From the North Country

愛犬との旅 2008年09月01日(月)

  無事4泊5日道東の旅を楽しんできた。

今回宿に選んだのは“主にワンちゃんと飼い主のための宿”ではなく“ワンちゃんも泊まれる宿”であった。
その理由は
1.メインは一般客だから、そこに泊まるワンちゃんも飼い主もそれなりのマナーやしつけに自信を持っているはずと期待してのこと。
2.同じく一般客がメインだから温泉や部屋の設備もそれなりに綺麗で充実していると思われたこと、であった。

で、結論はというと
充分に満足できたのが1軒で、結構満足だったのが1軒、あとの2軒は「うーん、いろいろ大変なんだろうなぁ」という思いが残った。

断っておくが、どこの宿も皆さん親切で食事も美味しかったしおもてなしも良かった。
おまけに予想通り温泉はすばらしく日ごとに身体がつるつるするのが実感できた。

『うーん…』と私が唸る意味にはとても深いものがある。
どの宿も犬好きの人々がいてとても好意的なのだが、良かれと思って宿の一部を愛犬家に開放した結果、自分たちの好意や想像とはかけ離れた犬と飼い主に遭遇し、苦労した過去と現在の表情をお持ちなのだ。
つまり『愛犬と泊まれる部屋を準備したけど、予約の入った今度のワンちゃんと飼い主はまともな方たちだろうか?』という不安が自然と湧き起こっているのである。

だからガイドブックには犬を受け入れる条件として
・トイレなど最低限のしつけが出来ていること
・無駄吠えして他のお客様の迷惑になるようなことがないこと
などが明記されてもいる。

しかし実際に宿泊してみると
1.隣室のMダックスは家族が食事や温泉に出かけると吠えっぱなしで、それなのに飼い主は交代で出かける配慮もせず、在室中に吠えても止めさせる意思がないのか危機感がないのか・・・、大勢の一般客や宿側に迷惑をかけていることに無神経であると断言せざるを得なかった。
嫌味な表現だが、ああいう飼い主ほど『叱ってはいるんですけどねぇ』と言い訳をし、『犬と泊まれる宿っていうのはそんなことを理解したうえで受け入れてるんじゃないですか?』などと開き直っているのだろうと思われた。

2.宿泊室に入るとお香や芳香剤の香りがする。
室内生活をしている犬の体臭が染み付いて部屋が臭くなることなど滅多に無いから、これらの香りは明らかに過去の排泄臭の消去の為に施されている。
つまり粗相やマーキングをする犬たちとそんなことすら解決も出来ない飼い主が過去に宿泊していたということである。
毎日毎日、宿の方々は日々清掃する部屋に入り心砕いておられたのだろうと思う。
抜け毛の掃除だけなら想定範囲内だっただろうに。

3.畳やドアに引っかき傷が・・・
排泄臭に悩まされた挙句、畳やドアなど室内を荒らされおまけに吠え声で他の宿泊客に迷惑を及ぼしたなら多くの受け入れ業者には警戒感が芽生えて当然である。

長くなるのでこの続きはまた明日。

大型犬宿泊費2100円
中型犬1575円
小型犬1050円
そんな規定のあった宿なのに私たちの大型犬アモが請求されたのは1050円であった。
『あなたの愛犬ならいつでもまたいらしてください』
そんなメッセージだと私は受け取った。
 

異種間交流 2008年08月26日(火)

  明日27日から31日までカフェは夏休みを頂き、9月1日(月)から通常営業いたします。

『気候が丁度良い時期に夏休みを』と思っていたのに今年の北海道は寒い!
おまけに明日から4日間全道的に雨模様の予報…
普通なら『せっかくの休みなのに』と残念がるところだが我々は違った。
「キャンプにしなくて正解だったね」とKは喜び、「これでミニトマトと枝豆横丁の水遣りの心配をしなくて済んだ」と私。

もう一人我が家の愛犬アモは、夜になって旅支度を始める私を見ながら大きな期待にあれこれと想像を膨らませている。
これは私の勝手な解釈ではなく、アモがあれこれ考え脳を活性化している時には、アモの眉間から前頭葉付近を触ると熱くなっているのが分かるのである。

