From the North Country

お利口さんが集まるドッグカフェ? 2008年02月24日(日)

  「今日はみんな除雪で忙しいからヒマだよ」
そんな話をしていたらカフェはそこそこに賑わい始めた。
小型犬同伴の新しいお客様が多かったのでいつもの日曜日とはちょっと違った雰囲気だったがみんなおりこうさんなわんこたちで微笑ましかった。

「このお店は静かで大人しい子ばかりが集まるんでしょう?」
吠えるMダックスの飼い主が申し訳なさそうにそう言われた。
世の愛犬同伴のお店やペンションの経営者が聞いたら『どうすれば大人しいわんちゃんばかりが集まるようにできるのですか?』ときっと羨ましがられることだろう。
そんなノウハウをまとめたら経営コンサルタントにもなれそうだ。
でも実際はそうではなくカフェに通ううちに振る舞い方を身につけたり、『なんとかならないでしょうか、うちのわんこ』との申し出があって静かにさせる術を施しているだけなのだが、世間には私どものカフェについてそんな評判があるらしい。
それはそれでとても気楽でありがたいことだ。

心配されていた飼い主のわんちゃんも前回は吠え立てていたのに今日のちょこっとしたコントロール後は室内での存在を感じさせないほどで、ガーデンでは楽しそうに走り回っていた。
たぶん自宅に戻ればいつもどおりになってしまうのだろうが、“カフェではおりこうさんになれる”のならそれはそれで大したものであり、私たちにとってはそれだけで充分だ!?(悪いけど…)

2時を過ぎた頃からカフェはガランとなり、今日はおしまいかな?と思っていたらドタドタドタッと大型犬がなだれ込んできた。
「全部で9人で〜」
言い終らないうちにカフェを素通りしガーデンに出た複数のラブやフラット、ニュージーランドハンタウェイが駆け回っていた。
常連さんが友人たちとやってきてくれたのだ。

「静かなわんこばかりが集まるカフェ、ね」
私はニンマリしながらつぶやき、楽しくなっていた。

夜の11時を過ぎガーデンに出た。
お泊り犬のMダックスマメジロウがさっさと用足しを済ませた後座り込んでしまった。
前足を交互に上げ下げしている。
夜空には欠け始めた明るい月が輝き、空気は凛としていた。
「ねえねえ、これ見てごらん」
Kが覗き込んだ温度計はなんとマイナス16度を示しているではないか。
私にはアルコールの内燃機関が働いていたがマメジロウの素足は冷たさを通り越して痛さを感じてしまったようだ。
近頃の札幌では滅多にない低温で、果たして最低気温がどこまで下がるのか心配になってきた。
夕べの嵐に続いて今夜は寒波かぁ。
カフェの一日が今日も終わろうとしている。
 

大自然の中で暮らすと問題行動は起きない 2008年02月23日(土)

  この冬一番の暴風雪が吹き荒れている。
先週の土曜日に続いて2週連続の嵐となっているが、先週とは規模が違う大荒れである。
どんな物理の原理が働いているのか知らないけど、思いもよらない場所に吹き溜まりができ、地形がすっかり変わっている。

こんな夜に除雪しても明日の朝にはまた同じように積もっているから、無駄なことをせずじっとしているのが北海道流なのだが、今夜はそんなことは言ってられない状況だ。
なにしろ夜のトイレをさせるガーデンに犬たちを全く出せないほどの積雪なのだ。

大雑把な除雪だったがガロアラシ号は唸りを上げて頑張ってくれた。
車庫前には50センチ以上の積雪があった。
ガーデンはフェンスが埋まるほど訳が分からない吹き溜まりになっていた。
70坪の駐車場にはガロアラシ号抜きには絶対除雪できない重い雪が数十センチ積もり、北西の風が飛ばした雪を舞い上がらせた。

