From the North Country

明日から営業! 2008年01月04日(金)

  えぇ〜?もう9連休終わっちゃうの?

夕べのどんちゃん騒ぎを除き、休んだという実感がない。
いろんなお泊り犬に囲まれて面白いとはいえ、そこは預かりの責任があるから、わんこ達の散歩と管理に体力と神経も使うし、それに加えて飲み疲れが溜まった9日間だった。
左の足腰と内臓が痛み、疲れたぁというのが実感だ。

明日5日からカフェは開業。
5日間頑張れば今度は本当に休養できる定休日がくる、はず。
頑張るぞ!

なんていいながら明日からいつもの楽しい日々が始まるから私の体力気力はすぐに回復するのは間違いない。
なにせカフェの仕事は元気の源なのだから。

去年はここ数年になく体調が良かった。
膝や腰の障害を温泉ヨガとS治療院で悲鳴を上げさせられることで未然に防ぐことができたからだ。
今年もそれは継続しようと思う。
我が家の愛犬アモの足の状態も今がベストと考えるべきだろう。
だから今年は去年から徐々にやり始めたアウトドアを思いっきり楽しむ年にしてみたい。

仕事の方では、『暮らしやすい家庭犬』を真摯に模索している人々を積極的に応援していきたいと思っている。
何故か?
この4年の間にたくさんの仲間たちが増えてきて、みんな以前とは違う愛犬との生活を楽しむようになり笑顔が明るいからだ。
そしてそれは、私の犬と飼い主に関する考え方や指導法が誤りではないという自信にもなっている。
だからもっと仲間が増やせそうな気がする。
ため息が出るほどエネルギーが必要なのだが、何とかそこを喜びに繋げていけたら…と思う。

生活を楽しみ仕事を頑張ります。
今年も皆様の
・カフェのご利用
・愛犬美容室のご利用
・ドッグフードの購入
・おやつ、サプリ、首輪リード等物品の購入
そしてそこそこのお泊りをご利用いただいてカフェを応援してください。
本年もよろしくお願い申し上げます。
 

2008年元日 2008年01月01日(火)

  明けましておめでとうございます。

朝から快晴の札幌でした。
パジャマの上にダウンを羽織ってわんこたちを排泄に出すことからいつもの新年がスタートしました。
駐車場からは散歩をさせている人々の姿が見られ、犬飼いには盆も新年もやることは決まっているようですが、気持ちよさが違っているように感じられました。

お泊り犬たちは大晦日からの寝不足もあって、遊んだ後の日中は驚くほど静かに午睡をむさぼっておりました。
目が覚めてから手入れの悪いスケートリンクのような道路を犬たちと散歩しましたが、今日は転びませんでした。
年末宝くじは10万円から3億円まで3枚のくじが4ケタまでは揃っていたのにあと2つが違っていて悔しくもありましたが、年々大当たりに近づいているようです。

Kは夕方から3人の子供たちが揃ってくれたのを心の底から喜んでいたようで、こちらは大当たりだったようです。
明日は私の次男がお年玉を取りに来てくれることになり、長男は東京で『Qさま』の仕事にいそしみ、娘はフランスで新年の様子を楽しんでいるはずです。
それぞれの年が明けました。

夜遅く「起きて!トイレに出すよ」というKの言葉で目が覚めたときは、既にほとんどのワンちゃんたちの排泄はKが済ませてあって、私はMダックスのメリーを抱っこしてガーデンに出ました。
そしてぶったまげて大喜びしたのです。
真っ白な大雪が静かに降り続いておりました。

明日は除雪機ガロアラシ号の初仕事となり、これでみんなが揃い我が家の新年はスタートです。
 

年末のご挨拶 2007年12月31日(月)

  大掃除も終わった。
しめ飾りも、小さいけれど鏡餅も飾った。
夕方の散歩では右手にアモ、左手にサモエドのラブがエスコートしていてくれたのに思いっきり見事に滑って転んでしまった。
尻餅をついたままの私にラブがぺろりとホッペを舐めてくれた。
右手のひらが氷で少し切れたけど、楽しい散歩だった。