普段は自ら上がることのないソファーに私と並び、『何か説明があるはずだ』とさりげなく待っている。
いつもなら私は悪ふざけをして「父さんと母さんで出かけてくるからね。アモは留守番だよ」と言ってアモが猛然と抗議してくるのを楽しんでいたのだが今夜は趣向を変えてみた。
「明日からね、父さんと母さんとアモと三人で旅行に行くよ。あれ?母さんは留守番かなぁ?母さんも行くのかなぁ?」
言い終わらないうちにアモはソファーから飛び降り、Kを探しに出かけていった。

「母さんも行くよ!」
Kのその一言にアモは飛びついて喜んでいた。

犬の理解度は私たちが期待するほど高くはないが、動物行動学者が論理的に述べるほど低くはないと経験上秘かに思っている。
だから先日のニュースにあった“イルカと会話が出来る”という科学的検証に驚きはしなかった。

すべてのイルカや飼い犬が会話を理解するわけではないし、頭の良い個体だけが理解するわけでもない。
彼らの脳を解発できる人間と暮らした時に彼らは会話を理解するようになるのである。

まあ今夜のアモの振る舞いは行動学的には単純に説明できるが、br>気道確保の為に装着した器具が喉に多少の違和感を感じさせるらしいが、それも今後半年ほどで外せるとのこと。
左手には僅かなしびれが残っているとのことだが、とにかくYさんの笑顔と姿が目の前にあるだけでうれしくて仕方なかった。

心配してくださっていた皆さんにまずは私から報告させていただきます。
 

特技は酔拳と吸拳? 2008年07月21日(月)

  夕べのちょこの飼い主さんに遅ればせながらメールをした。

○○様
大変でしたね、ビックリしました。
スタッフやお客様は怒り心頭でした。
一日も早い傷の回復を願い、心よりお見舞い申し上げます。
事後報告で申し訳ありませんが、いただいたメールと私なりの意見をホームページに書かせていただきました。
まだ1週間ですから気持ちは落ち着かないとお察しいたします。
カフェでみんなに話せば少しは楽になるかも、なんてことしか言えないのが残念です。

お客様が来られたのでこれで失礼します。

(以上私が送ったメール)

そしたら先程返信が届いたので、再び無断転載させていただく。

返信を読ませていただき、ちょこがこんなことになってから、涙はでることがなかったのに、号泣してしまいました・・・。
張り詰めていた糸が切れたと言うか、ちょこのこれからを一緒に見つめてくれる人がいることへの安心感からか・・・。

いままで長年犬とともに過ごしてきた長崎さんだからこそのアドバイス、路頭に迷っていた私に進むべき道をはっきりとさせてくれました。
ほんとうにありがたく感謝しています。
飼い主として、毅然とした態度でちょこに接して行こうと思います。
早くカフェに行って愚痴りたいです。ちょこも五箇所の傷のためバリカンで刈られ、はげになってしまた所と毛の伸びてる足のバランスの悪さをなんとかしたいので、カットしに行きたいです。

とりあえず明日、抜糸に行ってきます!

お忙しい中、本当にありがとうございました。奥様、スタッフの皆様によろしくお伝えください。

なんだか元気の出てきたちょこの飼い主○○より
(以上が返信)

何よりだ。酔っ払いにも役立つことがあるんだね。

だけどこれでも相当疲れるんだよ。
内弁慶だから酒を飲まないと書けないしタバコの本数も当然増えるから。
これも酔拳とか吸拳って言えるんじゃなかろうか?
今夜はもう深く考えずに寝かせてもらうことにする。
 

逃亡したシェパードに襲われたちょこ 2008年07月20日(日)

  二部作の1.

