From the North Country

2007年カフェの営業終了にあたって 2007年12月26日(水)

  本日カフェは2007年の営業を無事楽しく終えることができました。
この一年を支えてくださった皆様に心からの御礼を申し上げます。
ありがとうございました。

さあ、明日から9連休だぜい!
と、そんな風に喜べるのなら嬉しいのだが商売柄そうはいかないのが辛いところである。
30日まではAsamiちゃんに頑張ってもらってトリミングの営業を行っており、その間私たちはカフェの大掃除をすることになっている。
そして大晦日から元日がメインイベントで、お泊り犬8頭を狭い居間のどこにどう配置し、私たちはどこでどうやって年越しを迎えればよいかを考えなければならないのだ。
忙しくも楽しいったらありゃしない!

預かり犬をケージに入れてその吠え声や罪悪感に悩まされるより、犬まみれで元旦を迎える方がずっと私たちには合っている。
私にとってはそれが数十年来の“日常”でもある。
とはいえ、そこはお預かりのワンちゃんたちだから相当の注意義務があり、正月は配慮と気配りが求められてもいるのだが。

それでもやはり元日は階下のカフェとガーデンで犬たちと無邪気に過ごすことになるだろう。
そして毎年思うのだ。
『こんな生活も大いに“あり”だな』と。

今夜のお泊り犬ゴールデンのウィンディを見るとほのぼのとしてくる。
初代看板犬スーの姪の子供であり、現在の看板犬アモの姪に当たるのだが、その所作のひとつひとつがスーを想い起こさせ、ふと見る姿がスーの面影どころかそのもののように感じられる瞬間があるのだ。
一日遅れのクリスマスプレゼントを頂いたように嬉しく寂しい。

Kもそのことに同意し「スーみたいだね」と言ってたのに
先程、ウィンディの寝姿を見た私が「見てごらん、スーがいるよ」と言ったのがマズかった。
「スーじゃないもん。スーはもっとスーッとなってポコンっていう顔してたもん。」と頑なに受け入れようとはしなかった。
思い出になりつつあるスーではあるが、あからさまな表現をした私が悪かったのだ。

いろんな出来事と思い出のある2007年だったが、ともあれ今日でカフェの営業は終わった。
 

北の国のクリスマス 2007年12月25日(火)

  余程緊張があったのか二日間のクリスマスランチを提供し終えたKは夕食後から眠り続けている。

夕方のアモとチェス(ハスキー)の散歩は、日中仕事らしい仕事をしなかった私が引き受けて、凍った道で転ばないように住宅街を抜けていった。
いつもの広い空間で360度見渡し、誰もいないのを確認して二頭を放すとチェスは私の意思どおり一気に80メートルほど走ったもののまた一気に戻ってきて、あとは私の周りで適当に身体を伸ばしたりし、アモは相変わらず雪の上でゴロンゴロンしていた。

50分ほどの散歩を終えて帰宅すると、楽しみにしていたクリスマスディナー。(もちろん人間の)
アモには夕べのイブにグラム420円もする香ばしい馬肉料理を奮発したから今夜はチェスも定番フードプラスアルファ。
いくら“みちのく赤鶏”の味が良いと聞かされても鶏肉を食べない私は今年のクリスマスランチを食べていなかった。
そこでKが作ってくれたのが大好きなハンバーグで、それをランチのソースに絡めてくれたのである。
悪いけど(誰に対してかと問われても困るが…)申し訳ないほど旨かった。

昔、北海道神宮の前にワラジのように大きい1ポンドハンバーグを食べさせてくれるレストランがあった。
盲導犬取得の最終段階での訓練で協会から10キロほど離れた神宮までを使用者と歩き、そのレストランで昼食をするのが楽しみだった。
まだ20代だったからぺろりと平らげたが、今夜はあの頃の量を越えたかもしれない。

私も一眠りし、重くて動けなかったお腹の中がこなれてきた頃、わんこたちをガーデンに出した。
驚いたことに、何とも綺麗なホワイトクリスマスの夜がそこにあった。
柔らかで真っ白な雪が空から舞い降りて、辺りは見事に白に染まっていた。
どんなに暮らしは大変でも都会では絶対に味わえない白と静寂の世界があった。
カフェのポーチに出てみると、点灯したままの雪だるま人形に光るイルミネーションが静寂に解けこんで美しかった。

