From the North Country

シーシー出たぁ!その3 2007年12月10日(月)

  つまり人間の排泄行動は、催したからトイレに行くという他に
・休憩時間のうちに済ませておく
・外出前に…
・寝る前に…
など、次のスケジュールと自己の排泄パターンを基本に考えて行動している。

犬の場合は人間のように食生活が日々大きく変化するわけではないので、日常のパターンがほぼ決まっており、排泄に出すスケジュールさえ大体定めておけば、犬は次に連れ出してもらえるトイレットタイムまで勝手気儘に排泄をすることがなくなる。
当然このスケジュールは犬に排泄を我慢させるような間隔であってはならない。
ということは、我慢する前(つまり大した排泄欲求がない時)に排泄をすんなりさせようとするのだから『シーシーベンベン』といったネーミングと指示が必要となり、つまりは『犬のトイレのしつけ』とは犬の生理現象を理解し予想したうえでの『飼い主による排泄管理』といえる。

おまけにそんな生活習慣が身についた犬は、体調不良などで予定時間外に催した時には必ず何かの方法で飼い主に知らせてくれるようになり、さらにこの『飼い主による排泄管理』の幅を広げ確かなものにしていくことで、『次のスケジュール』を知る由もない犬に対して、例えば旅行など外出先でも『させておきたい時に、させておきたい場所で』排泄をコントロールできるようになるのである。

ただ、日中はほとんど留守の家などの場合はペットシートでもしてくれた方が飼い主にとっては気が楽なことも否めない。
難しいところであるし、妙な追い討ちを飼い主にかけるかもしれないが、きちんとトイレのしつけができた犬ほど『我慢に我慢を重ねた末に室内で排泄することの屈辱と申し訳なさ』を感じ、大きな衝撃を受けてしまうものだ。

だから留守がちな家庭の場合は、せめて犬の罪悪感を起こさせないために最初からペットシートでもできるようにしておくことも許容されよう。
それによって多少の弊害が生じたとしても…
 

シーシー出たぁ!その2 2007年12月09日(日)

  駐車場に入る車を見るなり「○○ちゃんで〜す」とカフェでは水とおしぼりがテーブルに用意される。
それほどなじみ客や常連さんがほとんどで、昨日今日いや先週などは初めて来店された方はおられなかったように思う。
『ありがたいこと』と感謝し『由々しき問題』とも捉えておかねば…

さて、昨日のMダックスのエルちゃん。
2歳を過ぎたというのに生まれてから外でシッコをしたことがなかったというわんちゃん。
朝からガーデンでウンチとシッコ達成!
結局、午前中にウンチ2回シッコ2回
   午後にウンチ1回シッコ2回
   夜寝る前にウンチとシッコをして、室内のペットシーツでは一度もすることはなかった。

夜のトイレなどは2分ほどで大小を済ませ、「でたぁ!でたぁ!」と大喜びしながら私に飛びついてきた。
もちろん課題はまだまだある。
・他犬がいたり、気が散るような状況ではできない
・『シーシーベンベン』の言葉を覚えたというより、場所と雰囲気で促されている感じがする
・散歩中に促しても出来ない
・ガーデンでもリードをつけて出来るかどうかまだ分からない…等々

ところで、『室内のペットシーツに自分で行ってそこで排泄が出来ればそれでいいではないか』と思っている方もおられようが、それは誤りであり、まあ大目に見たとしても『最低ランクの準備が出来ている程度』であって、方向性というか基本的考えが間違っている。

『トイレのしつけ』というのを、『生理的に催した時に室内を汚すことなく決められた場所に自ら行って用を足す』とお考えであればそれは間違いだと言っているのだ。
それはしつけではなく緊急避難行動として許される範疇のものである。

人間の子供で考えてみよう。
もし2歳の子供が上記のように、生理現象を感じた時に自らトイレで用を足してきたら拍手喝采だろう。
だが中学生がそのような行動をいつもとったとしたら奇妙だとは思いませんか?
『トイレでしか排泄しない不思議なサル』と同じくらい『異常行動をとる人間』として研究対象にされるのがオチである。
なぜか?
中学生にもなった健康な人間が、排泄という生理現象をコントロールすることなく生活することはまずあり得ないのだ。
自分の排泄パターンも考えず、催した時にトイレに行くようでは学校生活でも社会生活でも支障を来たすばかりであろう。