衝撃的なメールが届き言葉をなくしてしまった。
みんなで共有すべき問題であると受け止め、無断で転載させていただいた。

以下転載(人名は○○に変更)

こんばんは。カフェでお世話になっています「ちょこ」の飼い主○○です。

じつは、ちょうど1週間前の土曜の朝、散歩中にちょこが檻から脱走したシェパードに5箇所もかまれ全箇所縫うという、あってはならないことが起きてしまいました・・・。

そのときちょうど、ちょこはうんちをしようとかがんだ姿勢になったところで、私は散歩仲間の奥さんと話をしていて背後からやってきたシェパードの気配には気づきませんでした。

そしてちょこの肩と後方にいきなり噛み付きました。
殺される!瞬間的にそう思い夢中でシェパードからちょこを引き離しました。私の悲鳴で自分のところの犬が逃げたことに初めて気がついた飼い主が10メートル先の家からでてきました。

私は急いで病院に連れて行き、処置をしてもらいました。あまりの衝撃で病院で私まで貧血で立っていられなくなりました。はずかしながら・・・。

でも自分の子供が目の前で通り魔に突然刺されたような心情でした。
傷の付きが悪かったら、外科的手術になるかも・・・と言われましたが、幸い傷の治りは順調で、22日に抜糸することになりました。

相手の飼い主には本当に腹をたてています。家はうちの数件先で以前にも小型犬の耳を噛んだという噂は聞いたことがありました。しょっちゅう吠え声は聞こえていましたし、普段天気が良い日は玄関横の5×4メートルぐらいの広さの柵の中で放されていました。その日は鼻で柵の鍵をあけてでてきたらしいのです。飼い主が言うには。「どうやら鼻で上に鍵を押してでてきているみたいなんです」

「私は直接見てないのですが・・・」そんなのんきなことを飼い主は言ってるんです。
そんな凶暴な犬なら柵の中でもリードが必要だったはずです。ただでさえ前科もあるのですから・・・。

これが人間の子供だったらどうだったのでしょうか・・・。ちょこはもちろん私たちにとって子供同然なので相手が何の罪にも問われないことが理不尽でなりません。相手の誠意がいまいち見えないのも憤慨しています。ことの重大さをわかっているのでしょうか???
今ものうのうと近所を散歩しているようで、私は恐ろしくてしょうがありません。

一番問題なのはちょこが受けた心の傷です。
ちょっとした物音や人の声にも過剰に反応して、玄関チャイムや窓から犬の姿が見えるとものすごく吠えています。以前はウーと唸るくらいだったのに・・・。動物病院でも以前は、がたがた震えて声も出せないでいたのに、今は入ってくる犬ぜんぶに吠えています。

ちょこにはどの犬も全部敵に見えるのでしょうね。ただでさえ臆病だったのに、こんなことがあって散歩に出れるのか不安を感じています。一体今後、どのようにして心のケアをしていったらよいか途方にくれて、メールにて大変失礼とは思いましたが、何かアドバイスいただけないかと思いご相談させていただきました。せっかく2度のお泊りで少しはカフェにもなれて、安心して預けられる場所ができて私たちも安堵していた矢先にこんなことになり、お泊りどころかカフェにもいつになったら連れて行けるのか?先の見えない霧の中にいるようです。

今後、傷が落ち着いたら散歩に連れて行くべきでしょうか?
ほかの犬に会うことがプラスなのか、マイナスなのか?少しづつ慣らすべきか、しばらく接触しないべきなのか・・・。

すみません、私の頭の中もぐちゃぐちゃに混乱していて、おかしな文章お許しください。
どうぞよろしくおねがいします。

わらをもつかみたい状況のちょこ飼い主の○○より

以上までが転載

驚き・怒り・慰め、諸々の言葉は省略させていただき、全く私の経験と知識それにちょこの性格分析を含め独断による意見を述べさせていただこう。

記述容量が多すぎてこの欄に一回では書き込めないようだ。
今夜のこの欄は同じ日付けに二つの欄(下のページ)を設けることにしたのでよろしく。
 

逃亡したシェパードに襲われたちょこへの返信 2008年07月20日(日)

  二部作の2.