「ふゎぁ、いくらでも寝れる」
そう言って背伸びをしながらKが起きてきた。
食器を洗いアモとチェスにビスケットを与えたかと思うと「おやすみ」と言って寝室に戻っていった。

「カニ・かに・蟹!訳ありおせちが16800円だって!」
寝たと思ったKが突然やってきた。インターネットを見ていたらしい。
「よし、買え!」と私が即答するとすぐにいなくなった。

今夜のお伴は宮崎の焼酎。
ラベルには可愛いお地蔵さんがふたりでニコニコしあっており『ありがとう、あなたがいてくれたお陰です』と書いてあり、裏を見ると本格焼酎「桐之桃山」とあった。
 

いいではないか、それでいいではないか 2007年12月23日(日)

  今年のカフェの営業も残すところあと3日となった。

Kが予約しておいたクリスマスランチの食材である“みちのく岩手の赤鶏”を買うため、昨夕札幌の中心部方向にある肉の専門店まで出かけてきた。
久しぶりの渋滞に都会のパワーを感じたが、よく見ると多いのは車ばかりで人影は少ないし街の明るさにも勢いがなく北海道の景気の悪さを感じてしまった。

でも、それで北海道はめげることなんてひとつもないと思う。

なんで毎年右肩上がりの成長を続けなければ倒産するような会社や企業を作ろうとするの?
そもそもそんな前提がおかしいことになんで誰も異論を唱えないの?
投資マネーなどという自分で汗水垂らさず、生産性や技術や知識もない人間たちの強欲に満ちた汚れた金に躍らせれ利用されながら、限られた自分の人生を何故そんな奴らの観念と同じように送ろうとするのか私には到底理解できない。
短期的短絡的にでも一代で財と名声を築きたいとでも思っているのだろうが、行く末の儚さと空しさをまだご存じではないのか。
トップに立つ人間たちは『諸行無常・おごれる者久しからず』を『負け犬の遠吠え』以外に何と学んできたのだろう?

Kは昨日の閉店後から今夜も休みなくクリスマスランチの仕込を続けている。
儲けなんて知れているのに「みんな優しいお客さんばかりだね。私、うれしいよ」と対面キッチンの向こうで今私が何を書いてるのかも知らないで話しかけている。

今日は我が家の愛犬スーの命日だから、いろいろ思うところもあるのだろう。
そんな風に感傷にふけっていたら
・私、年内に美容院に行くからね
・リンのお姉さんにまたネールアートもしてもらいたいな
と向かいのキッチンでボソボソ言っている。
「いいね。行ってきたら」と私はちゃんと応えたのに
「ねぇ、こっれて労働基準法に違反してない?」と水仕事をしながらまだぶつくさ言っている。

そんな庶民の生活に“右肩上がり”という言葉なんて無用なのだ。
丁度の生活に喜びと感謝を覚えれるからいつも幸せを感じていられるのだと思う。

『だから国際競争力に負けてしまうのだ!今がチャンスなんだ』と言われても
『争うから、富ばかりを求めるから負けると感じるのだ』としか言えない。

『いいではないか、それでいいではないか』
この言葉が今年の私の大賞である。
 

七度ギツネ? 2007年12月21日(金)

  定休日にこの欄を書くことは滅多にないのだが、昨日の休みに楽しい体験をしてきたから忘れないうちに書くことにした。

私とKそれに我が家の愛犬アモの三人で北広島市の“レクの森”に先週に続いて出かけてきた。
先週から積雪が一度あったのでレクの森を周回できるか不安もあったが、駐車場から本線に沿ってタイヤ痕と『歩くスキー』の二本の線がしっかり残っていたので『大丈夫!』と判断して登り始めた。