食べきれないほどカニも食った。
酒もそこそこに飲んだ。
そしてさっき仕上げの年越しそばもご馳走になった。

周りにはいろんな犬種の犬たちがはべっている。

年越しの準備は整ったようだ。
あとは今年逝ってしまった仲間たちを想い起こし、何故自分が生かされているのかを考えるだけである。

皆様、今年一年大変お世話になり心より感謝申し上げます。
来年もよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。よいお年を。
 

酒タバコ犬の三重苦 2007年12月30日(日)

  合法的に酒を飲んでるのに
『この酔っ払い!』
『オヤジ!エロじじい!』
『飲酒運転すんなよ!』と、
ひっそり法にも触れずにまじめに生活している人間が白い目で見られる社会になってきた。

人目を気にしながらタバコを吸えば
『それでも文化人か、人間か!』
と有言・無言の非難を日々感じるようになり、フランス人こそ喫煙者の権利を守ってくれると思っていたのに、来年からかの国でも相当な規制がかかるようだ。
『フランス人にそんな規制が通用するわけがない』と思い込んでいる私には、フランスのその後が気にかかっている。

中途半端なことはするな!と主張したい。
いっそうのこと酒やタバコの販売は違法とすればいいじゃないか。
合法だから販売され、それに惑わされて私はたしなむようになり、その結果において非難する人間たちとの共存を余儀なくされて共に苦しんでいるのだ。

次には京都のある寺が『犬の散歩禁止』を通告したというニュースが入った。
境内にある柱が犬の放尿で変色し、放置便の回収量が棄て置けぬ量になりつつあるからだという。

酒を飲めば人は酔う。
タバコを吸えば煙を出す。
犬を飼えば排泄をする。

『違う!
酒とタバコは必然だけど、犬の排泄問題は人間性の問題でしょ。』
と、主張される方もおられることだろう。

本当に別次元の問題か?
日々の暮らしの中で『まぁ、いいっか』という普通の人間が思い込んでしまう根源においても、それは別次元と断言できるのか?

何も考えず理性を捨て去り、状況に流されてしまうと、人は『酒・タバコ・犬』に代表されるような身近で表現しやすい問題を社会の一大事にすり替えてしまうのではないのだろうか?

ある人は普段堅物であっても、酒が入ると親しみやすくなったり、ここではタバコを吸えないことに気を揉む人を感じたり、愛犬との散歩で周囲に配慮するはたくさんいるのに、それら全部をひっくるめて否定されると人間として反発の感情が起きてくるものである。

飲酒運転はよくないし、喫煙も迷惑だし、犬の排泄をよく思う人はいないことは充分に知っている。
今夜は充分にお酒を頂き、普通にタバコも吸っている。
なのに、なぜこんな風に思ってしまったのだろう。
100年前と100年先そして今を考え、普遍の意味を考えてみたくなった。
 

年の瀬に大雨 2007年12月29日(土)

  朝からの雪が昼前には雨に変わった。
それも本格的な雨だった。
が、北海道に住む人間は本能的に朝のうちに積もった雪の除雪を始める。
放置すれば夜には凍結し、ガタガタに荒れた地面が翌日からの生活に支障をきたすことを経験的に知っているからだ。

ところが明朝の最低気温はプラス1度と予報され、今日の雨も驚きだったが、明日には道路から雪すらもなくなっているのではと興味津々である。

「半分だけやるか?」
「何言ってんの、全部やろうよ!」
そんなKの意気込みに乗って、今日はクレンザーを撒いたカフェの床をデッキブラシで私がゴシゴシ擦り、Kが綺麗に拭き取る大掃除が展開された。
大迷惑なのはお泊り犬たちである。
こっちへ移動、あっちへ移動と昼寝をする暇も与えられなかった。
何しろ外は大雨だから室内での移動を繰り返すしかなかったのだ。