日付が変わった頃、全身雪まみれになって一通りの作業が終わったが、近所の方はまだ手作業で頑張っておられた。
明日のことなんかどうでもいい。
この嵐の後に何事もなかったような犬たちとの明日の生活が送られるとしたらそれだけでいい。
そんな姿をたまにでも犬たちに見せているだけで彼らは
『人間って凄い!』と感じてくれるだろう。
そんな人間から褒められたら有頂天になるだろうし、叱られたら戸惑うことはあっても反抗などできないはずだ。

ぬるま湯の中で過ごしているから、問題行動の余地が生まれるのだ。
 

今夜はキレてみた 2008年02月21日(木)

  今日も北海道のローカル番組で『ワンちゃん特集』というのをやっていた。
ローカルに限らず全国ネットでもワンちゃん番組は定番にもなって人気があるようだ。

そして今日までこれらの番組における制作者のスタンスと視聴者の反応を見ていたら、
『もう降参だな』と私はため息をついてしまった。

この国には“愛犬との暮らし”なんて定着せず、
“日本流イヌとの暮らし方”が精一杯なのかもしれない。

もうどうでもよくなった。

「トイレまでついて来て鳴くものだから、ドアを開けたまま用を足してます。」と視聴者。
あ、そう。一生そうやってろ!
それって困ったように見せかけて自分の優しさを表現したいわけ?
老犬になってあんたがいなくなったり逆に姿を現した時、あんたの犬は興奮しすぎて呼吸困難を起こし苦しむ姿を毎日見ることを含めてそのように接してるんだよね。(吸いすぎに注意しましょう!なんていう注意書きのある代物のレベルではなく、老犬まで生きていれば先ず間違いなくそうなるのに)

「犬ができる能力を理解してあげて、それを超えるような要求をしないことが大切ですね」と専門家。
何を言ってんだ。
犬を宇宙飛行士にさせたいという相談じゃなく、普通に暮らしたいという相談だろ。
愛犬には要求し、教え求め続けるのが飼い主の役目じゃないか。
だからこそ喜びを共有し深い絆で結ばれ、何でも与えたくなるのだ。
見た目の愛らしさと一緒にいた時間がそうさせると思うなら縫いぐるみかプログラムされたロボットと暮らせばいいじゃん。

「そうですね。犬って言葉も分かるし心が通じ合うんですよね」とゲスト。
そんならスタジオのあなたの愛犬、なんでオムツしてんの?
マナーベルト?
なにがマナーだよ。高級レストランでのネクタイじゃあるまいし。
要するにどこでオシッコしてしまうか飼い主すらコントロールできないからまるでサルを飼ってるような意識なのに、言葉上の響きだけ良く見せかけようとして『マナーベルト』なんてうわべだけの美語を使ってんじゃないの?
繰り返すが、もうどうでもよくなった。

今日の定休日は降りしきる雪の中、チワワのらむも連れて家族でレクの森へ出かけてきた。
問題児だったらむの進度を確認するための評価でもあった。
生得的に繊細で警戒心が強く猜疑的で取り乱しやすい性格のらむでも我が家でしばらく暮らせば、かなりの面で信頼でき、誰もいない深い雪の森の中をノーリードで楽しみながら散策し、突如現れた高校生の集団にも取り乱すことなく呼び戻しで抱っこされ、一声も発することなく集団の中を通り抜け、自宅では室内のシーツにも排尿することなく排泄マナーも完璧な状態が続いている。
もちろん我が家の愛犬アモには懸念などひとつもない。

もう、よそう。
「降参した」人間の遠吠えである。
これからはこの先めぐり合う人を含めた同志とだけ“愛犬との暮らし方”について語らい、至極の世界を共有していこう。
 

オキシド−ルの顛末 2008年02月20日(水)

  夜中の1時を回ってもう寝なければならない時間だが、先週の火曜日に飼い主の不注意でカフェでボールを飲み込み、民間療法としてオキシドールを流し込んで無事嘔吐させたCちゃんのその後を報告しなければならないので簡潔に書くことにした。