それはそれは天気もよく素晴らしいハイキングで、落葉した木々のおかげで森の隅々まで見渡しながら、ウサギや北キツネの足跡に様々な空想を巡らせながら私たちは冗談を言い合った。
「このまま遭難してもいいねぇ」
「眠るんじゃないぞ!」
「足を踏み外すな!」
「快晴だね」
「山の天気は変わりやすいぞ!」
「この道さっき歩かなかった?」
「七度ギツネ?」

ところが、標識にあった展望台にはいつまで経っても辿りつけなかった。
私たちはただただ本線を歩いていただけだったのに…

いつの間にかタイヤ痕はなくなり、それから1時間ほどで何故かスキーの痕跡は後戻りを始め、その先にはキツネとウサギの足跡しか残っていなかった。

2時間をかけて後戻りをするか、それとも先へ進むか。
結局私たちは前進したのだが、時々立ち止まって耳を澄ませて近くにあるはずの道路を探した。
周回のコースを歩いているのなら、いつまでも太陽が左手にあるはずはなく、明らかに道を外れていることが分かっていて、それならと位置関係が推測されたからだ。
しばらくして遠くに車音を確認した私たちは獣道をゆっくり下って行った。
そこから道路に出るまでが大変だった。

雪に覆われた側溝や深いくぼみはアモが先導することで確認できたが、それでも何度か踏み外しそうになった。
遠くを走る車の運転手の何人かは怪訝そうに、山から下りてくる私たちを見ながらも、地元の人間が愛犬と散歩でもしていると思ったのだろう、みんなそのまま走り去って行った。

予想していた道路に出たが、そこは予想以上に駐車した車から遠く離れた場所だった。
Kが叫んだ。「シカが走ってる!」
横を見ると先程まで私たちが迷っていた山道を6頭ほどの大きなシカが勢いよく駆けていた。

1キロ以上歩いた頃、救いのタクシーが偶然通りかかったので、私はKとアモを残してレクの森へ戻り、そこから駐車してある車まで歩いて二人を迎えに戻って私たちの冒険は無事終わった。

アモは行ったり来たりと私たちの倍は歩いていたので、今日は足が辛そうである。
『どこで迷ったのか?』が私たちには今でも解せない。
雪のあるうちにもう一度出かけてみたいと思っている。
そうでなきゃ、私たちの足跡を辿って迷い込んでしまう人が現れちゃ困るから。
 

センサー 2007年12月19日(水)

  暖房に使用されているFF式ストーブにはセーブ機能というのがあって、それをオンにしておくと設定した温度より室温が3度程度高くなると自動消化し、設定温度まで下がると再び燃焼して室温をある程度保つしくみになっている。
室温を感知するためにストーブの背中には、先が丸まった数センチの黒いコードのようなセンサーがついている。
その先端を指で握れば、本体に表示された室温がみるみる上昇するからすぐにそれだと分かるはずだ。

我が家の居間にあるストーブには、1メートルほどのコードの先に高感度のセンサーが付属していて壁かどこかに固定し、より細やかに室温コントロールがなされるようになっている。

「やけに今夜は暖かいな」と私は腕まくりをして放熱し、横にある頂き物の焼酎/種子島黒こうじ仕込み『南泉』を見やった。
私の苦手な25度なのに、上品な香りでさらさらと喉を流れていくとても旨い焼酎だ。
ふと顔に手をやったが飲み過ぎの火照りはなかった。

ストーブの設定を一℃下げようとしに行って、そこで原因が分かった。
センサーが床に落ちていたのだ。
いつもの床上40センチから床に落ちただけのことなのだが、センサーはそこの温度を正確に制御装置に伝え、ストーブは燃焼し続けていたのである。

『我が家の冬の室温設定は20度』などというのは、だから意味を成さないものだということが分かった。
床で20度なら生活するには暑すぎる。
床上1メートルで20度なら北海道人には寒過ぎるし、サーキュレーターで空気を撹拌した20度でも寒いだろう。

「この子は4ヶ月半なのですが…こんなんじゃマズイことになるんじゃないかと思って相談に来ました」
カフェの人間や犬を見て勇ましく吠えるMダックスを手に、昨日、飼い主の女性は不安そうに話された。