そんなわけで夕食後には犬たちはグーグー眠り、腰が重くなったKと私も夜中まで気づかず寝てしまった。

深夜のガーデンはシャーベット状態で、長靴の埋まり具合から意外にも雪が深いことがわかった。
4頭のお泊り犬たちはさっさと排泄を済ませると2階へ駆け上がり、完全におやすみモードに入っている。
みんなお泊り経験のあるわんこ達で手がかからないのがありがたい。

明日から元日までがピークとなるが、明日でトリミングも終わり、残された部屋の大掃除さえしてしまえばいろんな犬たちと遊べるわけだ。
できれば雨だけは降らないで欲しい。

「そうだそうだ、雨のせいで今日は散歩にも行けなかったのだぞ。
そもそも年の瀬に雨とは何事ぞ!
雪にせんかい!」
今日最も不満顔だったのは我が家の愛犬アモのようだ。
 

2007年カフェの営業終了にあたって 2007年12月26日(水)

  本日カフェは2007年の営業を無事楽しく終えることができました。
この一年を支えてくださった皆様に心からの御礼を申し上げます。
ありがとうございました。

さあ、明日から9連休だぜい!
と、そんな風に喜べるのなら嬉しいのだが商売柄そうはいかないのが辛いところである。
30日まではAsamiちゃんに頑張ってもらってトリミングの営業を行っており、その間私たちはカフェの大掃除をすることになっている。
そして大晦日から元日がメインイベントで、お泊り犬8頭を狭い居間のどこにどう配置し、私たちはどこでどうやって年越しを迎えればよいかを考えなければならないのだ。
忙しくも楽しいったらありゃしない!

預かり犬をケージに入れてその吠え声や罪悪感に悩まされるより、犬まみれで元旦を迎える方がずっと私たちには合っている。
私にとってはそれが数十年来の“日常”でもある。
とはいえ、そこはお預かりのワンちゃんたちだから相当の注意義務があり、正月は配慮と気配りが求められてもいるのだが。

それでもやはり元日は階下のカフェとガーデンで犬たちと無邪気に過ごすことになるだろう。
そして毎年思うのだ。
『こんな生活も大いに“あり”だな』と。

今夜のお泊り犬ゴールデンのウィンディを見るとほのぼのとしてくる。
初代看板犬スーの姪の子供であり、現在の看板犬アモの姪に当たるのだが、その所作のひとつひとつがスーを想い起こさせ、ふと見る姿がスーの面影どころかそのもののように感じられる瞬間があるのだ。
一日遅れのクリスマスプレゼントを頂いたように嬉しく寂しい。

Kもそのことに同意し「スーみたいだね」と言ってたのに
先程、ウィンディの寝姿を見た私が「見てごらん、スーがいるよ」と言ったのがマズかった。
「スーじゃないもん。スーはもっとスーッとなってポコンっていう顔してたもん。」と頑なに受け入れようとはしなかった。
思い出になりつつあるスーではあるが、あからさまな表現をした私が悪かったのだ。

いろんな出来事と思い出のある2007年だったが、ともあれ今日でカフェの営業は終わった。
 

北の国のクリスマス 2007年12月25日(火)

  余程緊張があったのか二日間のクリスマスランチを提供し終えたKは夕食後から眠り続けている。

夕方のアモとチェス(ハスキー)の散歩は、日中仕事らしい仕事をしなかった私が引き受けて、凍った道で転ばないように住宅街を抜けていった。
いつもの広い空間で360度見渡し、誰もいないのを確認して二頭を放すとチェスは私の意思どおり一気に80メートルほど走ったもののまた一気に戻ってきて、あとは私の周りで適当に身体を伸ばしたりし、アモは相変わらず雪の上でゴロンゴロンしていた。

