From the North Country

Sさんへ 2008年04月18日(金)

  知人のボーダーコリーのお困りごと解決に手を貸そうとした結果、指先の腱を咬みきられてしまったSさんが長かった治療における最後の手術とリハビリに励んでおられる。

「もう二度とお困りごとがある犬には手をかけません」
Sさんはそんなことを言っておられたが私には『喉元過ぎればいずれ、また』との思いも残っている。

数千頭の犬たちを見てきた私でさえ始めのうちどころか10年近くは
『ほー!なるほど、こういう犬でもこんな場合はこのようなリアクションをするんだ』と勉強させられることが多かった。
犬たちの行動を自分の中でいわゆる“織り込み済み”にしたうえで対処するには結構時間がかかるものなのだ。

ある犬と接しながら、あらゆる想定の中からこの犬にはあり得ない行動とあり得る行動を分類し効果的な接し方を整え、飼い主が望む行動を導き出して固定化する作業が訓練とも言える。

多くの主婦は子供と話をしながらでもキャベツを千切りにする能力を持っているが、それは生まれながらにしてできたことではなく、繰り返し経験を積むうちに脳が目と手の協応動作を確立し、そのうちに手の感覚だけで切れるようになり、さらに形状やどの部分を切っているかによってその注意の仕方を変える技術を身につけているからできることである。

犬もまたしかり。
野菜を扱えるSさんが犬を扱えないわけがないのだ。
足りなかったのは経験だけ。
小さくなったキャベツの芯に近づいた時に想定もせず同じように切り進めたから指先に怪我をしてしまったのだろう。
慣れればまた普通にやれるという“配慮を伴った自信”が芽生えてくるものと思っている。

ところで入院の間、愛犬のラブラドールの凛と晴のことがSさんは気になっておられよう。
二人ともとても元気にしております。
日中は凛の鼻鳴らしで叱ることが多かったのですが、少しだけ改善されております。
慣れてきた分、今度は晴のいびきが夜の自宅に響き渡っております。

それと申し上げ難いのですが凛のフードが足りなくならないかと心配しております。
ご指定を受けたフードの量では『足りないよ』と凛が訴えかけるものだから、ついつい多目に与えてしまっている私たちをお許し下さい。

このままでは凛が豚みたいに太ってしまいそう。
Sさん、前もって謝っときますね。
 

美味しいカフェのコーヒーを召し上がれ 2008年04月14日(月)

  昨日故障したコーヒーマシン。
日曜でメンテナンス会社が休みだったので私は直接メーカーに電話をし、指示を受けながら設定や修理を繰り返したがやはりダメで「申し訳ありませんが工場修理が必要だと思われます」との結論に達していた。
悔し紛れに私はマシンをゴツンと叩き、今朝一番にメンテナンス会社に電話を入れて事情を説明した。

担当の女性は「それは大変でしたね。申し訳ありません」と、開店後まもなく駆けつけてくれて修理までの代替マシンを持参してくれた。
「念のためどんな状況か試してもよろしいですか?」
「もちろんですとも。」
彼女が電源を入れるとマシンはいつもの唸り音を立てた。
「ここからなんです。」と私は注釈を加え、故障の現実を見た彼女が何と言うかの心積もりをした。

ところがこのマシンめ、その先も順調に動きちゃんと一杯のコーヒーを抽出したではないか!
その流れを見ていた私はたちまちしどろもどろになり、これまでの経過やどんなに困ったかを再び彼女に説明しはじめていた。
その口調はきっと、マシンが壊れるのを祈っているように聞こえていたかもしれないし『ウソじゃないウソじゃない』と怪奇現象を見た人間が怪訝な顔をする人々に『シンジテクダサーイ!』と哀願するようにも感じられたことだろう。
とにかく恥ずかしく、取り繕うのにあたふたしていた。

そういえば丁度先週の月曜日、アメリカンコッカーのあんずのレッスンを引き受けた。
「車の中で外の人を見ては吠えまくって大変なんです」
そんな相談だったので私は一緒に車に乗って生協の駐車場まで行って行き交う人への反応を確かめた。
子供・大人・老人、誰を見てもあんずは吠えなかった。
あの時のWさんの心境が一週間を経てよーく分かった。

そうか!私はあのコーヒーマシンに下に見られているんだ。
担当の女性のようにもっとしっかりしなきゃ!
ひょっとしたら悔し紛れにゴツンと叩いたから直ったのかな?

