくなったら犬が勝手にペットシーツで用を足す”という多くの小型犬の飼い主が『それがトイレのしつけ』と誤解している状態にあった。

でもそうやって7年を過ごしてきたワンちゃんであるから今更敢えて教え込む努力を私たちはせず、せめて外を歩けば排泄してくれるだろうと、トイレタイムの都度散歩に出かけるようにした。
オシッコはしてくれたがウンチはどうしてもしなかった。
いくらペットシーツの上とはいえ室内でウンチをされるのは私たちには受け入れがたいので、それだけは“おまじない”をしてガーデンでさせるようにした。

二日目には排泄の方法もそんな感じで確定し、お互い快適に過ごせるようになると、レオンも馴染み始め身体を摺り寄せて甘える姿が可愛らしく、結局今日お返しするまで飼い主の方が心配されていたオシッコの失敗は一度もなかった。

3日目からそれまで避けていた自宅方向への散歩コースをとり、自宅前では急に駆け出さないかと緊張していたのだが、チラッと目をやっただけで素通りしたのが可笑しく『さすが7歳。よくわかっている。』と感心した。

5日目の今日、お母さんがお迎えに来られると『じゃぁね』を言うでもなくニコニコ顔で帰っていった。
今度散歩でカフェの前を通るときレオンはチラッと目をやるだけで素通りするんだろうな。
『まぁ、ごはんは美味かったよな』と思ってくれたらありがたい。

黙想
黒ラブのレオが旅立ったとの一報がSさんから入っている。
飼い主のKさんからのご報告があるまで受け入れられない。
 

真っ向勝負!でいたい。 2008年08月05日(火)

  いよいよ札幌も30度越え。
窓を開けたまま寝ていたKが、昨日の朝は目覚めと同時に私に苦情を申し立てた。
「うるさくて目が覚め、眠れなかったよぉ」
佳境に入り始めた隣家の住宅工事で重機の搬入が朝の5時前から続けられたというのだ。
迫った工期を前に元受が下請け業者にそうせざるを得ない要求をしていたのだと思われる。
迷惑なのは近隣住民、恐縮していたのは現場の職人たちで、元凶の元受たちはその時間グーグーと寝ていたことだろう。

他人に迷惑をかけずに一生を送れる人間はそういるはずもないが、かけずに済む迷惑にまで鈍感になって平気でいたり、かけてはいけない迷惑を楽しむ人間もいるからこの世は厄介だ。

一方で、子供や愛犬が他人に迷惑をかけないように口うるさく言う親を見ると『あんたの方がうるさい!』と怒鳴りたくなるし、他人に対する迷惑に気づいているのに煙草をふかしたり世間話に夢中になって放任している親を見るとぶん殴りたくなるし、『ごめんなさい。ごめんなさい。』と子供や愛犬の尻拭いをしたり謝ってばかりの親を見ると気の毒になってしまう。

そこそこの迷惑を認め、許し、お互いが受け入れるって難しいことなんだと思う。

ある程度の迷惑を認めることについてはそれなりの共通した範囲が設定されるだろうけど、“許す・受け入れる”についてはそれまでの社会的な関係や相手方のキャラというものまで影響して個人差が大きい。

西田敏行が上半身裸で腹を出しながら子供たちと大騒ぎしていたら見物人が増えて喝采を送るだろうが、私がそんなことしたらすぐに110番されてしまう。
そんな私でもカフェで他人の愛犬を制御し始めると周囲は110番もせず、“長崎劇場”を楽しみに観察しておられる。
他人にされたらムカッとすることでも私なら許されるという社会的要素やキャラというようなものを実は誰しも持っているのだ。

個性豊かで繋がりがあり社会的な地位や評価とは関係なく人間として認め合え、問題を指摘できあるいは受け止めれる寛容さが今の社会には欠落している。

朝の5時前から重機を搬入している騒音は迷惑だが、そこの職人たちに怒声を浴びせることはできなかった。
なんか今の社会の凝縮された姿があり、ずるい奴らは陰や後ろに控え、まるでマネーローンダリングを下請けにやらせているようだったから。
それが人間の知恵だとしたら情けない。
ずるさもみんなひっくるめた上で真っ向勝負じゃなきゃ自分を後悔するよ。
 

本格的な夏の境目の日に 2008年08月03日(日)

  昨日に続いて今日も雨。
全国的に猛暑が続く中、涼しいのはありがたいけど今日の雨は降り過ぎ。
道南や道東では集中豪雨の被害もあるようだし、カフェの駐車場も夜の9時頃には半分位が水没状態だった。
それでも10時を過ぎて草むらからキリギリスの羽音が聞こえ始めた。
天気は回復に向かい、いよいよ明日から札幌にも本格的な短い(そう願いたい)夏がやってくる。