50分ほどの散歩を終えて帰宅すると、楽しみにしていたクリスマスディナー。(もちろん人間の)
アモには夕べのイブにグラム420円もする香ばしい馬肉料理を奮発したから今夜はチェスも定番フードプラスアルファ。
いくら“みちのく赤鶏”の味が良いと聞かされても鶏肉を食べない私は今年のクリスマスランチを食べていなかった。
そこでKが作ってくれたのが大好きなハンバーグで、それをランチのソースに絡めてくれたのである。
悪いけど(誰に対してかと問われても困るが…)申し訳ないほど旨かった。

昔、北海道神宮の前にワラジのように大きい1ポンドハンバーグを食べさせてくれるレストランがあった。
盲導犬取得の最終段階での訓練で協会から10キロほど離れた神宮までを使用者と歩き、そのレストランで昼食をするのが楽しみだった。
まだ20代だったからぺろりと平らげたが、今夜はあの頃の量を越えたかもしれない。

私も一眠りし、重くて動けなかったお腹の中がこなれてきた頃、わんこたちをガーデンに出した。
驚いたことに、何とも綺麗なホワイトクリスマスの夜がそこにあった。
柔らかで真っ白な雪が空から舞い降りて、辺りは見事に白に染まっていた。
どんなに暮らしは大変でも都会では絶対に味わえない白と静寂の世界があった。
カフェのポーチに出てみると、点灯したままの雪だるま人形に光るイルミネーションが静寂に解けこんで美しかった。

「ふゎぁ、いくらでも寝れる」
そう言って背伸びをしながらKが起きてきた。
食器を洗いアモとチェスにビスケットを与えたかと思うと「おやすみ」と言って寝室に戻っていった。

「カニ・かに・蟹!訳ありおせちが16800円だって!」
寝たと思ったKが突然やってきた。インターネットを見ていたらしい。
「よし、買え!」と私が即答するとすぐにいなくなった。

今夜のお伴は宮崎の焼酎。
ラベルには可愛いお地蔵さんがふたりでニコニコしあっており『ありがとう、あなたがいてくれたお陰です』と書いてあり、裏を見ると本格焼酎「桐之桃山」とあった。
 

いいではないか、それでいいではないか 2007年12月23日(日)

  今年のカフェの営業も残すところあと3日となった。

Kが予約しておいたクリスマスランチの食材である“みちのく岩手の赤鶏”を買うため、昨夕札幌の中心部方向にある肉の専門店まで出かけてきた。
久しぶりの渋滞に都会のパワーを感じたが、よく見ると多いのは車ばかりで人影は少ないし街の明るさにも勢いがなく北海道の景気の悪さを感じてしまった。

でも、それで北海道はめげることなんてひとつもないと思う。

なんで毎年右肩上がりの成長を続けなければ倒産するような会社や企業を作ろうとするの?
そもそもそんな前提がおかしいことになんで誰も異論を唱えないの?
投資マネーなどという自分で汗水垂らさず、生産性や技術や知識もない人間たちの強欲に満ちた汚れた金に躍らせれ利用されながら、限られた自分の人生を何故そんな奴らの観念と同じように送ろうとするのか私には到底理解できない。
短期的短絡的にでも一代で財と名声を築きたいとでも思っているのだろうが、行く末の儚さと空しさをまだご存じではないのか。
トップに立つ人間たちは『諸行無常・おごれる者久しからず』を『負け犬の遠吠え』以外に何と学んできたのだろう?

Kは昨日の閉店後から今夜も休みなくクリスマスランチの仕込を続けている。
儲けなんて知れているのに「みんな優しいお客さんばかりだね。私、うれしいよ」と対面キッチンの向こうで今私が何を書いてるのかも知らないで話しかけている。

今日は我が家の愛犬スーの命日だから、いろいろ思うところもあるのだろう。
そんな風に感傷にふけっていたら
・私、年内に美容院に行くからね
・リンのお姉さんにまたネールアートもしてもらいたいな
と向かいのキッチンでボソボソ言っている。
「いいね。行ってきたら」と私はちゃんと応えたのに
「ねぇ、こっれて労働基準法に違反してない?」と水仕事をしながらまだぶつくさ言っている。