「生後5〜6ヶ月以降に生じる問題は“育て方”に問題がある場合が多いのですが、5ヶ月前の仔犬がこんなに吠えるということは、残念ですがハズレくじというか、繁殖し販売した人間とこの犬の両親に問題があるというかつまり遺伝的に警戒心が強く、普通に育てたら暮らしづらい犬になるということです」
私は率直に話した。

「どうすればいいでしょう?」
「今からなら何とかなるでしょうが、育て方で本質部分を変えようとするわけですから大変だとは思います」

攻撃性や警戒心、病的な神経質さ不安感・猜疑心、集中力などなどこれらの稟性の多くは遺伝であり生得的であるから、いくら『氏より育ち』と頑張ってみてもいずれ化けの皮が剥がれるものである。
だが、それは使役犬などの究極の部分においてであり、家庭犬としてなら飼い主の努力と配慮と接し方つまり育て方・暮らし方で一生包み込みながら過ごすことは可能と考えている。

今夜はもう遅くなってしまったから深入りはしないが、このMダックスの飼い主は、犬育てにおいてとても良いセンサーを備えておられたのだと思う。
生後4ヵ月半というぎりぎりの時期に『おかしい』と感じ、相談に来られたのは大正解である。
それぞれの家庭の事情などでカフェに通われなくなった方々もおられるが、この方はどこまで事情が許しどのようなセンサーを持っておられるのか私には分からない。

こちらから差し出がましく働きかけることはない。

“動かないシュナ”としてこの欄で紹介したことがあるシュナウザーの空クンは7ヵ月後の今日、ショッピングセンターのエスカレーターに乗るレッスンを行った。
エスカレーターに乗れるようにするためではなく、刺激的な状況でも冷静に対応できるようにするのが目的であり、それも私が必要と感じたわけでなく「今日レッスンできますか?」という飼い主の依頼が積み重なってきた結果のレッスン項目であった。
空クンに対する私の評価はまだ低い。
でも「歩かないんです。吠えます。咬みます」という相談から7ヶ月の間に、「歩くのは凄く良くなりました。空と家族で温泉旅館にも行ってとってもおりこうさんだったんですよ。」と満足しておられるのに、今なお「今日レッスンできますか?」とご来店しておられる。
私はそれに応えるべく次のプランを立てるだけで、究極まで行けば我が家で暮らしてもいいと思える犬にすることではないかと思っている。

室内が暑すぎたのか最後のトイレにわんこを連れ出したら、雪の上でゴロンゴロンと転げまわっていた。
マイナス4度。
確かに今夜は冷え込まなかったようだが、そろそろ私の顔が焼酎で火照ってきた。
 

追悼 2007年12月17日(月)

  今夜、私の大先輩であるTさんのお通夜に参列してきた。

大学の大先輩であり20年以上前からお付き合いさせていただいていた方である。
2002年の一人旅の前、ご挨拶に伺って話し込んでいたら、Tさんは社長室から秘書を呼びどこかに電話をさせて私は数分待たされた。
しばらくして一人の男性が現れると
「こちらは長崎君だが、彼の話を聞いてやってくれ」とTさんは私を紹介してくださった。

結局私は室蘭から博多まで愛車と共に無料でフェリーに乗ることになり、一般には隠された特別室に案内され、飲み放題のうえ船長からの差し入れまでいただきながらゴージャスな船旅で日本一周のスタートをきることができた。

87歳だった方の葬儀であるから、重苦しいものではなかった。
でも私にとっては毎年1〜2度お会いするのが楽しみで、Tさんも利害関係なく付き合える私たちとの時間を楽しみにされていたことを思うと場の雰囲気とは別に遺族同様の辛く悲しいものがあった。

読経を終えた和尚の法話を私は興味深く、一方で空しく聴いていた。
『生老病死(しょうろうびょうし)の四苦』の話で、人は老い、病に倒れ、死を迎え、そんな生という苦の定めを現世で受けている。
だからこそいつ訪れるとも分からない確かな死を前に、今の人生をしっかり生きよ、という話と私は受け取った。
それが参列している私たちへの言葉だと分かってはいたが、Tさんは私の中では『だからこそ思いっきり生きてきた』人間の代表格でもあったので『ここは賛美歌の方が相応しいぞ』などと不謹慎にも思ってしまったのだ。