カフェやってると楽しい!
 

救いの言葉 2008年04月13日(日)

  開店準備を整えコーヒーマシンのスイッチを入れたまりちゃんがその異常に気づいてくれた。

『なぁに、いつもの手順でやれば問題は解決されるさ』と高をくくっていた私だったが、どうも今回は様子が違う。
どこをどういじってもマシンは反応しないばかりか、細かい箇所をチェックしたりマニュアルを読むにも老眼鏡が必要で自分自身が苛立っているのをひしひしと感じてしまった。
おまけにお泊り犬たちが姿の見えない私にキュンキュンと声を出し修理に集中できないでいた。

感情を制御しづらくなった自分を感じ、苛立ちを自覚したのは久しぶりで、これから自分がどんな振る舞いをするのかに不安を覚えた。

たぶん元来私は気の短い人間で、そうと思っているから自制する努力を重ね、長い年月を経るうちに普段は短気の欠点を露呈せずに過ごせていたのだろうと思う。
そんな時に一杯のコーヒーをすするだけで心を落ち着かせることもできた。
だが今日はそのコーヒーが出ないし、厨房だからタバコも吸えずイライラが自制の枠を超えようとしていたのだ。

こんな時、人間の思考視野は随分と狭くなり、結果的に後悔する振る舞いを犯すものだ。
言葉や行動には出さなかったものの私の頭をよぎった心境は次のようなものだった。
・『マシンの故障に備えておかなければ』と以前から思っていたのに何故ちゃんとやっておかなかったのだ!と自責の念。
・よりによってメンテナンス業者が休みの日曜日に故障するな!と責任転嫁。
・『うるさい!今修理のことを考えてるのだからその犬たちを静かにさせろ!』と八つ当たり。
・『よく見えない、うまく修理出来ない、でも今日は日曜日だから絶対早く直さなきゃ』という強迫観念。
そんな心理に加えきっとバイオリズム的な波が私を追い詰めていたのだと思う。

「仕方ないね。今日はコーヒーできませんってことで、やろう」
Kのその一言でおかしな世界に入り込みそうになっていた心が救われた。

『ちゃんとやれない時があってもいいんだよ』
ですよね。
 

生きることを教わっている 2008年04月12日(土)

  プラスの4度ってこんなに寒かったっけ?
真冬なら快適気温のはずだったのに今日は震え上がった。
お陰で土曜日なのに客足は遠のきまったりした時間が流れていた。
それでも閑古鳥が鳴かなかったのは、数少ないお客様がいつまでも滞在してくれたおかげと感謝しております。

ご主人を亡くして全身が白くなった黒ラブ/ソニアは10歳の今、病を患い奥さんは次の手術を受けさせるかどうか決断しかねているようだった。
その判断材料として私に意見を求めておられたが、私もまたどこまで自分の考えを話してよいのか躊躇していた。
「どんな手術ですか?」
「乳腺をすべて取り除く手術です」
「今、何歳ですか?」
「10歳です」
「う〜ん。微妙ですね。」と私は次の言葉を探していた。

そしたら奥さんは私の助言を促すように言葉を付け加えた。
「先生が仰るには肺に転移している可能性があるとのことです。」
「え?そうなんですか。何歳でしたっけ?」
「10歳。いや正確には10歳7ヶ月になります。」

その言葉を聞いて私の気持ちは吹っ切れた。
「手術はやめた方がいいと思います。
ただし、たとえソニアがどんな状態で余生を暮らそうとも医療に任せなかったことを後悔する自分がいるならば先生のアドバイスに従うべきでしょう。
でも、私ならそうはしません。
まもなくソニアは11歳。
手術が成功し予後がうまくいったとしても寿命は迫っています。
これからをどう過ごしたいのですか?
何歳まで生かしたいのですか?13?14?」

「え!そんなに?」
奥さんのその一言に私はホッとした。
Kさんは心の準備はできているのだ。
ただすべての生あるものがそこに至るまでのプロセスと、後に思い出しても楽しい時間を如何に共有できるかを模索しておられたのだろう。