そんな庶民の生活に“右肩上がり”という言葉なんて無用なのだ。
丁度の生活に喜びと感謝を覚えれるからいつも幸せを感じていられるのだと思う。

『だから国際競争力に負けてしまうのだ!今がチャンスなんだ』と言われても
『争うから、富ばかりを求めるから負けると感じるのだ』としか言えない。

『いいではないか、それでいいではないか』
この言葉が今年の私の大賞である。
 

七度ギツネ? 2007年12月21日(金)

  定休日にこの欄を書くことは滅多にないのだが、昨日の休みに楽しい体験をしてきたから忘れないうちに書くことにした。

私とKそれに我が家の愛犬アモの三人で北広島市の“レクの森”に先週に続いて出かけてきた。
先週から積雪が一度あったのでレクの森を周回できるか不安もあったが、駐車場から本線に沿ってタイヤ痕と『歩くスキー』の二本の線がしっかり残っていたので『大丈夫!』と判断して登り始めた。

それはそれは天気もよく素晴らしいハイキングで、落葉した木々のおかげで森の隅々まで見渡しながら、ウサギや北キツネの足跡に様々な空想を巡らせながら私たちは冗談を言い合った。
「このまま遭難してもいいねぇ」
「眠るんじゃないぞ!」
「足を踏み外すな!」
「快晴だね」
「山の天気は変わりやすいぞ!」
「この道さっき歩かなかった?」
「七度ギツネ?」

ところが、標識にあった展望台にはいつまで経っても辿りつけなかった。
私たちはただただ本線を歩いていただけだったのに…

いつの間にかタイヤ痕はなくなり、それから1時間ほどで何故かスキーの痕跡は後戻りを始め、その先にはキツネとウサギの足跡しか残っていなかった。

2時間をかけて後戻りをするか、それとも先へ進むか。
結局私たちは前進したのだが、時々立ち止まって耳を澄ませて近くにあるはずの道路を探した。
周回のコースを歩いているのなら、いつまでも太陽が左手にあるはずはなく、明らかに道を外れていることが分かっていて、それならと位置関係が推測されたからだ。
しばらくして遠くに車音を確認した私たちは獣道をゆっくり下って行った。
そこから道路に出るまでが大変だった。

雪に覆われた側溝や深いくぼみはアモが先導することで確認できたが、それでも何度か踏み外しそうになった。
遠くを走る車の運転手の何人かは怪訝そうに、山から下りてくる私たちを見ながらも、地元の人間が愛犬と散歩でもしていると思ったのだろう、みんなそのまま走り去って行った。

予想していた道路に出たが、そこは予想以上に駐車した車から遠く離れた場所だった。
Kが叫んだ。「シカが走ってる!」
横を見ると先程まで私たちが迷っていた山道を6頭ほどの大きなシカが勢いよく駆けていた。

1キロ以上歩いた頃、救いのタクシーが偶然通りかかったので、私はKとアモを残してレクの森へ戻り、そこから駐車してある車まで歩いて二人を迎えに戻って私たちの冒険は無事終わった。

アモは行ったり来たりと私たちの倍は歩いていたので、今日は足が辛そうである。
『どこで迷ったのか?』が私たちには今でも解せない。
雪のあるうちにもう一度出かけてみたいと思っている。
そうでなきゃ、私たちの足跡を辿って迷い込んでしまう人が現れちゃ困るから。
 

センサー 2007年12月19日(水)

  暖房に使用されているFF式ストーブにはセーブ機能というのがあって、それをオンにしておくと設定した温度より室温が3度程度高くなると自動消化し、設定温度まで下がると再び燃焼して室温をある程度保つしくみになっている。
室温を感知するためにストーブの背中には、先が丸まった数センチの黒いコードのようなセンサーがついている。
その先端を指で握れば、本体に表示された室温がみるみる上昇するからすぐにそれだと分かるはずだ。