凄い人生でしたね。
でも、楽しいことも一杯あったようですね。
ありがとうございました。
お疲れ様でした。
ごゆっくり安らかにお眠り下さい。

私も素直にそんな風に思える人生を、これからも続けていきたい。
 

不幸中の幸い 2007年12月16日(日)

  私は悲しいことに無信教であるが、今日は神や仏の思し召しのような体験をした。

今夕、サッカーの世界クラブ選手権決勝があるのを朝から楽しみにしていた。
そして準決勝でACミランに善戦した浦和レッズの三位決定戦があるのも頭では分かっていた。
それなのになぜか浦和戦のテレビ中継のことは全く頭には入っていなかった…

今日の午後3時頃、カフェに一人の女性が現れた。
「犬を探している人を知りませんか?茶色の雑種なのですが」と女性。
「さあ、ここには連絡が入っていませんが。どうしたんですか?」と私。
「今、そこで交通事故に遭った犬がいるんですが、数日前からリードをつけたまま放浪してたようなんです。」
「で、その犬は?」
「前足だけで歩道に駆け上がってきたところを保護してます」
「まず、警察に電話してください。飼い主が届けを出している可能性があります。次に動物管理センターですが、今日は休みなので明日以降になりますね。」

カフェの営業中でもあるし、私はドッグカフェの経営者でもあるから妙な関わりを示せば妙な期待を抱かれかねず、結果的に保護責任まで負いかねないので、淡々と手続きについてだけ話していたが、なぜだか急に
「見てみましょう」と声をかけてしまった。

障害者作業所前の歩道に横になったわんこは、口から僅かながらの血を滲ませ、数滴の血尿がお腹に滴っていたが、意識はしっかりしていて介護しようとする人に威嚇する動作もみられた。
人間なら迷わず救急車なのだが、そこは警戒心を示す見知らぬ犬である。
「ひとまずは安心でしょう。意識はしっかりしてるし、威嚇する強さも持っています。交通事故の場合には衝撃と精神的なショックで血尿はよく見られることだし、内臓のダメージは多少あるようですが、骨が折れているのならもっと痛がるはずです」と私は無責任な素人判断の話をして飼い主探しを始めることにした。

保護した女性たちはわんこに毛布をかけ優しい言葉をかけ続けて、ついには身体を触らせるようになっていた。
「この犬夕べはずうっと向こうの蕎麦屋さんの前でうろついていたよ」と子供たちが教えてくれた。
私は2箇所の警察署に問い合わせ、作業所の方は動物管理センターに連絡し『休日の代行業者が引き取りに来る』手はずを整えてくれた。

デジカメで写真を撮ってプリントした私はその数枚を女性たちに渡し、私は車で近所を回って散歩している犬の飼い主たちに片っ端から問い合わせた。
諦めかけていた頃、家の前の除雪をしている女性に尋ねると
「あ!夕べどこかのおじさんが犬を探していました。一昨日からいなくなったとか…、そうそう、この写真の青いハーネス、青いハーネスをしてると言ってました!」と女性。
「で、どこの方ですか?」と私。
「ごめんなさい。知らない方で、連絡先も…」

私はすぐに犬のところへ戻り、このことをみんなに報告した。
周りの人たちに笑顔と希望が戻った。
「探してるんだ!」

日も暮れカフェに戻って『運がよければ…』と思っていたところに最初の女性が入って来られた。
「飼い主が見つかりました。」
「よかった!で、犬はまだ?」
「管理センターの代行業者が到着したばかりの時に見つかったんです。間一髪でした。」

その後のことは知らない。
飼い主が誰なのか?
犬は一命をとりとめ治療で回復するのか?