Cちゃんはその日無事に帰宅したそうだ。
だが翌日になって嘔吐が始まり、それを繰り返すうちに血が混じってきて下痢をし食欲がなくなったので結局は動物病院に連れて行ったとのこと。
先生は「嘔吐させるためにオキシドールを飲ませるのは我々も行いますが、その後に胃腸薬を飲ませましたか?」と問われ、胃腸薬と吐き気止めそれに悪玉細菌が検出されたので抗生物質を処方されたと伺った。

どうやら飲ませたオキシドールの量が多すぎたのか、それとも適量でもそうなったのかははっきりしないが胃(腸)炎を起こしてしまったのは間違いないらしい。

今日はすっかり元気になってレッスンも行ったCちゃんにはあれからの数日ちょっと気の毒だったが、民間療法はこんなことでくじけてはならず、飼い主は次に生かす知恵として今回の結果を蓄積しなければならないと思う。(例えば田舎のキャンプ地で異物接種しても応急処置ができる知恵とするなど。ただし飲み込んだものがオキシドールとの間で化学反応を起こさせるものかどうかのチェックが必要)

教訓
1.市販のオキシドールを飲ませることで人為的に嘔吐させることができ、その量は体重によって決められること。
2.オキシドールは胃腸炎を伴うらしいから、その後に必要な薬を処方すること。
3.必要な胃腸薬として適切な市販されている商品名を確認すること。(例えばゲンノウショウコのような愛犬家として常備している漢方でいいのかどうか)
4.最後には獣医に「何とかしてけれ」と拝み倒す覚悟と気概を持つこと。

ともあれ無事(かどうかは飼い主の意識次第)で終わったけれど、生き物を相手にした人間がそのすべてを専門家に頼るかまずは自分で解決しようとするか、人間の生き方が問われているのだろうと思う。

相手が人間なら法の裁きを受けるような事柄だが、犬と暮らす中で決断することは法を超えた人間としての自分を明らかにする現代のアドベンチャーだと私は思っている。
だから人間は犬に育てられているのだとも感じる。
自分で考えもせず対処法も知らない人間などそこらの石ころと同じで、もし自分は何もせず結果に対してだけ右往左往するなら・・・

それも人間的だな…

どう生きるか(死ぬか)を決められる立場にあることだけでも犬たちとは違っているし、そのことに苦悩もしている。
 

屋根に上るのもいいもんだ 2008年02月18日(月)

  除雪の疲れが二日後にやってきたが、天気も良かったので屋根に上りCSアンテナを覆っている雪を下ろした。
一息ついてとんがり屋根の尖端に腰を下ろすと札幌の街並みが美しく眺望できた。
JRタワーやテレビ塔など町の中心部がそう遠くない場所に見え、藻岩や西区南区の山々もひとつの繋がりとしてとらえられる。
意外だったのは、イメージとしてもっともっと左側にあると思っていた札幌ドームがここからだとほぼ市の中心部方向にあったことで、位置関係に限らず世の中結構そんな思い込みをしてることがあるんだろうなと思った。
空を飛べたらみんな『一目瞭然』で『すぐそこ』の距離にあるのに…

大雪が過ぎ青空が顔を出した今日は鳥たちが賑やかだ。
ヒヨドリやカラの仲間に混じって一昨年『いなくなった』とニュースにもなっていたスズメたちのさえずりが響いている。
道路を隔て百メートルほど先にある大曲川沿いの緑の回廊(東部緑地)からやってきた鳥たちがほとんどだ。
だが、ガーデンのフェンス沿いにある木立は宅地造成でいつ切られるか分からない状況だ。
あの木立がなくなれば今日のような感動は日々の生活からは離れてしまうのかと思うと寂しい。
年末に姿を見せてくれたアカゲラの美しさは格別だったしドラミングの心地よさは郷愁としていつまでも心に残るだろう。
せめて今のうちに鳥たちに安心の場であることを示し、いつでも訪れてもらえるようガーデンにバードテーブルをこしらえようかと話し合った。
カラスがうるさいかもしれないけど時間帯で使い分けをしてくれるだろう。
鳥の糞やスズメたちのエサ蹴散らし行為もあるだろうから犬たちのために囲いが必要かもしれない。