犬を乳児とみているのかそれとも・・・

ああ、ごめんなさい。
霧島の『焼酎ヌーボーにごり黒』の酔いと、夜中2時の睡魔が思考回路を破壊しつつある。
この欄をご覧の方がなじみ客や常連さんなら、この由々しき状況を分かっていただけますよね。
また続きは後ほど、おやすみなさい。
 

シーシー出たぁ! 2007年12月08日(土)

  雪が降らない今年の札幌。
気温ばかり低くて、まるで断熱材の入っていない家で暮らしているようで寒々しい。
そんな冬の中休みの今日は、陽射しが出たときは暖かく気温もプラス3度を示していたのに、やはり雪がないから夕方には侘しい寒さが残ってしまった。

さて今夜のお泊り犬はMダックスのエルちゃん。
初めてのお泊りで、とってもいい子なのだがこれまで1度も外でオシッコができず、まるで雪のない札幌の冬のように『あと一歩』の物足りなさが残っている。

今日の午後、ご家族で預けに来られしばらくカフェで過ごされた後に帰られたのだが、その直後からエルは後追いもせず、同じMダックスの飼い主のA夫妻に寄り添ってすっかりカフェの一員になっていた。
2頭のMダックスと暮らすAさんはエルが可愛くて一緒に連れて帰りたそうだったけれど、
「何日お泊りですか?」とだけ聞いて引き下がってくれた。
『じゃあ、また会えるね』という意味だった。

そのエルちゃんはカフェの閉店後、Kと長い散歩に出かけたのだが
「草むらで臭いを嗅ぐのだけどシッコはしないんだよねぇ」とのこと。
ガーデンで私が引き継いで、排泄させようと30分ほど奮闘したがやはりダメ。
仕方なく“おまじない”を使ってウンチだけはさせることができたので居間の私の隣に係留し、寝床とトイレシートを準備した。

食欲旺盛で夕食は美味しそうに完食。
でも、尿意があってそわそわしている。
「いいんだよ。そこでオシッコしても」と言いつつ私はいつものうたた寝をしてしまった。

目が覚めたのは21時半頃でテレビではK−1ファイトが始まっていた。
エルは落ち着いていてシッコもしていなかった。
23時過ぎにK−1が終わったのでエルを連れてガーデンに出してみた。
気温はマイナス3度で風もなく、アルコールの内燃機関が働き私の発熱状態は良好。
さらにダウンのジャケットでの保温効果は抜群だった。

ガーデンの臭いを嗅ぎまわったり、デッキに上がってうろうろするエルを尻目に、ポカポカ陽気の私はただただ念仏を唱えるように「シーシー・シーシー」と繰り返すこと30分。
その間『あ、シッコするかも』という雰囲気が現れては消えの繰り返しだった。

が、ついに私は勝利した!
ガーデンを走り回っていたエルは覚悟を決めたように長々とオシッコをしてくれたのである。
すぐさま大喜びしてエルが求めていたカフェに入ると、エルも興奮してカフェ内を走り回った。
Kにかきむしられるように褒められ、ビーフジャーキーを貰ったエルはどのように理解しただろうか?

誰もいない静かな夜のガーデンで、こらえきれずにしたオシッコ。
明日の朝や他犬がいる日中には再び神経質になって出来ないと考えるのが妥当でもある。
だけど『外で排尿した』という実績はエルの中に確かに存在しているのだ。

「いいなぁ、わんこは。シッコしただけでこんなに褒められるんだから」
人間の子供たちのやっかみが聞こえてきそうだ。

「エルよ。
明日の何処かの時間でまた外でオシッコできたらいいね。」
馬鹿げたことのように聞こえるかもしれないこの言葉が実は犬育ての真髄であることを知る人は少ない。
 

悲しくも儚い夢 2007年12月05日(水)