今は知りたくもない。
気のせい、気のせい。
なかったこと。見なかったこと。

そんなことを意識してたら山奥で狂犬病の接種もさせず数百頭の野良犬と暮らす変なおじさんになっちまう。

もし浦和レッズの試合が3時半から中継されることを知っていたなら、私は最初からかかわりは持たなかったはずだ。
それにしてもあの女性たちと作業所の人たち…

やめた、やめた。
あのわんこの運がよかっただけのことなんだ。
 

犬を職場に連れて行こう! 2007年12月15日(土)

  札幌にもついに雪が降って冬らしくなってきた。

ヨーロッパ一人旅を続けている娘からは
"iya- yatteshimaimashita.
kokomade kowaigurai schedule doorini kiteitanoni,
kyou Venezia iki no train ni noremasendeshita..."
と、小さなトラブル発生のメールが届き、初めての一人旅らしくなってきた。
どちらもワクワクものである。

さて、先日紹介したパピヨンのシェリルだが、彼女がそれなりにおりこうさんに育ったポイントというものを私は感じているので紹介しておこう。

ひとつは飼い主Tさんの動物に対する感性であろう。
Tさんは初めて犬を飼うことになったが、猫と暮らしその知識も豊富でさらに熱帯魚を扱う仕事をしておられる。
つまり生き物に接するだけではなく、初めて熱帯魚を飼われる方に様々なアドバイスを現在もされているのだから、感情だけではないハウツーなり科学をご存知な訳で、そのことは基盤として大きな意味を思っているということだ。

そしてもうひとつは、Tさんが毎日シェリルと職場で過ごしているということである。
このことは絶大な社会経験としつけの機会をシェリルに与え、Tさんは飼い主としてのマナーとしつけの本質を否応なく考えさせられるか、あるいは日々の暮らしの中で自然と身につくという利点を有しているのだ。

盲導犬のパピーウォーキングでももし職場に連れて行けるなら最高の社会経験になると感じていた。
実際には経営者の方とか、盲導犬協会の職員がパピーウォーキングをした程度の経験しか持ってないが、どう考えても『うまく犬を育てるエッセンス』を多数含んでいるように思う。

イギリスの盲導犬協会でそこのスタッフと協会内にあるバーで飲んでいたら、別のスタッフが愛犬のラブ(生後4ヶ月程度)を肩に抱えてやってきた。
ソファの足元に下ろすと、そのラブはまるで縫いぐるみのようにくたっとなって寝てしまった。

飼い主の職場に行くということは、
・通勤途中に様々な経験を積み
・いろんな人間と出会い
・トイレの習慣を学び
・していいことと悪いことを学び
・昼寝もままならず
・生後4ヶ月のラブでさえ疲れて、暴れまわるという発想すら起こらず
・人間のパワーを思い知り
結局はそんな中で自らの意思と飼い主の暮らしが一致した世界を模索し、喜びを見いだすようになるということである。

ところで、Tさんは私とアモの散歩に2度付き合ってくれた。
どんな言葉より感じるものがあったそうだ。

札幌には雪が降った。
私の娘はチェコからイタリアに行く列車に乗れなかった。
大切なのはごく当たり前に起こってもおかしくない事柄に、『何を感じ取れるか』という感性ではなかろうか。
というまとめで今夜はおしまい。

外は雪が舞い、明日の朝の除雪作業は必至で、またいつもの冬の一日が待っている。
 

シェリル 2007年12月12日(水)

  先程までカフェにおられたTさんと愛犬シェリル(パピヨン/メス/今週末の15日で1歳)は無事東京の自宅に戻られただろうか?

『え?何それ?』という皆さんの疑問に“手間なくお答えするため”に、
Tさん、悪いけどあなたからのメールの複数節を無断転載させていただきますね。

(以下、無断転載)

『犬を飼うのは初めてで多くの飼育本やネットの情報を参考にしたり、お散歩であう他のワンちゃんの飼い主さんなどから様々なことについてアドバイスを頂いていたのですが、どれもいまひとつ納得できないものを感じていました。
半分諦めつつ探し続けていましたところ、先日そちらのHPにたどり着き、「北の国から」の過去ログを最初から少しずつ読ませていただいているところです。

「犬との生活を(犬も人も共に)いかに快適に楽しく暮らすか」という視点から書かれた一つ一つの記事が、今まで自分でも明確になっていなかった「探していたモノ」はまさにコレだと納得でき、近くでさえあれば明日にでもカフェにお邪魔させていただくのに…と大変残念に感じています。