子供が苦手なハスキー犬チェスのお宅に東京からお孫さんが遊びにやってきた。
この二日間は自宅で緊張の連続だったそうで、今朝からお預かりのチェスにはその疲れが色濃く出ていた。
夕食後から爆睡状態となり先程ようやく大あくびをして顔が穏やかになった。
自宅ではなくお泊りで疲れを癒せる犬も珍しいがそれができるドッグカフェというのも珍しい。

振り向けば我が家の愛犬アモも“ヘソ天”状態である。
先日のキャンプ疲れがとれ、リラックスモードに入ったようだ。
真夏のキャンプを楽しめるほど私たちは若くはないので、涼しくなるまでしばらくお預けとなる。

さあ、明日からは本業のカフェ仕事に精を出し枝豆横丁に生えた雑草を抜いたり、ミニトマトの試食をしたり、綺麗な感じではなくなったけどまだ咲いているビオラのフラワーポットを手入れして咲きたいだけ咲かせてあげようと思う。
もし30度に届くようなら犬たちのプールの準備もしなければならない。

夏場のカフェは比較的暇な日が多く、愛犬相談やレッスンなどゆっくり時間が取れると思うのでご活用下さい。

それとKのパソコンは今日入院しましたので無事退院できることを少なくとも私は心より祈っております。
 

やっぱ北海道だね 2008年08月02日(土)

  何もせず外に5分ほどいると鳥肌が立ってしまうくらい今日は寒い一日だった。
明日は蒸し暑くなりそうだし明後日からは猛暑の予報だが、今年の夏は時々今日みたいな日があるのがうれしい。

さて、今日からカフェは8月の営業に入った。
昨日までの定休日は洞爺湖にキャンプに出かけていたので、今朝になって急遽“今月のパスタ”の試食会が行われた。

うめぇー!!
キャンプでの陽射しで火照った体には染み込むような酸味の効いた梅パスタはもう絶品だった。
明日から毎日のようにこのパスタを1ヶ月間食べれるのかと思うだけで勤労意欲が湧いてくる私であった。(余談だが、キャンプでは初めてお好み焼きを炭火で焼いてみた。遠赤外線効果なのかふんわりと仕上がりこれも逸品でありましたぞ。)

そんな食の喜びを感じていたら「これたくさん送ってきたから食べてね」と、一丁先の町内に住むSさんが毛ガニをカフェに届けてくださった。
届いたばかりの新鮮な毛ガニに調理の必要はない。
たださばいて口にするだけで美味しいのだから何と幸せなことだろう。
お腹が一杯になってちょっと変化をつけたければ、酢にだし醤油を一滴垂らすだけで毛ガニをたっぷり最後まで堪能できる。

この他にもMダックス飼い主のKさん手打ちのそば・シーズーNさんの実家がある浦臼町のメロン・今評判の花畑牧場の生キャラメル・白くて生でも食べれるとうもろこしの甘さは凄すぎるし黄色いスイートコーンも風味豊か。

暑くて食欲が落ちるはずの夏なのに、今年は違うぞ。

本州以南でこの欄をご覧の方々、パソコンで『ルヒエル』を検索し、ニセコのジェラートを見つけたらインターネット注文をしてみてはいかがだろう。
美味しいだけでなく北海道の涼しさを体験できると思いますよ。

乳製品・肉などの酪農、ウニ・昆布・魚などの水産業、野菜・果物・米の農業、この他にも石炭・水・材木・温泉など自然の豊かさに加え加工業からハイテク事業に至るまで様々な資源を北海道は内在しているし、我がカフェのような特徴あるサービス業だっていたるところに存在している。

消費や観光を呼び込むことも大切だが、もっと自信を持ってもいいのではなかろうか?
『モナリザに会いたければルーブルへ来い』と
そんな魅力が北海道には満ち溢れている。

それにしても今年の北海道は最高だ!
 

人間っていろいろ 2008年07月30日(水)

  お知らせがふたつ。
ひとつは8月27日から月末までの5日間カフェは夏休みで臨時休業させていただくこと。
ふたつめはさっきKのパソコンが壊れ、スイッチを入れたにもかかわらず画面が真っ黒という要修理状態にあり、Kが私のパソコンで彼女の欄を更新する意欲があるかどうか疑わしいこと。