屋根に上るといつもとは違う気分になれる。
雪が解けたらティータイムにKを誘ってみよう。
 

何を信じますか 2008年02月17日(日)

  やっぱり雪祭りが終わると大雪がやってきた。
気温は徐々に高くなってプラスの日が増えているのにこんな頃から近年は大雪となっている。
降りしきる雪の中、無駄な除雪だと解っていても商売をしている以上ある程度積もれば除雪しなければならないから何回も外に出た。
おかげで全身がだるく睡眠時間を充分に取ったのに寝た感じがしない。
酒を飲んで寝ると睡眠したのではなく失神したのと同じで疲れは取れないそうだ。
「確かに」と思わなくもないがそれが本当なら私はここ数十年寝てないことになる。

さて、先日『動物取扱責任者研修会』というのを受講してきた。
これは『動物の愛護及び管理に関する法律』により、ペットショップや訓練業者・ペットホテル・一時的に犬を預ってのトリミングをする事業所(者)は責任者を登録して年に1回以上の研修を受けなければならないという決まりに基づいてのものだ。

動物虐待や不適切な飼育環境を見過ごしかねない業種に携わる者たちへ、行政として適切な指導を行うのが第一の目的だろう。
その意味においては適切な研修であったように思うし、参加者の多さにも驚き、3時間という運転免許更新の講習会より長い時間にも関わらず居眠りせずに聞いている方が多かった。

ただ講師に立った行政の方も獣医の方も“陳列展示による生体販売をする業者”をまるで同業者のような意識で語りかけていたのがショックだった。
この国の現実を改めて知った思いだ。
とりわけ獣医さんのプレゼンでは、犬を閉じ込めるペットハウスを例に挙げてプラケースより高くついて大変だろうけどステンレスの方が衛生的だとか(私には五十歩百歩の話にしか聞こえない)、仔犬のワクチネーションと陳列時期をしっかり考えて仔犬を『入荷』したほうが、『結果的に損失が減る』などとアドバイスされていたのが残念だった。

獣医さんはいい話もされていた。
・母体から受け継いだ免疫がある生後間もない時期にワクチンを接種しても無駄であるどころか悪影響があること。
・だから週令によらず「2(3)回の接種は終わっています」ということの無意味さ。
・ワクチンには5種・8種・9種だとかいろいろあるが、数が増えるほど負担と副作用が多いから必要なものだけが良い。
などがその例である。

そして行政も獣医さんも共通して話しておられたのが
『仔犬は生後8週令まで親兄弟と育てるべきで、その方が社会性が育まれ、後に人を咬んだりしない犬に育つことが最近の研究で分かっていて、今年辺りからその考え方が常識となって日本にも普及してくるでしょう』というものだった。

彼らの話すことはいつのことになるか知らないが、将来のどこかでウソであることが証明されるであろう。
正確には半分本当で半分ウソである。
つまり脳科学において『犬の第一次社会化の時期が生後3週令から8週令』であろうことが分かり始めたのは10数年前から私は知っているし、国際盲導犬学校連盟では常識であるし科学的にも正しいといえるから本当であろう。
だが、『だからこの時期を親兄弟と過ごさねばならない』というのがウソであり、そこの検証は英国盲導犬協会の繁殖マネージャーだった故デレク・フリーマンさんの実践によって実はそうでもないことが分かっているのだ。

皆さんに分かりやすく伝えられるか自信はないがつまりはこういうことだ。
イヌを健全なイヌとして育てたいなら『イヌは生後8週令までを親兄弟のもとで育てるべき』だが『イヌを犬として育てるのにはその制限はなく、あるのは人間の知識と犬と共に過ごせる時間である』ということだ。