1.(悔しい表現だが)器物損壊、蓄犬の飼育に関する条例違反などで告訴・告発が可能な事案だが、それは相手の誠意と飼い主様次第。
社会生活のこともあるしここではそれ以上のコメントは控える。
ただし治療に要した費用(治療費や交通費等)は当然請求すべきだし、相手にその意思があることを確認しておこう。

2.ちょこのケアについて
@特効薬はなし。長期戦に備えること。
事件当日までの記憶と傷を消せるならともかく、それができない以上それなりの心の回復には半年から数年かかると思われる。
Aケアはすぐに始めた方がいい。
ちょこの意識形成は咬まれた直後から始まっており、それを飼い主が望む方向へ導くならケアはその時から始められるべきである。
Bちょこの肉体的痛さは共有すべきだが心の痛みを共有してはならない。
飼い主には酷な言い方になってしまうが、ちょこは我が子であっても犬である。
人間なら心の痛みに共感することで、立ち直りのきっかけや勇気を与えることができるけど犬は違う。
犬は観察することでその行動と性格を形成する能力の持ち主だ。(血統的な特質もあるが)
だからもし、飼い主があたふたしたり過剰に優しく接すれば『何かとんでもないことが起きているのだ』と不安・恐怖・防御・攻撃性の反応を示すようになるだろう。
だから痛みには配慮しつつも『バカ、何ビクビクしてんのさ。そんなもんどうってことないよ。大丈夫だぁ!』
精一杯の見得を切って演技をしてもらいたい。
ちょこがいる時には慰めや哀れみの言葉より、バカ騒ぎのパーティーでもした方が良い。

ちょこが許されざる状況に陥れられたのは充分に理解できる。
だが、もともと他犬が苦手だったちょこが動物病院で以前より吠えるようになったことを飼い主は心を鬼にして制御すべきなのである。
辛いだろう、苦しいだろう、自分が許せなくなるだろうしこんな意見を述べる私に憎しみすら覚えるだろう。

短い犬の人生の中ではずるずると引きずりながらの治療なんてできない。
『うちの犬はシェパードに襲われてから犬を見ると吠え立てるようになったのです』と、事件とは全く関係のないカフェの大人しい犬たちと飼い主に言い訳するのも辛いことだ。

あのシェパードの飼い主への思いをどうこうするつもりは毛頭ないが、だからといってちょこの気持ちを共有し代弁することで結果的にちょこが世間から遠ざかるのを助長しない努力を続けていただきたいと願う。

カフェへの来店は抜糸後ならちょこの肉体的な負担もないはずだからいつでもOKだ。

転載部分を含め今夜はとても長くなってしまった。
機会があればもっと正確に書きたいが実はもう意識朦朧というか酩酊状態になってしまった。
大切な相談なのにごめんなさい。
 

明日はずっと祈っているよ。黒ラブのレオ君 2008年07月19日(土)

  明日20日(日)の午後、黒ラブのレオが手術を受ける。
生命に影響する手術だ。

レオは過去に飼育放棄されKさんが引き取った経歴を持つ。
Kさんは元大学の先生でハスキーなどの飼育経験があったが、私の目から見れば犬に対して(当然人に対しても)優しすぎる程の根っからの“いい人”だ。

命を救われたレオが恩返しを始めたのか、それとも二人の波長がピッタリあったのかは知らないけど、レオとKさんはカフェの顔になるほど穏やかな存在となっている。

一時期、去勢されてなかったレオが無礼な振る舞いを始めるとKさんはこれまでの犬に対する考え方を改め、私のアドバイスに従ってレオの去勢を決断し、それ以降セラピー犬としても二人で活躍している。

そのレオの穏やかさが、教えられたものというより健康面によるものではないかという不安を私は経験的に感じていたが今回それが現実になりショックを受けている。

診断では脾臓にトラブルがあり、ひょっとしたら癌かも知れないとのこと。
もしそうなら過去に同じ病気で愛犬を亡くした者の経験から言わせてもらえれば、獣医には事前の確定診断を血液検査とエコ−だけでない方法で調べて欲しかった。
開腹して自分で確かめたい気持ちは分からないではないが、いずれにしても犬と飼い主の為になる方法は他にあるはずだし、とりわけレオの場合は慢性というか以前からそんな可能性を示唆するような症状があったのだから、治療におけるいくつかのプランとその予後についての説明が必要なのではないかと思われる。