  久しぶりにお泊り犬がいなくなったので私たちは今夕いそいそと里塚温泉に出向いた。

昼食を殆ど摂っていないKのために、いつものように『入浴前の腹ごしらえを』と着座すると、すぐに焼酎とロックグラスそれに氷が運ばれてきた。
それはまぎれもなく『ナガサキ』の札がぶらさっがった焼酎であり、水割りグラスではなくロックグラスであり、私とKの二人がいるのにグラスは1個であって、水はなく氷にトングとマドラーが添えられたものだった。

お店のスタッフは最近代わり新しい人が増えていたのだが、よく見ると奥に古参の女性がいた。
チラッと私は周囲を見て赤面し、Kはクスッと笑っていた。

思えば我が家の愛犬スーが亡くなってしばらくの月日が経ち、ようやく心の整理がつき始めた頃のお泊り犬がいない定休日に、昼頃から夜までこの温泉で時間を過ごしたのが最初である。

のんびりと湯に浸かり、軽い昼食を摂ってからリラクゼーションスペースで本を読んだりうたた寝をし、気がつけば夜になっていた。
また湯に入って夕食を食べ酒を飲み、最後にチャポンと温まって帰って行ったのだが、これを『至極の時間』と身体が覚えてしまったようだ。

ところがである。
先週の定休日にまりちゃんに留守番をしてもらって、数年ぶりの『昼間っから里塚温泉』を再現しようと出かけたのに3時間弱で私たちは帰ってきた。
平日の昼間なのに(だから?)とても混み合ってリラックスするスペースもなかったのだ。

そこで私たちは観察した。
すると興味深い想像が出来上がったのである。

客の多くはいつものように元気なジジババ。
それに加え、いわゆる定年退職した熟年世代が多かった。
「これって、アリかも!」と私。
「えっ?何のこと」とK。
「だってここで一日過ごせば、年金で暮らしていけるかも?」と私は計算を始めていた。

・ここの営業時間は朝の9時から翌朝の8時までだから、朝の1時間だけ外を散歩してりゃいい
・入場料金は本来1050円だけど格安時に回数券を買えば650円/日で、寝る場所もあるから翌朝までいてもプラス1050円(交渉すればもっと安くなるかも知れない)で、高くても合計1700円。
・定休日が月に1回あるから、その時は5000円のホテルに2日泊まることにする
・水道光熱費全部タダ、天然温泉入り放題、NHK受信料無料、新聞雑誌の講読無料、プールもあるしどこかへ出かけたければ無料送迎バスもある
・館内はいつも適温だから衣類は日々貸与される浴衣とタオルだけで充分
・産地直送の格安野菜も豊富に売っているし、そう高くない食事もできる
・数か月経って発見されるような孤独死なんて絶対にあり得ない
・住み慣れれば凄い規模の別荘で暮らしているような充足感もある

さて、いかが?こんな生活。
自分の荷物を持ち込めないのが難点だが、そうしたいのなら老健施設も併設しているらしいからその情報も今後集めてみようと思う。

灯油やガソリンなど原油にまつわる結果的にすべての価格が高騰し、老後の生活が保障されない時代を迎えている。
私は元々、老後にもし生きていれば、過去に知り合った仲間たちとコミュニティーを組み、それぞれの過去の能力を発揮しながら利益を生み出して生活し、最後にはお互いを看取るウバ捨て山生活を楽しみたいと思っている人間だ。
愛犬は絶対必要条件でその分野は私が担当する。

田舎の小さな温泉の出来事から、暗い現在に儚い夢を描いてみた。
 

一仕事を終えましたね 2007年12月03日(月)

  12月に入ってからの3日間は実に心打たれる充実した日々だった。
いえ、カフェの話ではなく『星野ジャパン』が大活躍した夜の時間のことである。
手の平が赤く腫れあがり、昨夜などは完全に酔い潰れた状態でこの欄をアップしてしまったらしく、今朝初めて読んで慌てて削除した。
『書いた記憶が全くない』ものを載せておくわけにはいかなかったから。
じゃぁ、いつも記憶をしっかり持って書いているのかと問われれば???なのだが…夕べは例外的に驚くほど記憶になかったのだ。
そんな取り乱しをもたらした星野ジャパンだったが、今夜は正に今夜の星空のようにとても晴れやかで興奮と酒で燃えた心身をマイナス8度の外気が冷却してくれている。
おめでとう!そして、ありがとう!