『酒を飲んで寝たら失神状態だから脳は寝たことにはならない』という限定世界での実験結果を発表するのが科学であり、そのことをマスコミや行政によって報道され、それを真に受けて行動を変化させるのが人間なのだが、『それって本当か?』と疑ってみるのも大事なこと。
私は身体で感じているし、フリーマンさんは私に実践データで説いてくれたから、どっちを信じるかは最初から決まっている。
 

これも幸せの一部 2008年02月12日(火)

  雪が降った朝は楽しみが増える。
例えそれが今朝のような湿って重たい雪であっても。

1時間15分のうち20分ほどがウッドデッキや階段など雪かき道具を使っての手作業となり、除雪機ガロアラシ号が雪を飛ばしやすいよう状況を整える。
その後ガーデン、通路、車庫前、ごみステーション、駐車場の雪を一気に吹き飛ばせば除雪が完了し、私はKが準備してくれている入浴剤入りの朝風呂にどっぷりと浸かることができるのである。

朝風呂はたまらん。
それも洗髪など面倒なことは一切無しで、ただどっぷり浸かって冷えた身体をじんわり温めるだけの朝風呂がいい。
湯船に浸かって目を閉じると道路からは三階の高さにもかかわらず換気口から外を歩く人の足音や朝の挨拶が聞こえ、そんな時間に自分がくつろげていることにニンマリできる。

宿直明けでも6時半から夜まで働いている盲導犬協会の元同僚たちが聞いたら羨望のまなざしを向けるに違いない。
「若いうちは身を粉にして人々の為に働け!神や仏はきっと見てくださっている。何気ないことに喜びを感じ、高望みさえしなければいずれ幸せな時が訪れるぞよ」と励ましの言葉をかけておこう。

朝風呂に入っただけで幸せボケする私であったが、カフェが始まると大仕事が待ち受けていた。
ガーデンでボール遊びをしているCちゃんをふと見ると様子がおかしい。
ただの遊びじゃなく夢中というか恍惚の目になりかけていたのだ。
「止めさせた方がいいですよ!」
そう声をかけたが飼い主のNさんは咥えたボールを取り出すどころか、捕獲することもできないでいた。
Cちゃんはまだ呼び戻しができないから雪山を中心に面白半分に逃げ回ってしまうのだった。

挟み撃ちにしようと私も手伝ったが、こういう時に深追いをすると“取られまいとしてボールを飲み込んでしまうことがある”のでどうしようかと考えていたら、別件の来客があって捕獲作戦は一時中断となった。
が、Cちゃんはその間もボールを咬み続け結局は当初の心配どおりごくりと飲み込んでしまった。

飼い主のNさんが冷静というかのほほんとしていたのが私に考える時間と勇気を与えてくれた。
・あの大きさなら恐らく数日後に排泄されるだろう
・でも万が一、今夜辺りから水を飲むとすぐに嘔吐を繰り返し、便も出なくなったとしたら閉塞したことになる。
・今、病院に行って内視鏡で取り出すにしても全身麻酔が必要だし、吐かせるにしてもしばらく病院で留め置きになってしまう。
・だからと言って何もせず、腸で閉塞すれば開腹手術かぁ
・まあ、それでも最終的には助かるだろうけど、ここで嘔吐させるには?
・塩水は確実じゃないし吸収されたら身体に悪そうだよなぁ

『そうだ!あれを試してみよう!』
ボールを飲み込んだ後は満足そうにNさんに捕獲されたCちゃんの口に私はオキシドールを流し込もうとした。

もがきながら拒否するCちゃん。
それをがっちり抑え込んで言い聞かせるNさん。
Cちゃんは初めてお母さんが真剣に力ずくで自分に向かってきたのを体験したのだろう。
『これはただ事ではない』と感じ取ったようだ。
普通の日本犬なら私を咬んだかもしれない。
がCちゃんはNさんの力に信頼を寄せ、旨くはないはずのオキシドールをごくりと飲み込んだ。

数分後、二度の嘔吐ですべてが解決した。

それからが私の反省時間でもあった。
・あれ?市販のオキシドールをそのまま飲ませてよかったんだっけ?
・量は適切だったの?
・重篤な副作用はないの?