以上二点であります。

で、今夜はちょっと気の利いた話題でも書こうかと思ったが、明日からが定休日となるとどうも勤労意欲が減退してしまう。
そこで軽い話を。

札幌の奥座敷である定山渓温泉を過ぎたところに豊平峡(ダム・温泉・キャンプ場・電気自動車・インドカレー?…)という自然豊かなスポットがある。
『ほうへいきょう』と読むのだが、Aさんがそこの温泉帰りに外に出ると、うら若き女性が携帯電話で話す内容が聞こえてきた。
「あ、私ね、今“とよひらきょう”」
Aさんはふき出しそうになったそうだ。

有名になった旭山動物園でカピバラを見ていたら、私たちもふき出しそうになった経験がある。
げっ歯類(げっしるい)のカピバラを前に
「へぇー!これも“げっぱるい”なんだ!」というおばさん。
あんな大きな声で言わなくてもいいのに…

別に馬鹿にしている訳でなく、私たちも日常の中で人に笑われるような読み間違いを普段からしてるんだろうなと問い直してみたくなる気分なのだ。
犬のハウスである“ケージ”を“ゲージ”と言う人なんてのが身近なところで、“ゲージ”の方が一般化してるかの勢いだ。

ところで、さっきの豊平峡(ほうへいきょう)にキャンピングカーを買ったばかりのYさんがキャンプに出かけた時のこと。
愛犬のハスキーと外に出ると、山から一頭の柴犬が現れてきて身体を摺り寄せるように甘えてきたらしい。
しばらくして人の声が聞こえ
「すみませーん!その犬を捕まえてくださーい!」
話を聞くと3日前から逃亡している柴犬で、飼い主ですら捕まえられない状況だったとのこと。

3日も逃亡している見知らぬ犬を捕まえようとして怪我をするのも嫌だし、飼い主の責任で何とかすべきだろうから積極的な行動をしなかったYさんの判断は正しかったと言える。

それにしても散歩中ハスキーに付きまとう逃亡犬の柴犬が、飼い主が近寄ると逃げてしまう行動を3日も続けていることって凄いなと思うし、飼い主も愛犬を捕まえようと努力しているらしいことが哀れでほのぼのとさせられる。

人間っていろいろあって面白い。
 

愛犬をフリーにする意義について 2008年07月28日(月)

  ある日突然、愛犬を外でフリーにしてみる。

条例違反を勧めているのではなく、愛犬と暮らすうえでの基点を考えてみたいのだ。

私が過去に暮らしてきた愛犬たちは勿論、現在の我が家の愛犬アモも“ある日突然外でフリー”にされた経験を持っている。
それは私にとって犬との暮らしを満足させるプロセスの半ば辺りでの儀式であり、絶対必要なチャレンジである。
そしてそれは幼犬の頃からちゃんとやっていれば自然と教えられるものだけど、私の場合は成犬になって暮らし始めた犬が多いからより意識して教える必要性があった。

愛犬をフリーにする。
その瞬間すべてのことが変わる。
社会に迷惑をかける状況になることもあれば、犬自身の命に関わる危険性もあるし、飼い主が重大な責任を問われ人生を棒に振る可能性もあり、可愛がっていたはずの愛犬が言うことを聞かないことで愛情が怒りに変わる瞬間だってあるかもしれない。

それでも愛犬をフリーにするプロセスが重要だとしたら?

そう。
その瞬間をイメージしながらのそれまでの犬育てが必要なのであり、状況的には突然であるのだけれど実は緻密に考えられたうえでのフリーであるべきなのだ。
そのために信頼関係を築き、必要な指示を教え、少なくとも社会現象に動揺することのない経験とマテができるようにしておかなければならない。

Good!で育てる大切さを基本に、究極のNo!を伝えることで愛犬は一皮もふた皮も剥けて成長できるのである。

壮大な目標である犬との暮らしを構築する過程においての引っ張る・吠える・言葉が通じないなどは誠に些細な問題であり、それを解決できずに愛犬との高い暮らしを求めることは、例えば宇宙に出れば無重力になるというような当たり前のことを無視して次の段階を望むことでしかないように思う。

どうしようもなく当たり前の現象にはそれなりの対策が必要であり、それはお金をかけて解決できることもあれば昔の夏休みの宿題みたいに自分自身で解決し乗り越えなければならないことだってある。

もし将来像をきちんと描けていれば、何故今自分がこれに取り組まなければならないのかが分かり、その努力の意義を理解して今を頑張る動機がハッキリするのだけど、人生っていろいろあってそううまくはいかないものだ。

だから普通に犬と暮らす人たちもいれば、私のように犬との暮らしにアドベンチャーのような喜びを感じて生きている人間もいるのだ。

問題なのは普通に犬と暮らしている人たちが手軽な高望みをしていることにあるのかもしれない。
私は愛犬に全身全霊をかけて向かい合っている。
愛犬ためではなくそれも含めた私たちの為に。
 


- Web Diary ver 1.26 -