さて、そんな影響があってかなかってかは別にして、今日のカフェでは私も久しぶりに一仕事やらかしてしまった。

しばらく眼(ガン)をつけた後、いきなり最高潮の声で他犬に吠えたて、本能のままに他犬を追い回すイングリッシュコッカーにこってりとしたヤキ(“可愛がり”とも言う)を入れたのである。
もちろん飼い主の方には暗黙の了承済みというか“期待”されていたこと。

大げさな悲鳴を上げながらも幸いにして決して逆切れしないEコッカーだった。

「やめてぇー!助けてぇー!」とコッカー。
「じゃかましいー!黙れ!何てことすんだお前は!」と私。
「何てことしてるのはあなたのほうでしょう!わ…私はた…ただこれまでの経験と本能に従ってるだけです!」
「うるせぇー!絶対にこんなことは許さんぞぉー!」
「や…止めてください!ダメなことを私に教えるにはも…もっと紳士的に時間をかける方法だってあるんじゃないですか?」
「冗談じゃねぇ!おめぇが紳士的なやり方でルールを覚えるまでに、何頭の犬やその飼い主が犠牲になる義理があるんだ!ダメなことは絶対にダメなんだ。二度と許さんぞ!」
「ヒャー!ごめんなさい!もうしません!た…たぶん…。私の理解が正しければ」
「君の理解がすべて正しいなんて思ってもいないし期待もしていない。あと2回くらいは君は同じような行動を繰り返すだろう。これまでの生活習慣だからな。だけどその都度私は今日以上の対応をするのを覚悟しておけ。その中でできるだけ早く“何がダメなのか”自分でしっかり見つけ出すんだな。」

逆切れしなかったのはこのEコッカーの本質的な適性が優れていたのと私のテクニックでもある。
私は即座にコッカーが追い回した犬をガーデンに出した。
追い回された犬の心のケアと追い回したコッカーに対するヤキがどの程度理解されているかを確認するためであった。
結果はどちらも順調。
当たり前でもある。
そのような設定をしたのだから。

スワレやフセ・マテ・ツケだの人が教えたい行動、あるいは社会経験を犬に積ませるときには人は寛大でなければならないし、段取りというものもある。
が、吠える・いたずらする・拾い食いする…など他犬や人に迷惑をかけることあるいは愛犬の健康や命に直結するようなことに対しては教育よりも反射的な切実な反応が必要なのだ。

お絵かきを教えた幼児が、手に持った鉛筆で他人の子供を何度も突き刺して血だらけにしている時に、「それは悪いことですよ」と言い聞かせをするのがしつけや教育だと思いますか?
人の子は滅多にそんなことはしないけど、犬の子は頻繁にそれに近いことをやっているはずだ。
愛犬が繰り広げるいわゆる問題行動に対しては、犬の感受性に見合った反応を、たとえ理性的な人間であっても素直に出してみるべきではなかろうか。

はて?文章として成立してますか?
祝い酒が徐々に私の意識を奪い去ろうとしている。
 

4年の節目に相応しい出会い 2007年12月01日(土)

  カフェは今日から5年目の営業に入り、昨日からお泊りのラブラドール/バービーは今日で5歳の誕生日を迎えた。

どういう経路だったかは忘れてしまったが、4年数ヶ月前にバービーのレッスン依頼を受け、その後の訓練が順調に進んでいたので『誘惑の多い場所での呼び戻し』などより高度な訓練を行うつもりで、グリーンドームという犬たちがたくさん集まっている広場に何度か出かけたことがあった。
そこで出会ったのが今はカフェの准看板犬であるレオンベルガーのジェニーで、バービーと同じ“人形の名前”であることが共通していておかしかったのを覚えている。

順調に呼び戻しができるようになり始めていたバービーと、如何にも警察犬訓練士といういでたちの男性からいつも逃れるように遠くで訓練を受けていたジェニーが顔を合わせたのはきっと何かの縁があってのことだったのかもしれない。