文献を調べ3%のオキシドールをCちゃんの体重だと2〜30CCほど飲ませるのが良く、ネズミの場合長期連用で十二指腸に潰瘍との結論を後から得た。
「なぁも大丈夫だ!過酸化水素水だからH2O2だべ。水と不安定な酸素だ。」
無責任なことを言いながらオキシドールの裏書を読むと『1mlに30mg含有』と書いてあった。
これって3%のオキシドール?
飲ませた量はいい加減だし殆どがこぼれていたから、適量かひょっとしたらちょっと多めだったかもしれない。
「吐いた後に(カフェで作っている)活性水素水をたくさん飲んだよ」とKが言ってたから、水になってオシッコが増えるかもしれない。
来週の火曜日に来店されるから、その後の様子を伺わなくてはならない。

もし大きな問題がなければ民間応急療法の前進であり、問題が起これば私自身えらいことになる。
ただしそれで料金を頂くような動物に対する医療行為を行ったのではないことを申し添えておこう。

外はマイナス10度で先程まで雪が降っていた。
Kが朝風呂を準備してくれるほどの除雪が明日は必要だろうか?
 

こんな日でもいい日になれた。 2008年02月11日(月)

  昨日までの好天が去り、重苦しい鉛色の空から降る雪は北風に吹き飛ばされ寒々しさの漂う一日だった。
三連休最後のカフェもそんな天候に左右されたのか久々の開店休業状態となった。
おかげで昨年からの溜まりに溜まったお客様カードをパソコンにすべて入力し終えることができたのだからありがたいといえばありがたかった。

他にもいいニュースがあった。
ご存知の方は少ないだろうが道路に面した車庫の横にはカフェの案内板があり、新年の営業日からそこに1枚の貼り紙がしてある。
『探しています。情報を下さい』という見出しに続いて
昨年12月30日から行方不明になっている柴犬の写真と特徴それに連絡先が書かれたもので、私は散歩中の方が覗き込んでいる姿を何回も見かけていた。

1月の下旬には回覧板にもコピーしたものが添付されていたので「まだ見つかってないんだ」と心配し、貼り紙も継続して出しておいた。

それが今日「見つかりました。ありがとうございました。」と飼い主の方がカフェに報告に来られたのである。
飼い主の執念ともいえる思いと行動が、この犬のことを人々の記憶に残し、公園や犬仲間が集まるような場所で話題となり、その情報が徐々に地域を広げて保護していた方の発見へと繋がっていったようだ。

迷い犬を保護する方は多いが、すべての方がそのような場合警察や動物管理センターに連絡する方法を思いつくとは限らないから、諦めず人々に忘れ去られないように探し続けていることを伝えることの大切さを学んだ思いである。

「よかったですね」と助手席に座った柴犬と飼い主を見送り、貼り紙をはがして捨てようとした途端、私の体に電気が走った。

すぐに私は『無事発見しました。ありがとうございました。』とコーティングされた貼り紙の下に赤いマジックで書き、再びカフェの案内板に貼り付けた。
 

連休の過ごし方 2008年02月08日(金)