とにかく明日の今頃レオは術後管理下におかれている。
私の不安が取り越しであることを祈るばかりだ。
手術しなかったより、してよかった結果を導いてください。
先生、適宜うまくやってください!
レオよ、人間を信頼してくれ!
Kさん。私たちも心から祈っています。
 

ももちゃんのおかげ 2008年07月18日(金)

  今回の定休日は洞爺湖でキャンプを、と計画していたが前日になって秋田犬ももちゃんのお泊りが舞い込んできた。
普通ならショッキンぐ〜なタイミンぐ〜だったが実はこれ、渡りに船でもあったのだ。

天気予報が優れず『大雨になったらアモは勝手に泳がせて、我々はテントで読書三昧。』とか
『待てよ、アモが一人で泳ぐはずはないから結局外で付き合うことになるぞ』などの状況から“キャンプに行かない理由”を模索し始めていた私だったから、まさに大義名分が降って湧いたわけである。

案の定木曜日の夕方から夜半にかけて激しい降雨があり、1泊2日なら敢えて行く必要はなかったと思えた。

で、その木曜日。
定休日を察知したアモの主張を受け入れ、お泊り犬のももちゃんを連れて曇り空のもと私とKは原始林へ出かけた。
これがまた実に心地よく二人とも薄手の長袖を羽織って丁度良い気温だった。
オオウバユリがあちこちでたくさんの花を咲かせ、大沢池のとある場所ではアカゲラがサミットでも開いているのかと思わせるような集団を見せてくれた。
春先には好奇心が強く私の口笛による物真似に即座に反応して近づいて鳴き返したウグイスも、この時期は泰然としてホーホケキョの後に新たに覚えたケッキョ・ケッキョ・ケッキョを身じろぎもせず唱えていた。

入林前にコンビニで2種類買ったKの好物ヴァン・ホーテンのチョコレートのひとつが私のリュックから見当たらなくなった。
「きっとお茶を出した時に落としたんだ」
「いや、僕の長袖を出した時かも」
2時間ほど歩いてから私たちは予定のコースを変更し、別ルートからお茶と長袖を出したコースを経由して駐車場へ戻った。

「残念だったね。あっちのヴァン・ホーテンも美味しかっただろうにね」
まだ未練が残るKの言葉を聞きながら私が車の助手席を探すと、そこにちゃんと“あっちのヴァン・ホーテン”があった。
私が飲み物と一緒にコンビニ袋を渡した時にKが出したのだろう。

「ごめんね。食べてみる?」とK。
「夏の車内に2時間半だよ、解けてるに決まってるじゃん」と私。
「何言ってんの、絶対解けてません。」
「そんなバカな」
「私が何年チョコレートマニアやってると思うの、絶対解けてません」
そのチョコレートは本当に解けてないどころかカリカリしていた。

そんな油断が重なった瞬間、秋田犬のももが車から飛び出してしまった。
飼い主のSさんは過去に脱走されてエライ目に遭ったと聞いていたが、私はいたって冷静だった。
駐車場の周囲を見渡し、人や車両がどの位離れているかを確認して自分に与えられた猶予時間を判断してから捕獲方法を決めた。

結局3番目の言葉で1分もしないうちに『ごめんなさい、ちょっとした出来心で…、ホントごめんね』とももは私の懐に滑り込むように入ってきた。

犬が逃げた時、追いかける人がいるがあれは最悪である。
まあ小型犬の中には我を忘れて駆けて行く犬もいるが、あの瞬間はもう度胸を据えるしかない。
ただひとつできる事があれば、逃げた瞬間ではなく逃げた後に自分が原因で他人に危害を加えたり交通事故に遭わせないようにする事であろう。

幸いにもというか、逃げたももは何かに驚いてパニックになったわけでも、ある国からから脱北したかったわけでもなく『ヒャー、逃げちゃった。どうする?』
というとても一般的な状況だった。