ムツゴロウさんの動物王国で初めて石川さんの愛犬だったレオンベルガーのベルクと遊び、ニューファンやSt.バーナードのように大型なのに一般的なゴールデンみたいな口の形状をしているから“泡を飛ばさない”レオンベルガーがすっかり気に入ってしまっていた私は、やせ細っているジェニーのことが気にかかってしまった。

バービーの飼い主であるMさんの気さくな性格がきっかけとなって、レオンベルガーの飼い主Hさんとの会話が始まった。
その流れの中で、私は人間不信に陥っている眼(排他的なまなざし)のジェニーにしばらく話しかけ、その奥底にある(戸惑いと悲しみ)反応に安堵してジェニーを伏せさせてバービーを呼んで隣に座らせた。
その時の写真が今でも残っている。
思えば、バービーを座らせたのは当然としてもジェニーを伏せさて写真を撮ったのだから、私は安堵と信頼を与え『フセ』と『マテ』をその場でジェニーに教えていたのだろう。

それまで逃げるように訓練を受けていたジェニーの飼い主であるHさんにとってはそのこと自体が驚きであったようだ。
以後のお付き合いがこの時から始まり、ジェニーは私の影響下でまもなく5歳を迎え、飼い主のHさんはKの影響で乗馬(この話は説明に時間がかかる)にのめり込んで人生の針路まで変えてしまっている。

いろんなことがあったが、そんなカフェの4周年の節目にバービーとジェニーが今日顔を合わせてくれた。
 

開業4年を終えて 2007年11月28日(水)

  本日の営業でカフェは4年目の幕を無事下ろすことができ、今週土曜日12月1日から5年目へと踏み出すことになった。
まずはこの4年間を支えてくださった皆様に心からのお礼を申し上げます。

この4年を振り返って感じることは

1.感謝
『残念ながら予想通り決して楽な暮らしではなかったけれど、心満たされ楽しい日々を皆さんそしてその愛犬たちと関わりながら過ごすことができ、『こんな生き方っていいよね』という当初の想いが追認できたこと』ではなかったかと思っている。
そして私はKに感謝し、Kと私は素晴らしいスタッフに感謝している。
「ありがとう。これからもよろしく」と伝えたい。

2.無力
『愛犬のことで困っています』
これについては個々の飼い主や愛犬に対しどこまでお役に立てたか分からないし、個別案件もさることながらより多くの情報発信によって変化をもたらすことが見えてこない。

『ペットショップでの生体展示販売を撲滅しよう!』
これについても社会には何の変化も生じさせることができなかった一方、反論や販売の正当性についての意見はなく押し黙ったまま息を潜めている。

3.疑問
ドッグフードやおやつ・サプリメント・シャンプーそれに医療・法制度について考えさせられることが多かった。
まず、『食と日常ケア』関連商品においては当初『金と手間をかけずともそれなりに犬の寿命を全うできる商品が日本では販売されている』とされていたが、それは明らかに期待はずれであり、繁殖を目的としない個々の生命すら正当に健康の維持ができないフードなどを我々は与え続けていたらしく、昔ながらの『ごはんに味噌汁』の方がマシだったという思いがある。
だからカフェで扱う商品は私自身の判断で選んでいるし長短を考慮して販売しているつもりだ。

医療や法制度についても利用者・当事者が賢くなることで進歩するはずだし、愛犬家の中にはスペシャリストも結構おられるので今後についても現場の先生方のお話を中心に伺いながら改善がなされることを期待している。

4.希望
ご来店いただいた方のリピートやなじみ化・常連化それにその方々による紹介がカフェの広告宣伝費をカバーしてくれている。

インターネットという機能によってこの欄に寄せられるご意見は国内にまたがっている。
その数はさほど多くはないけど『犬と暮らす上でようやく探しているものが見つかりました』とこの欄を評価していただけるご意見がほとんどで、それは私の励みにもなっていることは間違いない。

まずはともあれ地道な活動を継続して、『竿竹屋はなぜ潰れないのか』ならぬ『ドッグカフェナガサキはなぜ潰れない』かを1年でも長く継続していこうと5年目に入ることにしよう。