我が家の居間にあるストーブには、1メートルほどのコードの先に高感度のセンサーが付属していて壁かどこかに固定し、より細やかに室温コントロールがなされるようになっている。

「やけに今夜は暖かいな」と私は腕まくりをして放熱し、横にある頂き物の焼酎/種子島黒こうじ仕込み『南泉』を見やった。
私の苦手な25度なのに、上品な香りでさらさらと喉を流れていくとても旨い焼酎だ。
ふと顔に手をやったが飲み過ぎの火照りはなかった。

ストーブの設定を一℃下げようとしに行って、そこで原因が分かった。
センサーが床に落ちていたのだ。
いつもの床上40センチから床に落ちただけのことなのだが、センサーはそこの温度を正確に制御装置に伝え、ストーブは燃焼し続けていたのである。

『我が家の冬の室温設定は20度』などというのは、だから意味を成さないものだということが分かった。
床で20度なら生活するには暑すぎる。
床上1メートルで20度なら北海道人には寒過ぎるし、サーキュレーターで空気を撹拌した20度でも寒いだろう。

「この子は4ヶ月半なのですが…こんなんじゃマズイことになるんじゃないかと思って相談に来ました」
カフェの人間や犬を見て勇ましく吠えるMダックスを手に、昨日、飼い主の女性は不安そうに話された。

「生後5〜6ヶ月以降に生じる問題は“育て方”に問題がある場合が多いのですが、5ヶ月前の仔犬がこんなに吠えるということは、残念ですがハズレくじというか、繁殖し販売した人間とこの犬の両親に問題があるというかつまり遺伝的に警戒心が強く、普通に育てたら暮らしづらい犬になるということです」
私は率直に話した。

「どうすればいいでしょう?」
「今からなら何とかなるでしょうが、育て方で本質部分を変えようとするわけですから大変だとは思います」

攻撃性や警戒心、病的な神経質さ不安感・猜疑心、集中力などなどこれらの稟性の多くは遺伝であり生得的であるから、いくら『氏より育ち』と頑張ってみてもいずれ化けの皮が剥がれるものである。
だが、それは使役犬などの究極の部分においてであり、家庭犬としてなら飼い主の努力と配慮と接し方つまり育て方・暮らし方で一生包み込みながら過ごすことは可能と考えている。

今夜はもう遅くなってしまったから深入りはしないが、このMダックスの飼い主は、犬育てにおいてとても良いセンサーを備えておられたのだと思う。
生後4ヵ月半というぎりぎりの時期に『おかしい』と感じ、相談に来られたのは大正解である。
それぞれの家庭の事情などでカフェに通われなくなった方々もおられるが、この方はどこまで事情が許しどのようなセンサーを持っておられるのか私には分からない。

こちらから差し出がましく働きかけることはない。

“動かないシュナ”としてこの欄で紹介したことがあるシュナウザーの空クンは7ヵ月後の今日、ショッピングセンターのエスカレーターに乗るレッスンを行った。
エスカレーターに乗れるようにするためではなく、刺激的な状況でも冷静に対応できるようにするのが目的であり、それも私が必要と感じたわけでなく「今日レッスンできますか?」という飼い主の依頼が積み重なってきた結果のレッスン項目であった。
空クンに対する私の評価はまだ低い。
でも「歩かないんです。吠えます。咬みます」という相談から7ヶ月の間に、「歩くのは凄く良くなりました。空と家族で温泉旅館にも行ってとってもおりこうさんだったんですよ。」と満足しておられるのに、今なお「今日レッスンできますか?」とご来店しておられる。
私はそれに応えるべく次のプランを立てるだけで、究極まで行けば我が家で暮らしてもいいと思える犬にすることではないかと思っている。

室内が暑すぎたのか最後のトイレにわんこを連れ出したら、雪の上でゴロンゴロンと転げまわっていた。
マイナス4度。
確かに今夜は冷え込まなかったようだが、そろそろ私の顔が焼酎で火照ってきた。
 


- Web Diary ver 1.26 -