こちらがパニックになって追いかけながら呼んだりして捕まえようとするのが素人。

その状況に戸惑っているのは実は犬の方なのであって、追いかけたり取り乱すような声を出すのは却って犬の高ぶりを助長するだけのことである。
私の場合はそうではないけど、一般の方ならそこで走ってきた車に跳ねられても仕方ないという度胸を据えるべきである。

決して追っかけることなく5メートル以上の距離を置いて
「こら!もも!なにしとる!おいで!!」
と強めに言ってみる。
これで戻る犬は“逃げる”ような犬の中にはまずいないのは折込済み。
次に
「まて!!」と命令して近づく素振りを見せると大抵の場合相手は戸惑いながらも逃げる体制を整え、「その手には乗らないぞ」と距離を保つ。

だがそれまでの経緯の中で、『どこかで折り合いをつけなければ』という感情が犬には芽生えている。
そこで両者妥協の
「もも、いいからおいで!楽しかったか?さあ帰るぞ。」という接し方になる。

充分な関係ができていれば強めに言うだけで解決し、ある程度の訓練ができていれば『マテ』で解決し、そこそこできていれば妥協策でも効果はある。

それでも対応できないならあなたと愛犬は見せかけの同居人という関係でしょうな。

ももが逃げた時、Kはさっさと車に入っていった。
「だって私が顔を出したらももに遊び心が出ちゃうでしょ」
いろんな間抜けがあるがやはりKは私にとって最高の理解者である。
 

優柔不断が許される今と即断が問われた過去 2008年07月16日(水)

  カフェの夏休みの日程を決めきれずにいる。

候補となっているのは8月最終週の
Aプラン:月曜(25日)から金曜(29日)までの5日間と
Bプラン:水曜(27日)から日曜(31日)までの同じく5日間である。

Aプランの長短は
長1:すべて平日だし北海道人の夏休みは既に終わっているから、何処へ出かけるにしても空いていること。
長2:多くの方が給料日の25日から月末にかけてカフェは比較的暇な日が多く、そんな中せめて月末の土日は営業しておいた方が得策であるという経営戦略によるもの。
短1:せっかくの休みなのに土日を含んでいないから、気心知れた仲間たちと行動を共にすることができない。
短2:例年、お泊り犬が26日頃まで入っているという現実を考えると、休業して迷惑をかけるのはどうかなという思いが残る。

Bプランの長短は上記の裏返しであり、加えて大きな特徴がある。
つまり最終日が日曜であるから、仲間たちとキャンプや麻雀をしていない限り、私とKは土曜日の午前中でキャンプを切り上げ帰宅するはずだ。
理由は簡単。混雑が嫌いだから。
その結果、最終日の日曜は自宅でのんびりし本来の目的である休養をとることができるはずである。

『ううーん、どうしよう?』

決定までにはあと1週間の猶予がある。

先日、某盲導犬協会のスタッフと夕食を共にし、日本の盲導犬事業の最新事情や職業上の悩み等の諸問題を聞いた際には、私の頭ではすんなりと方向性をまとめることができたのに、組織から離れどっぷりと個人的な生活に入っている今、自らのこんなことに悩んでいるギャップに苦笑いせずにはいられない。

夏休みについては決まり次第トップページその他でお知らせ致しますので、よろしくお願い申し上げまする。
 

やはりネガティブから目を背けてはならないと思う 2008年07月15日(火)

  ポジティブとネガティブってどっちが前向きで正しいかなんて一概には言えない。
どちらかといえば妥協的で人間的な繋がりを重視するならポジティブの方が良いけど、ひたすら個人的なことや逆に社会的なことを考えるならネガティブにも大きな存在価値はある。

例えば日常の家庭生活でお茶碗を割ってしまった場合、「バカ、なんてことすんの!」と発すれば、言った方も言われた方も気まずい気持ちになってしまい前途に暗い影を投げかけるが、“形あるものは壊れる”というスタンスで何事にもおう揚に構えていれば、「大丈夫?怪我しなかった?」という言葉が出て、優しい雰囲気がお互いを包み込み、よい人間関係が継続されたり発展したりする場合がある。