これまでのご利用に感謝しこれからのご愛顧をお願いいたします。

はて?どんな夢を見ているのか、我が家の愛犬アモは尻尾をパタパタと振っている。
 

商売ベタ 2007年11月27日(火)

  まるで春先の雪解けシーズンを迎えたような暖気で、せっかく踏み固めたガーデンの雪もぐちゃぐちゃでワヤ。
明日までに乾燥してくれるか再びの積雪を願うばかりだ。

今日の午前中に電話があった。
「メス犬でシーズンが終わったばかりなのですが伺ってもいいでしょうか?」
ご丁寧に電話を頂いたのに、客商売に向かず愛想の悪い私はちゃんと受け答えができなかったような気がして心に引っかかっている。

「もう終わっているのですが…伺っても?」と女性。
「始まったのはいつからですか?」と私。
「14日からです」
「今月の?」
「はい、そうです」
「えっ?それはダメです。1ヶ月位は経たないと…」
「えっ?それは生理が終わってからですか?」
「いいえ、始まってからです。シーズンは概ね3週くらいですが、その後も残り香のようなものがあるので…」
「わかりました」
というような受け答えだった。

私は今でもこの女性が発した
「もう終わっているのですが」という言葉が気にかかっている。
仮にこの方が“メス犬の生理”を知っておられるなら『今月の14日から始まった』というのは言い間違いで、本当は『先月』だったのかもしれない。

だが、もしそれを知らず『生理は人間のような期間』とか『出血がなくなったら終わり』とか『生理中は妊娠しないけど出血するからカフェには行けない』などと思っていたのなら基礎知識が乏しすぎるといえよう。

人もそうかもしれないが犬の生理には個体差がある。
年に二回のシーズンを向かえる犬もいればそうでない犬もいるし、本来3週間の期間であっても出血が短かったり長かったりもする。

この女性の愛犬の場合、本当に彼女の言うとおり今月の14日に生理が始まったのなら、統計的には今日は正に排卵日であり交尾にはもってこいのフェロモン全開の状態であるはずだ。
だからご来店を拒否した。

犬の場合、生理が始まって概ね10日から15日が受胎できる状況になる。(個体差がもちろんある。)
外で飼育しているのと室内飼いの場合では生理の始まりを確認するのに数日のズレが生じることもあるから、排卵日について正確を期すならスメア検査というものが必要となるが、これすらも個体の継続検査を数回続けないと確かな結果は出ない。(現在の獣医学ではそうではないかもしれないけれど)

たぶん、電話してきた女性の愛犬は出血が無くなっているように見え、そのことで『もう終わった』と思われたのではなかろうか。

そこまで丁寧にお話ししたかどうか覚えておらず、ともかく「シーズンが始まってから1ヶ月位は…」と答えていたと思う。

『「終わったと言われるのであれば構いませんよ、どうぞいらしてください。」と言うのが商売人なんだろうなぁ。』と後悔しても、後の祭りになってしまう今日の私であった。
 

ペットブームの先にあるもの 2007年11月25日(日)

  今夜のお供は琉球泡盛『瑞泉』
芳醇な香りが口の中で広がり、熟成したまろやかさが舌の上を転がるようだ。
ただアルコール40度なので今夜私の体がいつまでついていけるかが問題。

三連休最終日の今日は暖かな陽光が心地よかった。
20日に降った雪を踏み固めておいたのが奏功し、心配していたガーデンはそこそこ使用可能な状態が保たれていた。

さて、昨日東京から某雑誌のカメラマンがカフェの取材に来られた。
一通りの取材を終えてから雑談をしていたのだが、関東圏でもドッグカフェのような店舗はもちろん存在するのだけれど、『犬もいいですよ。ただし、ちゃんとしてれば…』という普通のお店が増えているということだった。
つまり日本社会は欧米のように広く愛犬を受け入れようとし始めているということである。

ところがだ。さらに話を伺うと
そんなお店が一軒ニ軒と愛犬同伴の入店を元のように断わるようになっているのだという。
理由はしつけとマナーの悪さ。
それ以前に飼い主の意識の低さが根底にあるようだ。