そこで質問なのですが、現在特に愛犬との生活に問題を感じているわけではないのですが、数日間の短期でウチの子の評価とそれに基づいた新米飼い主へのプロのアドバイスと基本的な飼い主の心得(?)をレクチャーしていただくようなことはできますでしょうか?
もちろん有料で結構です。

愛犬のシェリルは来月15日に1歳になります。
この半年間、日々成長する様子を目にし、犬についてもう少し知識があればもっとこの子の良いところを伸ばしてあげることが出来るだろうと考える場面がたくさんありました。
いずれはトレーニングなどに通うことも検討していました。
ただ、特別な犬にするつもりは全然なくて「嫌犬家の目をできるだけ引かず愛犬家には愛される」素直なワンコであってくれれば最高だと思っています。

これから10年以上(できるだけ長い時間を共に過ごせるように望んでいますが)いっしょに生活する家族として1歳のお誕生日にプレゼントするのは今よりもう少し「マシな飼い主」に私自身がなることではないかと思い、長崎様にお願いしてみようと思ったしだいです。』

(以上、無断転載)

順不同であるが、文中にある
『長崎様にお願いしてみよう』
『もちろん、有料で結構です』
『「探していたモノ」はまさにコレだ』
『「嫌犬家の目をできるだけ引かず愛犬家には愛される」素直なワンコ』
これらのキーワードを目にして私は即座にトロンとなった。

で、シェリルは我が家に2泊し、Tさんはこの3日間カフェの開店(前?)から閉店まで過ごされ、まさに『カフェに来るために東京から来られた』という次第である。
開店から閉店までを過ごされた方は数多くおられるが、3日間連続というのは恐らく初めてではなかっただろうか?

この間私が何をしてTさんとシェリルが何を感じたかはカフェの連休明けにでもご報告できればいいなと思っている。
ともあれ、お疲れ様。
生まれて初めての雪道を歩き、氷点下の世界でも楽しそうに遊び、寒くなっては抱っこを求め、それでも田舎の良さをちょっとだけ体験したことはいい経験になったと思うよ。
今夜は自宅でゆっくりお休みシェリル。
 

シーシー出たぁ!その3 2007年12月10日(月)

  つまり人間の排泄行動は、催したからトイレに行くという他に
・休憩時間のうちに済ませておく
・外出前に…
・寝る前に…
など、次のスケジュールと自己の排泄パターンを基本に考えて行動している。

犬の場合は人間のように食生活が日々大きく変化するわけではないので、日常のパターンがほぼ決まっており、排泄に出すスケジュールさえ大体定めておけば、犬は次に連れ出してもらえるトイレットタイムまで勝手気儘に排泄をすることがなくなる。
当然このスケジュールは犬に排泄を我慢させるような間隔であってはならない。
ということは、我慢する前(つまり大した排泄欲求がない時)に排泄をすんなりさせようとするのだから『シーシーベンベン』といったネーミングと指示が必要となり、つまりは『犬のトイレのしつけ』とは犬の生理現象を理解し予想したうえでの『飼い主による排泄管理』といえる。

おまけにそんな生活習慣が身についた犬は、体調不良などで予定時間外に催した時には必ず何かの方法で飼い主に知らせてくれるようになり、さらにこの『飼い主による排泄管理』の幅を広げ確かなものにしていくことで、『次のスケジュール』を知る由もない犬に対して、例えば旅行など外出先でも『させておきたい時に、させておきたい場所で』排泄をコントロールできるようになるのである。

ただ、日中はほとんど留守の家などの場合はペットシートでもしてくれた方が飼い主にとっては気が楽なことも否めない。
難しいところであるし、妙な追い討ちを飼い主にかけるかもしれないが、きちんとトイレのしつけができた犬ほど『我慢に我慢を重ねた末に室内で排泄することの屈辱と申し訳なさ』を感じ、大きな衝撃を受けてしまうものだ。

だから留守がちな家庭の場合は、せめて犬の罪悪感を起こさせないために最初からペットシートでもできるようにしておくことも許容されよう。
それによって多少の弊害が生じたとしても…
 


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