「食欲もあるし、こうして自由に動き回れるし、のんびりしているように見えるのは10歳なりの落ちつきが出てきたのですよ。
逆に言えば病気の進行ものんびりということです。
もし何年か先に辛い症状が出てきたらその時こそ先生にお願いして、少しでも楽に生きて死ねるようにしてもらえばいいじゃないですか」

なんだかホッとした表情をされたのが印象的だった。

愛犬が死んだ後、少なくとも1年間は誰が何を言っても“とにかくどうしようもない時間”を我々は過ごさなければならず、それだけは仕方のないことで、事故死や急死などのショックと比較しても受容期間があるだけでありがたいことなのだ。

自分や家族つまり現在の人間には法的・人道的に許されない“介護と死の迎え方の選択”が我々犬の飼い主には与えられており、実はそのことが自らを見つめるきっかけとなる『愛犬からの最後の贈り物』となるのである。

いずれにせよ今日のソニアは全然元気な状態で、プラス4度を暖かく感じていたように思えた。
 

混在する季節の中で 2008年04月11日(金)

  久しぶりのレクの森は、乾いた枯葉の絨毯あり、ぬかるみあり、全面30センチ以上の積雪ありと随分楽しめる状態になっていた。
エゾシカが駆け抜けた足跡がくっきり残る分ウサギやキツネの足跡は残らないというそんな狭間の時期にいることを知った。

ペアリングの季節なのかアカゲラが妙に元気がよく短い鳴き声を発しながら飛び回っていた。
2羽の後に1羽が後追いをしていて鳥の世界の切なさを実感し、悔し紛れのドラミングが静かな森に響き渡るのを心地よく感じた。

積雪時より数段歩きやすく疲労も少なかったが、横道に入ったコースでは原始林に迷い込みそうになって結局後戻りをせざるを得なかった。
雪道では踏み固められた道がはっきり分かるのに対し、雪が解けて熊笹が背筋を伸ばし始めた今では先月まであった道がなくなってしまうだけでなく、周囲の見通しが利かなくなって別世界に紛れ込んでいるように思えてしまうのだ。

そんな状況とは露知らず我が家の愛犬アモは薄汚い残雪を通過の際には身体をゴロンゴロンさせ、ヤチネズミの存在を枯れ草の下に見つけては尻尾をパタパタ振り続け、わき道があれば『こっちに行ってみない?』と誘い続けていた。
右後肢はほとんどびっこ状態なのに相変わらず『そんなの関係ねぇ。』とターミネーター状態である。

2時間の散歩の後にアモの身体をチェックするとダニを発見し消去。
帰宅して再度チェックし3匹消去。
Kにシャンプーしてもらったが次回からはシダースプレーが必需品となろう。

おまけに夜になって右足のマッサージをしろと要求してくる。
本物のターミネーターは痛みを感じないはずなのに、こんな時だけはしおらしい愛犬を演じており彼にとってしもべを演じられる今を私は幸せに感じている。

お泊り犬がいる定休日の中でもうまく都合をつけながら過ごせた一日だった。
 

抜け毛の季節 2008年04月09日(水)

  日中のカフェにはまだストーブが必要だけど、今夜の2階自宅ではストーブ無しで全然平気だ。
4月がこんなに暖かくて夏は大丈夫なのだろうか?

もうひとつ気になるのが我が家の愛犬アモの抜け毛のこと。
これまでその抜け毛の多さに苦労させられてきたのに、昨年の11月頃から現在に至るまで殆ど抜けなくなっている。
去年までは冬の間でも抜け続けて「どうなってるの?」と首をかしげていたのだが、今では暖かすぎる春でも抜けないことに首をかしげている。
『もしかして今年は冷夏?』

まあたぶん、来週で7歳になる年齢のせいと、我が家にやってきて3年で精神的な不協和が解消されようやくそれが身体に反映され始めたのだろう。
環境に順応しやすいラブラドールの血であってもゴールデンの血が混じるとこのような感受性を示すことが往々にしてあるから。