  昨日は家族で札幌雪祭りを本当に久しぶりに楽しんできた。

外面がいいというか普段の散歩とは全然違うおりこうさんな姿をこういう時のアモは前面に出してくれるから楽チンだった。

町に着いて最初はスタバのモカラテで英気を養い、いざ大通りへ。
様々な雪像を見るうちに身体は冷えてしまったが芦別名物ガタタンで温まり、アモはトヨタカップ予選のスノボーのジャンプを見ながら「僕もやる!」と意気込む。
普通ならジャンプのように空中高く飛び上がる人間の姿を犬は見ることはないけど、アモには指差した方向を見るように教えてあるのですぐにその姿を捉えることができたのだ。
大雪像の前ではいつものように“おっちゃん”してすぐに写真に納まってもくれた。

子豚を丸焼きした肉を売るお店の前では「これ絶対アモちゃんに食べさせる!」と言い張るKの圧力に屈して人目をはばかるように与えたが、
「そうそうこれが祭りだよね。祭りっていいね、父ちゃん。」
アモは大満足だった様子。

その後立ち寄ったドッグカフェでは疲れもあってか足元で横になったままで
「おりこうさんね」とカフェの方に言われても
「え?なにか?」という顔をしていたのが可笑しかった。

そして今朝はレクの森へゴー!
Kは娘がベトナムへ旅立つとかで忙しく、初めて私とアモだけでレクの森を走破した。
歩くスキーがあればもっと楽しかったのかもしれないが、私には抜けるような青空が木々の隙間から見える林間をアモと徒歩するだけで充分に満足で、気持ちの良い3時間だった。

振り返ってみれば“犬がいることが前提”の連休になってしまっていた。
この二日間でアモは右膝に、私は左臀部に痛みと疲れの蓄積を感じている。
私の違和感はヨガで取り除けるが、さすがのアモにもヨガのポーズまではまだ教えていないのが残念である。
そんな風に考えながら振り返ってアモを見たら、仰向けになって両手両足を重力に任せてブランブランとさせ見事なヨガのポーズをとっているではないか。

こいつめ来週に備えていやがる。
 

遠くで汽笛が 2008年02月06日(水)

  この2〜3年壊れたまま放置していたオーディオを今夜修理した。
チューナーをいじれば聞こえるFM音。
70年代からのカセットテープ。
フレデリック・フェネル指揮するクリーブランド管楽セクションが奏でるホルストやウィリアムズのCD。
フィラデルフィアを率いたオーマンディが響かせるシベリウスの2番のLPレコード。
どれもこれもが忘れかけていた青春時代の感性と柔らかな懐に抱かれるような音楽の包容力をじわじわと蘇らせてくれた。

テレビ、インターネット、ゲーム、ケイタイを一時忘れて、音楽を聴くのがこんなに心地よいものだったのかを改めて感じることができた。

どこの家にもあるレコードをもう一度聴けるように機器を整備し足りないものを探してオーディオを完成させよう。
軽いお酒かコーヒーを淹れてボリュームを高めにし、ソファーに身体を沈め、目を閉じて聴くのもいいだろう。
立ち上がって指揮をするのもいい。
曲によっては口ずさんだり踊りだすのも楽しいに違いない。
マンションやアパートでもヘッドフォンなら特等席の気分を味わえる。

学生時代、部活のない休日には京都へ出かけ出町柳にあった柳月堂というクラシック喫茶でコーヒーをすすりながら時を過ごすのが好きだった。
周りも殆どが学生で、本を読んだりレポートを書いたりとそれぞれの時間が止まっていた。
そこから京福電鉄に乗って宝ヶ池を散策したり、夕方には銭湯にも入ったなあ。
眠眠の餃子とビールが晩飯で、それから友人の下宿に転げ込んで炬燵に潜り込みながら米朝の落語のレコードを聴いたりクラシックを聴いたりするうちに人生を語り始め、気がついたら明け方になって、それから昼頃まで眠り、京都の町を散策し、また柳月堂に戻って音楽を聴いていた。

ああ、壊れたオーディオの修理とスピーカーから流れる音楽が、懐かしい昔を思い出させてくれた。
あの頃と違い、私のそばには愛犬アモまでがくつろいでくれている。
 


- Web Diary ver 1.26 -