せっかく社会がしつけられた愛犬と飼い主を受け入れようとしているのに

・カフェのような場所では犬の排泄意識と生理現象が変化することを知らない飼い主がいる。
「家を出る前に排泄を済ませてきましたから大丈夫です」
そんな思い込みを持った飼い主ほど
「あら、ごめんなさい。いつもはこんな時間にしないのですけど…」と、いつもの生活習慣に当てはめた言い訳をする。
そんな言い訳を日々たくさんの飼い主から聞き飽きたお店は、『犬は粗相をするものだ』と解釈して再び犬を排斥するというのだ。

・愛犬同伴OKというだけで、「しめた!」と思ったのか、膝に犬を乗せテーブルに足をかけるのを放置し、自分の食べ物を与える愛犬家面した連中がいる。
『この人は周囲の人間がどう感じているかより、自分の現在のシチュエーションが素敵だと悦に入ってしまっている裸の王様』みたいなものだ、と排斥の対象になっている。

・ワンワンと吠える愛犬を口先だけで戒めるだけで、即座に継続的に静かにさせることもできず「うちの犬は男の人(あるいは大きい犬)が苦手で」だとか「黒い犬は怖がるんです」とか、過去に何があったにせよ当事者の相手の男の人や黒い犬には関係ないことを言い訳にして、自分の愛犬が吠えることの正当性を取り繕う飼い主がいると、もううんざりして以後犬は排除したくもなるだろう。

多くの愛犬家の想いに逆行するようなそんな時代に戻したくはない、というのが取材後に感じたことである。

私たちのカフェは『今はお利口でなくてもいいし、どう愛犬に接すればいいか分からない飼い主でもいい』が『社会において受け入れられる愛犬との暮らし』を模索する人々のお役に立てることを目指しているカフェだということを改めて伝えておきたい。

そのように締めくくれば、40度の泡盛『瑞泉』が半分になるほど「私の心は熱くなった」とまとめることもできよう。
 

今夜は箇条書き 2007年11月23日(金)

  1.今夜のお供は北海道ニ世古酒造の本醸造『洞爺湖』。
18日に飲んだ『奥八甲田』と同様に米から作ったのが明らかな糠の香りと酸味が基調にあり、そこから甘さやコクなどで個性を表現しようとしているようだ。
どちらかと言えば熟成タイプではなくボージョレー・ヌーボーのような爽やかさがある。

2.金曜の定休日なのに今日が祝日(勤労感謝の日)でカフェが営業していることを覚えていて来店してくださった方々にまずは心からの感謝を申し上げます。
いつもなら『23日は営業いたします』と1ヶ月も前からカフェに掲示するのに、今回はHP以外での広報はしなかった。
おかげさまで楽しい休日を過ごすことができました。

3.『崖っぷち犬』の報道から1年が経ったそうな。
その後を取材したTVのレポーターの映像が今朝流れていた。
「ヒャー!可愛いですねぇー。こんなに元気で明るくなってますよぉー!」と甲高い声を発しながらわんこに駆け寄るレポーター。
その声にビビリながら迷惑そうに平和をかき乱され斜に構えていた『崖っぷち犬』なのに「人懐っこいですねぇー」とのコメント。
ペットに関しては相変わらず脳天気なマスコミですな。
「よく咬みつかなかったな」と褒めたくなった。
でもやっぱり外飼いなんですね。

4.「先生、この方から『ワンちゃんたちすっごいおりこうなんですね』って言われたんですよ」とUさん。
「猫被ってるだけですよ」と私。
「他から見ればみんなすっごくおりこうさんですよね」と初めてご来店のご夫妻。
他がどうなのかを知るのが怖くなってしまった。

5.息子からメールが今届いた。
「フィンランドから姉ちゃんがメールを送ってるみたいだけど、お父うのところにはうまく送れないらしい。このアドレスに返信してやってくれ」
娘は無事フィンランドにいるようだ。
それだけでうれしい!

以上、おやすみなさい。
 


- Web Diary ver 1.26 -