いずれにせよ来月の今頃はブラッシングに追われるような状況になっているはず。
“ドサッと抜けてピタッと止まる”これが理想だ。

そういえば昨年ブレークした抜け毛取りの“ファーミネーター”が3個残っている。
今のところ仕入れの予定はないから売り切れ御免の商品だ。
昨年の時点でどこのインターネット価格よりカフェでの販売価格のほうが安かったのは痛快だった。
Kが安く直輸入してくれたおかげであるし、利益よりも抜け毛の少ないわんこと来店いただくように配慮した結果でもあった。

お弁当に抜け毛が入っていても平然と指でつまんで取り出し、何事もなかったようにできるおおらかさが私たち犬と暮らす人間にはあって、それはある種の美徳であり逞しさであるように思う。
『細かいことをいちいち気にするな』
今の社会には必要な人間力だが、おおらか過ぎてもよくない。
そこら辺のバランス感覚は失わないようにしたい。
 

誤解と正解 2008年04月08日(火)

  夕べのこの欄で『カフェの宣伝を自粛する』と書いたら、“北海道のドッグカフェ本”の出版でお世話になっているYさんから「ご迷惑をかけた」とメールを頂いた。
とんでもない。恐縮するのはこちらの方である。

自粛するのは『その他』の出版物であって、あのような愛犬家お役立ちの本に無料で掲載していただけることにはとても感謝している。

Yさんは仕事上大きなプレッシャーを受けていたのだ。
“北海道のドッグカフェ”や“わんこと泊まれる宿”を編纂した結果、過去に掲載したお店から「次回の掲載はお断り」との申し出が何件かあったという。
その理由は宣伝効果の果てに訪れた『とんでもない自称“愛犬家”の無頓着や横暴な振る舞いで、お店や他のお客に迷惑をかけた』というのが多いらしい。

わんこOKのお店には大別してふたつのタイプがある。
・Aタイプはドッグランやドッグカフェのように開設当初から犬の受け入れを想定した施設。
・Bタイプは『わんこも』OKと良心的な受け入れを表明している施設。

Aタイプの私どものカフェでさえごく稀に『何?この飼い主』と思うようなケースがあるのだから、Bタイプの施設では『冗談じゃない。やめた、やめた!』という申し出があったとしても全然不思議ではない。

Yさん。
だからといって“ドッグカフェ本”などの出版にプレッシャーを感じる必要はないのですよ。
あなたは“未来を拓く”大切なプロセスを築き上げてくれているのですから。
何と言ってもあなた方の出版物には『生体販売をしている店は掲載しない』という明確な柱があり、そのことに私は心からの敬意を日頃から抱いているのです。

Bタイプの施設でのお困りごとは排尿やマーキング・吠え・傍若無人な振る舞いであり、それに対する飼い主の無頓着と横暴である。
とりわけ無頓着は救いようがないから、『それが犬を受け入れるということなら…』という結論に達し、排除へと向かうのだろう。

マーキングするのは止めようがない?
とんでもない!
繁殖予定もなく将来ドッグカフェやペンションを利用するつもりなら生後6ヶ月頃に去勢しておくのが常識で、そのことでマーキングを止めさせる基盤が出来るということを飼い主は知っておくべきなのだ。

それすら行わず愛犬と生活する人々を責めるつもりは全くないが、その場合はカフェやペンションなど社会との関わりを放棄して、周囲に迷惑をかけない我が家での生活を心がけて欲しい。
政治では浮動票の一員もありかもしれないが、愛犬と暮らす場合にはスタンスを明確にしないといけないのだ。
曖昧は多くの場合許されない。

こんなことを書くからカフェの業績が伸びないのが分かっているのだが…止められねぇ。
Yさん一緒に頑張ろう!
 

自営業だから・・・ 2008年04月07日(月)

  春の暖かさに誘われてか週末のカフェは随分と混み合い皆さんにはご迷惑をおかけしました。

すでに取材を受けたり依頼原稿を提出したところもあるので、今後もそれを読まれた方がひょっとしたらまたカフェを訪ねて来られるかもしれない。
でも、これからしばらくはもうそのような露出を自粛することにする。
宣伝効果によって集客を伸ばしても、小さなカフェでは受け入れきれないことがよく分かったし、お客様にも迷惑をかけるし、何より私たちが楽しくないからだ。