一方、個人的な恋愛感情や経済的な悩みではネガティブになりがちだし、会社経営で成功を収めている社長さんの中には『物事すべてよかったよかった、と考えるべし』と社是を述べておられる方が多いが、実はそれがとことん個人的にネガティブになった結果に得られた結論であるとも思われるから一概にネガティブは悪とは言えない。

増してや国民生活においてポジティブを貫く人間は、時の政府にとってやり放題あるいはやらない放題の便利で使いやすい人民に成り下がってしまう危険性がある。

今日は暑い一日だったが、『北海道の夏もあと1ヶ月』そんな風に考えれば夏を楽しむ方法を考えたくなる。

『何を今更』と思われるかもしれないが、こんなことでも普段からちゃんと意識しておかないと差し迫った危機に自分らしく対応できなくなるんじゃないのだろうかと思うし、人間の究極にはネガティブが厳然として存在すると思うのだ。

今日の全国の漁業関係者のストライキだってそのひとつだ。
立派な普請の自宅でインタビューを受けていた漁師さんもいたが、いよいよ生活が大変になったのが伝わってくる。
漁船が大量の燃料を消費しCO2を排出していたことも分かった。
それでも不漁だろうと弱音を吐かずポジティブに物事を考え自己責任を受け入れていた彼らは、最終的にネガティブであることにふがいなさを感じながら行動に出たのだろう。

最近一般的に使われるポジティブさとは最低限生活が保障された環境の中でより良い結果を導き出すための詭弁に近い励ましの鞭であり言葉であって、戦後の焼け野原の中で母親たちが言葉にした執念とは重さが随分違うように思う。

愛犬育てのことで私は辛口の発言をすることが多いけれど、源はそんなところにあるのかもしれない。
 

捨てる鬼と拾う神 2008年07月13日(日)

  5歳のMダックス。
ペットショップ関連のブリーダーのところで繁殖目的で飼われていたのだろうが、偽妊娠が続いたのか・出産頭数が少なすぎたのかあるいは奇形ばかりを産む親だったのか、世話する割には金にならない代物扱いされたのだと思われる。
ブリーダーとショップ関係者はこの犬を処分する金を惜しんだのか、それとも間接的に殺すことが忍びなくせめてもの仏心がよぎったのか、その犬はペットショップの片隅に陳列されていた。

そしてその犬はゴールデン2頭と暮らすSさんの目にとまり、ショップはその犬に似合う服まで添えて無料でSさんに引き取ってもらったという。

Mダックスの経歴についてはSさんがショップから聞いた説明と私の分析によるものだ。

今日の午後、いつもはゴールデン2頭とやってくるSさんが緊張気味にMダックスを抱きながらカフェにやってきた。
仔犬なら「えぇ!Mダックス飼ったんですか?」と声をかけるところだったが、どう見ても違う。

「何かいわく付きのわんこみたいだね」と私は声をかけた。
「わかりますか?」とSさん。
事情を途中まで聞いて私は観察を始めた。

・犬には慣れているから他頭数で暮らしていた。
・人にも慣れているからそれなりに可愛がられていたらしいが抱っこされるような可愛がられ方ではなく、大勢の中の一員として接してこられた様子。
・社会経験は全く無さそうで見るもの聞くものに緊張していた。
・右目に異常が見受けられた。
・5歳とは思えないほど、歯と歯茎が老化し歯石が付着し、食生活と妊娠中の栄養不足が疑われた。
・乳首を見ると妊娠あるいは偽妊娠もしくは出産経験があると分かったが、しっかりした授乳経験があるとは思えなかった。

やはり商売には向かない犬として処遇されたのだろう。

「室内で暮らすためのトイレのしつけすらできていないんです」
Sさんは苦労しているようだが、『Sさんに助けられて良かったね』と思う反面、ペットショップ繋がりのブリーダーに対して『まだ、そんなことやってるのか!』と憤りを感じてしまう私であった。
 


- Web Diary ver 1.26 -