土日の閉店後、カフェの玄関前や店内の数箇所に小型犬のマーキングの痕跡があり、その多くをまりちゃんの愛犬らむが嗅ぎつけてくれた。
普段なら飼い主さんからの『ごめんなさい』があったり、我々がすぐに気づいて後始末をし無頓着な飼い主さんには注意を促すことができるのに、混みあっていてしかも初めてのお客さんが多いとそれもできなかった。
このままじゃ5年目にして私たちの大嫌いな“臭いカフェ”になってしまう。

犬のしつけがまだちゃんと出来てなくてもそんなのは問題じゃない。
愛犬と人間社会でちゃんと暮らせるようなマナーとしつけを考えておられる飼い主(模索中も大歓迎)とならいくらでも一緒に楽しくやっていけるのだから。
だが、無頓着だったり見て見ぬ振りをするような飼い主だけはお断りである。
“敷居の高いカフェ”と言われようが、明日のない飼い主にはドッグカフェナガサキは相応しくないといえる。

心根は熱くとも静かな住宅街でひっそりと『知る人ぞ知る』のドッグカフェに立ち返ろう。
食うに困り始めたら5万円をフンパツして折込チラシを入れる位の生活が私たちには似合っている。
楽しくなければ自営業をやってる意味がないではないか。
 

道南の旅 2008年04月04日(金)

  道南の旅に出かけてきた。
予報はすべて雨。
それでも休みを取れるのは今回しかない。
思い切って出かけたがやはり雨。
長万部のカニめし、Goo!
これまでは弁当ばかり買っていたけど、今回は時間たっぷりだから本店のお店でカニめしセットを注文した。
ボリュームたっぷりであの甘辛い佃煮も添えられているし、カニサラダに茶碗蒸しも旨い!

雨上がりの時間を見計らい、途中の牧草地でアモとのた打ち回ってそれなりに楽しみながら到着したのは鹿部町。
わんこと泊まれる宿『倉敷』に到着するなり記念撮影でビックリしたけど、以後は自由で思いっきりくつろげたし美味しい夕食をご馳走になった。

翌日の今日は、予報に反して晴天の一日で鹿部公園を散歩することが出来たが公園の川向こうから管理人が「犬を繋げ」と(よく聞こえなかったがたぶん)叫んでいた。
見渡す限り誰もいない公園なのに…規則は規則なんだろうから仕方がなかった。
どこの公園の立て看板にも『犬はリールで』とあった。
さすが漁業の町である。
犬を“リール”で繋ぐとは磯釣り冥利に尽きる。
とてつもない引きを楽しむことが出来るに違いないだろうから。

大沼公園から駒ケ岳を望む景観もいつものようにスッキリしていた。
ともあれ118円のガソリンを補給しながら短い旅を楽しむことができた二日間であった。
もっともっとの話題があるのだけどそれは明日からのカフェでお伝えすることとしよう。
 

隣家の工事開始 2008年04月02日(水)

  ついに北側の空き地に重機が入った。
つまり家が建つのであり、カフェの雪捨て場が消えたということである。

隣家にとっては夢のマイホームへのスタートであり誠に喜ばしい日なのに、周辺住民にはこれまでの身近な雪捨て場がなくなり『この冬からどうしよう』というエゴともいえる悩みが持ち上がる。

『これまでの5年間ありがとう。お陰様で雪捨て場として活用させていただきました。』
そう感謝して暖かく迎えるのが礼儀であろうから、頭を切り替えて年末に向け対策を考えることにしよう。
だってカフェも5年前には空き地だった場所に建てたのだから、お向かいさんは気を揉んだに違いないのだ。
願わくば東側の木立が何本かでも残ることを祈ろう。

しばらくの間、カフェご利用の皆様には騒音などでご迷惑をおかけすることになるが、これもまた犬たちにとっては良い社会経験となるはずだ。
今日は地響きと6メートルほどもある鋼鉄の杭打ちの音が轟いていたが、みんなで楽しそうに遊んでいるものだから取り乱す犬はいなかった。

とはいえ明日からカフェは連休だし、お泊り犬もいないのでこの騒音から逃れ家族水入らずの時間を過ごしてこようと思う。
生憎の天候のようだが気分転換になればと楽しみにしている。
その報告は後程。
 


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